「…うん、さっき見た通りの景色の場所だ。<
モモンガは転移魔法により、先の街から離れたところにある森との境目あたりにある平原に降り立つ。ここからは街は見えず、見渡す限り森林と平原、遠方に山脈が見える程度の長閑な場所だ。
「それにしても──まさかこんな形で、生の大自然を初めて見ることになるなんてなぁ…。」
森の方へと歩き、生えている木の幹に触れる。申し訳程度の自然要素を再現するために人工的に作られた模造品なんかじゃ決して無い、ザラザラとした本物の木の感触だ…と思う。見たことが無いので本物かどうか見極める知識なんて持ち合わせていなかった。
足元に目を向ければ、様々な植物がひしめき合い、その中を小さな虫たちが飛び交っている。ネットの映像でしか見た事が無かった、まさに自然そのものの風景に感動すら覚える。
そういえば、元の世界での鈴木悟は視力が悪く眼鏡が手放せなかったのだが、この姿になってからはそんな物が無くても驚くほどにクッキリと見えている。接近しなくても、頭上に広がる木の葉1枚1枚の葉脈すら見えるほどに。それだけこの人物の視力が良いという事なのだろう。それもまた些細な感動ポイントだ。
「わぁ…!空気が美味しくて、気持ちいいなぁ~!」
モモンガは少し大袈裟な身振りを交えつつ、心底楽しそうな笑顔で森の中を歩く。
このセリフは半分演技で半分本心だ。
彼のいた世界は巨大企業による環境影響を無視した生産活動により大気汚染が深刻化し、もはや自然環境と呼べるものは無くなっていた。遠く離れた地域には残っている場所も多くあっただろうが、公害対策なしには家の外に出られない&金も時間もない彼にはとてもそんな所には行けなかった。ゆえにこんな大自然を見るのは生まれて初めてだった。
演技なのは口調や立ち振る舞い。今の彼は男性ではなく、金髪碧眼の可憐な女性だ。男の時のまま振舞っていては、どう考えても違和感があるだろう。不可抗力とは言え現地の女性の体を乗っ取ってしまった多少の罪悪感も手伝って、せめて彼女のイメージを壊さないように務めないと──という責任感によって、人がいないこの場所にいる間にロールプレイを練習しようと考えたのだ。元々ユグドラシルではギルド『アインズ・ウール・ゴウン』のギルド長として、侵入者を迎え撃つ時は魔王を意識したロールプレイをしていた。リアルでも営業マンをしていたのも相まって演技をすることには慣れている。とは言っても、それは見た目とのイメージから乖離しない範疇のものに限られる。男である彼が女らしい挙動と言動で振る舞うなんてどう考えてもオカマだし気持ち悪い。いくら見た目が女になっていても、なかなか心理的に割り切れるものでは無いだろう。いきなり人前でやるとなると絶対に恥ずかしい。だからこそ、慣れて羞恥心を取り除くために、この練習は人のいない場所で、時間をかけて行う必要があるのだ。
ロールプレイの練習をしながら森林を散策していると、少し先にある木々と草むらの隙間にゴブリンが複数体いるのが見えた。ついに敵との初エンカウントだ。
緊張した面持ちで木陰に身を潜めつつ、<
(レベルはまちまちだけど、全員1桁………!?ステータスは低すぎてほとんど感知出来ないな。)
彼女は拍子抜けして逆に驚く。ハッキリ言って、相手にもならないザコ同然だ。このステータスが偽装でなければコイツらは正面から殴りに行っても問題は無いだろうが、今は実験したいこともある。ユグドラシル時代には無かったような想定外の事態が起こることを防ぐためにも確認は必要だろう。彼女は<
(特に気づかれる様子は無い…不可知化を看破する能力は無いみたいだ。)
再び少し距離を取ったあと、アイテムボックスに手を入れて、黒い刀身の剣を取り出す。戦士職を持たず、取るつもりも無かったが、課金ガチャを回している過程で出た
彼女は剣を構え、試しに振ってみようとしたところ────────
手から剣が滑り落ちた。
ドスリと鈍い音と共に剣が草むらに落ちる。
(……やっぱり、ユグドラシルの職業システムは生きてるみたいだな。)
彼女は自分の両手のひらを見つめ、手を握ったり開いたりする。しっかりと握っていたはずなのに、武器として扱おうとすると手をすり抜けるように落としてしまうのだ。戦士系の職業を取っていないことで、剣を振るうことが出来ないのだろう。ゲーム内ならともかく、リアルな世界でこの現象が起きるのは何とも気持ち悪い感覚になるのだが、魔法なんていう超常現象が存在している時点で今更だよなぁとも考えて苦笑する。
(とは言っても、剣で倒してレベルアップしないと戦士職が取れないんだよなぁ…素手で殴ると別の職業になりそうだし…まぁそれもいずれは取りたいけど。どうしたものか……。)
この世界では職業取得の仕組みがユグドラシルとは少し異なり、適切な装備を使った上で敵を倒して経験値を得る必要がある。これが共通事項なのか現地民とプレイヤーのハーフのような存在である彼女特有の物なのかは分からない。だが、こちらでの魔法の使い方を自動的に理解していたように、その辺のシステムも直感的に何となく理解していたのだ。
(そうだ!)
