モモンガがツアレに憑依する話(仮)   作:佐倉ハル

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11.漆黒の剣

 

 

 

 

 

ガゼフを見送ってから1週間ほどが経過したある日。

 

 

村は想定を遥かに超える速度で復興を遂げていた。

家の補修は既に完了しており、現在では村の周囲を囲うように簡素ではあるが高さ2mほどの木造の柵が建設されつつあった。カルネ村は敵に襲われることが無かったため今までは壁がなくても問題は無かったのだが、まさかの同じ人間に襲撃されるという事態が発生してしまったがために建設の必要性に迫られてしまったのだ。

 

 

「エンリの姐さん。そろそろ木材が足りなそうなんで、数人ほど調達に行かせてもらっても大丈夫ですかい?」

 

「うん、お願いね。」

 

「ありがとうございます。モンスターを見かけたらついでに狩ってきますぜ!」

 

 

エンリが自身の作業の傍らで指示を飛ばしているのは、小柄で筋肉質、体毛が無く緑がかった体色をしている小鬼のような外見をした亜人──ゴブリンだ。

ゴブリンは現在ここにいる他にも18人おり、計19人が村に居住し、村の復興作業および壁の建設に携わっている。

なぜ亜人種であるゴブリンが村で人間と共に作業をしているのか──それは、モモンがエンリに渡した一つのアイテムによるものだった。

 

 

 

 

──────────

 

 

 

 

モモンはあの日すぐ、エンリにこれを使って欲しいと小さな角笛の形をしたアイテムを手渡した。

名前は「ゴブリン将軍の角笛」。10レベル前後とかなり低レベルではあるが、複数のゴブリンを召喚し使役することが出来るマジックアイテムだ。ユグドラシルではあまりの使い道のなさからゴミアイテムとして知れ渡っており、モモンも最小限の数を残して廃棄してしまっていたため、数はそれほど持ち合わせていない。

だが戦闘要員以外の用途が無かったユグドラシルとは異なり、ここは生命が息衝(いきづ)くリアルな世界。プログラムされた動作以外出来なかったゲームの世界では無い。それに、たとえ弱いゴブリンであったとしても1レベルの村人基準で考えれば十分に頼りになる存在だ。村の復興作業の人手としては大いに利用できるだろう。

 

エンリはゴブリンと聞いて最初は戸惑っていたが、召喚モンスターは召喚主に絶対服従だから安心して欲しいというモモンの言葉を信じ、笛を吹いてゴブリンを召喚した。

 

 

「我らゴブリン軍団、総勢19名。御身の前に馳せ参じました。何なりと御命令くだせえ。」

 

 

彼らは召喚されるなり、すぐにエンリの前に並び跪く。リーダーと思しきゴブリンが忠誠の義を誓った。エンリは屈強な亜人の集団に気圧されていたが、覚悟を決めてゴブリン達の前に立ち、名を名乗り村の復興を手伝って欲しい旨を伝えた。

 

彼らは村人たちともすぐに馴染んで行った。村人たちは当初は怖がっていたが、エンリの命令に忠実に従う様、社交性が高くあのゴブリンとは思えないほどに誰に対しても気さくに接してくれる様を見て徐々に心を許して行ったのだった。

村人たちが同じ人間に対して不信感を強めていたのもそれを後押しした要因だろう。自分たちに危害を加えてくる人間と友好的に接してくれる亜人、選ぶならどちらかと聞かれれば答えは一つしかない、という事だ。

 

 

 

 

──────────

 

 

 

 

「狩りも行うのなら、私も同行しましょうか?」

 

「──!へ、へい。そうして貰えると助かります。モモンの姐さん。」

 

 

エンリの傍で作業の手伝いをしていたモモンがゴブリンに対して話しかける。彼はビクリと一瞬怯えたような態度を見せ、エンリに対しての意気揚々とした口調から幾分かトーンダウンしつつ返答する。

 

 

「ジュゲムさん、まだモモンさんには慣れないんですか?」

 

「す、すいません。エンリの姐さんの大切な御友人で味方側だってことは分かっているんですがねえ…。」

 

 

ジュゲムというのはこのリーダー格であるゴブリンの名前だ。エンリが呼び分けしやすいようにと、全員に名付けを行ったのだ。

ジュゲムはゴブリン軍団のリーダー格を担うだけあって野生の勘のようなものが鋭いようで、召喚時にもエンリの隣にいたモモンに対し警戒心を剥き出しにしていた。彼曰く「ちぃっとマズい気配をビシビシ感じる」そうだ。

