リィン・シュバルツァー、貴様にクレア姉さん(語弊)は渡さないからなぁッ!? 作:発光米
さて、現在時刻は24:10。
「……ついに、テオ殿でも見つけられなかった……みたいだな」
「いやー、ミイラ取りがミイラにならなくて、よかったねぇ」
「言ってる場合か!」
……宿の部屋にこもってじっとしていたら、山の入り口の方が騒がしくなって、成人男性が一人、かなり憔悴した様子で帰ってきた。
それが、たしか……22:30。かなり下山にてこずったらしい。
村の大勢が、お屋敷に集まって、何やら話している。かなり長く続くようで、現に2時間経った今でも、まだまだかかりそうだ。
「うん、弾薬よーし、捕縛用ロープよーし」
「おい、……一応言っておくが、シュバルツァー君は魔獣じゃないんだからな?」
「こんな身内が危険な目に遭ってるのに、それでもなお山の中を彷徨ってるなんて、正気の可能性の方が低いでしょ。……そういうアルマだって、こんな夜更けに閃光弾持ち出してるでしょ」
「い、いやぁ、とにかく行くならさっさと、な!!ほら準備できたなら早く行くぞ!」
そろそろ〜っと、一階の様子を覗く。どうやら、宿のオーナーも店を開けているらしい。ドアの鍵も空いているし、そのままサッと山道へ向かった。
ー ー ー ー ー
ユミル山道。
定期的に狩りや採集などで人が通るのか、かなり整備されており、魔獣の気質も温厚。
「………よっと、これで全部か?」
「うん、みんなぐっすり夢の中……やばい、ボクまで眠くなってきたぁ……」
「頼むから、後少しどうにかしてくれ。流石に山道にツーマンセルで入るってだけでも無謀なんだから……」
普段のライフルだと音は大きいし、取り回しは悪いしで、サイレンサー付きの小銃に持ち替えているらしい。導力灯と、月明かりのおかげで、大した奇襲も負わなくて済んんでいる形だ。
どうやら区切り目になるような、山の中腹までたどり着くことができ、岩場に腰を下ろす。
「うーん、山道に出てくるわけないとは思っていたが、ここまで音沙汰無いとは思わなかったな」
「どうする……?闇雲に探したら、夜が明ける前にボクたちの体力が尽きるんだけど……」
今、頭の中にある方針は二つ。
一つ、このまま山頂……というか、アイゼンガルド連邦の続いている道まで行ってみる。
一本道で、迷うことはない。だが、岩肌が剥き出しになっており、遭遇する魔獣も手強くなるだろう。それに、障害物があまりないから、隠れるのに適しているとはいえない。いた場合、わかりやすくはあるが、こちらも気づかれやすくなる。
そしてそもそも、隠れる場所がないなら、そこにいるとは思えない。
二つ、山道を外れて山の中を捜索する。
シュバルツァー君がいそうなのはここだろうが、正直素人が地元民に勝てるとは思えない。それなら、テオ殿が目撃情報の幾つかでも持ち帰っている可能性が高い。
「ええぇ……流石に山脈越え……は、無いと信じたいぜ……?」
「その場合、ルートとしては……このまま登っていって、山脈の向こうに出る感じかな、うーん……」
八方塞がり。そもそも、よそ者が首を突っ込むべきじゃ無い案件なのは、分かってはいたが…………
二人揃って、首を傾げ、唸る音が静かな夜にこだまする。
「今の、は………?」
魔獣の鳴き声だろうか。喉が切れているのか、かなり苦しそうだ。
もしかしたら、シャバルツァー君が交戦したのかもしれない。だとすると、かなり面倒だ。
「え、何いきなり。どうした?任務漬けで頭壊れた?」
「……悩んでても、解決しないな。よし、一旦登ってみよう!」
「うっそぉ、ここは諦めて下山するところじゃ無いの!?今ならバカな観光客で済むじゃん!ねえ、壊れてるけど立ち入り禁止の標識あるじゃん!」
「いや、この件が解決しない限り、村は正常とは言い難い。そんな時のデータを取ったところで、学生の実地研修の参考になるとは思えない……何よ、り……」
言い淀む。
もしかして、シアンには聞こえなかったのか……?
