モモンガがツアレに憑依する話(仮)   作:佐倉ハル

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03.初めてのコミュニケーション

 

 

 

 

あれから、何日が経っただろうか。

 

 

モモンガは順調に戦士職のレベリングを続けていた。<戦士(ファイター)>から上位職の取得条件が分からなかったのでとりあえず基本のレベルを伸ばそうとしていたのだが、気がついたら<ガーディアン>の職業もおさめていた。強敵の存在に備えて防御の訓練も行っていたからだろうか。良くは分からないが、基本職のみよりはマシだろう。

 

その後は武器を仕舞い、シンプルなガントレットのみを装着した素手で敵を殴り続け、<修行僧(モンク)>の職業も数レベル獲得した。現在のステータスを確認したところ、レベルが15になっており、能力値は攻撃と防御を中心に転移直後よりも明確に上昇しているのが確認できた。

しかし────なんとなく予想はしていたが、数日間ひたすら敵を倒し続けても15レベルしか上げられないのはキツい。ユグドラシルでは90レベルくらいまでは簡単に上がっていく仕様になっていたため、こちらの世界では格段にレベリングがしづらくなっているようだ。敵もどこまで行ってもせいぜい10レベル程度の雑魚ばかりで、経験値効率も悪い。だが目的は追加で戦士職を取って武器を使えるようにすることで戦闘の幅を広げることであり、あくまでもメインはこれまでにユグドラシルで築き上げてきた100レベルの魔法職だ。レベリングはこれくらいで十分だろう。

 

魔法に関してはこれまで通り使えることは分かっている。あの場所から脱出した時、さらにレベリングの最中にも実験を挟んでいた。基本的にはユグドラシルと同じ効果であることが多かったが、大きく変わっていたものもある。その代表的なものがアンデッド作成だ。正確には魔法ではなくスキルなので魔力は消費せず、1日の使用回数にも上限があるのだが。

 

これは生物の死体を媒介にしてアンデッドを作成する能力だが、ユグドラシルではちょこっとのエフェクトとともに一瞬でアンデッドが生まれていたのに対し、こちらでは紫色の粘体が死体を覆い、乗り移るようにアンデッド化するのだ。この予想外のグロテスクな演出にはさすがにドン引きして顔が引きつってしまった。

 

さらには敵を攻撃するように命じると当たり前のように術者から離れていってしまう点、時間制限が無くなりこちらが直接戻さない限りずっと居続ける点も大きな変化だ。特に後者は何かに使えそうな便利な変異点ではあるのだが、ギルド拠点ごと転移していたならともかく、たった一人で転移してきてしまっている以上、余計に作成したところで邪魔にしかならないだろう。ゆえにまだ使い道は見つかっていない。

 

以上がここまでの経緯だ。

 

 

 

 

 

 

「やっぱり、試しておかないとだよね…。」

 

 

そろそろ人里を探し始めようかと思うのだが、最後に一つだけ、試しておきたい魔法がある。

 

 

始原の魔法(ワイルド・マジック)

 

 

ユグドラシルには存在しなかった特殊な魔法群。使い方も理解しているが、魔力の流し方が位階魔法とは全く異なっている。位階魔法しか知らなかったモモンガにとっては全くの未知の魔法だ。ワールドアイテムを使用してこの世界の魔法を全て習得した際に、これらの情報も一緒に入ってきていた。気になってはいたのだが、使用時にMPではなくHPをかなり消費して発動する点が異なっている。しかもこの消費は単なるダメージでの現象とは違い、一時的にHP上限が減少する(・・・・・・・・・・・・・)のだ。生命力を消費すると言った方が表現としては適切だろうか。時間経過で徐々に回復はするらしいが、当然それゆえに回復魔法や薬は効果がない。レベリングの最中に試すのは危険があると判断し、後回しにしていたのだ。ユグドラシルの一部の魔法のように行使するのに必要な条件というのは特に無さそうなので、使おうと思えばすぐに使うことはできる。さらに、この魔法の威力は吸収したHPの量に依存するようだ。この世界の基準が分からないので何とも言えないが、仮に彼女のHPがこの世界基準においても膨大なものであったとするならば──そう考えると、現時点ではあまり目立たずに行動したかった彼女にとっては安易に試すのにはリスクが大きすぎたのだ。

