イノセントDays   作:てんぞー

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相対者

「たとえば―――普段見る人たちが姿を現さんっちゅーことはまあ、確実に忙しいって事なんやろうけど。その連中が忙しい訳でもなく姿を消して、なおかつ日頃から色々やらかしているという実績を持っているという事は、今回もなんかやらかしてるっちゅーことになるんやろな。まあ、信頼と実績の話やね」

 

「つまりイストさんもティーダさんも高確率で兄さんに秘密で何かをやらかしている、と」

 

「せやせや。というか、兄さんらやらかした実績しかないんやで。チャンピオンシップが二日後に迫っているっちゅーのに姿もみせへんのやからまあ、確実に何かやらかしているで」

 

 確信した様子のジークリンデがソファで横たわりながらチップスをつまんでいる。あれだけ怠惰に暮らしているのに全く太らないから改めてその体質というものには凄さを感じる―――それを言ってしまえばイングヴァルト家もまた歴史の中で遺伝子に直接肉体維持の法を刻んでいるから、最小限の運動で状態の維持ができる様に肉体が完成されている。それは無論兄、クラウスだけではなく妹である自分もそうだ。同年代の努力を全て否定する様な肉体的完成度を自分の体は持っている。

 

 ……ジークやヴィヴィオも同じようなものですけど。

 

 そうやって自分以外にも出来る者がいると、途端に特別ではなく感じられる。だから、自分やヴィヴィオ、ジークリンデはまだマシな方の部類だと思っている。自分に関しては、自分よりも凄い兄が常に前に存在し続けてた。ジークリンデの場合は特殊で、そもそも自分が特殊だとは思っていなかった。そしてヴィヴィオに関しては自分が協力してどうにかした。―――だが兄、クラウスやヴィヴィオの姉、オリヴィエはどうなのだろうか。

 

「私達ってすごい恵まれてますよね」

 

「せやな。恵まれている、というよりは一つ上の世代の連中が偉大すぎるんやな。あーだこーだいいながらなんかしちゃう辺りがものすんごいあれなんやけど―――んで、そんな話を持ち出してくるっちゅーのはアレか、お兄さんのやって来ることに心当たりがあるっちゅーことか」

 

「まあ、うん。そうなんですけど」

 

 現在、ジークリンデはイングヴァルト家に居候させている―――自分が存在する限りはジークリンデにニートだけをさせないためだが、この少女、なんだかんだで働けば有能なのだ。働けば。つまり働かせる所までが問題なのだが―――元々のいた場所が甘すぎるとしか評価できない。PCなぞ目の前でスクラップにし、包丁を投げつけて脅せば動き出すのだから、それぐらいやればいいと思うのだ。

 

 ともあれ、

 

「―――兄さん、ついに道場から出てこなくなりましたねぇ」

 

「少し前までは食事とかで出てくる時もあったんやけどなぁ。メシもあっちで食い始めててなんだかなぁ」

 

 視線を道場の方角へと向ける。其方の方向にはクラウスがいる。が、少し体を動かして運動をすると、一日の残りのほとんどを瞑想する為だけに時間を消費している。まるでそれ以外の準備は必要ない、と物語るかのように。間違いなく兄は戦うための準備に入っている。普段であれば軽口の百や二百、どっかぶっ飛んでる発言と共に零すのだが、それがないどころか最低限の言葉を除いて喋らなくなった。なんとなくだが、空気的にどういう感じかは解り始めているので、クラウスに対して忠告することなどはやめた。言うだけ無駄だという事は存分に理解している。

 

「んにゃ、偶にやちょっとやる気出してウチもチャンピオンシップにでも出場しようかと思ったんやけど、ウチ参加辞退するわ。こりゃ出ない方が賢いで」

 

 まあ、自分もなんだかんだで付き合いは長い方だ。そして勿論、兄も、付き合いは長い。イストとティーダ、この二人が姿を現さない―――そして時たまT&Hで無傷で連勝している姿が目撃される。態々離れてまでそんな事をこそこそやっているのだから、大体やろうとしている事の察しはついてしまう―――だから、今の兄、クラウス・イングヴァルトのテンションは高い。冷静に落ち着いているようで、それでいて胸の内は炎の如く燃え上がっている。多分、今、イストかティーダ、そのどちらかに会えば大声で笑い始めてしまうほどにテンションが高い。

 

 道場で瞑想しているのはきっと、そういう意味もあるのかもしれない。

 

