鉛のような空はどこにもなかった。
あるのは抜けるような青空ばかりで、鈍色の雲は跡形もなく姿を消していた。
「…………負けたか」
「おっ、起きた。やっぱ【超再生】あると違うんかな?」
ズキリ、と鈍い痛みが走った。目覚ましと呼ぶにはあまりに不快が過ぎる。
治ってるけれども疲れきった身体は簡単には動かない。上半身を起こすにも一苦労で……おい。ちょっと待てよ。
「手、崩れんぞ」
「大丈夫。指一本浮かしてくれりゃいい」
「…………ふん」
結局こいつも同じか。死ぬかもしれねえのにアッサリと俺の手を掴みあげやがる。言われた通りにするのも癪だが、やはりキッチリ指一本を離してしまう。
ゆっくりと起き上がった後に見えた世界は倒れるまでと何ら変わらない。瓦礫の山の中でポッカリと開けた平地のど真ん中。少し遠くには雄英校舎が浮遊していて、数メートル離れた所で緑谷を起こそうとしているスターがいる。
「何時間寝てた?」
「ほんの数分。お互いにパンチを食らい合って、先にお前が倒れてから10分も経ってない」
「……向こうは?」
「起きてはいるけど……死ぬほど疲れてるからいつ気絶してもおかしくない。爆豪は無駄に元気」
「無駄に」
「無駄だろ。もう戦いは終わってんだから」
……そりゃそうか。
この戦いは俺の、俺達の負け。魔王は消えてハリボテは壊れて荼毘は燃え尽きた。もう、俺に出来ることは何も無い。
色々と悪さしてきた自覚はあるが、刑罰になるとどれほどの物になるんだろうか。普通に死刑か?それとも変な実験の被検体にでもするのか?
ああ、引き出したい情報も山ほどあるだろうな。オール・フォー・ワンもそうだが脳無やら個性因子の複製やら、一部の連中には垂涎の情報ばっかりだもんな。
「……その辺は知らねえけど、ほれ」
「ん……?何だこれ」
「スター○ックスならぬスター(アンドストライプと)ホークス(に手伝ってもらって持ってきただけ)のフラペチーノ」
「お前あの空気の中でフラペチーノ持ってたの?」
何でそんな不思議そうな顔してんだよ。絶対おかしいのお前だからな。というかフラペチーノってなんだよコーヒーかなんかかよ。
くれるって言うなら貰うけど……うっわ何これあっま。あ、でも疲れた身体にはちょうどいいかもしんねェ。
「……うめェ」
「知ってる」
「お前何でも知ってんのな……ってか、俺のことも知ってたっけか?何でだ?」
そういや思い出した。オール・フォー・ワンに半分乗っ取られてたから曖昧だったが、こいつは俺の事を知ってるような素振りを見せていた。何なら俺の本当の名前も知ってやがったし……本当に何なんだお前。
それを聞いてみると顔を顰め、心底面倒くさそうな顔をしやがった。何でだよちょっと興味が湧いただけだろうが。
「……話すと長くなる上にSAN値*1がゴッソリ削れるから嫌なんだわ」
「さんち……ってなんだそりゃ」
「ざっくり言うと平行世界でお前の友達ってだけだよ」
何だそういう事か。そりゃ俺のこともよく分かって───
「───なんて?」
「うんまあそうなるよね。だから面倒くせェんだよ」
「いや、おま……ええ……」
面倒くさいで流していい事じゃねェだろ……いやお前がそれでいいならいいとは思うが……。
っと、もうお迎えが来やがった。
「よう、イレイザーヘッド。相変わらず忙しそうだな」
「……どっかの親友の死体を弄ったクソ野郎のせいで酷い目にあったがな」
「それは知らねえよ。黒霧は黒霧としか聞いてねえし」
「分かってる。ほとんど八つ当たりだ……お前を連行する」
「好きにしろよ……ヒーロー」
◇
ヒーロー対ヴィラン。その総大将戦である緑谷出久と爆豪勝己による死柄木弔との戦いは死柄木弔の敗北に終わった。
数多くの犠牲の果てにヒーローはヴィランに勝った。
オール・フォー・ワンは消滅。荼毘は凍らされたまま捕縛され、ニアハイエンド脳無は全て討伐が終わった。
異能解放軍を全て捕まえることは出来なかったものの、スケプティックや外典といった中核の者達がいない以上再び大きく纏まるのは難しいだろう。
ギガントマキアはオール・フォー・ワンの消滅と死柄木弔の敗北を知ると途端に大人しくなってしまった。
後は日本中に散らばったダツゴクや異能解放軍の残党が残ってはいるが、それも時間の問題だろう。
あの日崩れ去った安寧を再び取り戻すことが出来たのだ。皮肉にも一度失ったことで改めて平和な時への感謝を抱き、いつ来るかも分からない悪に怯え続ける日々から解き放たれた喜びを強くした。
しかしだ。ゲームと違ってこれは現実。ラスボスを倒して全部解決、百点満点のハッピーエンド……とはならない。
最後の戦いから一週間が経った今も尚、日本の復興には程遠い。大規模な戦闘はあちこちに甚大な被害を残しており、とても一朝一夕でどうにかなるダメージではなかった。
「おーい。それ、こっち寄越したまえ」
「あ、助かります」
「図面貰えたんで建てられるとこから建ててっちゃいましょう」
「オーケー。んじゃ、投影しまーす」
「うわ、何か店荒らされてら」
「誰もいないし何も無いのにな。何だってこの中でこの店に入る奴が……」
気がかりだったのは復興に掛かる時間だったが、それも超常以前の話。特例として個性の使用を認められてからは人々の手によって急速に復興は進んでいる。
特にセメントスによる鉄筋コンクリートの建物の完成が早く、あっという間にコンクリートジャングルを形成し始めている。現代社会では最強クラスとは伊達ではなかったらしい。