当時のモモンは武装をしておらず外出私服スタイルで、常時装備している魔力隠蔽や探知阻害の指輪も外していなかった。確かに村娘とするには少々合わない服装ではあったが、せいぜい町娘程度の印象だろう。それでもなおモモンの戦闘能力を何となくでも察知できていたというのは、中々に凄いことだと素直に感心する。正直あのハムスター以上だ。

あれからは数度狩りにも同行しているため、ゴブリンたちは実際に彼女の力の一端を目にしている。

 

 

「ふふっ──なんなら、手合わせして見ますか?」

 

「い、いえ!遠慮しとまやす。数秒も持つ気がしねえ…。」

 

「もう…モモンさん!あんまりジュゲムさんをからかっちゃダメですよ。」

 

「ごめんね、つい。じゃあ、行ってくるから。」

 

 

モモンは楽しそうにクスクスと笑う。エンリに軽く手を上げて挨拶しつつ、ジュゲムと共に森の方へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

カルネ村の傍にあるドブの大森林の入口に立ち、モモンは<警笛(ホイッスル)>の魔法を発動する。甲高い笛の音が彼女を中心に発せられて森の中へと響き渡っていき、音に驚いた近くの鳥がバサバサと木から飛び立つ音が聞こえてくる。

少しの間を置いて、森の奥地から巨大な物体が高速で駆け寄ってくる音が聞こえ始める。その音はあっという間に大きくなっていき、やがてモモン達の目の前に巨大なハムスター状の白い魔獣が姿を現した。

 

 

「おはようでござるよ姫~!今日も村の警護でござるか?」

 

 

そう──あの日に森で服従させた未知の魔獣「ハムスケ」だ。モモンは村を離れて森に出かける時は、必ずこのハムスケに代わりに村を守るように頼んでいる。あの日のような悲劇を繰り返さないためにも、これは絶対に必要なことだ。

 

村人たちとは初めて呼んだ際に顔合わせを行ったのだが、彼らは皆一様に「なんて恐ろしい…立派な魔獣なんだ…!」と驚き戦いていた事にモモンは大変困惑した。

え…?こんな可愛い顔してるのに……?

そう思って同じ場にいたゴブリンにも聞いてみたが、「強大な力を感じる瞳…俺たちでは到底敵いそうにありません…………。」と表情を歪めて足をすくませていた。そんなバカな──と、ジェネレーションギャップならぬパラレルワールドギャップを感じつつも、何とか村人たちにも受け入れてもらうことが出来たのだった。

 

 

「うん。ちょっとゴブリン達と森に出かけてくるから、その間の見張りをよろしくね。」

 

「了解でござるよ!村には虫一匹足りとも近づけさせはしないでござる!」

 

 

ハムスケは意気揚々と長い尻尾を振りながら何時もの見張り位置に移動しようとする。モモン達一行はそれを確認し、森の中へと進もうとした。

 

 

「モ、モモンの姐さん!!」

 

 

突然モモンの後方、村の方から大きな声が聞こえてくる。モモンが振り返ると、村に残っていた一人のゴブリンが慌てた様子で息を切らしてモモンたちの方へと走ってきていた。モモンの近くまで来ると、立ち止まって呼吸を整える。

 

 

「どうしました?まさか…敵襲──!?」

 

 

モモンの背中に冷たい汗が流れる。この間起こった惨劇が彼女の脳内にフラッシュバックし、反射的に身構える。あの時はエンリとネムが偶然にも森の方まで逃げてきていたおかげで救助が間に合ったが、もし再び敵に襲われれば今度こそ助けられないかも知れない。あの時と違ってゴブリンが護衛として付いてはいるが、正直レベルを考えると心許ない。そうなれば今すぐにでも駆けつける必要があるだろう。

 

 

「い、いえ…敵ではない、とは思うんですが……4人の武装した者と、1人の非武装の者の計5人の集団が、カルネ村に向かってきていると見張りから報告がありました。」

 

「5人組、ですか…?」

 

「ええ。モモンの姐さんは森の方に出かけたと聞いたんで、森に入っちまう前に急いで伝えに来たんです。」

 

 

ああ、急いでいたのはそれが理由か──と、モモンは胸を撫で下ろす。無論まだ敵ではないと決まった訳では無いので油断はできないが、とりあえず緊急事態では無いことを知り安堵する。

 

 

「分かりました。態々ありがとうございます。一度戻って確認してみましょう。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

モモン達一行は途中でエンリと合流して先程のゴブリンに連れられ、村の入口へとやってきた。今回は来訪者が若い集団だと言うことで世代の近いエンリが対応することとなり、モモンはその護衛のようなものだ。

以前は村の境界線は曖昧だったのだが、現在は木柵が建設されているためにハッキリとしている。ジュゲム達には木材調達の任を続行するよう伝えたのだが、エンリの安全が最優先だからとモモンと共に戻ってきて彼女の傍にぴったりと付いている。

