トレーナーが担当ウマ娘そっくりになっちゃう話   作:なめろう、ご期待ください

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また続いた
約一名、発言はこれであってるか不明。難し過ぎる


三日目

 ウマ娘になって、三日目の朝。

 昨日は朝練に出向くウマ娘達の喧騒で目が覚めたが、今日は自分の意志で起床する。

 何せトレーナー寮だから当然だ。しかしそれも今回きり。すっかり自分の荷物が無くなったこの部屋も、今日で見納めとなる。

 

「全く、分かっていたがウマ娘の膂力というのは凄まじいものだな……」

 

 そう呟いて、思い返すのは昨日の午後の事。アドマイヤベガ達に病院での事や、その後の理事長からの方針を伝えた後。

 俺の話を知った同僚たちが、こぞって集まってきたのだ。

 

 その中でも東条ハナトレーナーと、桐生院葵トレーナーが率先して行動を起こした。どうやらこの二人を始め、何人かは理事長から俺が学園の生徒として編入させられる事を伝えられているらしかった。

 色々とありはしたが、結果として早急に俺の利用していたトレーナー用の男性寮から、ウマ娘用の栗東寮に荷物を移動させてしまおうという話になった。あまり若いウマ娘が男性寮を出入りする物では無いという主張が、その場に居た全員の結論であった為だ。

 もちろん俺自身は60を超えて70代目前の爺なのだが、残念ながらその主張は黙殺された。というよりは、第三者的に見ればそんな事は関係無いというのが満場一致の見解と言うべきか。そう言われると確かにそうだが、やはり改めて複雑な気持ちになる。

 とはいえ外見上はアドマイヤベガである為、結局の所担当の為にもそうせざるを得ない事に変わりはなかったのだが。

 

 兎に角そんな事もあり、昨日の午後は丸々引っ越しに費やされたのだ。

 元々荷物は少なかったのと、ウマ娘の膂力に依って想定以上に早く片付いたのではあるが、先日の件もあり再度病院へ向かったりと時間を食ったのである。

 そして極めつけは同僚たちに祝いの席を設けられ、ここでもまた一騒動あった。結果、生徒用の寮へは門限によって入れなくなってしまったのだ。

 

「今の俺は呑めないというのに。門出を祝うとは聞こえはいいが、遠慮なく飲む辺り騒ぎたかっただけだろうな」

 

 短く溜息を吐き、愚痴をこぼす。

 肉体的には未成年になり下がってしまった為、今の俺は酒を呑む事が出来ない。これは昨日の病院での検査で、さり気無く注意された事だった。

 トレーナーが煙草を吸う事は滅多に無いし、俺も例外では無かったのでそこは良い。だが酒はその限りではないのだ。俺もそれなりに嗜むし、そうでなくとも固形物はまだろくに食えない。思い立ったが吉日とは言っていたが、人の気も知らずに騒ぐ奴らを恨めし気に睨むだけの時間になっていたのは胸にしまっておく。

 

 正直東条ハナトレーナーと桐生院葵トレーナーから、「今まで通り接するのが難しくなって寂しがってるんですよ」等と言われていなければ、早々に切り上げて帰っていただろう。

 

 なんであれ、これからは俺もこの学園の生徒として過ごす事になる。長い事世話になったが、この部屋とは今日でお別れだ。

 最後に残っていた僅かな小道具と着替え(アドマイヤベガに借りた物である)を鞄に詰め、この部屋を、ひいてはこのトレーナー寮を去る。

 

「新しい利用者に、大事に使われるのを祈るよ」

 

 この部屋に対して何となく言いたくなった、そんな言葉を退出間際に投げかけて、部屋を後にする。

 寮の管理人にも声を掛け、労いつつその場を去る。既に学生寮も開いている時間だ、フジキセキもとっくに活動している頃だろうと足早に動く。

 入寮手続き自体は引っ越しの時点で概ね完了しているので、最悪会えずとも問題は無いが挨拶ぐらいはしておきたい所だ。

 もっとも、彼女もドリームトロフィーリーグに移籍済みとはいえ現役ウマ娘だ。他の生徒達と共に朝練へ出てしまっている可能性もあるから、居ればしようという程度ではあるが。

 

 

 

───☆☆☆───

 

 

 

「これはまた、不可思議な出会いだ。褒賞の冠を戴きし一等星の姫君よ、アナタは先ほど肉体への試練を課すため、頂き目指す者と共に膠灰の密林へと赴いた筈では?」

 

 ……栗東寮に到着し、早々に妙なウマ娘と出会ってしまった。

 彼女は、なんだ? 今、何を言ったのだ?