 

 

転移魔法で一旦とある平原のド真ん中の上空に移動する。先程いた場所からは遥か遠方に見えていた平原で、あたりに人の存在は確認されなかった。アンデッドが所々に発生している程度なので、実験をするにはうってつけの場所だ。

 

 

モモンガが選択したのは『超新星(スーパー・ノヴァ)』。HPを約50%ほど消費することで発動する。位階魔法にも第9位階に<朱の新星(ヴァーミリオン・ノヴァ)>が存在しているが、こちらは魔法の系統が全く異なっている以上、名前が似ているだけの別物だと考えた方が良いだろう。これのさらに上位の魔法として『爆発する宇宙(ビッグ・バン)』なるものがあるが、こちらはHPを90%も消費するとんでもない代物だ。さすがに一撃で瀕死の状態にまで持っていかれる魔法は危険すぎる。試すのは下位の方の魔法で十分だろう。

 

遮るもののない上空は風が強く吹き、長い髪が激しく靡いている。彼女は意識を体の中に集中させ、ゆっくりと手を前に出し、魔法名を詠唱する。

 

 

 

 

超新星(スーパー・ノヴァ)

 

 

 

 

すると、空から光の玉のようなものが光の線を残しながら猛スピードで降ってきて、少し前方の平原へと落下する。

 

 

刹那────────着弾点から発せられた閃光とともに激しい爆発音が響き、彼女の視界は真っ白になった。

 

 

「──!?」

 

 

彼女は咄嗟に防御魔法を展開しつつ、転移魔法でその場を離れて様子を伺う。

 

着弾点を起点に巨大な火球が形成され、放射状に衝撃波と土煙が凄まじいスピードで広がっていく。離れた所に移動した彼女の元にも衝撃波が届き、爆風に吹き飛ばされないように体を縮めつつ耐える。

 

風が収まったのを感じ、顔を上げて再び爆心地に目を見やる。火球は消えていたが、その代わりに黒煙が遥か上空へと立ち上り、高さ数kmにも及ぶ巨大なキノコ雲が形成されていた。雲の上部では何らかの化学反応が起きているのか、雲を取り巻くようにあちこちで稲妻が発生しており、彼女の耳にも雷鳴が轟いているのが聞こえてくる。

 

 

 

「────ヤバい。」

 

 

 

しばらくの間放心状態でその光景を眺めていたが、本能的な危機感を覚え背筋が寒くなる。彼女はこういった光景には、全く同じでは無いものの見覚えがあった。元の世界にかつて存在していたと言われる“核爆弾”というものだ。巨大企業による支配社会が形成される以前は、人々は国家の集合体を作り、時には国同士で戦争も行っていた。その過程において、国家の権威を示し相手国を牽制するために、人類が叡智を結集させて開発した究極の大量破壊兵器がある。それが“核爆弾”。鈴木悟のいた時代ではあまりにも危険すぎるからと開発は既に行われてはいない──という事になっていた──が、それでもネット上には当時の写真やイメージ画像が残っており、それを彼も見たことがあったのだ。確か日本でも200年以上前に2度それによる攻撃を受け、その爆発だけで数十万人規模の犠牲者が出たと聞く。

 

 

そんな核爆弾クラスの攻撃魔法を自分が使えてしまったという点にも手が震える思いではあるのだが、問題はそこでは無い。この『始原の魔法(ワイルド・マジック)』はユグドラシルにはない、おそらくこの世界固有の魔法だ。HPを大量に消失するため戦闘中に発動するには不向きだろう。だけど、彼女の知っているユグドラシルの第10位階魔法や超位魔法ですら霞んで見えるほどに、その破壊力は凄まじいものだ。そして、それがあると言うことは、

 

 

()()()()使()()()()()()()()()()()()()()()()()()という証明でもあるのだ。

 

 