報告にあった5人組は既に到着しているようで、入口でゴブリン数名に囲まれて何やら困惑しているような様子だ。

 

モモン達はエンリを先頭にして彼らの前に立った。

 

前方に2人、後方に2人。その間に一頭の馬が荷車を引いており、その中に簡素な服を着た非武装の若い男性と思しき人物が乗っている。金髪を長めに伸ばしており、目元が隠れていて表情が掴み辛いが、ゴブリンを前にして不安そうにしている様子を見せているようだ。

荷車の外で歩いている4人も、一口に武装とは言ってもこの間の騎士とはまるで異なり、簡素ではあるがそれぞれが独自のデザインの装備を身にまとっている。ガゼフ達のような装備とも少し異なり、モモンが戦闘時に身につけているような、よりファンタジー世界らしい印象を受ける装いだ。

 

彼らがエンリ達の存在に気づき、一斉にこちらに視線を向ける。

 

 

「──エンリ!!」

 

 

荷車に乗っていた少年の表情が明るくなったかと思うと、荷台から身を乗り出すように彼女の名前を叫んだ。

 

 

「ンフィーレア!」

 

 

エンリもそれに呼応するように明るい声で少年の名を返して彼に駆け寄っていく。どうやら知り合いだったらしい。ゴブリン達もエンリの様子を見て安堵したのか、警戒モードが少し緩み始める。

 

そういえば、エンリが前にエ・ランテルにいる薬師の男の子が時々村に薬草を買いに来てくれるという話をしていたのを思い出した。そっか、きっと彼がその男の子なんだろうな──と、エンリと彼が楽しそうに話し始めるのを眺めて微笑ましい気持ちになっていた。

 

 

 

 

 

 

──カラン

 

 

 

 

何かが地面に落ちる音がした。

 

 

 

モモンは音のした方に視線を向ける。4人のうちの後方──モモンに近い方にいる人物が、彼女の方を見たまま目を見開いて固まっている。短髪、小柄で中性的な顔立ちをしており、性別がどちらなのかは外見からではよく分からない。男物の装備を身に付けているから、少年だろうか。

地面の石畳には彼が持っていたと思しき杖が落ちている。先程の音はこれを落とした時のものだろう。

 

しかし──何故だろう。

なんだかモモンには、彼のことが妙に懐かしい顔に見えるのだ。

モモンは彼とは間違いなく初対面だ。どこかで会ったという記憶もない。そもそもこの世界に転移してきてからは初めは人と極力関わらないように避けてきていたため、カルネ村の村人やこの間の一件で関わった人物以外との接触自体が初めてのことだ。

 

彼と無言で見つめ合っていた時間はそう長くは無い。だけど、モモンにはそれが物凄く長いように感じられた。

 

沈黙を破ったのは、彼の方だった。

 

 

「──姉、さん……………………?」

 

 

喉から絞り出すように、彼が小さくそう呟く。

声も比較的高い中性的なもので、男女の区別は付け難い。

固まっていた表情が崩れ、目からは涙が浮かび、頬を伝い始めていく。彼は2、3歩よろめくように歩いた後──

 

 

「姉さん!!!」

 

 

──叫びながらモモンの胸へと飛び込むように抱きついてきた。

 

 

「姉さん!!わた──私だよ!!…………セリーシアだよ!!姉さんっ……………!!」

 

 

彼はモモンに抱きついたまま顔を上げて彼女を至近距離で見つめ、涙をぼろぼろと零しながら大声で訴えかける。

彼は自身の事をセリーシアと名乗っている。当然モモンには聞き覚えのない名前だ。というより名前の響からして、もしかしてこの人物は実際は女性なのだろうか………などと少し状況とズレたような疑問が浮かぶが、日本人名に慣れきっていたモモンにはまだ横文字名には馴染みきれておらず、名前だけでは判別するのは少々難しい。

 

 

「無事で……………生きててくれて………本当に良かった……………!!」

 

 

彼はモモンをキツく抱擁し、嗚咽を上げて泣きじゃくっている。

 

モモンにとっては突然のことに正直困惑しきりだった。見知らぬ少年に突然抱きつかれ、姉さん姉さんと叫ばれているこの状況をすぐに飲み込めるほどモモンの適応力は高くはない。

……だがその感情に相反するように、先ほどから彼に対して感じている懐かしさや愛おしさもまた、彼女の中に同時に存在しているのだ。離れ離れになってしまった大切な人物との再会を果たした時のような──そんな感情の昂りが、とめどなく溢れてくるようだった。

 

 

「姉さんって…本当か!?貴族に豚に連れていかれたハズじゃ………!?」

 

「まさかこんな所にいるなんてなぁ。意外すぎて驚いたぜ。」

 

