渡我被身子には強烈な欲求がある。それは『好きな人の血を吸いたい』という物で、ボロボロになった人を好きになってしまう性癖の一環とも言えるだろうか。
小さい頃から吸血衝動を我慢できなくなることがあり、時にはスズメの血を吸おうとして両親に酷く怒られた。そんな事が何度も続けば段々と両親も渡我を不気味に思うようになってしまう。
決定的な決別を起こしたのは中学卒業の日。彼女には
片方は同級生の斉藤という少年。皆の人気者で誰かの為にか喧嘩をしていた所を見た時に一目惚れしてしまった。
もう片方は二歳下の間飛。学年が違う為ほとんど見かけることもなかったけれど、初めて見かけた時の彼を何故か目で追っていた。恐らく継承中の負荷による出血の匂いを感じたのかもしれない。
その日までは何とか己の欲求を我慢していた渡我だったが、斉藤にも間飛にも会えるのはこの日が最後だと思うとタガが外れてしまった。
まずは斉藤から、と思っていたところにたまたま間飛と先に出くわしたのでそこらの空き教室に誘い込んだ。
『貴方の血、吸わせてください!』
『……いいっスけどどうやります?』
『…………え?』
まさかの一発OK。拒絶されることも覚悟の上で、何ならその場でカッターナイフで刺してしまおうかとまで考えていたのに。誤魔化しでもなければその場しのぎでもなく、本当に心の底から『どうぞ』と言われた。
自分から頼み込んでおいてOKが出るなんてこれっぽっちも思っていなかった渡我はパニック。合意の上で血を吸おうとするならどうやるべきなのか、なんて微塵も頭の中に無い。どうしようという思いだけが頭の中をグルグルしていた。
『あー……カッターナイフとかあります?』
『え、あ、うん……これ……』
『あざス。ッ……やっぱ痛ぇな……』
嫌かもしれないけど、と間飛は自分の指を二度軽く切る。横長のバツ状に赤い線が走り、瞬く間にぷっくりと血の雫が膨らみ流れ出す。
『これで足ります?』
『……いいの?』
『?』
『気持ち悪く、ない?』
これまで何度も他人に否定されてきた嗜好。こんなにも無条件であっさりと肯定されるなんて初めてのことで、間飛への問いかけの声が震える。
両親が時々己に向ける視線は凡そ愛しい娘を見る目とは言えないもので。幼い彼女でも『ああ、気味悪がられているな』と気づくほどに露骨な嫌悪感が滲み出ていた。
それをほぼ初対面の間飛は何一つ気にしていない。どうしてと尋ねたくなるのも当然だ。
しかしこの時の間飛は別に何とも思っていなかった。この超常黎明期、誰かの血を吸いたくなる個性の一つや二つそこら辺に転がっているものだろう程度の認識だ。
それに個性継承も終盤まで来ている今、今更出血が少し増えるぐらいどうでもいいレベルで血に慣れてしまっている。
なので血が吸いたいのなら健康に支障が出ない範囲でお願いします、ぐらいしか渡我に言うことは無い。
『……?個性の無い時代ならさておき、今の時代なら別に
『───』
何をそんなに気にしてるんだ?と言わんばかりの態度で、渡我が一番求めていた言葉を当たり前のようにくれた。それだけで満足出来てしまうくらいに。
『あの……何で泣いてるんです?もしかしてこれじゃ足りなかったスか?』
『え……ち、違っ……!う、うええ……!』
『待って待って!?泣かしたと思われるからやめて!?』
『うう……あ、ああ……』
その後、斉藤の元に行くことは無かった。卒業式を終えてそれでバイバイ、事件など何一つ起こっちゃいない。渡我は
◇
「……どこで何してたん?トガち」
「いやあ、ちょっと個性カウンセリングでいざこざがありまして……」
時間が経った今の彼女は公安の一人。ヴィランを装って闇を歩く潜入捜査官になった。
彼女の言ういざこざとは、カウンセラーから吸血欲求の原因が個性にあるので我々は何も出来ないと告げられた両親に縁を切られたという話だ。薄々縁が切れかけていると分かっていたトガにはショックではあっても致命的な亀裂にはならなかった。
代わりに後見人としてついたのが公安の人間で、その個性を活かしてみないかと提案されたのだ。
お陰で闇を渡り歩くには十分な身のこなしを覚え、女子高生だと侮ったゴロツキならば片手間にあしらえる様までに成長した。
「まさかヴィラン堕ちしたってンなら……」
「え?わ、わわわ!?待ってください!?違いますよぅ!!」
趣味嗜好に振り回されていたかつての自分ならさておき、過度に悩む必要も無いと知った今ヴィランになる理由は情報収集以上のものは無い。殺人事件との関連性ですら公安にでっち上げて貰っているのに。
というかあの
無論間飛も今更トガがヴィラン堕ちしたなどとは微塵も思っていない。というか堕ちる理由があるのかも分からない。涙目で必死に首を振るトガを見て罪悪感を覚えつつ冗談だと宥める。
「最後に会ったのっていつだっけ。一年くらい前か?」
「お正月に会いました。受験前に少し息抜きがしたいって」
「ああ……そういやそうだ。トガちと
トガち、と呼ばれる度にトガの頬が緩む。刹那的な世界を生きているとこうして日常的な会話をするだけでも心が癒されるとは誰の言葉だったか、公安の先達の言葉だったことは覚えている。今なら理解できます先輩と胸の中でそっと呟く。
「ってか話してる場合じゃなかった。他にもヴィランがいるだろうから逃げた方がいいぞ」
