「―――かんぱぁーい!!」
「いやあ、お疲れ様!」
「いやはや、どうなるかと思ったけど上手く行ったもんだって」
「おかわりならたくさんあるから、遠慮せずに存分に食べるといいよ」
グラスを叩く音を響かせながら談笑が部屋に満ちる。八神堂、住居スペース―――ダイニングルームには本来想定しているよりも遥かに多くの人が集まっている。勿論自分達遠征チームと、そして八神堂のメンバー全員だ。十人を超える人数を想定していないスペースの為、一時的にダイニングに備えてある椅子を別の部屋へと運び出して、立食型の打ち上げ会となっている。参加者の多くが成年している、という事もあってお酒が配られていた。自分もカクテルの入ったグラスを片手に、それで乾杯をして飲む。
「っくはぁ! あー、タダ酒うめぇ」
「その一言でこっちが不味くなるわ。というか私にものーまーせーてぇーなぁー」
「お前は駄目。あとヴィータと犬もな」
「あたしは別に飲みたかねえよ。苦いし、息が臭くなるし。酒のどこがいいんだよ……」
ヴィータの言葉を聞いて、酒を飲める年齢の面子が全員で微笑ましい視線をヴィータへと向ける。その視線に軽くビビりながらも、開いているグラスをオリヴィエへと渡す。オリヴィエはそれを受け取りつつも、困ったような様子を浮かべる。
「あ、いえ、日本って飲酒二十歳からですよね? 私まだ十九なので」
「一歳や二歳はまだ誤差だよ。外でならアウトだけど、家の中か、身内と飲んでいるなら文句はないってかバレねぇよ。基本的にどこでもやってる事さ。良い子ちゃんぶってないで遠慮なく飲もうぜ? な?」
「う、うーん……」
オリヴィエの肩に手を回して、持っているグラスを軽く持ち上げ、そして揺らしてみる。それを見てオリヴィエがかなりグラついているのは見える。こう、純粋なタイプの子に少しずつ色々教えて自分色に染めて行くのはちょっとした興奮を覚えると言うが、こういう気分だろうか、等と思っていると、オリヴィエが意を決したような表情を浮かべる。
「私……飲みます!」
「おぉ……!」
「なんで酒を飲む程度の事で大げさにやっているんだ貴様らは」
そう言ってクラウスはボトルから直接飲んでいた。その姿をシグナムが白い目で見てから、道場の方へと消えて行く―――おそらくだが竹刀でも回収しに行ったのだろう。だがクラウスの相手をする先人として一つアドバイスするなら、最低限鉄パイプではないと意味がないと言っておきたい。が―――まあ、誰もが通る道なので何も言わず見送る。木刀や竹刀い程度では折れるのでそれを見ておくのも悪くない。
と、そんな事を考えている間に、オリヴィエが片手を腰に当て、そしてもう片手でグラスを握る。その姿は銭湯の風呂上りで、片手にフルーツ牛乳を握っている様な姿だ。素早くオリヴィエから離れな、オリヴィエがゴクリと音を鳴らしながらグラスを眺めるその光景を見守る。数秒間、そうやって眺める姿を見守り、無言で眺める。その中で、オリヴィエは此方の視線に対して頷きを返すと―――そこから全力でグラスの中身を飲みに行った。あっ、と声をかけるのは遅すぎて、
「……きゅぅぅ……」
「これは送りウルフの予感……!」
「ザッフィー座ってろ。お前狼じゃなくて大型犬なだけだから」
オリヴィエが一気にアルコールを飲んだことから一気に倒れる。その姿がころり、と床に倒れる姿を見て、スマートフォンで一回写真をとって保存し、その姿を適当な椅子に座らせてから皆の輪に戻って行く。実に良い写真が撮れたのでとりあえず全員に転送しておく。
「息を吐くように行われる外道行為。だがそれでこそ我が幼馴染。寧ろ相手が美少女だからって遠慮したり実行しなかったらお前じゃないよ。相変わらず相手を選ばないそのスタイルに僕は感服するから今日の僕の奇行をついでにティアナへと送るのを止めないか、こんなに褒めたんだし」
「悪いなティーダ、このメールはもう送信済みなんだ」
「イスト貴様ァ!」
ティーダが首を掴んで体を揺らしてくるが、ティーダ程度の筋力でどうにかなるほど弱い自分ではない。はっはっはと、煽る様に笑い声を浮かべているとティーダの頭に青筋が浮かび上がるのが見える。唐突に此方の事を突き放すと、いいぞ、とティーダが此方を指差しながら言う。
「いいぞ―――此方とらお前の幼馴染を何年間やっていると思うんだ。美少女幼馴染とのドッキリイベントの代わりに積もりに積もったお前の黒歴史、その全てを記憶しているこの僕を敵に回すとはイスト、君も馬鹿な事をしてくれたものだ……フフフ、この僕を敵に回したことを後悔するがよい……!」
