イノセントDays   作:てんぞー

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青春編
それでも前へ


「―――ふぁー……ぁ。ねむっ」

 

 眠い。

 

 眠気が大分脳を支配している。それでもベッドに潜り込もうとする体を意思で抑え込みながら起き上がらせる。小さい欠伸を漏らしながら床に立つ。幸い、床は全面カーペット張りになっている―――掃除が激しく面倒で業者の人を定期的に呼ばないと非常に面倒なことになるのだが、おかげで冬でも床は暖かいままになってくれている。割と冬、自分の部屋で着替えるのにも寒さは辛いので助かっている。この家、というよりは屋敷の好きな所の一つだ。

 

「さっさと着替えよ」

 

 ベッドから下りたら昨夜の内に用意しておいた着替えに手を伸ばす。ベッドサイドテーブルの上に乗っけておいた服に手を伸ばし、白いパジャマを脱ぎながら下着から手を伸ばし着替えて行く。少しずつ胸が大きくなってるのかなぁ、やっぱ遺伝子だし無理なのかなぁ、測り直そうかなぁ、なんて事を考えているうちに着替えは完了し、下はジーンズ、上は長袖のシャツにセーターという恰好で着替え終わる。髪は寝起きでぼさぼさのままだが、朝ごはんを食べ終わったらシャワーを浴びる予定なので今はぶっちゃけこのままでいいのだ。

 

 着替え終わったら自分の部屋にある扉を抜けて個人用の洗面所に入る。そこには自分の歯ブラシ等があるので、サクっと歯を磨いてしまう。そのついでにちょっとだけ温い水で顔を洗って眠気を引きはがす。その気になれば自分の意思一つで眠気を完全に押し殺して意識を覚醒させる事だって出来るが、

 

 なんか……そういうのは嫌なのだ。

 

 スイッチを切り替えるのは機械的というか―――あんまり好きじゃない。

 

 だから、顔を洗って歯を磨き終わった後でも多少の眠気が残る。だけどその感覚が好きだったりする。だから頭の隅に眠気を引っ張りつつも、洗面所、そして自分の部屋から出る。まだ若干寒いが、我が家にはセントラルヒーティングシステムが―――つまりは家全体を暖かくする暖房システムが入っている。一階にある暖房のスイッチを入れれば後は勝手に全部暖かくなる。

 

 だから部屋を出てから階段を降り、そしてそのまま一階の操作パネルまで向かい、そこで暖房の設定を少し弄ってからオンにする。寝ている間も暖房をオンにする、というのは絶対にしないと二人で話し合った結果決めている。確かにお金はあるのだが、それでも一晩暖房を点けっぱなしというのは少々勿体ない。お金は決して無限ではないのだ。だから無駄にする事は出来ないのだ。

 

 ―――まあ、それでも一般の人よりは遥かに贅沢しているんだけどね。

 

 リビングのテーブルの上に置いてあるラップトップを起動させ、その間にキッチンの方へと向かう。もっぱら料理の担当とかは最近では自分の方が増えてないかなぁ、なんて思っていたりする。まあ、確実に料理スキルは自分の方が上なので当たり前といっちゃ当たり前なのだが。

 

「オムレツとトーストの何時もの朝ごはんでいっか」

 

 それ以上作るのはぶっちゃけた話面倒なだけだ。

 

 だからぱっぱと料理を始めてしまう。フライパンを出して、卵を出して、トースターにパンを入れたり料理のアレコレを始めて、眠気を残したまま軽い朝食の準備を始める。そしてそれを進めながら窓の外へと視線を向ける。

 

「あー……なんか寒いなぁ、と思ったら寝ている間に積もってたんだ」

 

 窓の外を見ると、そこには白い世界が生み出されていた。雪だ、寝ている間に雪が降って積もっていたのだ。そう言えば天気予報で雪が降る、なんて話が出ていた気もするが、すっかり忘れてしまっていた。まあ、自分は完全に冬休みに入っているので今更気にする事ではないのだが。強いて言えば雪を使って遊ぶことができるので割とグッドなのではなかろうか。まあ、どうやって遊ぶかは面子を揃えてから考えれば。とりあえず今は手元のオムレツを焦がさない様に気を付けつつ、

 

「うっし、完璧っ!」

 

 完璧な出来上がりのハムとチーズ入りのオムレツを皿の上に乗せ、そこに焼きあがったトーストを乗せる。それらをダイニングルームのテーブルの上へと乗せてから冷蔵庫から牛乳のパックを取り出し、ついでにグラスも二つ取り出しておく。それをテーブルの上に乗せれば、朝食の準備は完了する。

 

 しかし、そこにあるのは自分の姿だけだ。どうやらまだ起きてこないらしい。だから、二階へと視線を向けながら口を開く。

 

「朝ごはん出来たよー! 早く起きないと冷めちゃうよー!」

 

 数秒待つ。しかし返事はない。どうやら起きる気はないらしい。溜息を吐きながら階段を上がって行き、二階廊下の突き当りにある部屋の扉を開ける。内装が青のその部屋の壁際には大きなベッドがあり、布団の中に完全に隠れる様に眠っている姿が見える。その姿を見つけ、近づく。そして、