 

「ワタシの言葉に惑うか、織女星の現身よ。なに、難しい事では無い。オマエが悪しき陰で無いのは気配で分かる……ふむ? なるほど、貴殿が話に聞く星の導き手でしたか。かの科学者殿にその運命を大きく捻じ曲げられ、今は斯様な見姿となったとお聞きしていたが……。こうして出会ったのも何かの縁、俺はタニノギムレット……以後お見知りおきを」

 

「……いささか難解な言い回しをするが、落ち着いて聞けば幾つかは予想が付くな。いかにも俺はアドマイヤベガのトレーナーだ、この姿になってからはエーレンフリートと名乗っている。今後顔を合わせる機会もあるだろう、よろしく頼む」

 

 織女星、つまりはベガ。俺を見てそう譬えた事から、転じてアドマイヤベガの意味合いで口にしたのだろう。先に言った一等星のくだりもまたアドマイヤベガを指すのだろうが、大方現身という言葉を使う為に語感の合う物を選んだのだろう。語彙の幅が広いな……統一性は兎も角。

 科学者は言うまでも無く、頂き目指す者も恐らくトップロードを指しているだろう事が分かる。難解ではあるが、しかしよくよく考えれば辛うじて何を言っているかは何となく掴める。星の導き手も、一等星や織女星の事もありアドマイヤベガのトレーナーと捉えられるのだから。

 

「やはりそうか。しかしながら導き手よ、亡霊に黎明を見せよと俺に命じた管理者は不在なのだ。彼女もまた、その身の可能性を引き出さんと抗う者だからな……」

 

「ふむ……フジキセキもロードワークに向かっているという事か。ならば仕方がない、このまま部屋に向かうとしよう」

 

「それが良い。ワタシは管理者の命を熟さなければならないので、これで失礼させてもらう」

 

「ああ、邪魔をしたな。……ところで、それは柵か?」

 

 彼女との難解な会話をどうにか成立させ、知りたい事が知れた。

 そのまま部屋に向かおうとしたのだが、去り際の彼女が持つ物に気付いて声を掛けた。

 

 なぜ彼女がそんな物を持っているのか。壊れたのであれば、柵なんて物は通常業者が修繕に当たる筈なのだが。

 

「フッ……俺の破壊衝動は容易く抑えられる物ではない。彼は、そんな未熟なワタシの衝動を受け止めて散ったのだ……」

 

「……そうか。よく、労ってやってくれ」

 

「無論、ワタシの持ちうる全技術を持って」

 

 ……つまり、壊したから直せと。そう指示されたのだろう。そうでも無ければ、まだデビューもしていないであろう彼女が朝のロードワークに出ない理由もない。

 

 なんとも、面白い娘が居た物だな。そう結論付けて、この場を後にする事にした。彼女の邪魔をする事も無いだろう。

 

 何であれ、当初の目的である学生寮の自室へと向かう事にする。

 もはや実家と呼べる場所も無い俺にとって、学園の寮が家の様な物だ。……その新しい住処が、生徒と同じ寮の部屋というのもなんだか変な物だな。

 

 

 

 妙な邂逅を経つつ、割り当てられた部屋の前へたどり着く。道中、ロードワークやトレーニングの休止を言い渡され寮に残っているウマ娘達からの珍しそうな視線を受けたが、その度に挨拶をしてやれば嫌な顔一つせず対応してくれた。本当にただ珍しいというだけで、悪感情などは無いらしいのが救いだ。

 

 一先ずノックをして、部屋に入る。元々同室の相手は割り当てられていないという話は聞いていたが、気分の問題だ。これからまた長く世話になる部屋に対しての挨拶の様な、所謂儀式的な物だ。

 信心深い訳では無いが、物への愛着に近いというべきだろうか。トレーナー寮での事も、それに近い。

 

