モモンガがツアレに憑依する話(仮)   作:佐倉ハル

7 / 15
07.運命の転換点

 

 

 

 

 

 

今、モモンの目の前には、頭部を失った全身鎧の男の死体が転がっている。切断面からは鮮血がとめどなく溢れ出し、草むらを赤く染め上げている。

 

彼女は握っていた拳を緩め、腕を持ち上げて自分の手のひらを見る。相当な力で握りしめていたのだろう。爪がくい込み装着していた薄手のグローブを貫通してしまっていたようで、手の平に横並びで4箇所に深めの傷が付いてしまっている。出血していて、じくじくと痛みが伝わってくる。それとは別に、自分のものでは無い血液と、赤黒い肉片のようなものも少し付着している。

 

目の前に転がる男よりもさらに奥に目を向ける。向かいに見える樹木の幹の表皮が一部何かがぶつかったように削れており、その下に本来はこの男の頭部に付いていたハズの兜が原型を留めないほどにひしゃげた状態で転がっている。その兜だった物の隙間から、内側に入っていた男の頭部を構成していたと思われる血肉や骨の一部が飛び散っている。

 

 

(──────あぁ、そっか…俺は…。)

 

 

モモンは自分のした事をようやく理解した。

 

 

エンリを嬲ろうとした男に怒りで我を忘れ、素手で男を殴り殺したのだ。

 

 

ちゃんと確認してはいないが、一目見た感じでこの鎧の男2人組のレベルはせいぜい10にも満たない程度。彼女の全力による打擲(ちょうちゃく)に男の肉体が耐えられるハズもなく、中身の頭部もろとも吹き飛ばされてしまったのだ。

 

種族特性による精神抑制が働いたのか、少し怒りが落ち着いてくる。だが抑制されても抑制されても、憤怒の感情が噴火している活火山の溶岩のようにとめどなく溢れ出して来る。

 

 

 

 

 

 

 

「────ひ、ひぃっ!?な、何をした!?お前ぇっ!!」

 

 

ここに来てもう1人の鎧男が状況を飲み込んでようやく我に返ったのか、強い怯えと焦りが入り交じった様子でモモンに剣を向けてくる。体が震えているようで、剣先がガタガタと揺れている。

モモンは鎧男の方へ視線を向ける。

 

 

「く、来るなぁ!き、来たら斬り殺すぞ!」

 

「──ふぅん?やれるもんなら是非どうぞ。」

 

 

彼女はへっぴり腰の牽制など意に介さず、嘲笑を交えつつ鎧男に向かって歩き出す。

 

 

「う、うわぁぁぁ!」

 

 

鎧男は情けない声を上げ、彼女に向かって剣を振りかぶった。だが、そんな攻撃が彼女に通じるはずもない。

 

彼女は胸元に迫る刀身を両手の指先で摘むように止める。そして、指先に少し力を入れ──────鎧男の持つ剣は、バキリと音を立ててへし折れてしまった。

 

支えを失った刀身がドサリと草むらに落ちる。

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

「あ……………あぁ……………。」

 

 

男は目の前で起こった信じ難い光景に戦意を喪失して絶望し、腰が抜けてその場にへたり込んでしまう。思わず「ばっ…化け物…。」という言葉が漏れてしまい、息を飲む。

 

 

「女に向かって化け物呼ばわりなんて、失礼じゃないですか?私はただの魔法詠唱者(マジック・キャスター)ですよ。」

 

 

青い軽装鎧で武装した女はそう言うと、口角を吊り上げ笑みを浮かべる。だが、男にはそれが悪魔の微笑みにしか見えなかった。彼女の言葉がまるで信用出来なかったからだ。

 

魔法詠唱者は当然ながら魔法に特化した者たちであり、基本的に戦士としての経験は積んでいない者がほとんどだ。魔法も武術も、極めるには途方もない鍛錬が必要になるからであり、どちらも身につけようとするとどうしても中途半端になり結果的に弱くなってしまうからだ。

 

