トレーナーが担当ウマ娘そっくりになっちゃう話   作:なめろう、ご期待ください

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まだ続ける余力があったらしいです

※誤字報告ありがとうございます


五日目

 五日目の朝。

 

 つい先日カレンチャンから教わった事を実践しつつ、身支度を進めていく。学生というのは制服が正装なだけあって、スーツの様にやれ色合いだネクタイの色合わせだと考えなくて良いのが気が楽でいい。

 もっとも以前から大して気にした事も無いが、三年程前に桐生院・東条トレーナー両名に苦言を呈されて物だけは揃えた。懐かしい。

 

 何であれ、身支度が終われば登校の時間もすぐだ。今朝も寮内では朝練から戻って準備を整えに来た生徒達や、朝練は無しでそのまま登校する生徒達の気配が入り乱れている。

 

 ……稀に寮内の防音設備を貫通し、悲鳴が聞こえてくるのは何が理由やら。

 

 

 

「おはよう。今日は説明会だったわね、結果を待ってるわ」

 

 部屋を出て玄関まで来れば、そんな声が掛かる。見ればジャージ姿のアドマイヤベガで、察するに自主練から戻ったところらしい。

 まだ肌寒い空気の混じる時期とは言え、それでもウマ娘が体を動かすことで発生する熱は凄まじい。現に首元やジャージ下の体操着は汗で僅かに湿り、肌に張り付いているのが見て取れた。良く見れば、体表をうっすら白いもやが覆っている程だ。

 これが本番さながらの追込みや、レース直後であればそのもやがはっきり見える。それ程までに、ウマ娘の代謝はすさまじい。

 

 とはいえその正体は汗であるから、あまり近づくことはしない。いくら老いぼれの爺でも、それぐらいのデリカシーは持ち合わせている。

 

「おはよう、朝からご苦労様だなアヤベ。その説明会の後だが、一度病院に顔を出すつもりだ。担任には連絡済みだが午後の授業にも出ないし、昼食に関しても各自で取ってくれていい。報告はその後だな」

 

 彼女の様子からそう労いつつ、俺自身の今日の予定を伝えておく。

 

 ちなみに説明会の会場は学園の外であり、話が上がった当初にも言及はあったが学園外のアスリートウマ娘とその関係者も集まる。その関係で俺の見た目は明らかに浮いてしまうだろうが、そこは必要経費と割り切るしかない。

 今後のアドマイヤベガの活躍如何ではメディアへの露出も再度増えるだろうし、どの道この姿は衆目に曝される事になる。

 

「わかったわ。……身だしなみは、大丈夫そうね。うん、行ってらっしゃい」

 

 俺の言葉に頷いた後、アドマイヤベガは俺の身体全体を吟味する様に視線を動かした。そして満足そうに頷いて、普段では見た事がない柔らかい笑みでそう告げた。

 少し意外ではあったが、何であれ彼女のお墨付きがあるならば安心だった。昨日の今日で身支度にダメ出しをされては沽券にかかわる。

 

「ありがとう、自分ではまだその辺りの判断が付かないからな。行ってくるよ、アヤベ」

 

 ここは素直にそう応え、感謝の意を表しておく。

 行ってくると言ってそのまま残るのも変であるから、片手を上げて別れの合図としその場を離れる。彼女も応じる様に手を挙げて見送ってくれた為、このまま玄関に向かう。

 

 その後もフジキセキやナリタトップロードといった面々と出会ったが、そちらとも簡単な挨拶だけ交わして早々に学園を離れる。一応時間には余裕はあるが、学園の外である以上は交通機関の影響を受けるので早いに越したことはない。

 

 

 

 そうやって学園を出る少し前。先日出会ったタニノギムレットが、高笑いを上げて学園の備品である柵を蹴り破っているのを見かけた。

 ……これは、移動中にでも駿川秘書に報告しておくとしよう。

 

 

 

────☆☆☆────

 

 

 

「……はい、確かに確認が取れました。すみませんね、引き留めてしまって」

 

「いえ、この見た目なので。紛らわしくて申し訳ない、お勤めご苦労様です」

 

 さて、普段から移動には自分の車を使用していた。そして今日の移動にも、特に気にする事なく使用していた。諸々の免許も今の状態になってすぐ更新したからなのだが、冷静に考えると悪手だったかも知れない。少々悪目立ちするのだ。

 少し考えれば当然なのだが、傍から見れば学生が白昼堂々と車を走らせているのだ。目立たない理由がないし、警察も流石に引き留めて確認もする。

 