「……二人部屋を一人で使うというのは、悪い事をしている気分になるな」

 

 しかしそれはそれとして、そんな事をふと思う。もちろん俺自身の出自もあるので、なら二人で使うかと言われたら困るのだが。なんとも言えない独特の感覚に襲われる。

 ……フジキセキに相談した上でだが、今後トレーナー室として使ってみるか。アドマイヤベガも同じ栗東寮だ、何かあった時に気軽に来れる距離というのも悪くはないだろう。

 

「……? 見慣れないものが置かれているが、これは……」

 

 ふと、俺の私物ではない物が置かれていることに気付く。しかし良く見れば、それ自体は見覚えがある代物ではあった。

 トレセン学園及び、URAで使用されている包装用段ボールだ。生徒にはそれなりの気位にある家柄も多く、そんな家の娘にまさか普通の段ボール箱で学園用の備品を届けるのはマズイということで作られたブランド品だ。余談だが、普通の箱よりずっと値が張る。

 

「宛名は、俺か。嫌な予感が……ああ、そういうことか……」

 

 だがそんな物が何故俺の部屋にあるのか。嫌な予感がして、しかしすぐに思い当たってしまった。この箱の主な用途を考えれば、すぐに分かることである。

 この箱は学園やURAからの備品や、教科書の類いを生徒宛に贈るのが主な用途だ。そしてその備品の中に、あるものも当然含まれている。

 

 そして俺自身が今後の学園内で名乗ることになる身分を考えれば、何が入っているか等容易に想像が付くのだ。

 

「……やはり制服か。こっちはジャージに、シューズに蹄鉄……分かっていた事とはいえ、気が滅入るな」

 

 開封してみれば、予想通り制服や各種学園内での必需品が揃っていた。

 ご丁寧に生徒手帳まで用意されており、流石に呆れた。確かに学生という身分になる以上、その学生であるという身分証明書となるのが生徒手帳ではあるが。

 

「いや、生徒手帳があるのはおかしい。何故既に作られている?」

 

 しかしすぐに考えを正す。確かトレセン学園の生徒手帳は、保護者連絡先を含む各種情報が作成時に必要だった筈だ。

 今の俺には保護者に該当する人物は居ない。まして実の両親も既に他界しているし、親戚も元々多くなく、俺が若い頃には既に高齢だった事からお察しだ。

 であれば保護者欄は丸々空白になるが、そこは問屋が卸さない。保護者の存在しない未成年者なんてものは、少なくとも日本のような法治国家では存在してはならない。

 仮に居たとしても俺のような例外でもない限り、どこかしらの施設によって保護される。そしてその施設長が、代理的な保護責任者として登録される。よっぽどが無い限り、そうであるべきなのだ。

 

 だが俺にはそれらに心当たりがない。であれば、いったい誰が?

 

「……こうも確認したくないと思ったのは、いつ以来だ?」

 

 間違いなく理事長が何かしら仕組んでいるのだろう。突発的に行動を起こして、秘書殿に怒られるのは見慣れている。

 だからこそ不安だ。書類に記入したのはつい昨日だから、出来上がるのが早すぎるのである。つまり事が発覚してそう時間をかけずに、この手帳の手続きを進めたということだ。

 

 裏を返せば、この事態を知った理事長が真っ先に手を打った部分とも言える。何かしら考えがあっての事に違いない。

 ……そう思い込むしかない。

 

 兎に角、見なければ始まらないのだ。意を決して、生徒手帳の保護者連絡先が記載されているページを開く。

 そこに刻まれた名前が見知った相手なら良いし、そうでないならば調べれば済む話だ。それこそ理事長本人に問い質すのも良いだろう。

 

 刻まれていたのは、見慣れない名前だった。

 

「ソノン、エルフィー……? どこかで見覚えがある様な……」

 

 見慣れない、しかし見覚えはある。そんな不思議な感覚に襲われて、もしや何か凄い人物なのかもしれないと調べてみる。

 ウマホを取り出し、ネット検索に打ち込んでみれば直ぐに出て来た。だがそれは俺が思ったようなベクトルの『凄い』ではなく、どちらかと言えば若者が言う方向での『凄い』人物であった。

