イノセントDays   作:てんぞー

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プレゼント

 ―――開幕と同時に相手の意識を掻い潜って飛び上りながら拳を正面の黒服の顎に叩き込む。その一撃で脳を揺らし、相手を一撃で無力化する。決して必要以上のダメージを与えてはいけない。殺してもいけない。邪魔になる様に、動けなくなるように相手を無力化しなくてはならない。その方が”手間”になって最終的に此方に対する利益になるからだ。多対一で一が取れる戦術は実に少ない。出来る事は一つ、

 

 時間稼ぎ。

 

 そう、それだけだ。

 

 ―――うーん、勝ち目ないかなぁ……。

 

 それが率直な感想だった。目の前の黒服を一人無力化するが、倒れる向こう側にまだ二人の姿が見える。そして気配をたどれば更に数人取り囲むように存在しているのが解る。こうやって開幕から一人落とせたのは実に幸運だった。いや、一人は余裕だろう。何せ一対一という状況で間違いなく先制を取る技術が此方にはあるのだ。だからと言ってそれを何度も繰り返せるわけではない。

 

 自分、ヴィヴィオは少女なのだ。

 

 これがブレイブデュエルだったら三十対一でも雑魚に負ける気は全くしない。何故ならブレイブデュエルでの身体能力はカードを参照するからだ。しかし現実は違う。現実のヴィヴィオの体はただの少女だ。肉体改造を施されており、多少は優れていてもその程度だ。アインハルトの様に圧縮された筋肉と骨密度を持って、成人男性並みの身体能力を保有している訳じゃない。ゼーゲブレヒトの特徴は集中力と理解力。技術や知識を一瞬で覚え、最適の動きを取る事にある。

 

 それでも不可能はある。ゼーゲブレヒトは戦うための血筋ではない。万能超人を生みだす為の血筋であり、戦う事はあくまでもそのうちの一つでしかない。寧ろ本領は政治や経済といった知識や経験を完全に活用できる場の方だ。故にイングヴァルト家の様に戦う事には特化していない。アインハルトであればこの状況を一人で突破できただろう。彼女であれば大人と腕相撲をしたところで勝てるし、長距離マラソンに参加しても余裕でついて行くだけの体力がある。ジークリンデだって化け物としか表現できない経験数があるからおそらく、ギリギリだがなんとかなるだろう。二人にはないものは自分は持っている。

 

 その代り、二人は自分にはない物を持っている。筋力、体力、体格、経験。それが足りない。技術はあっても戦う為の体の基本と基礎、それが圧倒的に足りない。

 

 だから、終わりが見えている。取る手も見えている。

 

 思考は一瞬。攻撃から着地し、相手の体が倒れる前に自分の居場所を完全に把握する。場所は暁町と海鳴の境界近く、住宅街の道だ。まだ昼間だから空は明るく、どの家も電気が付いてはいない。中に人がいるかどうかは解らないが―――こうやって打って出ている以上、大声を出されても大丈夫なようになっているのだろう、忌々しい。だから助けを求めても意味はない。道は十字路である為左右前後ろと続いているが、どの方向にも一定数の黒服が存在している。強引に突破しようとすれば確実に三対一の状況に追い込まれる。二対一までならこの身体能力で対応できるが、三対一だと―――いや、二対一でもキツイかもしれない。

 

 だから迷うことなく倒れてくる男の首を掴み、そして手に握られていた注射器を奪い、注射器を眼球に突きつける。

 

「動くな!」

 

 相手が気にする事なく動く。だから警告の意味を含めて注射器を首に刺し、抉る様に首から注射器を引き抜く。しかしそれに気にする事無く相手は動いてくる。仲間意識とかそういうのは全く存在しないらしい。危うく女がしてはいけない言葉を吐きそうになるが、男を落としながら前へと出る。その理由は実に単純明快であり、そこだけ二人、とカバーしている人数が少ないからだ。故にそっちへと向かって全力で踏み出し、疾走し、相手の呼吸に合わせて拳を顎へと向けて叩き込む。倒れる男に攻撃を仕掛けた時、既に防刃防弾、衝撃吸収素材の装備をしているのは気が付いていた。だから相手を無力化するにはこれしかない。

 

 だから踏み込みから相手の顎へと攻撃を届かせるためにも軽い跳躍と共に攻撃を叩き込む。それと同時に衝撃を横から受ける。

 

 それはもう一人いた黒服が、仲間ごと殴り飛ばした結果から発生したものだった。

 

