イノセントDays   作:てんぞー

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ゆっくり進んで

 降り積もった雪の中を進んで海鳴にあるT&Hへと到着すると、既にその中には金髪の少女、紫髪の少女、そして栗色の髪の少女―――つまりは月村すずか、アリサ・バニングス、高町なのはのトリオがいた。割とオリヴィエには面白おかしく語ったが、実際に覇王タイヤ衝突事件はあったことであり、なのははその事故の目撃者だ。それまでは海鳴の方にはあんまり行かなかったのだが、これを機に海鳴のなのはに会う様になり、その繋がりでアリサとすずかを知るようになった。

 

 ついでに高町恭也という新たな面子が三馬鹿に加わって四馬鹿が結成されたらしい。近々ショッピングカートに八個のロケットを搭載したロケットショッピングカートでレース予定らしい。変態に技術を与えると酷いことになるのは既にジェイル・スカリエッティが証明している。ともあれ、T&Hに入り見つけた三人に向けて片手を上げて挨拶をする。帰ってくる挨拶を確認しながら、既にその手にカードが握られていることを確認する。

 

「アレ、私がいないうちになんかカードゲットしてる」

 

「実は一時間早く来ちゃったのよ。だからただ待ってるだけなのも暇だし、ショッププレイヤーの子に頼んで手伝ってもらったり説明してもらったりしてたのよ」

 

「凄いね、ブレイブデュエル。今までは一切手を出さなかったけど驚く程の技術が詰め込まれているね」

 

「世紀の天才と世紀の変態がタッグ組んで開発したからねー」

 

 勿論ジェイルとグランツの事だ。今回の件で両者とも、凄まじい額のお金と、そして多くのコネクションを得る事に成功したらしい。本人たちにすれば無価値極まりない物らしいが、他人からすれば羨ましい事極まりない。VRというゲームのみならず技術として最上級の存在に到達してしまったあの二人は、一体これから何を目指すのだろうか、それは非常に気になる所でもあるが、今はとりあえず関係のない話だ。

 

「なのちゃんはどうだった?」

 

 そう言いながらシュテルに非常に似ている少女、なのはに話しかける。話しかけられたなのはは此方へ視線を向けながらそうだね、と言葉を置く。

 

「ユーノ君がロケ時代から遊んでたらしいんだよね。その時は遊ぼうとするとユーノ君が”やめろなのは、君の覚醒は僕を殺す。その術は効く”とか必死に言うから遊べなかったんだけど、正式稼働も始まってるし、ユーノ君がおびえた目をしているけどうるさいからトイレに流してきちゃった」

 

「流石なのちゃん、迷いのなさは尊敬する」

 

「今日、初めてブレイブデュエルで戦闘とかしたけど、砲撃魔法を撃った時に全身が興奮と快感で震えるのを感じたの。私、何で今まで遊ばなかったんだろう。これ、もっと早くユーノ君を流していれば良かったよ」

 

「アリサちゃん……!」

 

「なのはが暗黒面に染まって行く……!」

 

 大体大人が悪い。いや、大体馬鹿が悪い。今回に限っては自分の行動はほとんど関係ない。完全になのはの持っている本来の資質と馬鹿騒ぎによる化学反応の結果だ―――しかしなんだかんだで直感が”これで大体あっている”とささやきかけてくる気がするのは何故なのだろうか。ともあれ、なのは達が初ブレイブデュエルを終わらせてしまったのであれば、普通にプレイすること以外はする事がない。

 

「というわけで遊ぼう。今なら冬休みキャンペーン中だし! 招待キャンペできなかったことはなーんも気にしてないからね! 気にしてないからね!」

 

「気にしてないなら別に問題ないわね」

 

 冬季キャンペーン―――つまりはラボラトリー勢の討伐レイドイベントとなる。視線を店内のスクリーンの方へと向けると、全国同時稼働中のブレイブデュエル、そのプレイ内容が見える。その中で、完全な焦土と化しているフィールドの上で、上半身裸のまま高笑いを上げながら襲って来る五十のプレイヤー達に同時に対応して戦っている緑色のラスボスがいた。アレの討伐に参加するという事だ。大会の後から実に人生が楽しそうだが、アインハルトの日課は出会い頭に兄へ腹パンする事らしい。

 

 まあ、なんとかなるだろう。たぶん人間だし。たぶん。

 

 

                           ◆

 

 

 料金を払い、タクシーから降りて雪の上に立つ。お金があると迷わず贅沢が出来ていいな、なんてことを思いつつ視線を前へと向けるとそこにはゼーゲブレヒト姉妹―――いや、絶縁したのだから元ゼーゲブレヒトの姉妹、ヴィヴィオとオリヴィエの住んでいる屋敷がある。時間的にヴィヴィオは外に遊びに出ているだろうし、今家にいるのはオリヴィエだけだ。既に合鍵は貰っているし、迷うことなく門を抜けて中庭を通り、そのまま合鍵で屋敷の扉を開ける。

