モモンガがツアレに憑依する話(仮)   作:佐倉ハル

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15. 事件(後)

 

 

 

 

「あ………がッ…………」

 

 

セリーシアは大地に転がっていた。

激痛が全身を駆け巡り、顔が苦痛に歪む。肩が焼けるように熱い。痛みの発信源になっている箇所を押さえている手を離して見ると、手のひらが赤黒く染まっていて液体が腕を伝って流れていく。

防御強化の指輪を失った彼女は、クレマンティーヌの刺突により肩を貫かれてしまったのだ。

 

クレマンティーヌは動きが素早く普通の魔法はほぼ当てられない。セリーシア自身は第2位階までしか行使することが出来ず、攻撃魔法の威力も弱く強者相手には大きなダメージは期待できない。しかしこの指輪の効果により完全とは言えないまでも相手の攻撃をほぼ無力化出来ることから、必中の<魔法の矢>を当て続ける戦法で押し切れると考えていた。

 

だが、その考えは甘かった事を知る。

セリーシアが身に付けていた指輪はその辺にも安価で売っているような質素なデザインのものだ。強力な魔化が施されるマジックアイテムはそれ相応に豪華な造りになる傾向があるため、まさかこれが正体だと見抜かれるとは思っていなかったのだ。

 

 

「へえ…やっぱりマジックアイテムだったんだあ。しっかし、私の刺突を防ぐなんて凄い効果だよねー。下手したら国宝級だよホント。どこで手に入れたのさ」

 

 

クレマンティーヌは地面に落ちている指輪を拾い上げ、まじまじと観察する。相手の手の内を見破って形勢逆転した事により気分が高揚し、その表情は猟奇的なまでに歪んだ笑みになっている。

 

 

「…ま、いいや。あ、奪ったからって私は使わないから安心していいよ。こんなの無くったってアンタを殺すなんて楽勝だし」

 

 

懐に指輪を仕舞いながら、クレマンティーヌはセリーシアへと接近する。横たわる彼女の脇腹を足で思い切り踏みつける。痛みと苦しさで呻き声が漏れる。

 

 

「弱者の分際で散々私を虚仮(こけ)にしやがって……簡単に死ねると思うなよ」

 

 

クレマンティーヌは横たわるセリーシアにスティレットの刃先を向ける。

これから彼女へと行おうとしている残虐な行為を想像し、高揚しているのだろう。怒りと興奮が入り交じったような、複雑な表情を見せている。

 

 

セリーシアは痛みに耐えながら、懐のポーチに手を伸ばして一つの指輪を取り出す。姉から念の為のお守りとして預かっていた、もう一つのマジックアイテムだ。

 

 

「──あ?なにそれ。まだ持ってたの?」

 

「よ、予備…だよ。こんな事も…あろうかと、思って…ね」

 

 

声を出す度に、体を動かす度に鋭い痛みが全身を駆け巡る。だが苦しみに喘いでいる暇はない。ポーチの傍に手を持ってきて、最短距離で素早く装備しなければならない。

警戒したクレマンティーヌに妨害されるかと思っていたのだが、彼女は意外にも「早くお姉さんに見せてごらんよ」と挑発してくるのみで攻撃はしてこない。

セリーシアを警戒させるためのハッタリだと思ったのか、それとも満身創痍で動けないから強化されたところで同じように指輪を弾いて対処できるだろうと鷹を括っているのかは分からない。だが、彼女にとっては好都合だ。

 

姉は強くなれるがあまりオススメはしないと言っていた。だからこそあの指輪だけで決着を付けたかった。しかし、事態は一刻を争っている。

もしかしたらこの指輪を付けると死ぬリスクがあるのかもしれない。だが、どの道このままではあの女に無惨に殺されてしまう。そんな屈辱的な死に方をするくらいなら、徹底的に抗って復讐を果たしてから力尽きて死ぬ方がよっぽどマシだ。

セリーシアは覚悟を決め、指輪を装着した。

 

 

 

 

 

一瞬──時が止まったような静寂が訪れる。

思わず、笑みが零れた。

 

 

「──はは、やっぱり…姉さんは凄いや」

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

「なに笑ってんの?ついに頭がおかしくなっちゃった?」

 

 

クレマンティーヌは慢心していた。自分と張り合える人間など殆ど居ない。特に魔法詠唱者ごときが自分に勝るなど絶対に有り得ないと確信していた。

 

 

「んじゃ、いきますよー」

 

 

