リィン・シュバルツァー、貴様にクレア姉さん(語弊)は渡さないからなぁッ!? 作:発光米
_____アリサ・ラインフォルト救出作戦開始より、30分前……
『……イリーナよ。どうしたのかしら』
プッ、と通信が繋がった音がすると、開口一番に不機嫌そうな声が飛んでくる。まだ名乗っていないのに、俺がかけたってことが割れているのは、さすがと言うべきか。
「ハッ、娘が誘拐されといて、どうもこうも無いですよね、会長さん?」
『私だって暇じゃ無いわ。要件がないなら切らせてもらうけど。それとも、貴方がその黒幕でした……なんて言うのかしら?』
「冗談じゃない……俺は、あくまで作戦を実行するために、必要な方をお借りできないかと思いまして」
自社の産業スパイの疑いをかけている男に塩を売るなんて、常人ではできっこ無い。けれど、彼女は“常人”と言うにはあまりに破天荒だ。
「______アリサお嬢様の“お世話係”を、お一人」
「……………そう」
しばらく会長は、考え込むような素振りを見せた。……ここまでいけば、後もう一押しだ。
前に何度か俺は、イリーナ会長と話す場を設けてもらったことがあった。主にARCUSのデータ回収や、今後の開発方針について、あくまで開発者とテスターという関係だったが。けれど、そのうち一度たりと、護衛がついて来たことはなかった。
空港のロビーで。帝都ホテルの一角で。適当な喫茶店で。そのいずれも、あまりに国で一二を争う用心の警護体制とは思えないラフさで、彼女は俺と相対してきた。連れていたのは、物腰穏やかそうなメイドたった一人。
……つまり、彼女が
正直、今回の作戦の肝は、相手に抵抗されることなくアリサ嬢を奪還すること。そこに幾らのミスもあってはならない。大勢で力を発揮する軍人は、正直不得手と言えるだろう。それこそ、遊撃士とか…………
ならば、プロを調達すれば良いのだ。“民間人”の保護ではなく、“アリサ・ラインフォルト”の護り手としてのプロを。
『こちらのメリットは?』
「まずご令嬢の奪還。傷一つつけないことを、治安維持組織の一員としてお約束いたします。こちらは、“彼女”に関する返事に関わらず、ですが。次に、拘束後の犯人の身柄をRFへ引き渡しましょう。取り調べなり、沙汰は今回は俺たち帝国軍ではなく、RFの裁量にお任せいたします。そして______」
「会長が黙っておられた、“アレ”に関して、俺の見解をお伝えします」
通信越しに、何か物音が二回する。ハンドクラップだろうか。……俺への拍手じゃないのは、間違いなさそうだけど。
『いいわ。本日中に限り、出向の形を取らせた……好きに使いなさい』
「…………もうすこし、驚きの言葉とか無いんですかね?」
『心外ね、評価は適切にしているだけよ。要件は以上かしら?』
「はい。_____ッて、もう切れてる……!?」
プツっと音を立てて、再び通信が断絶された。
入り組んだ鉱山内を、シャロンさんのナビもあって、迷わずに最奥まで突き進む。簡易マップはあったものの、抜け道や実際の地形との齟齬を考えると、本当に有識者に来てもらってよかった。…………けど。
バリケードの死角から、人形兵器が飛び出す。ナイフでそれを受け止めようと思う前に、その体は何かに受け止められる。
「_____ッ、糸……!?」
雁字搦めになり、関節部分の一つも動かせないそれを、慌ててアーツで吹き飛ばす。鉱山の壁に叩きつけられた風圧で中枢が破壊されたのか、プスプスと煙を吐いて機能を停止した。
「まだまだ、注意が足りないかと。背後にも、
一歩後ろで、何かが引き裂かれるような音が聞こえた。剣とも悲鳴ともつかないおぞましい音。その後には、パラパラとセピスが溢れ落ちる様子だけが見えた。
構えているのは、小ぶりなダガー。けれど、さっきのを考えれば、鉄線を使っているのは間違いなさそうだ…………
(…………やっぱり死ぬほど怒ってるよな!?!?ウフウフ言いながら会長の脇に控えていたフワフワメイドはどこ行ったんだよ!)