「これは………確実に脅威になるよね………。警戒しなきゃいけないな。」

 

 

彼女の中でのまだ見ぬ強者への警戒度が数段階引き上げられる。だが自分はまだ幸運な方なのだろう。転移前にたまたま手に入れたワールドアイテムのおかげで『始原の魔法(ワイルド・マジック)』を習得してしまい、結果的にその未知の強者に対抗できる手段を得たのだから。加えて現地の人間と混ざり合ったことで、100レベルのステータスからさらに自分を強化できるようになったというオマケ付きで。もし仮に位階魔法しか使えず成長も出来ない元の100レベルのプレイヤーでしかなかったら、この強大な魔法を前になすすべもなく滅ぼされていただろう。これは大きなアドバンテージだ。しかし、この魔法は発動することで大きなハンデを背負うことになるリスクが伴う。あくまでも最後の手段として、いざというその時まで自分が使えるということは隠しておくべきだろう。

 

兎にも角にも、魔法の実験もこれで多方は完了だ。さぁ、ようやくこれからは人里を探して接触だ──と言いたいところだが、その前に問題がひとつ発生してしまっている。

 

 

「これ、どうしよう………。」

 

 

モモンガは頭を抱える。魔法による爆発が収まった後の現場に戻ると、そこには直径数百mものクレーターが形成され、そこから周囲1~2kmほどが完全に焼け野原と化してしまっており、あちこちから炎が上がっていた。

 

この惨状はあまりにも目立ちすぎる。あれほどの爆発があったならば被害がなくとも遠方にいる誰かしらが既に気づいているだろう。証拠隠滅を図りたかったが、<大地の大波(アース・サージ)>などの地形操作魔法は森祭司(ドルイド)の職業を高レベルで修めていないと行使することが出来ない。

 

──実は超位魔法の<天地改変(ザ・クリエイション)>を使えば可能だったりするのだが、ユグドラシルではフィールドエフェクトの変更が出来る魔法であり、こちらでそういう仕様に変わっているなど、まだ試していない彼女には知る由もなかった。

 

 

「………さっさと逃げよう、うん。」

 

 

現場を離れてしまえばさすがに自分がやったと疑われることもないだろう。そう、誰のせいでもない。たまたまここに隕石が落ちてきただけなんだ。ただの自然現象なんだ。私は何もやっていない。私はただのヒヨワナオンナノコ。

 

 

彼女は転移魔法を発動し、そそくさと森林の奥地へと遁走(とんそう)した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

彼女は今、とある亜人と対峙している。

 

 

「人間、こんな所で何をしている!?」

 

「何を…と言われても、森の中を散策しているとしか…。」

 

 

森の中を移動していた際に鉢合わせたこの亜人は、トロールという種に属する人間に比較的近い種族で、身長が3m近くに達するという巨体を持っている特徴がある。トロール自体は既に何度か遭遇していたのだが、コイツは少し様相が異なっている。他のトロールに比べて一回りほど大型で体つきもより強靭、さらには簡易的ではあるが防具などの装備を身につけている。手に持っている液体の滴る巨大な剣はマジックアイテムだろうか。レベルもほかのモンスターより高く、30程度ある。間違いなくこの辺りのモンスターの中では突出して強い個体だ。見てくれから判断するなら、戦闘特化のトロール──ウォートロールといったところか。

 

このトロールの上位種と思しき存在は、彼女が今まで遭遇してきた生物の中でもとりわけ流暢に言葉を話している。他の似たような種族であるゴブリンやオーガなどは既に出会ってきた。彼らもみな一様に人語を話すのだが、単語レベルの言葉しか発せない上にあまりにも知性が低くマトモに会話にもならなかった。もしかしたらこの世界に来てから、ちゃんと会話ができる生物1号との初の遭遇になるのかもしれない。何かしら有意義な情報を持っている可能性もあるので、会話を試みてみるのもいいだろう。

 

 

「では、あなたは何をしているの?」

 

「狩りに決まっているだろう!ここは俺の縄張だ!さっきの爆発でこっちにエサが逃げてきているからな!」

 

