イノセントDays   作:てんぞー

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赤い鬼

「―――砲撃魔法が飛び交う派手なAブロック! 戦略をもって地味にだけど確実に相手を追い込んで行ったBブロック! Cブロックはそれとまた違う試合が見れそうだ、さあ、お待たせしました! ついにやつが、やつらがやってくる! Cブロックはなんとグランツ研究所の看板チームの参加者が詰まってる修羅ブロックだぞぉ―――!!」

 

 会場がその声に湧きあがり、続けてMCが放つ言葉に引き寄せられるようにステージ裏の通路から歩いて、ステージへと向かって行く。カメラやビデオが回されているようで、スタンドからの光以外にもシャッターの音やフラッシュの光が何度も瞬く。その光をポケットからサングラスをかける事で回避し、ついでにヤクザ顔と評判なので小さな子にトラウマを与えない様に配慮する―――おそらく遅すぎるが。

 

「さあ、まずは一人目! グランツ研究所所属のショッププレイヤー! ブレイブデュエルと言ったらこいつは外せない! 【赤鬼】とも【鉄腕王】とも呼ばれる皆の先生! グランツ研究所でプレイしているなら一度は誰だってお世話になるアメリカからやってきたキチガイ・オブ・キチガイ! イスト・バサラ―――!!」

 

「悪い子は全裸に剥いて外の壁に逆さまで吊り下げてやるからな、覚悟しろよ。ちなみに実体験です。アメリカ、いいところだよ。こいよ」

 

 ステージの上に立った途端会場からブーイングが一斉に響いてくる。中指を立てながら返事を返せばすぐにそれは笑い声へと変わり、そして拍手へと変わる。相変わらずノリの良い観客たちだと思いつつ、ステージの横の方へ、シミュレーターの横の位置へと移動する。そして今度はMCが次にステージに上がってくる姿、オリヴィエの紹介に入る。それを軽く受け流しつつ、視線を会場の方へと向ける。

 

 その中で、探していた人物をあっさりと見つける。

 

 ―――ヴィヴィオだ。

 

 ステージに近い位置にいたヴィヴィオに対して視線を向け、アイコンタクトでこれからやろうとする事に対する意思を伝えると、アイコンタクトで即座に許可が戻ってくる。実にふざけた話だが、この幼女とは何気に瞼の瞬きと視線の方向で会話することができる、という無駄に変態的な技術を保有している。良く考えると発狂しそうな事実だが、クラウスとアインハルトという前例を思い出すとすとん、と納得できるものがある―――おそらく納得してはいけない類の事なのだろうが。

 

「それでは両者準備はいいですね!? ではデッキをセットしてシミュレーターの方へどうぞ!!」

 

 MCからダイブ許可が出る。予め対オリヴィエ用に組んでいたデッキを取り出し、シミュレーターの中に入って何時も通りセットを完了する。軽く息を吐いてからシミュレーター内で体の力を抜き、そして目を閉じる。

 

「実家のような安心感―――」

 

 

                           ◆

 

 

「っと」

 

 慣れきった感覚と共に体は足場の上に着地した。視界を持ち上げ、辺りを見渡せば城の前に自分が立っていることに気付く。背後へと視線を向ければ雪で白く染まった城下町が、そして正面には城の中庭へと続く門が存在している。今は閉ざされているが、殴れば壊せそうだな、と感覚を抱く。しかし問題なのはこのステージが自分の知らない、見た事のないステージだという事だ。リライズの為にキャラクターカードを片手で握りつつ、視線を空へと向ける。そこに映像は見えないが、会場の声は聞こえてくる。

 

『―――Cブロック初登場となるステージはシュトゥラ城ステージ! このステージの特徴は天候が雪! つまり上からずっと雪が降り注いでいる事だ! 隠れようとしても足跡がくっきり残るぞ―――!』

 

 視線を空へと向ければ、曇天の空から雪が降り注いでいる。確かに雪が降っている中では遠距離型や知略型は戦いにくいだろう。雪だと索敵や一部の魔法の威力が下がるし、足跡が残るから隠れる事もできない。―――ただ、間違いなく今回は関係がないだろう。どうせオリヴィエも一番得意な部類、格闘で来るのだから。だから軽く息を吐いて、それが白くなるのを眺めてから、キャラクターカードを握っている手を握り潰す。

 

「武装形態」

 

 一瞬で姿は何時もの、デフォルトのバリアジャケット姿に変わる―――と言っても、カードは勿論SR+の物であり、最高ランクのステータスを発揮できる。両腕が鉄腕となっており、掌を開け閉めしながら何時も通り体と感覚の差異を認識し、調整する。それを終わらせたところでポケットから煙草の箱を取り出し、煙草を一本咥え、そしてライターで火をつける。これぐらいのパーツであればローダーでアバターの設定、カスタマイズで自由に装備できる。

 

「さて、と」

 

