モモンガがツアレに憑依する話(仮)   作:佐倉ハル

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09.陽光聖典

 

 

 

 

 

「──確かにいますね。あれがスレイン法国の特殊部隊とやらですか…。」

 

 

モモンとガゼフは家の影から平原の広がる方角を覗き、確認している。白の軽装に身を包み、顔を隠した人物が等間隔に村の周囲を包囲しており、じわりじわりと歩みを進めている。その外見からして魔法詠唱者なのは間違いないだろう。そして、それぞれの術者の背後上空には、頭部に黄色く発光する輪を浮かべた全身鎧の戦士のようなモンスターが浮かんでいる。

 

 

(あれは………炎の上位天使(アークエンジェル・フレイム)!?ユグドラシルのモンスターそのままじゃないか…!)

 

 

モモンにとってはとても見覚えのある姿だった。これまでに森などで出会ってきたゴブリンやオーガはユグドラシルにも同名のモンスターは居たものの、姿形はそれとは多少なりとも異なっていた。だが、あの天使は違う。まるでユグドラシルから直接連れてきたかのように、全く同じ姿をしているのだ。もしかすると本当にこちらの世界にもユグドラシルプレイヤーが来ていて、その者の手によって持ち込まれたのかもしれない。これは非常に興味深い事実だ。

 

 

「おそらくは陽光聖典だろうな。」

 

「──陽光聖典?」

 

 

ガゼフから聞いた事のない単語が出てきたため、モモンは聞き返す。スレイン法国には存在を秘匿され、裏側で亜人の討伐等の非合法な活動をしている六つの組織が存在する。それらを総称して六色聖典と呼び、陽光聖典はそのうちの一つ。彼らは魔法詠唱者のみで構成されており、構成員は最低でも常人の到達できる限界とされる第3位階が使えることが条件の一つとなる精鋭中の精鋭部隊だ。

ガゼフが知る事は多くはなかったが、モモンは語られた内容の中にあった一つの事実に衝撃を受けていた。

 

 

(第3位階が常人の到達できる限界…!?)

 

 

エンリの話や戦ってきたモンスターや人間の強さから薄々勘づいてはいたものの、いざ現地の人間に言葉にされると途端に現実味を帯びてくる。

この世界は生き物はあまりにもレベルが低すぎる。

あくまでも仮想空間ではあったものの、人間、異形種問わず100レベルが当たり前、第10位階や超位魔法を使うのが当たり前のユグドラシルで戦い生き残ってきたモモンにとっては、たかが第3位階などもはや魔法の内にすら入らないほどだ。それがこの世界では凄い事だと評価されているのだから開いた口が塞がらない思いにもなるものだ。

強者なんて存在しない──と慢心するつもりは無い。モモンが知ってるこの世界の事など、砂漠の砂一粒程度だろう。ここは初期ステージのようなもので、遠方に行けばモモンですら歯が立たない程の強者だらけになるかもしれない。陽光聖典の中にも隠されているだけで強者が混ざっているかもしれない。可能性はまだまだ無限にあるのだ。

 

 

「このままだとこの村が戦場になってしまう。俺が村から距離を取りつつ攻撃を加えて、敵を引きつける必要があるな。」

 

「自ら囮になると言う事ですか?」

 

「あぁ、そのつもりだ。敵の狙いは俺だからな。モモン殿が救ってくれた村を再び危険に晒す訳には行かない。」

 

 

ガゼフは平原に並ぶ魔法詠唱者の様子を伺いながら話す。彼の力量はまだよく知らないが、少なくとも魔法が使えない彼が人間の限界かそれ以上の精鋭を揃えた魔法詠唱者集団の中に裸一貫で飛び込むなど、自殺にも等しい行為だろうというのは分かる。

彼はモモンの方へと視線を移し、向き直って口を開く。

 

 

「良ければ雇われないか?君ほどの実力者であれば、共に戦ってくれると心強いのだが。」

 

「──今回だけの日雇いという事であれば、引き受けましょう。」

 

「感謝する。今は手持ちが無いのでな、報酬は後日必ず届けよう。」

 

「分かりました。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「作戦は先程話した通りだ!!それでは──出陣!!必ず生きて帰れ!!」

 

「うおおおおおおおおお!!!!」

 

 

ガゼフの号令とともに、騎乗したガゼフとその部下達は雄叫びを上げながら一斉に平原へ向かって疾走を始める。

モモンは<完全不可知化(パーフェクト・アンノウアブル)>を使用しつつ、その集団の後方あたりを走ってついて行く。姿を消した状態で後方に付いているという事は既にガゼフには伝えてある。

彼女はあの後、もうひとつ条件を加えた。表には出ず、付与魔法を使ってガゼフ達の装備を強化することで間接的に戦闘支援を行うという提案だ。魔法をよく知らない王国の戦士達に魔法の事を知ってもらうためと説明しているが、それは表向きの理由であり、真の狙いは彼らを死なない程度に強化しつつ、敵の力量を陰からじっくり見定めるための囮とする事だ。

 

接近するガゼフ達に対し、魔法詠唱者達が従えている天使に指示を出すと、天使がガゼフ達に向かって空中を滑るように飛んでいく。ガゼフ達はそれを確認すると馬を止めて降り、駆け出して迫り来る天使へと突進する。

 

そこから先のガゼフによる猛攻は圧倒的だった。

強化魔法により大幅に強化された敏捷性により、純粋な戦士でありながら熟練の野伏にも引けを取らない膂力を持って天使の攻撃を次々と躱していく。剣は攻撃力の強化により斬れ味がより尖鋭になり、硬い装甲で構成された天使の胴体をまるで紙でも切っているかのように易々と切り裂き、両断する。防具も強化されており、魔力によるシールドが展開され鎧の隙間を攻撃されても擦り傷程度のダメージで済んでいる。