 これがマルゼンスキー等であれば、彼女がスポーツカーを乗り回している事は知れ渡っている筈なので問題は無いのだろう。しかし今の俺はアドマイヤベガとそっくりの見た目な以上、この辺りも配慮するべきだったかもしれない。

 ……後でSNSの状況も見ておこう。彼女に妙な話が付くのは、トレーナーの身としても不本意だ。

 

「今後の移動手段も考えなければな」

 

 何にせよ、今日の移動は耐えて行動する。余裕をもって動いているとはいえ、時間が決められた用事が連続している以上は仕方がない。

 法定速度こそ守りつつ、やや速度を上げて走行する。身を晒す時間を少しでも抑えたい。

 

 

 

 そうしてたどり着いた会場では、既に何名かの見知ったトレーナーが居た。が、トレセン学園からの参加者はそれぐらいの様だ。尤も時期が時期であるのも大きく、参加するとしたら俺の様に担当が節目を過ぎてレース頻度を落としていたり、今年から担当を持ち始めてデビューへ向けたトレーニングが本格化していない極一部の層だけだろう。

 

 その中でも些か緊張した面持ちの男を見かけた。以前の謎の集まりでも居たが、あまり絡んでは来なかったのを思い出す。

 担当ウマ娘は多感な年頃の少女である都合、我々大人は常にどっしりと構えていなければならない。もちろん、新人トレーナーはその限りではないが。

 

 要は、視線の先の男は少し揺らいでいた。

 担当ウマ娘がどれだけ前向きであろうと、それを指導するトレーナーもまた思う所はあるのだ。勝たせてやれていない現状に、焦るのはトレーナーもまた同じなのである。

 頼る相手が限られてしまうベテランであれば、尚更だ。

 

「随分と固い顔だな、沖田」

 

 何であれ、見知った顔だ。声をかけないというのも味気ない。そう思って手を振ってやれば、向こうも気づいたらしく一瞬驚いたような顔をした。

 たぶんこの姿にまだ慣れていないのだろう、そういう表情だった。

 

「ああ、エーレンフリート……で良いんでしたか。そんなに顔に出てましたかね」

 

「分かりやすいぐらいには。……気持ちはわかるがな」

 

 彼の担当ウマ娘であるナリタトップロードは、シニア級1年目では惜しい所までは行くが勝ちきれないレースが続いた。

 その上その全てを同期のテイエムオペラオーと、同じく同期で遅れて本格化しだし頭角を現したメイショウドトウの二人に阻まれ続けて来たのだ。勝者こそテイエムオペラオーだったが、そのテイエムオペラオーが居なかったとしてもメイショウドトウが居た。たらればは禁物だが、単純なレース結果ですら「もしテイエムオペラオーが居なかったら」と考えても自分の担当の敗北はほぼほぼ揺るがない。

 その事実に、担当ウマ娘が折れずとも、トレーナーが折れない保証はない。

 俺自身、辛うじてアヤベが宝塚記念を勝ち取りはしたがその後はあまり芳しくない。そこに今年最初のレースで幸先悪い展開だ、何も感じないわけが無い。

 

「流石に先輩程になると、こういう時でも落ち着いて居られる物なんですねぇ」

 

「フッ、そんな訳あるか。俺だって現状を打破する為に、この場に居るんだ。焦りはせずともそれなりに思う所はある。それを顔に出して、担当ウマ娘を不安にしてコンディションを下げては目も当てられんさ」

 

 しかし話している限り、幸いにして彼が折れている様子は見られなかった。尤もそれも当然ではある。

 仮に折れていたとすれば、先の阪神大賞典でのナリタトップロードの仕上がりはあり得ないのだから。

 

「……確かに、俺もアイツが酷い顔をしてた時に色々言ったっけなぁ。俺が同じ事してちゃ世話ありませんね」

 

 頭を掻くような仕草をして、苦笑を浮かべる彼の表情を見て一先ず安心する。幾らか気持ちの整理も付いただろう。彼の場合はちゃんと全部わかっている。分かってはいるが、自分の中に貯め込み過ぎて淀んでしまっていた。

 この会話がある種のガス抜きとして機能したならば、先輩トレーナーとしての面目は立っただろう。

 

 しかしこの姿では相手が後輩とは言え、背も抜かされ外見の年齢も上に見られる相手に敬語で話されているのも落ち着かない。

 まして事情を知らない者が多い以上、この場でそういうやり取りをしては目立つだろうとも思い至る。

 

「それはそうと、今の俺は学生の様なモノだ。そう畏まらなくていい。名前も、エレンで構わん」

 

「……まぁ、確かに目立ちますからねぇ。それじゃ、お言葉に甘えて……改めてよろしくな、エレン」

 

「ああ、よろしく」

 