 

 容赦なくストレートを布団の中へと叩き込む。

 

「ぐぉ……そ、それは……やりすぎ、なんじゃ……ないですかね……!」

 

「何時までも起きようとしないのが全面的に悪いから全く問題ないね。それよりも朝ごはん出来てるからさっさと着替えて降りてきてよ。じゃないと冷めて不味くなっちゃうよ」

 

「うぅ、もうちょっとベッドの中でゆっくりしたかったぁー……」

 

 昔は絶対にそんな事を、彼女は言わなかっただろう。寒そうに、そして眠そうにしながら彼女がベッドからのそのそと、ゆっくりと出てくる。そうやっていやそうに布団から出てくる姿からは昔の様な優等生らしさ、理想を絵に描いたような人物らしさは一切存在せず、年相応の女にしか見えなかった。彼女は、両足で温まり始めてきた部屋に立ち、此方を見て、欠伸を漏らしながら口を開く。

 

「ふぁー……ぁ……おはようヴィヴィオ」

 

「おはようお姉ちゃん。早く歯を磨いてね」

 

 これじゃあ立場が逆だ、と思いながらオリヴィエの部屋から出る。

 

 

                           ◆

 

 

 波乱のチャンピオンシップから既に六か月が経過している。既に夏は終わり、秋は過ぎ、そして冬となった。真冬の暁町は割と冷える。近くが海である、という事にそれは起因する。その為に昼間でも暖房は必須だし、外に出るならジャケットやコートの下に最低でも三枚ぐらいは厚着しておきたいぐらいには寒い。しっかり防寒していたとしてもふと吹いてくる風で体を震わせる事もある。ここは、そういう場所だ。しかし六か月、それは長いようで実に短い時間だ。

 

 たったそれだけの時間なのに、大きな様で小さな変化がいくつかあった。

 

 まず最初にブレイブデュエル関連。

 

 チャンピオンシップを優勝したのはシュテルだった。

 

 あの後、イストとクラウスの決戦。まるでそれで力の全てを出しきったかのように、次の戦いにイストは一切の精彩を見せることはなく、あまりにもあっさりと倒されてしまった。そのまま絶好調をキープしていたシュテルが決勝戦で相手を圧倒し、優勝。初のブレイブデュエル最強のプレイヤーの称号はシュテルの物となった。そしてチャンピオンシップが終了した事でブレイブデュエルのロケテスト期間が終了した。そのあと一か月間の休息を得て、ブレイブデュエルの本格稼働が始まった。

 

 予想通り、或いは予想を超えるほどにブレイブデュエルは売れた。全力稼働し、そしてプレイヤーは一気に増えた。プレイモードも種類を増やし、自由度とカードの種類やバリエーションもさらに増え、ブレイブデュエルは短い期間で日本中の子供の心を掴んだ。それと同時に、新要素が追加された。

 

 ラボラトリー。

 

 それはベルカ、ミッド、そしてインダストリーに続く第四の勢力、そしてプレイヤーでは選択できない勢力―――ブレイブデュエルにおける”敵”の勢力だった。主なメンバーはジェイル・スカリエッティと彼の娘達、そして一部のショッププレイヤー達。その中には、イストとクラウスの姿があった。

 

 強すぎてプレイヤー側にいるのは卑怯、という事で自ら其方へと回ったのだ。

 

 それと関連する事だが、ティーダとイストが二人そろって大学をやめて、そのままグランツ研究所へと就職した。たった数か月の間のチームは解散され、そしてオリヴィエから離れてイストは海鳴の方でラボラトリーチームとしての役割を全うしている。きっと、というよりまず間違いなくオリヴィエに対して遠慮、というか配慮しているのだろう。

 

 何せ、姉、オリヴィエはイスト・バサラを直視する事が出来なくなったからだ。

 

 考えるだけで狭心症に襲われる。アレから六か月、まだ一度も会ってもいない。だが会おうとすればどうなるかなんて解り切っている。おそらくまともに息を吸うどころの問題ではない、それぐらい酷い傷が、トラウマという形でオリヴィエの心には刻まれた。だがそれと引き換えに、オリヴィエは解放された。

 

 嫌な事に対して嫌だ、と言えるようになった。めんどくさい、と口で言うようになった。仕事を偶に後回しにして遊ぶのを優先する様にもなった。実家の事を悪く言うようになった。普通の人からすれば”あれ?”で終わってしまう変化かもしれない。だが、それは自分とオリヴィエにとっては天地が引っくり返るような変化だった。幼い頃からの刷り込み教育、調教とも言える程の勉学の時間、心に刻み込まれた数々の呪縛がなくなって、漸く普通の人間らしい、そういう部分が出てきた。

 

 そう、オリヴィエは漸く人間らしくなった。そしてはそれは、漸く好きになれそうな姿だった。というか今までのオリヴィエがアレすぎただけ、というのも大いにある訳だが―――ともあれ、オリヴィエは漸くゼーゲブレヒト家の呪縛から解放された。

