ンフィーレアが滞在する期間は日を2つ跨いだ明後日の朝までだ。目的は薬草をすり潰した薬の材料の買い付けだったのだが、先の事件により薬草の採集が出来ていなかったため在庫が無い状態だった。
そのため彼は漆黒の剣と共に森に入り自力で調達する運びとなった。
申し訳なさそうに頭を下げるエンリに対しンフィーレアが慌てて宥めてみたり、逆に復興支援と称して自力で調達したはずの薬草の代金を支払おうとしたンフィーレアを慌ててエンリが止めてみたりしていたが、それはまた別のお話。
彼らはハムスケとも顔合わせをした。
モモンが出立する際には村に戻るまでゴブリン達とカルネ村の内外を警護してもらうので、村の外に待機させていたのを中央広場まで呼び出した形だ。
村人たちもゴブリンたちも予想外すぎる反応をしていたため、モモンは村外の人間ならワンチャンあるかと三度目の正直に期待していたのだが、そんな夢は早々に脆くも崩れ去ったのだった。
逞しく精強な肉体をもつ強大な魔獣──
見る者を恐怖に陥れる漆黒の瞳──
一振で全てを切り裂く尖鋭な鉤爪──
デスヨネー。うん、知ってた。
そしてそんな魔獣を「可愛い顔をしている」だの、まるで愛玩動物を愛でる感覚で使役しているモモンに対する評価が更に高まることになったのは言うまでもない。
もうどうにでもなれ。
そして、出立の日。
モモンと来訪者の5人は村の入口で見送りに来たエンリと挨拶をする。今日はネムも一緒で、エンリの隣で少し寂しそうな顔でモモンの事を見ている。モモンは軽装備に身を包んだ戦闘スタイルだ。
「それじゃあ、行ってくるね。最初の数日は向こうに泊まるけど、それ以降は日が落ちる前には帰るから。」
「はい。──本当に、お気をつけて。」
「ネム…私がいないと寂しい?」
「う……ううん!大丈夫!平気だよ!お姉ちゃんのお手伝いしながら待ってるね!」
ネムは思考を振り払うかのように首を強く振り、一転して明るい笑顔を見せて答える。
あの一件以来、彼女は変わってしまった。以前はどちらかと言うと時折ワガママも言いながらモモンたちをグイグイ振り回すような、そんな歳相応の無邪気な子供だった。今もゴブリンたちと楽しそうに話をしているのを見かけたりと表向きの様子は変わっていないのだが、ワガママを言ってエンリやモモンを困らせるような事は一切しなくなり、言うことに素直に従うようになった。自己主張も全くと言っていいほどしなくなった。
本来であれば、これは彼女が精神的に成長したと喜ぶ所なのだろう。だが、あの日の夜の出来事を思い出すと──虫唾が走る思いだった。
普段は考えすぎないように気をつけているが、ふとした瞬間に思い出してしまいモモンの内側から沸沸とドス黒い感情が沸き上がってしまう。
彼女は変わったんじゃない。変えられたんだ。
アイツらに──スレイン法国の連中に。
モモンと同じようにエンリもそんな怒りを抱いていたようで、台所で料理している時に自分の指示に素直に従うネムを見て奴らへの怒りが沸き、包丁とまな板を少し痛めてしまったと告白された出来事を思い出していた。
◆
漆黒の剣の一行は行きと同じように、ンフィーレアを乗せた荷馬車を引きながら草原を進んでいる。カルネ村への道程は街道の獣道から外れているため、しばらくは道無き道となる。
行きとの違いは荷馬車に彼らが採集してすり潰した薬草の入った容器が載っている事と、モモンが追加で付いてきている事くらいか。彼女は後方を歩くセリーシアの横に寄り添い、一緒に歩いている。
実はこんな手間のかかる徒歩移動をせずとも、<
漆黒の剣のルクルットからも「そのマジックアイテムを使えばすぐ移動出来るんじゃね?」と同様の質問をされたのだが、せっかく冒険者になるのだから副なる目的である『未知への探求』もできる限り行っていきたいと考えているモモンは、それでは味気無いからと徒歩で行くことを選択した。
彼らもあまり帰還が早いと組合から色々と聞かれてしまって面倒事になるし、それにモモンとももっと交流したいという事でこれに合意してくれた。
その分帰るのが遅くなるため村の様子が心配にはなるが、人間に比べれば強い方であるハムスケもいるし、法国の連中にも釘は刺しているので早々に来ることは流石に無いだろうと見越しての事だ。
それでも万が一にも向こうが愚かな行為をしようものなら──その時は玉砕覚悟で法国に死を告げにいくつもりだ。
帰りの道中で、話の流れでモモンの実力を実際に見てみたいという事になり、一行はあえて森の近くを沿うように進んでいる。森の近くであれば、時々住処の移動等で外に出てくる弱いモンスターとの遭遇率が高く、冒険者の狩場としてちょうど良いためだ。