「貴様ァ! それはお互いに黒歴史の暴露大会になって相打ちで死ぬから禁じた事じゃねぇか……! それはいかんだろ、やっちゃいかんだろ……おい……!」
「どうでもええが、兄さんらすげぇいい空気吸ってんなぁ」
いえーい、と言いながらティーダと肩を組んでサムズアップを向ける。はやてが物凄く疲れたような表情を浮かべているが、自分らの関係は何時もこんな感じだ。表面上は怒っている様に見えるが、実の所本気で怒るのはどこのラインか、良く把握している。何に触れられるのを嫌がるか、何に触れてはいけないのか、そういう重要な部分をお互いに把握しあっている。だからどこまでをネタにしていいのか、それも良く理解している。ティーダとティアナ、クラウスにアインハルトの幼馴染連中に関してはそこらへん、ほとんど何も存在していないと言ってもいい。あの連中が触れる時に限って、ほぼ全て、過去の失敗でさえもネタにされて笑って許せる―――これが友情ってやつかもしれない。
「チ、しゃあねーなぁ、後でティアナちゃんにフォロー入れてやるよ……」
「あざぁーっす!」
一通り定番のネタをやったところで、打ち上げ全体がどうなっているのかを確認する。
とりあえずザフィラは雌犬がいないのでしょぼくれて部屋の隅でちょっと豪華なドッグフードを食べている。ヴィータはお酒を飲めない為はやてと一緒に比較的理性的なカリム、シャマルと一緒に行動している。クラウスは完全にシグナムに叩かれているが、ミシミシ音を立てているシグナムの竹刀からして、竹刀の破滅の未来は近い。オリヴィエはまだ椅子に座って目を回しているとして、少し離れた位置にアインスが立っている姿を見つける。微笑を浮かべているが、どこか寂しげに感じる為、カクテルのグラスを握ったままアインスに近づく。片手を上げて挨拶をしてから、滑り込む様に横に立つ。
「何してんの? しょぼくれてるとエロいのが台無しだぞ」
「可愛いや綺麗、と言われることは多いが面と向かってエロいなんて言ってくるのは君ぐらいだろうね……。普通ならそこでドン引きするところだろうけど酒が入ってるし君だしね、なんとなく平常運転に思えてくるよ」
「いや、酔っても素面でも流石にセクハラする相手は選ぶ」
視線が此方へと向けられている気がするが、そんな事はガン無視で視線をティーダの方へと向ける。それを何かの合図と勘違いしたのか、ティーダはサムズアップを向けて、部屋の外へと消えて行く。半ば確信としてあの男、間違いなく余計な事をしに消えたな、と思えるところがあった。というかこのノリで余計な事をしない理由が存在しない。つまりティーダは何か、復讐を兼ねて余計な事をやり始めた。ギルティ。やはりフォローは無しの方向で。
「……八神堂は元々売れない古書店だったからね。少し前まではこんなにお客さんが来るとは思えなくて、こんな大人数でパーティーが出来るとも思えなかったんだ。そう考えるとこうやって大人数で騒げるのは不思議な気持ちだなぁ、って。出来たらツヴァイやアギトの二人にもこの光景を見せてあげたいけど……あの二人が藤岡に戻って来るまではもう少し時間がかかりそうだしね」
「妹さんたちだっけ」
「あぁ。頭が良くて、良い子達だよ。ブレイブデュエルで八神堂の収入も大分安定してきたし、全員で暮らす事も今では難しくはないんだ。シャマルも医大でそのまま働けるようだし、シグナムも既に道場の師範として働く話が入っている。私はまだだけど、八神堂の面子はこことブレイブデュエル以外にも、収入を得られる場所が出てきたからね。グレアムさんからの援助で暮らす必要がなくなると思うとちょっとホッとするよ。今まで苦労を掛けているようで少し苦しかったから」
人間、二十年も生きていればそれなりに人生、という物語がある。それは勿論自分に限ったことではなく、周りもそうだ。―――たとえば八神堂の八神ファミリーは決して血縁から出来上がっている繋がりではない。身寄りのない者や、事故によって両親を失った者達の集まりだったりする。それをグレアム、という老紳士が裏から援助して支えているようだ。それに報いる為にはやては既に飛び級で大学を卒業しているし、他の八神堂の面々も色々と頑張っている―――ブレイブデュエルの話を受けたのも、それを通してグレアムに対して恩返しを狙ったことなのかもしれない、と個人的には思っている。