 

 これでようやく、姉妹揃って実家に絶縁状を叩きつける事が出来た。

 

 細かい事は多くある。だけど基本的にはそんな風になっている。自分もオリヴィエももうゼーゲブレヒトではなくなって、ブレイブデュエルを通して少しだけ知り合いが増えたり、近くにいた人が少しだけ遠くに行ってしまったり。大きな様で、実はそう大きくはない変化だと、改めて思う。たったの六か月間なのだから当たり前と言ってしまえば当たり前なのかもしれない。そしてここで終わる訳でもないのだ、変化とは。

 

 生きている間は常に変わって行くものなのだ、人間という生き物は。

 

 ―――窓の外を見ている。

 

 雪は降っていない。しかし結構積もっているようだ。手袋とマフラーは必須装備だなぁ、と玄関でブーツを履きながら思う。割と深く積もっているようだし、気を付けて歩く必要もありそうだ。立ち上がると後ろから気配がする。視線を後ろの方へと向けると、ドーナッツを片手に、ラフな部屋着姿のオリヴィエが見送りにか、直ぐ近くまで来ていた。

 

「はむはむ……あ、そう言えばヴィヴィオお昼と晩御飯は必要かどうか、先に言っておいてくださいね。じゃないと出前を頼めないので」

 

「少し前までなら失敗してもいいから料理に挑戦するって言葉が出てたんだろうけどねぇ」

 

「嫌ですよめんどくさい」

 

 そう言ってオリヴィエが小さく笑う。まあ、そんなもんだよね、とオリヴィエに同意して笑う。失敗前提で料理に挑戦して、出来る限り頑張ったものを食べる。昔のオリヴィエだったらそうした。でも今のオリヴィエはそんな努力面倒なので出前を頼んで食べる、料理の練習は暇なときにでも、という感じだ。人間としては間違いなく悪い方向に進んでいるが、個人的にはこっちの方が遥かに好きだ。

 

「というか姉ちゃん最近オヤツ割かし食いまくってるけど大丈夫なの? 太るよ? 太るよ??」

 

「そこで何で二回強調したんですかねぇ……えぇ、まあ、大丈夫ですよ。最近バスト測ったら普通にCあったし」

 

「なん……だと……?」

 

「そりゃあ私だって成長ぐらいしますよ」

 

 あ、今微妙に姉に見下されてるなこれ……!

 

 見てろよ、将来金髪巨乳になって見下してやるから、なんて事を思いつつブーツを履き終わって立ち上がる。

 

「で、どこに行くんです?」

 

「ん? あぁ、お兄さん達経由で知り合った海鳴の子達がまだブレイブデュエルを遊んだことがない、って話だったからいい機会だし紹介しようかねぇ、って。ブレイブデュエルにお友達招待すると今限定カード貰えるから三人分ゲットできるし」

 

「物欲が理由のトップに来ている辺り実に我が妹って感じですね」

 

「出会いは忘れらない……アレはハルにゃんの馬鹿兄をトラックのタイヤに詰め込んで頑張って暁町の一番高い山の上まで運んだ時の事だった……」

 

「開幕から飛ばしますね……」

 

「山のてっぺんからタイヤ転がして麓まで行くかなー? とか思ったら見事木々を回避しながらそのまま車道に出ちゃって」

 

「あー……オチが見えてきましたわ、これ」

 

「車道に出たらそのまま車道を全力で転がって、上手い具合にジャンプしながら人を避けて、そのまま海鳴へ跳んでって―――通学中だったスーパー剣術を習得していた通りすがりの大学生を轢いて車に衝突、爆破、炎上、近くで目撃していた大学生のその妹はそれを見て倒れて、そしてそこに黒幕である私達が追いついて来たのよ……!」

 

「えらく前フリが長くなってましたけど前半の部分思いっきりいりませんでしたよね、それ」

 

「うん」

 

 そう言って小さく互いに笑うが、オリヴィエが小さく胸を抑えるのを見逃さない。今のは自分の話題の選び方が駄目だったかなぁ、と思いつつ扉へと向かう。

 

「とりあえずお昼はいらないけど晩御飯は食べるよ。帰る前には電話いれるから心配しないでね」

 

「ん、解りました。私はカリムでも呼んでお茶しながら一日中ごろごろしてますね」

 

「太れ」

 

「胸なら」

 

「くっ……!」

 

 なんだか負けた気分になって勝ち誇る様に胸を張るオリヴィエに背を向け、扉を開けて歩き始める。

 

 ―――今日も楽しい日になりますように。

 

 そう祈りながら外へと踏み出す。




 チャンピオンシップ終了から六か月後の状況まとめ
・ゼーゲブレヒト姉妹、実家と絶縁する
・イスト&ティーダ大学をやめる
・大学生チーム解散
・覇王系男子人生初のアルバイトに挑戦する
・男二人が研究所に就職、拳系男子はラボラトリーに所属変更
・オリヴィエ狭心症にかかる
・恭也、交通事故(覇王タイヤ)にあう

 1月中に完結目指すわよー(`・ω・´)

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