 

 まぁ軽く見た限り、実際問題『凄い』人物ではあるのだろう。各スポーツ分野に精通し、そのあらゆる競技においてかなりの成績を残しているアスリート。

 そしてウマチューブを中心としたSNSでの活動により、現在その知名度を飛躍的に上げているらしい。ウマ娘の身体能力をフルに使った様々なチャレンジ企画、その派手さは老若男女を問わず惹き付けている様だ。

 

「新進気鋭のウマチューバー、か……何故そんな人物が俺の保護責任者に?」

 

 だからこそ、疑問なのだ。理事長は何を思ってのこの人選なのだろうか。

 現役アスリートで、ウマチューバー。それが俺と、どう関わってくるのだろうか。

 

 やはり情報が足りない。この場で判断を下すには、ソノンエルフィーというウマ娘に関して事情を知らなすぎる。

 おとなしく理事長に話を伺うとしよう。そう思った矢先、ウマホが鳴動する。業務連絡用のメール通知だった。

 

「……現在トレセン学園に居る全トレーナーは、本日午前10時に体育館に集合……?」

 

 そんな文面と、添えられた秋川やよい理事長の名前。

 昨日の時点で俺の簡単な事情が全トレーナーに対して発信済みなのは、昨晩の送別会だか入学祝だかわからない祝いの席でハッキリしている。

 であれば、こんどは何をするつもりなのだろうか?

 

 こちらの想像の遥か斜め上を行く理事長の考えを、俺は読み切ることができなかった。

 

 

 

───☆☆☆───

 

 

 

「先ずは忙しい中、この場に集まってくれたトレーナー諸君に感謝する!」

 

 場所は変わって体育館。あまりに情報が乏しく、考えるだけ無駄として、この場で話される情報を聞くことにした。

 そもそも求める情報が得られるのかといえば保証はないが、最悪の場合この集会が終わった後に直接声をかければ良い。

 

「今回集まって貰ったのは、あるイベントの開催を告知する為である!」

 

 さて、この集会はイベント開催の告知の為に開かれたらしい。トレーナーに限定している辺り、本当に開催が決定しただけで実際の活動はまだ先の話の様だ。

 そうなるとこの後は、そのイベント開催に当たって関係者の紹介が行われるといった処だろうか。

 

 などと考えていれば、理事長が視線を横に逸らした。やはりイベント関係者の紹介が行われるらしい。

 

「紹介ッ! 都留岐涼花氏、こちらへ!」

 

 その言葉と共に、丁寧な足取りで一人の女性が現れる。少なくともURA職員や学園内関係者では無さそうだ。ここ数ヶ月で入った新人などであれば話は別だが、見覚えが無い顔だった。

 その女性は丁寧なお辞儀をしてから、模範的な口上と共に挨拶をし始めた。先ほど話に上がったイベントのプロデューサーを努めているらしい。

 

 都留岐涼花と名乗った女性は、そのまま言葉を続ける。挨拶を終えた以上は本題に入るのだろうが、イベントの詳細に依っては早々に離れるべきだろう。

 何せ今の俺には、とてもそんな余裕はない。アドマイヤベガの今後のレースプランと、それに伴うトレーニングメニューも考えなければならない。その上で学園での生活にも慣れなければならないし、場合によっては俺自身もこの身体での運動に慣れなければならない。

 

 前途多難なのだ、余裕はない。

 

「皆様には、私どもがプロデュース致します、新たなるスポーツエンターテインメント───」

 

 しかし、その考えも彼女の綴った言葉で改めさせられる。

 

「『ウマ娘アスレチックフェスティバル』こと、『U.A.F.』の開催を告知しに参りました」

 

 ……今朝に見た俺の保護責任者欄に記載された名前を調べた際、アスリートという単語がやけに目立っていた。

 そして今回のこのイベント、アスレチックフェスティバルと言ったか。新しいスポーツエンターテインメントの発足を目的としているらしいが、嫌な予感がする。

 

