モモンガがツアレに憑依する話(仮)   作:佐倉ハル

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01.異世界転移

 

 

──────

────

──

 

 

光の届かない真っ暗な深海から体が浮かび上がり、徐々に光が差して周りが見えていくように、ゆっくり、ゆっくりと、意識が浮上する。

 

 

────あれ、いつの間に…寝たんだっけ…?

 

 

背中に柔らかい布の感触が伝わってくる事から、仰向けにベッドに寝ているのだというのを何となく理解する。そして、何かに突かれるようにユサユサと揺さぶられている感覚。目が覚めたのはおそらくこの振動のせいだろう。

 

 

地震…?にしては不自然な…ていうか、今何時だ…?仕事、行かないと────

 

 

薄ぼんやりとした頭でそんな事を考えながら、時間を確認しようと腕を枕元にある目覚まし時計の位置に動かそうとする。……だが、その意思に反して腕が思うように動かない。

 

 

──え?

 

 

少しの驚きと共に、意識が更に少し浮び上がる。まさか、金縛りというモノだろうか。自分は幽霊なんていうのは端から信用していないが──いや、寝起きの場合は脳が中途半端に覚醒しているがゆえに、体の動きを司る部分だけがまだ寝ているだけという可能性の方が現実的かもしれない。

 

 

(痛…っ!)

 

 

徐々に意識が覚醒していくに従い、全身を鈍い痛みが覆い尽くしていく。腕を動かそうとすると、動かそうとした部分を中心にズキリと鈍痛が走る。全くもって身に覚えがないが、どうやら怪我をしているようだ。

 

 

その辺でようやく気づいた。誰かが仰向けに寝ている自分に覆いかぶさっており、息を荒げながら、自分の股間のあたりに異物を差し込んでいる。これがドスンと押し込まれた時に、体が揺さぶられていたのだ。

 

 

(い、痛……ていうか、何が起こって……!?どういう状況なんだ……!?)

 

 

目を開けて確認しようとするが、まぶたが腫れているのか視界が狭く、顔はあまりよく見えない。ただ自分の上にいるのが、‘’太っている‘’という表現すらも過小だと言わんばかりに大量の贅肉をまとわりつけた醜い体つきの全裸の男だと言うことは分かった。

 

 

(…も、もしかして…俺、この男に…●されているのか………!?)

 

 

●されるというのは、文字通りのアレだ。アレは当然ながら本来は男女の愛の形として発生するというのが一般的な認識だが、稀に同性に対してそのような行為を望む者も存在している。彼 ────── 鈴木悟は男性であり、彼に覆い被さる脂肪の塊も男性。そして、ソイツは現在進行形で彼に何かをぶち込み続けている。即ち…そういうことだ。

 

 

考えるのもおぞましい光景を想像してしまい、全身に鳥肌が立ち、血の気が引いていく感覚を覚える。一体なぜこんな事になっているのかは分からないが、どうやら今自分は男にアレな意味で襲われているらしい。

 

 

「──────!」

 

 

咄嗟に嫌悪の感情を示しつつ助けを求めようと声を出そうとしたが、声が枯れているのか人為的に潰されているのか、喉からは空気が通る音しか出なかった。

 

 

「あぁん?意識が戻ったのか?」

 

 

彼が声を出そうとしたことで、男が気づき、彼の顔を覗き込んでくる。そこまで来てようやく相手の顔が分かった。贅肉にまみれてたるんだ顎、色素の薄いブロンドのチョビ髭とオールバックの髪型…日本人じゃないのか?言葉は日本語に聞こえるのだが…。

 

 

そして、男は彼の頭頂部あたりの髪を手で鷲掴みにしたかと思うと、そのまま引っ張りあげて無理やり体を起こさせた。乱暴に動かされたことで、乱れた髪がばさりと彼の視界に覆いかぶさる。

──ん?俺、こんなに髪…長かったっけ…?

