イノセントDays   作:てんぞー

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親愛なる我が友へ

 ―――まぁ、これで死ぬわけねぇよなぁ……!

 

 紅蓮が視界の全てを支配する世界の中で、上下の感覚は掴めない。しかし、その炎の海の中で感知できるのは今もなお健在のクラウス・イングヴァルトという今世紀最強の人間、男の存在感だ。攻撃を食らって消えるどころか前以上に興奮するかのごとく燃え上がっている様にすら感じる。流石親友と評価する。これで倒せるとは思ってもいなかった。しかし、滾るクラウスの気持ちも分からなくはない。強さとは孤独だ。強くなっていけばなって行くほど孤独になる。力を持ってそれを完全に抑え込めるほどの精神力を人間は持つことはできない。絶対に、それをどこかで振るいたくなってくるものだ。

 

 子供が真っ直ぐな樹の枝を拾ったらとりあえず振り回すように。

 

 人間と言うのはそういう生き物なのだ。遺伝子から、本能に闘争が刻み込まれている。そして強くなれば強くなるほど相手を選ぶようになって来る。相手は存在しても、自分以下の存在では決して満足できない。自分の振るう力に満足と納得がほしくなって来る。自分と対等な存在がほしくなって来る。あらゆる手段で自分を蹂躙し、そして超えようとする並び立つ強者がほしくなって来る。敵を求め、そして戦うのは人間の原初の本能、その一つなのだ。それを抑え込むなんてとんでもない。垂れ流しでいいのだ。

 

 理性的に振る舞うのもいい。

 

 感情的に振る舞うのもいい。

 

 愚かになるのもまたそれでいいのだ。

 

 どうであれ、それが人間らしいという事なのだから。

 

 つまり、大人げない程暴れたとしても、それはそれで馬鹿馬鹿しくていいという事だ。炎の中で超回避のスキルカードを投げ捨て、効果を発動させながら夜天の書を取り出す。それを開き、ページをめくる。

 

「夜天の書展開ィ! ≪スペルリピート≫をデッキから発動ォ! さあ、次はお前の番だ―――カモォォン、白天王ォ!」

 

 大地が粉砕し、地中から巨大な白い、虫の様な存在が出現する。大量の土砂を巻き上げて登場するそれによってミッドチルダの中央が完全に粉砕され、巻き上げられる土砂に自分と、そしてクラウスの姿が混じる。土砂を足場に立つクラウスの姿を確認してから、白天王が甲殻に覆われた腕を振り上げ、それを勢いよく大地へと向かってクラウスを巻き込む様に振り下ろす。

 

 

                           ◆

 

 

「ぐおぉぉぉぉ!? 私の白天王が寝取られたあ―――!? 寝取られたあ! クソがぁ!」

 

「ハハッ、紫のざまぁ! ざまあ―――! 紫の小者女超ざまあ―――!」

 

 

                           ◆

 

 

 白天王の攻撃もまた無差別だ。広域殲滅魔法以上に広く、強烈で、それでいて無差別。チーム戦だったら超回避かフルブロック辺りでも使わなければ一瞬で双方を殲滅に追い込む。それをヴォルテールと続けて二連続、今度はフルブロックを消費しつつ津波の様な土砂に乗って百メートル程離れる。これで一回目を超回避のスキルカードで、二回目をフルブロックのスキルカードで乗り越えた。リザレクション、食いしばり、フルブロック、そして超回避はその性能故に持ち込みが一枚ずつしか許されていない。だから自分が無傷で自爆攻撃を乗り越えられるのはここまでだ。

 

 しかし未だにクラウスの気配は健在。ダメージを受けているとは思わない。故にダメ押しを追加する。持ち込んでいる召喚サポート系スキルカードを大量に消費しつつ、夜天の書そのものをオーバーロードさせる。そしてそれを放り投げ、破壊しながら空のはるか向こうに、二つ前の試合で出現された存在を再び出現させる。

 

「アルカァァン、シェ―――ルゥ!!」

 

