トレーナーが担当ウマ娘そっくりになっちゃう話 作:なめろう、ご期待ください
長く続ける予定が無かったからフラグ管理がガバガバだけどご愛嬌
七日目の朝。
この姿になって、ついに一週間が経った。今日の予定も含めて、ある種の節目だと思う。いい加減に今後の方針を固めようと、考えを纏める。
それはそれとして、昨日はひどい目に遭った。そんな事を思いながらベッドの隣を見ると、寝間着姿のアドマイヤベガが静かな寝息を立てて眠っている。というのも、あの後にソノンエルフィーと同じ部屋で寝るのならと突撃してきたのだ。
ついでにカレンチャンも付いて来たし、ソノンエルフィーもそれを快諾したのでこうなった。
余談だが、ベッドの割り振りは俺とアドマイヤベガ。ソノンエルフィーとカレンチャンだ。最初は一緒に寝るのは体裁が悪いと断ったが、一つのベッドに三人は多いからと押し切られた。
勝手に押しかけたのはそちらだろうに……。
「アヤベ、起きろ。寝る前に話しただろう、今日の昼にはビデオ通話でお前のご両親に事の経緯を話さなければならないのだぞ」
「んん……もう少しだけ……」
声をかけても、彼女にしては腑抜けたそんな言葉が返ってきただけ。
時刻は七時半。普段ならばもう目を覚ましていて可笑しくないのだが、昨夜は何かと盛り上がっていたらしいので、珍しく夜更かしでもしたのだろうか。
俺は早々に寝たので、寝た後の事は知らないので真相は不明だ。
色々と拗らせていた当時、寝不足を隠してトレーニングに来た頃よりはマシではある。が、これはこれで困ったものだ。
本当ならば話の段取りを決めたかったのだが、まだ時間には余裕があるので少しぐらい良いだろうと、起こそうとした手を止める。
「仕方ない、あと少しだけだぞ」
頭を撫でて、そう言葉をかける。本来ならばこういう事はしない方が良いのだろうが、それでもこうして普段大人びた彼女の子供らしい側面を見せられると、つい手が伸びてしまった。
父性とか、そういう物だろうか。縁のないモノだと思っていたが、人生なにがあるか分からない。
……こんな姿になってしまった事も、大概ではあるが。
こうして頭を撫でていると、不思議と充足感があるものだ。普通は撫でられる側が感じるのではとも思ったが、理由は分からないが事実として満足感が胸中に溢れてくる。
少しくすぐったい気もするが、こんな感情も悪くないかもしれない。
だから考えている間もずっと撫で続けてしまっていた。
だから、それで彼女もまた、くすぐったそうに言葉を洩らすのも必然で。
「んふふ……くすぐったいよ、お姉ちゃん……」
そんな言葉を、未だ眠りに囚われた彼女が洩らすのも、また必然だったのかもしれない。
───☆☆☆───
結論から言えば、アドマイヤベガのご両親との話は特に問題なく終わった。
流石に驚かれたが、アドマイヤベガも俺もこういう悪戯をしないという信頼からか、すぐに信用されたのが幸いだった。
今からでも家族として縁を結ばないかと誘われた際は、流石に断った。幾らなんでも、それは俺が落ち着かない。あまり良い手段でもないだろう。
ちなみにこの話を断った時に、アドマイヤベガが隣で機嫌を悪くした気配がした。お前は俺をどうしたいんだ、としか感想は出ないが。
さておき、今日すべきことは終わった。
この後にはこれといった予定はない。であれば先を見据えて、彼女に色々と相談をしておくのが一番だろう。
「今日の主な予定は終わった訳だが……アヤベは今日、時間はあるか? 少し相談がある」
「ん、別に構わないけれど……どんな内容?」
流石にプライベートな話だった為に、この場には俺とアドマイヤベガの二人だけだ。なのでこの相談も、彼女と二人きりで済ませる物だ。
むしろ、彼女ぐらいにしか聞けない相談とも言える。
「……お前の走り方を、教えてくれ。他の誰よりも、アヤベから聞くべきだと思ってな」
「それは……ふふ、大正解ね。もし他の子に聞いてたら、嫉妬で狂ってしまっていたかも」
彼女は一瞬呆けた顔をした後、すぐに嬉しそうな顔で笑った。何やら不穏な言葉を漏らした気もしたが、指摘するのはやぶ蛇になりそうなので聞かなかった事にする。
