真夏とまでは行かずとも、日が昇り始めた頃には既に暑さを感じ始める季節。家庭によっては朝起きてすぐに冷房のスイッチを入れる者もいるかもしれない。
そんな時間帯の間飛達は何をしているのかと言うと──
「どうしたどうしたァ!?そんな速度じゃミルコさんには一生追いつけねえぞ!!」
「追いつかねえよ!追い越すからなァ!!」
──ガチの殴り合いをしていた。
昨日の夕飯時の問答と同じく、本当なら職場体験初日に済ませておくつもりだった。間飛の現状がどの程度のものか確認しておく為、軽い組手で終わらせるはずだった。
残念ながら予定通りには行かなかったけれど、むしろ翌日の早朝から万全な状態での組手が出来たことを喜ばしく思う。
(体育祭で見た時よりも強い!やっぱコイツ
(速過ぎる……!ワープ先が読めてるかどうかなんて関係ないとでも言わんばかりの
「「オ゙オ゙オ゙ッ!!!」」
もう何度目かもわからない拳と脚の応酬。殴って防いで蹴って避けて……一般市民からはどう取り繕っても殺し合いにしか見えない暴力の嵐。
しかし見る者が見ればこの光景に別の意味で驚いていただろう。何せまだ一年生のはずの間飛がミルコと
(コイツ……!時々入る変なフェイントや歩法、どこで覚えてきやがった!?)
一日二日でできる付け焼き刃とはあまりに違う。真っ当に時間をかけて肉体と共に磨かれて来たであろう技巧。一手毎に加速的な進化を遂げているようにも感じられた。
面白い。そう来なくてはとミルコは獰猛に笑みを浮かべ──
PiPiPiー!!!
「あ゙!?もう終わりかよ!」
「タイマーの音……もうそんなに経ってたのか」
制限時間が二人の足を止めた。時間にして5分。機械的なタイマーのサウンドが組手の終わりを高らかに告げた。
朝っぱらから滝のような汗を流す組手。やっぱりトップヒーロークラスはこれぐらい出来て当然なんだろうな。まさか起き抜けに『ヤるぞ!』*1と言われるとは思わんかったけど。
それにしても、緑谷からも勧められたから分かってはいたけど……ミルコとの組手はあまりにも有意義過ぎるな。吸収出来ることがかなりある。
(それに……轟ん時の試合から何か成長が早いというか……何が起こってんだろうな)
しかしそれを差っ引いてもこの成長速度はおかしい。どんな馬鹿でもこんな急激に伸びて行けば誰だって違和感を覚えるだろう。
あの時の歯車が噛み合った様な感覚。何かあったのだとすれば俺にはそれしか思いつかない。心当たりというか、この妙な感覚の原因がそれしか思いつかない。
「……なあ、お前なんか変な事してねえか?」
「組手の技巧についてなら……ちょっと俺も変な感じがしてます」
「はぁ?お前、意図的にやってたんじゃねえのかよ」
あのよく分からんフェイントとか歩法は使おうと思って使ったんじゃ無くて、とにかく何とかしようと我武者羅にしてたら身体が無意識的にやってた。
考えられるのは……まあ【フィジカルギフト】のせい、だろうな。
身体能力と『技巧』の継承。つまりミルコに見せた手札のほとんどが曽祖父ちゃんとかが使ってた技であって、俺自身のものでは無い。
なら何で今まで使えなかったんだ?少なくとも俺の中にこんな事が出来る、なんて感覚は今まで無かった。体育祭のあの試合から、出来るというラインが引き上げられたような気がする。
「そうむずかしく考えなくてもいいんじゃねえの?その【フィジカルギフト】で受け継いだってんなら、元の持ち主が身体に染み付くほど使いこなしてたってだけだろうしよ」
「……それもそうですね」
俺の力じゃない、なんて口が裂けても言わない。ちょっと俺の家族の凄さに改めて気付かされただけだ。
「オラ!いいからさっさと風呂行くぞ風呂!」
「一緒には無理ですよ!?だから引き摺らないで!やめてー!」
◇
所変わってとある酒場。
そこに店員はおらず、客もいなければ団欒もない。ただ冷たい死と怒りの空気だけが満ちている。ヴィラン連合の拠点となっているそこでは、やはり平穏とは程遠い状況になっていた。
片や憎悪のままに世界を滅ぼしたいヴィラン、片や本当の正義を今一度問いかけるヴィラン。互いに不機嫌さを隠すことも無く睨み合っている。
「ハァ……つまり、何が言いたい……?」
「だからスカウトだよ。目的は同じだろ?」
勿論こんな雑な勧誘が成立するとは微塵も思っていない。どうせ反発して牙をこちらに向けてくるだろうと、予想は着いていた。
死柄木弔、ヴィラン連合の頭には目の前の狂人など目もくれちゃいない。彼の脳内を占めているのはUSJを襲撃したあの日、とことん己を不快にしてくれたヒーロー達とその卵。
『何が弱ってると、いやそれだけじゃねえ……!なんだよあのクソガキ共はァ!?』
『……ふむ?クソガキ?オールマイトよりも不快なナニカがいたのかい?』