「え゛…ば、爆発って……。」

 

「そうだ!そしてお前もそのエサの内の一匹だ!」

 

 

かなり離れた森の奥にまで来たはずだったのだが、ここにまでその余波が及んでいたらしい。この有様だと、やっぱりもう人間には気づかれているんだろうなと彼女は内心で冷や汗を流す。もしかしたら顔にも少し出ていたかもしれない。

しかしこのウォートロール、やたらと好戦的で、話しぶりからしてこちらを食料としか見ていない。やはり所詮はトロール……多少会話が出来たとしても、結局知性はその程度なのだろうか。彼女の反応を自身に対する怯えだと受け取ったのか、奴はますます勢いづいていく。

 

 

「私を食べる、と?」

 

「人間のメスはオスよりも脂が多くてウマいからな!今ここで殺して食ってやる!最後にお前の名前をこの強き者である“グ”に名乗ることを許してやろう!」

 

「────アインズ・ウール・ゴウンです。」

 

 

彼女はふっと頭に思いついた自分のギルド名を口にする。一瞬何を言っているのか理解できずフリーズしかけたが、たぶん“グ”と言うのがコイツの名前なのだろう。名前を聞かれたが、彼女に乗り移っている状態になっているモモンガは彼女の名前を知らない。この子の名前を知る──ことが出来るのかは分からないが──までは、偽名を使う必要がある。ある程度この世界に慣れるまでは人間との接触を避ける方向で動いていたため、今の今まで名乗る場面に出くわさなかったから、特に名前を決めていなかったのだ。

 

鈴木悟は元の姿の本名だけど今は女性の姿だし、ユグドラシルのユーザー名であるモモンガは動物感が強く、リアルな人物名として名乗るには少々キュートすぎる。消去法的にこの名前になってしまった。将来的に仲間探しをするのであればこのままギルド名を名前として名乗る方が色々と都合がいいのかも知れないが、前のアンデッドのアバターならともかく、今の姿にはちょっと似合わないかもしれない。今後は落とし所を検討する必要があるだろう。

 

 

「ふぁふぁふぁ!やはりそうか!俺のように強き者の名前では無い、臆病者らしい情けない名前だ!」

 

「──は?情けない、だと…!?────、どうして、そう、思うの…?」

 

 

グが発した嘲笑の言葉に、彼女は瞬間的に頭が熱くなる感覚を覚える。すぐに抑制により興奮は収まってくるが、それでも消えることの無い怒りが渦巻いている。別にコイツの言った言葉は彼女の思うようなものでは無い。ただ単に何かグの中に基準があり、それを満たさないために名前を嗤っただけなのだろう。だけど、そんなことは些細な問題でしかない。アインズ・ウール・ゴウンを馬鹿にされた。コイツは鈴木悟が、モモンガが、他の何よりも優先して守り抜いてきた大切な場所を、その名前を、情けない名前だと嘲笑ったのだ。それは彼女にとって、決して許されざる大罪だった。

 

 

「短い名前こそが強き者の名前!お前のような長い名前は弱い者の名前だからだ!」

 

 

控えめに言って意味が分からなかった。名前が長いから、短いから、だから何だと言うのか。確かに名前によって強そうに見えたりすることもあるだろうが、結局は外見上のものでしか無く、実際の強さとは何の関係もないからだ。この世界の人間の持つ常識はまだ分からないが、少なくとも彼女とは根本的に感性が異なりすぎている。ここは無理に理解しようとせず、コイツはそういう基準で喋っているんだと把握するしかない。そもそも理解した所で無意味だ。

 

 

「…私は無益な殺生は好まないんだけど、どうしても見逃しては貰えないの?」

 

 

彼女は努めて冷静に振る舞い、対話を試みる。本当は今すぐにでも手を出したい気分なのだが、衝動的に無計画な行動に走るクセが付いてしまうと、今後それがリスクとして付きまとう事になってしまう。今のうちにこういった感情のコントロールも訓練しておく必要があるだろう。それに、ちゃんと対話のできる人間以外の生物というのはそれなりにレアな存在だとも言える。レアな物を好むコレクターとしての感情が、コイツを殺してしまうのは惜しいと訴えているのも理由の一つだ。