念の為にアドマイヤベガにも断っておくのだが、なにもトゥインクルシリーズに出走する為ではない。より正確には、それを決める為に先ずは『そもそも走れるのかどうか』を確認する為に師事を乞う形である。
……結果的に走れることが分かればトゥインクルシリーズを走る可能性が極めて高いので、ある意味では出走する為になるのかもしれないが。
「兎にも角にも、走れなければ話にならない。そうでなくともただ走るだけでも何十年ぶりかも分からんからな、面倒をかけると思うが……よろしく頼む」
「こちらこそ、よろしく。それじゃ、早速トレーニングコースの使用申請を出しに行きましょうか。この時期じゃ天皇賞の追い切りですぐ埋まってしまうわよ。そうでなくとも、もう少しすればダービーだってあるんだから」
彼女と握手をしてそう言い合えば、担当を持つ度に抱いていた高揚感が湧き上がる。前と違うのは立場が逆であることだが、年甲斐もなく新しい経験を楽しみにしていると言えば説明もつく。
楽しげに言って先導する彼女に付いて行き、学園内施設の統合受付所へと向かう。そこで慣れた動作で端末を操作し、幸運にも空いたコースを見つけて申請を済ませる。一先ず、これで今日走る為の準備は完了だ。
「ふむ、今はトップロードが走っているらしい。挨拶がてら見に行くか?」
システムで申請が受理され、自分たちが使う時間の前後の予定を見れば、見知った名前が並んでいた。ひとつ前の時間には沖田トレーナーの名義、そしてひとつ後ろの時間にはタナベトレーナーの名義で使用申請が出されていた。
「トップロードさん……まあ彼女なら良いかしら。あら、こっちのタナベトレーナーって確か」
「ああ、かつてフジキセキのトレーナーをしていた男だ。色々とあって長いこと引退状態にあったが……今はジャングルポケットというウマ娘を担当していた筈だ」
「タキオンさんの同期だったわね。トップロードさんの同室の子でもあった筈よ」
「なるほど、あの時トップロードと話していた子だったか」
この姿になった日の翌日、ナリタトップロードに先んじて正体を明かした時。その直前まで、彼女と話していた人物こそがジャングルポケットであったのだと思い至る。やや粗暴な印象を受けたが、彼が目を掛けているのならば問題を起こすような娘ではないだろう。
そう考えた所で、不意にスマホが鳴動する。画面を見れば、電話の着信であった。浮かぶ発信者の名前は、沖田トレーナー。
「……嫌な予感がする」
というのも、コースの利用申請を出しているトレーナーが顔見知りの場合、担当ウマ娘の程度によっては合同での併走トレーニングの打診がかかる場合がある。なにせ同じコースを、より長い時間使えるのだ。しない方がおかしいし、事実として俺も良く使う手段の一つだ。
だが今回に限って言えば、俺の習熟トレーニングがメインである以上それは避けたい所だ。なにせ俺が現役ウマ娘の相手をできる訳が無い。当たり前の話だが。
俺達が見れているのだから、当然あちらも予定を入れた相手の情報を見る事が出来る。だからこうして連絡をかけて来たのだろうが、仕事が早いというか。
だからと言って電話を無視する事も出来ず、一先ずは応答する。耳に当てようとして、少し間を開けてスピーカーモードに切り替える。……もう暫くの間は、慣れる気がしないなこの動作は。
ともあれ一言二言交わして、さっさと本題に入る。尤も、俺の予想に反して、と言うよりは向こうもそれなりにこちらの事情を汲んでいたらしい。事前確認の様に、向こうから俺の指摘しようとした事を言って来た。
『エレンは、今日はどんな用件でコースの使用申請を出したんだ? アドマイヤベガのトレーニングなのか、お前さん自身の走りを見る為なのか』
「……俺自身の走りを見る為だ。なんだ、随分と持ち直したじゃないか」
仮に前の説明会の時の様に、色々と引き摺っていれば真っ先に併走のお誘いがあっただろう。それが無い辺り、あれきりで完全に持ち直したらしい。伊達にベテランとして名が知れてないといった所か。
『ははっ、流石に思春期の子供とか新人じゃないんですから。トップロードのトレーニングを見るついでに、一緒に見ましょうか? アドマイヤベガに見て貰うにしても、限度はあるでしょう』