 時空航行艦アースラから必殺級の無差別砲撃が放たれる。それを自分も、そしてクラウスも、避ける時間も逃げる時間もない。それが落下した瞬間、見える範囲の空間が全て歪み、捻じれ、そして消え去る。ヴォルテールによって生み出された灼熱の地獄も、白天王によって生み出された土砂の津波も、それらすべてを呑み込んで抉り取るようにアルカンシェルが消し去った。その中にいる限りはどう足掻いても即死は免れない―――耐える手段がない限り。

 

 そして完全にクレーターだけが残る空間の上空に自分とクラウスの姿が出現する。自分の横に、そしてクラウスの横に出現するカードはどちらも同じ―――食いしばり効果のものだ。それが効力を発揮し、自分とクラウスのLPが1だけ残される。しかし、この感覚、

 

 ―――あの野郎、俺と全く同じ手段で三連打抜けやがったなぁ……!

 

 しかし、それは予想の範囲”内”なのだ。クラウスが本気を出したというのなら此方の奥の手まで読まれていると考えるべきだ。そしてクラウスは拳に誇りを持っていてもそれに固執している訳ではない。最良の対処法が別に存在するのであればそれを使うに決まっている。だから後は予測と対処法の用意だ。避けられない必殺攻撃があるならそれを確実に防御する手段を持ち込んでいればいいのだ。

 

 便利な物を持ち込まない理由がない。

 

 百メートル上空から一気に落下し、そのまま大地を割る様に着陸する。ぼろぼろのバリアジャケットを脱ぎ捨てるのは相手も一緒だった。そのまま一歩一歩、大地を砕き割る様に踏みしめながら接近し近づく。拳を振り上げ、最後の十メートルを全力疾走しながら叫びながら拳を振りぬく。

 

「クラウスゥ―――!!」

 

「イストォ―――!!」

 

 同時に拳を叩き込み、その反動を受けて吹き飛ぶ。

 

 

                           ◆

 

 

「まさかのドロー!?」

 

 ヴィヴィオが立ち上がりながら叫ぶ。スクリーンの中では思いっきり逆方向へと吹き飛び、そのままビルの残骸の中へと叩き込まれる二人の様子が映し出される。しかしそれを見ながらヴィヴィオの言葉を否定する。違う、そうではないと。

 

「いいえ、違います。LPが今の攻撃で完全回復しています!」

 

「つまりはリザレクションやな。んでこれで攻撃を完全に防御したり死亡時の保険系のスキルカードは全部切らしている筈やから―――ここからが本番やで!」

 

 ジークリンデがその言葉を放つのと同時に、瓦礫の中から二人の男が立ち上がる。リザレクション効果でLPは完全回復するも、最初の三連撃で姿だけはぼろぼろになっている。なのにスクリーン越しに見れる二人の姿は今まで以上に滾り、昂ぶっている様に見える。彼女の言う通り、おそらくここからが本番だ。先程の大技三連打は間違いなくクラウスから防御手段を奪う為の牽制でしかない。それで手札が割れれば御の字、といった所だろう。ここからが二人の勝負の本番。本当の意味で戦いが始まる。

 

 そして、その最初の動きは、

 

「えっ?」

 

 イストが街の中へと逃げ込む事だった。

 

 

                           ◆

 

 

「成程、だろうな。俺がお前だったらまず間違いなくそうするだろう」

 

 一キロ程先の空間、迷う事無く背を向けてクレーターから街の中へと逃げ込んだイストの姿を視線で追う。総合的な話をすれば自分がイストを圧倒していることは間違いがない。しかし幾つかの分野であればイストが此方を圧倒しているのもまた事実だ。特に森や屋内等の制限された空間、狭い空間での戦闘能力に関してはイストの方が上回っている事は認めなくてはならない。一撃でコンクリートを粉砕できるからといって、それが決して邪魔にならないという訳ではないのだ。どんな事であれ、障害物が増えれば増えるほど厄介であるという事実に変わりはない。そしてイストはティーダとの付き合いが長いのか、あるいは”経験がある”のか、そういう障害物の利用が非常に上手い。

 

「させるものか」

 

 故にさせるものか。それが結論。相手が街の中へと入り込む前に追いつき、接近戦に持ち込む。

 

 全力で大地を蹴り、歩法を持って速度を一瞬で最大にし、長距離の移動をまるで短距離の様に処理し、移動する。それをもってイストが逃げ込む前に追いつこうとする。

 