 すぐにでもこの場から逃げ出したい気持ちに駆られるが、しかし立場的に逃げる事は出来ない。そう、色々な意味でだ。

 まして今のこの姿は、凄まじく目立つ。元のスーツが着れない為、仕方なくアドマイヤベガに手伝って貰いトレセン学園の制服を着ているのだ。トレーナーしか集まらない中、学生が一人紛れ込んでいるようなものである。

 

 逃げようものなら、即座にバレる上に特定されてしまうのだ。学生の正装だから仕方がないと言えばそうなのだが。

 自身に関係や接点を見受けられないイベントであれば、離れるだけで逃げではない。だが脳が警鐘を鳴らすのだ、これは俺に関係する事象であると。であれば、ここから離れる事は逃げるに等しい。離れる事が、逃げる事が出来なくなってしまった。

 

 そんな俺の気持ちを周りが知る由もなく、突如として放たれた『U.A.F.』なる催しに対してザワザワと俄かに騒がしくなり始めた時。

 

「───『U.A.F.』とはッ!」

 

 その言葉と共に、壇上の上───即ち舞台照明と同じ場所から、一人のウマ娘が降ってきた。

 

 そう、文字通り降ってきた。恐らくは照明操作の為の上部通路から飛び降りたのだろうが、ウマ娘の身体能力があるからと言って簡単な事では無い。

 相当の実力者。そう見るのが自然だろう。

 

「ウマ娘の身体能力の限界に挑む、かつてないキラメキのスポーツ大会ッ!!」

 

 続けて捲し立てる彼女が並べるのは、なるほど確かに『ウマ娘の身体能力の限界』に迫る物だろう。15に及ぶ各種競技で競い、その総合得点でウマ娘アスリート界の頂点を決める祭典。

 ウマ娘ナイズされたスポーツはどれも派手でヒトには再現が難し過ぎる為、確かに成功すれば新たなスポーツエンターテインメントとしての地位を確立できる可能性はある。

 

 しかしそれはレースではない。即ち、我々トレーナーに対してこのイベントを告知する意味が見出せない。現に殆どのトレーナー達が困惑の表情を隠せずにいる。

 だがそれを見ていないのか、はたまた別の思惑があるのか彼女は続ける。

 

 ……そういえば、元気に『U.A.F.』なる物について説明してくれている彼女は名乗っていないな。熱くなると忘れるタイプなのだろうか。

 おそらくは企業に直接携わる存在では無いのだろう。どちらかというと、その立ち振る舞いからイメージキャラクターやマスコットに近いと感じる。

 

「……と、いけない! 申し遅れました!」

 

 なんて思っていれば本人も気づいたらしい、ハッとした顔でそう言って自己紹介を始めた。さて、彼女はどういう立場のウマ娘なのだろうか。大方予想通りな気もするが……。

 

「───私、ソノンエルフィーと言います!」

 

「んぉっふ!?」

 

 咽た。不可抗力である、なにせ覚えのある名前だったからだ。

 

 慌てて取り繕ったから酷い醜態とまではならなかったが、確実に壇上の彼女達から注目を集めてしまっただろう。恐らく彼女達は俺の事を知っているだろうから、この外見から察する筈だ。

 まぁ流石に、今この場で言及するような事は無かったが。続けざまに自身がアスリート系ウマチューバーとして普段は活動している事、今回『U.A.F.』のイメージキャラクターを務める事になった事を説明し始めた。概ね予想通りである。彼女の名前以外は。

 

「この中には知っている者も居るだろう。彼女はこのトレセン学園のOGでもあるっ!」

 

 理事長のその説明に、今朝感じた彼女の名前の既視感に納得する。なるほど確かにOGならば見覚えがあるのも納得だ、あの若さであれば彼女の現役時代には俺も既に中堅トレーナーとして名をはせていた時期である。

 その頃には既に俺も今と大差ない性格だった筈だが、それでもなお記憶に深く残らなかったという事は接点が少なかったのだろう。そして同時に、彼女の戦績も恐らくはあまり振るわなかったのだと察する事が出来る。

 プライベートに関与する事以外であれば、自分の担当のライバルや強敵に成り得る存在のデータを虱潰しにチェックする。それがトレーナーの仕事でもある。

 その時点である程度記憶に残るのだが、そうでないという事は……わざわざ言葉にする必要も無いだろう。

 