「うむ。感動の再会であるな!」

 

 

彼の仲間と思しき残りの3人がそれぞれ一様に驚きつつも喜びの反応を見せている。

エンリとンフィーレアはモモンと同様に事態を理解できていないようで、彼女達の様子をポカンとした表情で見つめている。

モモンは彼の顔を見ようとする。彼は彼女を固く抱きしめ、肩に顔を乗せるような姿勢で嗚咽を上げているため、彼女には彼の後頭部しか見えていない。

 

やっぱりだ。

間違いなく初対面であるはずなのに感じる、この妙な既視感。

彼らの言っている内容からして、やはりこの少年はモモンが宿る“彼女”の姉弟なのであろう事は推測できる。そして、モモンの感じている既視感や懐かしさも、“彼女”の体に残る記憶の残滓だとすれば、この相反する奇妙な感情にも辻褄が合うというものだ。

そこに考えが至ると、彼に対し少しばかりの罪悪感を覚えてくる。この体は確かに彼の姉のものなのだろう。だが、その中にいるのはもうソレではない。異世界から飛ばされてきた全く異なる別人が、“彼女”という人物の人格を上書きしてしまっているのだ。

だけどそれは完全なものではない。モモンが今感じているように、“彼女”の記憶の残滓は確かにこの体に残っているのだ。

 

モモンは何となくそうするべきだと感じて、彼の頭をゆっくりと撫でる。

彼は触られた瞬間にびくりと体を震わせたが、すぐに身を委ねて落ち着きを取り戻して行った。

 

 

「ね、ねえ………セリー、シア…?」

 

「な、何!?姉さん…!」

 

 

落ち着いてきたところで、モモンは彼に問いかける。一度聞いただけだったので少し不安だったが、ちゃんと名前は合っていたようだ。彼は彼女の呼びかけに慌てて反応し、抱擁を解いて彼女に向き直る。彼の顔をよく見て、やっぱり姉弟なんだな──とモモンは改めて思った。

彼女自身も鏡で何度か自分の顔を見ていたためよく分かる。涙でぐしゃぐしゃになってはいたが、この彼の顔つきは今のモモン──“彼女”にとてもよく似ていたのだ。

 

 

「とりあえず…場所、改めない?みんな見てるし……。」

 

「──!そ、そうだよね!ごめん、姉さん。」

 

 

モモンは周囲に視線を移しながら少し恥じらいを交えつつ提案する。エンリやンフィーレア、彼の仲間の3人、複数のゴブリン達、そして遠巻きに野次馬のように眺めている村人──大勢の視線が彼女達に注がれている。彼は同じように周りを見て、状況を理解したのか慌てて彼女から一歩離れた。

泣いていたためか恥じらいのためかは分からないが、彼も頬が赤く染まっている。

 

最初は唐突な出来事に考えている余裕がなかったが、いくら肉親と言えど異性が公衆の面前で抱き合うという事には些か抵抗を覚えてしまう。それに“彼女”の記憶の残滓があって受け入れることは出来たとしても、モモンにとって彼は初対面の人物であることに変わりはない。

そんな初対面の彼が彼女に対して正面から抱きついてきてしまえば、当然ながら接触事故からの羞恥心の発生は避けられない運命にあるだろう。

 

男に胸が当たったくらいで恥ずかしいなんて、我ながらすっかり女に染まってしまったなぁ………とモモンは一人、複雑な心境を抱いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ところ変わって、カルネ村にある空き家の中。

お互いに状況のすり合わせを行うため、一度話し合いの場を設ける運びとなった。

モモン、エンリ、そして来訪者の5人はテーブルを囲って向かい合っている。以前にガゼフが訪れた際に設置したままになっていたため、それを再度利用している形だ。エンリとンフィーレア、モモンと少年──セリーシアがそれぞれ隣合って座っていて、残りの3人は対岸に固まっている。

 

 

「改めまして、我々は『漆黒の剣』というエ・ランテルの銀級冒険者チームです。今回はそちらにいるンフィーレア・バレアレさんの依頼で、カルネ村に薬草を買い付けに行く際の護衛として同行しています。私はリーダーのペテル・モークです。」

 

 

リーダーを名乗るペテルは席を立ってモモンとエンリの方を見ながら、身振りを交えつつ自己紹介を進めていく。明るく快活な話しぶりはまさに好青年といった印象だ。続いてチームメンバーの紹介へと移っていく。

 

 

「チームの目であり耳である野伏(レンジャー)のルクルット・ボルブ。」

 

「よろしくぅ、お姉さん方!」

 

森祭司(ドルイド)のダイン・ウッドワンダー。自然魔法や治癒魔法が得意で、薬草の知識に長けています。」

 

