FREAKS 作:メヤニ
アオキは鉄のような血の臭いを強く感じた。それは自分の身体から流れる血なのか、それよりも前から地面と混じり泥濘のようになっている猪の血の臭いか、もはや分からない。 生ぬるい感覚が上半身に広がっていく、それが首と胸から流れる自分の血液によるものだろうというのは予想がついた。その一方で手足の先から徐々に体温が失われ、感覚も薄れていく。
のしかかる化け物は一向に動きを見せない。最早、自分が獲物に与えた与えた傷が致命的なものだと分かっており、その死にゆく様を眺めているようだった。
「舐められてるってことかね・・・・・・」
そのぼやきに応えることもなく、フリークスはアオキを踏みつける前足の力を緩める事もない。
リクシは襲われる師を前に何も出来ずにいた。頼りの散弾銃は銃身を歪め使い物にならない。かといって、アオキのようにその銃身で殴りかかったとしても、結果は同じことだというのは、目の前の惨状を見れば分かることだった。
ふと、組み伏せられているアオキと目が合う。出血で虚ろになっているが、その視線はリクシの背後へゆっくりと動き、背を向けて逃げろとでも言っているようだった。
しかし、青年は視界に入ったものに駈け寄った。最初に犠牲となった猟師の死体の横に転がるライフル銃。既に使い物にならない自分の武器を手放すと、側に散乱している弾薬を拾い慣れない手つきで弾を込め、発砲した。「・・・・・・馬鹿だな。逃げろって合図、分かりにくかったかな」
アオキは力なく文句を零す。身体から流れる温い血液が、地面に広がり、冷め切った彼自身の指先に触れた。
泥濘のように血が混じった土をアオキはゆっくりと握った。のしかかるフリークスは新たな武器を持ったリクシに注意を奪われて咆哮を上げている。
刹那、アオキはその顔面に、握った血の混じる赤黒い泥を浴びせた。よそ見をしている目玉を覆うように塗りたくる。
フリークスに先ほどまで獲物をいたぶるような余裕は最早無くなっていた。獲物を押さえつける力が強まり、肺を押しつぶされるアオキは息を詰まらせる。
視界を奪われた化け物にリクシはしっかりと銃口を向け、引き金を絞る。
泥を被った化け物の顔面、その中央に弾丸は吸い込まれる。衝撃で赤黒い泥は飛沫になって周囲に散った。
フリークスの金切り声が上がる。もがく化け物はそれでも動きを止めようとしない。
一発、更に一発、銃声が連続して鳴り響く。そのたびに血の混じった土と、化け物のタールのような黒い体液が飛び散る。
やがて引き金の軽い金属音しか聞こえなくなり、リクシは装填された弾を撃ち切ったことに気付く。とっさに目に入ったものは、アオキが猪の血抜きの際に使った大型のナイフだった。
視覚を失い、悶える続けるフリークスは近付くハンターに気付かない。拾ったナイフを顔の中央、急所に向けて突き立てた。
一際大きな鳴き声を上げると、力なく組み敷いていた獲物の上に沈む。リクシはその異形をアオキから退かすため蹴る。
まだフリークスはその身体の形状を保ったままだった。引き続き青年は化け物の口蓋、眼球、首、刃の通りそうな場所へ片端から武器を振り下していった。
しばらく続けてようやく異形の輪郭は崩れ、乾いた灰とも砂とも言えない粒の山になった。
「アオキさん、やったよ」
すぐに助けを呼ぶ、と続けようとしたリクシの目には既に呼吸を止め、目の光りを失ったアオキが映る。
青年の全身から力が抜け、膝が地に着いた。
化け物との死闘の疲れか、それとも師を失った絶望からか、リクシは意識を手放し、その場に倒れ込んだ。