渡我被身子。元・ヴィラン連合所属にして現・超常解放戦線【開闢行動情報連隊:CARMINE】の行動隊長の一角を務めている。
彼の知る公安所属のトガちとはまるっきり反対側の立場にあるのだ。
しかし間飛はそんな事を全く知らないし考慮もしていない。普通に考えて『それなりに長い付き合いの友人が平行世界では凶悪犯罪者でした』なんて想像するはずもないだろう。
それを言い出したら普通の人間は平行世界に行ったりしない……とかツッコむのはやめよう。
とにかく、間飛からすれば誰一人として知り合いがいない世界でようやく仲間と思える人間に出会えたのだ。喜ぶなという方が難しい。え?緑谷?何か闇堕ち寸前な見た目だったからノーカンで。
「……人違いじゃないですか?少なくとも私は貴方のような人、知りませんよ」
「ええ……?どっからどう見ても渡我被身子じゃ──」
ではトガからすればこの状況はどう見えているのか。
自分の知らない誰かが一方的にこちらを知っており、訳知り顔でヘラヘラと笑いながら近づいてきている。
……うん、十回同じことを繰り返しても十回とも『イキったヒーローor民間人が渡我被身子を発見したから捕えにきた』としか思えないだろう。
そもそも追われる立場にあるトガの警戒心は常に全開だ。迂闊に近寄った人間がどうなるのかなんて言うまでもなく知れたこと……なのだけれども。
「っっっ!!?」
「……クソ。そういう事もあんのかよ」
無音で引き抜かれたナイフは流れるように首元へと振り抜かれ、まるですり抜けたように間飛のいない空間を斬り裂いた。
タネは単純。ほんの数センチだけ後方に【瞬間移動】し、ナイフが通り抜けた後にまた元の位置へと戻ってきただけ。
それを恐ろしく正確に、かつ高速で行われると傍目には攻撃がすり抜けたようにしか見えないのだ。対面している相手の実力によってはそちらも同じように映るかもしれない。
たった一度の空振りで実力の差を悟ってしまう。目の前の男は自分の手に負えない、と。
同じく間飛も……無意識に目を背けていた可能性をようやく認識した。
「トガち……こっちだとヴィランなのか」
「……何の話か知りませんが、私は私です」
「知ってるよ。好きになった人の血を吸いたい、傷ついてボロボロになった姿を好きになってしまう
正直なところ間飛は彼女がヴィランになっていた可能性を否定しきれない。思い返せば初めて会ったあの日、彼女の目は酷く濁っていたのをよく覚えている。
目の前の彼女は誰にも肯定して貰えなかったのだろう。常人ならざる感性の彼女を嫌悪し、受け入れられないからと排斥したのだろう。
もしかしたら……あの日自分と彼女が会っていなければ、自分がよく知っている彼女も同じ道を歩んでいたかもしれない。
「知ったような口を……!」
「実際知ってるからな!お前みたいに『誰も好きになっちゃいけない』と言われて死にそうな顔してた女の子をなァ!!」
「っ…………殺す」
彼女の……渡我被身子にとっての『誰かを好きになる』とは『その人の血を吸いたくなる』事と同義だ。理由なんてない。生まれた時からずっとそうしたいと思っていたのだから。
無理やり理屈をつけるなら『好きな人の真似をしたい』に【変身】の吸血という過程が混ざったからとでも言えるのだろうが、彼女の感情にゴチャゴチャとした理屈は不要だ。
独学で得たとは思えない変則的な軌道のナイフが幾度と振るわれる。縦、横、斜め……軍人等が扱うソレとは異なる規則性のない殺意。そのどれもが間飛を捉えることは無い。
「このっ……!」
「ザクロが好きで!ジュースとかよりも赤い粒をそのまま一つずつプチプチ食べるのが好きだろ!?」
「黙れ!!」
「恋バナをしたがる癖にちょっとアダルト方面に踏み込むと慌てて逃げ出す!」
「本当に黙れ!?」
「なのに異性のうなじと鎖骨にフェチズムを感じるムッツリだろ!?」
「頼むから一回口閉じてください!!?」
問題はその数倍の言葉のナイフが飛んできたことなんですけどね。怒りに茹だった頭が別の理由で茹だったじゃないかどうしてくれる。
そんな事を知っているからなんだ、と開き直るには微妙に羞恥心が勝ってしまう情報ばかり。マジでどこでそんな事知ったんだコイツ。
如何に凶悪ヴィランとて根っこの部分は思春期から抜け出せていない女の子。性癖を勝手に暴露されるなんて公開処刑以外の何物でもない。
「なんっ……!何でそんな事知ってるんです!?」
「え、本人から聞いたし」
「初対面ですよね!?」
「……説明が面倒なんだよな。どうすっかな」
かといって情報源は何か有り得ないところにあるっぽいし。え?本当に自分でこの人に暴露したのか?自分が覚えていないだけ?とトガちゃんはおめめグルグル。実は平行世界の自分が話してたとは知る由もない。
「とりあえず話がしたいだけだって。トガち……トガちゃんを警察やらヒーローやらに突き出す気はない」
