「―――では対戦の時間となったら呼び出しを行うからそれまではこの控室でゆっくりしていてね。部屋の隅のドリンクバーとお菓子の類は自由にとっちゃって一切問題ないから。それじゃあ皆、頑張ってね」
そう言って今回はスタッフに回っているリンディが部屋から出て行き、残されたのは十六人のトーナメント出場者だった。ただのその人ごみにクラウスを見つけるも、今話しかけたら殴り合いに発展しそうなので、そのまま無視して部屋の隅へと移動し、椅子を引っ張ってそこに足を組んで座る。ふぅ、と軽く息を吐きながら椅子に座る、時間まで適当に瞑想しようと思った所で、
とことこと歩きながら近づいてくる姿が見える。
ユーリだ。何時もの服装で近寄ってきたユーリはそのまま声をかける訳でもなく、足を掴んで体をよじ登り、そのまま膝の上に座ると満足げに息を漏らして背中を胸に預けてくる。最近、相手をしていないからまあ、付き合うぐらいはいいだろう、とポケットからガムを取り出して噛み始めながら思う。自分の事情にあまり、関係のない子供を巻き込むのは良くない―――相手が大人である場合に関しては一切の遠慮はしないが。
そんな事もあって久しぶりに幼女に付き合ってやるかと思っていると、何処からともなくピョコン、とシュテルにディアーチェが出現する。トーナメント進出していたのは知っていたが、今まで貴様らどこに隠れていたという言葉をガムを噛む事で我慢していると、
「部屋に入ってからずっと死角を取っていました。ちなみにレヴィは予選で貴方に爆殺されたのでいませんよ」
「人の考えを読むなこの邪ロリ共め」
気が付けば体中ロリまみれという全く意味不明な事態になっていた。膝、肩、そして頭の上にロリという凄まじい格好、回りからの視線が少々痛い気がする。だけどもはや慣れている事なのでガムを噛んで大人しく時が過ぎ去るのを待とうと思っていると、また新たに近づいてくる気配がある。まだ知り合いにロリがいたっけ、と思うと割といるが邪ロリジャンルでトーナメント進出を果たしているのはこれだけの筈だ、そう思って視線を前へと向けると、
ジト目で見てくるオリヴィエの姿がった。
「んだよ」
「いえ、歩いている最中の話の続きをしようと思ってたんですけど、なんか迷っている間にイストさんが何時の間にかロリまみれになっていましたので、これ、どういうリアクション取ればいいんでしょうかとなんだかちょっと迷ってしまいまして……というか、イストさん子供たちには人気ですよね、物凄く」
「良く遊んでくれます」
「親身になって相談してくれます」
「邪険に扱わず、一つ一つちゃんと対応してくれるな」
「らしいぞ。大人である以上それ全部やっていて当たり前だと思うけどな」
「その当たり前を出来る人間が少ないから人気が出るんですよ。基本的に子供に対する認識って”まともに相手をしていると疲れる”、”子供は子供同士で遊ばせておく”とかですからね。そんなご時世で自分から子供に混ざって馬鹿をしつつもちゃんと真面目に対応してくれる大人は希少ですよ。そりゃあ一緒に遊べて、馬鹿できて、それでいて真面目に疑問に答えてくれる大人がいれば懐くってもんです。イストさん、全部本気で対応してくれますもん」
「お兄さん褒められることに慣れてないからあんまり褒めないで、ちょっと恥ずかしいから―――おい、スマホで撮影始めるなよ。照れさせたなうじゃねーよ、消せよオラ。拡散してるじゃねーか。おい、炎上始めてるじゃねぇか! しかも荒らしてるの三人娘じゃねぇか! 俺に何度ツッコミを入れさせれば気が済むんだよ!」
「それは勿論」
「ほんば―――」
「言わせねぇよ」
馬鹿な事を言うユーリとシュテルの頬をつねって引っ張って遊ぶ。ディアーチェが溜息を吐いているが、止めないところで同罪なので全部終わった後で相応の報いが待っていることを気付くべきなのだろう―――教えはしないが。そんな光景を見て、オリヴィエが溜息を吐いている。さて、とシュテルとユーリを解放しながら呟く。オリヴィエは歩いている途中の話、と言っていたが、
「あぁ、石ころって評価した事だっけ? 悪い悪い。女に対して使うような言葉じゃなかったよな、ちっと反省してるわ。使うにしたってもうちょいちゃんとした言葉を選べば良いって今思っててな? だからごめん、ちょっと言葉を変えさせてくれ」