 

 

「身体が!羽のように軽い!」

 

「俺でも…俺でも戦えるぞ!」

 

「魔法って、本当にすげえんだな!」

 

 

ガゼフは攻撃の止み間にチラリと部下を見やる。部下も同様にモモンによって強化魔法を施されている。戦力差があるため流石にガゼフのように余裕を持って戦うことは出来ていないものの、あの天使と同格以上にはなっているようで、かなり善戦できている。

 

 

(アイツらの言う通りだ。魔法というものは本当にすごい。そして、モモン殿の実力も。)

 

 

王国では魔法は軽んじられており、マトモな教育は一切行われていない。王ですらも魔法に対する知識がほとんど無く、貴族連中に至ってはよく知りもしないくせに見下すような発言をする輩までいる始末だ。それ故に王国での魔法詠唱者の地位は非常に低い。

 

 

(──これは、今一度認識を改める必要があるな。)

 

 

ガゼフ自身もまた、心のどこかでは軽視している節があったのだろう。だが、これほどまでの成果を見せつけられれば嫌でもその有用性を実感してしまうというものだ。無事に生きて帰れたら、ダメ元で魔法教育の充実を王に進言してみるか──ガゼフはそう心に誓い、再び迫り来る天使を睨みつけた。

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

(何故だ──?)

 

 

ガゼフたちの善戦を前に、陽光聖典のリーダーであるニグンは内心で焦りを覚えていた。敵の戦力が想定を遥かに上回っていたのだ。本来であればこの天使による掃討作戦でガゼフもろとも殲滅できる計算だったのだが、全く倒れる気配が無いどころか取り巻き連中にすら押されている始末だ。まだ手の内は残してあるが、それはあくまでも最終手段。特に神を召喚する水晶は法国の秘宝の一つ。出来ることなら使わずに作戦を終了させたいというのが本音だ。

 

 

(計算を誤ったか…?────いや、まて!あれは──!)

 

 

ここで優秀な魔法詠唱者であるニグンの研ぎ澄まされた感覚が、ある事実を捉える。ガゼフを含めた連中の装備一つ一つから、魔力反応が確認されたのだ。しかもただの魔法では無い。かなり強力な強化魔法で、彼らの身体能力を大幅に向上させている。これでは計算が狂ってしまったのも納得ではあるが、完全に想定外だ。王国は魔法を軽視し教育もマトモに行われておらず、王宮内にも魔法詠唱者が存在していないほどだ。ゆえに、装備が魔法で強化されている可能性については全く考慮していなかったのだ。

冒険者には少なからず存在しているが、彼らの所属する冒険者組合は政治への不干渉を徹底しており、それに背くような行為を働くとも思えない。ワーカーの線も考えられるが、それ以前に王国どころかその周辺にも、これほどの付与魔法を行使できる存在がいるなんて話は聞いたことがない。

 

 

「──奴らの背後に強力な魔法詠唱者が付いている可能性がある!警戒しろ!天使に強化魔法を掛けて体力を削りきれ!」

 

 

ニグンは近くにいる部下に指示を飛ばす。他の部下には彼らがそれぞれ伝達をしていく。正体不明の魔法詠唱者に対する不安が冷や汗となり、ニグンの背筋を冷やす。

だが大丈夫だ、問題は無い。彼らの背後に協力者がいたとしても、表に出てこない以上は今この場に居ないか、もしくは直接戦う手段は持ち合わせていない可能性が高い。さらに、向こうは激しい攻撃行動によりスタミナを消費しているが、こちらにはそれは無い上に、倒されてもまだまだ天使を召喚し続ける事が出来るだけの余力は残っている。このまま粘り続ければ、必ず勝てるはずだ。

ニグンは背後に控えさせている次なる手を動かすタイミングを測りつつ、天使に指示を飛ばし続ける。

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

「うおおおおおおおおお!!武技<六光連斬>!!」

 

 

複数の天使が同時に攻撃を仕掛けてきた所で、ガゼフは自身の必殺とも言える武技を繰り出す。同時に放たれた六本の斬撃が、上空にいた天使を六体同時に切り裂き、消滅させた。

その後もガゼフは次々と武技を発動し、天使達を葬っていく。

 

 

(武技──ユグドラシルでは聞いたことがない。この世界特有のもの?魔法詠唱者は使っていない所を見るに、戦士専用の技か?──知りたいことがまた増えたな。)

 

 

今のモモンは天使達よりも、ガゼフに目が釘付けになっていた。武技の発動中は目に見えて身体能力が向上し、モモンの強化魔法による効果も相成って、もはや魔法としか思えないほどの物理法則を無視した剣技が展開されている。言わば、戦士専用の魔法といった所だろう。自分も剣を振るえるようになった今なら習得できるのかも知れない。習得条件はよく分からないので、今度また教えてもらうのも悪くないな──と、心のメモに書き記しておく。

 

 

 

 

ガゼフは既に疲労が限界に達していた。外傷は大した事はないが、倒したすぐ傍から次々と天使が召喚されていくため、全く数が減らないのだ。部下たちはいつの間にか競り負けており、既に皆地に伏してしまっている。残っているのは彼だけだった。

 

 

「はあ……はあ………くそっ………これではキリがないな………。」

 

 

ガゼフの眼前には再び召喚された天使が十数体、魔力で構築された剣を構えて彼へと飛びかかる準備をしている。いくら魔化により強化されていると言えど、半永久的に湧き続ける敵を相手にしていてはいつか限界が来てしまう。ニグンは勝ち誇った嘲笑的な笑みと共に、両手を前に広げながら語りかける。

 

 