彼女はふと思い立ち、落とした剣をアイテムボックスに片付けて、代わりに別の武器を取り出す。杖とも剣ともつかない変わった形状の武器だ。この武器はレア度も能力値も低い性能だけならゴミ同然のアイテムではあるが、武器の種類が‘’杖‘’と‘’剣‘’の両方で登録されている。そのため、これを使えば魔法詠唱者でも戦士職を取れるのではないかと考えたのだ。ユグドラシルでは特に必要のないものだったが、珍しい武器だったためコレクションとして保管していた。
「俺の収集癖に感謝だな…じゃなかった、こっちでは‘’私‘’って言う癖を付けないと…。」
改めて武器を構え、軽く試し斬りをする。今度は滑り落ちることなく、刀身がブォンと風を切る音が聞こえ、前方の草むらが風圧でざわめく。
「よし!これなら行ける!」
彼女は嬉しそうな笑顔を作りながら、内心でガッツポーズを決める。準備が完了したならさっそくレベリング開始だ。今の彼女は1レベルになっているため、レベルアップに必要な経験値も少なく、この程度の相手でもすぐにレベルを上げられるはずだ。本当に戦士職が取れるかどうかは不明だが、攻略Wikiもなく確認もできない以上、何事もやって見なくては始まらない。
彼女は<上位物理無効Ⅲ><上位魔法無効Ⅲ>等のパッシブスキルを起動する。以前は常にオンにしていたが、この体に移った際にオフになっていたようなのでここで忘れずオンにしておく。こういったスキルの類は種族特性のものも含めて効果が薄まったりはせず、魔法同様にそのまま引き継がれているようだ。
そして、一体のゴブリンに近づき、袈裟斬りの要領で斬りかかった。
「ガアアアアア!」
斬られたゴブリンは一刀で骨ごと真っ二つになり、叫び声と血肉を散らしながら地面に転がった。剣の素材の質が悪いからか少しばかり抵抗があったが、彼女のステータスによる腕力をもってすれば紙のように簡単に斬ることが出来た。
(うげ……ゲームとは違って実際に命を奪ってるっていう実感がすごいなぁ……でも、この世界で生きていくためには必要なことだから、頑張って慣れないと……。)
しかし、なかなかのスプラッタな光景に、自分でやっておいて少し気分が悪くなる。同時に、攻撃を加えたことで<
「ナンダ!?」
「ニンゲン!テキ!」
目の前の仲間が突然真っ二つになり、現れた人間の姿にゴブリンたちはパニックになる。こちらの世界のゴブリンはどうやら人語を話せるようだ。統率も戦略も何も無く、それぞれが慌てて臨戦態勢を取り、武器を持ってバタバタと襲いかかってくる。
彼女は何もせず、その攻撃を無防備に受け入れる。ゴブリンたちは木の棍棒を振りかぶり、槍のような武器で刺したりしてくるのだが、彼女に触れた途端に何かに弾かれるように武器が跳ね返っていく。
(ふむ…無効スキルはちゃんと機能してるみたいだな。60レベルくらいまでの敵の攻撃を無効化するスキルだから、レベル一桁のゴブリンじゃあまり検証にはならないかもだけど。)
自分たちの攻撃が全く通らないどころか、表情ひとつ変えずに棒立ちで攻撃の様子を眺めている人間の姿を見て、ゴブリンたちはその異常性にようやく気づき、攻撃をやめて後ずさりを始める。
「コウゲキ、キカナイ!?」
「タダノニンゲン、チガウ!」
とりあえず、こいつらでの検証はこのくらいでいいだろう。彼女はこちらを警戒するゴブリンたちに向き直り、改めて武器を構える。ゴブリンたちはビクリと身体を震わせる。
「それじゃあ…君たちには悪いんだけど、私の剣の練習台兼経験値になってもらう…からね。」
まだこの言葉遣いは慣れないなぁ…と気恥ずかしさを覚えつつ、彼女はゴブリンたちに突撃して行った。
◆
あれから幾分かの時間が流れ、すっかり夜も更けて森の中は漆黒の闇に包まれている。彼女は一人森の中、大木の根元に座り込んでぼんやりと当たりを見回している。本来ならモンスターに襲われそうな危険極まりない状況だが、ここまで森の中を探索してきてこの辺りに脅威になりそうな者が居ないことは確認している。