行きも同じことをしていたようなのだが、今回はモモンがいるためチームの雰囲気は和気藹々としていて緊張感はあまり無い。
セリーシアも気になっているようで、ソワソワした様子でどのような事が出来るのかを聞き出そうとして来たのだが、モモンは見てからのお楽しみだと言って躱していた。
「──ツアレちゃん、来たぜ。敵襲だ。」
森の方に耳をすませながら歩いていたルクルットがモモンの傍に来て合図をし、立ち止まって臨戦態勢を取る。普段のヘラヘラした態度とは異なり、真剣なハンターの顔をしている。
「森の方からですか?」
「ああ。いつものパターンなら…小さいのはゴブリン、大きいのは
モモンも注意深く森の方向へ聞き耳を立ててみるが、特に何も聞こえない。どれだけ戦闘力のステータスが高かったとしても、やはり聴力まで良くなったりはしないという事か。こういった探知系の能力は野伏の職業をどの程度修めているかで大きく変わってくるのだろう。
「集団での大移動か…。ツアレニーニャさん、支援はどうしましょうか?」
「私には必要ありません。皆さんは依頼主のンフィーレアさんの護衛をお願いします。」
モモンは皆の前に出るように、森の方へ数歩歩いて立ち止まりルクルットが示した方向を見据える。徐々に彼女にも足音が聞こえてきて、森の奥から複数の影が動いているのが確認できた。
彼の言っている事に間違いはなかったらしい。彼がチームの目であり耳であるというペテルの評価に偽りはないようで、モモンは内心で彼への評価を一段階上げる。
「ヒュー!ツアレちゃんカッコいいぜ!美人なのにクールで勇敢とかたまんねー!」
「さ、流石の自信ですね…分かりました。ですが、すぐに対応できるように準備はしておきますので。──皆、戦闘準備!」
ペテルが抜刀し、身構えながら戦闘に備える。
近接のペテルが前に立ち、中距離のルクルットとダインがその少し後ろに、遠距離であり後方支援も兼ねるセリーシアは1番後ろでンフィーレアの乗った荷台の傍に。手慣れた動きで素早く陣形が取られていく。そして、ペテルは作戦の指示を行っていく。基本はモモンが前衛で敵の処理をするが、まだ彼らには彼女の実力が分からないため、もしもに備えて万全の対策を整えておく必要があるのだ。
立案は次々と、スムーズに進んでいく。お互いの能力を熟知した上で、全員が最大限にパフォーマンスを発揮出来るようその場に応じて的確に役割分担を行う。まさに無比の信頼関係がなせる技だろう。
そして、森の中からモンスターたちが現れる。
ルクルットの予想通り、その集団の大半はゴブリンと
「オーガだけじゃなくてトロールまでいるのかよ…こんな所まで出てくるなんて聞いてないぜ。これ…流石に全員で掛かってもキツくねえか…!?」
「ゴブリンとオーガだけなら何とかなったかも知れないけど、トロールはかなり強い個体だし再生能力が厄介すぎる…流石にこれは…。」
「無謀な挑戦…逃げるのが無難であるな。」
漆黒の剣の面々は敵の構成を見て青ざめ、既に敗戦ムードが漂っている。ダインの言う通り通常であればここは逃げるのが得策なのだろう。だが敵の視界に自分たちは確実に入っている事からして、その選択肢は既に選べない状況になっている可能性が高い。
「ね、姉さん…本当に大丈夫なの…!?」
敵の集団が現れても顔色一つ変えずに立っているモモンとは裏腹に、セリーシアが不安そうな顔で後方から呼びかけてくる。カルネ村での会話で力が覚醒した事と村を敵から守った事は伝えていたが、まだ実際にその力を見せた訳では無い。特に彼女は肉親としてモモン──もといツアレニーニャと幼い頃から共に過ごしてきているハズの実妹だ。あんな所で奴隷になっていた事からして、モモンが入る前の彼女はなんの力もない一般人だった可能性が高い。
セリーシアはモモンの話を信じて漆黒の剣に誘ってくれたが、“力が覚醒した”なんて言ったところで本心では疑わしいだろうし、そんな状況で無計画に敵の群衆に突撃しようとすれば不安にもなるというものだ。
むしろまだ、奴隷生活で精神が破壊されて厨二病を拗らせてしまったイタイ奴──みたいに思われて引かれなかっただけマシだ。彼女の姉を想う深い愛情と信頼に感謝すべきだろう。
「心配ないよ、セリーシア。私が力に目覚めた事は本当だって、今から証明してあげる。」
セリーシア達に実力を証明し、本心からも信じてもらうためにはコイツらを容易く屠る所を見てもらう必要があるだろう。彼らにモモンの強さを知ってもらってそれを喧伝してもらうことで、カルネ村の抑止力となれる日を少しでも早めたいという打算的な思惑もある。
雑魚敵の数が多い場合は三重化した<魔法の矢>による掃討が効果的ではあるのだが、あまりそればかり使っていてもワンパターンで味気無い。ここは一つ、せっかく戦士職を手に入れたんだから魔法を活かした戦い方をしてみるのも面白いかもしれない。