 

 

「ふんっ!ほらっ!もっと!良い声で!鳴くんだよ!」

 

 

彼が湧き上がった疑問を考え始める前に、男からの拳が彼の顔面に打ち付けられる。何度も何度も、執拗に彼の頬を殴りつける。しかし体は鈍痛が響いているにも関わらず、衝撃で顔を揺さぶられるだけで不思議と殴打による痛みは感じなかった。男を●すだけでなく、暴力を加えることも好きだとは、本当にロクでもない性癖だ。

 

 

どうしてこんなことになったんだろう────殴られながらも痛みがないことに余裕が出来た彼はそんな事を考える。意識が完全に覚醒したことで思考は既にクリアになってきている。明らかな異常事態にも関わらず妙に冷静な自分にも少しばかりの疑問を覚えるが、それは今考えることでは無いだろう。

 

 

昨日は彼…鈴木悟こと‘’モモンガ‘’が長年愛してやまなかったゲーム『ユグドラシル』のサービス終了当日だった。いなくなってしまったかつてのギルメン全員に事前にメールを送り、来てくれた数人と少しばかり雑談をして────最後は1人玉座の間で、どうせもう終わるし誰も来ないだろうし良いかと宝物庫などから拝借して自分のインベントリに並べたギルドで所有する全てのワールドアイテムを眺めながら、かつての輝かしい日々に思いを馳せていた。

 

 

それから、終了数分前には色んな意味で大変お世話になったガチャなどがあるショップ画面にも目を通していて…そこでたまたまワールドアイテムが23:57~0:00の3分間だけサイレントで全て公開されてる事に気づいて…まだ未発見だった物が格安──それでもガチャ数十連分位の値段だったが──で販売されていることを知って…急いで目を通して気になった1つを衝動買いして…もうすぐ終わるのに何やってるんだろうなって苦笑いして────

 

 

そこから先は記憶が無い。サービス終了と共に意識を失って眠ってしまったのだろうか。そして何がどうなったのかは分からないが、気づいたらベッドに組み伏せられ、見知らぬ男に虐待されていた。

 

 

 

 

 

 

「…ふん、もう鳴かなくなったか。つまらん。そろそろ新しいのに交換するか?」

 

 

彼がこれまでの出来事を整理しているうちに、男の攻撃は止まっていた。男は悪態をつくと、彼の体に唾を吐き捨てる。鎖骨の当たりを滑り落ちる液体の感触に、ゾワッと鳥肌が立つ。あまりにも屈辱的すぎる行為に、ありえないほどの気持ち悪さと同時にフツフツと怒りが込み上げる。

ただでさえ今までだって奴隷のような生活を送ってきていたというのに、なんでこんな目に遭わなくちゃいけないんだ。気持ち悪い。許せない。コイツを今すぐにでも殴り飛ばしたい。だけど、おそらくこれまでにも散々痛めつけられてボロボロになっているであろう体ではどうすることも出来ない。

 

 

────俺は、このまま死ぬんだろうか。奴隷のように社会に使い潰された挙句、最期は気持ち悪い男に●されて、人間としての尊厳すらも踏みにじられて…。

そんな事を考え、絶望に思考が支配されそうになった時、彼は自分の体の中に感じるあるモノに気がつく。

 

 

(──え?これって、もしかして…魔力か…?)

 

 

言葉で説明するのは難しい。だけど、体の奥底に意識を向けると確かに存在する。体の中を流れる血液のように、魔力が流れているのを感じるのだ。そしてそれに気づいた時、自分の使える魔法の種類やその使い方まで、知識が流れ込むように押し寄せ、理解する。『ユグドラシル』で彼が習得してきた魔法全ての知識が。ここは現実だと思っていたけれど、違うのだろうか。少なくとも彼の世界には魔法なんて存在しない。即座に思いつく可能性としては『ユグドラシル2』が始まった事が考えられるが、今の自分の状況からしてそれはありえないだろう。男による拘束のせいで自分の体を確認することが出来ないが、ユグドラシルで使っていた死の支配者(オーバーロード)のアバターではなく、どう考えても普通の人間の体だというのは感覚で分かる。それに、いくら男同士とはいえ、R18行為は明確なBAN対象だ。もしゲームがそれを容認しようものなら色んな法律に引っかかってゲーム自体が存続できない。開発会社がわざわざそのようなリスクを負うとは到底思えないのだ。

 

