イノセントDays   作:てんぞー

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水面下で思い出す事

「やべぇ、姉ちゃんがシミュレーターから出る時に足を引っ掛けて転びやがった。祈りと努力を欠かさず続ければ夢は絶対に叶うって聞いたけどマジで一段階目が叶ったわ。はは、ざまぁ。マジで笑いが止まらないわぁ。メシウマぁ」

 

「ヴィヴィオちん、それ祈りちゃう。呪いや」

 

 ホロウィンドウの中で起きていたメジャーなプレイヤー達の戦いは大体が終わりを告げた。一番早く二十連勝を達成して勝ち抜けしたクラウス、それに続くように二十連勝を達成したイスト、そして三人目に二十連勝を達成したのは―――シュテルだった。設置したパイロシューターで相手をけん制、バインドでロック、そこから極大砲撃魔法を叩き込むスピーディーな砲撃コンボで瞬く間に襲い掛かるプレイヤーを亡ぼしていくスタイルのシュテルはかなり実力が高い。個人的な武勇であればマテリアルズの中でダントツであるぐらいに。その他にも勝利数や成績で数人が勝ち抜けをし、グランツ研究所にいるプレイヤーの数も大分減っていた―――とはいえ、勝ち残った者を見る為にもまだほとんどがコミュニティスペースなどでだらだらと時間を過ごしていた。

 

 このチャンピオンシップ、初であるが故に、参加者のほとんど全てがガチで来ている。使っているカードは大半がSRかSR+。スキルも戦術とリンクする様に無駄にない構成をしていて、見ているだけでも非常に勉強になる。そういう事もあって多くのプレイヤーがコミュニティスペースから残ったプレイヤー達の激戦を見ている。

 

 そして、

 

「今の試合はチェンジ・オブ・ペースを盛り込んだ戦術だよ。最初の内は大きな戦斧を使ってゆっくりだけど確実にダメージを与えてたよね? 最終的にそれをダブルトマホーク化させたのは焦りからじゃなくて、相手側が自分に対して対応のパターンを形成した所を狙ったんだよ。戦う時で一番怖いのは動きが固定されたり、思考を止める事。PvPでパターン化するって事は思考を止めるって事なんだ。だからパターン化が見えたらあとは逆にそのパターンを突くだけ、奇跡の逆転勝利じゃなくて計算通りの勝利だよ!」

 

 ヴィヴィオが解説のアルバイトで姉を呪いながらいい感じに収入を集めていた。既にヴィヴィオが手の中で持ち上げる財布の中にはいい感じにじゃらじゃらと、百円玉や五百円玉の音が響いている―――実家からの干渉を極度に嫌うヴィヴィオは遊びに使うお金もこういう風に稼いで、使っている、生活費は仕方がないと割り切っているらしいが、趣味や遊びに使うお金はこうやって自分で稼いだ分しか絶対に使っていない。そこは尊敬できるが、その手段だけは絶対間違っていると思う。ともあれ、

 

「兄さんら帰っちゃったねぇ」

 

「いや、まあ、兄さんもイストさんもちょっとヤバかったですからね」

 

 主に目と雰囲気が。アレ、無意識に殺気を漲らせている。たぶん、というか確実に対戦が決定したら笑いあいながら周りを破壊して殴り合うんじゃないかと思う。というか高校の頃がそんな感じだった。実に懐かしく、欠片も思い出したくない逃亡劇。懐くして涙が出そうだ。

 

「ハルにゃん? 目が潤んでいるで」

 

「あぁ、ちょっと昔の事を思い出してただけです」

 

 兄の高校時代とかいう絶対に忘れられないあの頃を。

 

 そんな事を思っていると、解説を完了したヴィヴィオがギャラリーを追い払い、新しく買ってきたジュースやお菓子をテーブルの上へと広げ、此方へと何個か渡してくる。それにちょっとだけ感謝しつつかじり始めると、ヴィヴィオがこっちへと視線を向ける。

 

「あんまし踏み込みすぎかどうか判断つかないから触らなかったけど、割とネタにされている感じだし聞くけど―――お兄さん達の高校時代って一体なにがあったの?」

 

「あー……それ聞いちゃいますか。いや、別に悪い事じゃないですし隠している事じゃないので問題はないんですけど……うーん、まあ、ウチの兄とイストさんの今回の勝負の背景ですからちょびっと話した方がいいんでしょうけど……」

 

「ハルにゃん困るようなら遠慮してもええねんで?」

 