 

 

「だめだ!お前はここで俺に殺されて食われるんだ!」

 

「狩りを手伝うと言ってもダメ?」

 

「だめだ!狩ったエサと一緒にお前も食ってやる!」

 

「はぁ……。」

 

 

モモンガは全く聞く耳を持たない目の前のデカブツを前に、期待外れの溜息を隠さずにはいられなかった。コイツの中でモモンガを殺すのは確定らしい。せっかくレア物だから残しておこうと思ったのに、残念だ。転移魔法でこの場を離れれば一応は逃げられるのだろうが、この流れで背を見せて逃げるのはどう考えても負けを認めて敗走するのと同義だ。そうすればコイツはさらに“彼女”を、そしてアインズ・ウール・ゴウンを弱者だと嗤うだろう。鈴木悟やモモンガがバカにされるのは別に構わない。自分のあずかり知らぬ所で勝手に言われているのも別に良い。でも知ってしまった場合は別だ。取るに足らない雑魚が相手であろうと、自身のプライドがそれだけは絶対にダメだと許さなかった。

 

 

「どうしても…戦わないとダメなんだね。分かった。じゃあ先手はあなたに譲ってあげるから、どこからでも掛かってきていいよ。」

 

 

彼女は武器も持たず、棒立ちのまま片手で“お先にどうぞ”と言わんばかりのジェスチャーをする。

 

 

「ふぁふぁふぁ!俺に先に攻撃させるとはバカな人間だ!さっさと殺して頭からバリバリと食ってやるぞ!」

 

 

グは彼女の余裕ぶった行為を嘲笑う。短い名前を持つ強者であるグが、長い名前の弱者である人間を殺すことなど造作もないからだ。それなのに、その力の差を見極められず、この人間はあろう事か先に攻撃してもいいとまでほざいている。本当に愚かな行為だ。そんなに死に急ぎたいなら、望むとおりにしてやろう──と、グは意気揚々と彼女の元へと近寄り、大剣を振り上げて斬り掛かった。

 

 

──が、彼女はそれを涼しい表情でヒラリと躱してみせた。グは避けられた事に一瞬戸惑ったのか動きを停めたが、すぐに気を取り直して攻撃を再開する。その後も何度も立て続けにグの攻撃が飛んでくるが、彼女は一度もそれを受けることなく、優雅に避け続けていく。

 

 

(遅いなぁ…本当に遅い。戦士職を取った影響で機動力も増強されているのかも知れないな。)

 

 

自身の攻撃が全く当たらない事に、グにも若干の焦りが見え始める。後半になるにつれて手加減をやめたのか剣を振る速度が上がってきたようにも感じるのだが、それでも彼女にとってはドングリの背比べですらない。止まっているのも同じだった。

 

 

「くそぉ!ちょこまかと鬱陶しいヤツめ!大人しく俺に食われていれば良いというものを!」

 

 

グが明らかに苛立った様子を見せている。

 

 

「そう?じゃあ、今からは避けるのは止めてあげる。私はここから動かないから。さぁ、どうぞ。」

 

 

彼女は立ち止まり、笑みを薄く浮かべながらグに手で合図する。

 

 

「舐めやがってぇぇ!今度こそ殺してやる!死ねぇぇ!!」

 

 

彼女の舐めたような態度が気に食わなかったのか、グの怒りは最高潮に達する。怒りに身を任せた全力の横凪の一刀が、彼女に襲いかかった。

 

 

──しかし、彼女を殺すことは叶わなかった。

 

 

グが振るった剣は、彼女の片手の指で摘むだけの動作でいとも容易く止められてしまったからだ。彼女は一切表情を変えることなく、宣言通りその場から一歩も動いていない。

 

 

「──!?」

 

 