彼女は足に狙いを定め、腕を引いてスティレットを引き絞る。足元で転がっている魔法詠唱者(弱者)を行動不能にしてやるために。もしまた防御を固めていたとしても、もう原因が分かっている以上再び指輪を弾き飛ばしてしまえば問題は無い。それ以外だったなら、このまま貫かれてコイツは彼女の加虐心を満たすための玩具と化すだけだ。

 

コイツの怒りに燃えている顔を絶望に染め上げたい──苦しみと絶望の果てに死にゆく様をじっくりと観察したい──彼女は考えるほどに殺戮衝動が湧き上がるのを感じる。

まずは両腕と両足を潰して行動不能にしてやろう。そこからは致命傷になる部分を避けながら肉体を徐々に破壊して…命が尽きるその瞬間まで苦しみを味わせ続けてやるのだ。

 

姉を名乗るあのツアレニーニャとかいう愚かな女にぐちゃぐちゃに殺したコイツの死体を突き出したらどんな反応をするだろうか。こちらの実力を軽視し、大見得を切って安易に大切な妹を送り込んでしまった事を後悔して絶望してくれたら、こんなに笑える事は無いだろう。その前にカジットに殺されてしまっている可能性も十分にあるが…まあその時はその時だ。

 

クレマンティーヌは想像で口角が吊り上がらせつつ、スティレットを振り下ろし──

 

 

次元の移動(ディメンジョナル・ムーブ)

 

「──!?」

 

 

彼女は突然の出来事に焦り、急いで周囲を見渡して相手を探す。地面に横たわっていた満身創痍だったはずの獲物が詠唱と共に掻き消え、彼女の振り下ろしたスティレットが空を切って地面に刺さってしまったからだ。

 

 

雷撃(ライトニング)

 

 

「ぁがぅっ…!」背後から電撃が彼女を襲い、直撃する。強烈な痛みと一瞬の痺れで力が抜け、片膝をついてしまった。第3位階魔法──先程までチクチクと当てられていた<魔法の矢>とは威力が全く違う。元から使えたのか、それともあの指輪に秘密があるのか──考えている余裕はない。

 

攻撃が来た方向を振り向くと──相手は上空数mの高さに『浮遊』していた。

 

 

「だ、第3位階だけじゃなく…転移魔法に、飛行魔法…!?」

 

 

クレマンティーヌは純粋な戦士ではあるが、魔法の知識もそれなりに有している。かつて法国の特殊部隊にいた時代に、魔法を行使する亜人との交戦時に少しでも優位に立ち回るためにと徹底的に叩き込まれてきたのだ。

第3位階魔法自体は英雄の領域にまで上り詰めた彼女にとっては大した脅威では無い。先程は不意を突かれて攻撃を受けてしまったが、通常であれば十分に避けられるし、武技での抵抗(レジスト)も可能だ。だが、その魔法のうち習得難易度の高いレア魔法である転移と飛行は極めて厄介だ。

戦士は空を飛ぶことが出来ないため、空中から攻撃を仕掛けられると一方的に攻撃されてしまうことになる。そして転移は一般的には逃げるために使われる事が多いものの、速度を無視して一瞬で移動することが可能になる事から、仮に背後に転移して武器で刺されたりしたら為す術もない。幸いにも制御が難しい魔法であるため習得していても上手く扱えない者が多いが、仮に上手く有効活用されれば下手な攻撃魔法よりも危険なのだ。

 

 

<魔法抵抗強化>

<流水加速>

 

 

武技をさらに重ねがけして自身を強化する。クレマンティーヌは再び構えてから飛び出すように疾走し、相手に急接近して跳躍する。刺突の威力を高めるために極限まで鍛え上げた敏捷性能をもってすれば、数m程度の高さなら十分に射程範囲に入るのだ。

相手の目の前まで一気に迫り、スティレットを振りかぶって突き刺すが──再び空を切る。

相手はまたもや転移魔法を使用し、姿を消した。

 

しかしこうなる事は想定の範囲内だ。舌打ちしつつも地面に着地し、急いで背後へと振り返──

 

 

火炎爆裂(フレアバースト)

 

 

炎の壁が目の前に迫っていた。

 

 

「!?ち、<超回──あああぁぁぁ!!」

 

 

クレマンティーヌは慌てて超回避の武技を発動しようとしたが間に合わず、炎に呑み込まれる。炎はすぐに消えたものの、ダメージが大きく体がふらつき尻もちをつく。「──っくそが、っ…!」痛い──髪の先端が焦げ、肌の露出部も一部が黒ずみ火傷になっている。