モモンはセリーシアの方を見て微笑みかけた後、敵の方を見据えて歩き出す。
その姿は強敵に立ち向かう歴戦の戦士のような勇ましい歩み────ではなく、まるで主婦が家事の合間にちょっと近所に散歩にでも行ってくるかのような、何の構えもとらない無防備な姿そのものだった。
敵集団の視線が近づいてくるモモンに集中し、奴らの歩みが少し遅くなる。少し警戒されているようだ。
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モモンが敵集団に向けて魔法を発動する。これはその名の通り、敵のヘイトを自分に向けさせる魔法であり、主にタンク職のプレイヤーが防御力の弱い魔法職のプレイヤーを守るために使用される事が多い。転移後の世界では効果は変わらないものの、相手の認知機能に影響を与えて自分への憎悪感情と攻撃衝動を高める精神操作系の魔法へと変化している。
モモンの魔法を受けた敵集団は様子が一変し、それぞれが雄叫びや呻き声を上げながら彼女に向けて怒りの感情を剥き出しにする。
一体のオーガが叫び声を上げながら飛びかかってきたのを皮切りに、敵集団が一斉にモモンに向かって襲いかかる。
そして、モモンは彼らに取り囲まれてあっという間に姿が見えなくなった。
「おいおい…ヤバいんじゃねえのかアレ…。」
「や、やっぱり助けに……!!」
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セリーシアが姉を助けるべく危険を承知で敵集団に近づこうとした矢先──モモンを取り囲んでいたモンスター全員が、突然何かに拘束されたように動きを止める。モンスター達は挑発による興奮状態で激しくもがきながら呻き声を上げているが、首や手先がほんの僅かに動く程度で全く自由が効いていない。
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取り囲んでいるモンスターの内側からモモンが飛行魔法で浮かび上がるように抜け出し、外側へとふわりと着地する。
そして、おもむろに黒剣を取り出し、敵集団に飛びかかるように斬りかかった。
一体、また一体────モモンは身動きの取れない敵を次々と禍々しいオーラを放つ剣で切り刻んでいく。ゴブリンは軽く捻るように。オーガは大きく振りかぶって。彼女は敵の体格をものともせず、捕らえた敵を全て一撃で両断していった。敵は一切の反撃を許されず、悲痛な叫び声と共に体を切り裂かれて力尽き果てる。死んだ個体は自動的に拘束が解けるようで、血を噴きながら草原へと転がる。残っている敵はこれから殺される事が分かっているにも関わらず、逃げる事も出来ない状況にパニックになっているのか、激しい咆哮を上げながら必死にもがいている。
あまりにも一方的すぎるそれは、もはや虐殺──蹂躙とも言える様相だった。
「………。」
漆黒の剣の面々は呆然とした表情で彼女による蹂躙劇を見つめている。
モモンが撃ち漏らした敵に対処しようと準備していたにも関わらず、彼らにその役目が訪れることは無かったからだ。
「す、すげえ………。」
「ああ。彼女の実力は──アダマンタイトは固いだろうな。」
同様に様子を見ていたンフィーレアは興奮で荷台から身を乗り出し「第3位階魔法を使えるだけじゃなく、アダマンタイト級の戦士でもあるなんて…英雄級じゃないか…!」と驚愕の表情でモモンを評しており、セリーシアもそれに同意している。
ペテル達には彼女の使った魔法がどの程度のものなのかは分からないため剣の実力でしか判断がつかないが、魔法詠唱者である彼がそう言うのだから、おそらく彼女はアダマンタイトの中でもかなり上位に入るほどの実力があるという事なのだろう。
モモンは敵を全て斬り伏せたのを確認し、魔法を解除して納刀する。敵がいた場所には両断された死体が散らばり、溢れ出した血が草原を真紅に染め上げている。その様相はもはや地獄絵図と言って差し支えないだろう。
そんな中、一つの個体だけがもぞもぞと動いているのが見える。敵の群れの中に一体だけ混じっていたトロールだ。両断された下半身側はもう動いてはいないが、上半身の断面が膨らみ再生し始めている。挑発の効果が残っているようで、「コロス……ニンゲン……クウ……。」と鼻息を荒げて呻きながら、両腕で胴体を引きずりつつモモンの方へと近寄ってくる。
「やっぱりトロールは体を切り飛ばしただけじゃ死なないか……とは言っても別に今は試したいことも無いし…。」