 そう短いやり取りを経て、間も無く説明会の案内が始まった。先日にも紹介された都留岐涼花プロデューサーによって、配布されていた資料と共に今後の流れを聞く事となった。

 

 

 

────☆☆☆────

 

 

 

「——とても熱心に、話を聞いてくださってましたね」

 

 不意に声がかかり、顔を上げれば都留岐涼花プロデューサーが近くまで来ていた。

 既に大まかな説明は終わり、個別に質問がある者への適宜対応があるぐらいでそれ以外の者は既に帰る支度を始めている。

 今回の説明を頭の中で整理していたから、傍目には最後まで資料を熟読している様に見えたのだろう。

 

「如何でしょう、今日の話で『U.A.F.』へ興味は持って貰えましたか?」

 

「ええ、今のところは前向きに検討しています」

 

「ありがとうございます! トレセン学園の生徒さんに早速そう言って貰えるなんて、私どもとしても光栄です」

 

 ……ふむ、これは勘違いをしているな。まぁ当然ではある、アドマイヤベガは一昨年のダービーウマ娘だ。更に去年には一度だけ覇王の快進撃に待ったをかけたグランプリウマ娘でもある、この外見で勘違いされるのも無理はない。

 まして今は制服姿だ。

 

「すみませんが、俺はエーレンフリートと言って——」

 

「はい、存じております。先日、ビジネスパートナーであるソノンエルフィーからも聞き及んでおりますので!」

 

「……なんだと?」

 

 しかし、彼女の返答は予想外のモノであった。

 俺の事を知っている、それもいつの間にやら俺の保護責任者として登録されていたソノンエルフィーから直接話を聞いているときた。

 

 その上で、俺の事をトレセン学園の生徒と言った。聞き間違いではない。

 何故と思ったが、すぐに口元に指を当てる仕草をする。一先ずは見た目通りのジェスチャーと受け取り、黙して待つ。

 

「一応、エーレンフリートさんの事情は伺っています。その上で、形式上はトレーナーとしてではなく、生徒として扱って欲しいと言われていまして」

 

「……なるほど、読めて来た」

 

 つまるところ、この『U.A.F.』は俺自身にとっても今後の試金石として機能するという事だ。

 だからこそわざわざ部外者である現役ウマ娘アスリートを保護者役に設定し、俺に生徒という身分を与えたという事だろう。場合によっては、『U.A.F.』に俺自身が参加できるように。

 

「もちろん、その身体で十全にウマ娘としての力が発揮できない等の問題があれば、気になさらずに従来どおりアドマイヤベガさんのトレーニングに注力していただいて構いません。

 ですが競技への参加、ひいては各種競技に関するトレーニングはアナタにとっても無駄にはならないと思うのです」

 

 俺が理事長達の思惑を把握したのに気付いたのか、都留岐涼花プロデューサーはそう言葉を続けた。

 彼女の言う通り、競技に関する事で俺が参加しても何の不利益にもならない。むしろメリットの方が多すぎるとも言えるだろう。

 

 先ず第一に、俺の身体能力の把握が出来る。ある種、歪なウマ娘という存在の俺が何処まで真っ当なウマ娘に迫れる身体になっているのかを知る事が出来る。

 次に俺自身が、これらのトレーニングを通して自分の身体を御する術を得られる。今の俺は人間としての力加減しか知らず、現状はまだゆっくり力を加えて対応している状態だ。まだ一週間と経っていないから良いが、これが今後も続くと些か煩わしさが勝る。

 その他にも色々とあるが、特に大きいメリットはこの二つだろう。特に後者に関しては日常生活における、文字通りの身の振り方改善に繋がる以上、やらない手は無い。

 

「……確かに悪くはありません。しかし俺自身にも担当が居る以上、先ずはそれも含めて話し合いをしてから決めたいと思います」

 

「はい、それはもちろんお任せいたします。アドマイヤベガさんの今後の活躍は、一ファンとしても望むモノですから」

 

「感謝します。……それと今度、ソノンエルフィーさんとも会って話をしてみたいのですが、仲介をお願いできたりするでしょうか?」

 

「あの子もとても会いたがっていたので、こちらとしても是非。……あと、先ほども申し上げた通りトレーナーさんの事は存じておりますので、普段通りに話して頂いて構いませんよ?」

 

「ふむ、であればそうさせて貰おう。後は連絡先だが、名刺は今の名前での用意が間に合っていなくてな……メモ用紙で悪いが、ここに連絡を寄越してくれればいい」

 