それがどうだ、目の前の女は“自分は魔法詠唱者だ”などと(のたま)っている。信じられるわけがない。嘘をつくにしても、もう少し上手いやり方があるだろう。ただでさえ女は男に比べて非力な生き物。稀に例外は居るが、あまりにも少数派だ。それなのに────一応仲間であるあの男の首を素手による殴打で鎧ごと破壊し、決して脆くはない高価な素材で作られた剣を涼しい顔で片手でへし折る程の怪力を持つ人間が、魔法まで身につけているなど有り得るはずがない。あまりにも冗談じみている。

 

 

「信じられないんなら、今から実践してあげますね。────<風斬撃(エア・スラッシュ)>」

 

 

知らないうちに男は「嘘だ」などと声を漏らしていたらしい。女が男に手を向けつつ、魔法名を詠唱する。男は直後に全身に風圧がかかり────

 

 

地面へと仰向けに倒れ込んでいた。

 

 

男は何が起こったのか、理解できなかった。女に風系の魔法か何かで押し倒されたのだろうか?だとすると、女の言い分はハッタリなどではなく、本当に魔法が使えるということになってしまう。そんなこと、あるはずがない。

 

男は徐々にあの女に対する恐怖心が込み上げる。絶対に敵対してはいけない者を敵に回してしまった事を悟った時のような────いや、まだ何かのトリックである可能性は捨てきれない。奴から目を離すのは危険だ。早く体を起こさないと……。

 

男は腕と足を使って急いで体を起こそうとした。しかし、足に感覚がない。全く踏ん張りが効かず、上手く体を起こすことが出来ない。やむを得ず腕だけを使って体を起こし、足の方を見やる。

 

 

両足とも、膝から下が無くなっていた。

 

 

正確には膝から下の部位もある。だが、体から切り離され、地面に転がっていた。切断面からは赤黒い液体が流れ、草むらを赤く染めている。

 

 

「………う、うわあああああ!あああああああ!!!」

 

 

男はパニックになり、絶叫した。恐怖心が限界を超え、もはや冷静な思考ができる余地など残っていなかった。女が男に接近して胸元の鎧を掴んで仰向けに押し倒し、何やら問いかけてきているが、男はそれを理解できず、ただ叫び続けた。男の頭にあるのは、目の前にいる女の姿をした怪物への恐怖の感情。ただそれだけだった。

 

男──を含む兵士たち──は上からの指示で王国領の指定された地点にある村を滅ぼして回るという命を受けて実行していた。村人は基本的に戦闘能力を持っておらず、それなりに訓練を受けている男たちであれば殺すことなど児戯に等しい。それ以上の詳細な内容は聞かされていなかったが、報酬も結構な額が出ると聞き、割のいい仕事だと喜んで引き受けたのだ。

 

実際、最後のターゲットであるこの村まではとても簡単に事が進んでいた。ここも同じように順調に焼き払って滅ぼして、さっさと事を済ませて帰るつもりだった。それなのに。

 

 

 

こんな化け物がいるなんて話は聞いていなかった。

 

 

 

この女は冒険者なのかもしれない。冒険者は訓練がメインの兵士や騎士とは違ってモンスターとの命懸けの実戦経験を多く経ているため、下級であっても並の兵士より強い者が多い。だが、冒険者は基本的に組合のある都市部を拠点にしているため、こんな辺境の村に居ることはまず有り得ないとタカを括っていた。

 

有り得ないはず、だったんだ────

 

 

「チッ……これじゃ埒が明かないな。<支配(ドミネイト)>」

 

 

男の恐怖心が霧散する。そしてもう二度と、思考することはなかった。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

「エンリ!大丈夫!?」

 

 

モモンは急いで横たわるエンリの元へと駆け寄る。地面に這いつくばり、エンリの口元へ耳を当てて呼吸を確認する。

 

 

「……良かった。まだ大丈夫、息はある。」

 

「も、モモンお姉ちゃん!!お姉ちゃんを、お姉ちゃんを助けて…!お願い…っ!!」

 

 

エンリの傍にいたネムが涙を流しながら縋り付くようにモモンに懇願する。エンリにしがみつき、背中の傷口を抑えて止血をしようとしていたのだろう。ネムの服も前面が赤く染まっている。

 

 

「うん、すぐに助けるから。」

 

 