「なに?あ!わかった、エリゼさんが_______」
「いや、そうじゃ無いって、聞こえないのか?」
「なにすっ______むぐーっ!?」
慌ててシアンの口を口を塞ぐ。
ほんのわずかに、金属のようなものが擦れる音と、唸るような声。でも、確実に人間の声帯から発されている。
人間の声は、もはや唸るための構造ではないのだ。喉を鳴らしたところで、遠くまで聞こえるものではない。
でも、何かおかしいのだ。
「え、なに、これ……狼男……?」
「上からだ……もしかして……!」
「え、当たりって、なに……もしかしなくて、も……?」
冷や汗をかいていたのにも気づかず、そのまま手を引っ張って、岩肌剥き出しの地面に足を踏み入れる。
今日は三日月だ。
足元を照らすランタンの油は、尽きている。
ー ー ー ー ー
「ハァ、はぁッ……ぁ、……!」
運動をした後の肺に、まだ冷たすぎる空気が、暴力的に吸い込まれる。うまく呼吸にならずに、むせながらぼんやりした頭を回転させる。
「あ、れ、…………俺、また…………?」
びっしょり体に張り付く汗とともに、ふとアイゼンガルド連邦の峰が目の前に広がる。前に気がついた時は、辺り全体真っ暗だったのに、今日は細い月の薄明かりが、すっかりボロボロになってしまった靴を照らしている。
数日前。こうなってからの時間の経過が確かでないので、こう言うしかないのだが。
何か自分の様子がおかしい。そう感じた瞬間、俺は咄嗟に護身に持ってきていた片刃剣を離した。
何か武器を持っていたら、あの時みたいに…………
もし、現れたのが、空腹の野生動物などではなかったら。
もし…………人間だったとしたら。
そんな一瞬の油断につけ込まれるように、あっという間に俺は意識を手放してしまった。
時折、意識が表面化することはあれど、じっと眠っているような感覚だ。それでいて、我に帰れば、恐ろしいほどの疲労感と吐きそうなくらいの破壊衝動に襲われる。
何度太刀を捨てても、必ず次目を覚ませば手の中にある。おそらく気を失っている間に、回収していたんだろう。
途中で、聞き慣れた声が聞こえた。
女の子の声とか、大人とか。きっと、父さんたちだろう。
ならば、尚更離れなければならないのだ。
ユミルに、自分のようなものがいては、やはりいけないのだろう。
…………剣を手にし、己を律することができればと、一抹の希望がよぎった瞬間このザマだ。
まだ肌寒い空気が、首をすり抜ける。
テオ父さん、ルシア母さん、そしてエリゼ…………
なんだか、今回ばかりはダメかもしれません。
寒くて体が動かなくなってきました。もっと寒い時期もあったし、ユミルで過ごしていたので、寒いのには多少慣れている筈なのに、ここから下山仕切れるまでの体力があるとは、到底思えません。
現に、指は悴んでまともに動かないし、奥歯もガチガチ言わないけれど、だんだん眠気が襲ってきます。
ああ、でも、これでもう“ああいう”状態にならないなら、本望かもしれない_________
ー ー ー ー ー
山道の最奥。
山はまだ奥まで有るが、道が整備されていて、人の足で登れるのはここまでだ。これ以上は、クライミングの道具が必要になるだろう。
「…………ぁ、…………」
そのひっそりとした、辛うじて残っている、うっすらと雪の残る平地に、少年は横たわっていた。
不思議なくらいだ。
髪は彼のかいた汗でうっすら凍りかけ、衣服は擦り切れてボロボロ。首には、自分でやったであろう、赤い爪痕が。その爪は土と自分の血で汚れている。
体も冷たい。驚くほど痩せている。固く閉じた瞼は開く気配すらない。全身から血の気は失せ、青ざめた……というより土同然の色をしている。
それでも。
「……うごい、てる……?」
「心臓、まだ動いてる!」
指の先に、微かに脈が触れる。非常に弱々しく、不規則に、けれど確実に。
「低体温症だよな?コレ、どうするんだっけ」
「あー、わからない、ボク講習受けたの3年前だし。というか、アルマは軍属になったの最近なんだから、覚えてなきゃおかしいでしょ!」
「…………ワスレマシタ」
「ああもうっ、とりあえずティアでいいんじゃない、ティア!」
シアンの言う通り、オーブメントに手をかける。……………そして、やめた。少し例外的だが、嫌な心当たりがあったのだ。
まるで自分の体を道具のように酷使した、ボロ雑巾のような見た目。エネルギーを使い切るまで、無理に活動したような消耗…………
「______、もしかして……?」
「足の方持ってくれ、このまま運ぶぞ!」
「ねえ!?ボクに、対処、聞いた、意味は!?」
少年の頭に傷がないのを確認しながら時計を確認する。
うん、02:43……午前3時ごろから起きる魔獣が出るので、人一人を抱えて下山するとなると、ギリギリだ。
「時間がないな……魔獣が起き出す前にとっとと降りるしかない、か」
「えっ、いや、魔獣とかは!?迎撃役がいないと、流石に危険でしょ!それか朝まで軽く野営とか……」
「今なら殆ど掃けてる……はず。兎に角マズいんだ、このままじゃ手遅れになる、せめてどこか安定させられる場所さえ……」
「ああもう、やりゃあいいんでしょ、やれば!!!」
シアンが足を持ち上げるのと同時に、少年の背中に手を回すようにして頭部を持ち上げた。