 瞬間、本能的に回避動作に入る。次の瞬間に足元の地面を突き破り魔力で出来た青い槍が突き出る。それをバックステップで回避し、着地した瞬間体を横へと転がせる。着地地点からも槍が突き出し、そのままそこで立っていたら今頃串刺しにされていただろう―――おそらく、逃亡時間を稼ぐために殴り飛ばされながら地雷型トラップをイストが設置したのだろう、こちらの思考と性格を読んで。

 

 ―――あの男なら回避ルートぐらい読まれてもおかしくはないな。

 

 なら一斉に処理した方が早い。

 

 そう結論付け、大きく震脚を大地へと叩き込み、それで下半身を固定し、大きく振りかぶった拳をそのまま大地へと叩きつける。衝撃を決して大地の中へと流すのではない。衝撃を地表を走らせ、それを熱の持った重量として圧迫させる。結果として地表が少しだけ沈み―――それを感知した魔法の地雷が発動し、一斉に二十を超える地雷が作動する。どれも自分の歩幅に合わせて設置されているものだった。これで地雷の一斉撤去は完了した。しかし、

 

「完全に都市の中に入り込まれたか」

 

 こうなると自分が不利になる―――それでも客観的に見てまだ7:3程度でこちらが有利だ。しかし此方が有利だとしても絶対に油断してはならない。

 

 相手はその3を無理やり10に変えてもぎ取ってくる相手だ。油断も慢心もなく、己の持つ全技術と能力を持って圧倒したまま蹂躙する。そうやって勝利して、初めて安心できる相手だ。

 

 

                           ◆

 

 

 ―――なんて思っているんだろうなぁ……! 期待に応える予定だけどさ。

 

 文句を呑み込みながらも動きは一切止めない。気配を殺したところでそれに意味はない。気配を完全に殺し、認識外に立ったとしてもそれぐらいクラウスなら突破して来るからだ。だから気配を隠す、なんて無駄な行動はとる必要すらない。その代わりに体を加速し、そしてミッドチルダの市内を紫天の書を片手に駆け巡る。その中から零れ出るカードを全て消費し、そしてクラウスが到着するまでの間の短い時間にストックしておいたカードを使いきる。

 

 必要なくなった紫天の書は投げ捨て、破棄する。無駄なウェイトになるものは必要がない。

 

 それにもう、必要なカードは設置が完了した。

 

 たっぷり三分間で罠等の設置を完了してからビルの三階から飛び降りる。二秒程落下し、高速道路の上へ着地する。着地姿勢から体を起き上がらせ、視線を持ち上げれば、前方十メートルほどの距離にクラウスが立っているのが見える。軽く息を吐いてからクラウスの方へと視線を向ける。お互い、言葉はない。いや、違う。

 

 語る必要なんてない。見ればどうすればいいのか、それで解るのだから。

 

「―――」

 

 音もなく一瞬でクラウスが背後へと回り込んでくる。その方向に対して一歩だけ踏み出し、そのまま背中から衝撃をクラウスへと向かって放つ―――鉄山靠と呼ばれる動きだ。それに対して取る対処法はシンプルに、

 

 更に踏み込んでくる事。

 

 背中から叩き込む衝撃を前面で受け止めたクラウスがそのまま拳を叩き込んでくる。その動きに連動する様に膝を落とし、体を下へと下げながら指先で足元を破壊する。クラウスの拳が命中する前に下へと自分の体が、逆さまに落ちて行く。それを追う様にクラウスが一瞬で接近して来る。しかしその瞬間、

 

 高速道路の下に設置されていた魔法が発動する。

 

 発動待機状態でセットされていた砲撃魔法が瓦礫を消し去りながらクラウスを呑み込もうとする。その位置取りはあてずっぽうに見えながらもクラウスの性格を考慮してセットしたものだ―――接近し、攻撃しようとしたクラウスの真横に衝突する。が、そのヒット直前にクラウスが蹴りと一撃、砲撃へと向かって繰り出すのが見える。

 