モモンは呟きながら、再度抜刀してトロールの首を切り飛ばし息の根を止める。確実に再生しないように酸で溶かすか焼いて炭にしてしまおうかと思ったが、ここに来るまでの道中で“狩ったモンスターの耳を組合に提出すれば報酬が貰える”という話を聞いていたので、切るだけにして原型を残しておくことにした。
そして全滅──それは、あっという間の出来事だった。
モモンは死体の山を見て満足気に頷くと、先程と何ら変わりないお散歩モードで悠々と漆黒の剣のいる後方へと歩いて戻ってきた。
「終わりました。どうでしたか?」
モモンは先頭にいたペテルに問いかける。ひと仕事終えてスッキリしたと言わんばかりのその笑顔は、とてもさっきまで敵を殺戮していた人物だとは思えないほどに可憐なものだった。
「す、凄かったです…。」
ペテルはそのあまりのギャップに気圧されつつも、何とか言葉を捻り出して答える。彼はせめてもうちょっと中身のある事が言えないのかと内心自戒するが、言葉を失うほどのものを見せられてしまったのだから致し方ないだろう。
「ツアレちゃん!」
「…はい?」
ルクルットが何やら興奮気味にモモンの傍に来て声をかける。モモンがその様子を見て訝しんでいると、彼は背筋を伸ばしたまま勢いよく腰を90度に曲げて頭を下げ、モモンに対してビシィ!と音が聞こえるほどに真っ直ぐと手を伸ばしてきた。
「貴女の強さに惚れました!!好きです!!結婚を前提にお付き合いして下さい!!」
「──え゛」
モモンは彼の言っていることが一瞬理解出来ず、フリーズする。
──何を言っているんだコイツは。聞き間違いでなければ、結婚を前提に付き合いたいとか聞こえた気がするが。あの討伐劇を目にしたあと、興奮気味に近寄ってきたかと思えば第一声がまさかの愛の告白とは…。正直困惑しかないのだが、何より自分にそんな趣味は──と考えかけてハッとする。
そういえば、今の自分は女なんだった──。
すっかり馴染んでしまって最近はあまり意識しなくなってきていたが、今のモモンはツアレニーニャ・ベイロンという歴とした女性であり、本来の成人男性では無い。オマケに容姿だって絶世の──とまではいかずとも、かなり恵まれている部類だ。それこそセリーシアが言っていたように、領主の夜の相手として無理やり買われてしまったくらいには。
そんな彼女が圧倒的な強さまで兼ね備えているとあれば惚れる男の一人や二人、出てきてもおかしくは無いという事なのだろう。
でもこういうのって、本来逆じゃないか?とも思ったりはするのだが。
「お、おいルクルット!お前…ニニャが見てる前でなにナンパしようとしてるんだ!?」
「ツアレ女史は漆黒の剣に勧誘されている身。これから仲間になるかもしれない者に交際を申し込むのはご法度であるな。」
「可愛くてお淑やかなのにめちゃくちゃ強いとか、もう惚れるしかねえだろ!?強い女に惚れるのは男のサガってやつなんだよ!」
「…普通逆じゃないのか?それ。」
2人の静止をものともせずに、ルクルットはモモンに手を差し出し続ける。彼の発言に対しペテルは困惑気味に、モモンが考えていたことと同じ事を言う。
「ね!ツアレちゃん!」
「え…………えーっと、その…………。」
ルクルットは顔を上げて笑顔でモモンの方を見ながら返事を求める。正直断りたいが、元来キッパリとNOと言えない性格だったのが影響して言葉に詰まってしまう。仕事で出会うようなその日限りの赤の他人ならそこまで気にせず断れただろうが、これから行動を共にする仲間になる人物であればそういう訳にもいかない。
それにモモン自身の精神も女性化しつつあるとはいえ、流石に恋愛対象まで変化しているわけでは無い──とは思うのだから。こちらに来てから歳の近い男性との交流自体がまだ殆ど無いので正直断言しきれないが、少なくとも彼に対してそういった感情は芽生えてはいない事は間違いない。
焦りで視線が泳ぎ反射的にセリーシアの方をチラリと見てしまうが、彼女は完全に会話の流れに乗り損なったのか少し離れた所でモモンたちのやり取りをもどかしそうに眺めているようだった。
「──お、お友達で…いましょう…?」
モモンは頭をフル回転させて無難な回答を絞り出しす。これで合ってるよな…?みたいな確認を頭の中で行いつつ発言したため、言葉尻が上がって疑問形になってしまった。元の世界でも恋愛なぞ経験したことのなかった彼女が持っている言葉のデッキはほぼ皆無に等しい。かつてネットで見かけたこの断り方が最善かどうかは分からないが、心にも無い承諾をしてしまったり禍根の残る断り方をしてしまうよりはマシだろう。
「気遣いのあるお断りの言葉、頂きました!!ではツアレちゃんの言う通りにして、お友達からでお願いします!!」
────あれ?もしかして、これってそんなに真剣なものじゃなかった…?
