イノセントDays   作:てんぞー

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ボーイズ・サイド

「―――しっ」

 

 重い鉄の塊が手の甲にぶつかる感触がする。視線を正面へと持って行くと、そこには黒い騎士の様な姿、少年の姿がそこにある。手に握られているのは巨大な銃と剣を合体したガンブレード―――Forceスタイルがデフォルトの、レアアバターの少年だ。その能力もレアアバターの様に珍しい能力であり、魔力の分断、結合解除―――つまり飛行を含める魔法の封印、というのが彼の能力であった。故に彼が空でガンブレードを振るい、それを空で受け止めようとすれば、踏ん張る事が一切できずに体が一方的に吹き飛ばされる。

 

 普通は。

 

「よ―――」

 

 初の体験―――しかし、既知にピースは存在している。たとえば魔力を封印されるスキルを使用されたことがある。たとえば踏ん張れない状況に追い込まれたことがある。空で飛行を使用できない状態に陥ったことがある。剣に相対した経験がある。銃に相対した経験がある。銃で殴られた経験がある。少年ぐらいの年齢の相手と戦ったことがある。

 

 すべてはパズルピースの様な経験だ。一つ一つが少しだけあっており、大半の部分が違う。だがそれらは全て、小さな共通点を持って繋げられる―――即ち、今の状況のピースになる。だからその状況を集め、つなげ、固め、そして今の状況へと当てはめる。未知であったはずの経験を完全な既知へと変換させる。言いがかりであると言われればそうなのかもしれない。しかし、たとえ未知であったとしても、間違いなくこの経験の組み立ては状況に対する適切な対応を体に動きとして反映させていた。

 

 体を横に回転させることで吹き飛ぶ勢いを回転へと変え、回転と共に蹴りをガンブレードへと叩き込む。そこからガンブレードを抑えようとするのを利用して足をガンブレードにひっかけ―――足の筋力だけで体を固定する。それに驚いた相手が振り払おうと武器をがむしゃらに振り回す。それは既に見えている為、相手が振り払おうとする刹那の前に足を体を回転する様に外し、

 

 手を伸ばして首を掴み、

 

 それで全身を支え、

 

 開いているもう片手で全力で顔面を殴りぬく。

 

「おらよっ」

 

 必殺の拳で殴りぬき、手を離す。相手が吹き飛び、此方の体が落下して行くが、既に相手の体はLCが無くなったことから少しずつ消えて行く。そのままビルの一つを貫通する様に突き抜けて消えて行く姿を一瞥しながら大地に着地し、サングラスをちょっとだけ、上へと押して位置を軽く調整する。

 

「―――悪いな、奇襲とか不意打ちとか、そういうの俺には通じないんだわ。ま、センスは悪くねぇ。ヒヤっとしたのも事実だ。ただインファイト仕掛けずに遠距離から削り殺すのが勝ちだけを取るなら真っ先の選択肢だぜ。いや、インファイト挑んで勝ちたいってならお前男の子だよ。また相手してやんよ」

 

 ―――10連勝し、T&Hのシミュレーターを終了させる。

 

 

                           ◆

 

「あの、対戦ありがとうございました! 負けるってのは解ってたんですけど、それでもどうしてもインファイトで勝負したくて。それよりもコツ、みたいなのありませんか?」

 

「おう、ナイスガッツだぜ少年。すっげぇ遠回りに見えるけど基本だ基本。基本に忠実、そしてひたすら基礎をやり込め。やり込んできた動きは絶対に裏切らないから。あとはなるべく状況を限定せずに経験できることは何でも経験しようぜ。既知である事は最良の対処方法だからな」

 

「はい! ありがとうございました!」

 

 お互いにSRのカードを交換し、軽く握手を交わす。カードの名前を確認する―――トーマ・アヴェニール。中々才能を感じさせる少年だった。今度また挑んでくる様であれば少し本気で指導でもしてみようと思う―――たぶん化ける可能性がある。ただ今回に関してはそれだけの余裕が自分にはない。シミュレーターから離れて軽く頭を掻いたところで、待っていた人物―――ティーダが寄って来る。投げ渡されるスポーツドリンクをキャッチし、それに口をつける。

 

「絶好調だな、おい」

 

「十連戦したけどまだまだ、ってとこさシスコン。軽く試して問題なく使用できたのはいいけど、全力で動くまでの相手がいねぇから今一不安が残るわ」

 

「リアルと仮想で体を動かしてもまったく一緒、というわけじゃないもんねぇ……」

 

