正雪先生の隣に寄り添ってあげる人を置きたかった話 作:浪人Aです。なんか書いてる奴です
「お疲れさん、次に仕事があればまた呼ぶよ。黒狐」
「おう、それじゃあな」
刀にこびり付いた血を拭って、刀を鞘に納める。
「……はぁ」
思わずため息が溢れる。
確かに楽な仕事だった、ただ刀を抜けば相手は死ぬ。
それだけだったが、こちらにとって楽な仕事とはいえ調子に乗ってこちらに渡す銭を減らす輩には嫌気が差す。
こちらは日々の生活すらすら危ういというのに、相手は守銭奴の貴人だと思うと仄かな怒りが湧いてくる。
そんな時、
「わかってんだろうな?逃げられると思うなよ」
「女が囲まれてんだ、何すりゃいいかわかるだろ?」
酷い台詞が聞こえた。
俺がたった今歩いている道の先で、一人の女が囲まれているらしい。
面倒ごとを避けるため、気配を消して近づく。
すぐ横の曲がり角を過ぎて行けば絡まれることもないだろう。
こちらは一日の暮らしすら危うい身だ、無用な争いは避けた方がいい。
そう思っていた。
少しの興味で囲まれていた女を覗き見る。
翡翠の如き深緑の瞳と、雪のように無垢で白い髪。
そしてその瞳に宿る強い意志に、俺の足は光に誘われる蛾のように女の元へと向かっていた。
「あぁ?なんだてめぇ?」
「腰に刀……、武士崩れか?八人相手で勝てると思うなよ」
女を囲んでいた男どもが口々にこちらを罵る。
しかし、おそらく素人なのだろう、奴らの構えはあまりにも甘い。
一人目、鈍器を持った男の振り下ろしを避け、体制を崩した男の横を通るついでに抜刀し、首を落とす。
二人目から四人目までが一斉に襲いかかってくる。
依頼とはいえ武器すら持たないようなものを殺してきたせいだろうか?かなり勘と技が鈍っている。短刀を持った男の一撃が脇腹を掠める。
後ろへと下がったが、背後から迫っていた脇差を持った男に左腕を切りつけられる。
脇差の二撃目を逸らし、持ち主の男の脇腹を深めに斬りつける。
背後から迫っていた短刀の男の首に刀を突き刺す。
二人目の短刀持ちの男を蹴り飛ばし、その首を掻き切る。
これで四人、残りは半分だ。
相手はもはやこちらを怪物か何かだと思っているのだろう、恐怖の表情を浮かべて襲いかかってくる。
「な、なんだお前!調子に乗るなよ!ブチ殺してやる!」
槍を持った男の槍を体を逸らして避け、槍をへし折ってその穂先を男の胸に突き刺す。
男が折れた槍の柄を我武者羅に振り回し、それが足に突き刺さるが関係なく、角材を握っていた男へと踏み込み、相手の反応より疾く刀を振り抜いた。
大柄の素手の男の腕を斬り落とし、首を切る。
最後の一人は、死んだ仲間の脇差を拾い上げてこちらへと突進してくるが、遅すぎる。
横に躱し、通り過ぎてゆく男の横っ腹を切り捨てる。
「……大事ないか?」
「あ、あぁ、私は無事だ。それよりも、貴公の方が──」
驚いた。あのような者に囲まれ、一寸先の未来も見えぬほどの恐怖を味わいながらも彼女は俺を心配していた。
随分と歯の浮くような台詞を吐いた気がするが、その日は彼女からの提案で明日の同じ頃に同じ場所で会う約束をしてその場を離れた。
久しぶりに数人を相手に刀を振るったからであろうか?それとも、あの女と話したからだろうか?この体にはまだ、火照ったような熱が残っていた。
次の日、彼女は本当に同じ場所で待っていた。
手に一つの包みを持って立つ彼女に声をかければ、その包みは手作りの料理だった。
彼女の素晴らしい料理に舌鼓を打ちながらもお互いについての話をした。
そして、その中で彼女が口にしたのは、その理想。
「私は、この世を正したい」
「……?」
「貧しさにあえぐ農民や浪人、この世は不条理に満ちている。私はそれを正したいのだ。あなたは、どう思う?」
「……うまく言い表せやしないが、いいな。付き合いは短いが、アンタらしいと思うよ。純粋で、綺麗な願いだ」
心の底からそう思った。
彼女はどこまでも無垢で、清廉であるのだ。
だからこそ……その願いは光り輝く宝石のように、どこまでも美しい。
「……私と共に、私の願いを追う気はないか?」
彼女は俺にそう言った。
その瞳は、俺を真っ直ぐに見つめている。
疑うことを知らないような純粋な瞳でこちらを見つめて、何か一つを信じるように、縋るようにこちらを見つめる。
やはり、その瞳は美しかった。
この美しき瞳を守らなければならないと、心の底からそう感じた。
だからこそ、少し揶揄いはしたが俺は頷いた。
「そうだな、それも悪くない。これからよろしく頼むよ、先生」
「先生?」
「軍学塾の先生なんだろう?世をただす同士、なんで呼ぶのもアレだしな、とりあえずはこう呼ぶことにするよ」
「……っ!ああ!同じ志を追う者として、これからよろしく頼む。」
正雪は曇りなき瞳でこちらへと手を差し出す。
握手に答えれば、彼女の表情が喜の一色に染まる。
純粋で無垢、まるで今宵の満月のような、そんな女だと思った。