「よろしくお願いする!」

 

「そして、お姉さんはご存知だと思いますが……チームの頭脳である魔法詠唱者(マジック・キャスター)のニニャ──『術師(スペルキャスター)』です。」

 

 

ペテルが少し言いにくそうに苦笑いの表情を浮かべつつ、セリーシアに手を向けて紹介する。先程彼が名乗っていた名前と違うことにモモンは疑問符を浮かべる。

モモンが隣にいるセリーシアの方を向くと、彼は顔を真っ赤にして両手で顔を覆って俯いている。

 

 

「ペ、ペテル!姉さんの前でその二つ名はやめませんか……!?」

 

「ご、ごめん。でも二つ名が貰えるって凄いことだから、ちゃんと紹介しておいた方が良いと思って…。」

 

「……ニニャ?セリーシアじゃないの?」

 

「え?────あっ!」

 

 

セリーシアはモモンの質問に一瞬停止したが、すぐに自身の失態に気づき慌てた表情に変わる。

 

 

「こ、これは……その………。」

 

 

彼はモモンとペテル達を交互に見ながら口ごもっている。モモンにはどちらが本当の名前なのかは断言できないが、ペテルが言っていた名前が本名では無いであろう事は察しが付く。おおかた彼らには偽名を使っていたが、姉との予想外の再会に喜びすぎてうっかり皆の前で本名を言ってしまった──といった所だろうか。

 

 

「ごめん………皆を騙すつもりは無かったんだけど、ずっと偽名を使っていました。」

 

 

彼は覚悟を決めたのか、正直に告白し頭を下げる。

 

 

「別に謝らなくて良いって。偽名だったってのは分かってたしな。なぁ、2人とも?」

 

「あぁ、まぁね。本名がニニャだけってのも変だし。」

 

「冒険者が偽名を使うという事はよくある事なのである!気にしないで欲しいのである!」

 

 

ルクルットが同意を求めると、2人共に賛同の意を示す。セリーシアは3人の様子を見て安堵したのか、息をついて薄く笑みを浮かべている。

 

 

「それにしても──セリーシアちゃんかぁ。女の子らしい(・・・・・・)可愛い名前じゃん?」

 

「えっ!?」

 

 

続けて放たれたルクルットの言葉に、セリーシアは一転して驚愕の反応を見せる。ペテルやダインも同様のようで、ルクルットだけが相も変わらずヘラヘラとした態度を貫いている。

あ、男かと思ってたけどやっぱり女の子だったんだなーと呑気な事を考えているモモンとは対称的に、漆黒の剣一同を取り巻く空気は凍りついていた。

 

 

「ル、ルクルット………知って、たの………?」

 

 

セリーシアが表情を強ばらせたまま、恐る恐るといった様子で問いかける。彼女の額には汗が滲んでおり、隠し事がバレてしまった焦りと緊張が垣間見える。

 

 

「つっても、そう確信したのは割と最近だぜ?ニニャの旅の目的も達成したわけだしさ、もう喋っちまってもいいかなって思ったんだよ。」

 

「私は全然気づかなかった…。ちょっと中性的なだけの普通の男性かと…。何で分かったんだ?」

 

「私も右に同じであるな…。」

 

「おいおい、俺の女好きセンサーを甘く見て貰っちゃ困るぜ?顔つきもそうだけど、何よりも体つきがどう見たって男のソレじゃねえじゃねえか!」

 

「お、お前………仲間をそんな目で見てたのかよ………。」

 

「ち、ちげえって!これはあくまでも判断材料としての観察であって──!」

 

 

対岸にいるペテルたちがガヤガヤと騒ぎ始める。モモンがセリーシアの方を見ると、彼女は冷や汗を滲ませながら少し青い顔をしている。

 

 

「ねえ、セリーシア。…ずっと女の子だっていうの、隠してたの?」

 

「う…うん。」

 

「どうして?」

 

「男のチームに女が混ざると揉め事が起きやすいって言うから……姉さんを探す旅の支障になるかと思って………それで………。」

 

「みんなには知られたくなかった?」

 

「少しだけ…怖いって訳じゃなくて、せっかく出来た仲間なのに、そのせいで気まずくなったら嫌だなって…。でも、姉さんが見つかったらいずれ言わなくちゃいけない事だったからさ。………これで良かったんだと思う。」

 

「そっか。色々我慢しながら、ずっと私を探してくれてたんだね…ありがとう、セリーシア。」

 

 

モモンは微笑みを浮かべながら、彼女の頭をゆっくりと撫でる。

 

 

「うん…本当に、会えてよかった……。」

 

 

