イノセントDays   作:てんぞー

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ロケテスト編
ブレイブデュエル


「―――昨今の恋愛事情はちょっとおかしいと俺は思うんだよ」

 

 横、オレンジ色の短髪、後ろだけが尻尾の様に伸ばしてある青年へと視線を向けるまでもなく言う。

 

「へぇ、どういう事がだい?」

 

 大学、木陰のベンチでアイスコーヒーを片手にティーダとと共に涼みながら講義の後の自由な時間を満喫する。サークルには所属しているし、アルバイトだってある。だが幸いと今日だけはサークル活動は無いし、アルバイトにもまだ早い時間になっている。故に親友であるティーダと横に並んでアイスコーヒーなんてものを飲める余裕だって出てくる。課題もあるのだが―――そういう事は今、考えたくはない。

 

「そうだな、俺はこう思うんだティーダ。”セックスする為に彼女を作る”のと”彼女が出来たからセックスする”が”好きだからセックスする”というのに大分食い込んでると」

 

「おう、予想外にパンチの効いた話がやって来て個人的には驚いている事だけど、うん。まあ、僕もそれに関してはちょっと同意することがあるね。昨日だって同じ講義を受けてる人が”彼女作ってヤりたい”とかぼやいていたし」

 

 そう、それだ、と言いながら開いている片手で拳を作って握る。

 

「いいかティーダ? ―――極論セックスしたいだけなら風俗いきゃあいいんだよ! こう、直ぐに女とセックスする! って感じの考え方はは恥ずかしくないのか、と。もっと違うだろうよ。デートとかさ、恋人繋ぎとかさ、そう言うのって本当に好きになった相手にしかできないような事じゃねぇか。セックスするだけならセフレか風俗行けばいいけど、恋人としかできない事っていっぱいあるじゃねぇか。なのに”彼女できたらセックス!”ってのは俺的には非常に乱れてるとしか言いようがないんだ!」

 

「何が君をそこまで昂ぶらせるかは大体察しがついているから少し落ち着こうか」

 

「おう」

 

 ティーダにそう言われて溜息を吐きながら軽く俯き、両手でアイスコーヒーのカップを握る。やはり漏れてくるのは溜息で、視線を持ち上げて回りの光景へと目を向ける。

 

 ―――春。

 

 暖かい事もあって周りには多くの人の姿を見る。中には自分やティーダの様に集まって外で涼む姿もある。温暖の今の季節は暑すぎず、外で活動するにはちょうど良いぐらいの温度だ。その為外で歩いたり遊んだりする人の姿は多く、その陽気の為か足取りの軽い姿も見れる。その中でも目立つのは―――腕を組む男女の姿。カップル。恋人。言葉はどうあれ、そういう関係の人たちだ。四月が始まり、新学期になって大学には新たな人たちの姿が増えている―――そういう新入生たちを誘ったり、ナンパして、今はカップルが多く増えている。その姿を見て、隠す気もなく口にする。

 

「Fuck you」

 

「イスト君イスト君、言葉が英語に戻ってるからね?」

 

「馬鹿野郎、日本語で言ったらソッコでバレるだろうが。態々解らないように英語で言ったんだよ」

 

「君の隣にいる親友は君の言葉が解るからね?」

 

「ハハハ―――ファッキューティーダ。おっと、日本語で言ってしまったな? 言い直そう、Fuck you」

 

「はっはっはっはっは―――よし! やるかぁ!」

 

 額をくっつけてガンを三分ほど飛ばしあうが―――こんなことをやってるからいつも留学生組でハブられているのだろうという結論へと至り、溜息を吐きながら再びベンチの上で溜息を吐く。おそらく同じことを思っているのか、ティーダも横で溜息を吐いているのが聞こえる。だからと、軽く視線を上へと向け、青い空を眺めながら言葉を零す。

 

「あー……彼女欲しいわぁ……」

 

「彼女欲しいねぇー……」

 

 割と切実な声というか願いだった。日本、暁町の大学へと留学してきてから既に一年が経過している。アメリカ生まれの幼馴染、一緒に育ってきた為に親友とも言える関係で、高校まで驚くことにずっと同じクラスだったが―――まさか大学まで狙ったかのように一緒だとは思いもしなかった。これでお互いにどこへ行くか相談なし、違う目標があるというのに狙ったように同じ大学、同じ国へとやって来ているのでもはや呪いというレベルに到達していた。