 それによって衝撃の壁が発生する。砲撃がそこへとヒットし、一瞬の動きの停滞が発生する。それは砲撃にも、そしてクラウスにもだ。その瞬間に落ちてきたコンクリート片を足場にクラウスから一歩離れ、体勢を向き合う様に整える。その瞬間にはクラウスの二打、そして三打目が放たれていた。牽制の一打が此方へ。そして砲撃へと向けた一打。それは物質等を無視して発生する無色の衝撃だ。空間を震動する様に伝うそれは砲撃を更に短く切り刻む様に吹き飛ばすのと同時に、此方にも襲い掛かってくる。

 

 それに対して全く同じ技を返す。

 

 発生する衝撃の威力を見抜き、そして拳を突き出して衝撃を叩き込み、それを相殺させるのと同時にクラウスへと向かって踏み出す。砲撃から逃れる様に飛び込んでくるクラウスに対して拳を振るい、拳と拳をぶつけ合う。拳と拳がぶつかり合い、空中でお互いの動きが止まる。その瞬間にお互いに視線を合わせて睨み、

 

「おぉぉ―――!!」

 

「はぁぁ―――!!」

 

 叩きつけている拳を押し付けあう。拳を引く気はない。そのまま殴り抜くという意思を乗せた拳は拮抗し―――そしてクラウスに天秤が傾く。此方の体が押される。それを敏感に察知し、両足でクラウスの右腕を掴む。

 

「む」

 

「そのままぁ!!」

 

 縦に超高速回転しながらクラウスを下へと向かって叩きつける様に落とす。しかし地面に衝突する寸前には既に体勢を整え直している。ダメージがないのは見えている。慣性を利用しながら体を回転させ、クラウスから三十メートル程離れたビルの壁に垂直に立つように着地する。そのまま数秒動かぬまま動きを互いに想像しあい、

 

 ―――動く。

 

 残像を残す速度で移動する。一気に高速道路の方へと移動しようとすると、それに割り込む様にクラウスが出現し、拳を放ってくる。すかさずそれを左手で払い、受け流す。しかしその動作と同時に衝撃を拳の裏側へとクラウスが放っていた。それによって体の動きは前進から後退へと一気に切り替わる。簡単に言えば、たったの一撃で体が吹き飛ばされている。

 

 しかしそれに苦悶の声は漏らさない。そのまま迎撃の為に蹴りを放つ。放つ衝撃で体が更に加速するがそのまま素早く放った一撃がクラウスの拳によって迎撃される。その流れでこれから何が発生するのかは既に見えてしまった。しかしそれが最善策でもある。故に高速で足と手を連続で操出、クラウスとの間の距離を維持する様に攻撃を続ける。しかし、単純なラッシュ比べであれば圧倒的に有利なのはクラウスの方だ。

 

 そういう事だからこそ市街地へ引き込んだのに、身動きがとりにくい空、という環境ではそれを利用できない。

 

 故に、そのままラッシュで一打だけ、クラウスが攻撃を上回る。

 

 衝撃が体を貫いて貫通し、体をビルの反対側へと吹き飛ばす。

 

 

                           ◆

 

 

『これは決まったかあ―――!?』

 

『いいや、まだだ、LPが切れていない! 一個後ろのビルに埋もれた! 見た所咄嗟にバリアブレイクをして威力を殺したようだけど……一回のデュエル中に認められるリライズは最初のを含めて全部で二回。防御力を考えるならリライズは必須、ここで勝負の流れが決まると言っても良い』

 

「流石にイストさん劣勢ですねー」

 

「そりゃあしゃあないよ。ハルにゃんのお兄さんのパンチ、反射神経で捉える事の出来る限界超えてらっしゃる。反射神経に任せて回避しようとすると絶対に一手遅れる様になってるから絶対に勝てない。だからアレ、繰り出される前に何が来るのかを見切った上で次の動きまで見切らなきゃあかんという意味不明なことになっとるで」

 

「まあ、イストさんも同じことをやり返している訳ですが、兄さんが一歩上手ですね」

 

 しかし二人の戦いを見て改めて恐ろしいと思う。どちらも出だしの時点で相手が次に出す動きを理解しているのだ。先程は見切り、と表現されたが違う。クラウスもイストも、どっちも付き合いの長い親友だ。そして何度も何度も遊びや鍛錬でぶつかってきたことがある。そういう所からイストもクラウスも、お互いの動きを完全に把握している。そしてそこからどう動くか、”どういう風に技術を発展する”のかさえも理解している。だから見る前から戦いの流れがどう動くか、それを把握できる。反射神経が追いつかなくてもラッシュを打ちあう事が出来る。正直な話、正気の沙汰ではない。

