氷叢零治は激怒した。
必ずかのクソボケ人誑しの阿呆を裁かねばならぬと決意した。零治には事情など分からぬ。零治はただの雄英生である。幼き頃より間飛の背中を追いかけ、胸の内で何かが疼く度に『僕はノーマル僕はノーマル……』と自分に言い聞かせてきた。
けれども
他人様の幼馴染に対して何だその性癖の煮凝りは。
人が時間をかけてデカ女フェチから儚げスレンダーフェチに持っていったというのに、全てが水の泡じゃないか。どうしてくrうっわエッロ何この子。
「……じゃあステラさんは本当に脳無なんだ?」
「中身は人間のソレと何ら変わらんらしいが……やっぱ改造の痕跡があったんだとさ。まあ本人は見ての通りこんな感じだけど」
「〜〜〜♪」
まさかのVIP待遇なクソデカ送迎車の中でステラに抱き抱えられたまま、間飛はステラの頬ずりを甘んじて受け入れていた。零治は泣いた。
相澤が間飛に伝えた内容はステラの精密検査が終わったというもの。よく一日で終わりましたねと聞いてみれば、ラグドールの【サーチ】のような探知系個性を持った人間に依頼したらしい。
本人が申告した個性以外には個性を持たず、体内に爆弾の類を持っていたなんてこともなかった。実は寿命が滅茶苦茶短いなんてこともなかった。
じゃあもうここにいる理由はないよね、ということで迎えに来いやと呼び出されたわけだ。
研究材料とかにしなかったのかって?脳無なら生け捕りに出来た奴がいくらでもいるしステラじゃなくても別にいいし。
今後のステラの扱いは本人の強い希望もあって間飛に一任された。決して面倒事を押し付けたとか言ってはいけない。
「ちなみに移はどうするつもりで……?」
「とりあえず在学中は寮母さんやってもらう事になってる。相澤先生に相談しておいた」
「移の所だけ寮母さんいるのズルくない??」
「あくまで俺の在学中だけだって。事務所立ち上げるなり就職するなりしたら後はご自由にどうぞってさ」
サイドキックにしたいならヒーロー免許は必要だと言われたけどな、と間飛は少し面倒くさそうにため息をついた。
一番の問題は人権派気取りの無関係な連中の声だったそうだが、ステラ本人が『私の意思で決めた事に文句言うんじゃねえオラァン』的な事を言った途端に黙って引き下がった。怖いもんね。
さて今の間飛とステラと零治が向かっているのは雄英高校……ではなく轟家だ。
理由は荼毘、改め轟燈矢の件でお礼がしたいからということだったが……。
「俺何にもしてないよな?治したの壊理ちゃんだし」
「……お前も何もしなかったって訳じゃないけどな。クソ親父もお母さんも『お礼をするべきだ!』って引き下がらねえんだ。悪いな」
「No.1ヒーローからのお礼とか何が出てくるか想像つかねー……」
【悲報(?)】間飛、特に関係ない。
間飛が荼毘に与えた影響と言えばせいぜい先んじてオール・フォー・ワンを潰したことにより、荼毘が本格的に悪の道に堕ちる前に引き止められたことぐらいだろうか。
それ以外は壊理ちゃんに身体を治された事によるものが大きく、大袈裟に見積もっても壊理ちゃんが八割ほど担っているだろう。
かといって残る二割分のお礼を律儀に渡されても困るんだが。来ておいてなんだが間飛は既に帰りたくなってきている。