 経験をパズルの様に組み立てて対処をする。それはクラウスにもティーダにもできない自分だけの武器だ―――だから極限まで手札は増やしておきたい。手札を増やせば増やす程、強化されいくのが自分だ。技術一つ覚えたにしたって別の武器で使用できるようになるのだから武器の数だけ手札が増える事にもなる。それにアバタースキルの事を考えてそれとなく、SRカード集めも進めている。自分のだけではなく、他のプレイヤーのSRカードが此方の強化にダイレクトで伝わってくるのだ。

 

 やるっつったらやる。

 

 クラウスぶっ飛ばすんだから切り札も鬼札も何十枚も用意しなくてはならない。というか覚悟決めたのはいいけど想定してみたら勝率ゼロパーセントとは一体何事なのだろうか。ジェイルに頼んでシミュレートする度に死因がすさまじくインフレして行く。最近でビルを使ったすりおろし死という斬新な死に方がシミュレーションプログラムでのクラウスのトレンドになっているらしい。ジェイルも絶対殴り飛ばしたい。

 

 アレで世界的VIP扱いでなければもうちょっと暴力的なコントやネタが出来るのだが。

 

 ジェイルとグランツ、怪我でもさせれば物理的に首が飛びかねない。それだけ科学、という分野で二人は世界に対して貢献している。

 

「まあ、ぶっちゃけた話ひたすら手札増やして、増やして、んで増やすしか対処法ねぇんだわ、クラウス。クラウスが繰り出せる攻撃を全て避けるか受け流して、アイツに一撃でも多く叩き込まなきゃいけない。だけど同じ事をやれば間違いなくカウンターが飛んでくるし、一撃必殺されるし、だから手札を極限まで増やして、それをガトリングの如く連射するしか手立てがない」

 

「詰んでるな」

 

「でも無理無茶無謀は最初から承知だろ」

 

 でなければティーダが笑う事はない。

 

 そんな事を話していると、おーい、と声を上げながら手を振って来る姿が見える―――金髪の少女だ。服装はちょっと煌びやかな、可愛らしいバニースーツのような恰好だった。恰好に若干驚いていたのも最初のうち、慣れてしまえばコスプレ好きの少女として通じる、アリシア・テスタロッサだ。

 

「イストさん強いねー! 見てたよ十連勝!」

 

「グランツ研究所においでよ! バトルロイヤルモードで乱入してきた連中が一致団結して十連勝目なんか”十連勝達成されるのは見ていてムカつくのでノリで団結して潰す”って感じに全力で阻止に来る暗黙ルールが存在するから。全員がガンメタ張って殺しに来ない辺り、T&Hは平和だぜ……」

 

「それ、ゲームセンターとかじゃなくてもはや修羅の国だよね。前々から思ってたけどグランツ研究所ってプレイヤーの修羅化やモヒカン化が激しいよね。この間研究所から流れのプレイヤーが来てたけどリアルモヒカンにトゲの付いた方パッド装備してやって来てたよ―――没収したけど」

 

「そこで普通に対応できるアリシアちゃん十分凄いと僕は思うよ。何気に君、ここでは一、二を争うぐらいキャラ濃いしね」

 

 アリシアがダブルピースを浮かべてくるが、別に一回も褒めてはいない。この子のノリはなんというか、若干グランツ研究所ノリで非常に付き合いやすい―――つまり常時アッパー系なのだ。基本的にテンションがアッパー系な連中で囲まれている身としてはそういうノリはむしろバッチコイ、ノリやすいし、ネタにもしやすいので非常に楽だったりする。なのでアリシアは割と付き合いやすい部類だ、ノーマルな妹と比べれば。―――そう考えるとつくづく此方側の人間だなぁ、と思ってしまう所がある。

 

「しかし最近グランツ研究所に顔を出さないでこっちで顔を出してるけどいいの? 一応何も言わない様にしているけど」

 

「そのうち他の客かなんかがバラすだろうけどいいんだよ。割とスカっちも協力してくれてるし。それに全力で殴るのはそれなりに息抜きにもなるし」

 

「いや、正直息抜きとかないわ」

 

 ティーダが横から口を挟んでくる。

 

「一時間前まで気絶してたじゃないか。起きたら軽く汗を流した程度でこっちへ来て即十連戦。しかも全部魔法を使わない、デバイスとスキルと技術にのみ頼った超インファイト戦。正直どうかしてるよ」

 

