イノセントDays   作:てんぞー

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悪鬼の如く

 ―――ゼーゲブレヒトとは理解にある。

 

 見て、理解し、そして覚える。覚えた事を十全にこなし、そして応用すらまでを可能とする柔軟性を兼ね備える。それがゼーゲブレヒト。

 

 昔存在した万能超人、その先を目指したのがゼーゲブレヒトという一族。あらゆる分野、学問、関係なく全てを一流にこなす事の出来る真の万能超人。しかし、それを成す為に一々勉強していたのであれば時間が足りなさすぎる。であるのならば工程を遥かに簡略化しなくてはならない。その考えはシンプルに”何でもできる下地と能力を持った人間を生みだす”という事だ。どんな環境でも体質や体型が変わる事はなく、あらゆる面から見て優秀な肉体。どんな学問もみれば絶対に理解し、その応用も容易に想像できる頭脳。そして見たものをそのまま行動へと移すことのできる才能。必要であれば見て覚えれば良い。そうすれば覚えるというプロセスを極限まで簡略化する事が可能となる。

 

 その究極系がヴィヴィオ、そして自分となる。

 

 あらゆる技術を見ただけで覚え、そして理解する。一週間も一緒に活動すれば好きな食べ物などだけではなく、本人が意識すらしないクセまで理解するし、相手の思考を完全にトレースして、百パーセントの演技力をもって相手を演じることだって出来る。それだけにゼーゲブレヒトという一族は異常である。―――その中でも自分は完成されきった異端児だった。もうこれ以上は望めないと言われる程の怪物だった。

 

 ―――ヴィヴィオが生まれるまでは。

 

「あ、ぐっ―――」

 

「オラ、どうしたよオリヴィエちゃん。まだまだ八回しか殴ってないぜ。まだLCが腐るほど残ってるじゃねぇか、早くたってかかって来いよ。ゼーゲブレヒトは無敵なんだろ? だったらとっととナメプやめて本気出せよ」

 

 そんな自分が何もわからないまま殴り飛ばされて瓦礫に埋もれていた。

 

 場所は城から離れて城下町の方へと変わっている。城下町に存在する建造物の一つ、そこに背中から突っ込んで瓦礫に埋もれながら視線を前へ、雪に足跡を残しながら歩いてくるイスト・バサラの姿を見る。イストの言うとおりに、LCへのダメージは大きくはない。寧ろ低いと言っても良い。おそらくイストがどこかで手加減しているのだろう。そのおかげでダメージが低い……というのは解る。ただ解らない事がある。

 

 なぜ、自分は負けているのだろうか。

 

「おか、しい、ですね―――」

 

 この声の震えも、少しだけ違和感を感じるが、そこまで酷いものではないので無視する。体を持ち上げて立たせ、左半身を前に出して構える。左手は掌を突き出すような形で、そして右手はひきながらも掌を見せる形―――攻撃ではなく、対応の型。ゼーゲブレヒトの戦闘概念はこれから始まる。シンプルに敵の動きを受けつつも流し、それを記憶して記録し、絶対対応の型をリアルタイムで生み出す。そうする事で絶対に勝利できる、そういう理論だ。

 

 そしてその理論を実行、証明した一人目が自分。だから知っている、これは絶対に上手く行く。今までがそうであったように今度もまた、上手く行くはずなのだ。何故ならイストの、イスト・バサラという男の持てる手札の全て、その考え方は、何もかも理解したはずなのだ。

 

「んじゃ、行くぜ」

 

 崩れた壁の向こう側からイストがゆっくりと迫ってくる。その存在が近づく度に心臓がばくばくと音を立てながら加速するのが解る。それを抑えながらも構え、そしてゆっくりと拳を振り上げるイストの姿を捉え、そして踏み込みと同時に迫ってくる姿を覚える。そう、見えている。捉えられている。生まれた時から与えられた才能、肉体、能力。動体視力という部分では異常なほどに発達している。勿論、観察と理解の為に。故にイストの動きは見える。

 

 拳が振り上げられ、速度を乗せて接近し、踏み込みながら真っ直ぐ近づき―――そして叩きつけられる。

 