「見事だ、ガゼフ・ストロノーフ。天使の軍勢を前にここまで健闘するとは思わなかった。褒めてやろう。──だが、それもここまでだ。」

 

 

ニグンがニヤリと笑いつつ、パチンと指を鳴らす。すると、天使の集団が動いてニグンの後方へと下がり、代わりに後方に控えていた一回り大きな天使がゆっくりと動き出してガゼフの元へと向かっていく。

 

 

「行け!監視の権天使(プリンシパリティ・オブザベイション)!」

 

 

「チ………ッ!」

 

 

目の前に迫る天使は一体だけ。今まで戦ってきた天使は能力値がガゼフより格下であり、魔法による強化も合わさって、多数を同時に相手にしても常に優勢を維持して戦い続けられた。だが──ガゼフの戦士として鍛え上げてきた直感が伝えている。

──コイツは強い。

ガゼフの目前に来たところで天使の動きが急激に加速し、持っていた杖のような武器を振りかぶり、ガゼフへと叩きつける。「ぐっ──!」ガゼフはすかさず攻撃を剣で受け止め──

 

「があ…っ!!」

 

殴り飛ばされた。杖による攻撃を受け止めきれず、剣もろとも体を殴られ、叩き飛ばされる。草原の地面に叩きつけられ、数mを転がる。「うぐぅ…!」ガゼフは呻き声を上げつつも、敵に隙を見せまいと立ち上がる。剣は折れることは無かったが、持っていた腕がビリビリと痛み、殴られた体からは鈍痛が響いている。一撃が重い。今までの天使とはあまりにも格が違う。魔法による防御強化でもダメージを軽減しきれていない。だが──まだ戦える。ガゼフは痛む体にムチを打ち、剣を構えて天使を睨みつける。

 

再び天使が急接近して杖を振り上げ、今度はガゼフの頭上目掛けて振り下ろす。ガゼフは地面を思い切り蹴り上げ、横方向に飛び込むように回避する。攻撃を止めることは出来ないと判断したため、回避に切り替えたのだ。

 

<即応反射>

 

回避により崩れた姿勢を武技により一瞬で立て直し、

 

<流水加速>

 

武技により更に加速して天使に飛びかかり、杖を空振りして体勢を崩している天使の無防備な胴体目掛けて剣による攻撃を叩き込む。「ぐっ…!」だが、天使を切り裂くことは叶わない。今までの天使は簡単に切れていたのにも関わらず、この天使には全く刃が通らない。

油断した隙を狙うかのように、即座に体勢を立て直した天使が再びガゼフを殴りつける。ガゼフは打撃を直に受けてしまい、地面に上から押し潰すように叩きつけられる。

 

天使の攻撃が止み、ガゼフは剣を地面に刺して支えにしてゆっくりフラフラと立ち上がろうとする。天使によるたった二発の打撃で瀕死にまで追い込まれてしまい、体からはどこからか鮮血が滴り落ちている。

武技の連続使用により蓄積した疲労と合わさり、息が乱れている。天使には己の攻撃は通らず、逆に向こうの一撃は重い。次の一撃を食らった場合、もう耐えられる見込みはないだろう。ガゼフはもはや、絶体絶命のピンチだった。

 

 

「もう充分に体力を削っただろう…監視の権天使(プリンシパリティ・オブザベイション)。ガゼフ・ストロノーフを殺せ!全力の一撃を叩き込み、確実に仕留めるんだ!」

 

 

死ぬ。ガゼフはそう直感した。

彼は戦士長として………王の剣として最前線で戦い、多くの者達の命を奪ってきた。だからこそ、恨まれる事も多かっただろう。いつしか自分が殺される側になる時が来るであろう事は覚悟の上だった。死ぬことに後悔なんてなかったのだ。

だが────こんな結末は許せなかった。

法国と王国貴族が結託して罠に嵌められ、多くの無辜(むこ)の民を殺害された挙句、自分まで謀殺される。こんなクズのような連中に殺されるなど、受け入れられるはずがない。民を助けることが出来なかった自分にも腹が立ち、未練として残る。納得がいくはずがなかった。

 

 

「なめるなあああ!!俺は──俺は王国戦士長!この国を愛し、守護する者!この国を汚す貴様らなんかに負けてたまるかああああ!!」

 

 

ガゼフは己の内側に湧き上がる怒りを叫びに変えることで気力を振り絞る。剣を構えて天使を睨みつける。どこが痛いのか分からないほどに全身が軋み、腕が震えている。

全力で飛べば天使の攻撃は回避出来る。天使の装甲だって全くダメージが入っていない訳では無い。剣を叩き込み続ければ、いつかは勝機が見えるはずだ。

 

 

「そんな夢物語を語るからこそ、お前はここで死ぬのだ。無駄な足掻きを止め、大人しくそこで横になれ。せめてもの情けに苦痛なく殺してやる。」

 

 

天使が杖を振りかぶる。速い。先程よりも明らかに速度が上がっている。まだ全力を出してはいなかったのだろう。ガゼフの頭に走馬灯のように記憶が駆け巡る。全力で回避行動に出ようとする。間に合わない。

ガゼフの頭に天使の攻撃が振り下ろされ、直撃──────

 

 

 

 

 

 

「──戦士長様。お疲れ様でした。そろそろ交代しましょう。」

 

 

 

 

 

 

しなかった。モモンがガゼフの後ろから現れ、微笑みを携えたまま悠々と前へと歩んでいく。ガゼフの周囲には防御障壁のような薄いシールドが展開され、天使の攻撃を完全に無力化していた。ガゼフは呆然とそれを見つめる。

モモンはガゼフの元に近寄り、一本の赤い液体の入った小瓶を手渡す。下級治療薬(マイナー・ヒーリング・ポーション)だ。

 

