月明り・・・否、月明りのような光が差し込む不思議な空間に“それ”はいた。
青く光る蝶がその羽を羽ばたかせながらその場に留まっている。その蝶は周辺を確かめるかのようにその場をぐるりと回ると、
「・・・ここは・・・?」
蝶が男のような声を発した。
青く光る蝶、それは“人間の意識”である。
彼は改めて周囲を見渡すが自分の周辺には宙に浮かぶ道と、更に周りに浮かぶ足場のような物だけ。
訳も何も分からないまま、彼は進み始める。
道には彼と発光色は違えど似たような光る蝶が多く存在しているがその声を聴く事は出来ない。
彼は道なりに飛び続け、やがてそこに浮かぶ1つの光玉の前に辿り着いた。
「これは・・・?」
彼は目の前に浮かぶ光玉に目を奪われ、ゆっくりとそれに触れる―――。
そこは、“彼”が横転したバスとそれから少し離れている開けた小高い丘とを行ったり来たりしていた光景であった。付近の様子を見ると、曲がりくねった山道と突き破られたガードレールがある事からバスが山道から転落しここまで転がってきたのは想像できるだろう。
しかも“彼”は打ち所が悪かったのか、頭部と腹部から出血を起こしていながらバス車内に取り残された乗客を救助していく。
朦朧としている意識の中、最後はバスの運転手。当然ながらシートベルトをしていたため乗客達と比べれば怪我の程度は軽い、むしろ“彼”の方が見た限り乗客の中で1番の重傷者だろう。
そして“彼”がシートベルトを外し運転手をバスの車外へ連れ出し乗客達と同じように丘の上へ運ぼうとしたが、燃料漏れを防いでいた“彼”の上着が遂に機能を果たさなくなり“彼”が運転手を背負いバスから離れようとした瞬間――――
――――“彼”に強烈な爆炎と熱波、そして爆音が一度に襲い掛かりそこで“彼”の意識は途絶えた。
「・・・そうか、俺は・・・」
光玉の中の光景を見て、彼は自分がどうなったのかを思い出した。
しかしそれは同時に、彼の今の状態を認識させるには充分であった。
「って事は、俺・・・死んだのか・・・」
誰もいない空間で1人、ポツリと呟く。
「自意識を取り戻したのね」
「?」
彼しかいない空間のはずだが、そこに聞こえてきたのはまだ年端も行っていないような女性の声。
すると、彼の目の前に光が差し込み背中に翼を持った女性が降りてきた。
脛まで届く白いローブとそれに付いているフードを被っている事から分かるのは顔だけ。しかし女性が放つオーラが普通の人間のそれと違う事から彼は思わず後ろに後退った。
・・・とは言ったものの、蝶である彼に後退りという表現が当てはまるかは疑問であるが。
「主神様の代わりに貴方に謝りに来たの。ごめんなさい・・・本来、貴方はあの時点で死ぬ
「え・・・?」
いきなりの謝罪に“彼”は呆気に取られる。
「でも、貴方の運命が変わってしまって・・・」
「ちょ、ちょっと待ってくれ! 一体どういう事なんだ!? それに何で俺、こんな所にいるんだ!?」
訳も分からず話を進める女性に彼は思わず声を荒げた。すると女性は落ち着いたのか1つ咳払いをして彼の疑問に答えた。
「・・・まず、さっきも言った通り貴方は本来死ぬべき運命じゃなかった」
「じゃあ何で俺は死んでるんだ? いや、そもそも死んだはずなのにどうして意識があるんだ?」
「それに関しては、私が貴方に干渉したから」
「干渉? でも俺・・・」
彼が覚えているのはそして気が付けばこの空間にいた事そしてさっきの光の玉に触れ思い出した自分に起きた事だ。しかし女性は首を横に振ると彼の疑問に答えた。
「貴方が干渉されたのは、あの光玉に触れた時よ」
