イノセントDays   作:てんぞー

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勧誘タイム

 彼女の片手を乗せる様に支え、横の椅子に座ったところで手を放す。当たり前の事に対して彼女は此方へと視線を向け、態々軽く頭を下げてからありがとう、と言ってくれる。そんな新鮮な感覚にちょっとした感動を覚えつつもどういたしまして、と言葉を返す。扇状の教室はアメリカ式の広く、そして机といすがセットで固定になっているタイプだ―――日本でも大型の大学であればさほど、珍しい光景ではないのかもしれない。

 

 教室へと持ってきたノートパソコンを机の上に置き、ワードプログラムとカメラ機能を起動させる。まだ教授が来ていないので録画の開始をせず、視線を横へと向ける。そこには黒いドレスの様な服装の彼女―――オリヴィエ・ゼーゲブレヒトの姿があった。もの珍しそうに彼女は此方のノートパソコンを見ている。

 

「ちょっと失礼かもしれませんが、イストさんは意外と機械派なんですね? その様子を見るにどうやら講義を録画する準備を進めているようですし、講義内容もタイピングする予定ですよね?」

 

「元々はアナログ派だったんだけどね。だけどバイト先での経験もあって少しずつだけどアナログ卒業して近代化する事に決定したんだよ。まあ、録画だって別に毎回している事じゃないしね? 重要な講義の時とかしか流石にやらないよ。他の所から教授が来た時とかね。一回限りの講義とか聞き直せないからどうしても録画か録音でとっておかないと損をするんだよ」

 

「そこまでは考えた事がなかったですね……私の場合大体一度聞けば覚えて―――」

 

 そこまで言って、オリヴィエはしまった、なんて表情を浮かべる。が、それに対して手を横に振って苦笑する事で返答とする。

 

「オリヴィエが頭良いのは知ってるからそんなに気にすることはないよ―――俺は馬鹿の方だって自覚しているしね。その程度で嫌味な奴、って思う程度の器量じゃないよ」

 

「あ、ありがとうございます」

 

 自分の周りには天才派が多いと改めて思う。まず勿論グランツとスカリエッティ。自分が知っている天才派の人間の中ではトップであり、そして世界的にも認識されている偉人カテゴリーの人物たちだ。その次に来るのがシュテル、ディアーチェ、ユーリ、レヴィの四人組だ。彼女たちとはであってまだ一年程度でしかないが、それでも割と濃い密度で時間を過ごしている自覚はある。そして彼女たちがまたグランツやスカリエッティの様な才人である事は十分理解している。本来であれば小学生である所を彼女たちは飛び級で中学二年生のクラスに通っている。おそらくシュテル達は二年生が終わるのと同時にまた飛び級で今度は高校へと入るのだろう。

 

 そして最後に―――ティーダだ。アレもかなり”出来た”男だ。自分と比較にならないほど頭がいいと言っても良い。聞いたことは絶対忘れない。なんでも人並み以上にこなせ、そして射撃に関しては非常に優れた才能を持っている。そんな親友に対して嫉妬を覚えたのは一回だけの話ではない。何度も何度も嫉妬を覚え、乗り越えようとぶつかって、喧嘩して―――そして今もまだ、馬鹿をやってる。

 

 だから天才というカテゴリーの人間に関しては敏感だ。人生ずっと相手にして生きているから良く解る。オリヴィエもまた、そういうカテゴリーに入る存在だと。ここ、暁町は天才の集まりやすい魔窟か何かなのだろうか。

 

「まあ、オリヴィエは少々気負いすぎなところがあると思うよ。いや、俺が男で必要以上に暑苦しい事は解るけどね?」

 

「いえいえ、イストさんは自分の事を卑下しすぎですよ。私からすればイストさんも十分な才人ですし、そう卑下する程の人にも思えません。こうやって接した時間はまだまだ短いですが、それでも貴方がどんなに素晴らしい人物であるかは解ります。ですから冗談でも自分を卑下する様な事は言わないでください。貴方が平気だとしても、こっちの方が悲しくなりますので」