 

あの魔法も見覚えがあった。第5位階魔法──一般的な魔法詠唱者が習得できる限界である第3位階をさらに超えた、英雄の領域に到達するエリートのみが使える高位の魔法。

あの魔法詠唱者が元々使えていたが手の内を隠していた──という訳では無いだろう。これまでの挙動からして、どう見てもアイツは未熟な素人だ。本来の実力は指輪を付ける前の第2位階までで、やはりあの指輪による効果と見るべきか。

クレマンティーヌは油断し安易に指輪を装備させてしまった事を後悔し、徐々に恐怖と不安が込み上げてくるが後の祭りだ。現実は彼女の想定を遥に上回っていたのだ。装着するだけで一瞬で第2位階の素人が第5位階の英雄にまで到達する程の凄まじい効果を持つマジックアイテムなど聞いたことが無い。弱者でも簡単に強者になれてしまうなんて、もはや国宝クラスを超え──神話の領域だ。

 

 

 

相手は胸の前でパンと手を合わせ、ゆっくりと開いていく。向かい合わせになった手のひらの間には青白い輝きを放つ太い雷が現れ、のたうち回ってバチバチと激しい音を立てる。

 

 

「ひっ…な、何だよそれ…知らない…」

 

 

クレマンティーヌは本能的な恐怖を感じて全身が総毛立ち、背筋を冷たい汗が流れる。痛む体に鞭打って立ち上がり、身構える。これまでの魔法とは比べ物にならないほどの強大な魔力を放っていることが、戦士である彼女の感覚にもありありと伝わってくる。英雄の領域である第5位階、逸脱者の領域にある第6位階。彼女の積上げてきた知識をもってしても、目の前にある魔法は見たことも、聞いたことも無かった。という事は、あれは──

 

 

「本当はじっくりと嬲り殺しにしたかったけどさ…時間が無いんだよね。これ、負荷が重くて…気を抜くと今にも倒れそうでさ。だからせめて最後は…私ができる最大火力でお前に止めを刺す。自分の快楽のためなんて言う下らない理由のために私の、仲間の…そして姉さんの未来を踏み躙った…お前だけは絶対に許さない…!」

 

 

魔法上昇(オーバーマジック)連鎖する龍雷(チェインドラゴン・ライトニング)

 

 

叫びのような詠唱と共に手の中の雷撃が上空へと飛び出し、弧を描くように下降してクレマンティーヌへと猛スピードで迫っていく。

クレマンティーヌの直感が警報を五月蝿い程に鳴り響かせる。あれはヤバい──当たれば確実に死ぬ。

彼女は<疾風走破><流水加速>を併用する。ギリギリまで攻撃をひきつけ、その場から高速で離脱して雷撃を避ける。

雷撃は空から地面にいる自身目掛けて直進してきていた。それを直線で回避したのだから、これでその勢いのまま地面へと直撃するはずだ。

様子を確認するため、振り向いて雷撃が落ちてきた場所を確認した。

 

──雷撃は地面の直前で急旋回し、既に彼女の目の前にまで迫っていた。

 

 

「あ────」

 

 

クレマンティーヌは声を上げる間もなく雷撃に呑み込まれ、全身を焼き尽くされる。

痛みはなかった。一度に全身が損傷するほどのダメージを負うと、脳の情報処理が追いつかなくなる。と言うより、痛みは人間が危険から逃れるための生存本能なので、もはや助からないほどの損傷を受けた場合は痛みを感じる必要が無いという事なのだろう。

ふわふわと空中を漂う感覚──霧散していく意識──

雷が消えると、彼女はその場に力無く倒れ込み──もう二度と、動くことは無かった。

 

全身は黒く焼け焦げ、金属と肉の焼ける匂いが辺りに立ち込める。

 

 

 

 

セリーシアはふらふらと地面へと降り立ち、指輪を外す。

 

 

「姉、さん……みんなの、仇……取った、よ──」

 

 

彼女はそのまま糸の切れた人形のように、地面へと崩れ落ちた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はあ……はあっ………」

 

 

骨の竜が2体に増えてからは、モモンは防戦一方のようだった。攻撃しようとしても、すぐさまもう一体が横から彼女に襲いかかり、それを阻止される。彼女自身も脅威的な身体能力で攻撃を防ぎ続けていたのだが、繰り返すうちに体力が削られ、もはや肩で息をするほどになってしまっている。