「かっ―――」

 

「―――ホント、学習しないな。オリヴィエ」

 

 イストが呆れを滲ませたような声を響かせながら此方を殴り飛ばした。再び成す術もなく体はまるで弾丸の様に壁を貫通し、次の家を貫通し、そしてその次の家の壁を砕いて体の動きを停止させる。肺から息を吐きだす様に息を荒げながら、酸素を求める。心臓が今まで以上に加速していた。唇が、体が、言いようのない不安に駆られる様に震えている。解らない、何故震えているのかは解らない。ただ一つ解るのは、

 

 イストの拳の正体を理解し、そして理解できないという事だ。

 

 いや、一撃目を繰り出された時点でイストが何をしたのかは理解できていた。見た瞬間にその正体を看破する事には成功していた。だからこそ結果として理解できないのだ。体を立ち上がらせながら、解ったことを口にする。

 

「イスト、さんの……拳は―――ただの、パンチ」

 

「正解」

 

 ゆっくり、ざくざくと雪を踏む音を立てながらイストが歩いてくる。それはまるで一歩一歩、近づく度に恐怖を演出するかのようで、心に小さく恐怖の影が過る。相手の戦略だ。そう自分に言い聞かせ、再び構えなおす。その姿を見て、イストは足を止めながら肩に積もった雪を掃い、そして拳を形作る。

 

「俺がやっているのは本当になんでもない、”何の変哲もない普通のパンチ”だけだ。あらゆる技術、あらゆる流派、そう言うのを抜いて所謂”脱色”したマジでなんもないただのパンチだ」

 

 イストは嘘を一切言ってはいない。本当にあらゆる技術等から脱色させたなんでもないパンチ―――それが今、自分を苦しめている拳の正体だ。そしてそれは普通に考えれば避けるか、もしくは防ぐか、受け流しをすればそれで終わるだけの話なのだ、普通であれば。だがイスト・バサラという男は決して普通ではない。理解しきったと思っていたのに見せる精神性、そして予選での技術の数々。それはまるで予想も、知りもしなかったことだ。そんな風に、イストの引き出しは非常に多い。それこそ、自分に匹敵する程の手札を持っている。

 

 だから理解できない。

 

 イストの次の一手が絶対に理解できない。なぜなら、

 

「俺の引き出しがお前並に、いや、お前以上に多いからだよなぁ、おい。お前見ちゃったもんな、予選の間に。俺が一つの動作に全ての技を詰め込んだりするのを。しかも一つの流派じゃなくて複数の流派で。つまり、だ。俺はワンアクションで限りなく多い選択肢を選べるって事だ―――理解できてもそりゃあ対応できないよな、アホみたいに取れる行動が多いんだから。こういう相手、初めてだろ?」

 

 そう、初めてだった。自分やヴィヴィオが人工的に生み出されたゼーゲブレヒトであれば、イストはある種の”天然モノ”なのかもしれない。武道というジャンルに限った話ではあるが、イストはほぼ此方と同じようなことができる。それらすべてが応用の範疇であると否定するかもしれないが、自分と全く同じように手札を無限に持つ相手との相対は初めてであり、学べる事は実に多い。これはチャンスだ。また一つ、オリヴィエ・ゼーゲブレヒトとして前に進めるチャンスだ。チャンスの筈なのに、

 

 全く、心が動かない。

 

 それよりも不安と恐怖が心を満たしていた。このまま戦い続けていたら何か、自分のアイデンティティを脅かす程の致命的なことになると、直感と本能、そして経験がそう告げていた。このままイストと戦い続けてはいけない。そう訴えている様に感じられた。馬鹿馬鹿しいとそれを切り捨て、再び立ち上がる。イストのやっている事は此方に対してクリティカルではあるが、まだ対処法はある。結局の所イストは一度も技術を混ぜる事無く、そのまま殴り飛ばしているだけだ。それを見極めようとしているから最後まで此方が対応に動けない―――見切れない。

 

 だったら相手が繰り出すのが最初から最後まで普通のパンチだと、そう決めつけて行動すれば良い。

 