予想外の展開に、知性に乏しいグの頭脳ではすぐに状況を理解することが出来なかった。気を取り直して剣を引こうとするも、彼女に摘まれた剣は微動だにしない。右へ、左へ、上へ、下へ、前へ、後ろへ、どれだけ力を込めて動かしても、一寸たりとも動かすことが出来なかった。ここにきてようやく、流石のグも本能的な恐怖を覚え、剣を諦めて手を離し、一気に数m後ずさる。

 

 

「な……なんだお前!い、一体何をした!?何で俺の剣が動かない!?」

 

「あなたの攻撃を止めているだけだよ?こう、指で摘んでね。」

 

 

彼女は空いているもう片方の手で、指を動かして状況を再現してみせる。放棄された剣の向きを変えてグリップを持ち直すと、剣がジワジワと小さくなり、彼女が持つのに丁度いいサイズへと変化する。やはり魔化が施されたマジックアイテムのようだ。刀身からは常に紫色の毒液が滴り落ちているが、<上位道具鑑定(オール・アプレイザル・マジックアイテム)>で確認した所、格下の相手の動きを鈍らせる程度のあまりにも微妙すぎる能力だと判明した。正直言って邪魔なだけだ。

 

 

「う、うそだ!人間ごときがそんな事出来るわけがないだろう!」

 

「嘘じゃないんだけどなぁ…。」

 

上位付与魔法破壊(グレーター・ブレイクエンチャント)

 

 

とりあえずこの剣に付与されている魔法を消しておく。魔化を解除すると邪魔な毒液は止まるものの、同時に剣のサイズも変わらなくなってしまうが、コイツに返してやる義理はないから問題は無いだろう。彼女はグに向かって歩き出す。すると、グはそれに合わせるように後ずさっていく。

 

 

「あれ?どうしたのかな?弱者である私が前に進んで、強者である”グ様”が下がっているように見えるんだけど?さっきまでの威勢はどこに行ったの?」

 

「お、お前なにものだ!たっ、ただの人間じゃない!」

 

 

グからは先程のような威勢は消え失せ、明らかに怯えた表情を見せている。今にも逃げ出しそうな雰囲気だ。

 

 

「ふふ……ようやく気づいたの?」

 

 

彼女は不敵な笑みを浮かべると、一瞬にしてその場から姿が掻き消える。

 

 

「!?…ウグアァァァァァ!!」

 

 

グが驚いて消えた人間を探そうとした瞬間、背中の肩の辺りに激痛が走り悲鳴をあげる。痛みのする方を見ると、そこにあったはずの自分の腕が根元から切り落とされ、地面に転がっていた。痛みに耐えながら背後を振り返ると、そこには先程消えた彼女が宙に浮いた状態で立っており、血に塗れた剣を持っていた。

 

 

「狩られる側なのはあなたの方だよ、グ・サ・マ?」

 

 

彼女はそう言うとニッコリと微笑んだ。グの頭の中は、既に恐怖の感情に支配され、何も考えることが出来なくなっていた。グの体の切られた部分がボコボコと盛り上がるように膨張し、腕の形を作るように再生し始める。

 

 

「へぇ…これがトロールの再生能力…やっぱりゲームと違ってリアルだとビジュアルがグロいなぁ…。おっと。」

 

「グアアアアア!」

 

 

彼女が再生の様子を観察していると、グがきびすを返して逃げ出そうとしたので、地面へ降り立って横なぎの一刀で両足を根元から切り飛ばす。再び森に響き渡る悲鳴。支えを失ったグの体はダルマ落としのように地面に落ち、そのままバランスを保てず転倒した。

 

 

「はぁ…30レベルだし、会話もできるから少しは期待したんだけど…やっぱり所詮はこの程度か…。」

 

 

彼女は呆れた口調でそうボヤきながら、グへと歩みを進める。グはまだ腕も再生しきっていないので、片腕だけではもはや地面を這って逃げることも出来ない。切られた足の付け根からも、同様に再生の兆候が見られ始める。

 

 

「ねぇグ様?私、試してみたいことがあるんだ。あなたの体って切り飛ばしたらすぐに再生するけど、これって魔法的な力で半永久的に可能なの?それとも、本体のエネルギーが枯渇したら終わり?もし前者だったら、無限に肉が取れる最高の食料生産機になると思うんだよね。」

 

 

彼女は剣を素振りしながら、グを見下ろして微笑む。

 

 

「ふふっ、楽しみだなぁ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

彼女はとぼとぼと森を歩きながら、一人頭を悩ませていた。

 

 

(俺、こんなに加虐心の強い性格だったっけ………?)