何度かは攻撃をまともに受けてしまったため、身体の怪我は酷くなり、額からは流血してしまっている。もはや力尽きて骨の竜に押しつぶされるのは時間の問題だろう。

 

 

「いい加減諦めたらどうだ。命乞いをするのであれば、逃がしてやらん事もないのだぞ」

 

「誰が──!!」

 

 

もちろんカジットには彼女を逃がすつもりなど毛頭ない。もし言い分に応じてみっともなく命乞いを始めようものなら、即座に骨の竜に押し潰させ、苦痛と絶望に歪んだ顔をたっぷりと拝んでからトドメを指すつもりだ。

彼女は空を飛んで来たと言っていたにも関わらず、戦闘中にそれを使って逃げる様子は全く見られない。確かに第3位階魔法自体は使えるようだが、結局はカジットに実力を勘違いさせるためのハッタリだったのだろう。ならばどうやってアンデットの群れを突破してきたのかという疑問が再燃するが、これだけ追い込まれていても使ってこない所から骨の竜相手には有効打にはなり得ないという所か。

 

カジットが彼女をどのように殺すか想像を膨らませていたその時、少し離れた木立の向こう側──2人が向かった先の地点から、巨大な稲妻と直撃する激しい音が響き渡った。

弧を描き、うねるような極太の雷撃。カジットは雷魔法に関する知識も粗方に有しているが──あんな特徴を持つ魔法は見たことが無かった。

 

 

「雷魔法だと…?一体何の──」

 

「──あはは、そっか…使っちゃったか。少し敵の力量を見誤っていたかも知れないな」

 

 

カジットは突然の出来事に驚いていたのだが、目の前の光景にさらに驚かされる。あれほどに悪戦苦闘してボロボロになり膝をついていたはずのモモンが、突如として笑いながらすんなりと立ち上がったからだ。

 

 

「じゃあ、向こうも終わったみたいですし──そろそろこちらも決着を着けてしまいましょうか」

 

「なに…!?」

 

 

モモンの姿が一瞬ゆらりとブレたかと思うと──

カジットは驚愕で目を丸くする。彼女が負っていた傷や汚れ、流血の跡が…一瞬にして“初めから無かったかのように”元通りになっていたのだ。

 

 

「なっ…何をした!回復魔法か…!?」

 

「幻術ですよ」

 

 

モモンが手のひらをカジットに見せて再び幻術を使うと、ゆらりと揺れて綺麗だった彼女の手が傷だらけの無惨な姿へと変貌した。

 

 

「どう?なかなか再現度が高かったでしょう?私もこれから冒険者となって他の人たちと一緒に活動するからには、ある程度弱いフリもしないといけない。だから、貴方を使って練習してたんです。自分で言うのもなんだけど、なかなか名演技だったと思いません?」

 

 

手を元に戻しながら、彼女はにこやかな笑顔で種明かしをする。満身創痍になっていたのは全て演技であり、本当はあれだけの攻撃を受けていても全くダメージを受けていなかったというのだ。

カジットは当初、この女は自分の力を過信していたが故にあのような強気な態度を取っていたと思っていた。だからこそ、最初の攻撃が効かなかった時に取った驚きの反応こそが彼女の化けの皮が剥がれた本来の姿だと思い込んでいたのだ。

だが──真実は真逆だった。

 

 

「く、くだらん!行け、骨の竜!女を殺せ!」

 

 

カジットは骨の竜へ命令を飛ばす。ハッタリだ。竜の攻撃を受けて無傷でなどいられるはずがない。きっと怪我を受けている方が本来の姿で、無傷の姿の方が幻術で──そう自分に言い聞かせながら。

 

 

「一気に決着つけるのもつまらないですし、ここはまず──」

 

 

<下位アンデット作成・骨の竜(スケリトル・ドラゴン)

 

 

モモンがスキルを発動すると、彼女の前に──カジットの前に立ち塞がる2体の骨の竜と全く同じ姿をした竜が現れた。

彼女の召喚した骨の竜は即座に突進してくるカジットの骨の竜を身体で受け止める。骨同士がぶつかり合う激しい音が響き渡り、相手の攻撃を完全に殺しきる。

そのままモモン側の骨の竜は全身を横に大きく回転させ、尻尾でカジット側の骨の竜を薙ぎ払った。

骨が砕ける音が響き、カジット側の骨の竜が飛ばされて地面を転がり、土煙を上げながら停止する。

 

 

「ばか……な……」

 

 