 呟きながら城の中庭へと向かって歩けば、その中央にオリヴィエの姿があるのが見える。既にドレスメイルのバリアジャケット姿であり、その両手は此方の様に鉄腕と化している。やはり一番得意な格闘戦で来るのだろう―――予想通りの展開だ。だから中庭、オリヴィエから五メートルほどの距離で止まる。雪によって白く染まる中庭はそれだけで美しいが、オリヴィエという美女の姿は実にその光景に似合っていた。このまま、一つの絵に残したくなるような姿だ。その美女が此方へと視線を向け、そして笑顔を向けてくる。

 

 普通ならば、その笑顔に心が溶かされるのかもしれない。

 

「―――お待ちしていましたよ、イストさん」

 

 そう言ってオリヴィエは構えてくる。何時も通りのオリヴィエの姿がそこにある。自信満々で、美しく、かわいく、そして絶対的なオリヴィエ―――何事も回数を重ねれば確実に覚え、応用し、実践できる。まるで理想の人間、それがオリヴィエ・ゼーゲブレヒトだ。天才という言葉を使って人間を表現する時、オリヴィエを想像すればよい。機能的な部分でも、見た目的な部分でも、オリヴィエはそれを体現している。故に構えてくるオリヴィエに対し、

 

 煙草の煙を白く吐きだし、煙草を掴んでそれをオリヴィエへと向ける。

 

「―――オリヴィエってさ、綺麗だし、可愛いし、何でもできるじゃねぇか。でもさ俺、オリヴィエの事ずっと苦手だったわけよ。なんでかなぁ、って割と思ってたりもした訳よ、これ。つい最近ヴィヴィオちゃんと話し合ってこれ解決したわけだけど」

 

「あの、突然の告白に私はどうしたらいいんでしょうこれ」

 

「―――嘘くせぇんだよなぁ、お前」

 

「……」

 

 それがオリヴィエに対して抱いた感想で、そして真実だった。嘘くさい。そういう感覚を常にオリヴィエは纏っている。いや、仮面をかぶっていると言っても良い。誰だって仮面をかぶって生きているのだから、それ自体が悪い事ではない。自分だって”付き合いの良い、面倒見の良いイスト”というキャラクターをある程度は演じている。何故ならそれが大人としての責任、力を持つものとしての責務だと思っているからだ。だがオリヴィエのそれは、

 

 一言で言えば、

 

「―――気持ちが悪い。うん、気持ちが悪い。それが正しいんだろうなぁ。お前の表情とか仕草ってさ、理想的過ぎるんだよ。性格も超良い子だしさ、心は広くて、ああ、こんな子がいたらまさしく理想ってやつさ―――それが限りなく気持ち悪い。人間って誰しも欠点持って生きてるもんじゃねぇか、そりゃあ欠点だらけのやつが欠点を欠片も持たない奴をみりゃあそう感じるよな」

 

「あの―――」

 

「―――まあ、お前の場合は欠点を塗り固めて隠してるだけなんだけどね。だから気持ち悪いんだよ。必死に”オリヴィエ・ゼーゲブレヒト”を演じている。あー……たぶんそんな感じかな。確証はねぇけどまぁ、そんな感じでいいだろ。筋は通るし―――」

 

「貴方は、一体何を言っているんですか!?」

 

 オリヴィエの声が此方の声を止める。その視線はまっすぐ此方へと向けられており、警戒の色はあっても揺らぐものはない。つまりこの程度では揺らぐ事すらもない、という事なのだろう。これぐらいで揺らぐ事はないほどに根が深いのは……まず間違いがないのだろう。何故なら、オリヴィエは、本気で混乱している。こちらが言っていることに対して理解できていない部分がある。本気で何を言っているのか、その意味を問いかけてきているのだ。

 

 ―――なるほど、こりゃあ重症だ。どうにもならねぇわ。

 

 一日二日でどうにかなるってレベルではない。そう確信し、煙草を咥えなおす。元々荒療治をするつもりではあったが、それが自分の中で確定されただけだった。ともあれ、軽く頭の後ろを掻き、どういう言葉を発せばいいのか、それを迷う。めんどくさい。なんでこんな事に毎回俺が頭を悩ませなければいけないのだ。俺とは全く関係ない―――とは言えない。一回でもかかわってしまえば知り合い。一回でも遊んでしまえばそれで友達だ。

 

 チームメイトを放っておくことは自分には出来ない。

 

 ……めんどくせぇ。

 

「めんどくせぇなあ、クソ。”自分の事こそが一番良く解らない”ってやつか。こういう精神分析はシスコンの領分だからなぁ……あーあぁ、めんどくせぇ。クソ、だけど一番めんどくさいのは俺の性格だ。こんな風に育てやがって山猿め。親父も爺もいつか見つけ出して顔面殴り飛ばしてやるわ。……あぁ、いいぜ。言っておくけどな、オリヴィエ。俺は基本的にゃぁフェミニストだ。女の子は基本的に男が守らなきゃいけねぇと思うし、出来る事ならあんまし酷い事をしたくはないって思うさ」

 