 

 相手を信頼して、認めているからこそ成立している様なものだ。なんか悔しい。自分では絶対に出来ない事だと解るだけに、悔しい。

 

「しっかしこれ、このままクラウスさんが押し切る形で勝つんかね?」

 

「ううん、この程度で終わる訳がないでしょ。たぶん、きっと、私達を驚かせてくれる筈」

 

 ヴィヴィオのその言葉を聞いて頷き、そしてスクリーンへと視線を戻す。一瞬、どちらを応援すべきなのか、それに迷ったりもする。しかし、やっぱり、なんだかんだで応援すべき相手は決まっている。世界で一番の寂しがりやを、応援しなかったら誰が応援してやるのだ。好きな人にはわるいが今回ばかりは裏切らせてもらう。

 

「―――兄さん、負けないで!」

 

 

                           ◆

 

 

「―――ユニゾン・イン……!」

 

 ユニゾンに二枚のカードを消費する。バリアジャケットを纏いなおしながら、その色や髪の色が変わって行くのを認識する。髪色は銀髪に、バリアジャケットを文様が覆い、クラウスの様なもっと上品な、騎士の様なデザインに。そして、青黒い炎が両手のデバイス隙間からわずかだが、漏れる様に噴出する。その変化を完了させ、息を吐きだしながら瓦礫の中から体を引っこ抜き、立ち上がる。

 

 横の壁を突き破ってクラウスが出現する。

 

 その前に、天上から一枚のカードがひらり、と落ちる。

 

 それが視界に入る前にクラウスの動きが一瞬で反転し、逃亡の物へと変わる。流石天性の直感とでも言うべきなのか、これから起きるであろう出来事を察知したのだろう。

 

 が、遅い。

 

「Kaboom」

 

 ビルそのものが吹き飛ぶように爆砕する。全てのフロアが同時に爆破し、そして内側へと向かって全ての鉄筋とコンクリートが吹き飛んで行く。そうなる様に計算し、爆破の準備をした。それと同時にユニゾンの影響で青く染まっているスピリットフレアを鎧の様に全身に纏わせ、体当たりをかます様にビルの外へと向かって一気に跳躍する。壁を突き抜けた外へと出るのと同時に、自分がいた区画までもが吹き飛ぶ。そして更に上層から壁を突き破りながら上を取るようにクラウスが現れる。

 

 ―――空が暗雲に包まれ、そして雨が降り出す。

 

 ……これで最後の準備が完了したな……!

 

 雨が降り出す中で、クラウスが落下して来る。その拳を迎撃する様に殴り返す。それと同時に腕にスピリットフレアを破裂させる。しかし、それで瞬きする事も、揺らぐこともせずに、機械のような正確さに獣の獰猛さを加えた様な拳を素早く繰り出してくる―――それは先程、ビルに叩き込まれる時と全く同じ光景であり、

 

 それと全く同じ結果が発生する。

 

 百回クラウスにラッシュを挑んだところで、百回同じ結果が返ってくる。

 

 千回クラウスにラッシュを挑んだところで、千回同じ結果が返ってくる。

 

 忘れてはならない―――この世界で死ぬほど努力しているのは決して、自分だけじゃないのだ。

 

「―――ぁっ!!」

 

「ッ!」

 

 地面に衝突する瞬間にクラウスが大地と挟み込む様に拳を叩き込んでくる―――が、それは見てから防御できるほどに速度が落ちている。その事に一切戸惑う事もなく、クラウスが拳を叩き込んでくる。LPは大きく減るが、致命傷ではない。そして、十分捉えられる速度でもある。

 

 大地に叩きつけられるのと同時にクラウスの腕を取り、高速道路を支える柱に振り回す様に起き上がりつつ、投げ叩きつける。そのまま投げた先で連鎖的に爆発が発生するのを確認する。なんとか最初に設置した爆破系魔法のトラップはほとんど作動させられている。あとはどれだけ上手く最後の”流れ”を作るかによる。

 