カジットは目前で繰り広げられている光景が、現実のものとして認識できなかった。

彼が死の宝珠に長年をかけて蓄え続けた魔力を使ってようやく召喚することが出来た骨の竜。それを、そんな苦労の産物を、あの女はいとも容易く召喚してしまったのだ。

彼は倒れた骨の竜に目を落とす。竜はまだもがいているが、たったの一撃で身体の半分以上が損傷しており、もはや戦える状態ではなかった。宝珠のエネルギーも空になっているため、回復させる魔力の余裕もない。召喚モンスターの能力は召喚主の能力の影響を多少受ける。おそらく彼が召喚したものよりも強いのだろう。

女は自分の体に幻術を掛けていたことから、あの骨の竜自体も幻術で見せているだけなのではと思いたかった。だけど、実際に彼の召喚した骨の竜と戦っていたことから、それは有り得ないと断言できる。あれは間違いなく、実態が伴っている本物だ。

 

 

「あははっ、凄いでしょう?私も死霊魔法が使えるんですよ」

 

不死の軍勢(アンデス・アーミー)

 

 

モモンは楽しそうに笑いながら、続けざまに魔法を発動する。発動とともに彼女の周囲を取り囲むように夥しい数のアンデットが出現していき、カジットの方へ向かって進軍を開始する。

彼はもはや呆然とする他無かった。

第7位階魔法──人類には決して到達不可能な神の領域とされる究極の魔法。彼自身も使える魔法は第3位階が最大のため、<不死の軍勢>を行使することなど到底出来ない。だからこそクレマンティーヌと結託し、彼女が法国から盗んできた叡者の額冠を頼った。さらに都市にいる有用なタレントを持った少年を拐って媒体とし、選りすぐった高弟達と共に魔力を捧げる大儀式の果てにようやく発動に成功したのだ。

 

骨の竜の召喚も、<不死の軍勢>の発動も………長い時間をかけて準備を行い、ようやく………ようやく成功することが出来た。

自らがアンデットになるための第一歩が、ようやく動き始めたばかりだったのだ。

なのに、それなのに──

 

目の前の女は、まるで友達にちょっとした手品を披露するような軽い調子で、呑気な笑顔を浮かべながらソレを易々と『個』で行使してしまったのだ。

 

 

こんな現実、信じられるはずが無かった。

 

 

 

 

「──っ!すっ、骨の竜!薙ぎ払え!」

 

 

迫り来るアンデットの大群が立てるガチャガチャとした騒音と呻き声により我に返ったカジットは、まだ攻撃を受けていない方の骨の竜に指示を飛ばす。竜は彼の前に立ち塞がり、尻尾でアンデットの群れを一掃していく。彼がモモンの方を見ると、彼女は変わらない表情のまま、空中に浮かんでいた。飛行の魔法が使えるというのも本当だったようだ。

 

 

「お…おぬしは何者だ!?第7位階魔法を行使できる人間など、この世界には存在せん!!おぬしは……人間では無いのか!?」

 

「人外扱いだなんて、失礼な弱者(ゴミクズ)ですね。私は人間ですよ──今はね」

 

 

モモンは口角を吊り上げ、ニヤリとした笑みを浮かべる。月明かりに照らされた彼女の姿がカジットには異様なほど不気味に思え、ぞわりと恐怖が背中を這い上がってくる感覚に襲われる。

 

 

「ねえ、教えてよ──どんな気持ちなの?」

 

 

モモンの唐突な質問の意味が理解できず、カジットは何も返せずに彼女に視線を向け続ける。彼女自身も特に返答を待っている訳では無いようで、一人でさらに言葉を紡いでいく。

 

 

「貴方にどんな目的があったのかは知らないし興味もないけど、<不死の軍勢(アンデス・アーミー)>も骨の竜(スケリトル・ドラゴン)の召喚も、きっとすごくすっごく時間をかけて準備してきたんですよね?だって貴方如き弱者(ムシケラ)風情には到底使えない高位階魔法だから!そんな魔法を私に目の前で簡単にポンポン使われて!積み上げてきた苦労をぜーんぶ台無しにされて!今どんな気持ちなの!?教えてよ!ねえ!」

 

 

あっははは!とモモンは甲高い声で笑い続ける。弱者を見下し、嘲笑い、弄ぶ事に悦びを見出しているのか、狂気的なまでに恍惚な表情を浮かべながら。

カジットの目には、彼女にクレマンティーヌの影が重なって見える。だが彼女の場合は…もっと別のベクトルの狂気を孕んでいるようにも見えた。

 