 相手がイストである事を考えれば、おそらくその可能性が一番高い。故に、

 

「これで見切りました」

 

 立ち上がり、再び構える。その様子をイストはゆっくり歩きながら近づいて、見てくる。既に右手は拳を作りだし、軽く引く様にテレフォンパンチの動作に入っていた、それを見て足腰をしっかりと大地につけ、そして受け流しの体勢に入る。イストが何を放ってくるのでアレ、確実にその威力を削いで受け流す。そうすれば詰みに入れる。それを確信し、

 

 イストが踏み込んでくる。再び凄まじい勢いで拳が迫ってくる。明らかなテレフォンパンチは簡単に対応できる。故に差し出した左手の掌を繰り出されてくるイストの拳の側面に当て、それを全力で打ち抜くかのように力を込め―――イストの拳が微動だにせず、そのまま矛先は変わることなく、受け流す事もできずに拳はまた、顔面に叩き込まれた。

 

「なっ」

 

「っらぁ―――!!!」

 

 ……な……んで……?

 

 吹き飛ばされながら何故、イストに受け流しが通じなかったか、その疑問が胸中を満たしていた。

 

 ―――タイミングも、力加減も、動作の全てが完璧だった筈、です!

 

 そう、一切の不備はなかった。少々動揺していようがスペックを常に百パーセントの状態で引き出せるように、そういう風に自分の体、ココロは出来上がっている。だから自分の動きに一切の不備はない。その筈だ、と、そう思いながら大地を転がって雪の中に倒れ伏す様に動きを止める。雪の冷たさが気にならない程に体は火照り、そして別の寒さで芯が冷え込んでいた。だがそれに身を任せては駄目だ。考える事を止めてはいけない。ゼーゲブレヒトはどんな相手でも通じるという事を証明しなくてはならない。どんな状況、どんな敵にも通じると、そういう風に自分が見せなくてはならない。

 

 でなければ―――今までの自分の人生はなんだったのだろうか。

 

「前を向いて生きよう。明日はきっと明るいから。ステキな友達がいっぱいいるし、出来る事だってたくさんある。助けが必要なら周りに手伝ってもらえれば大丈夫、そうやって友情をはぐくんでいけばなんとかなるよね」

 

 煙草を吸いながらそう言ってイストが足を止める。五メートル離れた先で、イストはそう言いながら此方を完全に見下す視線を送っていた。その視線は完全に冷え切っており、そして価値のないものを蔑むような視線であり―――自分が知っているイスト・バサラが決して浮かべる事のない視線だった。それは間違いなく未知であるのと同時に、脳裏にこびりつく光景を思い出させる視線でもあった。此方の何かを見て満足したのか、視線の種類を変える事無く、イストは笑みを浮かべる。

 

「反吐がでるなぁ! 良くもまぁ思ってもいない事を口に出せる。気持ちが悪いんだよ。そんなに異常者ごっこが楽しいのか? んン? 思ってもない事を口にして、出来る事を出来ないフリをして、継ぎ接ぎだらけのごっこの遊び。見れば見るほど醜悪極まりないなぁ、おい。良くヴィヴィオがキレずいられるな。いや、実体験があるだけまだ同情的なのか、アイツは。ま、どうでもいいことだわな」

 

 そう言って、イストが拳を握り、構える。

 

「まだやるか」

 

 答えは決まっている。オリヴィエ・ゼーゲブレヒトは挑戦されている。そしてゼーゲブレヒトそのものが挑戦されている。ならばこれを突破しなければならない。次とか、一旦逃げるとか、そういう選択肢は用意されていない。選んでもいけない。それはつまりゼーゲブレヒトの敗北を自分で選ぶことになるという事なのだから。だから立ち上がり、そして再び構える。

 

 その瞬間に雪を蹴り飛ばし、再びイストが接近して来る。やって来るのはただのパンチ。それは既にイストが教えてきてくれている。だからそれに対応する様に完全なカウンターを叩き込もうと、受け流しの体勢に入る。ここで回避は選べない。回避を選ぶ事は体術では対応できないと降参する事を選ぶ事だからだ。逃げの一手は真綿で首を絞めるだけの行為、故にそれを除いた最適解、受け流しからのカウンターを叩き込むのがベスト。