 

「僕さ、この間実家に電話したんだよ。それで父さんや母さんが”日本はホモに厳しいよ”って言うから実家の隣の家のおじさんに腐った牛乳を渡す様に言ったんだけどさ、その時にノリで”俺もイストももうすでに彼女ぐらいいるよ”っていっちゃってさ。それを聞いてティアナが凄い驚いててさ、次の休みにティアナがステイツの方からこっちに来る予定なんだよなあ……」

 

「お前なんでお前壮大な自爆してんの。しかもなに俺をそれに引っ張り込んでんの。しかも初耳だよこの話。これってティアナちゃん来る前に彼女が用意できなかったら俺とお前ホモップル疑惑再浮上だよ死ねよ」

 

「君が死ねばその説も消えるんだけど」

 

 またいつものノリで拳を構えてけん制しあう時間が生まれる。それが周りに奇異の視線で見られているのに気付いて溜息を再び吐き、そしてアイスコーヒーをもう少しだけ飲み進めながら空を見上げる。

 

「彼女欲しいなぁ」

 

「そうだなぁ」

 

 いっそ腐ってると言って良い感じに絶望感に浸りきっていた。日本での大学生生活―――それ自体は悪くはない。ただまだ、日本では外国人への軽い苦手意識が残っているらしい。その為か、此方が流暢な日本語をしゃべる事が親しみやすい、にはつながらない。そのせいでか未だに純粋な日本人とは友達が作りづらく、留学生のコミュニティで集まっている感じになっている―――これに関してはきっと、どの国も変わりはしないと思っているが。

 

「まあ、イストはいいじゃないか。将来があるし」

 

「はあ、お前なに言ってんの?」

 

 ほら、と言いながらティーダが人差し指を持ち上げる。

 

「君は色々と年下にはモテてるじゃないか。アインハルトちゃん然り、ジークリンデちゃん然り。流石にヴィヴィオちゃんは小さすぎるとして、あっちの子達はもう中三、高一だからあと三年か四年ぐらいすれば―――」

 

「おう、お前が本気で死にたいってのは通じた。今日こそぶち殺してやる」

 

 拳を握りながら立ち上がったところで、背後からキャ、と女性の悲鳴が聞こえる。其方の方へと視線を向けると、目に映るものがあった。

 

 白い帽子だった。

 

 つばの広い白い帽子が風に舞い上げられるように高く飛び上り、そのまま風に流される様に飛んで行く光景だった。持ち主の女性だろうか、困った様子で飛んで行く帽子の姿を眺めている。その帽子が此方へと流れて行く事、そして既に普通にジャンプするだけでは届かないようなところにあるのを確認し、ティーダへと視線を向ける。それだけでこっちの事を理解してくれた幼馴染はウィンクを返し、ベンチから立ち上がり、距離を取る。その間に両足を固定する様に開き、そして両手を合わせ―――踏み台を作る。

 

「うしっ!!」

 

「行くよっ!」

 

 距離を開けたティーダが瞬発、そして跳躍して来る。その片足が手に乗ったところで、全身に力を込め、

 

「うぉらっ!」

 

 全力でティーダを投げる様に押し上げる。その動きに逆らわず、乗る様にティーダも跳躍し―――高く、それこそ三メートルほどの高さにまで跳躍し、ベンチ背後の木の枝に着地する。ギギギ、と折れそうな枝が完全に折れる前にティーダはもう一度跳躍し、木の横を抜けて飛んで行きそうな帽子をキャッチ、それをフリスビーの様に此方へと投げてくる。それを片手で受け取る。

 

 どうせ受け身を取って綺麗に着地するであろうイケメンから視線を外し、帽子を前へと持ってくる。そこには既に小走りで追いつき、荒く息を吐く二人の女性の姿がある。その姿へとまっすぐ帽子を渡す。

 

「はい、どうぞ」

 

「あっ」

 

 ちょっとだけ戸惑う姿勢を見せる女性は―――自分と同じ、留学生だった。肌が白いからおそらく欧米の出身、金髪を後ろで纏め上げる彼女は白いワンピース姿の体をちょっと揺らし、そして帽子を受け取り、此方へと視線を向ける。―――印象的なのは左右で色の違うヘテロクロミアの瞳だった。

 

「あ、そ、その」

 