 さて、そうこうしている内に周囲のトレーナー達もようやく整理がついて来たらしい。

 やはりと言うべきか、15種に及ぶ競技のスポーツ大会についての疑問が多く散見された。レースではない。何故理事長は、この学園のトレーナー達に大会の告知をしたのか。そんな言葉がチラホラと上がり始める。

 

 しかしそこは秋川やよい理事長だ。これまでも幾度かの突飛な提案や大規模なイベントを打ち出し、それなり以上の成果を上げた彼女はそんな疑問の声が上がり始めた事に気付かない筈が無い。

 

「本題ッ! 『U.A.F.』を告知した理由を、私から説明しよう!」

 

 曰く、先ず大前提にトレセン学園はアスリートウマ娘の養成機関であり、その第一線に立つ組織。そこに目を付けた都留岐涼花プロデューサーが、学園に対して同大会への盛況協力を打診したらしい。

 結果として学園側、要は理事長が『U.A.F.』開催によってウマ娘のスポーツ界全体の活性化に繋がる筈だと可能性を見出した。それ故に学園は正式に、『U.A.F.』開催の支援を行う事にしたのだという。

 

「これはあくまで、学園という組織レベルでの話である! 当然ながらトレーナー諸君と学生は別であるから安心して欲しい!」

 

 学園が正式に支援、という所で発生したざわめきをその言葉で鎮める。

 

 今が大事な時期であるトレーナーや担当ウマ娘も少なくない。何人かはそういう面での心配や不安があったに違いないから、大事な言葉だ。

 

「だが! もしもトレーナー諸君が、担当ウマ娘と協議した結果『U.A.F.』の参加に意義を見出した場合! 当然学園が参加を止める事はしない! むしろ全力で支援する事を約束する!」

 

 参加する事自体にデメリットは無い、という事か。むしろ新人トレーナー程その恩恵を受けられるかもしれないと考えれば、よく出来ているとも感じる。

 もっとも通常のレーストレーニングとは毛色が全く違う為、今まで勉強してきた事のほぼ全てが通用しないというデメリットもある。が、そこはベテランでも同様の問題だ。

 それ故に『U.A.F.』に向けたトレーニングを身体作りの為の大トレーニングとして、別で補助的に行うレース用トレーニングでどれだけ効率的に仕上げるかが勝負だろう。

 

 そうなるとやはりベテランに軍配が上がりそうだが、しかし若い層だからこそベテラン以上に新しい手法を取り入れる能力が高い場合が多い。そうなってくると今回の様な新しいを超えて異質なトレーニングメニューは、そんな若い層とベテラン層の差を埋める要因にもなりえるだろう。

 

「『U.A.F.』には現時点で、レース以外の分野で活動しているアスリートウマ娘や、こちらのソノンエルフィーを始めとした元トレセン学園所属ウマ娘の方々も多数参加予定です。───私どもは『U.A.F.』を、レースと並ぶエンターテインメントにすることを本気で目指しています。アスリートウマ娘達の新たな祭典を、皆様の今後の経験に活かす事を、是非ともご検討ください」

 

 最後に、イベントプロデューサーである都留岐涼花がそう捲し立てる。ソノンエルフィーもまたそれに同調し、頭を下げた。

 

 正直俺個人としては、悪くは無いと思う。

 確かに15種類という一見膨大な量の競技練習を行う必要があるのは、それだけでハードルが高く感じる。だが結局の所、それらの殆どは身体の動かし方の差でしかない。必要な部位に必要なだけ筋肉が付けば、それだけで上達する競技も少なくは無いのだ。

 

 そしてウマ娘はレース専門とはいえ、アスリートである事に変わりはない。レース中でも意外に役立つステップや、バ群を縫うように走る為の細やかな動きを習得する為に他のスポーツを経験する事だって少なくない。

 ましてファン感謝祭の出し物でそう言ったジャンルの物を出す所だってある。なんだかんだで、身体を動かすという基礎部分だけならば学園に通っているだけである程度整っているのだ。

 

 つまりはその延長として、今回のアスレチックトレーニングが行われると考えればそう悪い話ではない。むしろ下手をすれば、そちらの方が性に合っているウマ娘だって居るかもしれない。