 

 それを実行する。

 

 それがベストであるはずなのに、

 

 受け流そうとする拳は受け流せない。接近して崩そうとする体は崩せない。勢いを殺せないままにイストは迫って、そして再び拳を叩き込んでくる。受け止める事も防御する事も受け流す事もできず、顔面に拳が叩き込まれて体は吹き飛ぶ。何度か雪の上を滑るように跳ねて、体が家屋の壁に激突し、動きが止まる。衝撃にいったん目を閉じるが、再び目を開き、ゆっくりと歩いてくるイストを眺める。

 

 一歩一歩、着実に迫ってくる死神の様に、赤い鬼が恐怖を撒き散らしながら歩いてくる。

 

 その姿は余裕であふれ、見下し視線を送りながら目の前で止まり、そして言葉を投げかけてくる。

 

「どうした、やっぱゼーゲブレヒトってのはその程度か。失望もんだぜオリヴィエちゃん」

 

「っ!」

 

 立ち上がり、そして構える。反射的な、何度も繰り返してきた行動だ。否定させない、ゼーゲブレヒトを否定させてはいけない。全身全霊を持ってそれだけは守らなくてはならない。自分はキチンとゼーゲブレヒトである事を、ちゃんと出来ていることを、否定させてはいけない。それだけは、絶対に、何が何でも守らなくてはならない。

 

「仮面が割れ始めてるぜオリヴィエ」

 

「―――」

 

 雑音を排除して構える。イストが拳を作る。心から感情の一切を取り除き、そして合理だけで脳を動かす。対応する為だけに動きを作り出し、確実に成功するタイミングで受け流しを発生させ―――イストの拳を僅かに逸らす事もできずに、再び殴り飛ばされる。その圧倒的な理不尽を前に、切り離したはずの感情はあっさりと溢れ出す様に口からもれだす。

 

「なんで―――!?」

 

 跳ね、転がり、そして倒れ伏しながらイストを見上げる。そのイストはあっさりと答えてくれる。

 

「根性と気合」

 

「そんな馬鹿な!!」

 

 そんな精神論でどうにかなるほど容易い技でも業でもない。そんなものに自分の技が否定されているなんて信じられない。そう口にしようとして、イストは笑う。

 

「何言ってんだよ、基礎的スペックがカードに決められるブレイブデュエルだけど、俺達の動きとかを読み取っているのは基本的に脳だぜ、脳。だから恐怖を感じれば動きは鈍るし、気合入ってりゃあスペック以上に実力が発揮できる―――ここで起きる物理的な法則や人体的なルールはリアル厳守だぜ」

 

 なら、

 

「精神で肉体を凌駕すればこのぐらい当然できるだろう。笑えるよな、お前の家の歴史とかって今、鍛え上げた技術や手段とは全く関係ない、もっとも原始的で野蛮な方法によって蹂躙されてるんだからよ……!」

 

 そう言ってイストは何が面白いのか、片手で顔を覆う様にして空に向かって笑い始める。狂気さえも感じさせるその笑い声から自分が感じられるのはただ一つ―――はっきりとした恐怖だった。目の前の男が怖い。おそらく今までの人生で出会った全て、何もかもよりも怖い。恐ろしい。この男は本当に片手間でゼーゲブレヒトを完全に否定し、そして蹂躙してきている。的確に心を抉って、そして殺しに来ている。それを楽しげにやっている男が、今目の前にいる。

 

 まるで鬼、悪魔の様な男だった。

 

「なん、で……」

 

 倒れ伏したまま、イストを見上げていると、そんな言葉が漏れ出していた。動きを止めたイストは此方の言葉の続きを待つように黙り、視線を向けている。だから両手で上半身を持ちあがらせ、イストへと向けて言葉を投げる。

 

「なんでこんなことをするんですか!? なんでさっさと勝負を終わらせないんですか!? 貴方なら―――」

 

