トレーナーが担当ウマ娘そっくりになっちゃう話   作:なめろう、ご期待ください

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またしても続いてしまった。いっそ匿名なのをいいことに逃げてしまえばよかった物を

そういえばなにやらランキングに載って一時期コメントが凄い事になってたようで。思い付きと勢いで書き進められる本作、お気に召されて頂けたのなら、素敵ですね
けれど、今後も私は上手に踊れるだろうか。心配です

(4/29追記)誤字報告ありがとうございます


四日目

 四日目の朝が来た。

 既に一週間は経っているのではないかと思わなくも無いが、困った事にまだ四日しか経っていない。

 普通であれば数日から数週間をかけて行われる工程が、全て飛ばして行われているのだ。そんな錯覚もまた、ある意味では仕方がないのだと思いたい。

 

 さて、今朝はトレーニングを休みにしたらしいアドマイヤベガが、俺が起きているのを確認した上で同室のカレンチャンと共に訪ねて来た。

 早速この日から登校を開始する事があの後に決まり、先日と違い制服の着方をキチンと教わる為に、予め頼んでいたからだ。

 カレンチャンは朝の洗顔と、その他肌の手入れをレクチャーしてくれるらしい。

 

「ちなみにトレーナーさんって、以前はお顔を洗う時どうしてたんですか?」

 

「そうだな……」

 

少しばかり記憶を辿る。ちなみにここですぐに思い出せないのは、別に老人だからではない。日常的に行っている事を改めて言語化するのは、意外にパッと出来る事では無いのだ。

 ましてそれが何十年と続けて来た事であれば、尚更の事。

 

「石鹸、ここで言うのは固形の物だな。石鹸を泡立て、それで洗っていたな。今は風呂での一件から同じでは拙いと判断して、アヤベと同じ物を俺なりに調べて使用しているが」

 

「あ~……はい、それは本当にありがとうございます。もし以前と変わらずだったら、流石の私もちょっとお話しなきゃって思ったので」

 

「……それは、良かった」

 

 一瞬カレンチャンの表情が固まり、しかしすぐに苦笑気味に微笑んでそう言った。

 ……色々な意味で、本当に良かった。以前彼女が、普段使用しているSNSで少しばかり困った相手に絡まれている場面に遭遇したことがある。

 その場で俺はガイドラインに則り、適切な対処をしてはどうかと提案した。だが本人が穏便に済ませる方法があると、気にしていない様子でただ微笑んで見せたのだ。

 

 その後、当の相手が立派なカレンチャンの信奉者となっていた。背中に薄ら寒い物を感じたのは今も鮮明に覚えている。そして彼女は「少しお話しただけ」と宣うのだから、恐ろしい事だ。

 

「今、何か失礼なこと考えてませんでしたか?」

 

「気のせいだろう。それより、朝練が無いとはいえ教わりながらでは時間が掛かる。早速で悪いが、指導を頼みたい」

 

「まぁ良いですけど~……。えっと、それじゃですねぇ」

 

 そんな具合で、カレンチャンから洗顔を始めとしたスキンケアについて学ぶ。

 恐ろしく多岐に亘る工程があったが、その入り口となる肌に合う化粧水や洗顔剤といった物の選定自体は省けたのでまだ優しい方だと、アドマイヤベガが疲れた様子で耳打ちしてきた。

 

 そういえば、今までの態度の詫びとして彼女のデートに付き添ってくると言った後からだったか。やたら彼女の髪や尻尾、肌の艶が良くなり始めたのは。

 

 

 

「はい、以上で朝のスキンケアは概ね終了です。慣れるまでは工程の関係で時間を取りますが、慣れさえしてしまえば順番に悩む事も無くなりますから。最初の内は頑張ってくださいね♪」

 

「う、うむ。髪と尻尾は、以前アヤベに教わった通りで問題は無さそうか?」

 

「はい、それについては先日にもお話した通り、元は私が教えた物ですから。何度でも言いますけど、アヤベさんってばそれ以前まで、自分で髪を切ったり、トリートメントやコンディショナーもろくに使わないで居たんですから。そんな事で時間を取るぐらいならそれを省いて、全部トレーニングをする時間に回したいから~って」

 