 

「お……おう、うん。そうする」

 

 ―――なんだ、天使かオリヴィエは……。

 

 あまりにも穢れのなさすぎる対応に困惑しつつも、これで汚れていないと感じてしまう程度には自分はヨゴレ系キャラが定着してしまったらしい。オリヴィエをまっすぐ見る事が出来ないどころかその背後に後光がかかっている様にすら見える。もしかしてオリヴィエは実は女神なのではないのだろうか……? いや、そうなるとヴィヴィオまでその系譜だと認めなくてはならない。まあ、ヴィヴィオも悪い子ではないのだが。

 

 ともあれ、とりあえず後ろへと振り返る、背後にいる同じ講義を受ける者達へと視線を向け、

 

「遠慮なく壁殴ってもいいんだぞ」

 

 ドヤ顔を見せてから顔を戻すと背後からガンガン、と何かを殴るような音が響く。やはり日本人とはここら辺、直ぐにノリにのってくれて凄いやりやすいと思う。不思議そうな表情を浮かべながらオリヴィエは首をかしげる―――一々動作が可愛いのだがこれは惚れてもオーケイというアピールなのだろうか。いや、勿論超天然系らしきオリヴィエがそういう事を一切意識していないのは理解している。実に悲しい話だ。たぶん、”頼りになって優しいイストさん”ぐらいにしか思われていない。

 

 頑張れ、俺。輝かしい未来の為に。

 

「そう言えばイストさんには聞きたかったのですけど……もしかしてイストさんって妹のヴィヴィオの事を知っていませんか?」

 

 やはり、ゼーゲブレヒトなんて珍しい名前だから姉妹か何かかと思っていたが、当たっていたらしい。そもそもゼーゲブレヒト、なんて名前ヴィヴィオ以外では聞いたことがないのだからそっちを疑った方が遥かに早いのだが。

 

「やっぱり、オリヴィエってヴィヴィオちゃんのお姉さん?」

 

「そこそこ歳が開いてしまっていますけど姉です。ヴィヴィオは昔から物凄いヤンチャな子でして……実家では扱いかねる、という扱いになったあの子は日本の親戚筋の家へと預けられたんです。ですから日本で寂しい思いをしてないか、と心配だったのですが……友達や良い知り合いに恵まれたと今では安心していますけど」

 

「アレ、やっぱりオリヴィエさん俺の事を知ってた?」

 

「ヴィヴィオから名前と性格だけならば。聞いた、そして想像した通りの良いお方でした」

 

 にっこり、と笑顔でそう言い切るオリヴィエの笑顔がまぶしすぎて目がつぶれそうな気持ちになる。何故、何故自分はこうも汚れてしまったのだろうか。何故オリヴィエがこうも穢れのないキャラに見えてしまうのだろうか。ヴィヴィオでさえ若干ヨゴレセンサーに反応しているというのに、オリヴィエからはヨゴレ系の欠片も感じがしない。これが箱入り系の天然系。

 

「恐ろしい……!」

 

「え?」

 

「あ、いや、何でもないよ。うん」

 

 ティーダやカリムならまず間違いなくネタを挟み込んでくる瞬間だった為、ちょっとだけ調子が狂う。だがそれも結局は少しだけの話だ。自己評価だがコミュ能力は高い方だと自負している。知らない人とだって遠慮なくしゃべる事は出来るし、日本語だって流暢に喋る事もできる。他には趣味でスペイン語やらドイツ語だっていける―――ちなみに覚えたのは父と祖父の様に幻聴が聞こえたらいつでも飛び出せる様に、という準備だったりする。

 

 しかしその無駄な努力が実に無駄に終わりそうで何より。

 

