「―――なあ、クラウス、マジもんの本気を最後に出したのって何時だよお前」
「そうだな……」
遠くに飛行するヴォルケンリッターの姿が見える。シグナム、そしてヴィータ、それにザフィーラだ。シャマルはいない―――おそらく後方から支援のモードに入っているのだろう。射撃攻撃であれば数秒かかるが、届く距離だ。ただそこに入っても射撃をしてこないのは肉弾戦に入る覚悟がある、という事なのだろう。此方がどういうつもりで来ているかは解らないだろうから言えるが―――甘い事だと評価する。バリアジャケットの上着部分、ハーフジャケット部分を脱ぎ捨てる。これだけでも大分体が軽く感じる。まあ、所詮は気分の問題だ。
「―――やはりあの時、高校の頃だけだろうな。アレ以来本気になれる事がなかった。それこそ全力で動き、全力を叩き込む。いわゆる本気の動きというのは何度かやってきた。だが死力を尽くして、持ち得る手札を全て使って殴り合ったのは貴様とティーダだけだ。だから……まあ、俺にとっては何時もの延長でしかない。素直に乗せられていることは認めるが、な」
そう言ったクラウスもバリアジャケットの上着部分どころかシャツまで脱ぎ、完全に上半身裸の状態になる―――その体についている傷までをもシミュレーターは完全に再現していた。刺し傷、切り傷、火傷跡、恐ろしいほどにクラウスの体は傷だらけで、見ているだけで一種の恐怖を感じられる。ただそれはクラウスにとって忌むべきものではなく、誇るべきものとして残っている。
「いいじゃないですか。大人げない、主旨を理解していない、やりすぎだ。そんな言葉はしょせん敗北者の言葉です。勝てなかったからそんな事を言うんですよ。大体毎度接戦が出来れば良いってわけじゃないですよ、ゲームって。確かに接戦が出来れば良いというプレイヤーは多いでしょうけど、多くのプレイヤーが求めてるのは圧倒的勝利。相手を完膚なきまでに打ち倒す事。エキシビジョンなのに善戦ばかりじゃやらせですよ。だから、ここは一つ圧倒的な蹂躙を挟んでおくんです」
「本音は」
「私、戦うのなら勝利する事前提で戦うタイプなので」
この女最悪だ、と軽く呟いていると、まあ、とカリムが言う。
「窮屈なままでいても決して楽しくはないでしょ? それぐらいは見てて解りますから」
カリムのいう事には納得できる。実際すし詰めのスペースで自由に過ごしていいよ、と言われても楽しめる人間なんてほとんどいないだろう。結局の所獣という生き物は野に放たれているのが一番美しく、そして強い。今回の話はそういう所なのかもしれない。軽く指の骨を鳴らし、腕を動かして調子を確かめる。今までにないほど絶好調で、気分が軽い。この勝負は勝ってよい事と、そしてカリムが言い訳という逃げ道を用意してくれたことにあるのかもしれない。
が、毎度毎度俺らでやらかしているのだ。これぐらいは何時も通りなのかもしれない。
『配置につきました』
「お疲れ様―――号令はいらないわよね?」
カリムの言葉にハッ、と軽く笑い声を漏らしてから顔を持ち上げる。数歩の距離にヴォルケンリッターの三人が見える。その距離は必殺圏内だ。踏み出しながら右腕を引き、呟く。
「AS―――≪鉄腕王≫」
「≪覇王≫の名が伊達でも酔狂でもなく、真実から与えられたことを証明しよう」
飛び出すのはほぼ同時だ。ヴォルケンリッターが此方を捉えるのと同時に前に出る。その視線は此方、そしてカリムへと向かっている。隙があればカリムを落とそうという発想なのだろう―――間違ってはいない。だがそこまでの時間を与える程今回の自分もクラウスも決して甘くはない。故に前方へと向かっての跳躍。そこから互いに交差する様に跳躍し、そのまま真っ直ぐ前へと出る―――自分はヴィータとザフィーラを相手に、クラウスはリベンジを果たすためにシグナムへと。
カリムは完全に置き去りにするが、背後に言葉は聞こえてくる。
「さあ、私の仕事は終わりです。元々作戦なんて上等なものは必要ありませんからね―――怪物を縛るその首輪を外せばそれで終わりです。だから、これにて終了で御座います」