 目の前の女性は困っているような姿を見せているので、その横の女性へと向ける―――幸い、そちらの方は顔見知りだった。こちらも目の前の女性と同じの金髪、白と青の服装の女性、カリム・グラシア、一つ上のドイツからの留学生だ。彼女は小さく笑顔を浮かべ、そしてウィンクを送って来る。つまり対応は任せる、という事だろう。

 

 ともあれ、

 

「大丈夫か? ん?」

 

 言葉を英語に変えて話しかける。それに一瞬相手がビクっとするが、直ぐに笑顔へと表情を変える。やはり日本語の方はまだ、少々不自由なのかもしれない―――少なくとも、この大学で自分が知らない外国人となると新入生辺りしかいないからだ。そして大体の留学生で新入生は日本語に不便だったりする。そういう言葉の壁は住んでいるうちに割とどうにかなってしまうものだか、まだ今が新学期開始直後である事を考えるとまだ全く喋られない状態であっても驚きではない。

 

「あ、いえ、ありがとうございます。風に帽子が流されちゃって困ってたんですけど」

 

 流暢な英語で言葉が返って来る。対応を間違えなかったことに静かにほっとしつつ、帽子を彼女が被りなおすのを見てから視線をカリムへと向ける。

 

「今の、ちょっと不親切じゃないのか?」

 

「常日頃から美女との出会いがほしいと言ってたからちょっと手伝っただけですよ」

 

「いや、そりゃあ美女だけど今回はお前絶対遊んでるだけだろ……」

 

 そう言っておそらく新入生である子へと視線を向けると何故か顔を赤くして両手で頬を抑え、俯いていた。カリムへと視線を向けなおすと、カリムが今度は日本語で話しかけてくる。

 

「美女ってのを肯定したのに反応したようね」

 

「ごめん、こういうタイプ初めてでちょっと俺反応どうすればいいのかわからねーや」

 

「送りウルフ?」

 

 横からそう言って現れたティーダの顔面に拳を叩き込もうと腕を持ち上げるが、それをカリムにどうどう、と諌められる。確かに、後輩、しかも美女、これが最も重要だが美女の前で醜態を見せる事はできない。しかもパツキン美女だ。これはもうかっこいい所を見せるしかない。見せられる気がしないのは何故だろうか。

 

「えっと、と、とりあえず……帽子の事、ありがとうございます……えーと」

 

「イスト。イスト・バサラ。出来たら名前の方で呼んでほしい。んで、こっちのシスコンイケメンが―――」

 

「ティーダ・ランスターだよ。僕の方もどちらかと言うと名前の方が嬉しいかな。よろしくね」

 

 握手を交わしながらそう言うと彼女は頷き、

 

「宜しくお願いしますイストさん、ティーダさん。私の名前は―――オリヴィエ、オリヴィエ・ゼーゲブレヒトです。お好きなようにお呼びください、出来たら気軽にオリヴィエ、と呼んでくれたら嬉しいです」

 

 そう言ってオリヴィエが微笑むと、カリムが横から口をはさむ。

 

「オリヴィエ」

 

「あ、はい、すみません。それでは出来たらまたお会いしましょ! それでは」

 

 カリムとオリヴィエが去って行く。その背中姿をティーダと共に横に並んで眺める。他にも自分たちの様にアホの様に美女の、オリヴィエの背中姿を追いかける者もいたが、彼女が校舎の中へと消えた事で皆、元の動きへと戻る。

 

「なあ、ティーダ」

 

「なんだいイスト」

 

「やっぱ女子は清楚なおしとやか系だよなぁ……」

 

「オリヴィエさんがカリムの様な暗黒腹黒系女子ではない事を祈ろう」

 

 ティーダの言葉に二人で黙り、そして動きを止める。懐かしい話だ。半年ほど前になる―――優しく、美しく、そして清楚系という好みにストライクしているカリムを誘おうとしてその本性の一端を知ってしまい、もはや異性として見るのは不可能という領域にまで遠ざかってしまった事件が。カリムの事は異性、というよりは仲の良い友人という感覚が今では落ち着いている―――少なくとも馬鹿に付き合ってくれる相手ではある。

 

「可愛かったなぁ……」

 

「だけどなぁ、アレを日本語では高嶺の花って言うんだぞ」

 

「うるせぇよシスコン」

 

「ティアナを溺愛する事の何が悪いんだよ」

 