「……そうね、私はトレーナーさん達みたいに詳しくはないもの。同じトレーナーの指導があった方が、安心できるんじゃない?」
隣で聞いていたアドマイヤベガが、そんな言葉を洩らす。あまり褒められた言動でなければ、声色でもない。
ましてそう言うのであれば、そのあからさまに不機嫌そうな態度をどうにかして欲しい所だ。せめて耳を絞るのを止めて欲しい。
『あー、……もしかしてお邪魔だったか?』
「いや、お前の提案自体は実に合理的だ。ただ、俺もあまり詳しくは無いのだが……女の子というのは、色々と複雑らしい」
『……はっはっはっ! なるほど、何となく理解できました。それならお邪魔虫は必要ありませんね、今日は予定通りにやるとしましょう。しっかし、先輩の口からそんな台詞が出て来るとは人生なにが起こるか分かりませんな!』
「うるさい……まぁさておき、すまないな。また都合の付く日に改めて頼む。後で挨拶がてら、会いには行くがな」
気を使わせてしまった。
そう思いながら通話を切り、スマホをしまう。ちらりと隣のアドマイヤベガを見れば、居心地悪そうに顔を逸らした。それならば止めれば良いのにとも思うが、俺自身も口にした通り色々と『複雑』なのは確からしい。
「まあいい。アヤベ、一先ずは着替えるとしよう。なに、アイツも大人だ。べつに怒られはしないから、気にしなくていい」
「べつにそんなんじゃ……いえ、さっきのは良くなかったわね。後で謝らなきゃ……」
一応、自分の言動については反省しているらしい。自発的にそう言えるなら、これ以上指摘することはない。
「……トップロードさんだけなら、一緒に教える事で納得はできるの。でもあなたに教える役目を譲りたくなかったから、ついあんな言い方をしてしまったわ」
「なるほど、そういう事か」
話を整理すれば簡単な事だ。
早い話が、アドマイヤベガは俺に走りを教えたがっているのだ。だからこそ、ナリタトップロードであれば許容範囲。しかしその担当である沖田トレーナーが、言い方は悪いが出しゃばってくるならば話が変わる。だから申し出に対して、あれほどまでに不器用な態度を取ってしまったのだろう。
俺が頼んだという事を差し引いても、それ以上に特別な思い入れがあるのだと流石にわかる。やはり『複雑』なようだ。
普段であればもっと穏便な言い方が出来たのであろうが、今は精神が安定していないらしいので仕方がないと考える。
それに今朝の事もある。頭ごなしに叱ることも難しかったから、自覚があるだけマシな方だろうと思うことにする。
「なに、今までは我慢をし続けるような生き方をしていたんだ。今は好きなだけ我が儘を言えば良い、度が過ぎても口添えをするから遠慮は要らん。これから程度を覚えれば良い」
「そういうんじゃない、つもりだけど……そうね、そうかも。もう暫くは、迷惑をかけるわ」
気を落とした様子で彼女は頷いて、下ろした首を上げきる事なくそのまま俯いてしまう。
やはり妹の件と相まって、彼女の中で何かが起きているのは間違いない。かといって今朝の事を指摘するのも悪手な気もするし、現状では解決手段もない。
大人しく彼女の気持ちが整理されるまで、付き合っていくとしよう。
───☆☆☆───
トレセン学園の敷地内に敷設されたトレーニングコース、その一角である芝のコース。そこを私のライバルであるアヤベさんが、アヤベさん自身とそっくりな姿に変貌してしまったトレーナーさんのエレンさんとゆっくり走っている。
……酷く遅い。下手をすれば、小学生でもクラブなんかに所属し師事を得れば、もっと速く走れる。そんなノロノロとした走り。否、もはや走りとは呼べないだろう。駆け足や、早歩きとでも形容した方が適切かもしれない。
もちろん、それでもヒトのアスリートが出す全速力にも近いのだけれど。
「お前から見てどう思う、トップロード」
そのコースを一望できるコース外周に設置された簡易スタンドから、彼女達をじっと見つめていれば、隣からトレーナーさんが声をかけてくる。先程からそわそわと動いていたから、たぶん言い出すタイミングを窺っていたのかもしれない。
