仮ではあるがヒーローネームも決まった。それじゃあ早速職場体験を──……とはならない。
さっき相澤先生に発表されちゃったけど、俺に来た指名は五千を超えてる。この中から行けるのは一箇所しかないから、まずどの、どんな事務所から指名が来たのかを見なきゃいけない。…………これ全部を?
「間飛の指名先滅茶苦茶多いな……」
「……多過ぎて処理に困るんだが」
「なあちょっと見せてくれよ!」
どうすっかな。提出は今週末って言われてるし、あと二日しか猶予が……は?あと二日でこの中から決めろって言ったの?
待て待て待て。だとしたら話が変わってくる。今のうちから徹夜してでも指名先の把握をして選ばないと時間が足りねえにも程がある。俺だけ急にハードモードにするのやめてくれないかな!?
ひとまず有名どころから把握していこう。ちょっと酷いけど聞いたこともない無名の方々はスルーで!
「うわっ……お前、前回のビルボードTOP10オールマイト以外全員来てないか?」
「スゲェ!『エンデヴァー』に『ホークス』に『ベストジーニスト』……もうビルボード上から並べましたみたいになってる!」
えっ、そんな事になってんの?てか俺のなんだからまず俺に見せろよ。
……うわマジだ。オールマイト以外の上半期TOP10全員から指名来てる。ちょっと下の方見ても『ファットガム』とか『マウントレディ』とか聞き覚えのある方々の名前が並んでおられるわ。
今見た有名どころだとやっぱ『ミルコ』か『ホークス』かな?ミルコの方だと体術の強化が見込めるけど、ホークスの方に行って索敵力とか底上げしてもいいかもしれない。
……待てよ?こういう情報処理させたら輝く奴一人いたな。
「Hey緑谷。オススメの職場体験先教えて」
「間飛君、僕S○riじゃないからね?」
「ごめんて。でも数が多過ぎて困ってるんだよ」
最近緑谷がプチ切れること多くなったな。もしや一足先に陰キャを脱却したか?だとしたら許さんぞ。お前は
ほい、と指名先のリストを渡していくと物凄い勢いで読み進めていく。はえーよ。パラパラ漫画じゃ無いんだからそんな爆速でプリント捲らなくていいんだよ?何?ベテランの銀行員の札数えみたいになってんじゃん。
三分ほどたった頃にはプリントが突っ返された。マジで早いなおい。
「本当に色んな所から指名が来てたよ!対ヴィラン事件から各場面での災害救助、潜入捜査中心の事務所まで!」
「お、おおう……マジで把握出来たのか」
「あ……でも知らない事務所も多かったから、そこは自分で調べて欲しいかな」
で、どんな所に行きたいの?と聞かれて思案する。
やっぱり俺に出来ることはヴィランぶっ飛ばす事だけだしなあ。災害救助が出来ないとは言わないけど、オールマイトを参考にしてるからぶっちゃけ余所の真似しても変わらんと言うかなんと言うか。
最初から結局変わんねえか。対ヴィラン事件の対応数が多いところで頼む。
「だとしたら……やっぱりビルボード上位の人達だね。間飛君に近いスタイルの人で言うなら、ミルコとかじゃない?」
「んー……じゃあミルコかなあ」
そうなるよな。何か嫌な予感がしてたから選びたく無かったけど、俺と一番相性良さそうな職場体験先はミルコしかないか。
じゃあもうミルコで決定しちまうか。
「わわ私が独特の姿勢で来た!!」
「ん?」
「わっ、オールマイト!?」
急に大声上げないでくれyあらやだ思ったより独特の姿勢!?何でお辞儀した状態でそんなスピード出てるんだよ。怖っ。
で、何故か緑谷と一緒に呼ばれてるし。何よ。
「……緑谷少年!君に指名が来ている!」
「……?……え!?え!?本当ですか!?」
「なんだ良かったじゃん」
「……問題は、君なんだよ」
「はい?」
緑谷に指名を出したのは『グラントリノ』というヒーローらしいが、聞いたことないな。オールマイトが直々に名前を挙げるくらいだから只者じゃないんでしょうけども。
そのグラントリノはオールマイトの師匠的なポジションの方らしく、そのオールマイトが目をかけている生徒がいるという事を知っての指名らしい。
ああ、確かに緑谷の個性は威力だけならオールマイトクラスまで行けそうだもんな。今は暴発しまくってるけど、もしかしたら第二のオールマイトに!なんて期待されてるのかも。
で、俺が問題とは?
