イノセントDays   作:てんぞー

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チャンピオンシップ編
準備と待ちぼうけ


 対戦を終えてシミュレーターから出てくる。五連戦程ではあったが、全ての対戦で勝利することが出来た。最後の方は集中力が切れてきていたこともあり、少々危なかったのは反省すべき事だったかもしれない。―――集中力のペース配分。そこだけは見ても覚える事は出来ず、経験から生まれてくる。だから何度も繰り返して体で覚える他ない。しかもこの集中力の持続というのはゲームにのみならず、多くの分野で使えるから意外と重要な技能だったりする―――ブレイブデュエルはその集中力に関しては、非常に鍛えるのに適した遊びだと思っている。

 

 なんと言っても、ブレイブデュエルは勝負するゲームだ。しかも自分の体を使って。三百六十度、どの方向から攻撃が来てもおかしくはない上に、戦術や戦略をリアルタイムで組み立て、体を動かし続けなければいけないのだ。サバイバルゲームに似てはいるが、魔法とスキルが存在する分、戦術性は此方の方が遥かに高く、そして集中力を必要としている。個人的な意見で言わせてもらえば、既存のゲームやスポーツの中で最も過激で刺激的、それがブレイブデュエルだと。

 

 ともあれ、大型シミュレーターから出てくる自分の体が軽い汗をかいていることに気付く。最近気づいたことではあるが、シミュレーターでデュエル中は別に冬眠状態ではなく、眠っているような状態に近いらしい。だからシミュレーターから出てくる体は軽い汗をかいていたりする。デュエル内で得た緊張や疲労、そういったものを脳が認識して汗などが発生する―――さすがに脳や体へのダメージの可能性は完全にゼロになってはいるらしい。流石の科学力、とでも言うべきなのだろう。

 

「ふぅ、流石に少しだけ疲れましたね」

 

 少し休みましょうか、と呟きながらシミュレーターから離れると、先程まで対戦していたプレイヤーが此方に手を振ってくる。なので笑顔と共に手を振り返し、そのままコミュニティスペースへと向かう。そこは此方のスペースとは違って、飲食物の持ち込み許可があり、そして販売も行っているスペースだ。そこへと向かい、自動販売機にスマートフォンを当てる。缶紅茶を購入した所でそれを両手に、椅子に座り、ほっと一息をつく。

 

「ふぅー……ブレイブデュエルにも大分馴染んだというか、見事ハマってますねー、私……」

 

 元は付き合いで、ちょっと興味があるから、と手を出したのがブレイブデュエルだ。最初は驚きはあったものの、そこまでのめり込んではいなかった。ただ一緒にいる時間は楽しかった。その時間をまた味わいたかった、そういう気持ちはあった。それに何により、自分がまるで初心者の様に簡単にあしらわれてしまうその世界が楽しかった。だから遊ぶようになって……段々と楽しみ方が解って……そして今の様に、一人でも遊ぶようになってしまった。染まる、というのであれば染まったのかもしれない。

 

 だけど悪くはないと思っている。

 

 少なくとも、変化を得たヴィヴィオは悪くないと思っている。

 

 ―――ずっと昔、”暴君”と呼ばれ、そして恐れられていた頃の彼女と比べれば、全く良い。

 

「―――あ、ガッデム絶壁」

 

 と、考えていたせいか、妹の声がする。視線を後ろへと向けると、ヴィヴィオの姿がそこにあった。苦笑しながら軽く手を振ると、ヴィヴィオが駆け足で寄ってくる。その姿には何時も一緒に遊んでいるアインハルト、そしてジークリンデの姿が珍しく存在しないが、そういう日もあるのだろうと勝手に判断しておく。ともあれ、

 

「あら、どうしたのヴィヴィオ?」

 

「いや、人ごみの中でクソ目立つバキュラウォールを見かけたからこれは一度ディスっておかなきゃなぁ、って妹としての使命感を感じたの。だから姉ちゃん、そんな絶壁で生きるの辛くない? 魅了する為の胸がなくて辛くない? 姉ちゃんに彼氏が作れるものなら見て見たいよ、その胸で。ふぅ、スッキリした」

 

 ……本当にこれ、良くなったのだろうか。ベクトルは変わってはいるが、暴君っぷりは全く変わっていないような気がするのは気のせいだろうか。ジト目でヴィヴィオを睨み返し、そろそろ強く言い返すべきだろうか、と思っていると、ヴィヴィオが頬を膨らませ、明らかに怒っている、という表情を見せる。

 