とにかく今はエンリの回復が最優先だ。

モモンはアイテムボックスから<下級治療薬(マイナー・ヒーリング・ポーション)>を取り出す。金の装飾とガラスで構成された容器の中に、赤い液体が入っている。ユグドラシルではHPを50回復させる効果があり、山のように手に入る基本アイテムのため今もボックス内には大量に貯蓄されている。回復量は少ないが、レベル5にも満たないような人物であれば十分全快できるだろう。

 

 

「えっ!?あ、赤…?血…!?」

 

 

ネムが少し怯えたように青ざめる。エンリの様子からして嫌な記憶がフラッシュバックしたのかもしれないが、それを加味してもとても姉を助けられるアイテムを目にした時の反応だとは思えない。モモンは一瞬、まさかポーションを知らないのかと訝しんだが、カルネ村ではポーションの材料になる薬草が特産品だとエンリから聞かされていたことをすぐに思い出す。というか、この前すり潰す作業も見学させてもらっていた。少し焦っていたせいか忘れるところだった。じゃあ尚更、ネムのこの反応は一体何なのだろうか。

…いや、違うな。考えるのは後だ。

 

 

「これは治癒のポーションだよ。ちゃんと回復するから安心して。」

 

 

モモンはポーションのフタを外し、エンリの患部目掛けて中身の液体を振りかける。飲む方が十分に効果が得られるのだが、瀕死状態の彼女ではとても飲むことは出来ないためやむを得ない措置だ。液体が振りかかるとすぐに浸透し、薄く緑色に発光するエフェクトが現れてすぐに消滅する。

 

 

「あ、あれ……?痛く、なくなった……?」

 

 

エンリは意識がハッキリしたようで、すんなりと体を起こす。彼女からは直接確認できないが、背中の痛みが消えていることから既に傷口が塞がっている事は分かる。ネムが叫びながらエンリに飛びつき、しがみつきながら泣きじゃくっている。

 

 

「よかった。ちゃんと効いたみたい。」

 

 

モモンはエンリの様子を見て、ホッと胸を撫で下ろす。

 

 

「あっ……そ、そうだ!モモンさん!!村が…村が帝国の騎士に襲われているんです!!!」

 

 

ホッとしたのも束の間、エンリは現状を思い出したようでモモンに慌てた様子で訴えかける。帝国というのは、先程精神支配して尋問した男が話していたバハルス帝国の事だろう。そしてその騎士が偽装であり、実態はスレイン法国という異なる国の特殊部隊の囮要員である事も。

 

 

「突然あの騎士たちが村にやってきて、村の人たちを次々と襲って…!!お父さんと、お母さんも……!!」

 

「……。」

 

 

エンリは話しながら思い出してしまったせいか、目に涙が浮かぶ。急いでいたため偽証の確認までは出来なかったが、エンリの話しぶりからして、あの男から聞き出した作戦の内容に偽りは無さそうだ。

──村がスレイン法国の偽装兵に襲撃されている。モモンの脳裏に昨日まで一緒に過ごしてきた村の人たち、そして今日の朝も見送ってくれたエンリの両親の姿がフラッシュバックする。

 

 

「モモンさんしか頼れる人がいないんです!!村を…みんなを助けて……お願い…します………。」

 

 

エンリは目から涙が零れ、涙声になりながら必死にモモンに懇願する。地面に額が当たるほどに頭を下げている。もはや土下座にも近い格好だ。

モモンはエンリの切羽詰まった状態に、ただ事では無い事態が発生していることを理解する。

握っている拳に力が入る。

 

初めはただ単に拠点確保のつもりで訪れただけだった。だけど、見知らぬ旅人であるにも関わらずエモット家…村人たちは温かく迎え入れてくれた。家族のように接してくれた。そんなカルネ村の人たちと過ごして行くうちに、彼女の考えも少しずつ変わり始めていた。

モモンはちょっと実力があるだけのしがない魔法詠唱者。その体裁を保ったまま、穏やかにこの村で過ごしていくのも悪くないと思っていた。

 

だけど、そんな事を言っていられる状態ではなくなってしまった。もはや事態は一刻を争っている。早く村人を助けなければ、恐らくみな殺されてしまうだろう。────そんなのは絶対に嫌だった。