「しかしヴィヴィオから聞きましたがイストさんはヴィヴィオのお友達を含めてまとめて格闘技を教えているとか。今、ヴィヴィオと一緒に住んでいるんですけどヴィヴィオが毎日飽きずに簡単なトレーニングをしていることにびっくりしました。あの子は何でも人並み以上にこなせてしまうから飽き性がひどかったはずなんですけど……」

 

「このイストさんの特技は第一に小器用なことなんだが、その次が地雷の発見と地雷を踏み抜いて処理する事だ」

 

「地雷……?」

 

「あ、いや、意味が解らないならそれでいいのよ」

 

 やはり、少しだけ調子が狂う感じがする。というよりティーダやカリム、ジェイル達のカオスな方の芸風に慣れすぎている感じだ。寧ろ一般的に言えばオリヴィエの方が普通なのだろうと思う―――それでもオリヴィエの天使っぷりはちょっと箱入りすぎでもないかと思ったりもするが。そこらへんが少しだけ心配になる。この無垢な子が俗世でどうなってしまうのだろうか、と。

 

 ……うし、話題を変えようか。

 

「しっかしオリヴィエがこの講義に参加するとは思いもしなかったよ」

 

「そうですか? この講義の教授―――ジェイル・スカリエッティ教授の講義は実にレベルが高いですけれど、物凄く為になるという噂でしたが。たとえ違う分野であっても最低でも一回は出ておく方が人生の為になるって言われましたけど」

 

「いや、それは間違いないよ。スカっちって超が三個ぐらいつく程のキチガイで今でも娘と一緒に風呂に入るほど馬鹿親でガン飛ばされた挙句ローキック叩き込まれてもへこまずに家族の愛だって勘違いする可哀想な変態だけど間違いなく頭脳だけを見るなら世界有数の変態レベルの変態だからね。おや、結局は変態で落ち着いたな」

 

「あの、それ、一切褒めてませんよね……?」

 

 いや、これはぶっちゃけ褒めている。

 

「真面目な話、あのおっさんはマジで天才だよ。どのぐらいかで言うと背中が見えないぐらいに。あの人の研究にモルモットって形で参加しているけどハードとかソフトとか、そういう部分は少し勉強している俺でもちょっと理解できないし。ティーダのやつは手伝える程度には解るらしいのが凄いよなぁ……いや、ホント。アイツ学問とかそういう所だったら器用貧乏超えて器用万能だからな。マジで何でもできるわ」

 

 その代わりに肉体的な部分での器用万能は今の所こっちがタイトル保持しているが。知識とかに関してはどう足掻いてもティーダには勝てないのは昔からの話で良く理解しているつもりなのだ、此方は必要最低限、食っていくのに必要な分しか覚えないつもりだ。その代り、そうやってできた余ったリソースは全て自分の最も得意な分野―――即ち格闘技等に叩き込んでいる。

 

 ほんと、そういうのが何処で役に立つかなんて解りやしない。

 

 と、そこでオリヴィエが首を傾げながら視線を向けてくる。間違えて惚れてしまいそうなのでそう言う仕草はやめてほしい。

 

「イストさんって、スカリエッティ教授の知り合い……なんですよね?」

 

「知り合いというかバイト先の上司があの変態だな」

 

「イストさん、意外と有名人とお知り合いですね」

 

「うーむ、せっかく国を出て新しい国へ来たんだから、自分の知らない事は色々と知りたいとは思わない? まあ、それで日本人の友達が全くできていないのが非常にアレなんだけどね。なーぜか色々と不思議なつながりは出来るんだよなぁ。脳筋覇王とその妹とか。引きこもり廃人の黒ツインテ娘とか。脳筋覇王と比べるとまだ研究所の四人娘も大人しいと思えるわ……あ、後半はあんまり関係のない話だったな?」

 

「いえいえ、こうやって見聞きする事は新しい事ばかりでとても新鮮です。こうやって話しているだけでもイストさんの日常は充実しているようで、聞いているだけで楽しくなって来そうです」