 いや、最後の流れの直前の部分までは予定調和の様なものだ。そこが自分とクラウスの勝敗を分ける結果になる。それの成功率がざっと見積もって三割、といった所だろう。だから悟られない為にも意識してはいけない。欠片でも意識しているのを察知された場合、潰されてしまうからだ。その時はその時でどうにか対処しなくてはならないのだが、

 

「さて―――そろそろ繋げて殺るか」

 

 両手の感触を確かめながら軽く体を振るい、そしてクラウスの気配の方へと向かって左半身を向ける。左腕はまっすぐと、拳ではなく掌を向ける様に伸ばし、そして右腕も肘を折りながらだが拳を握って構える。

 

 ここで予選で見せた様な技や技術は”全て”使えない事を忘れてはならない―――既にそれはクラウスの既知内だ。一瞬で崩されて殺される。単純に技術のいらない、鋭すぎるほどに鋭い基本動作、それをベースとした魔法体術で攻めるのがベスト。

 

「オラ、かかって来いよ親友」

 

 正面から障害物の全てを粉砕しながらクラウスが接近した。繰り出される拳を横へズラす事で回避しつつカウンターの拳を叩きだし、それをクラウスの顔面へと叩き込む。それを頭を傾ける事で回避しつつ、膝蹴りが飛んでくる。それに対して同じく膝蹴りを叩き込む事で相殺しつつ、お互いの攻撃を無力化する。だがそのままで終わる訳でもなく次の拳が放たれる。それを横へと抜ける様に回避しつつ、回し蹴りを払い手で捌かれる。しかし、それでまた一段とクラウスの速度が落ちる。

 

「―――!」

 

 懐へ潜り込んで発勁を叩き込む。

 

 吹き飛ぶクラウスの周りには凍った雨粒と、雨粒、そして打撃戦によって体から散り飛んでいるスピリットフレアが舞っている。殴り飛ばしたままの体勢で動きを止め、凍結して行く空間の中で白い息を吐く。

 

「―――エーベルヴァイン式凍結術って所かな……!」

 

 クラウスが吹き飛んだ先で氷の花が咲いた。

 

 

                           ◆

 

 

「おそらくこの流れ自体は最初から組んでたんでしょう。そしてリユニゾンしたのを切っ掛けに温度反転させたスピリットフレアを散らせて、張り付いた水分を氷結させて―――」

 

「―――凍らせて動きを鈍らせているってことやな。コンマ以下の差で勝負が決まるから地味に効くでこれは」

 

 スクリーンの中で吹き飛んだクラウスを氷が覆い尽くして封印する様に抑え込んでいた。しかしそれをクラウスは咆哮と共に完全に粉砕し、上半身の衣服を引き裂きながら大地を踏み砕く様に立った。その表情は決して怒りや疲れの表情ではなく、何処までも楽しそうな子供の表情を浮かべていた。

 

「なんか見ているこっちははらはらしているのに、本人は物凄く楽しそうなのが地味に呆れますねコレ」

 

 

                           ◆

 

 

 ―――どう動こうか。いや、やっぱり殴ろう。それがいい。正面から殴ろう。それがクラウス・イングヴァルトの生き方だ。横道はない。それ以外のやり方も知らないな。うむ、それがいい。そうありたい。きっと、それは楽しいだろうから。クラウス・イングヴァルトは馬鹿になると決めた。そしてそれで満足している。いや、ずっとそうなりたかったのだ。

 

 遠い昔に、馬鹿をやっている馬鹿二人を見て憧れたように。

 

「止まるものかよ……!」

 

 何時も通り。何も変わらず。全力で。

 

 前に出る。高速で地を蹴る。距離なんてないに等しい。元々早く動く事も出来たし、長い距離を詰める技術も持っていた。それに加えてこの世界では基本的な身体能力が強化される。だったら数百メートル程度一歩で踏破してもなにもおかしくはない。寧ろ出来て当たり前だ。

 

 そうやって、イストの前に立つ。姿を捉える、右腕を引いて、それを全力で正面へと向かって叩きつける。それをイストが片手で流しながら懐へと入り込み、カウンターの掌底を叩き込んでくる。その動きは早い。そしてそれを回避するのと同時にイストの腕を覆っていた炎がはじける様に散り、また一層寒く、そして体が重くなるのを感じる。それが体に触れる雨粒が凍って行き、体を内側と外側から凍らせているからというのは理解している。おかげで全力で拳を叩き込んでもそれが全力以下の速度に落ちてしまう。一手上回る状況が互角に下がってしまう。