 ティーダの言葉を聞いたアリシアがドン引きしたような表情を向けてくるが、自分自身はそう特別な事をしているつもりはない。というかクラウスを相手にするならこれぐらい当然、というレベルの事をしているだけだ。朝から夜まで道場でひたすら基礎を反復練習。数える事なんてせず、延々と気絶するまで続けて、気絶したら終了。起きたら汗などを流して食事して、そして再び基礎を延々に繰り返す。

 

 それをしているだけだ。

 

 そもそも手札や技に関してはほぼ完成されきっていると言っても過言ではない。戦術に関してもティーダと話し終わっている。だからこれ以上技を身に着ける、等というのは居候先に協力してもらった時点で終了した。だったら出来るのは極限まで”尖らせる”作業だけだ。稽古、なんてことは決してやらない。稽古が実践的であるが故に技術が身に付く―――なんてことを考えるものはいるだろうが、それは間違っている。

 

 稽古をすればするほど劣化する。

 

 そもそも超人的スペックを発揮できるブレイブデュエルの世界の中で、人間のスペックで稽古を繰り返していても、変に其方に慣れてしまうだけだから逆に邪魔になってしまうのだ。それに、稽古や模擬戦とは所詮”寸止め”で試合が終了してしまう。相手に対して必要以上の暴力、ダメージ、トドメは認められていない。だから模擬戦や稽古で慣れてしまうと、加減するクセがついてしまう。無意識で拳を振りぬけない様なクセがついてしまう。

 

 ブレイブデュエルが殺害レベルの攻撃を行っても実体に対してはノーダメージである事を考えると、リアルで自分を鍛える以上、稽古は邪魔になってくる。遠慮なく振りぬけるブレイブデュエルの中でこそ戦いをすべきなのだ。それでなら変なクセが付き難いし、何よりもブレイブデュエル内での決戦を想定しているのであれば、ブレイブデュエルでこそ体を調整すべきなのだ。だから、やる事は決まっている。

 

 自分を尖らせる。

 

 ひたすら基礎だけを繰り返して意図的に自分を追い込む。体を完全に苛め抜いて鍛える。自分に出来る事なんて技量を伸ばすぐらいと、覚悟を決めるぐらいだ。肉体的には鍛えても意味はない。だから重要なのは一番の武器である技量、そして精神的な追い込みだ。どれだけ自分が非情に、冷静に、そして極限の状態で集中力を維持し続けられるか、だ。その為に日常的に自分をいじめ、そして集中力をギリギリの状態で保てるように無理やりにでも身に付けないとだめだ。

 

 それが、グランツ研究所の近くにいる間は心配されるからできない。

 

 だから海鳴へとやってきた。

 

 一日中道場を借りて吐いて気絶するまでひたすら同じ事の繰り返し。それで少し変化を感じたらT&Hのシミュレーターで十連戦、体の調整や差異を確認して再び道場に戻って吐いて気絶するまで繰り返す。

 

 繰り返して繰り返して繰り返して繰り返す。気持ちが悪いし痛いし死にたくなるし泣きたくもなるが、それでも男だ。そんな辛い表情を浮かべる事は一度もないし、永遠に見せるつもりもない。見せなくても察してくれるティーダ辺りはさすがの長年の付き合い、とだけ言っておく。

 

 そしてたぶん、クラウスやアインハルト辺りは―――。

 

「考えててもしゃぁねぇな。どうせやる事は一緒なんだし。あーあ、俺ってほんと馬鹿な男だよ。絶対に損しかしてねぇわ」

 

「良く解ってるじゃないか」

 

 無言でティーダの首を掴んで首を絞めるふりをする。大げさにティーダがリアクションを取ってくれるが、アリシアの反応は薄く、ひたすら此方をジト目で見ている。その視線はまるで何かを探るようだが、視線を無言で返しながらティーダを揺らす。ギブ、ギブ、とか言っているが英語でギブはgive、つまり欲しい。もっと欲しいのか、欲しいのだろう。

 

 いやしんぼめ。

 

 もっと加速させると声が消えて力も抜けて行く。

 

 使えぬやつめ。

 

「……はぁ、ヴィヴィオちゃん達みたいな才能が羨ましいなぁ。私あんな風にパパ! っと見抜けたりできたらいいのに。ああいう才能、私も欲しかったなぁ……」

 

 アリシアのその言葉に苦笑し、

 

「んな事別に望まなくたって」

 

 ―――俺達はそんな違わないと、それを証明するさ。




 イストさんの華麗なる一日
気絶から起きる:気絶から起きてメシシャワー
気絶するまで:永遠に基礎を繰り返す
変化を感じたら:十連デュエッ

 以上。

あとちょいでチャンピオンシップですわー

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