正直、返答に困る質問だった。何せ姿は変わっても、エレンさんはトレーナーさんの先輩だ。尊敬しているとも聞いたこともあるから、それだけに言いにくい。
「やっぱり、言いにくいか。すまん、意地悪な聞き方をした。……ありゃまるで、よちよち歩きだな」
「……そう、ですね。でも、仕方ないかもです。事実、エレンさんにとっては初めての、『ウマ娘として走る』という経験ですから。よちよち歩き、というのは言いえて妙かもですね」
トレーナーさんがそう言って謝って、改めて自ら切り出してくれたお陰で言葉に出来た。というよりは、トレーナーさん自身も思って言い難かったのだろうと思う。
だけど同時に、その表現はとてもしっくり来た。だから私なりに好意的に捉えて、そう言ってみせればトレーナーさんは驚いた顔をした。けれどすぐにその表情を柔らかい笑顔に変える。
「そうか、そうだったな。言われてみれば確かに、いかに先輩といえどいきなりウマ娘の走りが出来るわけもないか。すまんなトップロード、気を使わせちまった」
「良いんですよ、トレーナーさん。たまには私も、トレーナーさんを支えてあげたいですから。そうですね……言うなれば、クラブに入る前の私たちみたいな感じですよ、トレーナーさん!」
「そうだったなぁ、あのクラブは今も偶に見に行くが……入りたての子なんかはみんなあんな感じだったっけか。昔っから初めての事でも、何でもそつなくこなす姿ばっかり見てたから色眼鏡で見ちまってたな。……ま、種族の壁は流石に無理だったって事か」
トレーナーさんはそう言って、先程までと違いエレンさんを楽な姿勢で見守り始めた。アヤベさんが何やら謝っていた時にもしていた目だ、すごく優しい目。
それはそれとして、トレーナーさんの言う事のその片鱗自体は別の所で既に発揮されてる。だから私も、トレーナーさんのそう言う気持ちがわからない訳じゃなかった。
だって事実として、とても近くでそれを見ているのだから。
少なくとも、声の出し方やダンスの振り付けがわかっているからといって、急に決まった即興メンバーでミス無く歌って踊れるというのはそれだけで驚異的だ。いや確かにレース後のウイニングライブは順位が決まらなければ、踊るパートだって決まらないという意味では近い物がある。でもあちらは最低でも数時間の猶予がある。あの時は数分しか無かった。
まして今までとは背格好も違うのだから、振り付けを完璧に覚えていてもそういった差異で乱れが生じる筈だ。少なくとも、私だったら無理だと即答できる。
いつもと違う視線の高さに、足の長さ。そんな状態で、振り付けを知っているからといって踊れる自信はない。例え数日の慣らしがあったとしても無理だ、せめて数週間は欲しい。
だけどあの子、エレンさんは、あの日それをやってみせた。
そしてそれを知っていたからこそ、よちよち歩きと評した彼女の走りを見て気付いたことがあった。
少しだけさっきまでと別の視点で見始めて、初めから何でもできるのではなくて、初歩も初歩な事からこなしていると思えばこその気付き。
「あれ、でも。フォームはすごく綺麗ですね」
「ん? ……そう、だな。速度に気を取られていたが、言われてみればやけに……いや、まさか!?」
トレーナーさんが慌てて、スタンドの手すりを飛び越えてコースのラチに向かって走っていった。
そしてすぐに、私もそれに思い至る。それを裏付けるように、視線の先のエレンさんが姿勢を低くする。それに追随するように、アヤベさんもまた姿勢を低く下げた。
確かに本人も言っていたが、あの身体は本格化を迎えている。だから理論上は、私達と同じ様に走れる筈だ。
そう、理論上はそうだ。理屈の上では、ちゃんとしたフォームを維持できれば、少なくともデビュー時の私達と同等程度の速度は出せる筈なのだ。
だけどヒトの身であった以上、生身でその速度域に達するという行為自体に抵抗が生じるのは当然だ。私はウマ娘だから良くわからないが、それでも急に今の倍の速度で走れるようになったらなんて言われれば流石に想像がつく。
ある程度慣れないと、簡単に転倒するだろう。そうでなくとも、コーナーだって曲がれないかもしれない。