どちらにせよ、今の状態では状況の確認をまともに行う事ができない。彼を好き勝手弄んでいるこの醜い脂肪の塊を何とかする必要がある。本当に使えるかどうか、使えたとしても効くかどうかは全くもって不明だが、このまま無抵抗に殺されるよりは一縷の望みをかけて試してみた方が良いだろう。

 

彼は自分がいちばん得意な第9位階の即死魔法を選択し、声が出せないため無詠唱化の強化をかけつつ頭の中で理解しているとおりに実行する。

 

 

魔法無詠唱化・心臓掌握(サイレントマジック・グラスプハート)

 

 

痛む腕を我慢しながら動かし、右手を物を掴む形に動かすと、手の中にドクドクと脈打つ‘’何か‘’を掴む感触がある。

そしてそれを、力任せに握りつぶした────

 

 

 

 

 

 

 

(う、上手くいった……のか……?)

 

モモンガが‘’何か‘’を握りつぶすと、男は少しの呻き声を上げたかと思うと脱力したように彼に向かって倒れ込んできた。髪を掴んでいた手も離れたため、彼は男に押し倒されるように再び仰向けに倒れ込んだ。

男と素肌同士が触れ合っている状態はあまりにも気持ち悪かったが、我慢して耐える。少しの間様子を見ていたが、男はもうピクリとも動かなくなっていた。どうやら魔法は問題なく動作し、抵抗(レジスト)されることなく効いたようだ。

 

人を殺してしまったかもしれない事への罪悪感も少しばかり覚えるが、それを考えるよりもまずはこの体を回復させなければ何も始まらない。

彼は理解しているとおりにイメージを浮かべながら手をふよふよと動かすと、手先の空間に小さな黒っぽい穴が出現する。そこに手を沈めると、中からアイテムを取り出す。

 

 

(うわ…アイテムボックスはこんな感じで使えるのか。使い方は変わってるけど、ボックスの中身はユグドラシルそのままなんだな…。)

 

 

完全回復薬(オール・リカバリー・ポーション)

 

 

体力を完全に回復させ、さらに特殊なものを除くあらゆるバッドステータスを打ち消すことが出来る最上位のポーション。ユグドラシルでは彼はアンデッドの種族を選択していたためこの手のポーションを飲むとダメージを受けてしまうのだが、今は普通の人間の体だからおそらく問題は無いだろう。彼は主に後衛職で仲間の援護をする機会もあったため、自分には使えないもののポーション類もある程度は携帯している。最上位ゆえに入手難易度が高めで持っている数が少なく、再入手が出来るかも分からない今の状況で使うのは正直かなり躊躇われるが、背に腹はかえられない。

ポーションを飲み干すと体が眩い光に包まれ、あれだけ鈍痛が響いて重かった体が嘘のように軽くなった。

 

 

瞼の腫れが無くなり、視界がスッキリと開ける。腕を動かして痛みもなく快適に動くことを確認する。

 

 

(ていうかポーション、普通に薬みたいな味がしたよな…。)

 

 

モモンガのいた場所では、電脳法によりゲーム内で味覚を再現することは規制されている。それだけではない。男が自分に触れている時に感じる感覚や生暖かい温度、ポーションを手に取った時の感触、飲んだ時に液体が口の中を流れていく感覚。全てがゲームではありえないくらいに‘’リアル‘’なのだ。

 

 

彼はいつまでも覆いかぶさっている不快な物を排除するべく行動に移す。邪魔な男の抜け殻の両脇を手で掴むように挟み込み、足で蹴りを入れつつ横に思い切り放り投げた。

 

 

 

 

「へ?」

 

 

思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。放り投げる時に想定していた‘’重さ‘’は感じず、それどころか発泡スチロールのように軽いソレは想定外の速度で部屋の壁に背中から激突し、壁に赤い花を咲かせた。男が壁からずり落ち、地面へと落下する。大きく凹みヒビの入った壁には血に混じって赤黒い臓器や白っぽい骨の残骸のようなものがこびり付き、うつ伏せに落ちた男も後ろ半分が潰れて見るも無惨な状態になっていた。

 

 

「──!!」

 

 

彼はその凄惨な様子を直視してしまい、急激に血の気が引いて気分が悪くなり内容物が込み上げそうになるが、幸いすぐにジワジワと落ち着いてきて難を逃れる。再び起こった異常事態の状況を整理するべく頭を働かせる。

 

今投げ飛ばしたコイツに質量がないなんて事は絶対にない。…つまり俺が、単純な筋力だけで投げ飛ばしたって言うことか?丸々と肥えた重量級の男を、あれだけの速度で…?