「それはもう、お嬢様に危険を晒す全てには、
「つまりバラバラ死体にするって事ですかね!?そして当然のように人の心を読めるんですか!」
おいおいゼムリア大陸。これじゃあ心理学者の立つ瀬がなくなるぞ……?なんだよ、やっぱり武術を極めればトンデモ能力が身につくって言うのか……?剣で打ち合えば全部わかるとかいうのも、彼彼女らの中では暗黙の了解らしいし、もう何が何だか…………
一通りの脅威が去ったと見えて、一度ナイフをホルダーに収める。四方八方、どこから何が来るかわからない状態では迂闊だろうが、パッと目視できる範囲に敵は居なさそうだ。魔獣を相手にするのと違って、硬い鉄のボディに刃を通すのは疲れるなんてどころじゃ無い。握りしめた手の方までジンジンしてくる始末だ。
「ええと、後学のためにお聞きしたいんですけど、気配察知とかってどうやってやってるんです……?なんというか、どこに行っても実力者はデフォルトでそういうスキルを身につけてるんで……」
背後から飛んでくる殺気や、それに類するもの。それらを統合的に処理した上で、相手の位置や動きを読み切る技術……正直、集団戦においては司令役がそれを有するだけで、部隊としての質もグンとあがるし、白兵戦においては一定以上のステージに上がるには必須となる。正直、この先のことを考えれば、どうにか会得しておきたいのだが……
「……………私からは何も、としか。その境地に至るまでの道のりは、各々異なっておられるようですので」
完璧なほどの笑顔で断られた。そりゃそうだ。
「いや、俺の方こそ変なこと聞いちゃってすみません。先を急ぎましょう」
「いえ、ただ…………」
「……………?どうしました?あ、すみません気が利かなくて。少し休憩にしますか?」
少し考え込むシャロンさん。ルーレ市内から鉱山まで駆けつけてもらった上に、中腹まで一気に駆け抜けたとなると、流石にそのメイドドレスじゃ大変だったか。その割には息一つ乱れていないのは、流石としか言いようがないのだが。
「私のことは、どうかお気遣いなく……お嬢様に本日の夕食はクリームシチュー、とリクエストを頂いていますので」
「おっと、それは頼もしい。それじゃあ最奥まで一気に、いけますか?」
「ふふ、お任せください。もしよろしければ、麓の皆様もいかがでしょうか?」
「良いっすね、一応自炊訓練もしてるんで、材料の処理くらいは手伝いますよ」
持っていた無線機で状況を確認する。鉱山員の解放作戦の方も、概ね順調らしい。
……あとは、本命を奪還するだけだ。
…………自分は今、何をさせられているのだろう。
辛うじて身につけた知識から、手に握らされている機械が、おそらくRF社製の導力機……それも、プロトタイプらしきものであるのまではわかる。製品化するには、あまりにも無駄が多いデザインで、カバーも無ければ素体は角ばっていて手に馴染まない。
そして、自分が今置かれている状況。
(これ……って、誘拐……よね?誘拐で合ってるわよね?)
久しぶりの幼馴染との再会。少し浮かれていた隙をつかれて、強引に何か薬を嗅がされて、それから目が覚めたら、ここにいた。雰囲気からして、町はずれにあるザクゼン鉄鉱山、それも、あまり見慣れない景色なので、かなり奥の方なのだろう。
立場ある親を持つと、犯罪に巻き込まれることも度々あった。このような危機に陥ることも、よくあるとまではいかないが、有事に備えてそれなりの知識は叩き込まれていた。
こういう場合は、自分……RF社の社長令嬢であるアリサ・ラインフォルトの命を盾に、何かを交渉するのが定番だ。だから、大抵の場合は、拘束でもなんでもされて、相手は武装した状態で自分を脅している。
けれど、そんな予想に反して、自分を攫ってきた男は、大量の絡繰人形にその場を任せて、そそくさとその場を去ってしまったでは無いか。去り際に一つ、意味深なオーブメントひとつよこして、アリサは人形兵器の包囲網に取り残されたのだ。
今いる場所から少しでも動こうものなら、くまなくレーダーを照射している機械人形が、こちらへ向かってくるだろう。ちらっと見えた導力機構が、電磁パルスのそれと似通っているのも踏まえれば、迂闊に動きたくはない。
(……となると、鍵はこのオーブメントってことで良いのかしら。エプスタイン財団とRFのロゴ……ということは、新開発の戦術オーブメント。確か名前はアークス、だったかしら)
ちらりと食卓で母とメイドが話題にしていたのを思い出す。
まだ開発段階、かつ実用性もテスト中。しかもテスターが“本来の使用用途と異なる使い方ばかりする”ため、まともなデータが集まらずに開発が難航しているという、珍しくアリサの前で母親がため息をついた一コマだった。
(あの母さまを困らせる人……一体、どんな方なのかしら?)