 何時も通りのやり取り―――いつもとはちょっと違うだけの午後。溜息を吐いてから頭の裏を掻き、そしてあぁ、そうかと呟く。オリヴィエ・ゼーゲブレヒト。名前を聞いた時はその姿のインパクトで忘れてしまっていたが―――良く考えてみれば自分の知っている名前だった。

 

「ヴィヴィオ・ゼーゲブレヒト」

 

「……ヴィヴィオちゃんのお姉さんか。そう言えば最近日本に来るとか言ってたねぇ。あー……なんで忘れてたんだろ。まあ、いっか」

 

「そだな。そろそろバイトに向かわなきゃいけないし」

 

 飲み終わったアイスコーヒーのカップを近くのゴミ箱へと投げ入れて捨て、そしてそのまま大学内の駐車場へと向かう。大学の駐車場はそう遠くはなく、元いたベンチから校舎の横を抜け、そしてその向こう側にある第二校舎の裏側に存在している。そこには車などで通学している学生や職員達の為の駐車スペースになっており、そこにティーダのバイクが停めてある。黒く、そしてサイドカーのついた大型二輪バイク。

 

 今年に入ってティーダに少し金を貸し、それで漸くティーダが購入できたものだ。それにティーダは上機嫌でキーを取り出しながら近づく。

 

「お前ホントそれが好きだよな」

 

「まあ、一応趣味の一つだからね。機械を弄っているのはそれなりに落ち着くし……ほら、やっぱりバイクを持っているのって男子的にこう……ステータスにならない?」

 

「いや、まあ、なるけどさ」

 

 サイドカーの中にしまわれているヘルメットを取り出し、それを被りつつサイドカーの中へと身を潜りこまさせる―――このサイドカー、ティーダは女子を乗せる為に設置したとか言いつつ現状利用しているのは自分ぐらいな為、非常に悲しいことながらほとんど自分専用になっていたりする。そんな事はともあれ、ヘルメットをかぶってサイドカーに収まる頃にはバイクのエンジンがかかり、ヘルメットをつけ終わったティーダがアクセルを握っている。

 

「んじゃ、行くよ」

 

「おうよ」

 

 そう言って、バイクが動き出す。

 

 

                           ◆

 

 

 目的地は暁町の町内であるため、大学からそう遠くはない。それに大学の様にその場所は大きく土地を取っている為、見つける事も難しくはない。大学から出て大通りに入り十分、道路の果てに見えてくるのは広大な敷地を取る一つの研究所の姿だ。予想以上の渋滞に少々時間を取られつつも、研究所前のパーキングにバイクを駐車させ、下りる。短い時間ではあるが、サイドカーという空間は中々に小さい―――特に自分の様に体格が出来上がっており、デカイ人間にとってはかなり辛い。ヘルメットを脱ぐときに片手でさっと赤髪を整え、ヘルメットをサイドカーの中へと戻す。

 

「しっかし俺はつくづく思うのよ。ここまで来ると俺らの縁って運命を超えて呪いっていうか……世界が違ってても親友やっててそうな勢いだよな。たぶんガキの頃に会わなくても意気投合してコンビでも組んでたんじゃないか俺ら」

 

「あー、それは思う事があるよね。なんというか、子供の頃も割と突然だったもんね。なんだっけ……そうそう、ある日突然僕とイストがであって、そしてなんとなくお互い一目で気に入って、握手を組んで後はノリで……ってな感じだったよね」

 

 ティーダの言う通り、大体はノリだ。ティーダと馬鹿をやる時も9割ノリで行っているというか、大体いつもノリのままに突っ走っている感じがある。まあ、それで日常が大分賑やかというか、楽しいのでやめる気は毛頭ないのだが。基本的に人生、笑えている方が断然良いというのは共通しての考えだ。

 

 そんな事を思いつつ研究所―――グランツ研究所へと向かっていると、建物の前の花壇に水をやっている小さな姿を見つける。春物の服に身を包んだ小さな少女は気配に気づき此方の姿を見ると、如雨露を持っていない方の手を挙げて挨拶して来る。

 

「あ、イストさんティーダさんこんにちは。博士たちだったら研究室の方にいますよ」

 

「こんにちわユーリちゃん。お花のお世話頑張ってね」

 

「んじゃ俺達は行くな」

 

「あ、はい。お仕事頑張ってください」

 