 

 

 

「エンリ、ネム。…今から私が何をしても、怖がらないで…今まで通りの関係でいてくれる?」

 

「え…?は、はい!もちろんです!」

 

 

モモンの唐突な質問に困惑しつつも、エンリは顔を上げて強く返事をする。ネムも姉に掴まりながら頷いている。

 

 

「……わかった。じゃあ、一緒に来て。私がその騎士の注意を引いて相手するから、その間に村の人たちを集めて避難させて欲しい。少し危険かもしれないけど……お願いできる?」

 

「できます!やります!」

 

「ん。ネムは危ないからここに──」

 

「私もやる!お姉ちゃんを手伝う!」

 

 

ネムはエンリから離れて立ち上がり、モモンの方を見る。彼女も姉と同じ気持ちなのだろう。その表情には力が宿り、覚悟が決まっていることを感じさせる。

 

 

「──そう。なら、こっちに来て。行くよ。」

 

 

モモンの言葉に従い、2人は彼女の傍に付く。モモンはアイテムボックスから黒剣を取り出す。2人は何も無い虚空に出来た黒い穴から突然禍々しいオーラを放つ剣が現れた事に、少し驚いた表情を見せている。

 

 

「ただ撃退するだけじゃ生ぬるいな………行くぞ──────鏖殺だ。」

 

 

モモンが<上位転移(グレーター・テレポーテーション)>を発動する。一瞬にして3人ともその場から掻き消え、2体の死体だけが残った森に静寂が訪れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カルネ村の中央広場。広場とは言っても、街でよく見るようなお洒落な外観という訳でもなく、ただ家が散らばる中心にある広い空間というだけの簡素な場所だ。もちろん舗装もされていない。人間が歩いて踏み固められたことによって雑草が生えず、土が剥き出しになっている。

 

この広場は、普段は村人たちが時折行き交ったり、何かしら小さな催しを行うのに使われる程度の和かなものではあるのだが、今は様相が異なっている。

広場には多くの村人たちが集められていて、その周囲を帝国の紋章を付けた騎士たちが取り囲んでいる状態だ。

 

周囲にある家々は多くが一部を破壊され、既に放火され炎を上げているものもある。家の壁や地面に血痕が付着している箇所もあり、既に殺された村人たちの死体がそこかしこに倒れている。まさに地獄絵図というに相応しい光景だった。

 

騎士たちは普通に村人たちを嬲り殺すのには飽き飽きしていたらしい。どうせこれで終わりだし、最後くらいは楽しんでもいいだろうというリーダーの男による独断だ。村の外から家畜のように村人を追い立て、適度に間引きつつ村の中央に集めさせた。そこまでは今までと同じ。だがこの村は最後のターゲットであり、今までと同じように数人を残しておく必要はない上に、時間制限も緩い。

 

包囲した村人から1人を引きずり出し、皆が見ている前で見せしめのように殺す。追い立ての最中に見つけた年頃の熟れた村娘を手篭めにしようとした時に邪魔をしてきた愚かな男への鬱憤も込めて殺す。

その繰り返し。

 

男────この部隊の隊長であるべリュースは万能感に満ちていた。

 

一方的に村を攻め落とし、他者を蹂躙することに、快楽を見出していた。まるで自分が弱肉強食の頂点に立ったかのような錯覚さえ得られる。それは一部を除き他の兵士も同じだったようで、村人を槍で刺し殺した時に下卑(げび)た笑い声が鎧の隙間から漏れだしている。

 

もちろん実際はそうでない事は頭では分かっている。自分より強い人間なんてゴマンといる。冒険者などはその代表格だ。そして男の母国の上層部にいる精鋭部隊。数えればキリがない。金があれば権力は身に付くが、物理的な力まではどうやったって身に付かない。だからこそ、弱者を蹂躙することによって得られるこの快感はより強く湧き上がって来るのだろう。

とは言っても、所詮は今回の任務も自分の箔付けのためだけに参加したようなものでしかない。村人の虐殺を愉しむ一方で、さっさと村を滅ぼし血なまぐさい任務は終わらせて、貰えるものは貰って元の快適な生活に戻りたいという思いもあった。