「・・・あの時か・・・」
「ええ。あれは私が創った物だから、貴方の意識と記憶を一時的に引き戻したのよ」
「え・・・?」
“彼女”の発言に彼は思わず絶句する。彼から見れば女性は普通の人間にしか見えないが、まさか人智を超えた存在だとは思いもしなかったのだ。しかし同時に納得もした。自分に対しての“彼女”の態度はまさに神のような存在と言えるだろう、と。
そして、“彼女”は話を続ける。
「本来ならあの光玉に触れた瞬間、貴方の意識は消滅するはずだった」
「・・・つまり俺は消滅してなかったって事か?」
「いいえ。消滅したのは事実よ」
“彼女”の言葉に彼は思わず身構えるが、“彼女”はそれを宥めるように言った。
「でも私の力で貴方の運命を捻じ曲げたから、貴方はこうして生きているのよ」
「・・・どういう事なんだ? どうしてそんな事を?」
“彼”の言葉に彼女は首を横に振った。それは“彼”が知りたかった事とは違う答え。
「ごめんなさい、それは言えないの」
「・・・そうか・・・」
“彼女”の言葉に“彼”は納得せざるを得なかったが同時に疑問も生まれた。何故自分のような存在を助けてくれたのか?と・・・。
「どうして俺を助けたんだ?」
“彼”は“彼女”に尋ねる。すると彼女は彼の疑問を予想していたかのように答えた。
「・・・私は貴方に生きていてほしいの」
「え・・・?」
彼は思わず間の抜けた声を発した。しかし、それは仕方のない事だろう。まさか自分を助けてくれた存在が自分に死んでほしくないと思っているとは思いもしなかったからだ。
そんな彼に“彼女”は言った。
「貴方はあのバスの中で死ぬ運命じゃなかったのよ?でも、私の不注意で貴方は死んでしまった。だから私は貴方に生きてほしいの」
“彼女”の言葉に“彼”はしばし考え込んだがやがて口を開いた。
「分かった・・・俺は生きるよ・・・」
“彼”がそう言うと、“彼女”は安堵したように息を吐いた。
「ありがとう・・・」
“彼”の言葉に彼女は礼を言ったが、すぐに表情を曇らせると申し訳なさそうな声で言った。
「・・・でもごめんなさい・・・貴方の運命を捻じ曲げた影響で貴方はもう元の世界には戻れないわ」
「え?」
“彼女”の発言に彼は驚いた表情を浮かべる。しかし“彼女”の表情は変わらないまま話を続けた。
「本来あそこではバスが事故を起こす運命ではなかったわ。でも貴方はその運命から外れてしまった・・・だから貴方のいた世界から貴方が消えてしまっているのよ」
“彼女”の言葉に“彼”は動揺を隠せなかった。まさか自分が元の世界に戻れないとは思ってもいなかったのだ。しかし同時に疑問が浮かんできたため彼はそれを尋ねた。
「・・・じゃあ俺はどうなるんだ?」
すると彼女は申し訳なさそうな声で言った。
「貴方には元の世界とは別の世界に行ってもらうわ。そこで生きてほしいの」
「別の世界?」
“彼女”の言葉に“彼”は首を傾げるが、すぐに納得がいったのか頷いた。
「・・・分かった・・・それで俺はどうすればいいんだ? もう元の世界には戻れないんだろ?」
彼の言葉に彼女は頷くと彼の前に1つの光玉を出した。
「貴方にはこれからその光玉の中に入ってもらうわ。そして、そこで貴方は新しい人生を歩んでほしいの」
“彼女”の言葉に“彼”は少し考え込んだがやがて納得したのか頷くように身体を僅かに上下させる。
「・・・分かった・・・」
“彼”はゆっくりと光玉に近づいていくが、もう少しで触れる所で“彼女”に止められた。
「待って、貴方と一緒に行きたいっていう子達もいるから」