「ねえ、僕顔合わせ難いんだけど。車で待ってていい?」
「ステラと車で待っとけ」
「……むぅ」
今回の送迎を担当してくれている警察の方にペコッと頭を下げ、間飛は燈矢に引かれるがままに家の中へと入っていった。
間飛がこの家を訪れるのは今回で二度目。一度目はインターン中に夕飯のお誘いを受けての来訪だったが、今回は食事も何も無いので沈黙を誤魔化す手段がないのだ。
もう胃が痛くなってきた間飛も観念したのか、前回と同じリビングと思われる部屋にたどり着いた頃には顔をキリッとさせていた。
そしてゆっくりと障子を引くと───
「やべえ滅茶苦茶帰りたくなってきた」
「観念したんじゃねえのか」
「誰が障子開けたら正装のエンデヴァー出てくると思うんだよ。ハラキリスタイルか?」
……すいませんやり直して貰っていいでしょうか。
◇
「悪いね疲れているだろうに。だが君を呼ばない方が不誠実だと思ってのことなんだ。許して欲しい」
「い、いえ!昨日も丸一日休みになってたので別にそんな……」
「若いから筋肉痛とか来なかったのかな?羨ましいなあ……」
「はい?」
「ああいやなんでもないよ」
時を同じくして緑谷。彼が呼び出しを受けた理由はオールマイトやグラントリノ等の前からオール・フォー・ワンと戦ってきた人物達が話したいことがあった為だ。
既に【ワン・フォー・オール】の役目は、オール・フォー・ワンを討ち果たすという役目は終わった。後はもう緑谷がヒーローとして戦う時に使うだけの個性でしかない。
「……多分だけど【ワン・フォー・オール】は君で打ち止めになる」
「えっ?」
「【ワン・フォー・オール】は強くなり過ぎた。無個性の人間でなければ──」
「すいませんそれ知ってます」
「アッレー!!?割と衝撃の事実だと思ったのにー!?」
……だがまあ、既に分かりきった情報をオールマイトが勿体つけて話したように、未だにブラックボックスな部分が多い。現時点では【黒鞭】以外の個性はまともに制御出来ていないのもある。
それにこれ以上複数の個性を皆の前で使用してしまえば隠し通せる自信が無い。【変速】や【発勁】は出力云々を言い訳に出来るし【煙幕】はサポートアイテムと言い張れば誤魔化せるだろう。
しかし【浮遊】と【黒鞭】は誤魔化しようがない。その二つと【超パワー】を両立させるような個性なんて誰も思いつかない。
いつまでも隠し通せるとは思っていないが、オール・フォー・ワンが倒れたばかりの今【ワン・フォー・オール】について公表してもろくな事にはならないだろう。
「そっかぁ……歴代継承者の方々からもう聞いてたかあ……」
「す、すいません……その、お伝えするタイミングをずっと逃してて」
「ああいや、いいんだ。呼んだのはそれだけじゃないしね」
相変わらず弟子に何もしてあげられてないなあ……と落ち込みかけたが、まだ話さなければならない事があるからと何とか再起動。
わざとらしい咳払いを一つして気持ちを切り替え、オールマイトは口を開いた。
「……オール・フォー・ワンは討たれた。本来なら私の代で終わらせなければならなかった魔王を君達の手を煩わせてようやく……なんて情けない有様だが」
(一番追い詰めてたの分身とはいえオールマイトでしたよね……?言わない方がいいのかな……?)
