グランツ研究所の存在する暁町は海鳴、そして藤岡町と隣り合っている。形で表現するのであれば三角形の様な形に配置されている。その為、この三つの街の間での移動はそう難しくはない。つまり現在三つのブレイブデュエルの拠点、グランツ研究所、八神堂、そしてT&Hへの移動はそれ程時間のかからないものとなっている。つまり一つのショップからもう一つのショップへの遠征は十分にできる事なのだ。
そう言う事もあって、グランツ研究所から八神堂への遠征は問題なく始まった。グランツ研究所の前でカリムを除いた四人で集まり、真っ直ぐ八神堂へと向かう。割と朝の方に集まって移動を始めたため、八神堂への道は空いており、人の様子はない―――まだブレイブデュエル稼働前の時間だ。歩きつつあると、オリヴィエが首をかしげる。
「今日は遠征という事らしいですけど……八神堂とは具体的にどんな場所なんですか?」
それにこたえるのはティーダの役割の為、視線を横へ向けると自動販売機を見つける。そのトップに”ドロリ、眠れる王とゆりかごの味”等という激しく意味不明なドリンクが出ている。個人的には物凄く心惹かれるものがあるが、何やら目覚めさせてはならない記憶まで目覚めてしまいそうなので、片手でクラウスを手招きする。それに反応したクラウスが此方へとやって来る。
「うんとね、まずは八神堂がベルカスタイル、T&Hがミッドスタイル、そしてグランツ研究所がインダストリーが担当なんだ。というのも、ショッププレイヤーの大半がそのスタイルを使っているからだ。ちなみに僕とイストは二人そろってインダストリーだね。クラウスとオリヴィエはベルカスタイルだけど別にショッププレイヤーって訳でもないからその辺気にしなくていいよ」
自動販売機にお金を入れ、ジュースを購入する。ゆりかご味……その缶には巨大な船が戦争しているかのような絵が描かれている。それを見ていると何故だか急に寒気と震えを感じてくる。クラウスの方へと視線を向けるとクラウスも理由が解らないが同じような感覚を味わっていた。へへ、一体どんな味なのだろうか……マジで震えてくる。だが購入したからには飲む義務が存在している。飲まなくてはならないのだ。
「えーと、ベルカ担当の八神堂は簡単に言うと”近接のプロフェッショナル”ってのが一番妥当な表現方法なのかな? 基本的にベルカスタイルは一対一、近接戦闘を行うのが得意なタイプのスタイルなんだ。勿論ベルカだけど魔法戦の方が得意ってのも十分できるけどね。ただまあ、見本というか、そういう人たちがショッププレイヤーとして活動しているのが八神堂にはいるよ」
飲むふりをしてクラウスの口の中に叩き込んでみる。一瞬のフェイントを見切ったクラウスがコマ送りの動きで回避する。だがその動きは既に来ると解っていた。そして来ると解っているのであれば対処は容易い。長年クラウスと一緒に馬鹿をやっているおかげでクラウスが避けるのであればどっちへ、というのは対クラウス完全抹殺マニュアル~お前をひでぶっ~を通して把握済みである。故にクラウスの回避先へと予めジュースを叩き込めば、驚愕の表情で回避してきたクラウスの口の中へとゆりかご味ジュースが叩き込まれる。
「なるほど……八神堂ですか、同じベルカスタイルのファイターとして勉強になりそうなことが多いです」
「いやぁ、それは相手もそう思っているはずだよ。グランツ研究所は基本的に”聖地”という認識だからね、ブレイブデュエルにおいて。プレイヤーの質も他の二か所よりも高いって思われてるし、その期待に応えるだけの活躍はしなきゃいけないから、負ける事は許されないよ」
「む、ならばこそ、更に全力で頑張らないといけませんね。期待に応える為、そして何よりも自分で決めた事を守るため。これは気の抜けない一日になりそうです」
クラウスが口からジュースを吹き出しながら道路に倒れる。その表情はまるでトラウマを思い出したかのような恐怖の色に染まり、ビクビク、っと軽く痙攣しながら道路をはねている。明らかに救急車が必要という恰好だが、クラウスの事なので十数秒後には復活していると思う。腹を蹴って飲んだばかりのジュースを吐き出させる。
「と、ところでティーダさん、さっきからハンドサインで無視しろ、って言ってますけど私ちょっとクラウスさんの事が心配になってきたんですけど……」
「あぁ? うん、大体何時も通りだし大丈夫じゃないかなぁ。割と何時もの事だし……あ、ほら、起きた」
「イスト貴様ァ!」
「はは、ざまぁ。避けられない方が悪いだガポォ―――!?」