スカートを軽くつまんで礼を決めるカリムの視線の先に自分とクラウスがいる。自分の顔を確認することはできない。だがおそらく、物凄い笑みを浮かべているに違いない。たぶん、何も気にせず戦えるのが楽しいのだと思う―――それにクラウスもリベンジ、なんてことが出来るのは人生で初めてかもしれない。
「さぁて」
踏み込みからの着地。片足がビルの上へと着地する。目の前、十メートル先のビルの上にザフィーラとヴィータの姿が見える。既にザフィーラとヴィータが戦闘態勢に入っている。こちらを迎撃する姿勢、なのだろう。ならば盛大に乗るしかない。もう片足が屋上に触れた瞬間、足音を消し、気配を消し、滑る様に一気に二人の間へと潜り込む。
「Like the shadow, just always there―――」
言葉を発するまではヴィータが反応できていない。流石に小学生だとここが限界か。その事に軽い落胆を覚えつつも左目に見えるのは反応し、攻撃動作に入ろうとしているザフィーラの存在だ。ヴィータを守るための時間を僅かにでも確保するつもりなのだろうか。流石本物の獣、飼いならされた犬とはいえ、危機に対しては人間以上に敏感らしい。
「激しく、されど雄々しく―――≪ベオウルフ≫」
両腕で左と右へと同時に必殺の拳を叩き込む。とっさにザフィーラ、ヴィータが防御に入るのが見える。片手ずつで放っていることもあり、威力は少しだけ、下がっている。それでもザフィーラの両腕を吹き飛ばし、そしてヴィータが防御に使ったグラーフアイゼンを粉々に粉砕する。ザフィーラは戦闘不能―――に見えて、まだ戦えるだろう。獣と言うのは”そういう”生き物だ。両腕が折れて、骨が突き出て、使えない状態でも噛みついたり骨で突き刺してくる人間を一人知っている。だったら手負いの獣が同じことをしない訳がない。
「てめっ―――」
ヴィータが何か言おうとしているが、その前に拳を再び両側、ヴィータとザフィーラへと同時に向ける。距離的には腕を伸ばしきっても届かないほどに離れている。だが全力で殴れば衝撃波で相手の体を十分貫通させられる。それに支援にカリムがいる。それはつまり、
『≪必中付与≫』
『≪ブロック付与≫!』
「おせぇ、砕け散れ―――≪ベオウルフ≫」
≪必中≫が付与された攻撃は触れられない距離であれ、ある程度は中る様になっている。空間を打撃し、そのまま本体を打撃する様なものだ。故に、両側へと再び突き出した必殺の拳はザフィーラとヴィータのブロック能力を貫通する。そもそもがこの魔法自体に貫通効果がある。故に防御の支援は元から意味はなく、されどそのシステムが処理を終了する前に攻撃は完了し―――攻撃は二人を貫通する。
「俺もクラウスも一つ、拳が届く範囲に来たら勝確だと思った方がいいぜ。現状のブレイブデュエル、この距離に入って勝利したことがあるのはさっきのシグナムの一回だけだからな」
まあ、シグナムのやったことは賢かった。ぶっちゃけた話最善手だったのではなかろうか。自分がクラウスの弱点を教えたという点があったが、それでもクラウスの考えもしないところから完全なカウンターを叩き込むという点は完璧だった―――完璧すぎた。クラウスは化け物だ。まるで戦う為だけに生まれてきたような生き物だ。自分から馬鹿になる事を選んでそれはもう否定されてしまったが、それでも、
アレの学習は止まらない。
オリヴィエが見たものあるがままを吸収し、それを使いこなすのであれば、クラウスは覇王流の中から常に最適解を生み出し続ける。故に二度目の敗北はない。経験した時点で最適解を生み出している。だから同じに限らず類似した状況、派生、亜種では絶対に倒せない。究極的には耐久任せのゴリ押しでしか倒せない怪物となりえるのがクラウスだ。故に視線を横へ、クラウスのいる方向へと向けると、
シグナムごとビルを一撃で粉砕し、跡形もなく粉々へと変える覇王の姿が見える。
その姿にはダメージを受けた様子はなく、一方的に蹂躙し、そして殲滅させた、というだけの結果が残されていた。―――いや、或はシグナムは善戦したのかもしれない。クラウスであればもっと早く倒せていた筈だ。こちらと同じ時間に終了したことを考えると、それだけシグナムが逃れたと考えるべきなのかもしれない。
「まあ、無駄だけどな」
『嘘、前衛が一瞬で―――』