「……俺としては、本気でアスリートとして挑むのであればそれもやむを得ない気がする……いや、だがライブ等で衆目に身を曝す以上はそういったケアも重要だな。うん」

 

 正直なところ、俺もアドマイヤベガと似た考えだった。が、それを言葉として紡いでいたらカレンチャンの表情が消え始めたので言い繕った。

 なんというか、この子には口で敵うビジョンが浮かばない。元より女性のそういった美容問題に詳しくはない為、個々人の意識やそういった物を尊重すればよいと思っていたが、彼女を前にするとそんな考えも改めさせられる。気がする。

 単に圧力に屈しているともいえるが、彼女の持つ底知れない迫力と相対するというのは中々に骨が折れる。こういった場面程度であれば、程々の所で折れた方がダメージは少なく済む。

 

 ……しかし、ふと気になった事がある。

 

「そういえば以前俺に色々と教えてくれた時は、アヤベもそういう意識を持っている風に聞こえたのだが。そうではなかったのだな?」

 

 俺の言葉に、真っ先に反応してアドマイヤベガは目を逸らした。対照的にカレンチャンは面白そうに、そして意地悪そうな悪い笑みを浮かべ始めていた。

 何かマズい事を言っただろうか。だが確かにあの時『年頃のウマ娘で髪を大事にしないのは、言語道断よ?』と彼女が言ったのを覚えているし、それを胸に刻んでいる。だからこそ今日までの洗顔だって自分で調べ、今後の為にもと、こうしてカレンチャンに指導を乞うに至っている。

 

「へぇ~? ふぅ~~ん? なるほどなるほど、カレンすっごい気になっちゃうなぁ~。トレーナーさん、詳しくお伺いしても?」

 

「……制服の着付け、さっさとするわよ。早く脱いで」

 

 だが、やはりそれが余計な事を言ったのだとすぐに分かった。現にカレンチャンは初めて見る様子でそう聞いてくるし、アドマイヤベガもまた耳を後ろに絞ってあからさまに不機嫌な様子だ。

 最近になり自分の事を表に出す様になった彼女の変化は、今後のトレーニングに影響を及ぼす可能性があった。

 その為に些細なことでも色々と聞き、コミュニケーションを積極的に取る様にしていたのが仇になったか。

 

「……すまない、よろしく頼む」

 

 とにかくここは、自分の担当を立てるとしよう。カレンチャンをいったん無視し、指示通りに寝間着替わりのジャージを脱ぐ。

 担当とその友人の前で脱ぐという行為に抵抗が無いわけではないが、今ここで渋ると本当に機嫌を損ねかねない。耐え時だと自身に言い聞かせて、指示に従う。

 

 そんな俺の選択に、やや不服そうにするカレンチャン。しかしすぐにアドマイヤベガに同調し、「お手伝いしますね」と楽し気に振舞い始めた。変に食い下がられるよりはマシではあるが、やけに素直なのもまた恐ろしい。

 

 ……このウマ娘に関しては、それなりに警戒しておいた方がいいのかもしれない。

 

 

 

────☆☆☆────

 

 

 

「以上、エーレンフリートさんからのご挨拶でした。先日お話した通り、彼女は本来アドマイヤベガさんのトレーナーです。教える事に関しては知識も経験も私を遥かに超えているベテラントレーナーである為、クラスメイトであると同時にもう一人のクラス担任とでも考えると良いでしょう」

 

 クラスメイトとなる面々に向けての挨拶を済ませ、最後にクラス担任からそのような言葉を貰った後に割り振られた席に向かう。

 何人かは『もう一人のクラス担任』という部分で露骨に嫌な顔をしていたが、彼女たちが思う程に俺は生徒を見ない。むしろ各科目の担当教師を見る側に近い。

 

 第一、授業態度の面で問題があれば、それはその生徒の担当トレーナーへ情報が飛ぶ。トレーニング中の態度と授業中の態度の差異、それを知った担当トレーナーが適切な対処をするだけの話だ。もちろんデビュー前の者も居る為、トレーナーが付いていない場合であれば話は別だが。

 

 

 

 なんであれ、その後の授業は恙なく進んでいった。

 手持無沙汰なのももちろんあるが、授業を受ける恰好は取っておかねば周囲の心象も良くは無い。なので用意していたノートに、黒板に書かれては消えていく文字列を書き写していく。