「ごめん、少し話がしめっぽくなっちゃったね」
グラスをちょっと眺めてからそれに返答する。
「いやいや、男ってのは大分鈍感にできている生き物だから、少しぐらい毒や弱みを吐かれたってどうにもならない生き物だよ。特に俺やクラウスは鋼で出来ているかってぐらいの強度だからな。疲れたら寄りかかられるぐらいは問題ないさ」
そう言いつつクラウスの方へと視線を向ける。そこにははやてとシグナムが持ってきた鎖を体に巻いている馬鹿の姿があった。近くにある砕けた竹刀と木刀、そして折れている鉄パイプを見る辺り、クラウスの人体の神秘にでも挑戦しているのだろう。個人的にも若干興味がそそられないものではないが、鎖程度だったら既に破る事ならば高校の頃に証明済みなので結果が見えている。とはいえ、あの頃からどれだけ生物として進化しているかは興味がある。クラウスの技術としての限界は迎えているのは理解しているが、肉体的には未だに成長に終わりが見えない。アレはやはり新人類なのだろうか。
「ふぅ」
と、そう言ってアインスが寄りかかって来る。その姿を受け止める。
と、その光景をはやてが片目を此方へと向けて見つけ、小さくサムズアップを向ける。そしてその指を上の階へと向けてから―――片手の手話で話し始める。
『ベッドは二階やで』
中指を突き立てて返事する。ついでにアインスが目を閉じている間にもう片手で首を飛ばすジェスチャーをするが、アインスが見てない事を良い事に、はやてが挑発する様な笑みを向けてくる。あの糞餓鬼はどうやら死にたいらしいな、と頭の中で思っていると、ポケットの中のスマートフォンが揺れる。それを取り出し、そして確かめる。新着のメールが届いており、それを開く。
『―――二階にカメラを設置して―――』
誰からのメール、とは確認する必要もなくスマートフォンを握りつぶす。
「っ!? ど、どうしたんだ!? スマートフォンが砕けてるぞ!?」
「いやぁ、ちょっと嫌な事を思い出してね……ふ、ふふふ、ふふふふ―――」
「だ、大丈夫なのか……?」
大体平常運転なので気にしなくていい。それとは別にはやてとティーダには一回ずつ焼きを入れる必要があるが。そんな事を思っていると、アインスがありがとう、楽になったと言いながら離れる。彼女が持っているグラスを見ると、以外にもそのグラスの中身が空っぽになっていた―――どうやら見た目以上に良く飲む様だった。
「意外と飲むんだな」
「良く言われる。が、私だって見た目ばかりの女じゃないからな」
そりゃあどういう事だ、と問い返そうとして体をアインスの方へと向けた瞬間、背後から首に絡まるものを感じる。柔らかく感じるそれは―――腕だ。少しだけ甘いカクテルとアルコールの匂いが背後からもする。
「ふっふっふっふ―――なぁにやってるんですか」
恐る恐る、背後へと首だけを動かして視線を向ける―――そこにはほんのりと頬を赤くしたオリヴィエの姿があった。両腕を首に回し、背後からぶら下がる様に抱き付いている形だとは解るが、驚きや衝撃の前に、それよりも両目から涙がこぼれ始める。
「ねぇよ……これはねぇよ……あんまりにも可哀想だろうよ……なぁ、神様……!」
「むう、あれは」
「解るんかクライデン!」
突然の涙に周りが混乱する中で、唯一嘆きを理解してくれたクラウスが涙を流して話せない自分に代わって代弁してくれる。
「アレは……あれは壁……! 後ろから酔っている女子が抱き付いてくるという凄まじく嬉しい筈のイベント! しかし背中に感じるのは山ではなく野原! マウンテンではなくフィールド! その悲しすぎる現実にイストが涙を流している……!」
「いろんな意味で空しい涙やな……」
「この覇王アイで見たところ胸はないが安産型、してサイズは上から―――……うむ……まあ、その……なんだ……俺にも慈悲はあるんだ……そっとしようか……」
嘆きを共有してくれたクラウスが黙り、大人しく酒を飲み始めるが、背後のオリヴィエの気配に怒りが混じる。
「ふんっ!」
「い、何時の間、に、意識の……落とし方を……!」
首からコキュ、という音を響かせて、体は下へと落ちる。
そうやって、八神堂遠征エキシビジョンは終わりを告げた。
72で泣いている人もいるんですよ!
というわけでエキシビジョンは終了し、日常パートがまた戻ってきます。ついに名前だけで登場しなかったアイツも出番が……。なお鉄腕の人、若干オリヴィエが苦手な模様。