起き上がった瞬間のクラウスがお返しにジュースを口の中へ叩き込んでくる。口の中に広がる味はとても言葉では表現できず、説明できず、全身に寒気と恐怖と絶望感を擦り付けつつトラウマを呼び起こす、そんな感じの味の様な気がした。そこまで味わったところで体が倒れる。
「あ、イストさん!」
「んじゃ馬鹿に満足したら行くよー。あ、クラウス運んでねー」
「うむ、任せよ」
「え、えー……」
◆
オリヴィエの困惑をよそに、普通に八神堂に到着することに成功した。古書店・八神堂。その本来の業務は古書店なのではあるが、店主である八神はやての趣味をもってブレイブデュエルで遊ぶことのできる超大型地下空間が存在している―――軽い地獄の建設タイムであったと、かかわった者として覚えている。ともあれ、そんな普通の古書店にしか見えない八神堂の前には大きな青い犬が一匹、日向で温まる様に丸まっている。
八神堂のマスコット的なペット、ザフィーラだ。
「ザッフィーおーっす」
片手を上げて挨拶すると、ザフィーラが反応する様に顔を上げるが、何も言わず、起き上がるそれを見たオリヴィエが笑顔を零しながら近づいて行く。やはり普通系女子、普通に動物は好きらしい。
「あ、大きな犬ですね。わ、ふわふわ」
男三人でオリヴィエがザフィーラを撫でる姿を見る。これでオリヴィエがザフィーラの中身を知っていれば普通にそうやって近づく事もないのだろうが―――たしかオリヴィエは日本へとやって来てからの時間がまだそう長くはない筈だ。だとすればまだここらのペットとエンカウントしていなくても全然おかしくはない。故に笑顔を浮かべ、男三人で微笑ましくその光景を眺める。相手が天使であろうとネタの為であれば見捨てるのが我らの共通点である。故に黙って見守っていると、オリヴィエが此方へと視線を向けてくる。
「この子、ザッフィーって言うんですか? 可愛い名前ですね」
「否、我が名前はザフィーラだ。可愛い系よりもかっこいい系の方が嬉しいのだが」
ザフィーラを撫でた姿勢でオリヴィエが固まる。その様子を無言でスマートホンで写真を撮りつつ、片手をあげてザフィーラに挨拶する。
「とりあえず遠征組、八神堂に到着したぞザッフィー。勝手に入るのもアレだし、とりあえず使いっぱしりを頼むわ」
「うむで、では主に客人が来たと報告してこよう」
凍ったオリヴィエの腕の中をするりと抜けて、ザフィーラが八神堂の中へと消えて行く。オリヴィエはそれに反応する事無く動きを凍らせ、銃数秒経過してから汗をかきながら視線を此方へと向けてくる。
「腹話術……です……よね……?」
「ザッフィー、声渋いよな。アレでタイプはスマートな雌犬らしいぜ」
「い、犬って喋りませんよね! ねえ!」
「それが喋るんだよなあ、この辺りだと」
オリヴィエが驚愕すぎる事実に軽くショックを受け、再びフリーズしてしまう。自分やクラウスの様な”感覚派”の人間と違ってオリヴィエはティーダやカリムの様な”頭脳派”の人間だ。そりゃあ理解の範疇を超える様な事が超スピードで発生して、しかもそれが常識だったら軽く壊れる。ティーダも割と壊れてた。こればかりに関しては慣れろ、の一言しかない為、フリーズしているオリヴィエの下へと移動し、その姿を小脇に抱える。そんな事をしている間に、八神堂の入り口が開き、ポニーテール、ジャージ姿の女が店の中からザフィーラを横に連れて出てくる。彼女の視線は小脇に抱えられているオリヴィエから此方へ、そしてザフィーラへと向けられる。
「またか」
「リアリティ・ザフィーラ・ショックだよ、おめでとう」
「軟弱者め。俺とイストは喋る動物に一瞬で慣れたぞ。気合と根性が足りんからこの程度の事で価値観が揺らぐのだ」
「揺らいでいるのは世界法則だよ……まあ、慣れたと言えば慣れたんだけどね」
「犬が喋ってはいかんのか」
そりゃあ普通に考えたら圧倒的にいけないだろ。流石のアメリカでも動物が喋るなんという凄まじいイベントは一切なかった。”そういうもの”だと諦めて納得すれば何とか受け入れることが出来るのに、ティーダの様に頭で考えるタイプはその原理を知りたがるから困る。クラウスを見れば世の中ある程度のファンタジーが存在していることぐらい解っていた筈であろうに、諦めの悪いのがいけないのだ。
「犬……犬が喋る……喋らない……」
未だに常識を模索しているオリヴィエを脇に抱え、開いている片手を持ち上げる。
「ヴィヴィオは解剖してみたいとか言ってたんだけどなぁ……。感覚派と頭脳派との違いかこれ。ともあれ遠征に来たぞー」
「うむ、首を長くして待っていたぞ。もう既に皆集まっている」