 

「おぬし、狂っているのか…!?」

 

「なにそれ…?まあ弱者(ゴミ)に相応しいつまらない回答と言うことで納得してあげましょう」

 

 

モモンは少し高度を上げ、片手の平を上方に掲げる。

 

 

「あまりセリーシアを待たせるのも悪いですから、そろそろお遊びは終わりにしましょう」

 

第10位階死者召喚(サモン・アンデット・10th)終焉の骨竜(ディマイズ・スカルドラゴン)

 

向けていた手の先、モモンの頭上に巨大な骨の飛竜が出現する。翼を広げた全幅が20mにも達する体は分厚い黒い瘴気に覆われ、鳴き声のような重低音の呻きと共に口の辺りから瘴気が噴出している。

 

カジットは産まれて初めてと言って良い程の死の恐怖を感じ、全身が戦慄(わなな)く。魔法詠唱者としての直感が、あのモンスターの放つおぞましいほどに強大な魔力を感じ取り、知覚する。彼の召喚した骨の竜など比較にもならない、まさに文字通りの“死”だ。この竜を使えば本当の意味で都市に──いや、王国全土にすら死を齎すことだって出来るだろう。

 

 

「儂が、5年かけて作り上げた努力の結晶が……たった1時間足らずで崩壊すると言うのか……」

 

 

足の力が抜け、地面に膝を付く。長年かけて積み上げた物をことごとく打ち破られた挙句、目の前にいるのはカジットが100人いても絶対に召喚出来ないと断言出来るほどに強大な力を持つドラゴン。もはや戦う気力など起きようはずがない。あんなのに勝てるわけが無い。彼に残された感情は絶望──それだけだった。

 

 

「最期に貴方にはこの言葉を贈りましょう……私の名声稼ぎの踏み台、本当にご苦労さま。──殺れ」

 

 

ドラゴンはモモンの指示に呼応し、口を開き攻撃の発動準備を始める。吸い込むような動きと共に顔の前に光球が現れ、それは光線となってドラゴンの足元の地面へと発射される。光線が着弾した地点では激しい爆発が起こり、土はまくれあがるように巻き上がり、石畳の舗装路はレンガ共々呑み込まれて粉々になる。ドラゴンは首を徐々に上げていき、光線をカジットのいる方向へと動かしていく。

 

目の前には光線と爆発が迫ってくる。モモンが召喚していたアンデットの残りが爆発に呑まれ、そして──彼の目の前にいた骨の竜も光と爆発によって、一瞬にして粉々に吹き飛んだ。

骨の竜には魔法への絶対耐性があるため、ほんの少しだけそれに期待していた節もある。だが、無駄だった。あのドラゴンの強大な魔法を防ぐことは叶わなかったのだ。

 

酷く時間の流れが遅く感じる。人は本能的に死を感じると時間が止まって感じるようになると言うが、その通りのようだった。

カジットの頭の中に、走馬灯のように数々の記憶が駆け巡る。まだ闇に身を落とす前の、純粋だった幼い日々の思い出。そして母の死──後悔──決意──

 

──母は、自分の罪を赦してくれるだろうか

 

カジットの脳裏に最期に浮かんだのは、彼が愛する亡き母が生前に浮かべていた満面の笑顔だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

モモンがセリーシアに戦闘直前に渡していた指輪型のマジックアイテム。それは彼女がかつてユグドラシルのプレイヤーだった時代に手に入れていた物であり、使用者が魔法詠唱者である場合は魔力制御を最適化してMPと魔法攻撃力を底上げし、更には使用可能位階を大幅に引き上げるという破格の性能を持っている。

 

無論、誰にでも使用できるわけでは無い。条件として『使用者のレベルが低いほど効果が大きくなる』というものが付いている。いわゆる初心者救済用アイテムなのだ。

 

このアイテムはユグドラシル末期、「新規で入った者がすぐにレベルを上げて他のプレイヤーと同じ土俵に立てるように」との名目で運営によって追加された。元々90レベルくらいまではサクサクと上げられる仕様だったのだが、それでもすぐに辞めてしまうようなプレイヤーが多かったのだろう。ただでさえ少なくなっているプレイ人口を少しでも繋ぎ止めようとした故の対策だったのかもしれない。

 