 

「治癒の薬です。それで回復しておいて下さい。」

 

「あ、ああ………。だが、交代──ということは、モモン殿が前線で戦うのか?その天使は強い……流石にモモン殿と言えど………!」

 

「大丈夫ですよ。悪いとは思いましたが、後ろで観察させて頂いて、十分勝てる見込みがあると判断しましたので。戦士長様はそのシールドの中でじっとしていて下さいね。」

 

 

モモンはニッコリと微笑むと、ガゼフの前に歩いていって立ち止まり、ニグンとの間に入るような形でニグンの方を見て語りかける。

 

 

「さて──非常に残念ですが、ここからは戦士長様に代わり私が貴方達の相手です。」

 

「────何者だ?」

 

「あの村に身を寄せている、しがない魔法詠唱者です。」

 

 

金色の長髪に碧の目をした女。誰もいなかったハズのガゼフの後方あたりから突如として現れたその人物に、ニグンは警戒心を強める。

魔法詠唱者と言うからには恐らく不可視化の魔法を使っていたものと推測するが、彼には一切その存在を感知出来ていなかった。彼の実力であれば不可視の存在でも感知していたはずだったので疑問に思う。

 

 

「ストロノーフ共の装備に魔法を付与していたのはお前という事か。」

 

「はい。どうでした?なかなか強力だったでしょう?」

 

 

モモンは面白い実験結果が得られた時の学者のように、楽しそうに微笑みながら語りかける。

 

 

「確かにあれほどの強化魔法を施せるのであれば優秀なのだろう。──だが、それだけだ。そのお前が前に出てきて、一体何をしようと言うんだ?」

 

「簡単ですよ。……貴方達を始末するんです。」

 

 

表情は変わっていないものの、声のトーンが少し下がったような気がする。モモンの放つ空気がそれまでの明るいものから一変し、重く暗く冷たくなっていくようだ。

 

 

「──ふん、下らんハッタリを…。」

 

「貴方は戦士長様のみならず、その後で村人を殺すと広言した。もうターゲットの誘導には成功しているから殺す必要なんてないのにも関わらず。──それが非常に不愉快なんですよ。」

 

「ふ、不愉快とは大きく出たな魔法詠唱者の女。我々の存在は秘匿しなければならない。目撃者は全員始末する必要があるのだ。」

 

 

ニグンの背筋に一瞬冷たいものを感じたが、たかが人間の女一人に何を怯えることがあるんだと内側から湧き上がる臆病な考えを一蹴する。

 

 

「──それで?そちらが来ないのであれば私から行きますが、どうしますか?」

 

 

モモンはニグンたちの方へと歩みを始める。

彼は妙な胸騒ぎを感じていた。相手は冒険者風の装備をしただけの、普通の人間の女だ。取り立てて珍しい要素は感じられない。あれほどの補助魔法を使うのではあれば、恐らくはそれに特化した魔法詠唱者であり、直接的な戦闘能力は無い。マトモに戦って彼らに太刀打ちできるような相手には思えない。だが、彼の直感はサイレンを鳴らすように警告を伝えてくる。

彼女を近づけるのは危険だ──と。

 

 

「天使達を総動員して攻撃を仕掛けろ!奴をこちらに近づけるな!」

 

 

ニグンは部下に指示を出し、部下が炎の上位天使(アークエンジェル・フレイム)に指示を出す。後方に控えていた数十もの天使の集団が一斉に動き出し、モモンへと襲いかかる。

 

 

「モ、モモン殿!マズい……!」

 

 

ポーションの効果により回復し、後方のシールド内からモモンの様子を見ていたガゼフも焦りを覚える。

モモンは法国の偽装兵全員を相手取って撃退できるほどの実力者だ。ガゼフ達を大幅に強化できるほどの強力な魔法をも行使する。ガゼフと同等以下の天使に遅れをとるとも思えない。だが、それでもあの数では分が悪い。それに、魔法詠唱者は重装備を嫌うがゆえに防御に劣り、遠距離特化で近接戦は苦手である事が多い。既に天使の軍勢はモモンの傍まで迫っている。

彼女が危険だ。

ガゼフは剣を握りしめ、モモンに助力しようと駆け出そうとした。

 

モモンの眼前に迫る天使が数体、一気に掻き消えた。

 

「なっ──!」

 

ガゼフかニグンか、どちらともなく驚きの声が漏れる。

モモンはどこからか禍々しいオーラを放つ黒い刀身の剣を取り出しており、目の前の天使数体を一太刀で葬ったのだ。腹部から真っ二つになった天使が光の粒となって消滅する。ガゼフは思わず駆け出そうとした足が止まる。

だが、それでも数体。まだ多く残る天使はそのままの勢いで突進し、モモンの体を四方八方から貫いた。

 

 

「────はっ、愚かなものだ。まさか魔法詠唱者でありながら剣を振るうとは思わなかったが、我々陽光聖典に楯突く愚か者に相応しい惨めな最期だったな。」

 

 

ニグンは嘲笑を交えた笑みを浮かべ、唾棄する。ガゼフは先程の剣技に一瞬希望を見出すも、一転し絶望の淵に立たされてしまう。天使に取り囲まれているためモモンの様子を確認することは出来ないが、あれだけの数の剣を突き立てられて無事で居られるはずが無いことは容易に窺い知る事が出来る。最後の希望は絶たれてしまった。彼女の次は間違いなくガゼフ、そして村人だ。モモンから貰った薬のおかげで体力は回復しているが、数十の天使に加えて、更には大型の強力な天使まで控えている。最後まで諦める気は無い──だが、もはやガゼフに勝ち目は無いだろう。