 口調については非常に助かる。なにぶん声までアドマイヤベガそっくりなので、敬語で話していると彼女と差が無くなってしまうのだ。

 まるで彼女の様に振舞っていると錯覚してしまい、自分を見失いそうになる。いっそ彼女が粗暴な口調であれば違ったのだろうが、無い物ねだりをしても仕方がない。

 

 それと名刺については、これは本当に用意が間に合っていない。各種免許や書類を最優先にした結果、必然的に後回しになってしまったのだ。

 加えて新しい名刺を作ろうとした際、アドマイヤベガだけならばいざ知らず、カレンチャンまで居たのが運の尽きだった。派手なデザインこそ免れたが、主張し過ぎない程度に星の意匠をあしらったデザインを箔押しで発注させられた。

 おかげで余計に費用が掛かった挙句、予定よりも届くのが遅くなってしまっている状況という有様だ。

 

「はい、それではまた後日改めて。その時はエルフィー共々、色々とお話をさせてくださいね」

 

「俺も聞きたい事は多い、楽しみにしているよ」

 

 なんにせよ、ひとまずはこれでソノンエルフィーとコンタクトが取れそうだ。

 大まかな理由こそ判ったが、今の俺の保護者を名乗るというのはそれだけでリスクがある。俺が『U.A.F.』に参加するメリットでもある力加減の獲得だが、逆に言えばその加減を獲得する前に破壊してしまう事もあり得る。つまりは、その責任の矛先がソノンエルフィーへと向かうのだ。

 

 そういったリスクも含めて、改めて話をしたい。万が一の際は俺も貯蓄があるし、こちらからの補填も視野にいれておく。

 流石に年下にそういった補償をして貰うのは気まずい。

 

 なんであれ翌日以降の予定が確認でき次第、連絡を入れるとしよう。

 

 

 

────☆☆☆────

 

 

 

 病院での検査も終わり、学園へと戻った俺はアドマイヤベガ達と寮の食堂にいた。

 同席者は他にカレンチャン、エアグルーヴ、アグネスタキオン。一人は興味と、もう一人は以前の相談の延長で。

 最後の一人は、俺の健康状態の確認のため。律儀なことである。

 

「固形物は無事に食べられるようになったのね、良かったわ」

 

「ああ、お陰でお前達に気を使わせなくてすむ。それとタキオン、やはりお前のあの薬品は白だったぞ」

 

 簡単にこの身体の状況を説明し、出来るようになったことも話す。アドマイヤベガからは食事がマトモに取れるようになった事を喜ばれ、俺自身も変に気を使わせる必要がなくなったのは気が楽でいい。

 ついでにアグネスタキオンにも、ほぼ無実であったことを伝える。今まで状況証拠的に犯人扱いされていたが、今回の件でようやく疑いが晴れた。

 

「うーん、解りきってはいたが……いざ当の本人に言われると気持ち悪いねぇ。普通はお前のせいだと突っ掛かるものじゃないかい?」

 

「当初こそ状況証拠と、全員が冷静でなかったのでああなった。だが冷静になれば薬品で肉体が変容する方がおかしいとはすぐに気づく、映画の世界じゃないのだからな」

 

 確かに俺がトレーナーとして、まして大人としての立場でなければ何かしら思う所はあっただろう。実際こうなった当初は彼女に対して敵愾心をそれなりに抱いていたし、それこそ若い頃であれば怒声の一つは放っていたかもしれない。

 とはいえそうではない以上、事実は事実として須らく受け止めるべきだ。

 

「第一、普段は確信犯としてそこまで気にも留めないお前が、今回の件ではお前なりに誠意を見せた。それで十分だろう」

 

「まぁ確かに? 私自身も君に提供した栄養ドリンクの主原料や添加物、使用したアヤベ君のウマムスコンドリアのサンプルに、差異を確認する為の私自身からも採取したウマムスコンドリアのサンプルと諸々を提供した。その他こちらでも、私のトレーナー君に対して同様の実験を行い再現性の確認も取った。

 私が出来る事は全て行ったし、第三者的知見……この場合は病院でだが同様の結論に至った。そしてキミの決めた事だからねぇ、その判断は大人しく受け取るとしよう。

 ……問題はその上で、何の成果も無しという現状。キミの様に私のトレーナー君に肉体の著しい変化が起こる事も無かった以上、別の何かが要因としか考えられないねぇ」

 

「タキオンさん、自分のトレーナーさんにも同じ物を飲ませたんですか!?」

 

 カレンチャンが思わずといった具合に指摘するが、無理もない。俺もその言葉を聞いた瞬間に驚いたし、呆れたのだから。しかし彼女のトレーナーが身体を張ってまで再現実験を行い、思うような結果を得られなかったのは気になる所だ。