男は部下の騎士を急かし、抵抗しつつも引きずり出されてきた村人に剣を突き立てようと────

 

 

 

 

 

「──こんにちは。騎士の皆さん。」

 

 

男は声のした方へと振り向く。目線の先、集めた村人(人質)を挟んだ対岸にいつの間にか3人の女が立っていた。うち2人は見覚えがある。先程男が手篭めにしようとしたが惜しくも逃げられてしまった村娘、そしてその傍らにいた子供だ。最後の一人は、青を基調とした配色の装備に身を包んでいる見覚えのない(ブロンド)の長髪の女。容姿はあの村娘以上かもしれない。

 

「さっそくですが──死ね。」

 

 

金髪の女がこちらに向けて指を指したかと思うと、男の隣で何かが爆散した。

 

 

生温かい液体がかかり、何かが飛び散って男にぶつかる。男は何が起こったのかを確認しようとして────見てしまった。先程爆発した物は、隣にいた部下の騎士だった。騎士が身に付けていた装備が地面に転がり、血が、肉が、臓器が、骨が、騎士の中身を構成していた物全てが弾け飛んで散乱し、あたりを真っ赤に染め上げていた。

 

 

「ひ、ひぃぃぃぃっ!!」

 

 

男は唐突に起こったスプラッタに驚き、その血溜まりから後ずるように離れた。パニックの中で必死に思考する。

何をした?魔法か?あの女がやったのか?

でもこんな魔法は聞いたことがない。それに詠唱をしている様子もなかった。スレイン法国は人間国家の中で最も魔法の発展している国ではあるが、男自身は魔法も使えなければ大した知識も持っていない。答えなど出るはずもなかった。得体の知れない物への畏怖の念が込み上げ、普段は形だけでロクに崇拝していない神へ、反射的に救いを求めてしまう。

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

モモンの耳に、周囲にいた他の騎士、そして人質となっている村人からも悲鳴が漏れているのが聞こえてくる。突然目の前で騎士が爆発四散し血肉を撒き散らせば当然の反応だ。彼女の傍にいた2人も顔から血の気が引いている。

 

 

「──エンリ、ネム。村の人たちの傍に行って、安心させてあげて。大丈夫、私は何があっても皆の味方だから。」

 

 

モモンに話しかけられたことで我に返った2人は、気を取り直して強く頷き、中心にいる村人たちの元へと向かう。それを見たモモンは満足したように微笑み、騎士たちの方へと視線を向け直す。

 

 

「今のはほんの挨拶代わりです。貴方達の士気を削ぐにはインパクトのある魔法で恐怖を植え付けた方が良いかと思ったんですよ。」

 

 

モモンは微笑みの表情を作ったまま、胸元で手を閉じて開いて──爆発を表現するようなジェスチャーを交えつつ説明をする。

 

破裂(エクスプロード)

 

彼女が先程使用した第8位階に属する魔法。

村人が既に集められていたのは良い意味で誤算ではあったのだが、転移して即座に発動しなければならなくなったため、無詠唱化の強化をかけて行使した。この魔法は対象を内部から破裂させる効果を持っている。ユグドラシルでは爆発しているような簡素なエフェクトが出るだけの地味な魔法だったが、このリアルな世界においては抵抗(レジスト)されなければ対象の肉体を爆発四散させて木っ端微塵にするという途轍もなくスプラッタな魔法へと変貌を遂げていた。

見てくれは俗に言う“きたねぇ花火だぜ”というやつである。

 

村人たちにはトラウマを植え付けかねないので正直あまり見せたくは無かった。だが、村に出来るだけ被害を出さず、かつ敵の騎士連中が一目見て確実に恐怖を覚えるようなインパクトのある演出のできる魔法を──と考えた時、これが最適だと考えたのだ。村人の心のケアをエンリとネムに託し、モモンは敵の処理に集中する事にした。

 

 

「申し遅れました。私は──そうですね、ここカルネ村に住まわせて貰っているしがない魔法詠唱者です。聞くところによると、大切な村の住人たちを随分とまぁ可愛がってくれたようで────」

 

 