ユグドラシル時代であればアンデッドの種族特性である
指には新たに睡眠無効の効果を持つ指輪が一つ増え、合計3つ装着されている。以前の骸骨のアバターであれば、このような宝石の付いた指輪をたくさん付けていても違和感はなかった──むしろ魔王ぽくてカッコイイと思っていた──のだが、今の普通の人間の姿だとどうしても成金感が出てしまって印象が悪い。そういった見た目の事情もあってあまり指輪を増やしたくはないのだが、現状はやむを得ないだろう。
今日の成果は上々だった。結論としては、レベルアップによる戦士職の習得は問題なく行われた。この世界では職業をハッキリ可視化して確認できないのが難点だが、おそらく基本となる<
これによりようやく普通の武器が装備できるようになったため、先程の黒剣に持ち替えて本格的にレベリングを開始した。森の外側はレベル一桁の敵しかいなかったが、少し奥に入っていくと、レベル10以上のモンスターも増えてきたため──それでも雑魚以下だが──サクサクと経験値を貯めることが出来た。
その過程で分かったことがある。この世界でもユグドラシルと同じように職業にレベルがあり、技量がそのレベルに大きく影響を受けるという点だ。ある程度は練習だけでも上達するが、レベルアップにより職業レベルが上昇すると、今までの練習は何だったのかと言わんばかりに嘘のように技術力が向上するのだ。ユグドラシルのシステムと現実世界のリアルな感覚が混ざりあった何とも奇妙な仕組みだが、ここではそういうものだと慣れるしかないだろう。そもそも何故この世界にユグドラシルのシステムが中途半端に存在しているのか疑問は尽きないが、それは今考えていても仕方がない。
彼女は振り返りながら溜息をつく。
今日は怒涛の1日だった。ユグドラシルのサービスが終了したかと思いきや、まさかの異世界転移。それだけでも驚きなのに、性別すらも変わって金髪碧眼の西洋美人とも言える女性になってしまった。これでパニックにならない方がおかしいのだが、おそらくアンデッドの種族特性である精神作用無効が機能していたために何とか冷静さを保てていたのだろう。とは言っても、人間と混ざったことで無効から軽減程度に弱体化しているとは思うのだが。
この世界で生き抜くために必死で情報を集めて行動していたために考える暇もなかったが、落ち着いて冷静になってくると寂しさも徐々に込み上げてきてしまう。
(そうか……俺、本当の意味で一人ぼっちになっちゃったんだな……。)
元の世界でも家族も恋人も友人もおらず、残っているのは仕事上の表面的な付き合いくらいだった。かつて栄光を極めたギルドの仲間たちも皆去ってしまっていた。だけど、最終日に呼びかけに応じて何人かは顔を出してくれたように、それでも人と人とのうっすらとした繋がり程度は感じられていたのだ。
それすらも、もはや絶ち消えてしまった。
ギルドメンバーの誰かが自分と同様にこちらに転移してきているのではないか?という可能性も考えないではない。だけど、転移する条件がユグドラシルにログインした状態でサービス終了を迎える事だった場合、その可能性はもはや皆無だろう。籍が残っていたメンバーも、全員がオフライン状態だったのは確認している。
では、アカウントを消して籍の残っていないメンバーは?サービス終了日にアカウントを作り直して戻ってきたけど、ギルドのある場所までたどり着けなかった可能性はないか?考えを一蹴する。それこそ希望的観測だろう。そうする意思があったのなら、皆ベテランプレイヤーだったのだからそうなる事は分かっているはずだ。何の連絡もないなんて有り得ないじゃないか。
(ダメだな。暗いところでぼんやりしてたら、どんどん悪い方向に思考が偏ってしまう。──気分転換しよう。)
頭を振ってネガティブな思考を振り払いつつ立ち上がる。彼女はふと思い立ち、気分を変えるために<
木々をぬけ、森の外へと飛び出してどんどん高度を上げる。200mほど上がったところで停止し、暗視魔法を解除する。
「────すごい。」