「ヴィヴィオさん誘って三人で参加しようかと考えてたんですけどねー。兄さんの様子を見る限り抑えがきかないどころか過去最高の状態で挑む感じのアレですよね。ぶっちゃけた話、今の兄さん何をやっても死ぬイメージがないですし。たぶん、銃を向けて、撃つ事が出来たとしても弾丸を掴むぐらいは出来そうですよ。あ、いや、可能かどうかって話じゃなくてテンション的には割とそれぐらいのテンションという事で」

 

「いや、まあ、言ってる事はわかってんで。実際アレ、凄まじいってしか表現できへんし。視線が合っただけで”神髄”が発動しそうになったのは初めてだったわ。殺気とか悪意とかで子供の頃はウチ、発動しそうになったり発動したりで、それが嫌で完全制御したつもりが一気に突破されそうになって冷や汗かいたで」

 

「あぁ、その場合はボロボロになったジークリンデが生まれるだけなのでどうでも」

 

「ハルにゃんところどころセメントやよなぁ」

 

「優しさを向けるのは好きな人にだけ、と決めてるので」

 

「正直、ハルにゃんめっちゃ優良物件よな。料理が出来て、運動が出来て、スタイル的には約束されていて、それでいて惚れた人には一筋でしょ。優良物件すぎてなんだか羨ましい」

 

「ありがとうございます、オカズ一品追加しますね」

 

 ジークリンデがガッツポーズを取り、その姿に軽く苦笑する。この家にもしもジークリンデがおらず、自分と兄だけの状況だったらこれだけ笑っている事は出来なかっただろう。ジークリンデという緩衝材があるおかげで、笑って過ごすことが出来る。正直な話、今の兄は少しだけ怖い部分がある。おそらくだが、イストとティーダはクラウス・イングヴァルトという一人の男に挑戦するのだろう。本気で、というレベルではなく、

 

 全力、死力、魂を消費させるような、そんな勢いで、きっと挑むのだろう。

 

 それが解る―――空気があの頃の様なものだからだ。

 

 そしてこれで兄が勝ってしまえば、あの頃よりも兄が酷くなってしまうのではないかと、そんな思いさえある。何故なら口数が少なく、刃の様な雰囲気を纏わせた兄の姿は間違いなく高校までの頃の兄の姿だからだ。だから今の感じは好きになれない。気持ちは解るが、あまり好きじゃない。早く終わって欲しいと思っているのが本音の所だ。

 

 ふぅ、と溜息を吐きながら冷蔵庫の中からぶどうジュースを取り出し、グラスの中に入れる。ジークリンデが片手の動きで寄越せ、とやっているが全力で無視して自分の分のみを用意し、ぶどうジュースの入ったグラスをもってリビングへと移動し、ジークリンデが占領しているソファとは別のソファに座る。普段はイストが座るのに使っているソファだ。そこに座って、ジュースを少し飲んで、そして一息をつく。なんだかんだでこの数日は疲労がたまってきている。それを感じないのはジークリンデが賑やかにしてくれているからだろう。ただこのペースがもう数日伸びたら、辛い。が、チャンピオンシップはもうすぐそこまで来ているのでその心配はないが―――。

 

「ハルにゃんハルにゃん、今思考が不幸スパイラルに入ってなかったー? ハルにゃん割と思考がそっち系のスパイラル入りやすいんやからちぃと気をつけたほうがええよ。じゃなきゃショック療法として幼女兵器VIVIOを連れ出す必要があるで」

 

「それやったら戦争ですよ……!」

 

「お、おう、ヴィヴィオちんの事マジでなんちゅーか……」

 

 別にヴィヴィオの事は嫌がっている訳ではない。寧ろ友人としては割と好きな方だ。面白いし、話していて話は合うし、ガチで殴り合えるし。ただ、

 

「ヴィヴィオさんはなんか見ているとへこませたくなるなぁ、って衝動が……こう……なんといいますか、むくむくと湧き上って来るんですよ。まあ、一種の同族嫌悪ってのはハッキリと理解しているんですけどね。私とヴィヴィオさんって色んなところで似ていますし。いや、もう、ほんと、ヴィヴィオさんは見ているとほんとへこませたくなってきますよ。好みのタイプまで一緒だったりするからここらへん本当に厄介で―――」

 

「あぁ、うん。ウチが悪かった悪かった。ほんま仲が良いというか、悪いというか。ハルにゃんとヴィヴィオちんは一生悪友とか腐れ縁でなんだかんだ付き合って行くタイプやよねー。丁度兄さんらの様な感じで。世間一般で言うと割とそういう関係は宝らしいし、大事にしておいた方がええらしいで」

 

「けっ」

 

「ハルにゃんの珍しいやさぐれリアクション……!」

 