「……はぁ。何かどっと疲れましたし、いいですよ。どこか座れる所に行きましょうか」
「じゃああっちの民家行くか。中綺麗だぞ」
どの道目の前の男から逃げ切れる気がしない。トガはため息をつきながら大人しく間飛の後について行くことにした。
◇
間飛移。それがこの人の名前だそうです。
私、何人も殺した凶悪犯罪者のはずなんですけどね……この人、普通に私に背中向けたりするんですが。それとも背中を向けていても余裕って事なんでしょうか。余裕って事なんでしょうね。
民家……元々誰も住んでいなかったのかほとんど家具家電のない簡素な部屋で、唯一残っていたテーブルと椅子で向かい合って座っています。
彼の目は真剣というか、どこか悲しそうに見えます。それ以上に目付きが怖いんですけども。
「で?私をこんな所に連れてきて何が目的なんです?」
「色々あって今の情勢を何一つ知らなくてな。トガちゃんは何か知ってそうだから今のうちに全部把握しておきたい」
「……こっちとしてはその色々とやらが気になりますが」
「後で話すよ。ひとまずはこっちの疑問を解消させてくれ」
てっきり弔君達の情報を寄越せとか言われると思ってましたが、全然違いましたね。というか情勢を知らないって……一体何があったらあの大規模な戦いの結末を知らないままでいられるんですか。国内どころか外国にも知れ渡ってると思うんですが。
まあそんな事でいいのならそれはそれでいいでしょう。この人がその気になれば私なんて何の脅威でもないでしょうし、穏便に終わるならそれに越したことはありませんから。
「それじゃあまず前提としての話ですが、超常解放戦線は知ってますか?」
「ああ……性癖解放戦線の亜種みたいなやつ?」
「……その気になるワードはさておき、ヴィラン連合と異能解放軍が手を組んだ組織が超常解放戦線です」
なんでしょう、前途多難な気がしてきました。
「……仁君から情報が漏れたらしく、蛇腔病院と群訝山荘の二箇所でヒーローとの戦いが起こりました。弔君はまだ目覚めてなかったので全員パニクってましたね」
「あー……トゥワイスはすぐに人を信用しそうになるからな」
(……何で仁君を知っててあの戦いを知らないんですかね)
「覚醒した弔君によって形勢逆転。エンデヴァーですら弔君には勝てませんでした。あ、そのエンデヴァーは荼毘君が暴露した虐待みたいな子育てのせいで信用されなくなってました」
「(……物理的損害に殉職者多数。トドメにヒーローの信用を崩されたって感じか)そりゃ秩序も崩壊するわな」
「そうですね。実際あの暴露でヒーローへの信用がなくなったことで治安の悪化が加速しました」
「ダツゴク、か。また面倒な奴らを引っ張り出しやがったな」
「日本でも最高のセキュリティを誇るだけあってタルタロスの犯罪者はヤバい人ばかりでしたよ。マスキュラーさんやムーンフィッシュさんとか……」
「まあ倒したけど」
「倒した」
「瞬殺だったわ」
「瞬殺」
……この人、結局何者なんでしょうか。
話をしているうちに少しくらい情報が手に入るかと思いましたが、情報が多いというか濃いせいで却って何も分かりませんでしたし。
現時点でもマスキュラーやムーンフィッシュを瞬殺できる実力があるようですし、尚更私程度じゃどうしようもないですね。戦わなくて正解でした。
「はー……思ったより全然違うんだな。何が原因なんだろな」
「……あの、私からも聞きたいことがあるんですがいいでしょうか?」
「ん?何?」
でもそれ以上に気になるのがその情報源。この人私でも知らない事を知ってたりしますし、知らない知らないと言っていた割には弔君達の事もちゃんと分かってるんですよね。
絶対只者じゃないとは思うのですが……じゃあ何者だったら納得出来るのか、と言われても困っちゃいます。いやホントに何でそんなに色々知ってるんです?
もうこの人がヒーローなのか公安なのか知りませんが、まずそこが分からないことにはモヤモヤが晴れそうにありません。なので教えて頂けたらいいのですが。
「結局貴方は何者なんです?色々知らない割には色々知ってて、もうよく分からないんですが」
「ああ、俺は平行世界から来ただけの一般ヒーローだよ?」
……なんて?
Q.何でトガちゃんのアレコレ知ってんの?
A.間飛「会話の中で普通に教えてもらった」
Q.お年頃の男女で性癖を語り合ったってマ?
A.ぶっちゃけ間飛の所にいるトガちゃんはオープンスケベなので親しい友人なら普通に答えてくれる。
トガち「移くんの首から肩にかけてのラインとか最高にドエッッッッチなのでオススメです」
零治「ごめん、何を勧められてるの?僕は」
トガち「え?視姦とか噛み付いたりするのにオススメな箇所ですが?」
零治「よぅし僕は何も聞かなかった!!友人の特殊性癖なんて聞いてないぞぉ!?」