視線の先、身を屈めたエレンさんがグッと加速する。すぐさまアヤベさんも加速し、その背後にピッタリと追い付く。それが万が一のための備えだと理解するのは容易かった。
そしてあっという間に、視覚情報で得られる限りの彼女の走行速度はジュニア級ウマ娘と遜色無い領域へと到達する。
「……すごい、初めてであんなに走れるなんて」
ラチまで走っていったトレーナーさんに後から追い付き、そんな言葉を洩らす。それにトレーナーさんは同意する様に頷いた。
「先輩には驚かされてばかりだな。まさかウマ娘の走りまで、初めっから物にするなんて……」
「はい、本当に……あ、流石にコーナリングはあんまりですね。なんだか安心しました」
スタンド前の正面直線を走り抜け、第一コーナーに突っ込んでいったエレンさんを見て僅かに安心する。なにせ自分自身が苦手としていたコーナリングを、まさかウマ娘初心者とでもいえる彼女に上回られたら立つ瀬がない。
けれどそんな安心感も、すぐに破壊される。
「いや、ありゃ実際に身体に掛かる遠心力を測ってるだけだな。初めから余裕をもって走ってるから第三コーナーで最適化してくるぞ」
「え゛っ!?」
トレーナーさんがそう言って、慌ててよく見れば確かにその顔には余裕がある。さらに第二コーナーでは内に位置取りを調整して、既に内ラチ沿いにピッタリと走り始めていた。
正直、愕然とするしかない。たぶん今の私を誰かが見たら、お腹を抱えて笑いそうだ。少なくとも大口を開けて、変な顔をしているに違いないだろうから。
「せめてもの救いは、あくまで教科書通り……いや、お手本通りの走りしかしてないことか。ただそのお手本が、一昨年のダービーウマ娘な上に去年覇王のグランドスラムを阻んだG1ウマ娘ってのが質が悪いんだよなぁ」
「しかも、あの様子だとレースの感覚もすぐに掴んじゃいそうですね……」
「それが怖いんだよな。幸い、今年デビューするような子を新たに担当する予定もないから気を揉む必要は無いんだが……後はエレンがトレーニングプランを、自分でどう組み上げていくかだな」
そう言ってエレンさんを見るトレーナーさんに、ふと気付いた事を聞く。
たった今聞いて、気になったことだから本当に取り留めのない事だけれど。
「そういえば気付いたんですけど、エレンさんのトレーナーさんってどうなるんでしょうか。出走のためにはトレーナーさんとの契約が必要ですよね……?」
「……あっ」
完全に失念していた、みたいな反応と共に、トレーナーさんは口を半開きにして固まってしまった。今度は、トレーナーさんがちょっと間抜けな顔をする番だった。
お腹を抱えて笑うのは、はしたないからしないけど、思わず笑ってしまったのは許して欲しいと思う。
───☆☆☆───
「それで、アイツは妙にそわそわしていたのか」
夜、寮の浴場。俺も自分で驚くほど、すっかり場に馴染んでしまったがもはや何も言うまい。メンバーはいつもの通り、アドマイヤベガにナリタトップロードは当然として、カレンチャンにフジキセキ。周囲には興味津々といった様子のウマ娘も何人か居るが、こちらは話に加わる気は無さそうだ。
今しがたナリタトップロードから、今日の試走の様子を沖田トレーナーと見学していた時の話を聞いた所だった。その際にトレーナーが付く付かないの話になったらしく、流石の奴も一トレーナーとして色々と気になったらしい。
あの後走り終わった俺の下に来て、妙に落ち着かない様子で『走るとして、トレーナーの目途は立ってるのか?』なんて聞いて来た理由はこれか。
「あの時ははぐらかしたが……目途が無いわけじゃない。候補は一応、二人居るんだ」
「へぇ? 誰なの?」
俺がそういうなり、食い気味にアドマイヤベガが聞いてくる。まぁ自分のトレーナーが兼任で走り、その為に更にトレーナーが付く様な物だ。気になるのも仕方が無いか。
「一人はお前達も良く知る、桐生院葵トレーナーだ。トレーナーとしての名家に生まれ、あの若さにして裏打ちされた経験と知識からなるトレーニング技法を習得しているのは強みだろう」