ルクルットはモモンに断られた事をしっかりと認識しつつも少しふざけた調子を貫き続ける。そして、モモンは“友達でいよう”と言ったのにも関わらず、彼は”お友達からスタート”だと変な解釈をして宣言してしまった。これが冗談交じりにワザと言っているだけなのか分からず困惑していたのだが、ペテルから「あまりツアレニーニャさんを困らせるな」と脳天チョップを食らっても半笑いで楽しそうにしている所からして多分そういうことなのだろう。
「すみません…コイツ気に入った女性にすぐ言い寄ろうとする尻軽なんで、あまり気にしないでください。」
ペテルがルクルットの耳を引っ張りながらモモンに頭を下げ謝罪する。どうやらモモンが知らなかっただけで、これは彼らにとっては日常のような光景だったようだ。
ため息とともに肩の力が抜ける。
これから加入する予定のチームでいきなり色恋沙汰に発展して関係がギクシャクしてしまうのでは無いかという懸念が杞憂だったと知ってホッとしたものの、自分をこんな目で見てくる男と同じチームにいて大丈夫なのかという心配も同時に浮かんできてしまう。
まあ彼の調子からして同じことがあっても今後は容赦なく断れば大丈夫そうだし、そこは問題ないのだろう。いざと言う時は死なない程度に殴れば良い。
(しかし──人生初の告白イベントを、まさか異世界で女として経験する事になるなんてなぁ……。)
かつてのモモンはどこにでもいる平凡で無個性な成人男性で、小学校を卒業してすぐに社会の歯車となり馬車馬の如く働いていた。貧しい環境で底辺社会を生きてきたこともあって、男女の出会いなどそもそも機会すら得られなかったのだ。
そんな自分がある日突然異世界転移して金髪碧眼の可憐な女性に生まれ変わり、オマケにユグドラシルで鍛え上げた強さを兼ね備えていたために男性に惚れられ告白される。
一体どんな御伽噺の世界観なのだろうか…こんな都合の良い人生、
モモンはそんな事を考えながら、先程上げたばかりのルクルットの評価を一段階下げた。
◆
せっかく皆に力を見せつけて意気揚々と戻ったのに、見せ場をルクルットに全部もって行かれてしまった事で場の空気が良くも悪くも和んでしまい、モモンに関する話題も途切れてしまった。
時間的にもあまり余裕がなくそろそろ先を急ごうとなり、倒したモンスターの片耳を剥ぎ取って回ってから早々にその場を後にした。
道中ではタレントに関する話を聞いてみることにした。最初の自己紹介の時に聞いていてずっと気になっていたので、せっかくの機会だから聞いてしまおうという算段だ。
そこからはペテルとセリーシアが主体となり、説明を行ってくれた。彼らによると、タレントというのは生まれた時点で個人が持っている才能のようなものであり、その内容や程度は人によって異なっている。セリーシアには「魔法の習熟速度が2倍になる」というタレントが備わっており、それにより若くして『
そしてタレントといえば、この場にいるンフィーレアの持つものは破格の性能を持っており、それ故にエ・ランテルでは有名人だという話も聞くことが出来た。
その内容は、「あらゆるマジックアイテムが使用制限を無視して使用可能になる」というものだった。
その話を聞き、モモンは目を丸くする。
この話が事実なら、便利なんてレベルじゃない。それはもはや破格を通り越してチートだ。この世界に運営が居れば即BANは避けられないだろう。使用制限を無視できるということであれば、モモンが所持しているウルベルトの忘れ形見である第10位階魔法の<
彼は持ち上げられて照れくさそうにしているが、よく今まで何事もなく過ごしてきたよなぁ…と、内心ため息をついてしまった。
その日は道中で一泊するという事で、日が暮れる前に丁度よさそうなポイントを見つけ、テントを張ったりして宿泊の準備を進めた。
日が暮れてからは焚き火を囲うように丸太に座り、皆で食事を取った。モモンの隣にはセリーシアが座っている。食事とは言っても携帯出来るような簡易的なスープでしかないが、貧しいカルネ村での質素な食事しか経験のないモモンにはそれでも十分に美味しく感じられた。
「今日のツアレちゃん、本当にカッコよかったよな!ニニャ!」
「ええ。正直半信半疑な所もありましたが…あれだけのものを見せられたら信じる他ありませんね。」