彼女は感極まったのか、また涙を浮かべてモモンに身を寄せてくる。モモンはそれを受け止め、背中に手を回して優しく抱擁する。3人は既に会話を辞めていて、2人の様子を笑みを浮かべながら静かに見守っていた。

 

 

「女の子って知られても、きっと大丈夫だよ。みんな受け入れて、今まで通り接してくれる。私はまだ会ったばかりだけど、そう思うよ。」

 

「そ、そうかな……?」

 

 

セリーシアは3人の方へチラリと視線を移しつつ、不安そうな表情を浮かべている。

 

 

「ああ。本当の事を知っても変わらないよ。ニニャはニニャ、漆黒の剣の大切な仲間だ。」

 

「うむ。その通りである。」

 

「みんな…。」

 

「もっちろん俺も変わらないぜ!ていうか女の子ならむしろ大っ!歓!迎~~~!!…あだっ!」

 

「お前それじゃ変わってるだろ!」

 

「冗談じゃねぇかよおー!」

 

「ぷっ…あははっ。…よかった。みんな…ありがとう。」

 

 

セリーシアは肩にのしかかっていた重圧から解き放たれたような、晴れやかな笑顔を浮かべていた。

ルクルットが軽い調子で冗談を言ってムードを作り、ペテルがそれに突っ込みを入れている。初対面のモモンにはよく分からないが、彼女の反応からしてこれが彼らの日常なのだろう。

隠し事をしていることを知ってもなお、それを受け入れ今まで通り接してくれる。モモンはそこに強い信頼関係の存在を感じ取った。

 

 

(信頼できる仲間がいるって、良いよな……。)

 

 

モモンの脳裏に、かつての仲間の姿が浮かんでは消えていく。アインズ・ウール・ゴウンを結成し、ナザリックを築き上げ、背中を預けあって数々の死地をくぐり抜けてきた、信頼できる仲間。時にはプライベートな話題を共有し、仕事の愚痴も言い合えるような、そんな強い絆で結ばれた仲間──────そのはずだった。

 

モモンには、彼らが笑い合っている姿が羨ましくもあり…そして、少しだけ妬ましくもあった。

 

 

 

──────

────

──

 

 

 

話が脱線してしまったからとペテルが仕切り直しを宣言する。

再び彼らの話が再開される。『漆黒の剣』の結成理由だったり、命名に当たっての少し黒歴史チックな話だったり。

続いてセリーシアが領主である貴族に姉を強引に拐われてしまった事、姉を取り戻すために冒険者になる決意をした事、自らに備わっている生まれながらの異能(タレント)のお陰で若くして第2位階を習得し今やエ・ランテルの有名人になっている事など、主に彼女に関するエピソードが多く語られた。それもおそらく、聞き手がまさにその姉本人であるがためであろう。話し手は主にペテルであったが、時折彼女も話を補足するような形で入ってきていた。

モモンはここに来て初めて耳にしたタレントという存在にも興味を惹かれていたが、“彼女”の過去に関する話も聞いておきたいため聞き役に徹することにした。

 

 

 

 

そして、彼らの話が終わり、モモンへとバトンが渡される。ここからは彼女がここまでの経緯を説明する番だ。

 

 

「姉さん、聞かせて欲しい。何があって、どうして今ここにいるのか──。」

 

「うん、分かった。」

 

 

モモンはポツリポツリと語り始める。まず最初に、彼女は自身が記憶喪失状態であるという旨を告白しておく。これはカルネ村に来た時にも語った設定と同じではあるが、今回も妹のセリーシアがいる以上必ず言っておかなくてはならない事だ。後から色々齟齬が発生するのは目に見えているし、無知であることを理由に色々と彼らから教えて貰える口実にもなるという事でモモンにもメリットがある。

 

この話をすると、当然ながら皆一様に驚きの反応を見せる。セリーシアは特に顕著で、表情が絶望の色に染まっているように見える。

 

 

「姉さん………そうだったんだ…………。」

 

「ごめんなさい。なかなか言い出すタイミングが無くて………本当は自分の名前も思い出せないの。…とりあえず、話を進めるね。」

 

 

また話が脱線するからとセリーシアを慰めたい気持ちを抑え、モモンはその後も淡々と話を続けていく。

目が覚めたら王都の地下にある施設で男に組み伏せられていた──なぜか力に目覚めておりそのお陰で脱出に成功した──人目を避けて彷徨っていたらカルネ村に辿り着いた──そして今日までの経緯を掻い摘んで。大方は最初に村長にも話した内容と同じだ。

 

カルネ村襲撃の件に関しては、ここまで静かに傍らで話を聞いていたエンリが交代し、主体となって話を進めた。帝国を装った法国の騎士集団に襲われた件、モモンが彼らを討伐し村の窮地を救った件。魔法詠唱者の集団に関してはエンリは直接見ていないので語らなかったが、村に直接被害を与える前に無力化したので省略しても特に問題は無いだろう。