 

 

あのグとかいう生物を相手にしている時の彼女の心理状態は、かつての鈴木悟のものとは明らかに違っていた。恐怖に戦く(おのの)相手を甚振(いたぶ)って一方的に虐殺することに、少なからず快感を覚えていたのだ。無論、誰彼構わずこんな事をやろうだなんて考えてはいない。アイツがアインズ・ウール・ゴウンをバカにしてこちらの神経を逆撫でするような事をしなければ、ここまでの事にはならなかっただろう。それは間違いない。

 

結局あの後、彼女はグの両足を<火球(ファイアーボール)>で焼いて再生不能にしてから、再生する両腕を切り飛ばし続けた。結論としては、彼女が実験している間はずっと再生し続け、切り飛ばされた腕の山が出来上がっていた。要するに、前者である可能性が高いだろう。コイツの肉が美味ければ食料不足の解消にも役立つ画期的な事実だが、ビジュアルがキモいし不衛生で気が乗らなかったので結局試食はしなかった。まぁ試してみたかっただけだしね。その後で試しに首を切り飛ばしてみたのだが、残念ながら再生せずにそのまま死んでしまった。やはり再生には首とある程度の臓器が繋がっていて、最低限の生命維持が出来る必要があるのだろう。

 

ちなみに戦闘の後でレベルを確認した所、17になっていた。実際レベルだけで見たら2倍はある格上を倒したのだから、一気に上がるのも頷けるだろう。肝心の職業は、純粋に<戦士(ファイター)>がレベルアップしたのかと思いきや、まさかの<ダンサー>なるものを2レベル分取得していた。おそらく名前からして回避技術に特化した職業なのだろう。トドメを刺したのは剣によるものだが、最初にグの攻撃を避け続けたのが取得の要因になったのかもしれない。本当にこの世界の職業システムはよく分からない。こんなんじゃ、狙ったものを取得するビルドは不可能に近いだろう。やり直しも出来ないし。

 

 

(確かにSかMかで言われたら、S寄りなのかも知れないけどさ……。あっ!もしかして、カルマ値が自分の性格に影響を与えているとか?)

 

 

彼女の現在のカルマ値はおそらく-200だ。ユグドラシル時代のキャラクターは-500で最低値に設定していたのだが、こちらの世界に来た際におそらくカルマ値の高かった“彼女”と融合し、今の数値になっているのだろう。

 

 

(-200でコレなんだから、もし元の-500のままだったらどうなってたんだろうな……うわぁ、考えただけで恐ろしい。ともかく、これからは人間とも関わっていくんだから、安易に表に出さないように気をつけないとな。………いや本当に。)

 

 

先程の出来事を振り返っていく過程で、ふと、アイツの言っていた言葉のひとつが彼女の中で思い出される。

 

 

「そういえばあのウォートロール、私のことを『人間のメス』って言ったよね…。そっか…メス、メスかぁ……。」

 

 

メスと言われたということは、少なくとも第三者から見ても自分は女だと認識されているという事に他ならない。今まで会話出来る相手がいなかったため、そんな事を言われたのは初めてだった。歩きながら、自分の体を見下ろす。今は装備を着込んではいるが、胸部には確かに存在する2つの丘。彼女は改めて、自分が本当に女になってしまったんだという現実を実感してしまい、体がむず痒くなる感覚に襲われる。

 

 

「確かに声は女性そのものなんだけどさ。自分からは自分の姿が見えないから、今まであまり実感は沸かなかったんだけどなぁ……。」

 

 

彼女は自分の頬に両手を添え、フニフニと押さえるような仕草をしつつ、大きく溜息をついた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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