―――世の中にはどう足掻いても勝てないという存在がある。
多くの場合で言えば、両親にそれが当たるのだろう。ただ、別に人物でなくとも良い。それが生活の一部だったり、とあるイベント、概念、人によって形を大きく変えるのはまま、ある事だ。故に誰にだって弱点は存在している。超人であれ、化け物であれ、生物として生まれてきている以上は弱点が存在しない事はまずありえないのだ。そんな便利な風に人類は創造されなかった。それ故に、自分にも、弱点がある事は自覚している。
―――子供だ。
「おっはよー!」
「……」
「うわ、ヤクザさえもチビらせそうな表情を浮かべてる……! 一瞬だけど私もヤバかった。……大丈夫かな。確かめた方がいいかな……」
布団の上に重みを感じる。首だけを動かして布団の上へと視線を向けると、そこには残念な金髪の少女がいた。いや、残念は余計かもしれないが非常にアレな金髪の少女がいた。私服姿で、布団を挟んで此方の体の上に乗っかり、ごろごろー、と寝転んでいる。わけがわからない。視線を上へと向け、横へと向け、そして再び天井へと向ける。そこまで頭を回したところで、ここが自分の家ではない事を思い出した。
……ぐわぁー……。
体を一切動かさず、頭の中で自分のイメージに頭を抱えさせる。自分が今、どこにいるのかを思い出し、軽く鬱になりながら頭痛を覚える。
―――ここ、ゼーゲブレヒト家だ。
それを思い出し、どうしてこうなったのかを思い出そうとする。発端はなんだったか―――そうだ。
八神堂での遠征イベント以来、少しずつだがオリヴィエが打ち解けてきた、という感覚がある。いや、それでは少し言葉が間違っているだろう。正確にはもっと、積極的になった、というのが正しいのかもしれない。少なくとも八神堂で言った、遠慮のいらない関係というのをオリヴィエは実践していた。故に今までは無理だった大学の後の飲み会等にもある程度参加する様になったりした。未成年を気にしたりはするものの―――割とチョロ系なのでそこらへん口八丁でどうとでもなる。割とオリヴィエの将来が心配になって来る。カリムがしきりにオリヴィエの世話を焼く理由、なんとなくだが理解できる。
そういうオリヴィエの付き合いの良さの向上もあって色々遊ぶようになったが、
加減を忘れた結果、オリヴィエ、酔い潰れる。
否、
オリヴィエ、邪悪な意思によって強制的に酔い潰される。
なお、送り狼は自分の手によって物理的に阻止される。そう、そしてその後カリムもいないから自分の手でオリヴィエを家まで送ったのだった。そして……その後が若干曖昧だが、たぶん家に帰ろうとしたらこの金髪の少女―――ヴィヴィオに止められたから泊まった、という所だったと思う。まあ、そんな所だ。頭が大分覚醒してきた焦る事は一切ない。
良し。
「むー、お兄ちゃん目、まだ覚めてないのー?」
「はいはい、起きた起きた。お休み」
布団を引っ張って肩まで潜り込むと、ヴィヴィオが転がる様に布団から、ベッドから落ちる。だがそれに諦めず、ヴィヴィオが再び這い上がって来る―――そして今度は布団の中に潜り込んでくる。追い出そうと考えるが、めんどくさい。基本的に体力は有り余っているが、朝は全く強くない。なるべくならだらだら過ごしたい。なので講義は昼頃に入れる様に心がけている―――朝の講義とかその時間しか開いてない場合にしか選ばない。信じられない認められない。朝はなるべくゆっくり、だらだら、優雅に過ごしたい願望があるのだ。
「追い出さないの?」
「めんどくさい」
ヴィヴィオに背中を向けて寝ようとすると、背中にピト、っとくっついてくる。別に迷惑でも何でもないのでそのまま厚かましくも、もう一眠りしようとすると背中につー、と線を描くような動きがある。十中八九ヴィヴィオだ。それに溜息を吐いて、
「起きりゃあいいんだろ起きりゃあ……」
「他人の家でそこまで厚かましい態度を通せるのって一種の才能だって私思うの。参考にするよ!! 今度お兄ちゃんの家でな!」
「俺、寮」
「手遅れシスコン蹴りだしてやる」
是非ともやってくれ、と言いながら上半身を持ち上げる。上着はない。元からジーンズとシャツ、そんな恰好で来ているし、そのまま寝た。荷物はサングラスと財布だけの為、そこまで心配する必要はない。ベッドサイドのテーブルを見ればそこに置いてあるのが確認できる。何やらヴィヴィオが体をよじ登って肩の上に座り始めているが、気になる重さではないので、肩に乗せたまま起き上がり、
―――そして立ち上がるのと同時にヴィヴィオの頭が天井に叩きつけられる。