思わず溜息混じりに言葉が漏れる。彼女の目に飛び込んできた景色は、絶景の一言だった。黒い空には絨毯のようにぎっしりと星々が敷き詰められ、大小様々な光を発し燦然と輝いている。
眼下には星灯りによって照らし出された広大な森林が広がっている。平原は遥か彼方に見えているため、かなり奥までやって来ていたようだ。
「本当に綺麗────。」
彼女は興奮を抑えきれず、口元が緩んで笑い声が零れてしまう。元いた場所では巨大企業の容赦ない生産活動による大気汚染で空気は白く濁り、こんな美しい星空はおろか、太陽や月でさえもマトモに見たことは無かった。
ユグドラシル時代にも似た景色を見られる所はあった。ナザリック地下大墳墓内にも、ギルドメンバーであるブルー・プラネットが手塩を掛けて制作した大森林エリアが存在したのだ。彼は心の底から自然を愛する人物だった。あの腐り果てた星にかつて存在した大自然を再現するために、彼は全身全霊を注ぎ込んでいた。しかし、それも結局ゲーム内のデータでしかない。グラフィックの限界やギルド内で使えるデータ量の制約等の障壁に阻まれ、どうしても妥協せざるを得ない部分もあったのだ。
だけど今、彼女の目に映る光景は違う。正真正銘、本物の大自然。本物の星空であり、本物の森林なのだ。
彼女は星の絨毯に向かって手を伸ばす。手を伸ばせば届きそうな距離にある星空を掴むような仕草を、雰囲気に飲まれてついやってみたくなってしまった。ペロロンチーノから聞いたことのあるアニメのヒロインみたいな行動をしてしまった自分に少し恥ずかしくなり、本当に心まで女になりつつあるのかもしれないな──と苦笑する。
「…なんだかこうしていると、些細な悩みなんてちっぽけに感じてくるな。」
彼女は心を決める。
そうだ、何を悩むようなことがあるのだろうか。今いるこの森林も、そこに住まうモンスターも、この先出会うであろう人々も、全てが未知の体験。分からないことだらけだ。元いた世界は言わずもがな、ユグドラシルの仮想空間でも味わえない、モモンガが憧れ続けてきた本物の未知への探求を実現できる可能性が今ここにあるのだ。こんな所で寂しさに腐っていても何も始まらない。せっかくの異世界、楽しまなきゃ勿体ないじゃないか。
まだまだ体力には問題は無い。夜の間だって夜行性のモンスターが徘徊しており、相手には事欠かないはずだ。早くレベリングと実験や確認を納得行くまで済ませて、脅威になる者がいなければ人の住んでいるエリアへ行こう。元いた所は面倒事に巻き込まれそうなのでなるべく離れる方向に移動して、その先で街を見つけられたら、そこを拠点にしよう。
彼女は両手で頬を挟むように叩いて気合を入れ、「よし!」と呟く。再び森の中に降り立つと、暗闇の中へと駆けて行った。
レベルアップシステムはユグドラシルでは『レベルアップ時に職業を選択して取得する』、異世界の現地民では『適切な訓練を積み、極限状態に達した時に何となく成長を実感する』という違いがあるが、モモ×ツアレはプレイヤーと現地民が混じっているため『適切な系統の装備で殴ってレベルアップすれば取れる』あたりに変わってる感じ。
上位職や習得条件の細かい変化とかはやり出すとキリがない上に矛盾が発生してキャラを動かしづらくなりそうなので、あまり考慮しない方針で……原作でもその辺わりと曖昧な所もあるし大丈夫っしょ(適当)
アンデッドと人間のハーフみたいな状態になっているため、原作のように人間への同族意識が完全に消えたりしない。同様の理由でグロい光景等への耐性も鈴木悟の頃より高まっているが、完全では無い。
種族的な特殊能力は半減し、精神抑制は中途半端に働く。抑制自体は働くが、完全にゼロにならないイメージ。
飲食、睡眠不要の特性も薄まることで通常の人間よりは遅いものの空腹になるし、眠くもなる。ゆえに無効化の指輪が必須になる。
毒等のその他状態異常も無効ではなく耐性有に変化。(この設定が使われるかは謎)
絶望のオーラ等のスキル関係は普通に引き継がれている。