 

それが事実だとすると、どう考えても物理的にありえない非現実的すぎる力だ。彼の生きてきた世界では物理法則に則っており人間には大した力はない。弱い生き物だ。だけど、ここはユグドラシルのように物理法則を超越した魔法が使える環境であることは確認している。それを踏まえるとまだ納得は出来ないが理解はできる。彼はユグドラシルでは100レベルで、この場所でももしかしたらそのステータスが生きている可能性があるという事だ。ゆえにもし仮にあの男が彼の世界のような1レベル程度のなんの力もない普通の人間だったとしたなら、そのステータス差は圧倒的なものになる。先程実践してしまったように、単純攻撃だけでも相手を蹂躙できてしまうのだろう。

 

だけど、力があるからと油断してはいけない。モモンガ自身の存在が証明しているように、‘’コイツがたまたま弱かっただけ‘’という可能性も十分にある。他の人間は彼と同格か、もしくはそれ以上の可能性だってあるのだ。こんな生々しい世界で、この男みたいな惨めな末路は辿りたくない。この男がそうであるように、死んだらおそらくユグドラシルみたいにリスポーンはしないのだろう。取れる自衛策は取っておくべきだ。そのためにも、ここがどういう世界なのか、情報を集める必要があるだろう。

 

 

まずは自分が今どこにいるのかを確認するべく行動を起こそうと、体を起こしてふと目線を落とし、自分の体を見る。

 

 

 

 

 

 

「────────は?」

 

 

────固まった。

 

 

 

 

なんで、胸が膨らんでるんだ?

 

 

 

 

彼の体の胸部には、どう見ても太っているという言い訳では通じないほどに盛り上がっている2つの岡があった。これじゃまるで女性の胸のような…大きすぎるという訳ではないが、男の胸板とは到底思えない。ということは、まさか────嫌な予感がして、背中に冷や汗が流れる。覚悟を決め、焦点を奥へ──脚の付け根付近へと向けた。

 

 

 

そこには、‘’本来あるはずのもの‘’が無かった。

 

 

 

目のやり場に困って視線を背けようとするも、今や自分の体となってしまったものから目を背けた所で仕方がないと諦め、大人しく現実と向き合うことにする。

男に髪を掴まれ揺り動かされた時に掛かる長い髪の感触。男を蹴り飛ばした際に思わず出た声。何となくそんな予感はしていた。あーあー、と改めて声を出してみる。やはり明らかに彼…鈴木悟の声ではない。少し高めの、お淑やかな雰囲気を感じる‘’女性の声‘’そのものだった。

 

マジか──────

 

 

彼は────『彼女』になっていた。

 

 

 

 

 

「とりあえず…服、着ないとなぁ」

 

 

モモンガはこれ以上考えるのをやめ、まずは自分の服を見繕うことにした。あまりにも立て続けに異常事態が起こり続け、脳のキャパシティをオーバーしてしまった。

────オーケー、もう自分がなぜ女になってしまっているのかとか、細かいことを考えるのは止めにしよう。とりあえずユグドラシルの魔法がそのまま使えることは分かっているので、<上位道具創造(クリエイト・グレーター・アイテム)>で適当に装備を作って着用すればその場は凌げるだろう。女の子を全裸のままにしておくのは忍びないからな。なにより今は自分の体なので普通に恥ずかしいというのもある。部屋の中を見回した感じ、服らしいものは見当たらなかった。

 

装備のイメージをするにあたって、まずは今の自分がどのような姿をしているのかを確認しておく必要がある。ベッドから降り立ち、シーツを剥ぎ取って体に纏ってから、部屋の隅に立てかけてある姿見の前に移動する。

 

そこに映ったのは、腰まで伸びた鮮やかな金髪(ブロンドヘア)に澄んだブルーの瞳が特徴的な、可愛らしさと美しさを丁度いい塩梅で混ぜ合わせたような容姿の女性だった。

 