 尤もあくまで俺だけに起きた特別な現象という事が分かっただけ、再発する事が無いのが確認できただけ良かったとも言えなくはないが。

 

「彼女とはそういう契約だし、仮にウマ娘になったとしても彼と違って元から女性だからねぇ。耳と尻尾が生えるぐらいなら安い物だと、本人もノリノリで協力してくれたよ」

 

 ……それは、どういう気持ちで受け取れば良いのだろうか。

 

 

 

「さて、本題に入ろうか。『U.A.F.』についての概要は先ほど説明した通りだが、当然ながら各競技に備えたトレーニングが必要となる」

 

「早速で悪いのだが、具体的にどういった内容になりそうだろうか。資料を見るに競技名が……その、やや独特で」

 

「……うむ、若者受けはしそうだな。とは言え中身はウマ娘ならではの物ばかりだ、結果としてトレーニング強度自体は通常のトレーニングと差は出ないだろう」

 

 やはりエアグルーヴも競技の名称が気にかかるか。無理もない、ゴッドスピードカラテだとかダイナミックハンマーだとか、インパクトのある名前がそこそこ並んでいるのだ。

 

 とはいえ内容は分かりやすい。15種類という一見膨大な量の種目だが、それらを従来の基本的な5大トレーニングに当て嵌めればあまり変わらない。また傾向の近いトレーニングであれば、短期間でも纏めて上達する事だって不可能ではない。

 それらを図式で表してやれば、一緒に居たカレンチャンやアグネスタキオンも興味深そうに覗き込んでくる。一番見て欲しいのはアドマイヤベガだが、彼女はと言えば遠巻きにこちらを見守る姿勢だ。

 

「アヤベ、お前も無関係ではないのだぞ?」

 

「解ってるわよ。でも折角その姿で交友を深めるアナタを見れるのだもの、少しは良いでしょう?」

 

 やはりここ数日、彼女の態度が変化したように感じる。確かに以前から、彼女の強迫観念染みた物に囚われた態度からは軟化していた。しかし現状は輪をかけて変化している様にも感じる。

 

 加えて今の彼女は、何とも言い難い所がある。見て面白がっているというよりは、見守る様な姿勢。

 少しむず痒いというか、居心地が悪いというか。自分の担当に対して抱く感情ではないのだろうが、兎に角落ち着かない。

 

「……まあ、いいだろう。兎に角、この様に既存の5大トレーニングに当て嵌めつつ、傾向の近いトレーニングを5種1グループとして3グループに纏める。あとは通常のトレーニングの様にこの中から伸ばしたい部分と、練習しておきたい競技とを照らし合わせて取捨選択するだけになる」

 

 そうして如何に満遍なく、効率よくトレーニングと競技練習を熟していくかが重要になってくる。トレーニング効率に偏れば練習が疎かになり、かといって練習に偏れば十全なトレーニング効果を得られない。

 結局の所、最後に物を言うのはトレーナーの手腕だ。采配一つで、トレーニングの成果を生かすも殺すも容易く決まるのだ。

 

「ふむ、確かにこれは大多数のトレーナー達が身を引く訳だ。それこそ私の様な、クラシック級ウマ娘を抱えているトレーナーなら特にね」

 

「そうだろうな、従来のトレーニングメニューを丸々切り替える必要がある以上は仕方あるまい。加えて競技練習ともなれば、なおさらだろう」

 

「実際、説明会に来ていたのはごく僅かのトレーナーだったよ。そしてその殆どが担当ウマ娘の活動に一区切りついた者ばかりだ。新人は辛うじて数人居たが」

 

 アグネスタキオン、エアグルーヴと内容についての感想が続く。それに対して現状の『U.A.F.』が直面している問題に、俺自身が感じた事も補足しておく。

 

 少なくとも今後更に学園トレーナー、並びにウマ娘の『U.A.F.』参加を運営側が望む場合、このトレーニング方法に依って生じる実績という名のテコ入れが必要になるだろう。

 それぐらい、現行のトレーニング方法との隔たりがある。過去何度かあった学園主体の計画やトレーニング方法とはまた勝手が違う事も大きい。VRシミュレータの方がまだ即対応出来た程度に、差が大きい。

 

「トレーニング内容が根底から変化する以上、仕方ありませんね。後輩達も、結局自分達には関係無かったと声を上げていましたし……しかし現状では、学園内での話題性にも欠けてしまっていますね。トレーニングの継続性という観点で見ると、これはどうなのかと思うのですが」

 

「専属で、しかも大事な時期と被っていないトレーナーは現状少数派だからね。それこそ新人君ばかりだろうし、新人だからこそ尻込みしてしまう所はあるだろう。有望な新人でようやく、そこに誰でもいいから実績が出て来て、やっとスタートラインじゃないかい?」