また、戦いが終わった事を知った世界各国からすぐさま支援が届いた。物資は勿論のこと、自国の要であろうプロヒーローすらも派遣してくれている。ペラペラのファラオさんが来るのは予想外だけども。
「いやあ……こんな形で世界のトップヒーロー達が集まることになるとはね」
「まったくだ。というかスター!スターならオール・フォー・ワンを倒せたんじゃないのか!?」
「よせよせ。彼らの戦いに野暮なことを言うんじゃない!アレを見届けたからこそ、動かずにはいられなかったんだろう?」
「……私としてはケリをつけられなくて申し訳ない、としか言えないよ」
「「「オールマイトはしゃーない」」」
「息ぴったりだね君達!?」
少し場所は変わって病院。エンデヴァーを筆頭としたプロヒーロー達は勿論、緑谷達学生らも治療を受けていた。怪我の程は医者の第一声が『よくこれで済んだね??』と心底不思議そうな顔をしていた、とだけ。
それぞれが大人しく治癒に専念している中、包帯一つも巻かれることなく廊下を彷徨くシルエットが一人。
──あの規模の戦闘をしててほぼノーダメって……マジで化け物かよ。
「そもそもまともに当たってねェから当然だろ。一番デカイ怪我でもかすり傷だ」
──うっわ、平行世界の⬛︎ヤベー奴が過ぎる。さも平然とした顔で言っていいことじゃねェのに。
この世界における異物にして今戦いのMVPでもある間飛……と、その中にいる名も無き個性因子。傍から見れば独り言にしか聞こえない会話をしていた。
というのも、個性因子の主は数日もしないうちに消滅するだのと言っている割には未だに消える気配がなく、それに伴って間飛が元の世界に帰れる気配もない。
今の今まで色々と必死だったこともあって頭から抜け落ちていたが、自分のいた世界はどうなっているんだろうか。こっちと同じくらいの時間が流れてたら滅茶苦茶心配をかけてないか……等、一気に不安要素が増えた。
その辺どうなってんだテメェと因子に語りかけていた間飛だったが、因子はのらりくらりとはぐらかすばかりでまともに答えてはくれなかった。
無意味な問答を繰り返すくらいならと思考を切り替えて別の事について考える。
「……転孤、どうなると思う?」
──理想はオール・フォー・ワンの洗脳被害者って立場で更生の方向に……現実的なのは指一本ずつ落として終身刑かすっぱり死刑。
「だよなあ……燈矢に至っては刑罰どうこう以前に放っておいても死ぬし……」
ヴィラン連合は終わった。自分の知る友人達と瓜二つで、それでも致命的な所まで進んでしまった別人の彼ら。
時間が出来たタイミングでこっちの世界のヴィラン連合の所業を確認してみたのだが、彼らを単なる被害者だと庇いたてるにはあまりにも罪を犯しすぎていた。
最早誰か一人の言葉や感情でどうこう出来る問題では無い。日本という狭い枠組みに収まらない、世界中の人間の不安と恐怖を踏みつけてまで一人の感情論を優先するわけにはいかない。
出頭した渡我被身子も同じだ。情状酌量を持ち出すには被害者が多すぎた。
特に彼女は大勢の人の目の前で人を殺しており、いっそ荒唐無稽にすら思える死柄木弔よりも生々しい怖さがあるのかもしれない。
一方、刑が軽くなりそうなのは外典。
脱獄こそしたものの彼自身の意思ではなく黒霧の暴走で開いた【ワープゲート】に巻き込まれただけでしかなく、その後も荼毘の鎮圧に一役買っていた。
ちなみに間飛を襲撃した事は間飛自身が口を噤んだので知られていない模様。
列挙した通りヴィラン連合はとっくに末路が決まってしまった。こうなってしまえば間飛であっても……否、オールマイトだろうがスターアンドストライプだろうが覆すことはほぼ不可能だ。
「あれだけキレといてなんだが、本当に俺は異物だったんだろうな。いてもいなくても大して変わらねェというか……」
──何だよいきなり。
「ちょっと自惚れてた。俺なら何とか出来んじゃね?とか傲慢だったわ」
──あー……まあ、分からんでもない。
間飛の反省点があったとすれば『驕り』だ。
仕方がないといえば仕方のないことではある。ド三流のハッピーエンドが世界線一つ跨ぐだけでここまで悲劇に振り切れているなどとは誰も思わない。
それでも間飛からすれば仕方ないではすまない話。助けられたかもしれないのに助けられなかった、なんてヒーローにあってはならないのに。
「はー……やめやめ。こんな思考回路してたら俺が発狂しちまうよ」
──お前ドライ過ぎて怖いんだけど。そういうのってもうちょい引き摺ったりしない?
「引き摺らないように心がけてんだよ。さて……」
少々強引に思考を打ち切る。何せこれからとある人物と面会をするのだから、あまり他のことに思考を割きたくないのだ。
ドアの前にいる二人の警備員に挨拶をすると、軽いノックを挟んでゆっくりとドアを開いた。
「よ、トガちゃ───スプラッタァァ!!?」
「え?あ、違っ、針!針が外れちゃっただけですから!?決して凄惨な現場とかではなくて……!」
……随分と血なまぐさい再会で。
死柄木「うっま……」
間飛(お目目キラキラで草)
死柄木「もっとないのか」
間飛「ベンティアドショットヘーゼルナッツバニラアーモンドキャラメルエキストラホイップキャラメル ソースモカソースランバチップチョコレートクリームフラペチーノならあるよ(ノンブレス&早口)」
死柄木「なんて?」