「その……理由を言うとね?
「……その弟子的な生徒、ってのが俺では無いことは確かでは?俺、オールマイトの弟子になった覚えないっすよ」
「ああうん、した覚えもないからそれはそうなんだけど……肝心のグラントリノは『は?間飛が弟子じゃないわけあるか』って感じで……」
「ええ……」
いや、まあ。俺のバトルスタイルは確かにオールマイトっぽいけども。あれはアレで【フィジカルギフト】の技巧継承とプロヒーローの見様見真似のハイブリッドだから、似ても似つかない代物ですよ?
あんまり人様のこと悪く言うのもアレだが、そのグラントリノって人は節穴なんじゃないの?オールマイトは『ガンヘッド・マーシャル・アーツ』モドキなんざ使わないだろ。
そんで言うに事欠いてグラントリノは『めんどくせえから両方こっちに寄越せ』とか言ってるらしい。嫌ですよ?
「そりゃそうだよねー……」
「なんならさっきボールペンでミルコって書いちゃいましたよ?」
「よぉし!私は何も聞かなかった!グラントリノの所には緑谷少年だけ送るぞう!」
「オールマイト……」
送るて。生贄か何かと思ってません?
◇
職場体験当日。ヒーロー事務所はそれぞれバラバラの為、駅で解散するらしい。遠いやつは九州まで行ったりもするそうだから大変だ。
え?俺?俺はミルコが事務所持ってないせいでミルコの地元の広島まで行かなきゃいけないんですよ。宿泊先は向こうが手配してくれてるって言ってたし、まあ何とかなるでしょ。
「……それより緑谷」
「えっ、何?」
「飯田の奴何かあったのか?雰囲気が何かこう、暗いというかヤバいというか……」
「そういえば授与式の少し前の話だから知らなかったんだっけ……実は」
……そっか。お兄さんのインゲニウムが。それはしょうがないわ。あんなヤバそうな空気にもなる。
ん?そういや飯田の職場体験先ってその事件があった保須市じゃないか?……もしかしてヤバい雰囲気してるのはヤバい事するからじゃないだろうな。
しかし飯田が何をしたところで俺に出来ることは無い。保須市は東京だけど俺が行くのは広島。俺の個性が物理的な距離に阻まれるとは何という皮肉だろうか。
……深く考えてもしょうがない。俺は俺のすべき事をしよう。
「待ってたぞ!!」
「お世話になります、雄英高校一年の間飛移です」
「おう!私はミルコだ!よろしくな!」
ごめん飯田。ミルコボディで忘れちまうかも。
何この人?距離感バグってない?何で初対面で肩組んで来るんですか。やめてやめて。おっぱいが、ミルコっぱいが押し付けられて……奥に確かな筋肉を感じる……!
いやそうじゃなくて。まず挨拶もそうだけど荷物とかどこに置きに行けばいいんですか。宿泊先はどうにかしたって聞いてるんですが。
「?ああ、それならウチに置いてもらうぞ!」
「そうですかわかりまsなんて?」
えっ。つまり宿泊先=ミルコの自宅って事?
相澤センセー!この人ヤベーよ!現役男子高校生を自宅に連れ込もうとしてます!未成年淫行の女性版のやつ!おねショタの“おね”側の人でした!