「ぐおお―――! ぐわあ! ぐ、ぐがぁ、ひょお……!」
「女の子がそんな三下の悪役っぽい声をだすんじゃありません」
額を抑えるヴィヴィオがベッドの上に落ちると、素早く体を持ち上げて視線を此方に向けてくる。
「傷物にされたぁ! 今なら言える、結婚して……!」
「十八になって巨乳だったら」
「ガッデム、我が姉が絶壁である事を知っての一言だな! 我が姉が未来性を欠片も感じさせない絶壁である事はどうでもいいんだけど、それを私にまで押し付けないで! 金髪巨乳ジャンルに入れないゼーゲブレヒト家の面汚しとは一緒にしないで!」
「お前、姉をディスりすぎだろ。オリヴィエはアレで良い子じゃねぇか」
「けっ」
目の前でギリ小学生の少女が物凄いリアクションを見せた気がする。が、まあ、ヴィヴィオだからでそれは済ませてしまう。よっこいしょ、と言いながら背中をヴィヴィオへ向けると、ヴィヴィオがそれをよじ登り、首を両手でひっかけてぶら下がり、その状態を維持したまま立ち上がる。ヒャッホー、等と楽しそうな声を背中の方から聞きつつも、財布をポケットの中に入れ、サングラスも服の首元の所にかけておく。とりあえずオリヴィエが起きていたら挨拶してから出て行く方針とする。
あんまり女の家に彼氏でもない男が長居するのは良くない。
「あ、そうそう。お兄ちゃんお兄ちゃん。ガッデム姉と朝ごはんを作ったから早く下に行かないと冷めちゃうよ?」
「おめぇ、そういう大事な事はもっと早く言えよ! 俺朝飯は適当に外で済ませる予定だったよ!」
「ガッデム絶壁姉と私の事を舐めすぎだよお兄ちゃん。私達そこまで薄情じゃないよ? まあ、抉れ胸が料理ちょい下手だけど漫画みたいなバイオクッキングじゃなくて、常識的な範疇で下手な程度だから気にするまでもないよ?」
「お前のオリヴィエに対する暴言のレパートリーの方に俺は驚きだよ」
なぜかこうやってヴィヴィオと話しているだけでも一日が終わりそうな気がする。まだ数分しか話していないくせに、もう既に一時間近く話しているような気さえする。というかこの少女、出会いも出会いで割と印象的というか、物凄い特徴的だった。何故こうも自分の周りにはちょっと頭がおかしかったり変な特徴の連中ばかりが集まるのだろうか。
やはり類友か。それなら仕方がないな。自分も割と変態的で普通じゃない事は自覚している。
「まあ、用意されたなら食わなきゃ損だしなぁ。顔だけでも洗わせてもらうぜ」
「そうそう、それでいいのよ」
部屋からのそのそと出ると、ヴィヴィオがあっちあっち、と言って洗面所がどっちだかを教えてくれる。それに従って洗面所へと向かい、冷水で軽く顔を洗い、そして口もゆすぐ。何時もなら起き抜けにこのままシャワーを浴びている所だが、生憎と他人の家だし、そのうえヴィヴィオが背中から離れる気配がない。この少女、明らかに離れる気がない。なので顔を洗うのと口をゆすぐ程度で終わらせると、何やら不満の気配を後ろから感じる。
「んだよ」
「私向けのサービスシーンは!?」
「ほら、窓の外をごらん」
窓を開けて、窓の外を見るヴィヴィオがそっちの方向へ視線を向けるので、片手でヴィヴィオをはがしたら、それをそのまま窓の外に片手でぶら下げる。
「貴様専用の出入り口だ」
「その発想はなかった」
窓の外でヴィヴィオを振り回してみるが、悲鳴じゃなくて楽しい声しか返ってこない。何故幼女連中はこうやってイジメレベルギリギリアウトの行動をすると喜びの声しか出さないのだろう。流石にそこら辺は理解不能だが、子供の事なんて解る筈もなく、敗北を認めるしかない。子供という生き物には必要以上に強気になれないし、勝てる気もしない。だから苦手だ。溜息を吐きながらヴィヴィオを再び背中に戻すと、大分目が覚めてきたことに自覚する。まあ、茶番を挟んだのだからそれなりに目覚めも良くなるという事だ。
あくびを噛み殺しながらヴィヴィオに促される様に洗面所から出る。
オリヴィエの家、というよりゼーゲブレヒト家へとやって来るのは始めてだが、家の良さに少々驚いているのは事実だ。少なくとも自分が知っている一番大きな家はイングヴァルト家のものだが、ゼーゲブレヒト家はそれを超える広さと豪華さを持っている。自分でも高級品と解る調度品が多く飾られており、家というよりは屋敷に近い様に感じる。屋敷の広さもそれなりにあるが、人の気配はオリヴィエとヴィヴィオ以外にはない。
「オリヴィエの振る舞い的にはいいとこのお嬢様だってのは話あるけどさ、お前そういうの一切見せないからお嬢様だとは知らなかったわ」