思案しながら、二つ折り式になっているオーブメントのカバーを開ける。なかには、何か丸いものをはめるためのスロットと、それらを繋いでいる光の線。そして、中央に一際大きい窪みが一つ。そこに、透明なままの水晶玉のような何かがはめられていた。けれど、工学全般の知識こそあれど、戦術オーブメントに特化した知識は持ち得ていない。これ以上の分析は不可能だと判断して、アリサは体の力を抜いた。
……遠巻きながら、何かがぶつかり合う音や、銃撃の音が聞こえる。
(……きっと、鉱山のみんなを巻き込んじゃったのね)
ほのかに罪悪感を抱きながら、アリサはその場に座り込む。わずかに差していた太陽が、赤く傾いている。スカート越しの地面は、もう冷たくなっていた。
「2時と11時に各2体ずつ……前方には犬型魔獣が3!」
「こちらは仕留めました、動きは止めますので、そちらのお掃除はお願いしても?」
「はい、倒しそびれたやつはお願いします!」
シュッと糸が伸びて、相手の動きをことごとく封じた。無防備なボディにそのままアーツを打ち込んで壊滅させる。氷の刃が溶け去ったあとには、動きが止まった人形兵器が数体ノビていた。
「……ふぅ、なんとか上手くいきましたね」
「アルマ様も、お見事でした。もうすぐ最奥に到着いたしますので、この調子でお願いいたしますわ」
数回にわたる妨害に対応するうち、俺が前衛、シャロンさんが後衛というスタイルが確立されつつあった。というより、俺がアーツを主体とした立ち回りなのに、副武装がナイフだからこういうハメになる。ついさっきも、シャロンさんから「アーツがお得意なのですね」と聞かれ、「でも前衛しかできないんですよ」と答えると、「珍しいですね」と静かに笑われた。
……そもそも正直、シャロンさんが強すぎて。俺の必要性を疑うレベルにまで来ている。それでもとりあえず、敵からのヘイトだけでも取っておけば、ほんの少しでも体力の温存になるかなー、なんて思いながら先行する。
ほどほどに整備された道を進む。やがて、ほんの僅かだけど、赤い光が差し込んでいるのが見えた。きっとあの先が、地図でも確認した通り、最奥なんだろう。軽く装備を再点検し、オーブメントの充電も回復しておく。シャロンさんの方は、あまり消耗すらしていなさそうだ。お互いの準備が終わったのを確認して、目配せする。
「……行きましょう。とりあえず、俺が先に_____」
けれど、後ろを振り返って見た彼女の顔は、驚愕に染まっていた。
「え……」
「_____っ、いけません……!」
「伏せてください!」
その声に弾かれるように、出口の方向を見つめる。
西陽に遮られてよく見えない、形容し難い、何か。
ボディで見開かれた目、何本もの腕を操る_____
______…………バケモノ。
「_____ぁ、あ…………」
「っ……!?」
一拍置いて、俺の体から何かが引き抜かれる。
引き抜かれたということは、つまり突き刺されていた、ということ。
声がうまく出せない。地面が血だらけだ。これ、全部俺の血か……?失血量が半端じゃ無い…………心臓ごとやられたか?というか、そもそもこれ、体貫通したよな……?
