―――曰く、待ち合わせで遅れた男は死んでいい。
初めて、というわけではない。というのも中学生、高校生の頃はそれなりにモテた記憶があるからだ。と言うよりも、あの頃は今よりも大分”尖っていた”と評価する表示が正しいのかもしれない。今からすれば馬鹿ばかりという表現が一番適切なのだろうが、あの頃で言えば割と尖っていたとは言えなくもない。喧嘩して回ったり、悪戯で吹っ飛ばしてみたり―――良く牢屋に入らなかったな、というレベルでも割とやってた。その極みが対クラウス事件だったが、割と不良、というイメージはあの頃にはあった。そしてそう言うワイルド系の男子というのはまあ、人気があった。
顔も良けりゃあそれなりに女子というものは寄って来るもので、彼女がいたのだって一度や二度ではない。ただ、それ以上発展することはなかった。とはいえ、どうやって誘うか、対応すればいいか、そういう知識は実体験からしてある程度存在している。だからデートの作法、というのはある程度頭に叩き込んである。
支払いはかっこつけて奢りにしようとすると逆に失敗するとか、遅れてくるのは絶対に御法度とか。あとは服装をほめるのは軽くにしておいて、ことあるごとに褒めようとすると逆に失敗するとか―――まあ、基本的な事だ。一番重要なのは意識しすぎない事だ。意識しすぎた結果空回りしてしまうのはよくある事だったりする。だからなるべく自然体で落ち着いて、何時も通りの自分でいれば良い。
とはいえ、男とはかっこつけてナンボの生き物だ。
―――海鳴駅の入り口近くに立っている。
視線を少し横へと向けてみれば、直ぐ横にはコンビニがある。そこには磨かれたガラスがあり、そこに反射する自分の姿が見える。服装は何時もよりも真面目に着てきている。ちゃんとアイロンされたスラックスにシャツ、その上から襟付きのチェックシャツをちょっと着崩したりしてみて、普段はつけないようなペンダントもちょっと気合を入れて。まあ、これぐらいの見栄は必要だと思う。サングラスなんかもちょっとバイト代を奮発して買ってきたブランド品だが―――必要以上に気合入れているかもしれない。
「ったく、ちと気負いすぎか。久しぶりだからしゃーねぇけど」
なんだかんだでデートするのは久しぶりだ。大学、と言うより日本に来てからはそういう時間がなかったし、そういう相手もいなかったというのが大きい。それにやる気がなかった、と言うのも事実だ。ぶっちゃけた話、体を動かしていればムラムラする事はないし、女に飢えている訳でもないし、彼女を作る事も特に必要性が感じなかった―――出来る時は出来る、そんなものではないかと思っていたからだ。
だから、まあ、今日のこれもそんな流れかなぁ―――。
と、思うのは自由だが口に出すのは激しく失礼なので止めておく。それにそういう流れだったとしても、全力で楽しみにしているのは事実だ。なので否定する理由は一切ない。ガラスで自分の姿を一度だけ確認し、それから腕時計で時間を確認する。そしてついでに、知っている気配がないかを軽く探りを入れてから……頷く。
「うっし、ガキ共もティーダもクラウスもいねぇな」
これで一キロ先から双眼鏡で見張ってるとか言われたらどうにもならないのだが。流石にそこまでの馬鹿はしてないと思いたい。
「……しないよ……な……? 流石に双眼鏡使って尾行とか……」
さっと考えてみて、三人ほど実行しそうなのに心当たりがあるのが怖い。とりあえず見られていたとしても、あとでネタにされるだけだ―――開き直って自慢すりゃあそれで済むので今は忘れておく。それよりも、気配として近づいてくる存在がある。なので視線をガラスから外し、そして外へと向ける。
長い銀髪を揺らしながら片手を上げる八神リインフォース・アインスの姿が見える。普段は割とハーフパンツ姿を見かけるアインスだが、今日はロングスカートにブラウス、そして薄手のカーディガン、と普段とは全く違う軽いが、儚い令嬢の様な印象を与えてくる服装だった。普通では見る事のない銀髪と赤い目がよりその印象を強めていた。近づいてくるその姿をちゃんと見れば、薄く化粧してある事もちゃんと解り、此方以上に気合が入っているのが解る。これは男として、あまり恥ずかしい事は言えないな、と思いながら片手を上げてアインスに手を返す。
「少し遅れちゃったかな?」