 ジークリンデがチップスをつまみながらそう言うが、”そういう”問題ではないのだ。むしろ問題なのはイングヴァルト家がどういう家であるかを話す必要があるか、という点なのだ。そしてそれはあんまり、綺麗といえる様なものではない。ぶっちゃけた話、かなりダーティーな部類に入る。ただエレミアもゼーゲブレヒトも大分似通った家である事は把握している。いや、エレミアが天然ものである事を考えれば一番ライトなのかもしれないが、そうであったとしても業的には同じような物か。この二人にはあんまり問題ないかもしれないと思い、ジュースを軽く飲む。

 

「まあ、予め言っておきますけど、楽しい話じゃありませんよ?」

 

「クッソ汚いのは実家で慣れてる」

 

「ウチ、継承された記憶の中を探れば無理やり十八禁な事をされた記憶とかみつけられるねんで」

 

「それ以上いけない」

 

 エレミアもエレミアで十分アレだったんだなぁ、と再認識した所で、軽く溜息を吐く。

 

「いや、まあ、割と解っているとは思いますけど、イングヴァルト家も割とアレ、というか酷い類の家でして、中世頃から続く騎士の家系だったんです。まあ、貴族だがなんだかの設定は今の時代だと物凄い死に設定なんですけど、まあ、なんと言いますか……物凄い真面目でそれをずっと続けてたんですけど―――ここらへん、大体そっちと同じ感じですかね」

 

「だねー」

 

 ヴィヴィオが頷く。

 

「まあ、そんな訳で私が生まれた時も親の方は”嫁を探す心配がなくなった”なんてことを言ったりして物凄いクソっぷりを見せてくれたわけですが……当時知識を与えられなかったからそれが普通なんだろうなぁ、って私も兄も思ってた事でして」

 

 あの頃は知識も知恵もなかったから色々と酷かった。父たちは必要最低限の知識しかくれなかった。祖父達もグルだった。完全に閉鎖されたコミュニティの中で、イングヴァルト家は覇王流、カイザーアーツという武術で人間の限界に挑戦していた。薬物投与、遺伝子改造、近親婚による血筋の保護等をやっていたらしい。改造に関して等は兄が生まれてきたことで全て終わってしまった。兄が生まれ、そしてその性能を発揮したため、

 

「兄のおかげで父達はこう思ったんでしょうね―――ついに完成した、と」

 

 小学校はひたすら覇王流を頭に詰め込まれて、体で覚えて、そして生活に必要な知識だけを与えられた。小学校の間であれば騙せるからだ。だが中学校に入る年齢となると、さすがに騙せなくなってくるところがある。イングヴァルト家も残りは両親と祖父達を抜けば自分達しかおらず、昔は存在したバックボーンはもういない。である為、ちゃんと法律を守る必要はあった。

 

「で、兄は小学校は半ば軟禁状態だったわけですが、中学からはちゃんと通う様になって、そこでイストさん達と出会ったそうですよ。既にそのころからイストさんとティーダさんはコンビを組んで、そしてティアナさんがその後ろを涙目になりながら追いかけてたんですよねー……ああ、ちなみにティアナさんというのはティーダさんの妹さんで、ティーダさんが死ぬまでは絶対アメリカからは離れないって言ってる人です」

 

「気持ちは良く解る」

 

 誰だってあんな兄は欲しくないものだろう。控えめに言って気持ち悪すぎて死んで欲しい。ともあれ、

 

「で、暗黒時代の序盤がこの中学の頃から始まります」

 

「そのいかにも封印したいって感じが言葉の端から滲み出てるで! さあ、盛り上がって参りましたわー!」

 

 ともあれ、

 

「まあ、中学入ると中二病が酷くなってくるわけですけど、ほら……中二病って結局は背伸びから来る言動じゃないですか。でもあの三人って決して妄想じゃなくてどうにかしてしまうスペックあるじゃないですか。元々兄さんはその姿、そして学力から物凄い注目を浴びていまして……あ、昔は頭が良かったんです。昔は。まあ、人を寄せ付けない、完璧グッドボーイな兄さんでしたが、中二病真っ盛りのイストさんとティーダさんに見つかったというか目を付けられたというか、ガンを付けられたと言いますか」

 

「初対面でガン飛ばしとは中々の猛者」

 

 寧ろガン飛ばすぐらいだったら平和かなぁ、と今では良く思う。

 

「初対面で一階の屋根の上からフランケンシュタイナーをかますという事になりまして」

 

「ごめん、間に何があったんやそれ」

 

 今思い出しても割と笑える。勉強が終わって、家で兄の帰りを待っていて、家に帰ってきた兄を見たらなぜか上半身が土まみれの姿になっていた。しかも何やら若干興味深げな物を見つけたような表情で、初めて価値にありそうなものを見つけた様な、ガラス玉を見つけた子供の様な表情だったのを思い出せる―――その時はそれを一切理解できるほどの知識が自分にはなかったが。