そして、今に至るまでの経緯を話した。

 

 

「そ、そんなことが……エンリ、大変だったんだね…。」

 

 

ンフィーレアは友人の住む村で起こった悲劇の内容に衝撃を受けたようで、驚愕と悲しみに満ちた表情を浮かべていた。エンリも話していて色々と思い出してしまったのか、同じように悲しそうな表情へと変わっている。彼はその後すぐに何やら決意したような様子を見せて口ごもっていたが、視線を気にしたのか周りをチラリと見やり首を振って改めて口を開く。

 

 

「な、何かあったらすぐに言ってよ!滞在するのは明後日までだけど……僕でよければ力になるからさ!」

 

「うん。ありがとう、ンフィーレア。」

 

 

エンリはンフィーレアの励ましの言葉に、笑顔を見せてお礼を言う。

 

 

「──あ、あの…!確認したいことがあるんですけど…。」

 

 

先程から何か言いたげにしていたセリーシアが、ついに我慢できなくなったのか会話の切れ目にすかさず割って入ってくる。エンリとモモンに視線を移しながら、疑問に思っていた事を口にする。

 

 

「モモンっていうのは、姉さんの事なんですよね…?」

 

「は、はい。そうです。」

 

「うん。名前が思い出せなかったから、ここではそう名乗ってるよ。」

 

「──分かりました。では私も含めて、改めて自己紹介をさせて下さい。」

 

 

セリーシアはおもむろに立ち上がり、周囲を見渡しながら言葉を紡ぐ。

 

 

「私の…本当の名前は『セリーシア・ベイロン』。そして、姉は──『ツアレニーニャ・ベイロン』です。昔は周囲からはセリー、ツアレとそれぞれ呼ばれていました。」

 

 

彼女は何か覚悟が決まったような様子で、堂々と本来の名前を名乗った。

──ついに知ることが出来た。モモンが宿る、“彼女”の本当の名前。

彼女が仲間に名乗っていたニニャという名前は、姉のツアレニーニャを助けるという決意を忘れない為に付けたという事も、付け加えて説明された。

 

セリーシアは立ったままモモンの方を向き、悲しそうな笑顔を浮かべる。

 

 

「姉さん、本当は何となく分かってたんだ。以前は私の事をセリーと呼んでいたのに、今日再会した時はそうじゃなかったから。反応も薄くてどこか他人行儀だったから。だから、きっと私の事が分からないんだろうな──って。でも、信じたくなくて………。」

 

 

セリーシアは再び椅子に座り、モモンの方を見据える。

 

 

「姉さん──姉さんも、エ・ランテルで冒険者になりませんか。」

 

「えっ」

 

 

あまりにも唐突な提案だった。驚きの声を上げたのが一体誰なのか分からないほどに、周囲から一気にどよめきが上がる。

先に口を開いたのはエンリだった。

 

 

「セ、セリーシアさん。それって、モモンさん………ツアレニーニャさんがエ・ランテルに行っちゃうって言うことですか!?」

 

 

エンリは不安そうな様子で尋ねる。

先の襲撃事件からかなり復興が進んでいるとはいえ、村人たちの心の傷はまだまだ癒えていない。そんな中で、村の重要戦力と言える立場にまでなっているモモンが抜けてしまうのは、即ち村が無防備になってしまうのも同義であり不安を覚えるのは当然の事だろう。エンリの場合はそれに加えて、大切な友人であり家族同然の存在となっている事もまた抵抗を覚える要因の一つだった。

 

 

「そう…なりますね。」

 

 

セリーシアはエンリに向き直って話を続ける。

 

 

「さっきの話を聞いている限り、何故かは分からないけど姉さんはきっとすごく強くなったんだと思います。村のみんなを助けられるほどに。だから、エ・ランテルで冒険者になって、私たちの──漆黒の剣に入って欲しいんです。」

 

「で、でも……そんな急に……。」

 

「私の我儘なのは分かっています。でも、姉さんと少しでも長く一緒に居られれば、もしかしたら記憶が戻るかもしれない。生きていくにはお金がどうしても必要になるから、私も冒険者を続けていきたい。これが一番良い選択だと思ったんです。どうか──お願いします。」

 

 

セリーシアはエンリに対し、深く頭を下げる。モモンの幸福を考えるのであれば、ここは承諾してセリーシアと共に歩ませてやるのが一番なのだろう。だが、エンリ自身もモモンと離れ離れになりたくない…村にいて欲しいという気持ちがある。エンリはモモンの将来とカルネ村の安全や個人的な心情とで板挟みになり、答えに詰まってしまう。

 

 

