正雪先生の隣に寄り添ってあげる人を置きたかった話 作:浪人Aです。なんか書いてる奴です
出会いは、唐突だった。
日が沈み始め、空が赤らむ頃。
いつかどこかで恨みを買ったのだろう、武器を持った悪漢達に囲まれた私の前に、その男は現れた。
光を灯さぬ黒曜の瞳に、同じく黒い髪を短く切ったその男は、自らが傷付くことすら厭わず、私を囲んでいた悪漢の悉くを切り捨てた。
正直に言えば、圧倒された。
刀は十分に扱える、そのように鍛錬をした。
命のやり取りの意味も、その実情も理解し、この目で見た。
それでも、このように何の感情もなく殺す者を、私は見たことがなかったのだ。
「……大事ないか?」
「あ、あぁ、私は無事だ。それよりも、貴公の方が──」
男の外傷は酷く、服はところどころ裂けて血が滲んでいる。
見ていた中では、何度か刺されてもいたはずだ。
鈍器で殴られた跡も見える。しかし、男は私の言葉を鼻で笑った。
「はっ、俺は良い。こんな傷、唾をつけておけば治るさ」
「しかし、何故私を助けた?貴公は私になんの関わりもなかった筈だ」
そう言うと、男は考え込むように顎に片手を添えた。
そして、しばし考え込んだのちに私を見て問うた
「アンタ、美術品とかは見るか?壺や屏風とか」
「それなりに見たことはあるが……なんの関係が?」
突拍子もない話題に戸惑う私の頬に、彼の手が添えられる。
「……まぁつまり──、美しいモノに恥も遠慮もなく触ろうとする不埒者を見れば、刀を抜きたくもなるって訳だ」
「……?──!」
理解に数秒を要し、やっと理解した私が顔を上げると、彼は恥ずかしげに顔を背けていた。
彼の手が、私の頬から離れてゆく。
彼は私に背を向け、背中越しに手を振りながらどこかへ去ろうとしていた。
私には、その背中がやけに名残惜しく
「……明日の同じ時刻に、またここにやって来てはくれないだろうか?」
気がつけばそんな事を口走っていた。
本当に、咄嗟に出た一言だ。
彼の足が止まる。
彼が是と返そうとも、否と返そうとも、私は苦悩するのだろう。
「わかった。明日のこの頃だな、ここで待っている」
そう言って男は曲がり角の先に消えた。
武家に帰り、私は一人思い悩んだ。
彼を引き止めてしまった、会って……何を話すべきなのだろう?
私は、彼に何を期待したのだろう?
思い悩んだ末、私は少しの手料理と共に彼の元へ向かうことにした。
きっと、彼も私の軍学塾にやってくる者たちと同じ浪人だ、少しでも食べるものを用意すれば、彼の助けになるだろう。
「よう、あれから何ともないか?気がついたら怪我してたとか」
彼の開口一番の台詞は私への心配な言葉だった。
大事ない、と返して包みを開けて、弁当箱を手渡す。
彼は、私に礼を一つ言って、黙々とそれを食した。
そして、箱を私に返すと
「……手作りか?美味かった」
そう言った。
「……そうか、口に合ったなら何よりだ」
少し不自然だったかもしれないが、そう答えた。
……それから初めに話したのは、他愛ない話。
お互いの名前だとか、どんな人物であるかと言った話だ。
彼は、黒狐と名乗った。
仕事を紹介してくれる知り合いが彼を呼ぶ名前、それ以外の名はないのだと。
次に話したのは、私の想い。
何故だか、彼なら理解してくれるのだろうと感じたのだ。
「世をただす……か。うまく言い表せやしないが、いいな。付き合いは短いが、アンタらしいと思うよ。純粋で、綺麗な願いだ」
「ありがとう。そう言ってくれると、嬉しい」
頭に温かい感触がある。
気がつけば、私は彼に頭を撫でられていた。
私は幼子でもないのに、その温かさが私に安らぎをくれるような気がした。
「……私と共に、私の願いを追う気はないか?」
未だ手段はわからない。
それでも、目指す夢の先で見る景色を、私の隣で彼にも見て欲しいと、そう思った。
「お前、結構惚れっぽいのか?」
「なっ……、違う!私は貴公と交わした会話で、貴公ならば私の理想を理解してくれるだろうと、それならば共にこの道を行きたいと思ったのだ!」
的外れだ。そのはずなのに、彼の指摘がなんだが恥ずかしくて、つい声を荒げてしまった。
「冗談だ。そうだな、それも悪くない。これからよろしく頼むよ、先生」
「先生?」
「軍学塾の先生なんだろう?世をただす同士、なんで呼ぶのもアレだしな、とりあえずはこう呼ぶことにするよ」
彼の瞳が、こちらを静かに見つめていた。
一目惚れ、というのだろうか。彼の暗闇だけがあるような黒い瞳が、私を惹きつけて離さない。
障子越しに照らす陽光のような、そんな温かみを感じた。
月が眩い、夜だった
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