 国語や英語といった語学関連、そして数学は概ね俺の記憶の通りだ。部分的に教え方が昔よりも最適化されていた為、その辺りは勉強になる。

 

 社会科といったリアルタイムで変動する物に関しては、流石の俺も真面目に聞いてよくメモを取っておく。社会情勢や世間の認知を押さえておくのは普段から行っているが、教科書に載っている程かどうかまでは流石に調べないからだ。

 たとえ知っている内容であっても、その中で今の学生が、何をどういう形で教わっているのかという情報はある意味貴重だ。近年の内容であれば、幾つかは俺自身も若輩の頃ではあるが体験した事もある。

 真面目なアドマイヤベガには不要だろうが、彼女の成績次第では今後の話のタネにも使えるだろう。

 

「はい、それでは午前の授業はここまでです。今日は午後の科目があります。今日の内容は……ダンスレッスンですね、集合場所を間違えない様にお願いします」

 

 校内のスピーカーから鐘の音が鳴り響き、同時に担任の教師がそう言って、一先ず午前の授業は終えた。

 久しぶりの授業を受けたわけだが、普段のデスクワークとやっている事はそう変わらない気もしてきた。

 

 初日だからこそ新鮮な気持ちで受けられたが、今後は工夫しなければ眠くなりそうだ。

 

「エレン、昼食を取りに行きましょう」

 

「アヤベか。分かった、同行しよう」

 

 クラスのウマ娘達が席を立ち、各々自由に動き始めて間を置くことなくアドマイヤベガが声を掛けて来た。同時に周囲へと、それとなく視線を配っているのから察するに、あまり俺に他人を近づけたくないのだろう。

 

 実際、その対応は助かった。カレンチャンやフジキセキからは、話題性も相まってアレコレと質問攻めを受けるだろうと脅されていた。

 現に俺に寄ろうとしていたらしい一部の生徒は、その脚を止めてそそくさと身体の向きを変えている。

 

「……ナリタトップロードは誘わないのか?」

 

 ふと、真っ直ぐ教室を出ようとしたアドマイヤベガにそう声を掛ける。最近仲が良いように見えたので、気になったからだ。

 

「今日は先約があるんですって。今後の事で相談に乗ってほしかったのだけどね」

 

 先約か、それならば仕方がない。アドマイヤベガの言う通り、今後の俺がどう立ち回るかの相談をしたかったのだが別の日にするとしよう。

 そう結論付けて俺も席を立ち、アドマイヤベガに先導をさせようとした時だった。

 

「すまない、アヤベ。私も同行して良いだろうか」

 

 声が掛かり、振り向けば見覚えのあるウマ娘。鋭い釣り目にアイシャドウを付けた彼女は、確か……。

 

「エアグルーヴ、だったか。確か生徒会にも所属していたな」

 

「その通りです。改めて初めまして、エーレンフリートさん。生徒会副会長の立場としても、あなたとはお話をしてみたかった」

 

「……エアグルーヴさんなら、良いかしらね。エレンも一緒なら、生徒会関連の話をしていると思われて他の子も寄ってこなさそうだし。あの子も流石に空気を読むでしょう」

 

 俺としては断る理由もなく、アドマイヤベガも否定的では無さそうだ。むしろ乗り気で、それこそ、恐らくはテイエムオペラオーの事を指しているのだろう発言まで飛び出す始末だった。

 苦手意識があるのは普段の振舞いや、実際にテイエムオペラオーと接したことがあるので分らないわけでも、理解できないわけでも無い。だが一応は年下なのだし、手心を加えてやっても良いのではと思わなくもない。

 

「些か私情も混じっているが、アヤベも問題は無さそうだ。共に食事を囲むとしよう、エアグルーヴ」

 

「ふふっ、わかりました。普段の彼女を見ていれば察しは付きますし、私も構いません」

 

 そしてエアグルーヴ本人も、ある意味人避けとして扱われる事に異は唱えなかった。

 

「それに、シンボリルドルフ会長からも言伝を預かっています。そう間違ってもいませんからね」

 

 付け加える様にそう告げて、エアグルーヴは微笑む。気配り上手とはこういう物かと、そう実感できる態度であった。今後の参考になる。

 もっとも俺の場合は、相手の気持ちを酌む所から始めなければならないだろうが。

 