「いや、十分早く到着しているよ。俺がそれよりも早く来過ぎてしまった、ってだけの話だよ」
「……もしかして長く待たせちゃったかな?」
「いや、実は俺も二台前の電車で来たばかりなんだよ―――」
とは嘘だ。本当の話は二十分前に到着している。アインスが時間前に到着するタイプである事は良く知っている。ただどれだけ、というのは解らない。とりあえずは待たせるのは男としてあってはならない。なのでとりあえず三十分早く到着しておいた。一応それで正解だったようだ。
「ふふ、そうなんだ。良かった。春になったとはいえ今日は少し涼しいからね。ずっと立たせていると申し訳ない気分になってしまうからね」
「女は待たせて、男は待つものさ。それがデートの作法ってもんよ」
「そうか、君がそう言うならそうなんだろうね。……じゃあ、互いに気合が入っている様だし、そろそろ行こうか?」
「あぁ、今ばかりは独り占めさせてもらおうかな」
そう言って腕を組んで、海鳴の街へと歩き出す。
◆
「―――と、まあ、唇を読んだ限り二人の会話はこんな感じだったな」
「良い仕事ですクラウス。ガッデム銀髪巨乳め。年上で家庭的で胸があってしかも性格が良いからって調子に乗りやがって。これは誰が上なのか証明しないといけませんね」
シュテルが双眼鏡を覗き込みながらそんな事を言っているが、クラウスがそうだな、と頷きながら言う。
「もう勝負ついてるから」
そう言いつつ双眼鏡から目を離す。双眼鏡の先に見えていたイストとアインスのコンビが海鳴の街の中へと消えて行くが、昨晩イストが寝ている間にイストのパソコンに侵入してデートプランは把握させてもらった。おかげで必死に追いかけなくてもイストとアインスが何処へと行くのは既に把握済み。それだけではなく店舗の許可をもらって盗聴器と隠しカメラの設置も完了している。これを全て友人のデートの為だと言うと感動した様子で協力してくれるので世の中チョロイ。もう少し日本人は相手を疑った方が良い。
「ティーダ、顔がゲスのそれになっているぞ」
「おっと、危ない危ない」
頬を叩いて浮かべていた笑みを剥がす。イストが双眼鏡の事を口にしたときは一瞬バレたかと思ったが、さすがのあの男も此方がガチで尾行と下準備をするとは欠片も思いもしなかっただろう。しかも今回はなんとアメリカ組だけで監視を行っているのではない。
―――グランツ研究所と八神堂という無駄にビッグすぎるバックがついているのだ。
耳に装着したインカムから声が聞こえてくる。
『はぁーい! 此方グランツ研究所待機チームです! 商店街に設置したカメラに二人の姿が確認できてますよー! 音声はまだ拾えないから唇を読めるオリヴィエさんに会話内容をリアルタイムで解読して書き留めて貰ってるよ!』
『あの、数日前に唐突に唇の読み方を覚えようって言われた結果がこれなんですか……』
『お姉ちゃん、全ては大義の為なんだよ!』
『そんな大義は直ぐに捨てなさい』
『とか言いつつオリヴィエさん、手を動かすの止めない辺り本音が見えるよね』
グランツ研究所サイドからオリヴィエの声が聞こえる。そのリアクションにほほう、と声を漏らしつつ、シュテルとクラウスにサムズアップを向ける。移動開始の合図だ。持ち込んできた双眼鏡や手持ちテレビ、それをクラウスに運ばせながら移動を開始する。イストはああ見えて本当に技能や技術的には変態的だ。オリヴィエの様に見たら覚えるという事はない。新しい事であればそれを反復練習しなくては覚えられないが、覚えた事は百二十パーセントの効率で運用できる―――つまりは百パーセントの状態で応用できるのだ。だからアレが気配を読めるというのはガチだったりする。
少なくともその気になれば、半径二十メートル以内であれば建物の中に隠れていてもあっさりと居場所を、そして誰かを特定して来る。
ちなみにクラウスは全く同じ事を勘だけで、しかも的中率百パーセントでやってくる。何時も言っている事だし、思っている事だが、人間かどうか怪しい。
「さて、追跡を続行するよ。本日のスケジュールによると……えーと、軽くウィンドウショッピングをしたら映画館に入って、ランチを喫茶店で済ませて……って感じだね」
「毎回思うが本当にプライバシーが存在しないな」
「プライバシーは野心の犠牲になったのでアリです」