「あのオーガを一撃だぜ一撃!あんなのアダマンタイト級の戦士じゃなきゃ出来ねぇもんなぁ。」
「うむ。少なくとも、エ・ランテルでは間違いなく最強の存在であるな!」
「こんな強え子が入ってくれるなら、漆黒の剣だってアダマンタイト級も夢じゃねえ!そうなりゃ金もガッポリ入って、装備ももっと良いものに変えられるってもんよ!」
「チーム内で実力差がありすぎると、他の冒険者から後ろ指を指されかねないですけどね…。」
「そりゃ俺たちだって少しでも追いつけるように努力するぜ?ツアレちゃんに相応しい男になるためにも、な!」
「お前…まだ諦めてなかったのか…。」
食事の場では、もちろんモモンに関する話題がなされている。目の前で褒め称えるような会話が展開されるのは少しばかり気恥ずかしさも覚えるが、彼らに良い塩梅で実力を示せたようで安堵する。
カルネ村の抑止力となるためにはモモンが強者である事を広める必要があるのは事実だが、あまり実力を出しすぎるとあの時のニグンたちのように神格化されてしまうかもしれない。そうなると今後もうどんな事態になってしまうのか予測がつかず、下手をすれば逆に村を危険に晒してしまう可能性も捨てきれない。
ふと思う。
そう考えると、あの時ガゼフに本気に近い実力をそのまま見せてしまったのは失態だったかも知れない──と、モモンは少し焦りを覚える。
やはり口止めをしておくべきだったかと後悔するが、もはや後の祭りだ。ガゼフは王国戦士長という立場もあるし、モモンが接して感じた人柄から、おそらく一般人と絡んでモモンの噂をフィルター無しに無闇に吹聴して回るような人物では無いだろう…たぶん…そのはず。そこはもう彼の人徳に期待するしかない。
「──姉さんは凄いよ。まさか剣だけじゃなくて第3位階魔法すら使えるんだから……正直、少し嫉妬してる。」
セリーシアは会話の切れ目になると、焚き火の方に視線を向けたままモモンに語りかけ始める。
彼女は姉を助けるという強い使命の下で修行を続け、運良く持ち合わせていた強力なタレントも手伝ってようやく第2位階まで習得できた。ここに至るまでには並々ならぬ努力を重ねてきたのだ。
だが、姉──ツアレニーニャは違う。ある日突然力が覚醒し、アダマンタイト級の剣の腕と第3位階魔法を行使できる存在になった。
本当の実力はこんなものでは無く、実際は勝手に身についた訳でもなくユグドラシル時代に血の滲む程の努力と散財をした結果の産物ではあるのだが、セリーシアがそんな事を知る由もない。
彼女からすれば、姉は努力することなく強者へと上り詰めた存在に見えているのだ。これで嫉妬しない方がおかしいと言う話だろう。
「でも…これでいいんだ。姉さんが強くなってくれたおかげで、こうしてまた再会できて、一緒に過ごすことが出来るんだから。それにクソ貴族連中にだって…もう拐われずに済む。」
セリーシアは視線をモモンの方へと向ける。
「あの時はちゃんと答えを聞けてなかったから、もう一度聞かせて欲しい。──姉さん。漆黒の剣に入って、一緒に冒険者をしてくれますか。」
明るく社交的で誠実な青年、ペテル。大柄で野蛮な印象を受けるが、見た目とは裏腹におおらかで優しい性格をしたダイン。少しチャラくてモモンにいちいち求愛アタックをしてくるが、そういったふざけた言動が良い塩梅にチームの雰囲気を盛り上げてくれるムードメーカーのルクルット。そして──ツアレニーニャの実の妹であり、真面目で姉想いな努力家のセリーシア。
モモンは出会ってまだ日が浅い。彼らのことだって、まだまだ表面的な部分しか分からない。でも、モモンはきっと大丈夫だろうと思う。セリーシアが心から信頼し、大切な仲間だと思えるほどの存在であるなら、モモンだってきっと楽しくやって行ける──そう思えるのだ。
「もちろんだよ、セリーシア。これから…一緒に頑張ろうね。」
2人はどちらともなく近寄り、肩を寄せ合った。
◆
翌日。一行は長い旅路の果てに、ようやくエ・ランテルへと到着する。街の外観は高い壁に覆われており、外から中の様子を確認することは出来ない。さながら要塞のようだ。王都も同じような構造をしていたため、おそらく外敵から身を守るための措置なのだろう。外は既に暗くなってきているため、門の左右に明かりが灯っていて入口の場所がかえって分かりやすい。