ここまでなのか。

村人を救えなかっただけでなく、協力してくれたモモンまで巻き添えで犠牲にしてしまった。こんな体たらくではきっと王の顔に泥を塗ってしまうだろう。そうなれば貴族連中の反発を跳ね除けてまで平民から取り立てて頂いた王に顔向けなど出来ない。王国戦士長失格だ。死ぬに死にきれない思いが湧き上がる。

 

 

「次はガゼフ・ストロノーフだ。今後こそ確実に仕留めろ。」

 

ニグンが部下に指示を出し、天使の軍勢を引かせた。

 

 

 

──モモンは何事も無かったかのようにそこにいた。

 

 

 

 

ガゼフは即座に目の前の光景を理解する事ができなかった。ニグンも同様だったのか、一瞬硬直し、すぐに驚愕の表情に染まっていく。当然だ。大勢の天使の持つ剣で確実に串刺しにされていたはずの彼女が、傷一つ受けることなく涼しい顔をして立っていたのだから。

絶望に立たされたと思いきや、さらに一転。希望が生まれる。ガゼフもこれには驚きを隠せなかったが、あれだけの強化魔法を施せる彼女であれば、これくらいの芸当は出来るのだろうな──と、妙に納得してしまっている。

 

 

「あ、あれだけの攻撃を受けたのに………無傷だと………?」

 

「上位物理無効化…一定のレベル以下の物理攻撃を全て無効にするスキル。基本ですよ?」

 

 

ニグンは無意識にモモンから距離を取ろうとしているのか、数歩後ずさる。声が少し震えていることから、少なからず怯えの感情がある事が窺い知れる。

 

 

「も、もう一度攻撃を仕掛けろ!天使を動かせ!」

 

 

部下が天使たちに指示を送り、天使が再びモモンに向かって剣を突き出して突進を始める。

 

 

「せっかくですし、このまま剣で相手をしましょう。多人数戦はまだやった事なかったしね。」

 

 

 

 

 

そこから先は圧巻の一言だった。ガゼフはその光景に思わず見とれてしまっていた。

モモンは次々と突進してくる天使の攻撃をいなしながら、流れるように剣を振るって天使を両断していく。前後左右へステップを踏み、回転するように踊りながら。その姿はまるで、壇上で演舞を披露する踊り子のように美しく、そして可憐であった。

黄金の髪を持ち、蒼き衣をまとい、優雅に戦場を舞う女性────『蒼金の戦姫』

 

 

(──はは、我ながら臭い異名を考えてしまうものだ。)

 

 

ガゼフは苦笑する。

王宮内にいる第三王女も同じ特徴と似たような異名を持っているが、目の前の彼女はそれとはまた異なる輝きを放っていた。

 

 

「プ、監視の権天使(プリンシパリティ・オブザベイション)!!行け!!奴を殺せえ!!」

 

 

小型天使では埒が明かないと思ったか、天使を引かせ、代わりに先程ガゼフを追い詰めた大型の天使をモモンへとぶつけさせる。焦っているのか、ニグンの表情からは余裕が消えている。前者と後者では戦闘力は桁違いだ。強化魔法を施したガゼフでも全く歯が立たなかった強力な天使。たとえ小型天使を問題なく倒せたとしても、これには太刀打ち出来ないだろう。

モモンの手から黒い剣がフワリと消え去る。大型天使がモモンに急接近し、杖を頭上から振り下ろす。モモンは棒立ちのまま、表情一つ変えずにそれを見つめている。

通常であれば、大型天使が速すぎて反応が間に合っていない、為す術もなく殺される。そういう風に見えるだろう。本当にモモンがこの天使に敵うのかどうかはガゼフには分からない。本来であれば助力し、少しでも彼女を手助けするべきなのだろう。

だが──何故だろうか。ガゼフにはもう、不思議と焦りは感じられなかった。

 

 

杖とモモンが接触する大きな音が響き、風圧で地面に生える草が靡く。

モモンは大型天使の振り下ろした杖を、片手で軽々と受け止めていた。

大型天使は止められた杖を引き戻そうとするが、ビクともせず苦しそうに引っ張っている。引き戻すのは無理だと判断したのか、もう片方の手を振りかぶってモモンに殴り掛かる。だが、それも受け止められる。

モモンは杖を持っていた方の手を離し、両手で天使の腕を掴む。

 

 

「──っらあぁぁっ!」

 

 

大型天使の腕を掴んだまま一回転して天使を振り回し、掛け声とともに勢いをつけて天使を前方斜め上の空中──ニグン達のいる方向へ放り投げた。彼女の体格の2倍ほども大きさのある天使の質量により、踏み込んだ地面はめり込んで土がめくれ上がり、投げ飛ばした風圧で周囲に衝撃波のような風が吹く。彼女は振り抜いて伸ばした手を片方だけ残し、そのまま指先を飛ばされた天使に向けて魔法を発動する。

 

 

万雷の撃滅(コール・グレーター・サンダー)

 

 

その刹那に、激しい轟音と共に上空から複数の太い稲妻が天使に向かって集約していくように降り注ぎ、天使を貫き地面へと流れていった。雷に貫かれた天使は煙を残しながら地面へと落下していき、ぶつかる前に完全に光の粒となって消失した。

 

 

「い、一撃………だと………あ、あああありえるかああああああ!!!こんな…こんなことがあってたまるかああああ!!!」

 

 

ニグンは驚愕と恐怖で目を見開き、表情を引き攣らせ、冷や汗が流れている。もはや発狂にも近い状態で叫んでいる。

ガゼフも呆然としていて、開いた口が塞がらない思いだった。彼が全力を持ってしても全く歯が立たなかった天使の攻撃を、子供が遊びで振った木刀を止めるかのように易々と受け止められる筋力。彼女の2倍以上はあろうかという巨体を手のひらサイズのボールを投げるかのように軽々と投げ飛ばせる膂力。たった一撃の魔法で葬り去れるほどの強大な魔力。

