「よっ、お疲れ」
「……ん」
轟家の親子喧嘩からひっそりと気配を消して離れていた外典のすぐ近くに、音もなく突然現れる間飛。長い付き合いがあるわけでもないだろうに、外典は驚くでもなく気だるげな反応を返すだけ。
実の所焦凍の【大郡海嘯】の規模が想像以上に大きく、律儀にヒーロー側と燈矢側の氷を全て管理していた事もあって相当に疲弊していた。
周囲に誰もいないことを間飛から伝えられると、深い溜息をつきながら近くの階段にそっと腰を下ろした。
「つかれた……もう二度としたくない…………」
「二度目があってたまるか。あるとしたらエンデヴァーか焦凍だぞ」
「……荼毘はどうなると思う?」
「…………すぐに死にはしねェだろうが、ほんの少し寿命が伸びたって感じだろ」
「まあ、だろうね」
外典はリ・デストロの下で異能を扱う訓練はしてきた。しかしここまで
そんなゆるふわな頭で考えているのは自身の今後。ヒーロー達にとって今の自分は(黒霧の暴走に巻き込まれた側とはいえ)ダツゴク達と何ら変わらない存在で、間飛が捕縛に動いても文句は言えない立場にあると理解している。
かといって間飛がそんな事をするとは微塵も思ってないし、他のヒーローを呼ぼうとする素振りもない。じゃあどうすればいいのか、どう動くのが正解なのか……と毒にも薬にもならない思考だけがグルグルと渦巻いている。
尋ねるでもボヤくでもなく、チラと視線だけを向ければ間飛はすぐに反応を返した。
「何だよ?」
「……別に」
まあなるようにしかなるまい。外典の出した結論は未来の自分への丸投げだった。それ高確率で後悔すると思うけど大丈夫?
それとは別にもう一つ、外典は気になっていた疑問を口にした。
「というか……お前はここにいていいのか?今どこで何がどうなっているのか何一つ知らないが、オール・フォー・ワンや死柄木弔の対処に向かわないのか?」
「……とりあえずオール・フォー・ワンは消えてるから問題ねェよ」
「………………アレってちゃんと死ぬんだ」
「一応人間だし」
アレて。
確かに裏も表も問わずオール・フォー・ワンはオールマイトと同じで生ける伝説扱いの化け物だった。ヴィランから見たオールマイトは『殺しても死なない化け物』的な評価をされていたが、オール・フォー・ワンはヴィランからもヒーローからもそう思われていたらしい。
外典も例に漏れずオール・フォー・ワンを『なんかもうそういう怪物』ぐらいの感覚で見ていたようで、完全に
だが死んだものは死んだとしか言いようがない。
残るヴィラン側の戦力はニアハイエンド脳無が四体と異能解放軍の残党。荼毘は沈められトガヒミコは自首し、解放されたギガントマキアもとっくに無力化済み。
つまり後は死柄木弔さえどうにかすればこの戦いも終わる。
「……どうすりゃ全員満足できるハッピーエンドに出来るんだろうな」
ポツリと間飛は呟いた。
この世界の事情を聞いてからずっとずっと考えていた。誰が何をどうすれば全て丸く収まるのか、誰一人傷つかない着地点に着けるのか。
ゲームのラスボスのようにコイツさえ倒せばお終いなんて都合のいい存在もおらず、何もかもを解決してくれる便利な舞台装置なんてものもありはしない。
それでも。それでも自分のいた世界はあんなに平和に終わったのにと思ってしまう。
「そんなの無理だろ」
「言ってみただけだよ。俺だって、何人もヴィランを捕まえてる。少なくとも俺はヴィランをバッドエンドに叩き込んでる。ただ……」
「ただ?」
「ままならねェなあって」
「……そんなものだろ」
間飛の中にいる名も無き因子も何も言わない。間飛のいた世界を知ってしまったからこそ、自分の世界と比較してしまい……何故ああならなかったのかと思ってしまったから。
これはヒーローかヴィランか、どちらかが倒れるまで続く戦い。議論も疑問も踏み潰して決着をつけなければ終わることはない。