漆黒の剣とンフィーレアが仲介してくれた事もあって無事に門衛による検問も終わり、ついに街へと入っていく。モモンにとっては初めての都市訪問だ。
中央通りの広い石畳の道を歩く。街の様子は王都に比べるとやや質素ではあるが、それでもザ・ファンタジー!といった西洋に近い街並みは、モモンの感情を昂らせるのに十分なものであった。
「ツアレニーニャさん。ここからは別行動で、冒険者組合の方に向かってもらっていいですか?」
歩いている最中、ペテルがモモンへ提案をなげかける。何故なのか問いかけると、冒険者組合の新規登録受付がもうすぐ終わってしまう時間なのだそうだ。ペテルたちはンフィーレアを家に送り届けて荷下ろしをする仕事が残っているため、一緒に行動をしていると間に合わなくなるらしい。
別に明日でも構わないと言うと、明日は朝から別の依頼を受ける予定で、加えて受付を済ませてからプレートが発行されるまで少し時間がかかるので出来れば今日やっておいて欲しいという話だった。
「とは言っても道が分からないだろうから…ニニャ、道案内を頼める?」
「え?私で良いんですか…?」
「もちろん。むしろニニャの方が適任だよ。こっちは問題ないから、お姉さんをサポートしてあげて。」
「荷降ろしくらい男3人いれば余裕だぜ!姉ちゃんが分からない事はちゃんと教えてやれよー?」
「色々と積もる話もあるであろう!姉妹水入らずで行ってくると良いのである!」
「皆…ありがとう。それじゃ──姉さん、急ごう!」
セリーシアはモモンの手を取る。彼女をリードするように小走りで石畳の道を進み、冒険者組合へと向かった。
──────
────
──
「良かった…なんとか間に合った。」
モモンとセリーシアは冒険者組合の扉をぬけ、室内へと入っていく。中には冒険者がまだ何組か残っており、皆一様に入ってきた2人へと視線を向ける。
冒険者の姿は揃って漆黒の剣の面々と同じようなファンタジーチックな装いをしており、首にかけられた様々な色のプレートが照明を反射し輝いている。
「姉さん、先に空いてる席に座ってて貰ってもいい?登録用紙を貰ったら、後で行くからさ。」
「え?──うん。分かった。」
モモンは自分でやるつもりでアレコレと考えていたのだが、どうやらセリーシアが受付を済ませてくれるらしい。この世界での事務的なやり取りの概念が元いた世界と同じか分からず、無知をさらけ出してツアレニーニャのイメージを下げてしまわないか不安だったため、これは願ったり叶ったりだ。
モモンの返事を聞くとセリーシアは微笑みを向け、そそくさと受付まで向かっていった。
モモンは近くにある適当な空席を見つけて腰掛ける。木材を切り出して組み立てただけの簡素なテーブルと椅子で、カルネ村のエモット家にあったものと大差ない印象だ。むしろこちらの方が様々な人に使われている分、天板の表面が全体的に擦り切れていて古臭く見えてしまう。
「ねえ君、もしかして新規?」
「へっ!?は、はい。」
突然話しかけられた事に少し驚きつつ声のした方を振り向くと、隣のテーブルに座っている冒険者グループの一人の男がいた。
「さっきニニャと一緒に入ってきてたよね。あの子とどういう関係なの?」
男はどうやらモモンとセリーシアの関係に興味を持ち、話しかけてきたようだった。普通に彼女の表の名前を知っている風からして、おそらく彼女の知り合いなのだろう。テーブルにいた他の冒険者の男たちもその話題に乗っかるように、「もしかして──彼女だったり!?」だの「いや流石にそりゃねーだろ」だのと軽口を叩き合っている。今後の展開を考えると、ここはもう正直に答えてしまっても良いだろう。
「えっと…私はセ──ニニャの『姉』です…。」
「えっ!?」
モモンが彼女の姉であることを告げると、男は驚いた声を上げて硬直する。話を聞いていた周りの人達も同じだったようで、一瞬にして空気が凍りついたようだった。すぐにどよめきが起こり、「マジかよ…!?」「姉さん探してるって言ってたけど、ついに見つかったのか…!!」といった衝撃を受けている言葉が聞こえてくる。彼女が姉を探しているという話は、他の冒険者も知っている共通認識のようだ。