 殴った体に吹き飛ばされる様に自分の体も吹き飛ばされる。これはブレイブデュエルではない。だからバリアジャケットなんて便利なものはないし、回復魔法も強化魔法も存在しない。吹き飛んだ結果雪のあまり積もっていない道路の上に倒れて発生するのは痛みだ。そしてそれを誤魔化す方法は存在しても、

 

 ダメージを無視する事が出来ない。子供、それも女の身体能力がさらに低下する。一対一なら絶対に問題はなかった。しかし、複数で、しかも犠牲の許容アリとなった瞬間、こうなる。半年前の試合といっしょだ。体格と筋力の差は絶対的な所がある。絶対勝てない場合が存在するのだ。どんなに技術が優れていても、それが通じない状況があるのだ。

 

 今の様に。

 

 痛みを我慢しながら立ち上がっても、大人の足は自分なんかよりも遥かに早く、直ぐに追いついてしまう。子供が大人の集団を倒せるなんて一部の例外を除けば所詮幻想でしかない。無茶であり、無謀であり、無理な話なのだ。だから、

 

 逃げる。

 

 立ち上がるのと同時に全力で唯一人が少ない前方へと向かって走る。体が痛いがそんな痛みは無視できる。持っている技術、知っていることを全部注ぎ込んでロケットスタートを決め、一気に距離を作る。しかしそれが長く持つはずがなく、肺が酸素を求めて締め付けてくる。そのせいで一気に足が緩み、遅くなる。その間にも黒服達は走って近づいてくる。

 

 ―――なんで。

 

 なんで放っておいてくれないのだろうか。何で幸せになってはいけないのだろうか。やっと、やっとこの極東の辺境で姉妹らしい事ができる様になったのに、なんで戻らないといけないのだろう。自分が戻れば、今度はオリヴィエまで連れ戻される。絶対駄目だ、それだけは絶対駄目だ。漸く本当に家族と呼べるような姉になってくれたのだから、こんな所で失いたくない、失わせたくはない。

 

 なのに、

 

「なんで―――」

 

 こんなにも無力なのだろうか。

 

 足がもつれる。雪の中に倒れる。道路が硬く、打ち付ける体が痛い。呼吸を求めて体の内も苦しく、頭がガンガンと痛みを訴えてくる。早く家に帰ってオリヴィエに、姉にこのことを伝えなくてはならない。なのにそうする為の能力が自分にはない。あと五年、あと五年だけ時間があればこんな状況自分ひとりでもどうにかできたのに―――そんな事を思っても仕方がない。決して叶わない願いなのだから。

 

 だから迫ってくる脅威に対して恐怖を感じ目を閉じようとして、

 

 ―――頭上を黒服の男が飛んで行く姿に驚きを得た。

 

「メリィィィ、クリスマァァァス!」

 

「貴様は……」

 

 足音が止まった。気配が増えた。体と首を動かし視線を後ろへと向けると、

 

 そこにはサンタがいた。いや、正確に言うとサンタの格好をした馬鹿だった。赤と白のサンタコスチュームに身を包んだ赤毛の馬鹿がクリスマスツリーを肩に背負いながら十字路のど真ん中でドヤ顔を浮かべていた。そのなんとも珍妙で馬鹿馬鹿しい姿は良く知っている光景で、そして心から安心できる光景だった。反射的に助かったと、その姿を見ただけで理解した。その為にちょっとだけ、涙が出ちゃっているかもしれない。

 

 そんな視界の中で、イストサンタは済まなそうに開いている片手で頭の後ろを掻いていた。

 

「いやぁ、ごめんね? サンタさんちょっと他の悪い子達とメリークリスマスカッコ物理カッコトジをしてから全裸にひん剥いて公園の木にはりつけにして撮影会してたらさ、ちょっと黒いワゴン車を見つけてさ、突発性ワゴン車破壊病が発症してからワゴンをひっくり返して、んでもう一本クリスマスツリーを持っていたんだけどそれがデコレーションされていてな? これは植えるっきゃないな! って天のお告げがあったからワゴンに突き刺して植林完了! してきた」

 

 あまりの言動に、その場にいる誰もが呆然とし、そして黙り込んでいた。しかしそれを聞いて大体何時も通りのイストだなぁ、と思ったところで、

 

「お兄さん遅い」

 

「サンタさんはねぇ、一年前から予約しなきゃ会いに行けない超人気ものなんだ。だから予約が遅かった子には会いに行くのが遅れちゃうんだ。仕方がないね」

 

「なんなんだ貴様は……!」

 

 イストの妄言にそう言いたくなるのは良く解る、が、そんな言葉にまともに答える訳がなく、

 