「そ、そうですか」
そう言って何か安心したような表情のオリヴィエに対し、シュテル達は察したような表情を浮かべ、頷きあうとそそくさと降りて離れて行く。エアリーディングスキルが高いというか、被害が来ると解っているときの危機感知能力というか、そういうものがシュテル達は非常に高いと思う―――いや、おそらくそういうのを教えたのはどちらかというと自分なのだが。ブレイブデュエルでの動きの師匠は自分だし。
ともあれ、口の中で噛んでいたガムを紙の中に包めてゴミ箱の中へシュートを決めつつ、視線を改めてオリヴィエへと向けなおす。
「―――自分を特別だと思いこんでるただの女に負ける程、今の俺、欠片も余裕残ってないからね? 子供相手ならともかく、お前もいい加減良い歳だろ。現実と向き合って生きて行く年齢だし、ごっこやフリで隠す必要も感じないし、俺はガンガン遠慮なく行くからな。という訳でオリヴィエ、負けるからって泣くなよ。めんどくさいから」
「―――」
突然の言葉にオリヴィエが固まる。そのリアクションはショックを受けている者の表情だ。突然そんな事を言ってくるのだから、よほど慣れた身内でなければ即座に言葉を返せなくなるだろう。ただオリヴィエが言葉に詰まっているのはそれが原因じゃない。それ”だけ”が原因ではないのだ。もっと根本的な部分、オリヴィエ・ゼーゲブレヒトとしての根本的な部分に触れる話題だからこそ、オリヴィエは言葉につまり、そして数秒の間をあけてから口を開く。もう既にショックを受けたような表情も、なにも、そこにはなく、オリヴィエは何時も通りの表情を浮かべていた。
「イストさん? 私が相手だから良いですものの、絶対に他の人にそういう風に煽りをしちゃだめですよ? それに私は特別でも何でもない、ただのオリヴィエ・ゼーゲブレヒトですよ? 何を当たり前の事言っているんですか、もう。そんな無神経だからイストさん、ヘタレてアインスさんに会いに行けないんですよ、彼女、会いたそうにしてましたよ?」
「その話題は触れちゃいけないんだ、触れちゃいけないんだよオリヴィエ……! ほら、見ろよ! 流れ弾がクラウスに突き刺さってるだろ! アイツと殴り合う為に俺断ったんだから! オラ、クラウス倒れてるじゃねぇか! 誰が一体こんなことを!」
室内からお前だよ、という声が一斉に響いてくる。室内を見渡しながら首を軽く傾げ、そして腕を組む。ダメージを受けているクラウスの方が圧倒的に悪いのは確かだ。だからクラウスの方が遥かに悪い。そしてダメージを与えた俺は無実。つまりやはり、俺のせいではない。理論か何かが滅茶苦茶になっている気がするが、外道時空だとこれが正しいので全く問題なし。
良し、と納得して頷いておく。その様子にオリヴィエは溜息を吐きながらジト目を向けてくる。
「相変わらずイストさんの発言や行動には突拍子がないですねー……」
「いや、ある程度は法則はあるぜ、そりゃあ。基本的に行動理由の上位には面白さ優先ってのがあるけどな。それを抜けばトップに来るのは間違いなく人助けや清算とかなんだけどな。だから面白そうな事、で考えれば俺の行動は大体理解できるはずだし突拍子もなくなるよ」
「いや、その思考は読めない……っていや、まあ、もういいですよ……。まともに相手をしていると疲れるから何割か受け流しながら対応すべし、とここ数か月の付き合いで理解しましたから……ほんと短いのに濃い時間でしたねぇ……何故かもう数か月どころか数年ぐらいは一緒にいるような感覚がありますよ」
「それだけ濃密な時間を過ごしてるって事だろ。まあ、俺もお前もキャラが凄まじく濃いしな、そりゃあ短い時間だろうと充実してる訳よ。俺としちゃあ残念なんだけどな」
「……? 何がですね?」
そう言って首をかしげるオリヴィエの姿を見て、溜息を吐く。ヴィヴィオがオリヴィエの事を面倒、そして”根が深い”と評価する理由は大体理解した、理解できていた。というかヴィヴィオを見ているのだから、大体どんなものなのか、そういうのを察せる。そして今日、本格的にオリヴィエの根源に根を張っているものを完全に理解する。それを理解して成程、と評価する。