モモンが途中で話すのをやめたと思うと、一瞬の間に振り向きつつ抜刀し、”背後に迫っていた騎士”に刀身を頭から振り下ろした。刀身の残像が尾を引いて見えるほどの速度で振り下ろされた剣は、騎士を鎧もろとも縦に真っ二つに両断し、左右に本を開くように血を撒き散らしながら倒れる。倒れた衝撃で、内臓が断面から飛び出し散乱する。

 

 

「魔法詠唱者なら背後からこっそり近づいて近接戦に持ち込めば勝てると思いました?私、少しだけ剣も振れるんですよ。」

 

 

モモンは黒剣を素振りし、刀身に付いた血を払い元に向き直る。表情は全く変わっておらず微笑みを湛えたままだが、それが騎士たちには酷く恐ろしく映った。

 

 

「──私はとても怒っているんです。なので罰として、貴方達にはその命を以て罪を償っていただきます。」

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

騎士の中にいた隊員の一人────ロンデス・ディ・クランプは絶望の縁に立たされていた。己が信仰していた神はとんだ役たたずの木偶の坊だと心の中で悪態を()かずにはいられない程に。

 

村村を襲撃し、そこに住まう村人を数人を残して殲滅して回るなどという命を受けた時は、法国の上層部は気でも狂ったのかと危惧していた。人類の守護者を謳う法国の行いだとはとても思えなかったからだ。だが、これも人類の未来のために必要なことだと仰る神託に従い、目をつぶって遂行してきたのだ。

 

殺戮に快感を覚えてしまった同僚に神の教えを言って聞かせ、道を踏み外さないようにした。金とコネだけで隊長に抜擢されてしまった役たたずの隊長が私利私欲で村娘を襲おうとしたのを咎めようとした。法国の立場を崩さないために、神に背くような真似をしないために、出来る限りの事はやってきた。

 

だが──神は彼等を裏切った。

 

最後の村で遭遇した齢20ほどの魔法詠唱者を自称する金髪の女性は、彼の同僚である騎士を見たこともない魔法でいとも容易く惨殺し、背後から奇襲をかけようとした者も涼しい顔で鎧ごと両断した。少しだけ剣が振れるなどと言っていたが、あまりにも過小評価が過ぎる。騎士として数多の鍛錬を積んできたロンデスですら、本気で斬りかかってようやく多少鎧を凹ませる事が出来る程度だ。怪力という表現で済むレベルでは無い。

おそらくあの黒い剣自体の切れ味も凄まじい。相当高価な素材で作られているのだろう。これで魔法詠唱者だなんて冗談じゃない。もはや英雄を超え、神話の領域だ。目の前で実力を見せつけられていなければ、狂人の戯言だと吐き捨てただろう。確かに法国にも強者はいる。だが、彼の記憶をどれだけ探っても、彼女ほどの存在は確認出来なかった。

 

彼女は彼らを皆殺しにする事を微笑みながら宣言した後、一歩前へ踏み出そうと────消えた。

 

転移魔法ではない。消える際の残像すら無い。初めからそこに居なかったかのように“無くなった”のだ。

 

別の方向から音がしてそちらに視線を向けると、先程消えた彼女が騎士の胸を背後から一突きにし、そのまま上方に斬りあげた所だった。胸から上が2つに裂け、血肉を撒きながら倒れる。

 

 

「う、うわあああああ!!!」

 

「助けてくれえええ!!!」

 

 

その惨劇の直後、恐怖に耐え兼ねたのか堰を切ったように数人の騎士が彼女と反対の方向へ悲鳴を上げながら逃走し始める。

 

 

魔法三重最強化(トリプレットマキシマイズマジック)・魔法の矢(・マジックアロー)

 

 

彼女が逃げる騎士へ向かって魔法を詠唱する。20──いや30はあるだろうか、彼女の頭上に(おびただ)しい数の光弾が現れ、それが一斉に騎士へ向かって射出される。

──鎧が破壊される不快な音が響く。数人の騎士はそれぞれが複数の光弾によって体を貫かれる。腕や足に当たったものはその部位もろとも吹き飛ばす。鎧など全く意味を成していない。紙も同然だ。バラバラに破壊された騎士たちは、声を上げる間もなく地面へと血肉を流しながら散乱した。