 アバタースキルを、上位ランクカードを使用していることから強化されたそれ、≪真・武芸百般≫を発動させる。予めセットしておいたカードから出現するのは銃と剣が合体したような、ガンブレード型のForceスタイルデバイス、ディバイダー996。それを手の中で回転させ、背負う様に収納する。しかし既にそのデバイスは効果を発動させている。

 

「≪ディバイド・ゼロ≫、ですかそれなら確かに≪聖王の鎧≫を無効化できますが―――イストさんの動きは完全に覚えました。私が遅れをとる事はもうありません」

 

 かもしれない。だけどまだまだ、まだ”足りない”。クラウスもティーダも知っているが、この女はまだ知らない。イスト・バサラという男の本当の武器がなんであるのかを、まだ欠片も理解していない。故にうわべの技術を習得した所で、その程度だ。その程度では絶対に俺に勝てない。

 

 ―――戦いとは常に始まる前から決着している。

 

「―――オリヴィエ、これから俺はポリシー的なもんを完全に投げ捨てる。褒められない手段に手を出す。だから恨むなら俺を徹底的に恨め。それが多分一番楽だし、それが一番やりやすいだろう。後ついでにもう一つだけ宣言しとくわ」

 

 それは、

 

「―――お前は絶対俺の拳を防げない」

 

 煙草を口に咥え、拳を握り、前へと踏み出す。それに対応する様にオリヴィエは構え直し、そして前へと出る。だからそれを迎え撃つように、背のデバイスは魔法効力無効化の空間を形成し、完全にオリヴィエの魔法効果、即ち≪聖王の鎧≫を無効化する。ここからは単純に技量勝負。どちらがより上手く技を使いこなせるのか。どちらが寄り有利に状況を運べるか。どちらの方が手札を多く持っているのか。

 

 そんな勝負になるわけがない。

 

「―――え」

 

「はい、どーん」

 

 ―――オリヴィエ・ゼーゲブレヒトの顔面を拳で捉えて、殴り飛ばす。

 

 オリヴィエが受け身を取る事もできずに吹き飛ばされ、中庭を転がりながら反対側へと抜けて行く。その姿をゆっくりと歩きながら追いかける。肩に雪が少しずつ積もり始めている。それを振り払い、倒れた状態からゆっくりと、信じられないような表情を浮かべながら起き上がるオリヴィエを見る。そうやって圧倒的な力を見せつける筈だった存在が無様に転がっている姿は実に嗜虐心を擽る。実に気持ちが良い。

 

「もう一発行くぞ」

 

「今度は―――」

 

 オリヴィエが対応する様に立ち上がり、構える。それに対し近づき、踏み込み、

 

 そしてまたオリヴィエを顔面で捉えて殴り飛ばした。

 

 城の壁を貫通する様に向こう側へと殴り飛ばされたオリヴィエの姿は影の中へと消える。だからその姿が見えなくなったのを確認してからゆっくりと歩いて近づき、城内へと入って行く。無様に床に転がるオリヴィエの姿を見つけ、肩を回しながら口を開く。

 

「良いざまだなぁ、おい。言っておくけど俺は特別でもなんでもないぜ。ちと頭がいかれるぐらい死ぬほど努力したけど、まあ、その程度だ。精神的なタフネスで言えばぶっちぎりで最強って馬鹿と阿呆に認められてるけど……まあ、そんなもんよ俺は。ちなみにその精神力が最強の武器って呼ばれてたりもする。俺は気合と根性だけで”倒れない”からな」

 

 馬鹿のやせ我慢と言うやつだ。それはともあれ、

 

 オリヴィエがゆっくりと立ち上がり、視線を此方へと向けてくる。その表情は驚愕のもので、唇を震わせながら声が放たれる。

 

「―――なんで、理解できないんですか……?」

 

「ハ―――」

 

 そう言って立ち上がったオリヴィエに再び拳を振りあげて接近する。何の変哲もない拳だ。それを振り上げ、踏み込み、オリヴィエへと向ける。それを受けようとオリヴィエは受け流そうとし、視線で動きを捉え、

 

 そして動きが止まる。

 

 故に再び、オリヴィエは殴り飛ばされ、城の反対側まで殴り飛ばされる。その姿を眺め、ゆっくりと歩いて追いつき、雪の中に倒れているオリヴィエを左手で掴んで持ち上げる。

 

 その瞳は、初めて見る理解不能に、小さく揺れている。

 

 怯える様なその姿に笑みを浮かべる。

 

「―――そんじゃ、蹂躙開始しようか」

 

 そう言って無抵抗のオリヴィエをまた殴り飛ばした。




 赤鬼とかいうトラウマメイカー。特技は地雷の殴打破壊とトラウマ製造です。

 そりゃあヴィヴィオがいて、ティーダがいるんだから攻略法の30や40ぐらい思いつくでしょ。あと先に言っておきますけどマテリバとはみなさん中身違いますからね。向こうでの悪魔が天使化してたりもするから。

 たぶん。

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