はい。冗談はこのくらいにしておいて。
事務所が無いから近隣のホテルで……とか思ってたのに、まさかの自宅と来ましたか。これは組手とかあんまり期待できないかもしれないな。
「じゃあひとまずミルコさんの家に……」
「おう。じゃあ走って──……いや、その荷物で走らせるのは酷か?」
「公共交通機関をご存知でない?」
頼むからタクシーとかバスとか使ってくれ。無理では無いけど荷物に気を配るのが面倒くさい。
◇
幸いミルコの家は駅からそう離れておらず、タクシーでもさほど費用がかからずに済んだ。タクシーの運転手はプロヒーローでも有名なミルコと、雄英体育祭の一年生の部二位という客に緊張していたようだが。
タクシーを見送った後、ミルコに急かされるままに振り返ると──
「……結構でかいな」
「金は無駄にあるからな。雄英の職場体験とかインターンの時用に広い土地を買ったぞ!」
「ありがとうございます」
建物自体はそこまでだが、敷地面積がやたら広い。小さめの小学校のグラウンドくらいはあるんじゃなかろうかとさえ思う。
頑丈な塀やフェンスに囲まれた庭は最早金網デスマッチを思わせる物々しさがあるけれど、個性社会の現代では訓練場だと思えばそうおかしなものでもない。
職場体験でまさかの個人宅に寝泊まりという事態に混乱していた間飛も、この規模の自宅ならそういう選択もあるかと落ち着きつつあった。
家の主のミルコに言われるがまま玄関をくぐって室内へと入る。
「……ちょっと汚いっすね」
「掃除とか片付けとか苦手なんだよ。あんまり気にしないでくれ」
「…………」
まあ、予想はついていた。
普段のミルコのキャラクターを思えば家が片付いていないのは百も承知。なんなら想像よりはマシだったまである。
ちょっと靴がバラバラだったり下駄箱の上がゴチャゴチャしているくらい、想定の範囲内だ。
しかし廊下の曲がり角を超えてからは話が変わってきた。
「……」
「そんな顔すんなよ。ちょっと散らかってるだけだろ?」
「いや、まあ、はい……」
別にもっと汚くなってたとかではない。廊下にも物が落ちてる事も気にしていない。
ただし下着類、テメエはダメだ。
恐らく何かの拍子に脱ぎっぱなしにしてたであろう女性物下着。上下の組み合わせが一つずつ落ちているだけなのだが、間飛は思春期の童貞ボーイ。あまりに刺激が強すぎる。
何より間飛の意識を引きつけるのは色だとかデザインだとかではない。そのサイズ。
(……でっっっっっっっか)
何この……何?メロンホルダーか何かですか?と聞きたくなるようなブラを見て愕然としている。ちらりと隣のミルコを見れば納得のサイズではあるのだが、家族以外の異性の下着で初めて見たのが今回なのだ。感覚がバグってしまいかねない。
それにもう一つ。ミルコと会ってからずっと間飛を悩ませていた事象。それはミルコの体臭である。
昨今のSNSでは、やはりプロヒーローについてあることない事様々な憶測や噂が飛び交っている。あのオールマイトにすら変な噂があるのだ、当然ミルコにもこんな説があった。
『ミルコ、絶対臭いだろ』というもの。
……非常に度し難い事だが、要は体臭フェチの方々に目をつけられたというだけの話。中には『一度でいいからえづきながら嗅いでみたい』という強者もいた。
真に受けていた訳では無いが、少々警戒気味だった間飛はいざ対面してみてビックリした。
めっちゃフローラル。
まさかの普通にいい匂い。*1不快に思うどころか妙にドギマギしてしまうくらいには心地よい香りをしていた。誰だ臭いとか言ってる奴。
そして今、間飛が踏み込んだのはミルコの自宅……即ちミルコのテリトリーであり、彼女の成分に満ち満ちた空間。
正直雄英高校の職場体験中だぞ、という自覚が無ければ卒倒していた。
「……おーい?お前何か変だぞ?」
「…………そ」
「そ?」
「掃除から始めましょうか!!」
「お、おう……(そんなに汚ぇ……のか?)」
……とりあえずその煩悩の引き金をどうにかすることから手をつけるらしい。
間飛「(煩悩退散煩悩退散)ん?これは……」
ミルコ「私のパジャマだな。昨日のやつ」
間飛「煩悩退散ンンン!」ガシャーン!
ミルコ「うおおおい!?何してんだお前!?」
※獣って気に入った獲物は巣穴に持ち帰るよね……