実際に自身もあの天使と戦ったからこそ、その実力差が実感出来る。彼女が強いのだろうという事はある程度は予測していたが、まさかこれほどだとは思っていなかった。仮に彼女と戦ったとしても、おそらくガゼフが何人束になってかかった所で勝算は皆無だろう。そう思わせられる──いや、そう思わざるを得ないほどに、圧倒的だった。

 

 

「あぁ、すみません。戦士長様が受けた痛みを倍にして返してあげようと思ったら、つい力が入って殺してしまいました。お詫びいたします。」

 

 

彼女はまるで女の子が意地悪でちょっとお茶目な仕返しをしてしまったくらいの軽い調子で、クスクスと笑いながら頭を下げる。言葉の内容や仕草とは裏腹に、喋り方には全く謝罪の意図はこもっておらず、むしろ嘲笑の意志が透けて見えている。

 

 

「天使たちのターンは終わり?じゃあ次は、直接肉弾戦をするのもいいですね。」

 

「うわああああああああ!!!!」

 

「ち、近寄るなあああああ!!!!」

 

 

召喚した天使を行使しての対処はもはや不可能だと絶望したニグンの部下たちは、歩み寄ってくる人の姿をした怪物に恐怖し、無我夢中でありったけの攻撃魔法や状態異常魔法などを詠唱しぶつけていく。赤、青、黄、緑、白──様々な光弾が弾幕のようにモモンに向かって飛んでいくが、彼女の持つ上位魔法無効化スキルの壁を突破することは叶わず、ことごとく彼女の目の前で掻き消えてしまった。

 

 

「やっぱりユグドラシルでも使われていた魔法ばかり………元からあったのか、それともユグドラシルから伝わったのかは非常に興味があるけれど──いい加減煩わしいな。」

 

 

詠唱三重化(トリプレット)位階上昇 第6位階(ブーステッドマジック6th)魔法の矢(マジックアロー)

 

 

モモンが両手を広げるようにして魔法を詠唱すると、彼女の頭上に大量の光弾が出現する。それぞれが別の方向へと高速で飛び出し、的確にニグンの部下たちを破壊(・・)していった。

光弾が体を貫通し、腕を飛ばされる者、足を飛ばされる者、首を飛ばされる者──肉片が飛び散り、大地に倒れて草原を鮮血で赤く染めていく。一瞬にして場は地獄絵図となった。

 

 

「偽装兵の時もそうだったけど、雑魚を一掃するならこれが1番お手軽だよね。最大まで上げるのはやり過ぎかと思って第6位階程度に絞ったんだけど、それでも簡単に死ぬなんて……本当に弱い。」

 

 

生き残った部下は僅か十数名。30人もの人間が、たった一撃の魔法で無惨に殺されたのだ。魔法の矢は知っているが、こんなにも多くの数を同時に生成し、しかも人体を破壊するほどの威力をもって行使する者など彼らは見たことがなかった。恐怖と絶望に支配され、もはや戦う気力は残されていない。足がガタガタと震え、地面にへたりこんでしまう者もいるほどだ。

 

大半の部下を一瞬にして殺されたこともあって呆然としていたニグンだったが、ふと何かを思い出したように服をまさぐり、懐から透明な水晶玉のようなものを取り出した。

 

 

「出来れば使いたくなかったが………最高位天使を召喚する!!お前たち、少しでも時間を稼げ!!」

 

 

ニグンは水晶を掲げ、高らかに宣言する。何らかの魔法の発動準備が始まったのか、水晶の中心から徐々に輝きが増していく。周りの部下たちからは希望の光が見えたと言わんばかりに活気が戻り、歓喜の声が漏れてくる。へたり込んでいた者も立ち上がり、全員が水を得た魚のように素早くニグンを守る陣形を取っていく。

 

モモンはそれを聞くと歩み寄る動きが止まり、身構える姿勢を取ったかと思うと、一飛びでガゼフの前方──最初に立っていた位置まで滑るように素早く駆け戻る。

 

 

「あれは…魔封じの水晶!?しかも、超位魔法以外であれば封じることが出来るランクのマジックアイテム…!それで最高位天使という事であれば──熾天使(セラフ)か…!?至高天の熾天使(セラフ・ジ・エンピリアン)までなら何とかなるかも知れないけど、それ以上になると──マズいな。」

 

 

モモンが何やらボソボソと呟いていて、断片的にだがそれが聞こえてくる。ガゼフからはモモンの後ろ姿しか見えていないが、チラリと覗く横顔からは先程までの余裕の微笑みが消え、焦りを含んだ真剣な表情へと変わっているのが分かった。ガゼフは息を飲む。

──あの大型天使を簡単に倒したモモンですら敵わない程の強大な敵が出てくるというのか。

 

モモンのその様子を見て、ニグンの表情が緩む。これで一気に形勢が逆転したと、心の底から沸き上がる歓喜に打ち震えているようだった。

 

 

「認めよう、お前は強いと。ストロノーフなんかよりも遥かに優秀だ。だが、その驕りもそこまでだ!これからお前は神の力の前に、その生涯に幕引きを告げる運命にあるのだ!!」

 

 

ニグンの手に持つ水晶が砕け、頭上に大きな光が現れる。

 

 

「見よ!神の尊き姿を!威光の主天使(ドミニオン・オーソリティ)!!!」

 

 