「ああ、ミークさんの……。でも、トップロードさんやオペラオー、ドトウと並んでのライバルの一角なのよ? あちらもその意識はあるでしょうし、トレーニングを見るにしても……」
第一候補として挙げた、桐生院葵トレーナー。彼女は俺がアドマイヤベガを担当した当時から、トレーナーとしてデビューをし始めた新人トレーナーだ。
トレーナーの名門である桐生院家のトレーナーとして、当時は色々と根を詰めては担当ウマ娘のハッピーミークと折り合いを欠く事があったのも今は懐かしい。
実力も人格も、個人的には俺自身を任せるには都合がいいトレーナーだ。だが、アドマイヤベガが指摘した通り、問題はある。
どちらかと言えば、まだまだ彼女は俺達のライバルとしての立ち位置に居るという事が先ず一点。そこに目を瞑っても、今度は大器晩成型の気質があるハッピーミークが脅威となるのはこれからという問題がある。そんな状況で俺のトレーニングを見るというのは、ライバルに手の内を曝すにも等しい暴挙とも言えるので受け入れられないだろう。
「ああ、それは理解している。だから候補として上げはしたが、実質的にはあり得ない相手でもある」
「そうでなくともミークさん、最近は葵さんとすっごく仲良しで、偶にお家にお泊りに行ってるとか言ってましたよ? 流石にそこに水を差す真似は良くないかと……」
「同僚としてはさっさと水を差してやりたい所だな……教え子を自宅に泊めるのは、同性とはいえ如何な物なんだ……?」
アドマイヤベガの指摘を自分でも理解しているから大丈夫だと話していたら、突如としてナリタトップロードからそんな事を聞かされる。アイツは何をしているんだ。
仮にも相手は教え子だ。まだ同性な分マシだろうが、十分に諸々の問題が発生しかねない事案の一例でしかない情報に頭を抱える。
「えっと、ミークさんから申し出たらしいんですけど……女性のトレーナーさん相手でもダメなんですか?」
「……今の俺が言えたことでもないが、ウマ娘とトレーナーというのは信頼関係の上に関係が成り立つ。その過程で、信頼関係が行き過ぎて恋愛感情に発展するケースは多い。特に若いトレーナーだとその傾向が強いし、そこに性別なんて物は些細な問題でしかない。第一、十数年か前にこの国でも同性での結婚が認められているのは知っているだろう」
「そういえば、そうだったわね。……まあ、私もトップロードさんも、トレーナーの年齢がそこそこだったから。気にした事が無かったわ」
「え~? でも、アヤベさん前に……ごめんなさいなんでもないです」
俺の言葉に対して、そう口にしたアドマイヤベガ。それに対してカレンチャンが何かを言おうとして、すぐ睨まれて黙ってしまった。何かあったのだろうか。
「私もナベさんだったから、あんまりそういうのは無かったなぁ。でも確かに、一時期はトレセン学園が『婚活会場』なんて揶揄された事もあったんだっけ?」
「嫌な時代の話だ。同性婚が認められたのを境に、卒業とほぼ同時に寿退職する若いトレーナーが急増した……それこそ、事件と言っても過言ではない規模で人手が不足した時期もあったほどだ。今でこそトレーナー側への対策教育を徹底する事で落ち着いているが、それでも近年はアプローチの圧が強いウマ娘が増えてきている傾向にある。頭の痛い話だ……」
懐かしい思い出と共に、嫌な記憶が蘇る。
増え続ける書類の山。トレーナーが少ない為、必然的に一人で複数人のウマ娘を担当せざるを得ず、余計に仕事は進まない。
ちょうどその頃は新人だったか、慣れ始めて間もないくらいの駿川たづな現理事長秘書も、その時期は化粧でも隠し切れない隈を拵えていたか。
兎に角、酷い時期が比較的近年にあったのだ。絶対に再発させてはいけない、絶対に。
余談だが、寿退職の主な理由は『自分の旦那(嫁)に別のウマ娘が寄り付かない様に』と言う相手側のウマ娘からの要望が殆どであったらしい。ウマ娘の独占欲というのは、何とも恐ろしい。
「……話が逸れたな。もう一人の事だが、お前達も記憶に新しいだろう。樫本理子トレーナーだ」
「ああ、前にアオハル杯の復興しようって矢先に来て、学園でのトレーニング指導方針を一律で管理指導式にしようとした人だったっけ。当時は衝撃的だったなぁ、アオハル杯も中止されそうになったり……ナベさんとも色々やったっけ」