一見するとドケチな運営にしては珍しく親切設計であるようにも見えるのだが、追加方法が個別販売ではなく課金ガチャの中に低排出率のレアアイテムとして混ぜ込むという極悪方式であったため、「結局初心者からも金を毟り取りたいだけかよ」「なんだ、ただの平常運転か」などと過疎っていた掲示板が息を吹き返したように盛り上がりを見せていたのは記憶に新しい。

 

当然、既にカンストプレイヤーとなっていたモモンにとっては全く意味のない無用の長物ではあったのだが、その方式のせいで図らずもいくつか入手してしまっていた。収集癖のあった彼女はそのままボックス内に保管していたのだが、まさかこんな所で日の目を見る事になるとは当時の彼女は予想もしていなかったであろう。

 

転移後の世界の生物はとにかく弱い。レベルが低い。セリーシアだって例外ではなく、レベルは10程度しかない。しかしこれでもそこら辺の一般人よりは遥かに強いという有様だ。つまり、この初心者救済用アイテムはこの世界においては凄まじい性能を持つ神の如きマジックアイテムへと華麗なる大出世を果たしてしまったのだ。ユグドラシル基準ではほぼ始めたて新規と同程度のセリーシアの場合はその引き上げ効果は相当なものであり、装備中のステータスはレベルでいうと約50程度、使える位階も第6位階程度まで引き上げられると考えられる。

 

位階が引き上げられるだけでは魔法は使えるようにならないのだが、その穴埋めとして「装備中のみ自分が選んだ職業に適した高位階魔法が一定数使用できるようになる」という仕様があり、転移後世界でもその効果は引き継がれている。さらにこの世界特有の<魔法上昇(オーバーマジック)>というバフを重ねがけする事によって、セリーシアは第7位階魔法の行使を実現することが出来たのだ。

 

ただ一つ、ユグドラシル時代には無かった欠点がある。それは、「引き上げ効果が大きいほど脳への負荷が重くなる」というものだ。ユグドラシルではゲーム世界であったためそんな仕様は無かったのだが、この世界ではそのデバフがあるが故に長時間の使用は出来ないようになっている。現実を基準に考えれば、能力を引き上げるというのはある意味ドーピングをしているような状態であり、この世界で言う<能力超向上>のような負荷の大きい武技を常時重ねがけしているに等しい。脳に負荷が掛かるのも当然と言えば当然なのだ。

 

モモンはそういった仕様に変化しているのは<道具上位鑑定(オール・アプレイザル・マジックアイテム)>で確認済みだったのだが、実際どの程度影響を及ぼすのかについては試していなかった。

仮に負荷がキツすぎてセリーシアが死んでしまったとしても、目撃者もいないので蘇生の杖(ワンド・オブ・リザレクション)で生き返らせてしまえば問題は無い。だがモモンの心情的に彼女を一度でも死なせてしまうのはどうしても(はばか)られた。

 

仲間を殺されたショックでまだ沈んでいるだろうに、それを押し殺してまで復讐のために付いてきたセリーシアの気持ちを無下にはできないとクレマンティーヌの方へと送り出したが、内心では少し不安があったのも事実だ。

もし敵が強かった場合に備えて念の為持たせはしたが、出来ることなら使って欲しくはなかったのでオススメはしなかったのだ。敵にむざむざと殺されるよりはその方がまだマシだから。

 

 

 

 

モモンはカジットの討伐が完了した後、セリーシアの元へと急いで向かった。現地へと到着すると、セリーシアとクレマンティーヌは両方とも地面に横たわっていた。

クレマンティーヌは全身が黒く焼け焦げて焦げ臭い臭いが漂っており、一目見て死んでいることが分かるような状態だった。最後に放たれた魔法からして、<連鎖する龍雷(チェインドラゴン・ライトニング)>でトドメを刺されたのだろう。

 

セリーシアは肩を深く刺されていて服が赤く染まるほどに出血していたが、気を失っているだけでまだ息はあるようでホッと胸を撫で下ろした。下級治療薬(マイナー・ヒーリング・ポーション)を使用して回復させると、意識は戻ったが精神的な疲労が強く残るようで、意識がぼんやりとする、体が上手く動かせない、呂律が回りづらいなどの症状が出ているようだった。話を聞く限り負荷が強い状態でバフを掛けて高位階の魔法を無理やり発動したゆえに、より症状が重くなってしまったという所か。ポーションは単純な物理ダメージの回復であるため、こういった脳機能的な精神面のダメージを回復させることは出来ない。MP回復薬も魔力の回復なので管轄外だ。完全に回復するまでは冒険者としての活動は難しいだろう。