 最初に殴り飛ばしたときに追撃を入れて、それで勝負を終わらせることができたはずだ。なのにイストは徹底的に嬲り、蹂躙し、此方の行動だけではなく、存在そのものをつぶしに来ている。やっている事は間違いなく鬼畜の所業だ。それを何故、イストの様な優しい筈の人物がやっているのだろうか。こんなのは、あまりにも酷過ぎる。

 

 それを聞いたイストが、小さく笑い声を零す、

 

「―――お前が気にいらないから、それ以上に理由は必要か?」

 

 それを、

 

 イストは本気で言っていた。

 

 直感的に、彼が欠片も嘘を言っていない事を理解した。

 

 そして、

 

「カスの様なプライドに引っ付いている姿が堪らなく哀れで不快なんだよ、オリヴィエ。だから否定してやろうと思った。それ以上に理由は必要か? 今の俺はただのパンチでお前の家も人生も全部否定出来て超楽しいぜ」

 

 そして笑いながら、

 

「クソの様に価値ねぇな、ゼーゲブレヒト」

 

「―――!!」

 

 気が付いた瞬間には飛び上がって接近していた。言わせてしまったそれを。絶対に言わせてはならないと解っていたのに。ゼーゲブレヒトだけは否定させてはいけない。なんでも完璧にこなせなければならない。何故なら自分はその為に生み出されてきて、その為に血を吐く様な努力をしてきて、そしてその為に生かされてきたのだから。

 

 ―――そしてヴィヴィオが生まれてきて、その意味も価値もなくなって―――。

 

「く、あぁ―――!!」

 

「ハッ」

 

 接近と同時に全力の拳をイストへと叩きつける。凄まじい轟音と衝撃が空間に満ちる。だがイストはそれを受けても一切も体を揺らぐことも瞬きする事もなく、悪鬼の様な笑みを浮かべてそれを受け入れてから、

 

 攻撃も動作も全て押しつぶすような拳を叩き込んでくる。今度は殴り飛ばされるのではなく、叩き潰すような上から下への拳。全力で殴って硬直した所に叩き込まれたせいで受け流す事も防御する事もできず、体格差で抗う事もできず、そのままイストの足元に叩きのめされる。だけどそこで終わるわけにはいかず、イストから今の言葉を撤回させるためにも立ち上がり、

 

 再び全力で拳を叩き込む。

 

 それをイストは正面から、クロスカウンター気味にまた叩き潰す様な拳を放ってくる。

 

「か―――」

 

 ―――勝てない。

 

 体格差が違いすぎる。まともに殴り合おうとすればイストの方が遥かに体が大きく、そして重い。

 

 たったそれだけの理由で、まともに殴り合えない。

 

 どんなに強く殴ろうが、精神力だけで衝撃等を抑え込んでしまうイストは絶対に怯まない。だから絶対に叩き潰されてしまう。

 

 それを理解してしまい、イストの足元で倒れたまま、動きを止める。荒い息を吐きだしながらイストを見上げると、そこにはまだ笑みを浮かべているイストの姿があり、

 

「―――おいおい、どうしたんだよ。ゼーゲブレヒトは受け身の流派じゃなかったのか? んー? なぁ、お前―――今何やった?」

 

「―――あ」

 

 今、何をやったのか。

 

 反射的な行動ではあるが、理屈の一切を無視して、そして殴りかかった。殴ってしまった。誰を? 勿論イストを。だが相手が重要なのではない。重要なのはそんな事ではなく、自分が取ってしまった行動だ。自分は、

 

 感情任せに拳を振るった。理解する事を放棄した。破った、破ってしまった、自分からルールを破ってしまった。

 

「いや、ち、ちが―――」

 

「おめでとう、これでお前も悪い子だ―――」

 

「ああああぁぁぁぁあぁぁああああ―――!!」

 

 その言葉を聞いて―――理性が飛んだ。

 

 

                           ◆

 

 

「んま、こんなもんだろ」

 