何発かの多重攻撃……手に鈍めの感覚があったから、数発はナイフで防げている。レーザーやアーツの類じゃ無い、純粋に物理的に貫かれたのだ。あとは頬……パックリ切れてるな。
……完全に予想外だ。こんな手練れ……いや、“脅威”があったなんて。
シャロンさんが、俺の体を起こす。顔色を見るに、かなり絶望的な状況なのは間違いないらしい。
「……ッ、アンタ、何者だ?」
ありきたりな問いを投げかける。声は半分以上掠れていた。けれど、相手の耳にかろうじて届いたのか、男はこちらへ歩み寄る。俺がバケモノだと思っていた影は、逆光で見えなかっただけで、どうやら一人と一体だったようだ。
「______お初にお目にかかる、アルマ・カントゥータ少尉。だが、生憎私から貴殿に教えて差し上げられることは、一切ないな。……そちらのレディへは“お久しぶり”とでも言っておこうか」
「…………あな、たは……」
シャロンさんの手を振り払って、ナイフを掴んで立ち上がる。
「ハッ、………関係ないね、アンタから俺に用は無くとも、俺からはたっぷりあるんだよ!」
治癒のアーツをかけ、強引に痛みを紛らわせる。
出血は止まらないが、延命にはなるだろう。せめて、少しでも多く情報を_____!
「______似た構造、見たことあるぜ」
すると、男の目が見開かれた。
「アンタの後ろの、灰銀の化物…………シェーマと一緒にいたやつと同系統なんだろ?察するに、シェーマの製造元とやらに関わっている……しかも、創られる側じゃなくて、管理する側だ。違うか?」
問かければ、男はこう言い放つ。ぐらぐら視界が揺れ、表情は見えなかった。
「…………やはり、貴様は邪魔だな、アルマ・カントゥータ」
「お褒めいただきドーモ、その回答が何よりの返事ってな」
腹を立てたのか、男は左腕をサッと上げる。……本当に、見れば見るほど、シェーマが戦術殼を操っている仕草に似ている。けれど、男がふたたび何かをする前に、俺の方の限界がきた。
「……ま、アンタの狙い通り、もうすぐ俺は、……死にそうなんだけど……な………」
ついに足にも力が入らなくなる。蹲るようにその場に倒れ込んだ。
あー、これ……ヤバいかも……
血って、抜けすぎると寒くなるって本当だったんだ。自分自身の手が、なんだか冷たい鉄でも触ってるみたいだ。春先の夜は普通に冷えるって……?それはそうだけど。
こういうときって、どうすればいいんだっけ。とりあえず遺言……?
心残り、か……シェーマに関する手がかりが出てきたって言うのに、このままみすみす死んじゃうのは、ちょっと悔しいかも……
アリサ嬢は……無事なんだろうか。最悪、麓に待機させている部隊を全員動員すればどうにかなるかもしれないが、シャロンさんの服も血まみれにしちゃったし、ダメダメだなぁ……。
そして、それより俺がいなくなったら、あのヒゲおじがクレア姉さんを好き勝手するかもしれない。
…………ん?
誰が、誰をどうするって?
おい、それはマズいぞ俺。
どうしてこの可能性を頭に入れて居なかった?
死んでなんていられない______それだけは阻止しなくちゃ。
……というか、こんな危ない通り魔みたいな不審者殺人鬼が、クレア姉さんと同じ世界にいるってマズく無いか?マズイな?どうしよう、今すぐにでも目の前のアイツをぶん殴らなくちゃいけなくなった。これはダメだ、排除しないといけない。クレア姉さんの柔肌に傷ひとつつけるような所業は断じて許しておけない。
「いけません、アルマ様_____!傷が……!」
「……………_______、ッ、未成年児誘拐、皇室所有地の私的占拠、および傷害……」
もはや全身の感覚なんて無いに等しい。自分でも、何を話しているかわからないくらい、意識は低迷し、四肢は震えている。
それでも、立つ。
立って、刃を相手に突きつける。
「_____そんなやつを……クレア姉さんと同じ日の元に、……置いておけるか!!!」
「生憎、陽なんて届かないところで暮らしているさ」
左手が振り下ろされる。
力の抜けた手ではそれを受け止めきれず、持っていたナイフは弾かれ、銀の腕が俺の腹を貫いた。
「ガッ……ぁ、っ_____」
…………エミル、ごめん。俺、そっちに行きそうかも。
まだ、クレア姉さんを社畜ルートから解放できて、ないのに……………______