「私と結婚すれば玉の輿だよお兄ちゃん。ついでに親を謀殺してくれれば遺産がっぽがっぽ。いや、割と真面目にパパとママぶっ殺してくれてもいいんだよ?」
「ヘイトが高いのは理解した」
ぶーぶー言っているヴィヴィオの言葉を受け流しながらそのまま導かれる様に歩くと、やがてダイニングへと到着する。ヴィヴィオの案内がなければ軽く迷う程度の広さだったな、等と思いつつテーブルの上を見るとところどころちょっと焦げていて形が不揃いのパンケーキにミルク等が置いてある朝食が用意されていた。料理が出来ない、というのは嘘じゃなかったらしい。ティーダの方が上手だった。
―――いや、ティーダが無駄に上手なだけなんだけど。
と、そこでエプロン姿のオリヴィエを見つける。服装は私服らしく、シンプルにジーンズとブラウスにしてあった。そう言う恰好はなんだか新鮮だなあ、と口に出さず感じつつも片手を上げて挨拶する。
「おはようオリヴィエ。なんだか泊めてもらったり朝ごはん用意してもらったりで悪いな。俺、男だし変な噂を立てられないか心配」
「おはようございます、イスト。そこまで気にする必要はありませんよ、友人ですし。それにヴィヴィオがこれほど懐く相手なんてめったにいませんから、助かっていますし。それよりも朝食、少し下手ですみませんね」
「ガッデッム姉ぇ! 美少女が作ったってだけでそれには価値が生まれるんだよ! 国宝級のなぁ絶壁ぃ!」
「あの、なぜか流れる様に罵倒されてるんですけど私」
ヴィヴィオだからなぁ、としか言いようがない。
とりあえず用意されたものは食べなきゃ失礼なので、ヴィヴィオをはがして適当な椅子に座ると、ヴィヴィオが今度は膝の上に座って来る。軽く本気で睨んでみるが、ヴィヴィオが目を閉じて対処して来る。この幼女、何気に此方の事を理解しているな、と思いつつ軽く溜息を吐いて、ヴィヴィオのお皿を引っ張って来る。わーい、と膝の上で言っているヴィヴィオを無視して、近くの蜂蜜の入ったポットからパンケーキに蜂蜜を塗って、それを切って食べ始める。
「ヴィヴィオ、恐ろしい位に懐いてますねー……」
「将来の夢はお嫁さんです」
「条件を満たしてみろよオラ」
「姉が憎い」
「あの、この流れでなんで私にヘイト集まってるんですか……? というか、ヴィヴィオは本当に変わりましたね。昔とはまるで別人の様で。姉としては何かをしたかった訳ですが、日本に来てみたらもう既に別人の様な妹がいた時の衝撃はすさまじかったです……」
「あぁ、私覚えてるよ。お姉ちゃんが日本に来て一番最初に言ってやったことは”チェンジで”だったっけ」
「姉にチェンジって有効なのか……!」
思い出す、一年ほど前に見たヴィヴィオを。
目が死んでいて、全てを見下していて、それでいて絶望しきっているような少女の目だった。ありていに言えば”諦めている”、というのが一番合っている言葉だった。オリヴィエのとんでもラーニング体質、それをヴィヴィオも持っていた。そして同い年だけではなく年上にさえ勝利してしまうだけのポテンシャルと才能がヴィヴィオにはあった。何をやっても成功してしまう。何をやっても簡単にできてしまう。何をやっても絶対に自分の思う通りに進んでしまう。
だから、世の中は物凄くつまらない。
そう達観してしまった幼女の世界を、アインハルトという刺客を送り込む事で破壊に成功した一年前、実に懐かしい話だ。アインハルトもアインハルトで、結局はクラウスの妹だ。まだ若いから目立っていないだけで、アレも十分にスペック的には人間を止めている部分はある。兄程鍛えも興味もないから目立ってないだけの話だが―――ヴィヴィオぐらいならどうにでもなった。
……今やったらどうなるか解らないけどなぁ。
まあ、懐かしい話だ。
「とりあえず、食べ終わったらどうするんですか?」
「まず寮に戻ってティーダにマッスルバスターをかけないとなぁ。アレ、絶対見てない所でネタにしてるからなまずはその制裁が最優先」
「お兄ちゃん達他人以上に身内に厳しい芸風だよね。ヴィヴィオそういうの大好き! だから今度こっそりジークのネトゲアカ消すわ」
「ガチのリアルファイトの原因になるからやめなされ」
「ほんと、昔のヴィヴィオとは比べものにならない程明るくなりましたねぇ……」
これを明るい程度で済ませるオリヴィエも中々すさまじいものだと思う。
そんな事を思いつつ。何時もとは少しだけ違う朝を過ごす。
きちゃった(幼女登場
最初から最後までアクセル全開、恐れるものなどない。
あぁ、ピンクと紫の出番はまだなんだ。もう少し恐怖に震えながら短パンを探して待っていてくれ。たぶんそのうち追いかけられている姿が出てくる。