 下半身に集中しがちなトレーニング負荷だって、アスレチック競技としてのトレーニングであれば上半身にもくまなく行き渡るだろう。もっと言えば、多くの競技に精通する事で通常のレースでは得られない身体の動かし方を習得する可能性もある。

 

 そしてそれらは転じて、故障明けや不調に悩まされているウマ娘にとって希望と成り得る。それらのトレーニングを通して、新しい自分の身体の動かし方を得ることが出来れば、再起の可能性はある筈なのだ。

 

 

 

───☆☆☆───

 

 

 

 放課後、俺は事の次第をアドマイヤベガに話した。彼女自身、今後も妹に誇れる存在にという願いを背負っている。もしも『U.A.F.』に否定的な意見が少しでもあれば、参加は見送るつもりだ。

 

 そう思っていたのだが。

 

「やるわ。その『U.A.F.』とか言う大会に向けた特殊なトレーニング、少し興味があるもの」

 

「……即答とは、意外だったな。今までのアヤベならば断っていても不思議じゃないと思ったのだが」

 

「今までは今までよ、それに……」

 

 彼女の返答に対して、素直に驚いていれば彼女は急に視線を逸らした。

 その視線の先を追えば、見覚えのある明るめの栗毛のウマ娘の姿。彼女のライバルでもあるナリタトップロードだ。今日はクラスの友人たちと一緒らしく、いつも通りの明るい笑顔を振り撒いている。

 

「あの子も出るって。なら私も、同じ条件で行くべきじゃない? あの子のライバルとして」

 

「……お前がそう言えるようになったのは、喜ばしい事だな」

 

「誰かさん達がお節介を焼いてくれたお陰でね。それにあの子達と同条件で勝ってこそ、誇れるのだとも思うから」

 

 かつての重すぎる覚悟は、すっかり鳴りを潜めたらしい。今は適切な重さを推移しているように思える。覚悟は確かに大事なものだが、必要以上に大きくなるとそれはもはや足枷に他ならない。

 アドマイヤベガは出会った当初、既にその重すぎる覚悟を背負ってしまっていた。トレーニング以外の、勝つことに必要なこと以外のほぼ全てを捨て去ってしまう程に。

 今でこそライバル達の説得や支えを経て、こうしてライバルという関係性を意識できる程度になっているのだが。

 

 ちなみにこれは制服の着付けを手伝ってもらいに行った際、挨拶がてら同室のカレンチャンから聞いた話だが、先日俺に教えてくれていたシャンプーやトリートメントの知識は彼女の受け売りであったらしい。それ以前までの彼女は自分で髪を切ったりと、本当に最低限の手入れしかしていなかったのだという。

 それも全て、以前までの態度の贖罪としてアドマイヤベガがカレンチャンの願いに応えてきた結果だった。逆にいえばそれがなければ、あの時教わったのと同じことをカレンチャンに教わることになっていた可能性すらある。

 

 思わぬ所で、俺は精神的負担を回避していたらしい。

 

「ところで、さっき話に上がってたソノンエルフィーさん。アナタの保護責任者なんでしょ?」

 

 思考が脱線していたのが、その言葉で引き戻された。そうだ、感慨深くなっている場合ではなかった。

 

「そうらしい。俺も今朝初めて知ったし気になっていたんだが、集会の後に声をかけ損ねてな」

 

 同席していた若いトレーナーや、その担当ウマ娘がソノンエルフィーのファンだったらしい。終わった直後には彼女達に殺到し、質問責めを受けていたのだ。一部は担当のモチベーションの為にと必死な者まで居た。

 そんな中に入って、俺の保護責任者の件を聞く度胸は流石に無かったのだ。

 

「ああ、そうでしょうね。私ですら耳にして覚える程だもの、彼女の名前」

 

「そうだったか。随分と人気なのだな、彼女は」

 

「そうね。あの身体能力は同じウマ娘として……何よりアスリートとして関心を抱くもの。それでいて終始楽し気にこなして見せるのだから、余計に『自分もやってみたい』と思わせるのね。そう思わせるって、大切な事だと思うわ」

 