 

 ふむ、やはりこの評価に行きつくか。

 正直を言うと継続性に関しては俺の意見も同様のモノであり、都留岐涼花プロデューサーには悪いが現状では、最悪の場合計画自体が途中で折れかねない。

 

 尤もそれは先方も重々承知であるから、今日の説明会でもその点に対する解決策としてのイベントスケジュールを構築している事を発表していたのだが。

 

「行きつく結論は皆同じか……。その実績を示す場こそあるにはあるが、年末に行われるテストステージで何処まで話題を広げられるかが勝負どころだな。アヤベが秋G1で好成績を叩き出すか、いっそ勝利した後にテストステージでも総合優勝を達成するならばあるいは……」

 

 そこまで言って、ようやく黙して見守っていたアドマイヤベガが動いた。

 分かりやすく大きなため息を一つ吐き、そのままワザとらしく腕を組んで首をかしげて言った。

 

「ちょっと、話がズレてないかしら? まるで『U.A.F.』を盛り上げる為にトレーニングをする、みたいに聞こえるのだけど」

 

 ……ふむ、言われてみれば確かにそうかもしれない。

 元々は『U.A.F.』に参加する為にトレーニング方法が根底から変わる話だった筈だが、気付けばどう『U.A.F.』の持続性を上げるかに話がすり替わってしまっていたかも知れない。

 

 尤も切っ掛けは判り切っているので、そこまで問題ではない。

 

「……すまない、私が余計な事を言ったばかりに」

 

「いや、避けては通れない話題ではあったさ。しかし確かに、先ほどの話し方ではそう捉えられてしまうな……言い方も悪かった」

 

 ハッとした後、苦々しそうに言葉を漏らすエアグルーヴにフォローを入れつつ、発言を改める為に頭を働かせる。

 

「そうだな。折角参加するのだし、当然優勝は狙おう。そしてレースも、アヤベを勝たせてみせるさ」

 

「それでこそ、よ」

 

 そう言って、満足そうに頷くアドマイヤベガに内心で胸をなでおろす。どうやら、納得して貰えたらしい。

 やるなら徹底的に。ストイックな彼女らしい考えだ。

 

「おやおや、随分と見せつけてくれるねぇ。とは言え秋G1戦線では私も復帰予定なのだからね、そう簡単に追い抜かせると思わないで貰いたい……それに私の同期も、侮れる相手ではないよ」

 

「無論だとも。皐月賞でのお前の走りは脅威的だった……十二分に警戒させて貰おう」

 

「私達が、アナタも、アナタの同期達も纏めて千切るわ。先輩を舐めない事ね」

 

 ……ふむ。やはり少し前までと、些かアドマイヤベガの言動が異なっている様に思える。現にカレンチャンやエアグルーヴは少し驚いている様子だし、アグネスタキオンも口にはしないがやや愉し気に見ている。

 

 指摘すべきかどうか悩むが、それはそれで私欲での勝利欲求にケチを付けたと思われてもモチベーションに関わる。一先ずは様子見としておこう。

 

 

 

「さて、話が逸れたついでに惚気話も終わった事だし仕切り直そうじゃないか」

 

 手を叩きながら、アグネスタキオンがそう切り出した。

 確かに軌道修正の際、俺が……というよりは間接的にアドマイヤベガが挑発する形で先の応酬が行われた。

 

 その会話自体にはアグネスタキオンも参加していたが、惚気とは何の事だろうか。

 

「しかしタキオン、仕切り直すと言っても粗方話し終えたのではないか?」

 

「同感だ、そろそろ食事でもと思っていたが」

 

 なんであれ、エアグルーヴの言う様に既に話の大部分は終わっている。後は精々、世間話を広げる程度だと思う。

 だがアグネスタキオンは、クツクツと愉快気に喉を鳴らし笑う。

 

「いやいや、先ほど話題に上がらなかったプランがあったじゃないか。それについて話さないのかと思ってねぇ? アヤベ君もそうは思わないかい、キミも考え付かなかった訳じゃないのだろう」

 

「……そうね、考えはしたわ」

 

「あれ以外に何かあったというのか? それはいったい……」

 

 エアグルーヴが二人のやり取りに首を傾げていたが、俺もまた同じ仕草をしていたと思う。皆目見当がつかなかったからだ。カレンチャンだけは、少しだけ目を逸らしたので何か知っている様子が見て取れた。

 しかしそれにもうんうんと頷きながら、当然だとばかりに彼女は続けた。

 