 

 

 なんであれ、一先ずは食事だ。

 俺はまだ固形物摂取が解禁されていない為、医者が用意したゼリー状の食事だが。

 

「……すまない」

 

「気にするな。そもそもアヤベとトップロードぐらいにしか話していない事だ、これに配慮しろというのは無茶だろうと俺自身思うよ」

 

「人の食事中に食べられない理由を話すような人よ、この程度どうってこと無いわよ」

 

「……」

 

 食堂でそれぞれが食べる物を持って来た。その上で俺が取り出した物を見たエアグルーヴが察した様な表情をした後、苦虫を嚙み潰したような顔で謝罪をし始めた。それに俺が制止をかけ諭し、フォローする様にアドマイヤベガも続いた。……俺に対してだいぶ棘がある気がするのだが、気のせいだろうか。

 

 しかしそんな俺の疑問も全て無視し、さっさと食事を始めてしまったので俺も続くほかなかった。エアグルーヴも少し悩んだらしかったが、俺も食べ始めてしまったのでそれに続いて食べ始めた。

 どうせ二人とも温かい食事が食べられるのだし、話しながら食べて冷めてしまうのは勿体ないので構わないのだが。……少し釈然としない気持ちはある。

 

 そうして暫くし、皆が食べ終わったタイミングで口を開く。

 

「さて、一先ずは会長殿の言葉を聞こうか。彼女はなんと?」

 

「そう大した物でもありませんよ。『なにかと不便だろうが、不撓不屈の精神をもって新たな生活に挑んで欲しい。困った事があれば、いつでも生徒会を頼ってくれ』との事です」

 

「良かったじゃない、生徒会から直々に頼ってくれですって。幾らか気が楽になるんじゃないかしら?」

 

 ふむ、確かに激励の言葉としては無難な部類ではある。あまり接点が無いからこそ、そうなった可能性も十分にあるが。

 なんであれ、困った時には生徒会の力を借りる事も視野に入れるとしよう。もちろん相手は学生な以上、節度は守らねばならないが。

 

「分かった。有事の際は頼らせてもらうと伝えて欲しい」

 

「ええ、お待ちしています。……ここからは、個人的な話になるのですが」

 

 ふむ、態度からしてこちらが本命らしい。周囲の様子を見て、声を潜めてエアグルーヴは続ける。

 

「先日、UAFなる催しの企画が進行しているのは伺いました。既に多くのトレーナーから担当に話があり、運営側も今朝から告知を行い徐々に浸透しているのは確認済みです」

 

「そうだな、それは俺もアヤベに話を通している。そして彼女はそれを承諾し、俺もUAFに備えたトレーニングを後日行われる説明会の後に考案予定だ」

 

「でしたら話が早い。実は、一部の生徒はその催しに対して懐疑的なのです。正確に言えばそのトレーニング内容に、ですが……」

 

「……なるほどな」

 

 確かにそう考えるのは致し方ない。そもそもこの学園に通っている殆ど……否、全てのウマ娘はレースを走る為に入学してきている。であればそのトレーニングは走る事に関連していなければならず、それ以外の事にかまけている暇は無い。

 故に、その考えに至ってしまうのだ。

 

 しかし実態は違う。我々トレーナー側とて、そんな事は百も承知だ。むしろ大前提であり、俺もアヤベに勧めた身ではあるが、思うようなトレーニング効果が見込めなければ切り上げる予定だ。

 だがそれでもそのトレーニングに踏み切るのは、先ず前提としてアヤベが既に大事な時期を超えているからだ。最初の三年間、それを既に終えているのだ。だからこそ思い切った事が出来る。

 

 それらを簡潔に、エアグルーヴの目を見て伝える。

 それが俺の役割であると考え伝えた上で、それらで悩むのは大人の仕事だと。少しでも疑問に思うのならば、それは自身のトレーナーに打ち明けて良いのだと。

 

「大事な時期で成績が振るわなかった生徒か、もしくは新入生に相談を受けたのだろう。であれば、前者に対しては『勝利を望むならこそ、新しい試みは挑戦する価値がある』と伝えて欲しい。競技トレーニングは確かに走る事と縁遠く感じるかもしれないが、強靭な身体を作ると言う意味では全く同じなのだからな」

 