 

「────かわいい」

 

 

思わずそんな感想をボソリと呟く。傍から見れば自分の顔を鏡で見て自画自賛している自惚れ系女子にしか見えないが、ここには彼女と血生臭い人間だったモノ以外誰もいないので問題はない。

今まではずっと可もなく不可もなく、なんの特徴もなく大衆に紛れて消えてしまうレベルの冴えない普通の底辺男性として生きてきた自分が、今──こんなにも可愛らしい女性に生まれ変わっているのだ。

 

 

(ふふ…まぁ、悪くないかもな。)

 

 

仮にこれが夢だったとしても悔いは無い。少しだけ嬉しくなって零れてしまった笑顔も、とても可憐だった。

 

 

 

 

 

 

だいたいのイメージが固まったところで、魔法を行使し装備の作成と着用が完了する。青を基調としたファンタジーの世界に出てきそうな旅人風の衣装で、太ももの辺りに少しばかりの露出がある女物の装備だ。無論、しっかりと防御系魔法のエンチャントは施してあり、露出部を攻撃されても魔法のシールドが守ってくれる仕様だ。せっかくこんな姿になったんだから、服装も可愛く決めなくちゃ勿体ないしね。

 

 

準備が整ったところで、早速外に………と言いたいところだが、いくつか懸念すべき点がある。彼女はこの薄暗い部屋に男と2人、そして身体中をボロボロにされ、虐待同然の扱いを受けていた。このことから、自分は突如現れた存在ではなく、彼が現地にいた女性に乗り移るような状態になっているはずだ。

ここは何なのか?彼女はどういう存在なのか?もし奴隷か何かだったら、気軽にフラフラ外に出て飼い主に見つかったらマズイのではないだろうか?この世界の人間の強さが未知数である以上、敵対しかねない行為は慎むべきじゃないのだろうか?

まずは人のいない場所へと行って、ユグドラシルと同じようにモンスターがいるのかどうか、そしてどのくらいの強さなのかを確認する所から始めた方が安全だろう。そう考え、彼女はアイテムボックスから<遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモート・ビューイング)>を取りだし、外の様子を探ることにした。

 

 

 

────長い闘いだった。

コンソールも開けない、操作画面も存在しないリアル同然のこの世界において、鏡の扱いもユグドラシルのものとは全く勝手が違っていたため、操作に慣れるまでとても時間がかかってしまった。しかし努力の甲斐あって、この建物の外にはいかにもファンタジーチックな人間の住む中世の西洋風の街並みが広がっており、街の外の森にはゴブリンやオーガなどのよくあるモンスターが存在していることが確認できた。建物の中が見られないため自分が今いる現在地までは特定できなかったが、上々の成果と言えるだろう。とりあえず一旦どこに行くかは決定した。

 

 

「あとは──」

 

 

彼女はアイテムボックスから指輪のようなアイテムを取り出す。

 

 

男神の祝福(ブレシング・オブ・オーディン)

 

 

「やっぱり此処で使っておくべきだよな……。」

 

 

ここに来る以前、ユグドラシルのサービス終了直前に未発見のワールドアイテムがサイレント販売されているのを偶然見つけ、衝動買いしたものだ。つまりワールドアイテムである。1度使うと無くなってしまう使い切りのアイテムであり、その効果は『存在する魔法を枠の制限を無視して全て習得済みにする』という破格のもの。それ故に入手難易度も高く未発見に終わったんだろうなと思う。ただし、職業の制約は受けるため、例えばモモンガの場合<真なる蘇生(トゥルー・リザレクション)>などの行使するのに神官系の職業をおさめている必要のある魔法なんかは覚えるだけで使えないままになる。ゲームのイメージを当てはめるなら、覚えている魔法のリストには載っているが、文字が黒くなっていて選択することが出来ないみたいな感じだ。それ故に戦士職のプレイヤーなんかには全く恩恵の無いゴミアイテムとなり、かなり人を選ぶアイテムでもあるのだが、枠の上限の都合上習得を諦めていた魔法が数多くある自分にとってはとても魅力的だった。

 

 