シャマルの声が聞こえた次の瞬間、奥の方から虹色の光がビルを三つほど薙ぎ倒しながら辺りを消滅させるのが見える。それと共にシャマルの声も消え、そして空には勝者の表示、そして試合時間が表示される。そこには戦闘開始から三十秒以内に戦闘が終了したことが出ていた―――おそらくショッププレイヤー相手の戦闘を考えるのであれば、間違いなく最速のタイムだ。
「―――さて、ご覧のお客様方。見ての通り我らは勝利いたしました。応援していたヴォルケンリッターが負けて悔しいですか? それとも圧倒的な力の差を見て茶番の様に感じましたか? ……なるほど思う事はたくさんありましょう―――されど言わせてもらいます。純然たる力の差は覆せない。純粋にクラウス、俺、そしてオリヴィエは実力が違う。それをチートだと思うのも結構だろう―――だが同時に思ったはずだ、そうやって相手を蹂躙したいとも」
そう、誰だってそう思う。相手を圧倒的な力で蹂躙したいと。
「ブレイブデュエルの開発にかかわったものとして断言しておく―――一ヶ月、もしくは二ヶ月。それだけの時間があればだれでもこれぐらいの力は付けられる。今は武道や武術の経験者である俺達が先にいるだけで、この世界に慣れれば慣れるほど君達はもっと自由に、そして強く振る舞うことが出来る。そしてその時、君らは初めて歓喜に打ち震えるだろう―――」
一旦間をあけ、
「―――来月末、グランツ研究所主催でチャンピオンシップを行う。これで暫定的だがブレイブデュエルのランキングも作成され、誰がトップなのかも解って来る。ブレイブデュエル稼働から来月末で大凡二ヶ月の時間だ。そうなればいいだろう、という博士の判断だが―――」
つまり、
「―――さあ、来月末、誰が本当に強いのか決めようぜ」
◆
「―――ホンマやってくれたなぁ!」
全てのステージが終了してからスタッフルーム、そこには本日関わった全員が揃っていた。勿論カリムの姿もそこにある。ただ俺もクラウスも両腕を組んで並んで立ち、
「我ら!」
「一切の後悔なし!!」
「むしろあそこまで一瞬でやられると逆に清々しいぜ。グランツ研究所の面子は他ん所よりもレベルが一段上って話を聞いてたけどこりゃあマジだったんだなぁ」
ヴィータの言葉にクラウスが笑い声を上げて胸を張るが、今の言葉を言ったのは小学生だ。こいつ小学生相手に褒められて嬉しいのか。しかもヴィータを倒したのは自分であって、今の言葉はどちらかというと此方向けだったのだが。
「まあ、さり気に大会の話を入れて敗北の印象薄れたからそれはええとして、今回はいろんな意味で客に印象を残せるエキシビジョンとなったわ。最後には色々と驚かされたけど全体的にグランツ研究所に頼んで良かったと思うで。最後に関しては色々と驚いたけどな」
「不満タラタラじゃねーか!」
そらそうや、とはやては言ってくるが、シグナムはまあまあ、と言う。
「ザフィーラが文字通り負け犬な事は放っておいて、私は一勝一敗でイーブン状態だからそこまで気にしていない!」
「個人の感情の問題やないか!」
「いや、待て。二戦目は武術のみでスキルもシステムも完全封殺して圧勝した俺の方が十の修羅ポイント高かったはずだ。つまり俺が勝者だ……!」
「くっ……それを忘れていたか……!」
「自分らだけに通じるルールで話すのやめて!」
はやてがツッコミで泣きそうな光景を見て、カリムが小さく微笑む。
「何楽しそうに笑ってんやぶっ飛ばすで!」
「いや、苦しんでいる姿が楽しそうで。あぁ、すいません。終始特に何もしていないから……」
「いや、オメーが戦犯だよ! 楽しませてもらったけどなあ!」
「参加者全員ギルティや!!」
はやてが息を切らせながらツッコミを入れる。
かくして長いようで短いエキシビジョンは終了した。
トラブルや思惑はあったものの、敵対している訳ではない。小さなことはネタや冗談で流し、軽い笑いを起こしながら空気を緩め、そして一日の終りを違いにねぎらい合う。
そして始まるのは、
「―――さあ、終わったしこっからは反省会を兼ねた打ち上げだ!」
今まで以上に混沌とした時間だ。
ランキング上がると敵も味方も増えるよなぁ、と一口評価見つつ。さて、なのセント世界はランカーに対する敵味方はどうなんだろうなぁ、と。
というわけで次回、酒乱。