 以前アドマイヤベガと話した際にも考えたことだが、筋肉へ負担をかける際のアプローチが変わるだけだからな。

 通常の走る動作に依存したトレーニングより、怪我をし難い者も出てくるだろうと踏んでいる。

 

「では、新入生達にはなんと?」

 

「ただその気持ちをトレーナーに伝えれば良い、そうアドバイスするだけだ。そもそも『U.A.F.』への参加は任意だし、トレーナーが参加を考えたとしてもウマ娘本人の意志が不可欠な以上、話し合いで事足りる」

 

 そもそも強要なんて真似をすれば、トレーナーとしての信頼は地に堕ちる。だから本人が嫌だと言えばそれまでだし、不安だと言うなら何がどう不安かを解きほぐす。

 第一、それが俺たちの仕事なのだから。

 

 そう思っていれば、安堵したような溜息が聞こえた。目の前のエアグルーヴからだった。

 

「ああ、すみません。実を言うと私自身のトレーナーとも話をしたのですが、良くも悪くもキャリアが短い上に、彼女は担当がまだ私の妹分で二人目という有様でして……」

 

「なるほどな。同じ結論に至りつつも、しかし実績の不足から信頼性に欠けていたという事か」

 

 確かにそれならば、俺の口から今の話を引き出す必要がある。ただ内容を言って同意を得るだけよりも、言葉として引き出す方がそれらをどう理解し解釈しているかまでを知れるからだ。

 大それた役職につきつつ、担当トレーナーの実績がまだ薄いとよくある事態だ。かの皇帝でさえ、逆指名という事もあったが故に担当ウマ娘の活躍に対してトレーナーとしての実力は軽んじられていた時期があった。それを知っているが故に、俺の様な長くトレーナーをしている人間に縋ったのだろう。

 

 しかも運良く、クラスメイトという立場になり声も掛けやすくなったのだ。彼女の立場的にも利用しない手は無い筈だ。

 

「構わんさ。折角同じクラスに配属されたんだ、好きに頼ってくれ。……それと、今の俺を呼ぶ時はエレンで良い。そう呼ぶ者が増えれば、自ずと呼び名として定着するだろうしな」

 

「わかりました。ありがとうございます、エレン」

 

 早速呼んでくれるのはありがたい、俺としても早い所この名前に慣れねばならないからな。日常的にエレンの名で呼んでくれる者が増えるのは、そういう意味でありがたいのだ。

 付け加えるならば、同じ学生として同じクラスに居る以上はある程度の交流は持っておきたい。そのきっかけという意味でも、呼びやすい名前は機能するのだ。

 

 

 

 なんであれ、こうしてエアグルーヴとの交流を経て食事は終えた。

 その後も食休みを挟みつつ次の授業に備えるのだが、その際に更衣室の使用に悩むなどの一悶着があった……という事も無い。なにせ既に寮の浴場で散々悩んだ後だ、今になって更衣室で悩む事も無い。

 

 ちなみに二日目の時はどうにか粘って閉場ギリギリに入浴したが、三日目である昨日は先手を打たれてアドマイヤベガにフジキセキ、更にカレンチャンが加わった三人に連行された。

 幾らウマ娘の身体を手に入れたと言っても、なったばかりで大して鍛えても居ない状態では一人相手でもほぼ抵抗できない。それが三人相手ともなれば、もはや煮るなり焼くなり好きにしろという状況であった。

 そうして連れ込まれた先でも、既にフジキセキが根回しした後だったらしく大した問題も起きずに終わった。順応が早すぎると思う。

 

 

 

────☆☆☆────

 

 

 

「————Go ahead! 未来 days!!」

 

 ラスサビを力強く歌い切り、その後ゆったりとテンポを落としていくアウトロに合わせて歩を進め、身体を動かしていく。

 そうして最後に〆となるポーズを取って、本日の課題曲である『UNLIMITED IMPACT』を踊り切る事に成功した。

 

 ダート路線のG1ウイニングライブで使用される楽曲だが、芝のウマ娘が絶対に踊らないという事も無い。それこそ少し前にはグランドライブという懐かしい代物を復活させようという試みで、知名度向上の施策として様々な楽曲を歌って踊る特設ライブが開催された。