それに、今ここでこれを使うのには理由がある。一つは今のステータスが本当にユグドラシル時代のモモンガのものを引き継いでいるのかという事。それを確認するためのステータス確認用魔法が存在していたのだが、ユグドラシル時代では自分のステータスは画面を開いて普通に確認できるし、相手のものを確認しようにも大抵の場合ステータスを隠蔽する対策を施されていたため全くもって役に立たず、枠がもったいないからと習得していなかった。だが今は事情が違う。ここではステータス画面を開くことが出来ないため、自分のステータスを確認することが出来ないのだ。もちろんそもそもステータスという概念が存在していない可能性だってあるのだが、このままでは非常に不便なのも事実だ。

 

もう一つは、手段を増やすためだ。魔法の中には当然、基本の魔法職のレベルさえ上げれば行使できる制約の少ない魔法も数多くある。モモンガは死霊系魔法詠唱者(マジックキャスター)としてのロマンビルドを重視しており、死霊系以外の属性の魔法は取っていないものが多い。だけれども、今の自分は死霊系魔法なんてとても似つかわしくないような外見の西洋顔女性。これじゃロマンどころか可愛い顔して禍々しい魔法ばかりを使うギャップ萌え路線だ。

それにユグドラシル時代の仲間も今はいない。あの頃はお互いの弱点を補い合う形で協力して強敵にも勝利を収めることが出来ていたが、ここでは自分一人で戦わなくてはならない。

少し名残惜しさはあるが、もはや死霊系にこだわる必要性がなくなってしまっている。ゆえに他の魔法も習得しておき、手の内を増やしておいた方が今後のためになるだろう。

 

もしかしたらユグドラシルには無いような魔法も習得出来るかもしれないという期待もあるが、それと同時にユグドラシルにあった魔法がここには存在せず習得できないリスクもあり、それが少しばかりの不安要素になる。アイテムの効果が変わっており、上手く機能しない可能性もある。だが、それでも試してみる価値がある。

 

モモンガは覚悟を決める。指輪を適当な指にはめ込み、手を顔の前あたりに掲げ、念じるように使用する。

指輪から様々な色の光が放たれたかと思うと、彼女の視界が白く染まる。

 

 

 

 

──刹那、彼女の頭に流れ込んできたのは、自分が習得していない膨大な量の魔法の名前や使用条件の知識だった。攻撃魔法、防御魔法、補助魔法──第1位階から超位まで、彼女がまだ習得していない様々な魔法の知識が流入する。

これだけの量の知識が一度に詰め込まれても頭がパンクしないのは、ひとえにワールドアイテムのおかげだからだろうか。彼女は知識の海を泳ぐように、少しづつ情報を整理する。その過程で気になったのは、ユグドラシルでも存在していた魔法たちに紛れて、主に低位階を中心として見慣れない魔法が多数存在していることだ。

 

 

中傷治癒(ミドル・キュアウーンズ)>は第2位階の回復魔法──

永続光(コンティニュアル・ライト)>は光源に半永久的な光を灯す魔法──

水創造(クリエイト・ウォーター)>は水を生み出す魔法──

 

 

興味深いのは、戦闘には全く役に立たず日常生活をサポートするのが目的の生活魔法と呼ばれているらしい魔法群だ。こんな魔法はあった所でユグドラシルでは全く意味がない。先程飲んだ時に感じたポーションの味といい、これらがこの世界に存在しているということは、ここはゲームの世界なんかではなく人々が実際に生活しているリアルな世界だという何よりの証拠になるだろう。

やはりここはゲームの世界なんかじゃない。どういう訳かユグドラシルの魔法やシステムが混ざっているが、間違いなく現実の世界なのだという確信が強まっていく。

 

もっとゆっくり調べて考えをめぐらせたいところだが、あまり時間をかけるのも良くない。この女性はどう見てもマトモな扱いを受けていなかったところからも、この光景──特に足元の死体と一緒に居るのを誰かに見られるのは非常にマズい。さっさと逃げておけばまさか奴隷である自分が殺したとは思われないだろうから、誰かが男を殺して連れ去ったと勝手に思ってくれて時間稼ぎにはなるか。

 

 