 理性が吹き飛んで、獣の様にとびかかり、殴りかかってくるオリヴィエの姿が目の前にある。煙草を吐きだす様に捨てながら、右拳を作り、殴りかかってくるオリヴィエを上から叩き伏せる様に叩き潰す。理性が完全に吹き飛んでいるオリヴィエにはもはや武術の様な統制の取れ動きはできない。そういう風に精神的に追い込んだのは自分だ。

 

 オリヴィエ自身から意図せずともゼーゲブレヒトを否定させる動きを引き出したのは自分だ。

 

「吐き気がするけど、クセになりそうだなぁ」

 

 殴り飛ばされてもまた起き上がり、オリヴィエが殴りかかってくる。そのパンチを体に受け止めながらオリヴィエの顔面を片手でつかみ、それを壁に叩きつける。それをそのまま解放せず、道路に顔面を叩きつけ、そして開いている右手でオリヴィエを掴んだまま、全力で殴りぬいて吹き飛ばす。しかし理性が吹き飛んでいる分、オリヴィエの動きが止まる事はなく、空中で体勢を整えて三度襲い掛かってくる。

 

 確かに、俺を理解しきる事は不可能だ。

 

 俺と純粋な格闘で相対する場合、ダメージ無視での突撃、一撃一撃に必殺の威力を乗せて即死合戦にでも持ち込まないと打ち負ける―――そんな事ができる相手は実に限られており、ゼーゲブレヒトの様に対応に回る武術なんかでは絶対に勝てない。

 

 もし、この世に本当に魔法なんてものがあったりしたらまた話は別なんだろう―――。

 

 が、そんなファンタジーこの世にはない。

 

 故に実力とか精神力、技術力、そして”肉体”で決定されるのだ。

 

 そして男と女である以上、

 

「お前では俺に勝てねぇよ。ゼーゲブレヒトであれば勝てないけど、捨てりゃあ勝てるって訳でもないんだよ」

 

 オリヴィエを大地に叩き潰す。すぐさま復帰しようとする姿の顔面にサッカーボールキックを叩き込んで転がせる。荒い息を吐きながら転がり、そして動かないオリヴィエの姿を見て、そして溜息を吐く。

 

 ―――トラウマの治療なんて簡単なものではない。

 

 一つの治療に一体どれだけの時間がかかる。

 

 一ヶ月? 半年? もしかして一年かもしれない。トラウマの克服は実に難しく、そして繊細な作業だ。

 

 そんな繊細な作業が自分にできる訳がない。だがオリヴィエの姿は見ていて本当に気もちが悪く、そして反吐が出る。おそらく”ゼーゲブレヒトという環境”がオリヴィエをあんな風に作り上げてしまったのだろう。それに関しては同情する。だから、

 

 トラウマを克服する為に、徹底的にオリヴィエの傷口を抉って、広げた。

 

 その上で”ゼーゲブレヒト”であり続ける事よりももっと恐ろしいものを心の中へ直接刻んで叩き込む。

 

 精神的なトラウマを人物的なトラウマへとすり替える。

 

 ゼーゲブレヒトに対する恐怖をイスト・バサラへの恐怖に変換させる。

 

 あとはヴィヴィオとカリムにほかの皆、そして時間が勝手にオリヴィエをゼーゲブレヒトの呪縛から解放してくれるだろう。

 

 だから、今は、

 

「―――こい、オリヴィエ。この世には何よりも怖いもんがあるって事を教えてやるよ」

 

 制限時間いっぱいまで―――徹底的に蹂躙し、心を折り、絶望を叩き込む。

 

 再び立ち上がり、涙を流しつつもそれを気付くことなく、立ち上がるオリヴィエの姿。まはや本能でしか動いておらず、むき出しの本能に恐怖を叩き込むべく、

 

「は、はははは、―――ハァーッハッハッハッハッハ……!」

 

 口を開いて笑って殴り飛ばした。




 壁ドンとか言われるオリヴィエを殴る行動。まな板の子かわいそう。

 セッションでオリヴィエのアイコン使おうと思って探してたら意外と数が少ない事に驚きというか、古代ベルカ関連のキャラってAAは豊富でも絵が本当に少ないなぁ……おかげで完全にイメージが固まって……!

 それではまた次回

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