『そうだ!オールマイトみてえな奴が二人も!!』
『…………へえ』
珍しく喜色を、或いは嫌悪を滲ませた先生の声。それが“オールマイト”にひっかかったものなのか、それとも“二人”という点だったのか。死柄木にはわからない。
けれど自分にも先生にも不快感を与えていたことだけは確実。ならばやる事は一つだろう。
「オールマイトモドキを、全て殺す」
「……ほう」
全部殺す。生徒達を庇って前に出たイレイザーヘッドも、脳無を無力化しやがったモドキのクソガキも、最後の最後まで邪魔してくれやがったクソガキも。
己にとっての不快を全て壊す。感情のままに思うがままに、オールマイトでさえも殺す。
……もし、死柄木の本心をステインが察していたのなら、きっとこうはならなかった。互いが互いを嫌悪し、自己主張を貫くために殺し合いすらしただろう。
死柄木の言葉には確かな強い意志と、疑う余地のない本物の殺意が込められていた。
ステインはそれを感じ取り、手を取った。
「……いいだろう。望む結末は違えど、過程は同じ……ハァ……ならば俺は、お前という悪を見届ける為にも……お前達と手を組もう」
「……先輩面すんなよ。あくまでも対等だろ?」
悪意と狂気が手を組んだ瞬間を知る者はおらず、それを知った時には何もかもが終わった後だろう。
◇
「……アイツもだが、お前は分かりやすいくらいに縛られとるな」
「何が……ですか……?」
まだ二度目。来て早々に室内戦を強制された緑谷だったが、間飛の話題で途切れた後にもう一度仕切り直していた。
一度目は急な話だったからと言い訳も出来ただろう、しかし予告がなされて開始の合図まであった二度目も同じ無様を晒せば流石に堪える。
完全にグラントリノの速度に翻弄されて転がされた緑谷に、ポロッと漏れ出た評価に何の話と尋ね返した。
「自分で気づくべき事だ、答えそのものは言わねえが……オールマイトへの憧れそのものが、お前を縛り付ける足枷になっとる」
「憧れが、足枷に……?」
「間飛のボウズにも傾向はあったが、アッチは意識改善中ってとこだろうな。とにかく【ワン・フォー・オール】を特別視し過ぎなんだよ」
緑谷とて自覚はある。自分が今焦りを感じていて、視野が狭まり思考に余裕が無いことくらい。
だがヴィランの脅威を知ってしまった。時間もなければ同じような条件で自分より上にいる同級生がいるのだ、焦るなという方が無理な話だ。
そういう事じゃねえよ、とグラントリノは緑谷の頭を引っぱたいた。普通に痛い。
「俊典から聞いてたが、ハッキリ言うと今のお前は間飛の下位互換だ。精々一瞬の爆発力が辛うじて上回ってるだけだ」
「うぐっ……」
「だからこそ、アイツから学べることは多いだろう。お前という同じような個性の持ち主で、お前より優れている。盗めるものは盗んでおけ」
「は、はいっ!!」
緑谷に喝を入れて『飯を買ってくる』と言い残してその場を後にする。正直理由はなんでも良かったし、飯云々も腹の減り具合から適当に言っただけだ。
できればあの未熟な弟子が何かに気づいて成長する瞬間を確認したかったが、そうも言ってられない程度にはグラントリノに余裕は無い。
(【フィジカルギフト】……雄英がそれなりに手を尽くして調べても白ときたか)
映像だから確証を持てなかっただけで、グラントリノの目には既に
特に決勝戦最後の一撃。見立てが間違ってなければあの威力で尚
ただ【ワン・フォー・オール】に似ているだけの個性。言われてしまえばそれまでだが、あの魔王の顔が頭を過ぎる以上はおいそれと放置する訳にも行かない。
(ありゃあマジで白なんだろうが……だとしたら紛らわしいにも程があるだろ。聞いた話じゃヒーローネームに【ワン・フォー・オール】付けようとしてたらしいじゃねえか)
分かりやすく怪しさの塊をされてはこちらとしても疑わざるを得ない。悪気は無いはずだろうけれど、できれば『面倒くせえ悩み増やしてんじゃねえよ!!』と言って引っぱたいてやりたい。
それに一人の将来有望な受精卵小僧として見るならば、それはそれで言ってやりたいことがいくらでもある。要は複雑な感情にやきもきしているのだ。
少なくとも体育祭で彼の動きを見た今、彼にすべき助言があるとするならば──
「アイツはアイツで自分の力にビビってんだろうなあ……」
───恐れるな、と。ただそれだけだ。
USJの緑谷と死柄木
死柄木「クソッ、脳無持ってかれた!」
緑谷「ええ……」
死柄木「腹いせにイレイザー殺そ」
緑谷「待てい!」SMASH!!
死柄木「タコスッ!?」
死柄木「なんやコイツオールマイトフリークかよ」
オールマイト「呼んだ?」
死柄木「ヒェッ」
だいたいこんな感じ。描写はされてませんでしたが、最後にちょろっと妨害した程度です。