「エンリ。大丈夫だよ。私には転移魔法があるから。毎日だって帰ってこられるよ。」

 

「──あっ!そ、そうでした!そっか、それなら………!」

 

「え!?」

 

 

エンリはモモンの言葉を聞き、その手があったと一気に表情が明るくなる。それとは対称的に、セリーシアは驚きの声を上げてモモンの方を振り向く。ンフィーレア、そしてダインも同様に驚いた反応を見せている。魔法の知識がある者にとっては思うところがあったのだろう。

 

 

「て、転移魔法って……確か第5位階魔法だよ!?人類でも限られた才能を持つ、超が付くほどのエリートでないと到達できない領域の魔法を…姉さんが!?」

 

「これだよ。」

 

 

モモンは興奮するセリーシアを尻目に、懐を漁って小さな手鏡のようなアイテムを取り出して見せる。

 

 

「これは長距離転移が出来る魔法が付与されてるマジックアイテムなの。特に使用数に制限は無いから、これを使って………<転移門(ゲート)>──ほら。」

 

 

モモンは説明しながら立ち上がり、転移門の魔法を発動してセリーシアの近くに黒い空間を生成する。当然ながら彼女の説明はデマカセであり、実際は彼女自身で行使している魔法だ。マジックアイテム用に見せた手鏡だって、普段身だしなみを整えるために使っているだけの単なる手鏡でしかない。

 

 

「す………すごい…。」

 

「僕も…見せてもらっていい!?」

 

 

セリーシアが感嘆の声とともに立ち上がり、転移門の前に立って恐る恐る手を差し込んで確認する。ンフィーレアも興味を持ったようで、セリーシアの隣に並ぶように転移門の傍に来てしげしげと眺めている。

 

 

「転移魔法は術者を別の場所に転移させる魔法だけど、これは──2点間の空間を繋げて誰でも自由に出入りできるようにする魔法…?でも、そんな魔法は聞いたことがない……ツアレニーニャさん、これってどこに繋がってるんですか?」

 

「入ってみます?比較的安全な場所なので、銀級冒険者の方がいるなら問題ないとは思いますよ。皆さんも是非どうぞ。」

 

 

モモンは周囲を見渡し、漆黒の剣の3人にもジェスチャーで来るように促す。

 

 

「エンリもおいで。ほら、あそこ──例の場所だから。」

 

「は、はいっ。」

 

 

 

──────

────

──

 

 

 

転移門の黒い壁を抜けると、視界が一変する。

場所はトブの大森林奥地にあるとある湖畔。最近はあの一件があったため来れていなかったが、モモンがエンリとネムと一緒に入るためのお風呂設備を設置している場所だ。湖はいつもと変わらず、陽の光を反射してキラキラと輝いている。

 

 

「ほ、本当に転移できた………!」

 

 

先陣を切って転移門をくぐったンフィーレアは、周囲を忙しなく見渡しながらソワソワとしている。

 

 

「へぇ…転移魔法ってめちゃくちゃ便利じゃん!なあ、ニニャはこういうの出来ねえの?」

 

「で、出来るわけないですよ!単純な転移魔法ですら使えないのに、こんな高度な魔法……!」

 

 

ルクルットの軽口にセリーシアは興奮と驚愕の入り交じった大きな声で反論する。

 

 

「姉さん…!こんな国宝級のマジックアイテム、一体どこで……!?」

 

「うーん…法国の騎士を倒したらドロップした、みたいな?」

 

「えっ…?あ、うん…そ、そっか…。」

 

 

モモンはセリーシアの問いに適当な返事をする。色々とややこしくなってしまいそうなので、さすがに正直には言えない。彼女も何か聞いてはいけないものだったのかと察したようで、それ以上の事は聞かなかった。

 

モモンはエンリの傍に行き、彼女に向き合って思いを告げる。

 

 

「エンリ。私…セリーシアたちと一緒にエ・ランテルに行って冒険者になる。頑張って昇格して、お金を稼いで…村のみんなの暮らしをもっと良くしてあげたいし。」

 

 

初めて冒険者の話を聞いた時は、アインズ・ウール・ゴウンの存在を暗に宣伝し、知っている者を炙り出す事を目的にしようと考えていたが、カルネ村での生活を通して彼女の考えは変わっていった。

この村のために出来ることを最優先にしよう──そう思うようになった。

理由はお金以外にももう一つある。カルネ村出身の冒険者として名をあげることが出来れば、その存在を恐れて下手な連中は手を出しづらくなる。つまり、モモン自身が抑止力となることで、間接的にカルネ村を守ることが出来ると考えたのだ。

 

 

「──分かりました。でも、本当に気をつけてくださいね…?」

 

「うん、もちろんだよ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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