 その際にはあらゆる路線関係なく歌い、踊った。その為ファンにとっては、好きなウマ娘の別路線楽曲を見聞きする機会ともなったのだ。

 

 もっともそれが一定の需要を持ってしまった為、現在でもそういった現在走っている路線では縁の無い楽曲も踊れるようにしておこうという動きが強くなる要因になったのではあるが。

 この授業もその一環で、あまり踊る機会の無い楽曲をそれぞれのグループで踊るという内容だった。

 

「……はい、完璧です! ナリタトップロードさんにシンコウウインディさん、そしてエーレンフリートさんもお疲れさまでした」

 

 事の元凶であるダンス指導担当は、いい笑顔でそう言って労う。

 

 本来であれば今回の授業、途中編入した形になる俺は免除される筈なのだが。なんというか、相手が顔見知りだったのが運の尽きだった。

 40代かそこらに見える彼女は、俺がアドマイヤベガよりずっと前の担当を持っていた頃からダンス指導を受け持っていた。当時はまだまだ不安を覚える新米で、俺達の様な現役トレーナーの方がまだ踊りながら指導できた程だ。

 

 流石に当時の時点で俺は足腰にガタが来始めていたので、あまりの酷さに苦言を呈せても実践は出来なかったのだが。

 まさか今この場で、その仕返しをされるとは思わなんだ。俺をセンターに固定し、随伴のダンサーはくじ引きで決めるとは。

 

「エレンさん凄いです! いきなりセンターを任されたのに、キッチリ踊り切ってしまって!」

 

「元があのお爺ちゃんと思えないキレの良さだったのだ……」

 

 それはそれとして、結果は上々だったらしい。一緒にメインパートを踊っていたナリタトップロード、シンコウウインディがそんな風に声を掛けて来た。……後者は褒めているのか判断に悩んだが、褒め言葉として受け取っておく事にした。

 

「まぁ強いて言うなら、表情が動かな過ぎるのがどうにか出来ればもっと良いのだけど。そこはアヤベさんも同じだから今更ね」

 

「……私は、本番ではちゃんとしている筈よ」

 

 そして指導担当からは指摘を受け、比較に挙げられたアドマイヤベガは顔を背けていた。

 事情が事情とはいえ、確かに今まで走る事以外を原則的に無駄と断じて来た彼女だ。通しの練習ですら表情に変化が見られないのは見ていて心配だったろう。

 一応ウイニングライブの重要性や、そういった儀式的な部分への理解も持ち合わせていた為に本番では普段見れない笑顔を見せる。だがそれだけだ。そして今更、すぐに改善するわけもないのである。

 

 

 

 なんであれ、本日最後の授業は無事に終わった。

 その後もいつの間に歌の練習をしていたのかとも聞かれたが、それについては先日の謎の会の時にカラオケへ赴いたからだ。

 その時の東条トレーナーと桐生院トレーナーは、怖くて思い出せない。思い出したくもない。俺は歌う気など無かったのに、勿体ないだのどうのと捲し立てて無理やり歌わされた。その際にどう声を出すとか、ちょっとしたボイストレーニングをする羽目になった。のだったと思う。

 その時の鬼気迫る二人は、とにかく怖かったのだけは覚えている。

 

 とにかくそれが原因で、この姿での歌唱も問題なく出来たわけだが。

 

「放課後のトレーニングはどうするの? 宝塚記念までは期間があるし、現状維持でも問題はないでしょうけど」

 

 話を切り替え、アドマイヤベガが振ってきたこの後の動きについてだ。一応基礎部分の補強と、頭打ちが見えつつある身体能力を補う為の技術習熟メニューは考えてあるが。どうしたものか。

 

 一応明日以降になれば、都留岐涼花プロデューサー主催の説明会が行われる。その際に各種目の内容も知れるし、それを待つのも十分視野に入る。

 しかしその場合、別の問題が発生するのではあるが。

 

「競技トレーニングは早くて明日からよね? 例のソノンエルフィーさんとは会えそう?」

 

「会えるには会えるが、彼女のファンがトレーナー側にもいる事が分っている以上は話せるかは分からないぞ?」

 

「流石に向こうから何かしらのアクションは取ってくるでしょう、仮にもアナタの保護責任者なんだし」

 