 

 ―――馬鹿と罵りながら笑う妹がいる。肩を組んで歩いてくれる二人の馬鹿がいる。その出会いこそがこの人生で得られた最大の幸福であり、幸運なのだろう。

 

 もっと早く、強く。こんなのでは駄目だ。足りない。相手ではない。自分が。戦ってくれている友に対して申し訳ない―――。

 

「ガァァァァッ―――!!」

 

 気合と根性だけで凍結の全てを振り払う。

 

 速度が落とされるのであれば限界を超えれば良い。寒くて震えるのであればそれを感じれなくなれば。重く感じるのであれば更に気合を込めて動けば良い。人間、意思さえ止める事がなければ前へと進むことができる。どんな困難を達成する事もできる。不可能なんて存在しない。それを証明した馬鹿が二人いるのだ。だから同じ馬鹿である自分に出来ない理由なんて存在しない。

 

 故に殴る。回避の動作と同時に拳を顔面へ避けるよりも早く叩き込む。カウンターの拳を回避しつつ凍結する体を無視して一切の停滞も抵抗も無視して二発目の拳を腹に叩き込む。一撃一撃が必殺級であるのに対して相手はまだ死なない、まだ沈まない、まだ消えない。そしてこの程度で沈む相手でもない事は理解している。

 

 もっと、もっと、もっと全力を出さなくてはならない。自分の限界の更に先を進みたい。だから自分がこの程度出来て当然だ。だから相手も、絶対に乗り越えてくる。

 

 それを疑わない。

 

 故に殴りあげ、体が浮いたところで正拳を叩き込む。イストの体が吹き飛ぶが、それを追いかけるように更に殴り、突き放し、そして攻撃範囲から抜けきる前に蹴りを衝撃波と共に繰り出す。周囲の空間が歪み砕け、辺りの建造物を破壊しながら弾丸の様にイストの体が吹き飛ぶ。蹴り飛ばした感触からして最後の一撃だけはバリアブレイクで減衰させられた、筈だ。しかしそれは決してトドメを狙って繰り出した蹴りではない。

 

 イストを吹き飛ばし、戦場を変える為に放った追撃だ。

 

 その思惑通り、イストの体はビルを粉砕しながらその向こう側―――アルカンシェルの着弾クレーター位置へと飛ばされている。

 

 ―――満足している。ずっと昔から、笑える日常がやって来てから満足している。だから、今、こうやって殴り合えている事は望外の幸運だ。全力で殴り合えばきっと、俺かお前が死ぬだろう。俺はそれでいい。殴り合った結果死ねるなら本望だ。だけど、それは駄目だって解る。俺が死んでも泣く人がいる。そしてお前もいる。何でもかんでも強ければ良いって訳じゃない。

 

 弱くならなきゃ見えない事だって世の中にはあるのだ。

 

 真っ直ぐビルを貫通する様に進み、イストを素早く追いかける。そうやってクレーターの端へと到着し、見つける。クレーターの中央で立ち上がろうとするイストの姿をその姿に拳を鳴らしながら歩き近づいて行く。雨が降り始めてからずっと、直感が壊れている様に警報を鳴らしている。きっと、既に何かが起きているのだろう。それとも何かが起きるのだろう。間違いなくイストの仕込みだ。実際、クレーターの中央に立っているあの男の顔には笑みが浮かんでいる。

 

 ―――ここが勝負の分け目だな。

 

 解る。あの笑みは勝負に出る男の笑みだ。ここが、勝負時なのだろう。そしてここの駆け引きで勝利した存在が、この勝負を制する。LPはこちら有利。状況も此方。だがイストの最後の切り札が見えない分、勝率は五分。

 

 いや、常に五分。目の前の男は自分と対等な人間なのだから。

 

 だから拳を握り、相手も自分もアホみたいにぼろぼろな事に関して少しだけ笑いを零しつつ、正面三メートル地点に到達する。

 

 足は止めない。

 

 語る必要はない。

 

 諦めていないのは目を見れば解る。

 