「彼にとっては盲点となる話題だからね。そして副会長殿、キミは彼の事を一トレーナーとして正しく認識している……故に気付けなかった」

 

「俺の盲点……いや、待てタキオン。その提案は……」

 

 そこまでヒントを出されれば、流石の俺も彼女の言わんとする事は解った。

 だが理解は出来ても、受け入れられる事かと言われれば否だ。確かにどの道何かしらの行動は取るだろうが、直接的に関わるのは抵抗がある。

 

 しかし彼女は止まる様子は見せず、むしろ意思固く言う。

 

「いいや、言わせてもらうよ。結果的に晴れて無実は証明されたのだし、良心で抑え込んでいたこの気持ちは今度こそ発散させて貰おう! エーレンフリート君、君自身が今年からデビューし、トゥインクルシリーズで活躍する傍らで『U.A.F.』を盛り上げるというプランを提示させて頂こう!!」

 

 ……やはり、そうなるのか。

 

 おそらく出来てしまうのであろう選択の一つ。それを改めて、提示されたのであった。

 

 

 

────☆☆☆────

 

 

 

 結局、興奮気味に捲し立てるアグネスタキオンを抑えるのに必死で、食事もろくに手が付かなかった。

 食べはしたが、ハッキリ言って精神的にも味を感じる暇が無かった。人が考えない様にしていた事を、ずけずけと土足で押し入ってきた様な物だったから仕方あるまい。

 

 既にアグネスタキオンとエアグルーヴの二人とは別れ、アドマイヤベガとカレンチャンと共に浴場へと訪れていた。

 まだ五日目にも関わらず、俺の存在を誰も気に留めない上に事情を良く知るであろうこの二人があまりにも自然体なのが不気味だ。

 

 俺自身はと言えば、どう足掻いても身支度の際に自らの担当と同じ身体である以上、担当であるアドマイヤベガへの罪悪感は既に薄れた。我ながら早いと思うが、当の本人が有無を言わさぬ態度で慣れろと言うのだから仕方がない。

 

「でも、悪い話では無いでしょう?」

 

 話を戻して、俺がトゥインクルシリーズを走る事を提案された事に悩んでいればアドマイヤベガからそんな声がかかる。

 

「人の思考を読むな。……能力試験も受けていないのだぞ、俺が満足に走れると思っているのか?」

 

 それなりの時間を二人三脚で歩んできた以上、担当がこちらの考えを読み取る様になるのは慣れている。慣れているからこそ、お互いの為にも良くないと言って聞かせているのだが悪びれた様子も無い。

 なので諦めて、現状での問題点を一つ上げる。要は入学試験だが、座学は今更落ちるとは思わない。なので問題なのは実技、走る事その物だ。

 

「でもでも、見た所エレンさんって本格化してますよね? ご自身から見て、どうなんですか?」

 

 アグネスタキオン達と一緒に居た際はあまり話に絡んでこなかったカレンチャンだが、ここぞとばかりにそう聞いて来た。

 まぁ先ほどまでは、彼女が積極的に関わる様な内容ではなかった。アドマイヤベガが一緒に居たから同席していた様な物であるから、仕方が無いのだが。

 

「……正直、適切に鍛えれば十分に通用すると思う。全体的にバランスが良いし、柔軟性も十分にあるのは確認済みだ」

 

「あれ、意外と把握してるんですね。身体の柔軟性とか、一番確かめ無さそうだったのに」

 

「老人は毎朝キチンと身体を動かしておかないと、すぐに固まってしまうのでな。その習慣が今でも抜けていないから、自然と知る事になる」

 

 なお毎朝の日課であった柔軟運動が、今では老いの恐ろしさを身に染みて実感するある種の恐怖体験になりつつある事は伏せておく。そんな事で将来に無駄な不安を抱かれても困る。

 

「そうだったんですね。ちなみに柔軟性の確認にかこつけて、他にも色々確かめたりは」

 

「いまや自分の身体とはいえ、担当と瓜二つの身体で必要以上の確認はしない。最初の日に測定したスリーサイズやバストサイズがアヤベと同一だった以上、何がどこまでアヤベと同一なのか分からないからな。担当のプライバシーに抵触しかねない為必要な事以上は確認していないと言うのが正しいか」

 

 この娘は、当のアドマイヤベガ本人が隣にいるというのになんて事を言い出すのか。若い頃ならばいざ知らず、そういった欲求が失せて久しい俺に何を期待しているのやら。

 アドマイヤベガの方を見て、お前も何か言ってやれと視線で促す。自分の体を辱める事を期待されているのだから、これは怒っても良い筈だ。

 

「……それはそれで、なんだか釈然としないわね」

 