 

 

「セリーシア。よく頑張ったね…本当にお疲れさま」

 

 

モモンは上体を起こしているセリーシアを抱き締め、精一杯の労いの言葉を掛けた。彼女は少し寂しさは残しつつも、最後には憑き物が落ちたような晴れやかな笑顔を見せていた。

 

 

 

 

セリーシアが身につけていた分とクレマンティーヌに奪われた分の2つの指輪を回収した後、2人の亡骸は霊廟の前へと移動させ、モモンは霊廟の中へと入って地下の確認をしに行った。セリーシアは流石に少し休ませた方が良かったので、入口前の階段に座って待機させておく。

 

霊廟の地下最奥の広い空間に、拐われたンフィーレアが佇んでいた。彼はユグドラシルに無い叡者の額冠(えいじゃのがっかん)というマジックアイテムにより精神支配を受けているようだった。このアイテムは「着用者の自我を奪い、高位階魔法を吐き出すマジックアイテムへと変える」という倫理観の欠片もない効果を持っており、ゲーム世界であるユグドラシルでは再現不可能な仕様であることから、この世界特有の物なのだろうと推測する。

 

自らの本能的な収集欲求を断ち切って<上位道具破壊(グレーター・ブレイク・アイテム)>でアイテムを破壊して精神支配を解除し、潰されていた目はポーションで治療した。

彼は半透明な薄布一枚しか纏っていなかったため、ほぼ全裸の状態だった。元同性とはいえ少し目のやり場に困る。モモンが転移と同時に失ってしまったものを見てしまい懐かしい気分になったりもしたが、余計な事は考えないようにしつつ彼を担いで霊廟の入口へと戻って行った。

 

 

 

モモンが戻ってくると、何やら少し騒がしくなっている。外が見える場所まで来ると、霊廟入口に寝かせていた2人の死体に武装した人が集まっていた。ここに来るまでにアンデットをかなり減らしたのもあって、追加で駆けつけた冒険者や兵士たちがそこを突破口として残ったアンデットを掃討しつつやって来ていたようだ。

入口で待機していたセリーシアにも人が話しかけてきていたのだが、うまく受け答えが出来ず困っているようだった。

 

モモンが彼らの前に姿を現すと、視線が一気に集中する。彼らは皆一様に驚いた様子を見せている。霊廟から出てきた華奢な体躯の女が裸同然の男を担いでいるのだから、理解が追いつかなかったのだろう。ンフィーレアは名のある店主の孫であり、かつチート級のレアタレントの持ち主でもある事から街では有名なようで、「あれって、バレアレ薬品店の…!」といった彼を知っている様子の人のざわめきも聞こえてくる。

 

 

「セリーシア、掴まって」

 

 

モモンはセリーシアの元まで歩いて空いている方の手を差し出す。彼女がゆっくりと立ち上がって手を取ったことを確認すると、<全体飛行(マス・フライ)>を発動して浮かび上がる。

集まっている人達の前まで移動し、口を開く。

 

 

「今回の事件の首謀者であるそこの2人は私たちが討伐しました。組合に回収を依頼しておいて下さい。私たちは首謀者に拐われていたバレアレ薬品店のンフィーレアさんをリイジーさんの元へ送り届けてきます」

 

 

モモンは彼らへの伝言を言い終えると、上昇して墓地を飛び去って行った。

彼らは状況を飲み込めず少しの間呆けていたが、次第にざわめきが大きくなっていった。

 

 

 

 

 

「よく見たらこの死体の女の方、最近エ・ランテルで起こっていた連続殺人事件の犯人じゃないか…!?目撃証言と特徴が一致してる…!」

 

「嘘だろ…ミスリルやオリハルコンの冒険者すら犠牲になってる強敵だぞ!?」

 

「銅と銀の冒険者が墓地の奥に突っ込んで行ったって聞いてたけど…まさか本当に解決しちまうなんて…」

 

「間違いない、あの子はこの街の英雄…新たなるアダマンタイト級冒険者の誕生だ…!」

 

 

 

未曾有のアンデット大量発生事件を解決し、さらには住民や冒険者を不安のどん底に陥れていた連続殺人犯を討伐した功績に、『街を救った新たなる英雄』の誕生だと人々は大いに湧き上がった。

 

その後も成果を上げていく彼女の偉業は瞬く間にエ・ランテル全土へと波及していき────やがて王都の冒険者にも、その名が轟いていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 





書き溜めは終わりです

また間隔が空くと思います
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