「あ、それなら私知ってますよ。ヴィランの人数と配置」
「……一応聞くけど何で?」
「見逃して頂けると助かります」
如何に間飛相手でも機密は機密。潜入捜査官をやっている事をイタズラに広めてはならないのだから、実はヴィラン連合に潜入してスパイ的な事をしようとしてました!と言えるはずがない。
彼の視線が痛い!と心の悲鳴を抑えつつ、ヴィランの人数とか配置……ついでにどういう個性かを教えておいた。
ふと、トガが思い出したのはヴィラン連合の……死柄木弔のスポンサーからの頼み事。他はともかくこれはなるべく優先してくれと言われていたもの。
それは爆豪勝己をヴィランに引き込みたいので誘拐してきてくれ、というものだ。
「もしその爆豪勝己さんを狙うとしたらコンプレスさんです。何でもビー玉くらいにしちゃう【圧縮】で連れて行っちゃうつもりです」
「マジか。じゃあさっさと爆発さん太郎のところに行かねえと……」
「……爆発さん太郎って何です?」
「あだ名」
無慈悲なあだ名だなあ。なんてまだ見ぬ爆豪勝己に思いを馳せつつ、そろそろヴィラン連合から離れなければならないのでトガはサポートアイテムと装備を脱ぎ捨てると施設の方へと向かった。
「私は雄英の先生に保護してもらいます!移くんも気をつけてください!」
「ああ。情報ありがとな……ッ!」
魔王にかかり切りだった化け物の手が空いた。恐れ戦くがいいヴィラン連合よ、お前たちの前に立ちはだかるのは頭のおかしい自称陰キャだ。覚悟しとけ。
◇
「返せ!!?」
「返せたぁ妙な事を言うじゃないか。爆豪君は誰のモノでもねえ、彼は彼自身のモノだぞ?エゴイストめ!」
口先で緑谷達を弄びながら、Mr.コンプレスは二つの球体を指でコロコロと弄る。その中にいるのは常闇と爆豪の二人。音もなくいつの間にか二人を掠めとって見せたのだ。
突然の新手に常闇と爆豪の強奪が重なり、緑谷達から冷静さが消えている。そして同時にコンプレスにも余裕が無い。
(トガちゃんどこいったの!?オジサン心配なんだけど!)*1
……あの、何でヴィランやってるんですか?
まさかトガが潜入捜査官などとは微塵も想定していないコンプレス。トガの襲撃に合わせて爆豪を狩るつもりが一向に姿を表さなかった為、死に物狂いでようやく隙を突いて確保したのだ。
それじゃあ後は退避するだけ……だけど、仲間のトガヒミコがいないのでは迂闊に一人離脱する訳にもいかない。仲間を置いていくなど選択肢に入っていないのだ。*2*3*4本当に何でヴィランしてんだお前。
予定外が重なる中コンプレスは通信機で目的達成を報告。ヴィラン達が勝ち逃げの姿勢に切り替わった。
当然逃がす気のない生徒達。轟は背負っていたB組の男子を障子に投げ渡して氷結を発動。体育祭の時と同等以上の巨大な氷結が巻き起こるも、コンプレスは軽い身のこなしで避けてしまう。
「クソッ……!絶対逃がすな!」
「───おい!何があった!?」
「間飛くん!?今までどこに……」
「良いから教えろ!何があった!?爆豪を知らねえか!?」
「その爆豪を、常闇と共にさっきの仮面が連れ去った!」
人手も戦力も足りないと諦めかけたそこへ間飛が到着。ここに来ての心強い仲間に全員の士気が上がる。
緑谷達には今の今までどこで何をしていたのか分からない間飛だが、彼がいるのならやりようはある。突如増えた選択肢の中から緑谷は指示を出した。
「轟くん!氷で発射台みたいな坂を作れる!?」
「ああ。どうすんだ?」
「間飛くんと僕で障子くんと轟くんを飛ばす!」
「なるほど?気絶してる回原*5はお前が連れて撤退するのか」
出来れば自分も行きたいところだけど、気絶しているB組生がいる上に今の緑谷はかなり消耗している。足を引っ張る未来しか見えないけれどここは自分が彼を連れて下がるしかない。
「……いや、奴らは撤退すると言っていた。今ならそのB組の男子を放置しても問題ないだろう」
「それじゃ危ないだろ。この中じゃ個性が半分使えねえ俺が残るべきだ」
「で、でも僕より轟くんの方が……」
「置いていって大丈夫そうだぞ。この辺に人は俺達と奴以外いない」
誰が残るべきかという議論に待ったをかけたのは間飛。いきなり何を、と思ったところで彼の訓練の事を思い出した。
周辺を探知する能力。多少の無茶を前提で探知をかけたところ、周囲300m内に自分達とコンプレス以外の存在はいないことを確認した。ならばここにB組生徒を放置したところで何ら問題はないはずだ。
彼を放置する、というちょっと酷くないかと言われる決断を下して轟が発射台を作成。障子が轟を【複製腕】でしっかり固定し、準備は整った。
膝を着いて四つん這いのような状態で待機し、緑谷と間飛の手が障子の足裏に添えられる。
「俺が緑谷に合わせる。お前は全力で障子を投げろ!」
「分かった……!いくよ!」
SMASH!!
氷の坂を勢いよく滑り抜け、障子と轟が射出される。それと同時に間飛が緑谷を置いて【瞬間移動】を発動。緑谷ならば必ず追いつくという信頼の元、一人先に向かった。
決して常闇も爆豪もくれてやるものかと、硬く拳を握り締めながら。
トガ「……」チュゥゥ…
間飛(わー、吸われてる)
トガ「……」チュゥゥ…
間飛(吸いやすいと思って指切ったけど良かったかな)
トガ(な、なんか恥ずかしいんですが……!?)