 しみじみと言うアドマイヤベガに相槌を打ちつつ、なるほどと胸中で頷く。

 言われてみれば確かにそうだ。自分もああなりたい、こういう事をしてみたい。そういう憧れが原動力になって、同じ場所を目指そうとする。

 だからこそ毎年のようにトレセン学園にはウマ娘が集まるのだ。あの人の様になりたい、あの人と同じ舞台で走りたいといった動機で。

 あるいは、自分はあの人より上手に走れるといった驕りや、確信を持って。

 あらゆる夢を背負って走る彼女達に魅せられて、新たな夢を抱いた少女がトレセン学園の門を叩くのだ。

 

 それらを思うのと同時に、彼女のもう一つの喜ばしい変化に心が満たされる気持ちにもなる。自らの事で手一杯であった彼女が、僅かであるが後続の事を考えられているのだ。

 

「……本当に、大切な事だ。どんなに才能があったとしても、意欲が無ければ始まらない。動いて始めて、才能が日の目を浴びるのだから」

 

 彼女につられるように、俺もまたしみじみと言葉を漏らす。元の姿であれば、涙の一つでも零れていたかもしれない。老人は涙脆いのだ。

 もっとも涙脆さの理由はあるし、雰囲気を台無しにする物ではあるのだが。

 

「また話が逸れちゃったわね。まぁ、どうせまた機会はあるだろうからその時に確認すれば良いとして……話の流れで思い出したのだけど、アナタはこれからどうするの? 学生になるとはいえ流石にトレーナー資格が剥奪されるわけでもないし、アナタが私を最後の担当にすると言ったのだって年齢的なものでしょう?」

 

「むっ、言われてみればそうだったな。まさか継続可能な状態になるとは思っても見なかったから、考え付きすらしなかった」

 

 再び脱線していた話を戻すかと思えば、そんな事はなく後回しにされた。とはいえあの場で確認できなかった以上、彼女の言う通りまたの機会を待つしかないのだが。

 

 しかし俺自身の今後か。

 この姿になって戻れないと知り、そして学生として新しい人生を歩むことを決められたと思えば面識の無い保護者役。混乱するなというのが無理難題だが、しかし確かに大切なことではあった。

 後は適度に好きなことをして、残りの余生を過ごすばかりと思っていたがそうも行かなくなってしまった。

 まさか再び自身の人生設計をする羽目になるとはな。

 

「引退を取り止めて、トレーナーを続ける? それともまた別の道に興味があるなら、そっちに進んでみる? どっちを選ぶにしても、考える時間はたっぷりあるのだし急ぐ必要も無いけど」

 

 そう告げられ、少し悩む。確かに急いで決める事では無いが、少なくともアドマイヤベガの引退に合わせて俺も引退予定である事は周知の事実だ。せめてその辺りはハッキリさせておかねば、同僚たちも悪いだろう。

 素直に言えば、今後もトレーナーを続ける方が自分の為にはなる。なにせよほどの事が無い限り、食いはぐれる事も無いのだから。伊達に数十年単位でトレーナー業はしていない。

 

 しかしだからこそ、俺の今の見た目のせいで若い新人たちが肩身の狭い思いをしないかが心配だ。考え過ぎである事は百も承知だが、それで割り切れる性格でもない。

 何とも難しい物だ。

 

「一先ず、トレーナーを引退する件については保留して貰う事にするとしよう。どうせ暫くは学生の身だからな、お前の言う通り急いで決めずとも問題はない。……そうだな、むしろ学生としてお前たちに混ざるという事実に向き合う覚悟を決めるのが先決かもしれん……」

 

 そして困った事に、自分で言っていて目下の問題が浮き彫りになってしまった。

 そうだった、今後の俺は学生としてアドマイヤベガ達と共に過ごすのだった。既に頭が痛い。率直に言って心が折れてしまいそうだ。

 

 本当に何故、理事長は俺を学生の立場に仕立て上げようとしたのか。

 

 

 

「……私もフォローするから、頑張りましょう」

 

 兎に角今は、アドマイヤベガのその言葉が、何よりも心強く思えた。




ルビはちょっと思いつかなかったのと、特殊タグ?なるモノへの理解度が低いので未実装です
エルフィー、思い付きで出しちゃったけど予定は未定
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