「何か『何言ってんだこの人』みたいな視線を感じるけども!……まずはお礼を言わせて欲しい。本当に……ありがとう」
そう言うとオールマイトは辛うじて残っている残り火を振り絞り、マッスルフォームになって頭を下げた。ちょっとした風圧が緑谷の顔を叩いた。
「ああ頭を上げてください!?ぼ、僕はそんな大したことは出来なくて……むしろ、間飛君の方が……」
「……君は気づいていないのかい?最後の一撃で」
「え?」
「君の【ワン・フォー・オール】100%は間飛少年の100%よりも強かったんだ。無論それだけでキミが優れていると言うつもりはないが……」
「僕の方が……上……?」
そう。最後の一撃で一瞬とはいえ100%を引き出してみせた緑谷だったが、間飛の【フィジカルギフト】をも上回るパワーを出していたのだ。
打ち込んだタイミングが間飛と逆であっても結果は変わらなかっただろうが、オール・フォー・ワンにトドメを刺せるだけの威力だけは間違いなく持っていた。
今まで危なっかしい使い方しか出来ていなかった未熟な少年が育ち、今やオールマイトをも超えた力を宿した。師匠としてこれ以上の喜びはない。
「まあこれを相澤君に言ったら『師匠面出来るほどのことしました?』とか言われそうだけども!!」
「あ、あはは……」
「だからテメェはダメなんだろうが俊典ィ!」
「あ痛ァ!?」
「ぐ、グラントリノ!?」
オールマイトが自嘲していると、後頭部をスコーン!!と小気味よい音を立てて蹴っ飛ばされた。割と洒落にならないくらいには痛い。
顔を出すタイミングを伺っていたらしいが、あんまりにも情けないので灸を据えに来たようだ。
頭を抱えて悶絶するオールマイトだがグラントリノに慈悲は無い。死体蹴りの如くグサグサと突き刺さる指摘を受けて更に悶絶していた。
「さて……悪いな緑谷。このバカが勿体ぶって話が進まねえから蹴っちまった」
「じゅ、順序立てて話そうかと思っていたのですが……?」
「テメェの場合ただ遠回りになるだけだろうがー……ったく。もう一つ話さなきゃいけねえのはオール・フォー・ワンの残党についてだ」
少し真面目な話をしよう。
オール・フォー・ワンの手は日本国内に留まらず世界中にその手を伸ばしていた。現にオール・フォー・ワンの討伐が知れ渡ったことで世界各地のヴィラン組織にも混乱が広まっているらしい。
もし本体のオール・フォー・ワンがタルタロスで存命であると知られれば海外からヴィランが送り込まれる可能性もあるし、そうでなくともあの戦いに貢献したヒーローに恨みを抱いている可能性だってある。
緑谷の……【ワン・フォー・オール】関係者の戦いはまだ終わってはいないということだ。
「まあ今すぐどうこうってこたァねえだろうが、気をつけろよ。一番デケェ悪玉菌倒しといて木っ端野郎に負けちまったら元も子もねえからな」
「っ……はい!」
「後で間飛の小僧にも伝えといてくれ。俺も俊典も重要参考人とか言われてやる事増やされちまったんだ」
オールマイトよりも師匠らしいニヒルな笑みを浮かべると、グラントリノはそのままトゥルーフォームのオールマイトの襟首を引っ掴んでズルズルと引き摺って行った。
何とも締まらないが、きっとその抜けてる所が親しみやすさにも繋がっているのだろう。
後でサー・ナイトアイの所にも顔を出さなきゃ、と緑谷は少し気を引き締めて相澤が待つ車へと戻って行った。
尚、件のオール・フォー・ワンの本体だが。
「……あの日から急に弱り出したかと思えば、もう廃人みたいになってるな」
「ええ。やはり複製された個性因子と言えど、三度目にもなれば影響があったのでしょうね」
「とうとう言葉すら発さなくなったか……生きてはいる……んだよな?」
「限りなく脳死状態に近くはありますが、生きてはいます」
遠くでの自分の敗北を感じ取ったせいかへし折れた精神を更に木っ端微塵に砕かれたらしい。急激にバイタルが乱れた挙句、酷い昏睡状態になったとか。
もし、もしこの先億が一の可能性でオール・フォー・ワンの残党が彼を外に連れ出したとしてだ。そこにいるのは邪智暴虐の魔王などではなく、ただの死に損ないだろう。
本当の意味でオール・フォー・ワンの意思は途絶えた。もう二度と魔王が君臨することはない。
間飛「……てか何でお前が着いてきたんだ」?
零治「護衛枠に捩じ込んでもらった」
間飛「いるのかそれ」
零治「向こうは相澤先生がついてるし、移は一応まだ一年生だし。BIG4ならいいかって事で、ね!」
間飛「……」(ステラに視線を向ける)
ステラ「?」
間飛「……やっぱ護衛いらなくね?」
零治「シャラップ」