 ふむ、言われてみれば確かにそうかもしれない。

 現状は機会に恵まれていないだけで、関係的にはもっと早くに対面して話をしたい気持ちはお互い同じな筈だ。ましてこんな特殊な境遇の保護責任者など、よほどの物好きか何らかの事情が無ければ受け入れない。

 

 そう考えてみると、明日以降の説明会でようやくハッキリしそうだと思考が落ち着く。

 

「アヤベの言う事も一理ある。筋も通っているし、早くて明日には現状ある疑問は全て晴れそうだな」

 

「そうなると良いわね。……疑問といえば、あれからタキオンさんから連絡はあったの? 最近見かけないけれど」

 

「それは心配ない。今はメジロ家の主治医が懇意にしている医療研究センターで、例の薬品のマウス実験を行っているらしい」

 

 ソノンエルフィーの話題から、今度はアグネスタキオン。トレセン学園という環境上仕方がないが、右を向いても左を向いても若い女性との問題に触れる機会が多すぎる。

 老骨を振り回すのは止めて欲しいが、あちらも好きで振り回しているわけではないだろうから強くは言えない。

 何であれ今はアグネスタキオンだ。

 

「そもそも、結局今回の件は彼女が原因だったの?」

 

「彼女自身、よく分かっていないらしいというのが現状らしい。実際、俺からしても不可解な点が多すぎるからな……たかだか飲み薬で肉体がここまで変容するのは異常だ」

 

「……言われてみれば、確かにそうよね。魔法でもあるまいし」

 

 現状分かっているのは、今回の騒動の発端となった薬品はあくまで栄養ドリンクとして作られた。その際にウマ娘が有するパワーの源をウマムスコンドリアと仮定し、それを経口摂取する事で肉体の新陳代謝への影響を目論んでアドマイヤベガから採取したウマムスコンドリアを投入したらしい。

 俺はその事実と、実際にこうして変貌した自分の姿がアドマイヤベガと瓜二つであるという状況証拠から、薬品が原因であると判断した。

 

 しかし冷静になればなるほど、可笑しい点が多い。

 先ず薬品とはいっても、結局の所は栄養ドリンクとして制作された物。確かにアグネスタキオンお手製のと付くが、所詮は健康食品の類。

 実は今朝に詳細データと本人供述と共に、成分調査を行った医療研究センターからは「指定医薬部外品」と同程度の成分しか保有されていないという事が報告された。要は、劇的な効果が得られる物質なんて物は入っていなかったのだ。

 

 次にウマムスコンドリアの影響についてだが、これも原因とするには少し根拠が薄い。

 何せウマ娘であれば誰でも保有し、血液などにも一定量は含まれる物質だ。この姿になった初日にもアグネスタキオンが言及していたが、こんなものでウマ娘になってしまうならば今頃地球上はウマ娘だらけだ。

 一応、既に挙げているがこのウマムスコンドリアはアドマイヤベガの物だ。だから少なからず、それが作用している事は間違いないのだが。

 

 しかしアドマイヤベガが漏らした言葉。なるほど魔法か。確かにそういう事象であれば、この身体の変化も無理やりに納得できる。

 せざるを得ない、が正しいだろうが。

 

「魔法か、中らずと雖も遠からず……かも知れんな。少なくとも何かオカルト染みた物が関係している可能性はある」

 

「オカルト……カフェさんにでも相談してみる?」

 

「カフェというと……マンハッタンカフェの事か。確か、いわゆる霊といった存在を見る事が出来るのだったな」

 

「あくまでお友達だそうよ。霊というのは、私達みたいな見えない側が勝手に呼ぶだけで」

 

 そしてオカルトといえば、我々には一人心当たりがあった。彼女ならばこの一件を不本意だろうが良く知っているだろうし、相談をする分には申し分ないだろう。

 ましてアグネスタキオンと同期で、あの理科準備室でスペースを共有する存在だ。何かしら知っている可能性はある。彼女のお友達とやらが、何かに気付いている可能性だって。

 

「そうだな、検討してみよう。確かアヤベは交友があったな、明日の午後……放課後にでも誘ってみて貰えないか?」

 

「良いわ、こっちで声はかけておく。午前中は例の説明会でしょう? そっちも何か進展があったら教えて頂戴」

 