 手を振り返しながら挨拶をし、そのまま研究所内へと入る。そこは外とは違い、しっかり冷房の効いた快適な空間となっていた。まだ人が少ない研究所内では一歩一歩が反響する様に広がって行き、センサーなど必要なく、自分とティーダの登場を中の者へと告げる。本来はもう少し賑やかな場所ではあるが、普通の学生であればまだまだ学校で授業を受けている時間だ。そんな時間に仕事やアルバイトが出来るのは自由にスケジューリングが可能な大学生の特権だろう。

 

「さて、今日は何をやらされるかなぁ」

 

「うーん、インターフェースやプログラム関連はほとんど終了しているし、ハード部分もグランツ博士はほぼ終了に持ってってるって話だったよ? 多分だけどデバッグとかじゃないかな。モーション登録やテストとかも大分終わってるんでしょ?」

 

「九割だっけ、今は。あとは細かい部分を幾つか残すだけ、らしいわ。俺にはよー解らんけど、技術的にもっとデータやフィードバックがほしいから最低でもテストは後千回ぐらいやらなきゃ駄目だってよ。その千回の反復運動をするのは俺なんだけどなあ」

 

「仕方がないよ、博士たち運動音痴だし」

 

 だな、と軽く笑いあいながら良く知っているグランツ研究所内を歩き回り、関係者以外立ち入り禁止のエリアに入る。その奥にある研究室の中には白衣姿の男が二人立っている。二人は扉が開いた事に気づき、此方へと振り返りながら挨拶をしてくる。

 

「やあ、遅かったじゃないか」

 

 そう言って缶珈琲を片手に挨拶をしてくるグレー色の髪の博士がグランツ・フローリアン博士。おそらく世界有数の知恵者にして”天才”というジャンルに括ることが出来る上に常識を兼ね備えた恐ろしい人物。そしてその横が、

 

「来たなモルモット……!」

 

「その髪の毛を俺の髪よりも赤く染めるのは無料でやるぞスカっち」

 

「やー、冗談だよ冗談。安全である事は確証しているから―――君でね!!」

 

 問答無用で首元を掴むが、持ち上げるも煽り顔を続ける紫色の髪の博士が―――ジェイル・スカリエッティ博士。グランツに匹敵する天才であり、その夢は世界征服という浪漫の塊とも言える人物。その二人が所属し、共同で開発を行っているのがグランツ研究所。開発、とは言っているが既にグランツ、そしてジェイル両名は革新的な技術を生み出している。それをまだ公表する事もなく、それをおそらくこの世で最もくだらなく、そして平和的な方法で利用しようとしている。グランツ研究所とはそういう場所である。費用等の諸々は全て国―――ではなく、ジェイルとグランツが過去に生み出した発明品、それを売って得た巨万の富から切り崩されている。

 

 勿論、それが自分とティーダのバイト代の収入源でもある。

 

「まぁいいや。んで今日は何すればいいんですかね。あ、スカちゃん後で校舎裏」

 

 ジェイルを床に下ろしつつグランツへと視線を向ける。その光景にグランツは苦笑しつつ椅子を指差す。

 

「何時も通りモーションデータを取りながらデバッグだよ。君とジェイルは本当に飽きないよね」

 

「私とイスト君はマブダチだからね! なんかテンションとか割と会う感じがするんだよね! ロマンとか理解してくれるし!」

 

「なんとなくだけど運命というか生まれる世界が違ってれば超敵対してた様な気もするけどな俺達!」

 

「いえーい」

 

 ジェイルと肩を組んでグランツにサムズアップを向ける。そんな事をしていると背後から頭を叩かれるような衝撃を受け、肩を組むのを解除しながら其方へと視線を向ければ、白衣を私服の上から着たティーダの姿がそこにはあった。肉体派であり感覚派である自分とは違い、ティーダは間違いなくインテリ派である。故に、多少ながらだがグランツとジェイルの作業を手伝える。そのイケメン顔と合わせて本当に妬ましい男だった。これでいて運動も出来るというのだから神は不公平だ―――シスコンという弱点を生み出したのはナイスだと言わざるを得ないが。

 

「”雲海”ステージのデバッグは他の子達に頼んで終わらせたんだよ。あそこは隅々まで飛行して違和感を探すだけでいいからね。だけどやっぱり”ミッドチルダ”や”廃墟都市”の様な建造物の多いステージは隙間とか見えない所が多いからね、時間がかかるんだよ。まあ、ミッドチルダステージに関しては八割終わってるからね。もうほとんど終わりって所だよ」