 ヴィヴィオに関してはこれぐらいやさぐれても文句はない。というかヴィヴィオ相手以外にだったらここまでのリアクションは見せない。一応、本当に一応だが、ヴィヴィオの事は親友として認めている。本当に一応の話だ。ただ男の趣味丸被りというのは絶対許せない。断固戦争事案である。闘争不可避なのである。あの日、あの時の様に、一方的にヴィヴィオをボコってリンチにする覚悟がある。

 

「―――あ」

 

 何気に思い出したことがある。視線を室内のカレンダーへと向け、そしてそこで本日の日付を確認する。そして今日が何の日であるかを思い出す。今日学校で見たヴィヴィオが妙にハイテンションで調子が何故よかったのかを理解できた。

 

「今日、何気にヴィヴィオさんを一方的に殴って苛めて泣かした日でした」

 

「ハルにゃんの言い方悪意しかせぇへんけどしかたないよね」

 

 非常に懐かしい話だ。ヴィヴィオの事は一目見た時から気に入らなかった。自分が特別で、そして世界はどう足掻いてもつまらないものである。あきらめきった、死人の様な目をヴィヴィオはずっと浮かべていた。それが酷く気持ち悪く、そして癪に触っていた。あの頃のヴィヴィオは視界に映る存在全てを見下していた。そしてそれは当然だった。どんな大人であっても数式を見ただけでその応用や派生までを理解できるヴィヴィオには勝てないし、格闘技であってもあっさりと全てを呑み込んでしまうヴィヴィオには勝てなかった。何をやっても成功してしまう。何をやっても完璧に出来てしまう。

 

 全てが思い通りのつまらない世界がおそらく、ヴィヴィオの見ていた世界。

 

 ベクトルは違うが、兄と似た様なものだった。

 

 昔の兄を見ているようで吐き気を覚えていた。

 

 だから正直、本気で殴り倒せ、と言われてゴーサインを貰った時、漸くか―――と笑みを浮かべたのを覚えている。結局の所口調や振る舞いを気を付けていても自分も”まともじゃない”のカテゴリーに入ってしまっているのだ。”イングヴァルト”の家に生まれているのだから当然と言ってしまえば当然なのかもしれないが、まさか自分の家とはまた別ベクトルでだがぶっとんだ家を見る事になるとは思わなかった。ただ、ヴィヴィオの件に関してはイングヴァルト家とゼーゲブレヒト家の違いのおかげの様なものだ。

 

 イングヴァルトはたった一人で完成された”兵器”を目指し、

 

 ゼーゲブレヒトはたった一人の完成された”万能超人”を目指した。

 

 だから自分とヴィヴィオの勝負は当然と言えば当然だった―――ただそれが新しすぎる、初めての経験だったヴィヴィオにとってはどういう理由であっても素晴らしいものだったのだろう。実に、懐かしい話だ。ヴィヴィオがかなり賑やかな事になってしまっておかげでまだ一年しか経過していないのだ。もうヴィヴィオやジークリンデとは十年ぐらい一緒にいるような安心感を覚える面子の様に感じてしまっている。

 

 まあ、兄達三馬鹿の様なポジションを見事に獲得していると思う。

 

 不本意ながら、ヴィヴィオやジークリンデのおかげで学校での生活がそれなりに楽しく送れていることを認めなくてはならない。まあ、今の生活が愉快である事は認めなくてはならないのだ。だから、それが壊れる様な事はなるべくだが、起きて欲しくはない。

 

 そんな願い、兄さんは絶対に聞いてはくれないでしょうけど……。

 

「兄さんもイストさん達もああ見えて絶対に妥協を許すような人達じゃないですからね……やると決めたら全力を超えて全力を、って人達ですから。この先の事を考えると頭が痛くなりそうです」

 

「まあ、そういう星の下に生まれてきた、と諦めるほかないんやないかなぁ……あ」

 

 そうだ、とジークリンデが言う。

 

「ハルにゃんハルにゃん」

 

「なんですか?」

 

「―――お兄さんと好きな人、一体どっちを応援するん?」

 

 ジークリンデの意地の悪い質問に対し軽く溜息を吐いてからそれは勿論、と笑顔で答える。

 

「―――兄さんですよ、私が応援するのは。だって私が応援してあげなきゃ一人ぼっちですからね、兄さんは。せめて最後の肉親ぐらいは応援してあげないとあんまりにも可哀想ですから」

 

「ハルにゃんそこらへんマジ天使だよね。たぶんあのお兄さん最大の宝はハルにゃんなんやろね」

 

 ジークリンデのその言葉に笑みで答える。




 男たちがボスモードを始めたようです。

 親友が本気で相手をしてくれるもんだもん。親友としては本気で答えなきゃ失礼だもんね。本気には本気で返すのが最上の礼儀だもんげ。

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