眩い光の中から現れたのは、4枚の白い翼を持つ高さ10mはあろうかという巨大な異形の姿だった。ニグンはその神々しい姿に見惚れ、歓喜のあまり天使を見上げたまま恍惚の表情を浮かべている。部下の表情は見えないが、皆一様に跪いて両手の平を組み、祈りを捧げる姿勢を取っている事からも同様の感情を持っている事が窺える。

 

敵対するガゼフには真逆の感情が芽生える。あまりにも強大すぎる力の波動が、魔法の知識に疎い彼ですらも命を危機を感じるほどに伝わってくる。生存本能が刺激され、冷や汗が全身から滲み出してくる。自分の意思とは関係なく、体が無意識に逃げ出そうとして足が動きそうになるのを必死に堪える。

 

 

「これが、最高位天使──────?」

「はははは!怖気付いたか。威光の主天使(ドミニオン・オーソリティ)はかつて世界を混乱に陥れた魔神をも打ち滅ぼした。人類には到底敵わない、最高位にして最強の天使なのだからな!!」

 

 

モモンもそう呟きつつ、目を見開いて固まっている。彼にはそれが、恐怖で足がすくんで動けなくなっているようにしか見えなかった。こんなデタラメな存在に適うはずがない。戦おうと思うこと自体が間違い──愚か者の発想だ。到底逃げられるとは思えないが、逃げなければ確実に命は無いだろう。

だが、自分だけがここで尻尾を巻いて逃げる訳には行かない。王の剣として、王国戦士長として、その使命を全うする必要がある。自分の代わりに村を救ってくれたモモンに恩義を返すためにも、自分が前に出て肉壁となり、彼女が逃げる時間を少しでも稼がなければならない。あの村は守れないかもしれない。だが、せめて彼女だけでも────そう決心し、彼は行動を起こそうとした。

 

 

「──────こんな『雑魚(・・)』が?」

 

「──は?」

 

 

彼女の口から出た言葉は、ガゼフの想定を180度裏切る驚愕の内容だった。ニグンもそうだったようで、呆けたような表情をしている。──彼女は今なんと言った?聞き間違いでなれけば、雑魚と言っていたように聞こえたのだが。

 

 

「はぁぁぁぁぁ…………」

 

モモンは体の空気を全て出し切らんばかりに大きなため息をつき、足の力が抜けて崩れ落ちるように草原に割座でペタリと座り込んだ。

 

 

「なっ…なんだその反応は!!最高位天使を前にしてため息をつくなど──」

 

「最高位天使なんて言うから熾天使でも来るかと思ったのに………期待外れも良いところじゃないか!あーもう………ホンっと警戒して損した……。」

 

 

モモンは我儘を言う子供のように大きな声でぶつくさと文句を垂れつつ、つまらなそうに地面の草を指で摘んで弄んでいる。先程までの淑やかで気高い彼女の面影は微塵も残されていない。ただの女の子となったような姿がそこにはあった。きっと今の姿こそが、本来の彼女の素なのだろう。ガゼフはそのあまりの変わりように呆気に取られたが、むしろこちらの方が親しみやすくて良いかも知れないな──などと呑気な事を考えてしまった。

 

 

「──ふ、ふふ…そうか!至高なる神の力が強大すぎるがゆえに、もはや力量差を測る事すらも出来なかったという事か!愚かなものだ。」

 

「え?いや……だって本当に雑魚なんだし。」

 

「ええいやめろ!下らん強がりで我々の戦意を削ごうという貴様の作戦はお見通しだ!!威光の主天使(ドミニオン・オーソリティ)!<善なる極撃(ホーリー・スマイト)>を放てえ!!」

 

 

ニグンの命令を受け、天使が両手に持っていた

(しゃく)が砕け散り、天使の周囲を旋回する。

 

 

「人類では決してたどり着けぬ神の領域──第7位階魔法をその身に受けて跡形もなく滅びるがいい!!!」

 

 

モモンは立ち上がって空を見上げ、頭上に現れた眩く輝く発光体を見やる。

その刹那──天から青く輝く幅数mの光の柱が降り注ぎ、モモンを呑み込んだ。

 

ガゼフの視界は光の柱によって真っ白に染まる。第7位階とやらがどれほどのものなのかは彼にはピンと来ていないが、それでも彼にでも感じるほどの強大な魔力を持つ攻撃を食らって、無事で済むとは到底思えない。だが、今の自分にはもう出来ることはほとんどないと言ってもいい。彼女が耐え凌いでくれることを祈るしか出来ないのだ。

そして、光の柱が消える。そこには──彼女がいた。

 

攻撃を受ける前と変わらない姿で、平然と立っていた。

 

地面の草原が黒く焼け焦げて香ばしい匂いを漂わせていることから、この魔法が見掛け倒しのものでは無い事は明白だ。

だが──健在。

彼女は焼けるどころか傷一つ無く、装備品にも焼けた痕跡などは一切無かった。実は光柱の真ん中に穴が空いていて攻撃の当たり判定から外れていたのではないか──そう考えた方が納得が行くという程に、文字通りの意味で無傷だったのだ。

彼女は視線を落とし、両手のひらを自分の方に向けて体の様子を確認する。

 

 

「今までなら確実にダメージを受けていたはずの第7位階魔法すらノーダメージ…か。ダメージを負う感覚を確かめられると思ったんだけど。これが転移による変異が原因なのか、強くてニューゲームで防御力が上がったからなのか、それとも上位魔法無効化スキルが更に強化されたからなのか…いずれにせよ、情報画面で確認できなくなった今となっては判別は難しいか…。」

 

 

ガゼフには彼女の呟く言葉の意味がよく理解出来ないが、彼女がもはや人の域を超えるほどの強さを持っていることだけは理解していた。自分なら跡形もなく蒸発していたであろう攻撃を受けても堪えるどころか全く意に介していない彼女に対し、頼もしさを通り越して恐怖で寒気すら覚えるほどだった。