「姉ちゃんつまらない」

 

「えー……つまらないと言われても」

 

「いや、姉ちゃんのリアクションが、じゃなくて姉ちゃんが人間として、の話。うー……折角ボッチハルトとクソニートを撒いて来たのにお兄さんがそもそも休暇貰ってしばらくはグランツ研究所に来ないんじゃ全く意味がないよぉー……」

 

 なぜか今、流れる様に人間性を否定された気がするが、ヴィヴィオの言うお兄さん、イストに関してだったら同じチームの仲間なので知っていることがある。この暴君とも呼べる妹に対して教えても良いのだろうか一瞬悩むが、それでも特に問題はないだろうと思う―――それになんだかヴィヴィオが察したように此方を睨んでくるので、軽い溜息を吐き、そして話す事にする。

 

「イストさんでしたらしばらく休みをもらって海鳴の方に行きましたよ。なんでも月末のチャンピオンシップまでは海鳴にいるそうだとか。大学の方も一旦休学してますね。まあ、ティーダさんの方も便乗して休学してるんですけど。なんでも海鳴で住み込みでアルバイトをするとか」

 

 おかしな話だ。グランツ研究所で働いているのに、何故態々海鳴にまで行って働かなくてはならないのだろうか。それを指摘しようとしたらカリムが微笑ましいものを見る様な視線で笑みを浮かべ、放っておけというのでそのまま見送ってしまったが、今思えば謎だらけの話だ―――イストがアインスをフったという話もあるし。もうなにがなんだが、という状況だ。まあ、それでも律儀にブレイブデュエル遊びに来てしまっているのだが。

 

「姉が……役に……立った……?」

 

「流石の私でも怒りますよヴィヴィオ」

 

 ちっちっちっち、とヴィヴィオが指を振る。完全に反省してないなこれ、と内心で確信へと至ったところで、ヴィヴィオがそうだねー、と人差し指の爪を軽く噛みながら視線を此方へと向けてくる。

 

「ねえ、姉ちゃん。一応私と姉ちゃん姉妹だし、家族だって思ってる。実家の連中とは違ってね。あの糞虫共の様には姉ちゃんにはなって欲しくないし、個人的に不愉快な事がいくつかあるから、姉ちゃんにはちょっくらアドバイスしたいんだけどいいかな」

 

「あの、なんで私は妹にまるで駄目な姉の様な扱いを受けているんでしょうかこれは」

 

「そこは気にしちゃだめだよ。それに姉ちゃんが私よりも劣っていることは事実だし」

 

 なんの事だろう、とは思う。それに悩むと、ヴィヴィオは溜息を吐いてそしてやっぱいいや、と言う。

 

「今の姉ちゃんクッソつまらないけど、昔の私もそうだったしなぁ。だから姉ちゃんもいつかそっから抜け出せるよ。おせっかいな人達ばかりだし。まあ、姉ちゃんの相手はちょっと骨が折れるかもしれないけど。そん時は私、思いっきり敵になるつもりだからよろしくー」

 

 ヒャッハー、と叫びながらヴィヴィオが再びシミュレーターに突撃していく。結局妹が言っている言葉の意味は主語が抜けすぎていて全く理解できていなかったが、とりあえず近いうちに本気で叱っておく必要がある、というのだけは理解できた。最近妹がフリーダムすぎていろんなところへと迷惑をかけている気がするし、そろそろそれに関して釘を刺しておく必要があるだろう。……それで到底おとなしくなってくれるとは思えないのが悲しい事だが。

 

「全く、なんであんな妹に育ってしまったんでしょうねー……」

 

 スクリーンの中でポーズを決めて相手を爆殺する妹の姿を見る。少なくとも笑うようになったから、間違いなく良い方向に進んでいるとは解るが、それでももう少しそのアクセルの全開っぷりがどうにかならないものか。家の中でもテンションの変動が一切ないので物凄い疲れるのだ。いや、まあ、それが嬉しくないと言ったら嘘なのだが。どういう形であれ、やっぱり妹がちゃんと笑うようになったのは嬉しい事だ、姉としては。でもやっぱりもうちょっとどうにかならないものか。

 

 偶に殴りたい気持ちになってくる。年長者として子供を殴ってしまうのはいけない事だと解っているので、絶対にやる事はないが。ただ偶に同じチームメイトが遠慮する事無く子供をぶん投げたり、回転しながら見事な着地を決める子供たちの姿を見ていると、少し位混ざっても平気ではないかと思えてしまう。特にクラウスなんて片手で三階までヴィヴィオを投げ上げて遊んでいた記憶がある。とりあえずあの時は夢として処理したが、クラウスの話を聞けば聞く程本当にやっていても違和感がなくなっていく。