 

 何度も自分に言うが、これがオリヴィエの素なのだ。決してキャラづくりではないのだ。もしキャラを作っていれば自分やティーダが真っ先にそこらへんを突く。そしてそう言うセンサーに引っかからない辺り、オリヴィエの発言は毎回ガチなのだ。つまり素。天使は実在したのだ。

 

 苦笑しながら右手人差し指を浮かべる。

 

「じゃあ、混ざってみるか?」

 

「え?」

 

 オリヴィエの驚くような表情にもう一度だけ軽く苦笑する。

 

「いやいや、何やらオリヴィエは見識を深めようとしているんじゃないか。だったら混ざって肌で感じた方が楽しいし良く解るんじゃないかな? ちょうど良い所今週からロケテスト開始で、ロケテスに参加できる店舗や人を求めてる所だし。今の所隣町の藤岡町の”八神堂”って所しかロケテスに協力してくれてないし、どうよ。オリヴィエもこれを機にちょっと大学生らしい青春してみる? 今ならイケメンシスコンスナイパーと打撃と打撃と組み技と打撃で語る脳筋覇王という面白すぎるセットがついてくるよ」

 

「え、えっと……迷惑になりませんか……?」

 

「―――ならないよ! 超ならないよ! 美少女ウェルカァ―――ム!!」

 

 そう叫ぶのは間違いなくジェイル・スカリエッティの声であったが、その声は扉の向こう―――ではなく校舎の外側、窓の向こう側から聞こえている。視線をそちら側へと持って行くと、窓に張り付いているスカリエッティの姿がある。ほとんどの生徒達が驚愕したような表情を浮かべる中、ジェイルは両手でサムズアップをオリヴィエへと向ける。

 

「大歓―――」

 

 そこまで行ってからサムズアップの為に窓から指を離した馬鹿は三階の窓から下へと落ちて行った。それを見届け、部屋の中に嫌な沈黙が流れる。

 

「死―――」

 

「いやいや、あの人が死ぬわけないって。ないよな……?」

 

 再び嫌な沈黙が訪れる。が、

 

 それは数秒後勢いよく開け放たれる扉によってかき消される。その向こう側に立つのは少しだけぼろぼろな姿のジェイルだった。

 

「助けにこないのか!?」

 

 大きく手を広げ、視線は此方へと向いているので手を横に振る。

 

「バイト時間外」

 

「オウ、ガッデム。うんじゃ良い感じでエンジン入ったところで講義を始めるぞ諸君。私は二度説明するのが大っ嫌いだし途中で話の腰を折られるのも大っ嫌いだ。だから質問は全て終わった後で全員纏めてやってねー。録音録画は自由だ。ハイ、それでは準備を始めたほうがいいよー」

 

 まるで何事もなかったかのように講義の準備を始めるジェイルの姿に誰もが凍るが―――自分の様に比較的慣れている面子はその姿に溜息を吐く。ただ何時も通りだな、なんて思いつつも横の狼狽えるオリヴィエへと視線を向ける。

 

「んで、オリヴィエ。考えるだけでもいいから、ね?」

 

「え、あ、はい! よろしくお願いします!」

 

 そう言って頭を下げるオリヴィエはやっぱり天使だと思った。

 

 ―――やっぱりカリムとは違うわ、カリムとは。これぞ本当の乙女。




 オリヴィエ・ゼーゲブレヒト(19) 大 天 使
 ヴィヴィオ・ゼーゲブレヒト(12) ヨゴレセンサーに感知アリ
 アインハルト・イングヴァルト(14)脳筋すぎる兄を殴り殺したいお年頃
 クラウス・イングヴァルト(20) 履歴書の特技欄:覇王断空拳

 ヴィヴィオ、リオ、コロナの年齢はちょいあげ、ジークとアインハルトも高一、中三になっております。クラウスが一体何をしたって言うんだ……。

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