 しかしその本人が、何故か不服そうにジト目を返してきた。なんなのだ、何を望んでいるのだお前たちは。

 

 どうしろというのだ。

 

 

 

 その後も何だかんだで世間話は続き、気付けば長湯をしてしまっていた。

 のぼせてはいけないからと早々に上がり、寝間着に着替えつつ脱衣所の開けたスペースで火照った身体を冷ましながら二人と話を続ける。

 

「そういえば、明日は学園の授業は休みだったな。先刻話した通りだが、相手方の予定次第ではソノンエルフィーと会ってみようと思っているが……アヤベはどうする?」

 

 土日で学業が休みとなる明日明後日に、都留岐涼花プロデューサーを介してソノンエルフィーと会うのも良いかと考えてそう提案してみる。それに少し考える様な素振りをしてから、彼女は頷いて応じた。

 それを確認して一先ず、貰っていた連絡先にダメもとで明日明後日の予定を確認してみる。アドマイヤベガも同席する事も忘れないように書き記して、また後で返事を確認しようとした所で短い電子音が響いた。

 

「……相手の方も、案外同じ事考えてたのかも知れないわね」

 

「その様だな、了承の返信だ。場所に希望はあるか?」

 

「あ、それなら近くのショッピングモールはどうですか? アヤベさん、例の買い物も土日で済ませたいって言ってたじゃないですか」

 

「そうね、そうしましょうか。そういう訳だから、場所はそれでお願いね」

 

 ……なにやら怪しいやり取りを見た気がしたが、私的な買い物である可能性も考慮するととやかく言えない為黙っておく。

 

 なんであれ明日の行き先も決まったので、それらの場所を含め時間諸々のすり合わせも送信しておく。これ以上は相手の返信を確認すれば良いだけなので、その旨だけ書き足しておくのも忘れない。

 

「さて、明日の予定が決まった事だし今日は解散しようか。二人ともおやすみ、身体を冷やさんようにな」

 

「アナタもおやすみなさい。また明日ね」

 

「おやすみなさいエレンさん、明日は楽しんできてくださいね!」

 

 ただ会って事務的な話をするだけになりそうなのだが、何を楽しめというのだろうか。

 やはり何やら不穏なモノを感じるが、しかし既に彼女達は自分たちの部屋へと歩を進めている。今から引き留めるのも気が引ける上に、それはそれで嫌な予感もする。

 仕方が無いので俺も大人しく、部屋に戻る事にした。

 

 

 

 あまり老人をいじめないで欲しいのだが、今となっては俺も肉体的には若者の仲間入りと考えると気が滅入る。

 彼女達の流行はもちろん、現代を生きる若者にとっての常識もまだ掴み切れていない。浴場でのあの切り出し方や反応も、それに付随した物なのかもしれないのだから困ったものだ。

 

 そういえば、折角固形物が食べられる様になったというのにろくに味わえていない。

 折角だ、明日は少し奮発するとしよう。去年末にも福引で当てた温泉旅行の際、いい機会だからと贅沢を尽くした時から間隔が短い気もするが気にしない。どうせあの娘は本当に好きなもの以外贅沢を頑なに拒んでいたのだし、巻き込む勢いで贅沢な思いをさせてやるのも良いだろう。

 

 ……確か以前担当していたウマ娘達が褒美を求めた際、食べ物だとほぼ確実に頼んできていた物があった筈だ。

 身体が若くなったから、その分幾らかの欲求も蘇ったのだろうか。かつての記憶を掘り起こしてみれば、少し気が逸るのが自分でもわかった。

 

 後ろを振り向けば既にアドマイヤベガ達は見えなくなっていて、そのことに少し安心した。

 

 なにせ、眼下で嬉し気に揺れる尻尾を彼女達に見られずに済んだのだから。




エーレンフリート(Ehrenfreund)

身長:157cm
体重:やや減

スリーサイズ
B85・W57・H82

突如としてウマ娘になってしまったアドマイヤベガのトレーナー。その外見は担当であるアドマイヤベガと瓜二つであり、現状制服姿の場合、外見の差異は髪留めが市販の黒いヘアゴムである事と、耳カバーや飾りを付けていない事ぐらいである。
なお作中描写はされていないが、一日目の宿直室へ案内される際にアドマイヤベガから棄てる前だった下着一式を幾つか頂いている。本人は凄まじい拒否感を覚えたが、着けなければもっとマズい事は明白であった為に断腸の思いで着用している。
また現在所有している衣類は制服夏冬一式が一組ずつ、ジャージ含む運動着セット四組。そして寝間着替わりのジャージを別途一組のみ。
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