その後すぐにモモンに人が集まりだし、今までどこに居たのか、どんな生活をしていたのか等質問攻めが始まり困惑していたが、セリーシアが「詳しい事は後で話しますから…!!」と仲裁に入ってくれたおかげで何とか沈静化することが出来た。
「ごめんね、姉さん。皆私の事を心配してくれてたから、嬉しかったんだと思う。」
受付から紙とペンを貰ってきたセリーシアが、モモンの向かいに座りそれを渡してくる。モモンは「気にしないで」と言いながら受け取る。
ここでモモンはこの世界の文字が日本語では無いことを知り、内心で冷や汗を流す。カルネ村には文字の書かれた類のものが一切無く、会話は普通に日本語で通じていたため勝手に文字も日本語だと思い込んでいたのだ。
マジックアイテムを使おうにも状況的に不自然なため、記憶喪失でもさすがに無理があるだろう──とは思いつつも諦めて文字が分からない事を白状することにした。
正直どんな反応をされるか不安だったのだが、セリーシアは最初驚いたような様子を見せつつも、何も聞かずに代筆を名乗り出てくれた。
セリーシアのもとに紙とペンが戻り、書こうとしたところで──手が止まり、顔を上げてモモンの方を見る。
「姉さん。私、偽名を使うの…辞めようと思うんだ。」
セリーシアは決意の決まったような表情でモモンに思いの丈を伝える。彼女の『ニニャ』という偽名は、姉であるツアレニーニャを忘れないように…助けると誓ったあの日の気持ちを忘れないようにするためのものだった。だけど、それももう必要なくなった。こうして今、姉と邂逅を果たし、再び共に歩むことが出来るようになったのだから。
姉と共に本名で、本当の名前で冒険者として活動したい。
我儘だというのは重々に承知している。モモンが表向きにツアレニーニャを名乗ることにリスクがあるのも分かっている。もしかしたら彼女を地下に閉じ込めて奴隷にしていた連中が存在に気づき、消すために襲ってくるかもしれない。でもその時は自分が必ず姉を守る。もっと鍛錬を積んで、必ず姉を守れる存在になってみせる。
だからモモンにも、本名で冒険者登録をして欲しい。
それが彼女の願いだった。
「──本当にいいの?今の私には記憶がなくて…貴女の知ってるツアレニーニャじゃないんだよ…?」
この体は、間違いなくセリーシアの姉であるツアレニーニャのものだ。だが、中身は違う。表向きには記憶喪失としか言うことは出来ないが、実際は全く別の人物の人格に上書きされている状態。つまり、ツアレニーニャを構成する人格は元の彼女とは異なる全くの別人なのだ。
セリーシアは首を振る。
「違うよ。確かに記憶は戻って欲しい…でも、たとえ記憶をなくして性格が変わってしまったとしても、姉さんは姉さんだ。私の──大切なたった一人の家族なんだよ。」
当初は冒険者として活動してモモン・アインズの名を広め、かつての仲間に存在をアピールするつもりでいた。でも、カルネ村と出会い──エモット家と出会い──セリーシアと出会い──漆黒の剣と出会い────
もう、初めから答えは決まっていたのかもしれない。
モモンはセリーシアに微笑み、答える。
「うん。じゃあ──そうしよっか。」
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彼らが屋内へ入ると、奥の扉がゆっくりと音を立てて開かれる。扉の向こうから顔を覗かせたのは、見知らぬ金髪赤眼の女。整った顔立ちが崩れるほどに口角を吊り上げてニタリと笑うその姿は、見る者にえも言われぬ不安感を抱かせるようだった。
「はぁーい、お帰りなさーい。んもぅ、タイミングが悪くてさぁ?お姉さん………ずぅ──っと待ってたんだから。」
アクセス1万行ってました。ありがとうございます。
正直ダメ出しされるのが怖くて表に出すか迷っていたのですが、思いのほか好評頂いているようで出してよかったかなと少し安心している次第です。
コメントもとても有難いです。うっかり先の構想を書いてしまいそうなので返信することは極力控えていますが、ちゃんと画面に穴が空くほど見返しているのでご安心下さい。
今後も蛞蝓の歩みで頑張りたいと思います。
追記 2/4
最後の描写が分かり辛かったかも知れないので、少し書き方を調整しました。