 

この魔法自体はロンデスも知っている。第1位階に属する攻撃魔法で、彼自身は魔法は使えないが──魔法詠唱者であれば必ずと言っていいほど習得している基本中の基本だ。魔法の矢の数や威力は術者の実力によって変わり、基本的には1~2個で相手をよろめかせる程度、相当な実力者でも4~5個で鎧に軽く損傷を与える程度が関の山だ。

だが、彼女の場合は違った。もはや数え切れないほどの量の光弾を生成し、一個一個が鎧を紙同然に破壊するほどの凄まじい威力を持っている。

 

 

──あいつは…何者なんだ。

 

 

狩る側から一転、狩られる側へ。

その戦力差はあまりにも圧倒的なものであった。

彼らはもう強者の立場では無い。圧倒的強者に狩り殺される時を待つだけの、ただの獲物でしかないのだ。

 

だが逃げることは許されない。内容は狂っているとはいえ法国上層部からの直々の命だ。任務を放棄する訳にもいかない。それに何より、逃げたところであの女から逃れることは不可能だろう。せいぜい死ぬのが早まるくらいだ。

 

近くにいる生き残っている同僚の騎士から、「神よ………」と神へ救いを求める声が小さく聞こえてくる。同じく絶望しているのだろう。

 

 

 

「お、お前らあぁぁぁ!た、盾になれ!盾になって私を守れええ!私はこんな所で死んでいい器では無いいいい!!!」

 

 

突如として情けない大声が響く。役たたずの隊長べリュースのものだ。彼女は声のした方へ振り向き、次のターゲットを決めたのか歩み始める。

ロンデスは小さく舌打ちをする。この男はどこまで行ってもクズだ。誰かが盾になった所でそいつもろとも串刺しにされて無駄に犠牲が増えるだけだと言うのに、何を考えているのだろうか。

正直、コイツと心中するなんて御免だ。助けになど行きたくは無かったが、資産家であり権力もある彼の顔を立てない訳にもいかない。ロンデスは渋々ではあったが、覚悟を決めて駆け出して彼の前へ行き、向かってくる彼女との間に立ちはだかった。深呼吸し、彼女に向かって静かに剣を構える。彼女は立ち止まり、レベルは──か──と、小声で何やら呟いた後、ロンデスに話し始める。

 

 

「あれだけ仲間の死を見せられても私の前に立つなんて、勇気がありますね。」

 

「彼は一応は隊長だからな。貴女に到底敵うとは思っていないが…立ち向かわせてもらう。」

 

「へぇ…漢気のある人は嫌いじゃないですよ。」

 

 

彼女は微笑みを絶やさないまま彼に言う。容姿の良い若い女性にこんな事を言われれば普段の彼であれば照れくさくて破顔していたかもしれない。だが、相手は彼らの命を狙うハンターだ。残念ながらそんなムードにはなれない。

それに、実際は漢気なんて大層なものは持ち合わせていない。少しでも気を抜けば、いつ足が震えだしてもおかしくは無いだろう。

 

 

「────よし、決めた。<集団標的・死(マスターゲティング・デス)>」

 

 

彼女は何かを思いついたように手を合わせ、手のひらを外側に向けて両腕を広げて魔法を行使する。周りにいる生き残ってた10人前後の騎士が、次々と糸が切れた人形のように崩れ落ちていき、それっきりピクリとも動かなくなった。ロンデスはまさかと思い後ろを素早く振り返る。自分の後ろに付けて守っていたはずの隊長も、地面に崩れ落ちていた。

 

自身が所属していた部隊は、ついに彼だけを除いて壊滅したのだった。茫然自失──彼の中にあった泣け無しの戦意も喪失し、手に持っていた剣が地面へと滑り落ちる。

何故自分だけが殺されなかったのか────そんな疑問が彼の中を駆け巡るが、その答えはすぐに判明する。

 

 

「本当ならこのまま痛めつけつつ皆殺しにするつもりだったんですが……貴方にだけ、少しばかりチャンスを与えましょう。」

 

 

彼女は服のホコリを払うような仕草をしながら淡々と話す。ロンデスは息を飲み、彼女の言葉の続きを待つ。

 

 