 

「まあ、それが後に生まれてくる三馬鹿のファーストコンタクトなんですけど、これが実はまだ序の口でして、事あるごとにイストさんとティーダさんが兄に突っかかりまして、最初は無視しようとした兄も流石にロケット花火を顔面に叩きつけた辺りから無視するのを止めた感じで二人に関わって行くんですけど。それで、まあ、仏頂面は変わらないんですけど三馬鹿で色々活動始めて……」

 

 そして大体三馬鹿として活動し始めて大体半年ぐらいなのだろうか。割と知識を与えられなかった頃の記憶は曖昧だ。たぶん覚えていないのではなく、思い出そうとしていないからだ。あの頃は何をしても酷い事しかなかったような気がするが、

 

「兄がイストさんとティーダさんになんかボソっと私の事をバラしたらしく、”やっぱ子供は外でヒャッハーしなきゃ……!”という意味不明な理由から私を閉じ込めていた部屋の壁を物理的に爆破処理して連れ出してくれたんですよね」

 

「ハルにゃん割と普通に語ってるけど、言っておくけどそれ全部キチガイの所業やで」

 

「う、羨ましい……!」

 

 ヴィヴィオへと視線が向けられ、ヴィヴィオが恥ずかしそうに両頬を抑える。―――が、海鳴で初めて会ったヴィヴィオの姿を思い出せば、今の言葉が別に冗談ではなく、心の底からそうであるというのは非常に納得できる。

 

 ヴィヴィオは一体ゼーゲブレヒト家で、何年人生を無駄に過ごしたのだろうか。

 

 あの目、あの姿は、イストとティーダがいなければ自分が辿っていた未来だったのかもしれない。

 

「まあ、そんなわけでついに私も見事外へ出る事に成功したわけです。最初は両親も抵抗したというか……」

 

 一応イングヴァルトの人間なので一応それなりの強さを持っているが、理論や科学、積み重ねた歴史を無視して山で鍛えられた野生のキチガイにはあまり意味がなかった。人間とは山に放たれて暮らしていると、やがて人間らしさを失うものだなぁ、と中学の頃の夏休み、山から返ってきた兄の友人たちを見ながら思った。

 

「そんな調子で高校までは割と気楽にやってたんですよね。……でも暗黒時代後半、つまり高校時代の話なんですけどね? そのころになると家族内で色々ごたごたが起き始めるんですよね。で、その結果イストさん達と勝負するハメになりまして―――」

 

 まあ、その経歴は適当にぼかすとする。胸糞悪い家庭の話を必要以上にする必要はないし。ただ結果としての話をすると、

 

「まず実家が全焼しました」

 

「そこでまず、がつくのかぁ……」

 

 そう、とりあえず放火がスタートラインだった。その後は、

 

「オートバイで体当たり、落石、弓による狙撃、火炎瓶リターンズ、白いブツがはいった注射器、あとチェーンソーなんかも飛んで来たらしいですね。その時の私イストさんのお爺さんに家から救出されている最中だったので見てないですけど」

 

「ハルにゃんの壮絶な過去にちょっとテンション上がってきた。続きはよ、はよ」

 

 ヴィヴィオがドンドン、とテーブルを叩いて話の先を催促して来る。が、その前にホロウィンドウの表示が変更し、十六人の本戦出場者の発表を始めると出ている。昔の事は―――少なくとも自分、にとってはもう終わってしまった事なので重要ではない事だ。あのイベントに価値を見出すのは兄達であって、自分ではない。寧ろ自分にとって一番重要だったのは連れ出された日、

 

 ―――初めて、丘の上から見た夕日に染まる街の姿だった。

 

「結果発表始まりますし今回はここまで、という事で」

 

「あぁん、一番良い所で終わった!」

 

「かなり気になる終わり方なんやけどなぁ……」

 

「まぁ、まぁ、そのうちという事で」

 

 何せ、

 

 ―――明日になってしまえば兄やイスト達にとっても、過去になってくれるはずだ。その時になればきっとみんなで、笑って、あの頃は馬鹿だったとネタにしながら話し合える筈だ。

 

 そういう終わりが来ると、絶対信じている。




 黒幕:お爺ちゃん

 なおその後、森か山かどっかに消えた。なのセントを書くって決めた時は……こう……もっと……ほのぼの? ほのぼのとしたものを書く予定だった。イノデイも最初の数話辺りは物凄いほのぼのしてたはずなんだ。

 一体どうしてこうなったんだろうな……。

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