 だから拳を振りかぶり、最速で殴る為の動作に入る。相手合何をしようかと、その前に殴りぬけば勝ちだ。そう確信し、踏み込み、殴ろうとし、

 

 ―――鉄塊が落ちてきた。

 

 暗雲によって空がおおわれていた。その為にずっと接近を気付けなかった。春か空の上に出現し、そして撃ったらそれで消えたとヴォルテールと白天王で思い込んでいた。しかし消えていなかった。それは召喚されてからずっと、維持を放棄され、鉄塊の状態として放置されて少しずつ落下し、今、最大の加速をもって落ちてきていた。

 

 鉄塊―――即ち、アースラが落ちてきた。

 

 イストが拳を握り、叩き込んで来る。その動作を此方も拳を叩き込んで弾く。お互いに上半身を弾き飛ばしあい、短い間が生まれる。その瞬間にも自分とイストを呑み込まんとアースラが接近して来る。もはやそれを回避する方法も防御する方法もない。砕いて逃れる事もできるだろうが、そんな姿をイストへと向ければ間違いなく狩られる。そしてイストがのがれる為に鉄塊を砕こうとすれば、同様に狩る。

 

 つまり、上から迫る脅威は必然的に認識しつつも、放置しなくてはならない。

 

 そのせいで直感が常に警報を伝えていた。

 

 だが矜持故、退けない。

 

 だから復帰しつつ拳を繰り出す。その動きはイストよりも早い。故に復帰途中の姿に拳が到達し、ギリギリの受け流しを持ってイストが攻撃を凌ぐ。しかし、形勢は此方へと傾いている。次の一撃を決める。それで勝負を終わらせられる。

 

 そう思った瞬間、頭に軽い感触を得る。

 

 見えない。感じられない。そもそも来るとも解らなかった。そんな事態初めてだった。だが感じるのは頭に対する小さな衝撃。

 

 魔力の弾丸だ。それが頭に中っている。

 

 それに驚いた。射撃武器、それによる攻撃は回避不能ではない限り中ったことがない。なぜならそれを事前に感知できるからだ。直感であるいは風や空間の震動で。それがなかった。一切感じ取ることが出来なかった。

 

 未知の事態に対し、驚いてしまった。

 

 ―――致命傷だった。

 

「Dear my friend」

 

「―――」

 

 一瞬の驚き、思考の空白。刹那、と数字で表現できる一瞬。常識的に考えればそんな一瞬があっても何ができる訳ではない。常識であれば。だが自分やイストの様に技術を極め続けている存在であれば、捻じ込めるものはそれこそ腐るほど存在する。

 

 イストには、十分すぎる隙だった。

 

「こいつが、至高の魔拳って奴さ」

 

 言葉は背後から来る。既に攻撃は終わっていた。気付けば体が後ろへと向かって倒れて行く。そこに驚きなんてものはなく、納得と満足感だった。倒れっつ背後で背中を見せるイストを、そして視界の端に落ちているティーダのデバイス、タスラムを捉える。

 

 おそらく、最初にタスラムを投げ捨てた時からこれを狙っていたのだろう。

 

「―――くく、ははははは……はぁー……負けた、かぁ……」

 

 大地に倒れ、全身で疲労を感じつつも、胸は満足感で満ちていた。

 

 そして、僅かな悔しさと共に認めた。

 

「やっぱり馬鹿だな、貴様は」

 

 それに対して笑いながら馬鹿が答えた。

 

「楽しけりゃあ馬鹿でいいさ」

 

 それを聞いて納得し、

 

 そのまま目を閉じる。

 

 ―――あぁ、楽しかった。実に楽しかった。

 

 この満足感だけで、生まれてきてよかった。そう思えるほどに、それは楽しかった。

 

 そして、敗北を認めた。




 つまり見てから動くと絶対間に合わないのでお前らなら絶対こう殴るよな? って経験的なサムシングから次の行動を確定させてそれに合わせて殴りあってるけどクラウスさんの方が素の動作的には上手なので殴り合ってると一手遅れる。

 下手な技を出すと逆に利用するのでお互いに必殺技は最後の最後の決めの瞬間まで出せない。間に出そうものなら瞬殺される。なお常時笑顔。

 ユウジョウ。

 第二部、完。

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