「今から一つ、質問をします。その返答次第では、貴方を殺さず生かして帰してあげましょう。そして今回の一件を貴方の飼い主──スレイン法国の方々に伝えてもらっても構いません。」

 

 

彼女が提案した内容は、ロンデスに生きて帰る事が出来る可能性を提示するものだった。どうしてスレイン法国の偽装兵だと言うことがバレているのかとも思ったが、彼女ほどの力の持ち主であればそれも容易いのだろうと鷹揚に頷く他ない。

 

 

「──貴方は、今回の襲撃で人を殺しましたか?」

 

 

ロンデスの心臓が跳ねる。これは──マズい。

今の彼女は間違いなく、この村の人間が殺された事に対して激しい怒りを覚えている。それはこれまでの言動を見れば容易に想像がつく事だ。つまり…ここで1人でも殺していることを白状してしまった場合、確実に彼の命は無い。

 

 

「──いや、俺は殺していない。」

 

 

ロンデスは勤めて冷静さを装い、淡々とした口調で答える。背中に冷たい汗が流れてくる。

 

 

「本当に殺していないんですね?」

 

「ああ、本当だ………俺はこんな法国らしくない非人道的な作戦には正直反対だったからな。仲間が暴走しないように監視するだけに留めていた。」

 

 

彼女が念押しで聞いてくるが、彼は理由を添えつつ、言葉に説得力を持たせて説明する。これはほぼ本心のままであるため、言葉につまることなくスラスラと話す事が出来る。これで上手く誤魔化すことが出来れば良いのだが──

 

 

「なるほど…それが貴方の答えですか。では答え合わせをしましょう──<人間種魅了(チャームパーソン)>」

 

 

彼女が突如として魔法を詠唱すると、ロンデスの意識が一瞬ふわりと霧散し──すぐにハッキリと戻る。

彼の視線の先には────『親友』がいた。

 

 

 

 

 

「こんにちは。作戦の方はどんな感じなんですか?」

 

 

親友は優しい笑顔でロンデスに語りかける。

 

 

「ああ、お前か。正直かなりピンチだな。途中までは順調だったんだが…最後の村でとんでもない強者に出会っちまってな。見ての通り部隊は壊滅だ。」

 

 

ロンデスは親友に対し、作戦の現状を説明する。そういえばそのヤバい強者がどこに行ったのかについてはよく分からないが、ひとまず危機は去ったということなのだろう。

 

 

「それは大変でしたね。それで──結局何人くらい殺したんですか?」

 

 

親友は彼に同情しつつ、戦果を尋ねてくる。

他の同僚も一つの村を潰す度にお互いに殺した数の報告をし合っていた者もいたため、これもその一環なのだろう。彼はあまり気乗りはしなかったが、親友に対し戦果の報告をする事にした。

 

 

「ここに来るまでの村では合計8人。で、この村では1人だな。」

 

「────あっははは!そっかあ、そんなに殺したんですか!」

 

 

彼が言い終えた後、親友の動きが停止し一瞬空気が凍りついた感覚がした。だがすぐに快活に笑い始めて楽しそうにしだしたので、おそらくは気の所為だったのだろう。

 

──唐突に、親友の顔が彼の眼前に迫った。

 

表情は先程までの明るいものでは無い。顔には暗く影が落ち、怒気を含んだ無表情。その瞳は凍りつくほどに冷たく、ゴミを見下すようであり、とても親友に対して向けるようなものではなかった。

 

親友は斜めに体を引くように、大きく拳を振り上げる。

 

 

「────残念だよ。」

 

 

ロンデスの顔面に強い衝撃が加わり、視界が失われて激しい耳鳴りと共に周囲の音すらも聞こえなくなる。

後方に大きく飛ばされる感覚がしたのを最後に、彼の意識は消失した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 







2/5 追記

整合性を持たせるために、ストーリーを一部修正しロンデス生存ルートを廃止しました。

よくよく考えたら、村人殺されてブチギレモードのモモンさんがそんな簡単に殺した当事者を生かして帰すわけ無いわな…ってなったのが主な理由です。

ロンデス兄貴のファンが居たら申し訳ございません。焼き土下座でお詫び致します。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。