 

「ういっす。じゃあ頑張って体を動かしますよー」

 

 上着を脱ぎ、そのままシャツを脱いで上半身裸になる。シャツや服を一応折りたたむとティーダがそれを取って行く。その間に部屋の奥にある椅子に座り、横のテーブルに置いてあるパッチ等を体に張って行く。それらは全てコードで背後の機械へと繋がっており、テスト中の肉体の変化や動きなどを観察する様になっている。もう何度も繰り返し、これを貼り付ける必要もそこまではないが、まだテスト中なのだ。安全を確保するためにも付けてからダイブするのが良い、とはジェイルとグランツ、両名の言葉だった。

 

 椅子に深く座り、そして背中を預ける。ヘッドレストに頭を落ち着かせると上からバイザーが落ちてくる。それを通して見る景色はバイザーのせいで、少しだけ緑色に見える。そこから準備が完了するまでの間、部屋を軽く見回す。

 

「実は最近下の方の娘たちが一緒に洗濯をするのは嫌だって言ってきてねぇ」

 

「あー、私の場合は最初からそうだったからなぁ」

 

「ティアナが嫌がろうと実家にいる間は手洗いします」

 

「ドン引きですわこいつ」

 

 グランツとジェイルの戦々恐々とした視線をティーダは笑顔で受け止めつつ、そこから視線を外し、視界の端にあるシリンダー状の機械へと視線を向ける。それこそが今、グランツとジェイルという二大天才が協力し作成している世界最大級の”玩具”の重要パーツ―――ブレイブデュエルのダイブマシンになる。テスト用に長時間使用しやすい椅子型を現在は使用しているが、本格稼働が始まれば立ったままダイブするシリンダー型のが主流になる様になっている。

 

 そのテスト―――人体実験をしたのは勿論、自分だ。

 

 偶然大学で出会った二人の博士、そこからこういう大きなプロジェクトにバイトという身分で参加できるようになるとは思ってもいなかった。

 

 卒業後の就職はもしかしてここでもういいのかもしれない。

 

 ―――人体実験、楽だし。

 

「準備終わったよ。んじゃ娘たちが帰ってくる前にサクサクとノルマ分を終わらせてみようか」

 

「こっちも準備完了してますわー」

 

「はいはい、そんじゃカウントダウン行くよー? スリー……ツー……ワン!」

 

 視界が一瞬だけ白に覆われる。

 

 ―――だが次の瞬間、あらゆる拘束から放たれ、空から落下している自分を自覚する。

 

「よっ―――」

 

 体を軽く整え、そして前方に向かって一回転する。全身で風を切るのを感じつつも、目に大地が映ったところで足を広げ、そして右手で大地に触れる。体に感じる僅かな衝撃とは別に、着地した大地は大きく砕け、そしてクレーターが出来上がっていた。軽く手を振り、埃を落としながら自身の姿を確認する。姿はダイブする前の半裸姿―――ではなく、初めて登録した時の私服姿となっている。ジーンズに半袖のプリントシャツ、とかなりラフな格好だ。動きやすくはあるが、世界観に合う服装ではない。

 

 なぜなら眼前に広がっているのは近未来、という言葉が似合う都市だからだ。

 

 道路が空に浮かび上がり、高層ビルが当たり前の様に並び、そしてタイヤのない無人の車が道路をまばらに走っている。それは明らかに現実からかけ離れた光景ではあるが、現実と変わらないほどにリアルに出来上がった世界―――ヴァーチャルの世界であった。

 

「ダイブ完了しましたぜー」

 

『うんうん、此方でも確認してる。今日も問題なく稼働しているね。それじゃあ何時も通り粗探しとかを宜しく。こっちも手が空いたり誰か帰ってきたら追加で送り込むから』

 

「ういっす、了解。お給料分働きますかねー」

 

『お給料以上に働くのが一番うれしいんだけどね』

 

『ちなみに日本だと給料以上に働くのが当たり前で、アメリカでは給料以上に働く奴は馬鹿扱いされますよ』

 

『アメリカいいなぁ……』

 

「ははは」

 