そう言ってポニーテールの女、八神シグナムが八神堂の中へと消えて行く。その後を追って八神堂の中へと入って行く。そこに広がっているのは大量の本棚、そして本囲まれている店内の様子だ。古書店とは大体物凄い量の本を抱えているが、八神堂は古書店の中でもそれなりの規模を持っている。その為、非常に広いスペースがあり得ない書籍の量で埋められている。それは一階だけではなく、二階のスペースにも言える事だ。
そんな店内、カウンターの前に立つのは複数の姿だ。一人目は短い金髪の女性シャマル、先程出迎えてくれたザフィーラとシグナム、長い銀髪と赤目が特徴的なアインス、そして店主である”少女”の八神はやてだ。この集団の中で一番頭が良く、そしてトップに立っているのがはやてだというからここは大概おかしいと思う―――この見た目ではやての学力は既に大学レベルを超えている。
と、そこで一人足りない事に気付く。
「アレ、ヴィータちゃんいねーの」
「あー、ヴィータなら今日は学校なんよ。遠征組来るって聞いてて楽しみにしてたんやけど、学校サボらせるわけにもいかんから素直に学校に送ったわぁ」
学校ならしゃーない、と言った所で、とりあえず此方の面子を紹介する。
「えーと、俺とティーダはもう知ってるから飛ばすとして、うちらのチムメン、こっちの馬鹿に見えるのがクラウス。特技は人間を壊す事で、今脇に抱えてリアリティ・ザフィーラ・ショック、キリエちゃん風に言うとRZSを喰らっているのがチームの紅一点、オリヴィエ。カリム? 知りませんなぁ……」
ティーダが横から殺されるぞ、なんて言ってくるが芸人が他人を恐れてネタを披露する事が出来るか。たとえネタをやった結果ぶち殺されることになろうと、決してその事を後悔してはならないのだ。
「んじゃ新しい兄さん達の為に私が紹介すんね。ポニテがシグナム、人妻オーラを持っているのがシャマルで、ワンワンがザフィーラ、あのパイオツデカイねーちゃんがリインフォース・アインスってちと名前が長いからアインスかリインで、んでここにいないのでヴィータってのがおるんや―――うん? なんで私睨まれとる?」
「はやてちゃん!」
「あ、主、わ、私の胸って大きいんですか?」
バタバタし始める八神堂の面子を眺めていると、クラウスが成程、と頷く。
「―――一家全員が芸人の家か……!」
「違う! 違うけどあってる! おしい!」
「惜しくないです!」
「……わふっ」
「あぁ、ザフィーラが関係のない犬のフリをしてる……!」
「やはり芸人ではないか。いや、芸人と芸犬の集団か」
軽く自己紹介をかねた馬鹿話をしていると、漸くオリヴィエが現実世界に戻って来る。ハッ、と表情をさせながら、頭を揺らし、そして視線を此方へと向けてくる。
「あ……そ、その……め、迷惑をかけました……」
「気にするな。俺は気にしていない」
―――と、ザフィーラが答え、はやてからのローキックが犬へと叩き込まれる。オリヴィエがザフィーラへと信じられないものを見る様な視線を向けるが、その間にオリヴィエを下ろして、そして両足で立たせる。いいか、と両肩に手をかけ、オリヴィエの顔を覗き込みながら言う。
「―――この近辺では常識は通じない場所が多いんだ。俺やクラウスの様にちょっと人間か怪しい事をする大学生は海鳴の方にもいるし、ここらにはザフィーラの様に喋る動物も少なくない数いる。そして世の中には小学生のくせに指で落ちてくる葉っぱに穴をあけることが出来る猛者もいるらしい。これから君の常識は容易く破られるだろう―――そして俺達はそれを横で楽しんでみてる」
「助けてくれないんですか!?」
オリヴィエが純粋無垢なのは別にいいが、そのままだと暁町や藤岡町、海鳴では非常に住み難い。ヴィヴィオみたいに即座に適応するぐらいではないと割とリアリティショックが頻繁に起きる、魔境の様な場所がこの日本の地方だ。優しくしすぎると適応できない。進化する必要があるのだ。
「見とるかリイン? アレが男に世話をさせるタイプの女やで。基本的に男ってのはギャップに弱いからまずは守られてから逆に得意な事でサポートする姿を見せるんや。そうするとイチコロやで」
「な、成程……」
「はい、そこの子狸黙る」
「たぬぅ」
はやてを持ち上げてマテリアルズにやる様な振り回しをやる。この少女もどちらかと言うと性格的には大分マテリアルズ寄りだと思っている。だから基本的な対応方法は馬鹿娘共と同じで結構。何時も通り振り回していると、ティーダが、
「そんじゃ馬鹿は放っておいて今回の遠征イベントの話を進めようか」
と、話を切り出してくれた。しかしその話を出す前から既に闘志を燃やしているのが目に見えているクラウスとシグナムが存在している、
退屈しない一日になりそうだ。
犬ゥ……。予想してたよりもザッフィーが大分アッパー入っている。一体何がいけなかったんだろう(狸から目を逸らして
アインスはかわいんす