もう少し日本語を頑張ってほしい。そう思いつつ移動を開始する。一人だけ先に彼女をつくるようなまねは許さない。そう、これは私怨ではない。断じて私怨ではないのだ。友が悪い女に騙されていないかを心配しているから追いかけているのだ。それだけなのだ―――ぐへへ。
「ティーダ、貴様またゲス顔になっているぞ」
◆
「……イスト? なんだか上の空だったが大丈夫か?」
「ん? あ、あぁ、大丈夫大丈夫。ちょっと視線を感じてたのが気になってただけだから」
「気にしすぎじゃないのか? 商店街なんて人だらけだ。それに私も、君も人の視線を集める容姿である事は自覚しているだろう? だったら少し位視線を感じても仕方がないよ」
「そうだよ、な。うん……そう言われりゃあそうだ。ちっと神経質になりすぎたな。いやぁ、悪い悪い。どう考えてもこんなイベント、ティーダ達が何もせずに放置してくれるとは思えなくてなぁ……」
「あぁ……私も今朝出掛けようとしたらはやてが”一緒に来る”とか言い出してね……普段なら嬉しいけど……その、主旨を考えると、ちょっとね? だから困ってたらヴィータとザフィーラが助けに来て、ロングコートにマスク姿のシグナムもシャマルが警察を呼んで連れて行って貰ってね……」
「八神堂も八神堂で大変だったんだなぁ……」
アインスと腕を組んで、海鳴の商店街を歩きながらそんな話をアインスとする。海鳴にはT&Hがあるし、暁町と藤岡町とは隣接している街ではあるが―――だからと言って別段、詳しい訳ではない。現状の所良く知っている場所がT&Hというだけで、海鳴全体に関してはそうでもないのだ。暁町ならアインスが、藤岡町なら自分が、という風に良く街を知っている。だがどちらへと言った所でお互いに新鮮さが場所にはない。だからこそ、お互いT&Hしか行かない海鳴をデートの場所にした。おかげで普段とは違う町並みに新鮮さを感じている。と言うも、暁町や藤岡町にない特徴を海鳴は所有しているからだ。
海鳴はその名が示しているかもしれないが、海に面している。
海鳴には港があって、少々生臭い事を我慢すれば新鮮な魚を港の市場から直接購入することだって出来る。あまりデートには向かない場所ではあるが、海に面した公園などは海鳴では割と有名なデートスポットになっているらしい。一応今回のデートにはそこへと向かう事も考慮に入れている―――遊園地などがなかったり行かない場合の基本だ。
週末、という事もあって人通りがそれなりに多い為、必然的にアインスとの密着度は上がる。
こういう感覚も割と久しぶりだな、と思いつつ一緒に商店街を歩き、店の前に止まってはそれを確かめる。中でも興味が湧くのは食品輸入関係の店だったりする。小規模だし少し割高にはなるが、海外からの輸入食品などをメインに置いている店などが海鳴ではチラホラと見かけられる―――海鳴、藤岡町、暁町近辺で外国人や海外系の大学の日本キャンパスがあるおかげかもしれない。こういうものは普通にスーパーに行く分には絶対見つからないものばかりを売っているので、ゆっくりと店内の中を歩いてみると、意外と面白いものが見つかったりする。
たとえば外国のビールだったり、外国のインスタント食品とか、
普段は見ないようなものをそうやって発掘してみるのは割と面白い―――そういう海外の商品で盛り上がれるのはきっと、自分もアインスの背景が”外国人”という事もあるのだろう。
外国人同士、という背景が比較的に自分たちを引き合わせているのには自覚している、というか日本人の彼女とかはあまり想像できないので、たぶんアメリカ系かヨーロッパ系とか思っている。まあ、そんなものはその時にならないと解らない。
この後喧嘩別れする可能性だってあれば、そのままめでたくゴールインする場合だってある。
まあ、飢えている訳でもがっついている訳でもないので、
「何か欲しいものを見つけた?」
「あぁ、面白そうなのを見つけたから買ってくる。ちょっと待っててくれ」
そう言ってカウンターへと向かうアインスの姿を見送り、
別に何時も通り、ゆっくりでいいか、と思う。
無駄にグランツ研究所の最新技術を無駄に投入した無駄な尾行。やる事は全て煽る、その為だけに……。今の所ハーレムにする気なし、ヒロインは二人だけど最終的にはどちらかに絞る予定。
あとどちらの厄ネタも地雷も、同じぐらいのレベル。どっちの方がひどいとかはない。