「いや……徹底的にオリヴィエを叩き潰して泣かすつもりでいるからな。そんな姿を衆目の前で見せたらオリヴィエに嫌われちゃうからしばらく美女と喋れないのは実に残念だなぁ、と」
「普段絶壁絶壁って言っているくせに今更美女とかって言われても騙されませんよ―――まあ、イストさんのその目的は達成されませんし、言うだけなら問題ありませんよ」
私、
「ちゃんと、全部覚えれましたから」
では、とオリヴィエは言って去って行く。
気づけば控室にいたメンバーの数が大分減っていた―――ユーリ達がいないのは試合だから、なのだろうか。まあ、そちらはそちらで是非とも頑張ってくれ、とは思う。現在の所、それを気遣うだけの余裕が完全に消失した、というだけの認識は生まれた。しかし毎度毎度のことながら、何故、と思う。何故―――何故、こうも地雷や爆弾を抱えた連中ばかりが周りに集まって来るのか。非常にめんどくさい。そして何よりもめんどくさいのは自分の性分だ。
それが自分の手で何とかなる範囲であれば、自分の手で何とかしようとする。博愛という訳ではないし、正義感という訳でもないが、
出来るのに無視する、というのは非常にもやもやする。それだけの話だ。
「つまりは流れ作業か。殴って泣かせて心をへし折ったら馬鹿と殴り合え、ってか。クソめんどくせぇ」
面倒ここに極まる。しかし実際に面倒なのはどれも死力を尽くして当たれば解決できるという点にある。昔のクラウスの件も、ヴィヴィオの件も、今回のケジメも、全部出来るからやる、という事でしかない。だからこそ、激しく山猿爺に対して苛立ちが募る。子供の時、有無を言わさず山に連れて行ったり、ロマンだとかふざけた事を抜かして修行を叩き込んだあのキチガイが、だ。こんなことを言った。”手札が増えれば、出来る事が増えれば、お前にしかできない事が増える”、と。そしてそれは正しかった。どうしようもなく正しいと証明されてしまった。
馬鹿の様に修行した経験はクラウスとアインハルトを助け出すのに活躍したし、その経験があったおかげでヴィヴィオを明るい馬鹿な少女という状態へと引き上げる事が出来た。そう、馬鹿にしたいし、恨みもあるけど、爺の馬鹿なたわごとに付き合ったおかげで助けられた、という事実がそこに存在する。そしてあんな馬鹿な事をやっている人間なんて、世界にはそうそういるもんではない。
諦めたり見過ごしたりしたら、手を伸ばせないかもしれない。そういう時があるかもしれない。
だったら当たって砕けるべきだと、
失敗しても良いから挑戦すべきなのではないのだろうか。
そういう考えが、自分にはある。
勿論物事には優先度がある。友や家族が最優先だったり、見知らぬ人の為はさすがに興味も接点もないので無理だったり、知り合いの子の為だったら義理があるから良かったりとか―――そういうしがらみを、縁を、そして関係を考慮に入れた結果、
「ま、かるーく箱入り娘に現実を叩きつけますか。ウォーミングアップにゃあ丁度良いだろ」
つまり―――オリヴィエの心の支えを徹底的に折る。
彼女の練り固まった自信の全てを砕いて、圧倒して倒す。もっと穏便な方法があるかもしれないが、メインはクラウスであって、
所詮、オリヴィエなんてオマケでしかないのだ。
だからクラウスを倒してケジメを付ける”ついで”にオリヴィエも救う。
これなら少しは、作業量が減ったように……感じるかもしれない。
「―――イストさん、オリヴィエさん! 対戦のお時間ですのでステージの方へどうぞ!」
扉が開き、そこからT&Hのスタッフ、エイミィが出番だと呼んでくる。さて、と軽く息を吐きながら立ち上がり、オリヴィエが一足先に部屋の外へと出て行くのを見る。その後を追う様に歩き、チラっとクラウスに視線を向けてから扉の外へと出る。
「……んじゃ、やっちまいますか」
そう呟き、そしてステージへと向かう。
絶対に疲れる一日になる。そんな事を確信しながら。
トーナメント表は土下座の人がダイス振って作りました(半ギレ
Aブロの見所はキャロvsシュテルで開幕ヴォルテール相手にビット展開ルシフェリオンブレイカーという熱い戦いでしたが尺の都合上時空の彼方へ消え去りました。
次回、絶壁vsヘタレ
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