能力探知(ディテクト・アビリティ)

 

 

彼女は早速覚えたステータスを看破する魔法を自分に対して使用する。するとユグドラシルのように実際に空間に情報が表示される──事はなく、頭の中にふんわりとした情報が流れ込んでくる。残念なことに明確に数値化はされないらしい。ただ、レベルだけはある程度分かるようだ。基本的なステータスはおそらくユグドラシル時代とほとんど変わりなく、100レベル相当の能力となっている。だが一つだけ、明らかにおかしな点があった。

 

 

「え?もしかして…レベルが下がってる…?」

 

 

唯一ある程度の数値がわかるレベルが、ほぼ‘’1‘’を指していた。ステータスのおおよその能力はそのままに。

理由は全くもって不明だが、考えられるとするならば、こちらの世界に来た時に現地のこの人物にモモンガのデータが一部上書きなり融合なりされて、混ざりあってしまったせいだと言った所だろうか。現にモモンガが元々持っていたアンデッドの種族特性も、そのまま引き継がれていたり中途半端に薄まっていたりするものもある。特にステータスがほぼそのままというのが大きい。つまり、100レベル級のステータスからさらにレベリングによって強化される可能性もあるということだ。ユグドラシルとシステムが同じなのであれば、新たな職業をおさめることだって出来る。さながら‘’強くてニューゲーム‘’状態だ。

 

 

(もしこの考えが正しければ、とんだチートだよな。運営がいたら即BANされそうだ。だけど──)

 

 

モモンガにとっては全くもって慢心出来ない状況だった。ここはまだ何も分からない未知の世界。それくらい強化しないとマトモに戦えないほどにモンスターが強くて、バランス調整のためにこの措置が取られている可能性だってあるのだ。

 

 

(まぁ百聞は一見にしかず、だ。何はともあれ、まずはここを離れて人気のない所でレベリングと職業の取得が出来るかの確認。それにワールドアイテムで覚えた魔法がちゃんと使えるかの確認もしたいし。…それで、もし出来るんなら魔法職をそのままに戦士職が取れるのかの確認もしたいな。手の内は多く持っておくに越したことはない。人と接触して情報収集をするのは、その後だ。)

 

 

今後の方針が固まった。ここまでくれば、もうこんな場所には用はない。本当は部屋の外に出て人を探し情報を集めたいところだが、ここがマトモなところとは到底思えない以上、まだ人間との接触は避けるべきだろう。男の血臭がいい加減鼻について不快だし、さっさと転移してしまおう。

 

 

(っと、その前に……)

 

 

彼女はふと思い出し、アイテムボックスから指輪を2つ取り出し、適当な指にはめる。1つは魔力等の能力を隠蔽する効果がある。不用意に情報を看破されて手の内がバレてしまうのは避けたいから、これは絶対に必要だ。以前は指に装備していたのだが、転移とともに無くなってしまっていた。やはりアイテムボックスに入れていたもの以外は無くなってしまっているようだ。幸いPvPでのロスト対策で予備をいくつかアイテムボックスに入れていたので、改めて装備し直してしっかりと対策をしておいた方がいいだろう。

もう1つの指輪は飲食を不要にする効果がある。こちらは飢餓対策だ。アンデッドのままだったら種族特性もあって付けなくても大丈夫だったのだろうが、今はどう見たって人間だ。種族特性を少し引き継いで居るとはいえ、薄まっているために無効化にはなっていない。食料が手に入らなくて飢え死になんてシャレにならない。必ず身につけておいた方が良いだろう。

 

 

準備が完了したのを確認し、彼女は先程見た街の外に広がる森と平原との境あたりをイメージし、<上位転移(グレーター・テレポーテーション)>を発動した。

 

 

 

 

 




さらば汚職肉ダルマ──貴様は早速退場だ。

Q・肉ダルマを壁に叩きつけてミンチにしたら音で気づかれない?
A・肉ダルマは暴力をふるって女を叫ばせるのが性癖の一つなので、オプションか何かで部屋に防音効果のあるマジックアイテムを使用して貰っているという捏造設定です。バレたらマズい違法な娼館だし、まさか娼婦に殺されるなんて思ってないからね。仕方ないね。
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