 今日の予定の話をしていれば、気付けば明日の予定が決まっていた。まぁ人の会話というのは得てしてそういう物だろう、会話の中で知らずの内にズレて行くのだ。

 

 なんであれ、明確な予定が出来ているだけ良いだろう。どの道、現状では特にこれといった目的も無いのだ。当ても無く動き、無為に時間を過ごすよりはずっと良い。

 

 

 

 今日この後は、一先ず従来通りのトレーニングをアドマイヤベガには熟して貰う事にした。経験則からしてそろそろ能力の頭打ちが近づいている頃だ、能力を落とさない事に注力しつつ余計な負荷は無理に掛けない内容で様子を見る。

 特に最初の三年間を抜けた後は気が緩みやすい。実戦となるレースでも、だ。

 

 シニア級に上がってすぐの三年目は、クラシック級との混合戦は限られていた。それ故にまだ、自分が追う側という意識が強い。まして同期に強いウマ娘が居たならば、猶更だ。

 しかし四年目ともなると、そうもいかない。前年のクラシック級がシニア級に上がって来て、いよいよ本格的な世代間対決の様相が出来上がってくる。否が応でも、追われる側になる。

 

 そしてその時、同期にのみ目が向いていればどうなるか。

 上の世代のウマ娘が、明らかにその同期に気圧されている雰囲気であれば、敵ではないと判断してしまうのは前年のシニア級で経験している。

 だが、逆はどうだろうか。下の世代が、虎視眈々とお前たちの喉を食い千切ってやると睨んでいる最中だとして。

 

 同期のライバルに意識を向けすぎていればどうなるか、その答えは俺がこの姿になる少し前に出ていた。

 

 阪神の芝2000m、G1レースである大阪杯。アドマイヤベガは、そこで4着に敗れた。マークしていたライバルが、想定していた走りをしなかったからだ。

 そして同時に、自分達を食い破らんとする後輩達から目を逸らしたから。

 事前に警告はしていた。テイエムオペラオーに固執し過ぎるなと、伝えてはいた。それでもその結果で、全てが終わった時に彼女は俺の言葉を理解したのだ。

 

 少しばかり太陽が眩し過ぎて、そして目が眩む事に慣れ過ぎていた。彼女はそう評して、今後同じ様な失態はしないとも言った。

 現状、同期の全員がシニア二年目の初戦から躓いた状況。厳密にはナリタトップロードだけは、阪神大賞典でレコード勝利を収めていたが。何にせよG1は勝っていない、そう見られてしまっていた。前年であまりにも強かったが故に、世間での衝撃は大きかった。

 

「……幸先は、あまり良くない。新しいトレーニング方法が新しい風になってくれれば良いのだが」

 

 視線の先、フリーコースでウォームアップの為に走行するアドマイヤベガ。その走りに淀みは無く、確かに前回の様な失態はしないという言葉に嘘偽りは無いのだろう。

 だがそれでも、だからこそ不安にも思うのだ。過去に何度か、似たような状況になった事がある。

 一度目は若い頃、一回痛い目を見た方が覚えも早いだろうという浅慮が招いた。二度目は、その反省からと少し強めに言ったが故に集中を乱して。三度目からは、今回の様なそれとない忠告で自主性を促して。

 

 そしてその殆どが、そこから調子を崩して行ってしまった。もちろん単純なピークアウトの可能性もあるが、指導者としては何か他に伝え方があったのではないかと常々思う。もちろん俺は本人ではないから、結局どう言って欲しいかなんて事は何もわからないのだが。

 

 幸先が良くないとは、何もレースでの結果の話ではない。今、アドマイヤベガが置かれている状況そのものを指しているのだ。

 ある意味ではここが分岐点にもなり得る。もちろんナリタトップロードとの再戦など、彼女としても競走意欲があるのは先日に確認済みだ。状況としてはかなり良い方、今後の動き次第でどうにでもなる範疇。

 

 そこに件の競技トレーニングと、俺のこの状況。

 これらがどう関わってくるか、それだけが気掛かりだ。




使用楽曲情報、始めて使うからこれであってるかな

(4/29追記)記載忘れてましたが、作中での大阪杯はアプリ準拠で(そも公式でスマホ(ウマホ)が普及している時点で時系列もクソも無いので)G1として扱っています
 オペラオーが史実で沈んだ(なお4着)当時はG2です
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