 笑い声に混じりつつも、右手のスワイプでマップを表示させる。初めての時はこの動き一つ一つに違和感や感動を覚えたりもしたが、こうやって何度も何度もテストを手伝えば必然と慣れてくる。故に必要はないと解りつつもほぐす様に軽く体を伸ばし、捻り、そこから軽い助走を持ってビルの壁へと向かって跳躍する。

 

「ほ、よ、と」

 

 ビルの出っ張り、そこに足を賭けたら跳躍し、ビルの上へと向かってさらに跳躍する。それは普通の人間であれば間違いなく不可能な動きだ―――だが、ここは現実ではなくVRの世界。人間の動きは現実ではなく、設定されたパラメータやステータスによって決定されている。故に、

 

 今、体は容易く人間の限界を超えている。

 

「何度やっても気持ちいいなぁ、これ」

 

『最初の頃はVR酔いとかもあったんだけどね』

 

『発生させないように改良するのは大変だったねー……』

 

『いや、発生させないようにしたってのが一番頭おかしいですよ。毎回思いますけどスカリエッティ博士もフローリアン博士も生まれる時代が二百年ぐらい早すぎますよね』

 

『それぐらい先の世界で起きたらまた楽しそうだなぁ』

 

 窓の淵を蹴って体を上へと飛ばし、そして屋上へと着地する。そこから再び走り出し、体の動きを大きく次のビルの屋上へと跳躍する。勿論、この世界では空を飛ぶことだって出来る。だが、それよりも必要とされているのは”体を動かした時”のデータだ。そればかりは何百個何千個集まっても足りない、とはジェイルの言葉だった。故に仕事を果たすためにも態々空を飛ばず、ビルからビルへと飛び移るような面倒なやり方をやっている。

 

 ―――とは言え、全力で動き、そして全身で風を切るこの感覚は好きだから何ら問題はなかった。

 

 ビルからビルへと飛び移る動きに少しずつアクションを加えて行く。

 

 最初はただの跳躍。次は跳躍中の体を前転させたロールに。その次はツイストを試してみたり。エクストリームなパルクールやスケボーのゲームで見る様なアクション、現実ではまず不可能な動きがこの世界では可能だ。そしてそれを証明するかのように自由に動き、跳躍し、そして次のビルへと飛び移る。

 

「これでそろそろ目的地だな―――」

 

 そう言って跳躍し、粗探しをするエリアへと入り、次のビルへと飛び移ったところで、

 

 踏んだビルの柵、その中に足が沈んだ。

 

「―――あ」

 

 そのまま水の中へと沈んで行くように全身が柵からその下の壁の中へと沈んで行き、地上まで落ちてきた所でポンプに吹き飛ばされる様に上へと向かって飛んで行く。

 

『まさに上へと落ちる変態』

 

『グランツ、許されません』

 

『そこの担当私じゃなくてジェイルでしょ……ほら、さっそく粗を見つけてくれたから修正するよ』

 

「割と楽しそうだなぁ、博士たち」

 

 ジェイルに至ってはビールかポップコーン片手に見ているような気がしなくもない―――実際、割とお菓子とかを持ち込む常習犯ではある。

 

 グランツ達が修正したばかりの壁や柵を手で触れてから確認し、そこを殴って砕いてさらに確認する。

 

 この世界、このゲームのオブジェクトはほぼ全てが破壊可能物に設定されている。故に触って確認するだけではなく、破壊してからの確認もある程度必要となってくる。大体は非破壊状態でチェックし終わってからの作業ではあるが。

 

「……ま、やりがいがあるし、楽しいし、ロケテストが楽しみだな、これは」

 

 ジェイル・スカリエッティ、そしてグランツ・フローリアン。

 

 二人の天才が生み出さんとしていた新たなゲーム、ブレイブデュエル。

 

 それは間違いなく、完成を目前としていた。




 イスト・バサラ(20)アメリカ人。特技はモルモット。
 ティーダ・ランスター(20)アメリカ人。シスコンという不治の病を患っている。幼馴染。

 カリム・グラシア(2X)。学年一つ上の先輩。暗黒腹黒系女子。


 というわけで息抜きに割と真面目になのセントの方を書いてみた。ラスボスはいない。イイネ? というわけで死亡フラグはなく、ばかばっかりで、超人とかは別になし、平和で、ネタばかりのブレイブデュエルなお話ですよ。StsやVivid、Forceなどの時系列関係なくなのはシリーズ総出演という事で。

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