「ありましたねぇ。当時はデビューもまだ先だったのでピンとこなかったですけど、今考えると中々思い切った物でしたよね」
「私としては、それでも構わなかったのだけど。たぶんそっちの方が性に合ってたし、そもそもトレーナーの方針がどちらかと言えば……でしょ?」
アドマイヤベガにそう振られ、それと共に周囲の視線がこちらに集まる。そう、周囲の全員の視線だ。
実情はどうあれ、一時は多くのウマ娘達から反感を買った出来事だ。育成方針として一定数は元々存在する物ではあるが、改めてその方針を取る当事者が居るとなれば気になるのだろう。
「確かに俺の方針は、基本的に徹底管理だからな。新人の頃から殆ど変える事は無かったが、ここ十数年は昔より緩和している方ではある」
「それって、例の嫌な思い出の名残かい?」
痛い所を突くな、フジキセキめ。とはいえ事実であるし、隠す事も無い。緩和し始めた時期からバレるとは思ってはいたが、すぐに指摘する奴があるか。
「……さっきも言ったが、人手不足でな。どうしても合わない者も担当せざるを得なくなった事があった……その名残だ」
もっと言えば、それが原因で苦い思い出も生まれたわけだが。それはこの場で言う事でもあるまい。
「何にせよ、明日辺りに連絡を取ってみるさ。……走れることが分かった以上、この身体を遊ばせておくのは勿体ないしな」
手のひらを見つめて、強く握りしめる様にして宣言する。
トゥインクル・シリーズがトレーナーとの契約をしたウマ娘のみが出走可能な以上、逆に言えば契約出来なければ話にならない。樫本理子トレーナーの都合次第では選抜レースに参加し、そこでトレーナーを確保するしかないだろう。
その事についても後日、改めて考えなければ。
「思ったのだけれど、メディア対応はどうするの? 貴方が走る走らないに関わらず、私のトレーナーである以上はどの道必要な話だったでしょうけれど」
「考えてはいるが、少し悩んでいる。案としてあるのは現状を公表するか、隠して俺が何らかの事情で表に出れなくなったとするかだな……」
「どっちも話題になりそうね……」
アドマイヤベガは困った様に言い、事実として俺もこの件に関しては扱いに悩んでいる。
前者はどう頑張ってもアグネスタキオンにも注目が向くし、俺自身の扱いにも意見が飛ぶだろう。それこそ現状の様な、女子生徒に混ざって寮を使ったり風呂を使っているなど大問題以外の何物でもない。内々だからこそ問題になっていないだけで、表沙汰になればその限りではないのだ。
かといって後者は、アドマイヤベガの後任トレーナー問題が出て来る。俺がそのまま収まるのが手っ取り早いが、そうすると選手とトレーナーの二足わらじという問題が出て来る。話題性としては十分すぎる。
そして何よりも、この見た目だ。前者であればそれだけで説明が付くが、後者の案では説明を考えなければならない。当然ながらアドマイヤベガ本人を始め、昼頃に話をしたばかりの彼女の家族にも迷惑が掛かる可能性が出て来るから余計にだ。
「そこも含めて、色々と考えていくとしよう。再来月から新しい世代がデビューし始める、俺もそこに乗るのがベストなのだろうが……」
「トレーナーが付くかどうか、それ次第ね……」
彼女の言葉に頷いて答え、そのまま流れで各々風呂から上がり始める。巧いこと話が付けばスムーズに進むのだが、樫本理子トレーナーにも当然都合はある。全ては明日以降の連絡次第だった。
おじいちゃんの過去、色々考えてはいるけど実はちゃんと形にしてないので今出てるそれっぽい奴後で纏めないと酷い事になりそう問題を抱えてる
あとおじいちゃんが走り始めた後のメディア露出どうしようってなってる。マジでどうしよう、何も考えてない
なんならレースプランすら考えてない。でも彩ファンタジアを歌って踊るおじいちゃんの気持ち考えたら不憫でならねぇってなったからたぶん普通にクラシック路線
予定は未定
ただ勝負服に関してはデビューする頃には考えないとなので逃げられない。まぁ元ネタはもうみんなにバレてるし真っ赤に染めさせていただくとするさね……