 

「お邪魔します」

 

「いらっしゃーい」

 

 家の中から声が帰ってくる。オリヴィエの声だ。声の感じからしておそらくリビングの方にいるのだろう。靴を脱ぎ、着てきたコートを入口近くのコートラックに引っ掛けながらあがり、そのままリビングへと向かう。自分も良く知っている家なだけに迷う理由はない―――というよりも、日本のこの屋敷をそもそも手配したのが自分なのだ。もしかして一番よく知っているのは自分かもしれない。

 

 そんな事を思いつつリビングへと向かうと、

 

 テレビは点けっぱなし、リビングテーブルに突っ伏すオリヴィエの姿があった。その姿に軽く溜息を吐きながら座っているソファの裏側へと回り込み、襟元を引っ張って前のめりに倒れていたオリヴィエを引っ張り上げる。

 

「何やってるんですか」

 

「見ての通り、だらけているんですよカリム」

 

 どの口でそんな事を言うのだろうかこの女は。溜息を吐きながらキッチンへと向かい、ぐーたらする様になったオリヴィエの代わりにお茶を淹れ始める。オリヴィエもやり方云々は知っているだろうが、こういう事はどちらかというと自分の方が得意だ。まあ、オリヴィエの現在の努力は”とある方向”へと向けられている。だからあんまり責められない、という気もする。ともあれ、お茶を淹れるのにそんな時間は必要としない。何時も通りの場所から何時も通りに物を取り出し、簡単にお茶の用意を澄ませてしまう。

 

「で、成果の方は―――聞くまでもありませんか」

 

「なんとかなってたら引きこもってませんよー」

 

 オリヴィエの拗ねた様な言葉に小さく笑う。オリヴィエもヴィヴィオも絶対に認めないだろうが、この二人は非常に似ている。勿論今の状態の事だ。やはり姉妹、というべきなのか性格の地の部分が非常に似ている。どちらも能力は腐るほどあるが、それを必要以上に振るう事を嫌い、そして自分の身近な誰かと静かに楽しめればそれで良いと思っている。根は両者とも優しい女の子なのだ。少々エキセントリックである事に目をつむれば、だが。

 

 ともあれ、お茶は出来た。カップを二つリビングのテーブルへと運び、片方をオリヴィエの方へと渡し、もう一つは自分が持つ。少し作るのに焦りすぎたかもしれない、と思いつつお茶に口をつけ、視線をオリヴィエの方へと向ける。その視線を受け取ったオリヴィエが顔をしかめる。

 

「……なんですか。何か言いたいことがあれば遠慮なく言っても良いんですよ? あ、ちょっと待ってくださいね。カリムに好きな言葉を許したらトラウマになるのでやっぱり言葉を選んでください。これ以上再起不能になりそうな原因は欲しくないので……ぐわぁー……」

 

「自分から狭心症のトリガーになる事を引き出してくるとは物凄くポンコツになりましたね、貴女は。何というか、まあ、個人的には今の方が見ていたり一緒にいたりして楽しいのでいいですけど、自爆し過ぎるとポンコツの称号は変えられないものとなりますよ」

 

「もう既に妹にポンコツ認定されていますからいいですよーだ」

 

 私生活を知っているヴィヴィオからポンコツ認定を貰うのは仕方がないとして、他の人たちからも同じ認定を貰って本当に良いのだろうか。いや、オリヴィエの変わろうとする意思は十分理解できるのだが、それとこれとは全く別の話なのではないかと思う所もある。ともあれ、お茶を飲んでほっと一息つきながら、そろそろ本題に入ろうと思う。故にさて、と一言言葉を置いて会話を区切る。これから真面目な話題を始めるよ、というサインだ。それを理解してオリヴィエが背筋を伸ばして視線を向けてくる。

 

「では真面目な話題を始めますが―――ゼーゲブレヒト本家の方から六度目の帰国せよ、という言葉が送られてきています。あちらは決して絶縁を認めず、そして帰ってくる意思を見せないのであれば強制的に帰国させる事も考慮する、と」

 

「私の知っているお父様やお母様にしてはかなり生温い所ですね。ぶっちゃけた話、絶縁状叩きつけた翌月には黒服連中を出動させて来るかと思っていたんですけどね、私」

 

「それを私が必死に抑え込んでたのよ。それに今の貴女じゃ男一人相手にする事出来ないでしょう? ヴィヴィオならともかくとして」

 

「いやあ……あはは」

 