「え?」
“彼女”の言葉に“彼”が振り返ると、そこには“彼”と同じような蝶が数匹いた。
それぞれ色こそ違うが“彼”と同じような光る蝶の姿だ。
「この子達は貴方の“仲間”よ」
“彼女”の言葉に蝶達は嬉しそうに羽をはばたかせると、彼の周囲に集まってくる。そんな光景に彼は思わず笑みを浮かべたがすぐに表情を引き締めた。
「・・・じゃあ行くよ・・・」
“彼”の決意を感じ取ったのか“彼女”も頷くと光玉の中の1つを指差した。すると他の光玉が消えていき残ったのは2つのみとなる。その内の1つにゆっくりと近づいていく“彼”だが、途中で足を止めると“彼女”に顔を向けた。
「1つだけ聞きたい事がある」
“彼”の言葉に彼女は首を傾げるが、やがて頷いた。
「・・・何かしら?」
「名前は何て言うんだ?ずっとアンタとかじゃ流石に悪いし・・・」
“彼”はそう言うと少し考える素振りを見せたがすぐに口を開いた。そして“彼女”もそれに答えるように口を開こうとするが、首を横に振ると再度口を開く。
「今は教えられない。主神様にご説明して説得できたら私も行く、その時に教えるわ」
“彼女”はそう言うと、“彼”に光玉に入るように促す。
「分かったよ・・・じゃあまたな」
“彼”がそう言うと蝶達は羽を羽ばたかせ“彼”が目指していた光玉の中に入っていった。そして最後に残ったのは“彼女”のみだ。
「・・・ごめんなさい・・・」
“彼女”は小さく謝ると彼も謝罪の言葉を述べる。しかしすぐに首を振り口を開いた。
「謝らないでくれ・・・アンタのせいじゃないんだからさ・・・」
“彼”の言葉に“彼女”は微笑むと口を開いた。
「ありがとう・・・じゃあ行くわね」
“彼女”の言葉に“彼”は頷くと、光玉の中へと入っていった。
そして彼が入ったのを確認すると、やがて光玉が静かに消えていく。
それを見届けた“彼女”は背中の翼を羽ばたかせ空高く昇っていくが、最後に“彼”がいた場所を見つめると静かに口を開く。
「ありがとう、私を大切にしてくれて・・・」
その言葉は誰の耳にも届く事はなかった。
“彼”が最初に聞き取ったのは、車のエンジン音やクラクション等といった都会の喧騒とも言うべき音。
そして次に感じたのは、隙間から入ってきているであろう少し肌寒い空気とそれによって伝わってくる風の感触。
その2つの情報で“彼”が目を開けると、そこには無数の車が走っている都会の道路があった。
どうやら“彼”がいるのは、その道路に面する路地のようだ。
「ここは・・・?」
“彼”は周囲を見回すが、光玉の中にいた時とは違い“彼女”の姿はない。恐らくあの光玉の中に入った事で役目を終えたのだろうと考えつつ彼は路地から出ようと歩き出すと不意に後ろから声を掛けられた。
「起きたのか、待ってたぞ」
「え?」
“彼”は驚いて振り向くと、そこには1人の男が立っていた。年は20丁度か20代前半といった所だろうか?・・・いや、良く見ると彼の姿には非常に見覚えがある。
亜麻色の髪と瞳を持つ美青年・・・それは彼の知る限り1人しかいない。
「ジュリウス・ヴィスコンティ・・・ッ!?」
「ああ、そうだ」
男・・・ジュリウスはそう言って笑みを浮かべると彼に手を差し伸べた。
「ようやくまともに会えたな、”ノア”」
これは数奇な運命に導かれた青少年、”
OP:新世界/南條 愛乃
コロナと絶賛闘病中で気力がない中書いちまったな・・・(-_-;)
という事で流行りの原作に自分も参入・・・とは言えタグ通り更新は気分なので閲覧されるお方はどうか長く暖かい目でお願いいたします。