 

 ただ―――で―――あるのは―――なのだろうか。

 

「あ、いけない。考え始めると周りが見えなくなってしまうのは悪いクセですね」

 

 軽く頭を横に振りながら正気に戻る。最近イストとティーダが別行動して、一人で考える時間が増えてしまったから、嫌な事ばかり考えてしまう。性分なのだろうが、少なくともあの二人やクラウスが近くにいる間は嫌な事や昔の事を考える暇がなかった―――そのおかげで楽しい時間を過ごせた。

 

「ちょっとだけ寂しいですねぇー」

 

 まあ、やる事があるのだろう。少なくともカリムはそう教えてくれた。”オトコノコ”をしているらしい。意味は解らないが、チャンピオンシップにはちゃんと出場する様なので問題はないだろう。まあ、相手も大人だからヴィヴィオの様に一つ一つの事で一々せっつく事も、目を向けておく必要もない。短い休暇が出来たとでも考えておくべきなのだろう。

 

 そう思いつつ適当な椅子に座り、缶紅茶に口を付ける。

 

 やっぱり、家で淹れるのよりは、不味い。

 

 不思議と、皆で飲んでいる間はそんな風に思いもしなかったはずだったんだけどなぁ、と思った。

 

 

                           ◆

 

 

 ―――六月。

 

 その月末でブレイブデュエルのロケテストから二ヶ月以上が経過する事となる。ジェイル・スカリエッティとグランツ・フローリアンの計算と予測によればそれが丁度プレイヤーがゲームに慣れ親しみ、戦術が多く生まれ、そして同時に小さな”マンネリ”を感じ始める時期となる。ゲームとはどんなに面白く熱狂できても、アップデートやイベントが存在しなければ直ぐに興奮を忘れ、冷めてしまう。故にその熱狂を維持する為、増幅させるため、そしてプレイヤー達のモチベーションを煽る為にチャンピオンシップの開催がその時期に決定された。

 

 スキル枠の拡張、戦闘中にリライズを行いキャラクターカードの変更を可能とする、魔法の種類の追加、スキルの追加、対戦環境の向上。度重なるアップデートでブレイブデュエルはその姿を大きく進化させている。当初、ジェイルやグランツが目指した物よりも賑わっている、という形で。そういう事もあり、チャンピオンシップは大いに盛り上がる事が予想されていた。一強と認識されているクラウスやイストの様なプレイヤーや、ショッププレイヤー。彼らや彼女たちも決して無敵ではない。バグっている様な強さを持っていても、ちゃんとルールに縛られて戦っている。

 

 戦術を噛み合わせる事にさえ成功すれば、撃破は不可能ではない―――それは既に対戦を挑んだ誰かが勝利、という形で証明させていた。故に、チャンピオンシップへの期待は大いに高まっていた。無論、ブレイブデュエルのプレイヤーのほとんどがそれに参加する事を決め、そして勝つことを目論んでいた。未だチームの数が少ないためチームトーナメントは存在しないが、大規模な個人戦トーナメントの開催が決まっていた。

 

 何よりも、プレイヤーを興奮させるのはランキング入りした場合の報酬、そして”ランカー”等の称号であった。少なくとも百位圏内であれば限定のカードを貰えたりするし、参加賞のカードも用意されている。そしてこのチャンピオンシップで、次回開催されるまでの暫定的なランカーのランキングが作成される。このトーナメントで優勝した者が次回のチャンピオンシップで敗北しない限り、暫定チャンピオンとして君臨し続けるのだ。

 

 誰もが強くなれ、努力が反映されるゲームでその誘惑は甘美だった。

 

 故に月末が近づくにつれ、雰囲気は熱狂から少々殺気立った者へと変わって行った。少々物騒ではあるが、ダーティな手段に手を出す者は幸い、存在しなかった。そういう事には敏感な者がいたのは事実だが、それ以上にプレイヤー側にはジェイルとグランツ、二人がこのゲームに対して向けた情熱も理解していたのだ。故に殺気立ちながらも、正々堂々と、正面から勝利する事を目的としていた。

 

 春から少しずつ夏へと、

 

 熱くなってゆくのは何も日差しだけではなかった―――。




 今回で新キャラ出す予定だったのに姉妹しか出なかった感。あ、次回から何時ものノリだよ(

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