 狭心症だけなら原因となった男を避ければいい。ただそれ以外にもオリヴィエが患っているものがある。本当に軽度で、自己申告がなければ解らないだろうが―――軽度の男性への苦手意識が存在するのだ。決して表情に出てくる様なものではないらしいが、とっさの判断で一手、動きが鈍る程度にはなるらしい。それはつまり、もし強引な手段でオリヴィエを連れ去ろうとする誰かがいた場合、それに抗う事が出来なくなってしまう、そんな可能性がある。あくまでも、ゼーゲブレヒト本家が強引な連れ戻しを確定した場合の話でもあるのだが。

 

 だが現状、その可能性は非常に高い。だからなんとかしたくて、六か月の間に色々とやって来た。しかしそれでも、まだこの軽度の苦手意識は消えない。なくならないそうだ。やはり根本となる風景、原因そのものを乗り越えない限りはオリヴィエが一生克服する事はありえないのだろうと思う。少なくともどう考えてもそれしかないのだろうとは思う。そして、オリヴィエが克服を頑張ろうとしているのも解っている。

 

 ただどうしようもない事はどうしようもないのだ。本来こういうトラウマは強烈な出来事で一気に克服するか、リハビリの様な刺激を数年間受け続ける事で少しずつどうにかしていくものなのだ。オリヴィエに短期間で克服してもらいたいなら、もう直接原因となったイストに合わせて、丸一日過ごすぐらいの覚悟が必要となる。そしてもし、そんな事をしてしまえばおそらく狭心症から心筋梗塞、そのまま死んでしまう可能性が高い。

 

 それだけの事をやったのだ。

 

 そして半年でそれはどうしようもない。

 

 果たしてこんな状況で連れ戻しに来た黒服をオリヴィエが追い返せるのだろうか? まず無理だろう。そしてヴィヴィオでも無理だろう。オリヴィエと違って全力を出せるヴィヴィオだとしても、その体はまだ子供の物だ。大人が十人もいればあの時の勝負の様に、体格と筋力差だけでどうとどもなってしまう。

 

 ―――その為に頑張って日本に来れない様にしているんですけどね。

 

 元々ヴィヴィオとオリヴィエを日本へ行くように仕向けたのは自分だ。アメリカなどではなく何故日本、かというと日本が一番ゼーゲブレヒト家の影響を受けていない、勢力の存在しない国だからだ。これが別の国であれば現地にコネクションを持つ人間がいたりするのだが、日本には生憎と自分しかいない。だからこうやって引き延ばせる。

 

 が、それも限界がある。

 

 ヴィヴィオとオリヴィエで、ゼーゲブレヒト家に相対する必要がある。が、それも今のままでは難しいだろう。

 

「困った話ですね」

 

「まあ、なんとかなりますよ。実際今もどうにかなってますし。カリムが手伝ってくれるなら今まで通り―――って訳にもいきませんか。えーえー、解ってますよーだ……世の中努力してもできないことってあるんですよね」

 

 それをお前が言うか、と人は言いたいかもしれない。しかしおそらく、オリヴィエ程の努力家もこの世に存在しないのはまた事実だ。才能がなかったわけではない。しかしヴィヴィオ程ではない。それを努力のみで完璧な”完成”の領域に才能を昇華させたのは間違いなくオリヴィエだった。故に、オリヴィエの放ったその言葉は重みが存在した。

 

「世の中努力と才能―――の様に見えて必要なものが無駄に多いですよね。コネとか、顔の良さとか、金とか。結局努力と才能も”立場と財力”の付属品でしかないと考えると妙にむなしくてやる気なくしますよね。何代と交配を重ねて生み出した人型の兵器もお金を出して圧倒的数でどうにかすれば楽ですし、立場的な力があるのならひっそりとどうにかできちゃいますしね。世の中思った以上に糞のようです」

 

「まあ、だからこそ世の中、誰だってお金や立場を得ようと必死なのよ」

 

「悲願やらなんやらですけど、冷静になって考えると私やヴィヴィオも、結局は長い年月をかけて作った道楽の産物でしかないんですよね」

 

「オリヴィエ」

 

「いえ、決してやけになっている訳ではないですから大丈夫です。ただ、ちょっと、疲れたかなー、って」

 

 茶を飲みながら、少しずつ時は流れて行く。

 

 ふと、お腹が空いている事に気付く。時間的にはそろそろ昼だ。作るのも面倒だし、適当に何か出前を頼むべきなのかもしれない。

 

 そんな事を考えつつ、オリヴィエと今後、どうすべきかを語る為にもゆっくりと、時間を過ごす。




 ヴィヴィオ→何時も通り
 オリヴィエ→前へ進みたい
 馬鹿→ヒャッホォォォォォォォォォォ

 大体こんな感じかなぁ……

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