 

 

「あ、ありえん……………第7位階魔法を受けても、無傷だと……………。──さっ、さては貴様…魔神だな!?最後に現れたのは200年前だったと聞くが、まさか既に現れ人間社会に紛れていたとはな!!」

 

「魔神というのが何なのかは分からないけど、化け物扱いは酷くない?私はただの町娘であり、旅人であり、今は村人だよ?」

 

 

モモンは先程まで使っていた丁寧な口調も忘れ、素の状態であろう崩れた喋り方に戻っている。おもむろに一歩踏み出すと、恐怖で表情の引き攣っているニグンに向かってニヤリと獲物を狙うハンターのような笑み浮かべる。

 

 

「それじゃあ──反撃といこうか。」

 

 

彼女が片手を頭上に上げると、それを合図にして周囲を囲むように巨大な青白い立体型魔法陣が展開される。高さ10mはあろうかというそれには夥しい数の魔法陣が隙間なく描かれており、同じ形を取らずに常に変化し続けている。

 

 

「な、なんだそれは……何をする気だ!!」

 

「知らないの?超位魔法だよ。第10位階を超えたその先にある究極の魔法──それを、そんな雑魚天使を最強の神だとか言って崇めている残念な貴方達に見せてあげる。」

 

「だ、第10………く、下らん!!ハッタリ、ハッタリだ!!人間ごときが神の魔法を行使できるものか!!…もう一度だ!!<善なる極撃(ホーリー・スマイト)>を叩き込め!!」

 

 

ニグンの合図で天使がもう一度魔法を行使しようと動き始める。だがモモンもいくら無傷とはいえ二撃目を許すほど優しくは無いのだろう。天使が攻撃を始めるよりも前に、いつの間にか手に持っていた砂時計のようなアイテムを握りしめ、破壊した。

 

 

「絶望を知れ──<爆炎柱(エクスプローシヴ・フレイム・ピラー)>」

 

 

モモンの詠唱と共に立体型魔法陣の模様が激しく動き始め、急激に二重、三重と膨張し、広がるように掻き消える。

その刹那、激しい轟音と地鳴りと共に天使の足元から橙色の巨大な火柱が勢いよく噴き上がり、その高さは数十mにも達した。その幅は天使を優に覆い尽くすほどであり、天使は一瞬にして姿が見えなくなった。炎によって熱せられた空気が気圧差を生じ、突風を巻き起こす。

10秒ほどで炎の噴出が止まり、火柱が消える。

そこにはもう、何も残っていなかった。

地面の草は炭すらも残っておらず、焼けた地面は溶けて一部がガラスのように光を反射し輝いている。

 

 

 

最後の切り札をあっさりと消されてしまったニグンは放心状態になり、地面に膝をついてへたり込んだ。

 

 

「魔神をも滅ぼした最高位天使を、たった一撃で滅ぼせるような存在なんていない……………いちゃいけないんだ………………。」

 

「──ま、本当はこれが最強の魔法じゃないってことを、この世界に来てから知っちゃったんですけどね。」

 

 

ガゼフも目の前の光景が信じられず、モモンの呟いた独り言が素通りしてしまう程に放心していた。

彼の目に間違いは無い。あの天使は間違いなく、人の身では絶対に勝てないと断言出来る。仮にも王国最強と称されている自身ですら、強力に魔化された装備を持ってしても全く歯が立たなかったあの大型の天使。その天使すらも足元にも及ばないほどに、強大な力を持つ存在だった。

それを、たったの一撃。

モモンという人物はあの強大な天使を雑魚呼ばわりし、たった一つの魔法によっていとも簡単に滅ぼしたのだ。もはや強いなんていう次元では無い。王国のアダマンタイト級冒険者すら遥かに凌駕する、英雄の中の英雄。

彼女は──何者なんだ。

あまり知識を持ち合わせていない彼にはそれ以上の答えを導くことは出来ない。だが、これだけは確信を持って言えることがある。

 

彼女を敵に回せば、王国が滅びる。

 

彼は彼女が自分たちの味方であることに、善の心を持った人物であったことに心から安堵する。もし万が一にも、彼女がアンデッド等の異形の者のように悪の心を持っていて、王国…引いては人類に仇なす存在だったらと思うと──全身が粟立つ思いだった。

 

 

 

 

そんな最中、夕暮れに染まる頭上の空に突如として淡い亀裂が入り、そしてすぐに消滅する。一瞬の出来事で見逃してしまいそうになったが、偶然視界に入っていたために視認することが出来た。

 

 

「はぁ…貴方の事を監視しようとしていた人達がいたみたいですね。私が覗き見対策で念の為に張っておいた対情報系魔法の攻性防壁が発動したお陰で、大して覗かれてはいないと思いますが。広範囲魔法の<爆裂(エクスプロージョン)>程度で懲りてくれるかは分かりませんが…まぁそれは良いでしょう。」

 

 

その話を聞いたニグンの表情に大きな変化は無い。だが、何かを悟った様子を見せているようだった。

 

 

「そうだ。貴方達には見せておいてあげましょう。あんな雑魚天使じゃない………本当の最高位天使をね。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






ガゼフは防御武技を使わないのか?

要塞、重要塞、不落要塞の防御系武技があるが、ガゼフは作中ではどれも戦闘中に使用していないので実は習得していないのでは?と解釈しています。肉体強化系の何らかの武技はあるみたいだけど、名称が不確定なので不採用にしてノーガード戦法を取らせました。



追記 2/4

攻性防壁のくだりが抜けていたので最後あたりに加筆しました。
誤解を与えてしまっていたら申し訳ありません。
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