自分の知った顔が終わる戦いなど誰が望むのか。間飛は遠くを見つめながら言葉を噛み殺した。
「そろそろ行くわ」
「……死柄木の所にか?」
「おう。手伝ってくれてありがとな。礼は減刑の嘆願でいいか?」
「はっ、ヒーローがヴィランに礼を言うのか?」
「ヒーローとかヴィランがどうこう以前の問題だろ。助けられたんならお礼ぐらい言うわ」
「そうか……そうだな」
「……僕には少し、眩しすぎるな」
◇
少し時は遡って黒霧の【ワープゲート】発動直後。相澤が消えた事で物間の【コピー】にタイムリミットが生まれてしまった。
それだけではない。悪いことは重なるもので、どこに潜んでいたのか異能解放軍残党のスケプティックによって雄英校舎内のシステムのコントロールを奪われ始めていた。
現状把握すらままならない中、それでも戦況は変化していく。
乗っ取られかけて破壊されたシステムをラブラバ*1によって奪還、及びプログラムの再構築が行われた。
落下中の雄英校舎をジェントル・クリミナルの【弾性】による空気のトランポリンが受け止め、落下を食い止め始めた。
目まぐるしく変わっていく。絶望も希望も一瞬後にはどうなるかなんて分からない。
黒霧の【ワープゲート】が死柄木弔の傍に現れ、死柄木弔が伸ばした手を連れていこうとして───特徴的な二色で構成された弾丸が撃ち抜いた。
「っ……レディ・ナガンか!」
「ジェントル……ナガン……っ!!」
「出久!?お前何を───」
次の瞬間。弔の腕の再生が始まるより早く、緑谷が吶喊した。【ワン・フォー・オール】のパワーとスピードで行われたソレはその行為そのものが必殺技にすらなりうるもので、それでも死柄木弔を傷つけるために放たれてはいなかった。
(死柄木が個性を自由に使えるようになった以上、棺の上での戦闘は制約が多すぎる!!)
「……意外と冷静だなヒーロー」
「テメェッ……!相談ぐらいしろやボケ!!」
「ごめんかっちゃん!でも、余裕がない!」
「知っとるわ!」
緑谷の目的は戦場の移動。【崩壊】対策をしていたとはいえ雄英校舎の地面は有限で、かつて【崩壊】で引き起こされた大規模な破壊を思えばいつまでも留まるわけにはいかなかった。
【黒鞭】で互いを縛る。防ぎたいのは逃亡ではなく、弔の手が地面に触れる事。少しでも地面に手を伸ばす素振りを見せた瞬間に引き戻し、【崩壊】が地面を削り取る事を防ぐ必要がある。
しかし、張り詰めた緑谷の警戒を嘲笑うように弔は緩慢な動作で立ち上がる。手のひらを誰に向けるでもなく、ダラりと垂らしたまま口を開いた。
「わかるだろ……?もうとっくに、分かり合う段階は通り過ぎた。ここから先にあるのは明確な勝敗だけだ」
「…………」
「闇を支配していた
嘲笑なのか振り切れた憤怒からか、或いはただただ心底可笑しくて仕方ないのか……口角を吊り上げていた。
己の為に全てを支配していたオール・フォー・ワンは消えた。異能解放を謳う残党達は柱を失い潰えた。もうこの戦いを、この戦いに利を見出していた人間はとっくに居なくなっていた。
しかし無意味では無い。一文の得にもならない戦いを続ける理由が死柄木弔にはある。
「お前らが憎い」
「っ」
「世界が憎い」
「……ちっ」
「あの家に連なる全てが憎い!!」
故に、戦いは終わらない。
憎悪が乗った手のひらが振り抜かれる。力と怒りに任せただけの粗雑な動作。たったそれだけの動作が破壊を撒き散らす。
「死、柄木ィィイイイイ!!」
「こいよ
吹き飛ぶ瓦礫と巻き上げられた土煙。遮るものの居ない戦場で最後の戦いが始まった。
間飛「……あ」
外典「どうした?」
間飛「いやちょっとやらなきゃいけないこと思い出してな」
外典「やらなきゃいけないこと?何だそれ」
間飛「近くに店ごと残ってねェかなぁ……アイツの顔に叩きつけるんだし、それなりにデカイのがいいんだが」
外典「本当に何をする気だ……?」