「―――俺? クリスマスが待ちきれないサタンさんだよ」

 

「サンタじゃない……!」

 

 そう言い終わるのと同時に、クリスマスツリーの薙ぎ払いで黒服が二人、派手に吹き飛んでブロック塀に叩きつけられた。その姿へと向かって捨てる様にクリスマスツリーが投げつけられると、サンタからサタンへとジョブチェンジしたイストが前へと出る。

 

 そこからの手際は鮮やかを超え、可哀想と評価が出来るものだった。

 

 全ての黒服を無視して一気にこちらまで来て片手で持ち上げるとそのまま背中に乗せるまでは二アクション、他の誰よりも速い動作で終わらせるとそのままラリアットで一番近くの黒服を倒し、そして次にやってくる二人の黒服の顔面を掴んで捉える。掴まれた黒服がスタンガンを押し付けたり拳を叩き込んでくるが全く痛む姿すら見せないイストはそのまま黒服を二人の頭を鈍器の様に他の黒服達の顔面に叩きつけ、一瞬で黒服達の制圧を完了させてしまった。

 

 必要なくなった黒服達も雪の中に捨てると、全裸になる様に服を脱がし始める。正直な話見ていて気持ちのいいものではないので背中に顔を当てて目を閉じておく。

 

「何やってんの」

 

「いやね、殺したり物理的に脅したりしても意味ない連中だからね、せめて社会的に殺そうって事で全裸の写真を取ってネットにアップロードするって事にしてるんよ。少なくともそうするともう二度と同じ奴が来ることはないし―――ハハ、ざまぁ」

 

「お兄さん、その言い方だと割と前から殴り合っているような言い方だけど」

 

「いや、まあ―――お前らが絶縁状叩きつけた月にはもう黒服来てたし。うっし、撮影完了」

 

「えっ」

 

 剥ぎ取り作業を完了させたイストは満足そうに撮影会を完了させると、服の下から張り紙を取り出し、それを黒服の顔に貼り始めた。その張り紙には”私はイエスロリータ、イエスタッチ精神の持ち主です”と書かれていた。控えめに言って最悪の張り紙だった。もう二度とここらで活動する事は出来ないだろう。

 

「いやあ、悪いな遅れて。こっちに二十人ぐらい送り込まれてきてから撮影会に時間がかかっちまってさ」

 

「いや、お兄さんが最終的に助けに来てくれるのは私がヒロインである事が確定的に明らかで薄い本的展開になる前に絶対助かるって確信してたからいいけどさ、それよりもお兄さんが前々から戦ってた的な少年漫画展開に関して是非とも話してほしいんだけど」

 

「えー……どうしようかなぁ……」

 

 なんか気持ちの悪い事を言うので唇を思いっきり引っ張ってやる。痛い痛い、と笑いながらも私をおぶったまま、イストは歩き始める。なんだかんだで早く現場から逃げたいのか、足は速い。

 

「というかあのままでいいの?」

 

「いいのいいの。後ろめたいことやってるの向こうだから勝手にお片付けしてくれるよ。サンタさんちょっと絶望のプレゼントを悪い子にしているだけだし」

 

「サンタさんとサタンさんって親戚なのかなぁ……」

 

 そんな事を呟くとイストが小さく笑う。その頼もしい背中に抱き着いていると、安心感が胸に広がる。なんだかんだでいつも、”壁”を壊す時や、なんか大きなことをやる時は何時もこの背中を見ている。そしてなんだかんだですごい頼ってきている気もする。だからこの数か月、一体何をやっていたのかは非常に気になっている。何せ、目撃回数が減っているのだ。そりゃあ何かやっているに違いないだろう。

 

 そしてその応えは先程の馬鹿騒ぎに会った。というか、今のが答えなんだろう。

 

「ねえねえ、お兄さん」

 

「なんだよヴィヴィオ、お兄さんに惚れると火傷するぜ」

 

「えー、火傷はやだなぁ。でも私、既にお兄さんにはゾッコンなんだよねー」

 

「はっはっはっは、ヴィヴィオが十八歳になって俺に一人も相手がいなかったら貰ってやるよ。まあ、たぶん、きっと、そのころには俺にも彼女の一人はいるだろ」

 

「お兄さんなんで声が震えているの」

 

「あ、いや、その、ぶっちゃけわがままで一人振ってしまったのが原因でこう、話しかけにくいと言いますか―――」

 

 へたれめ、と罵倒したい所だがそのへたれ心グッジョブと心の中でガッツポーズを決めておく。アインスが出てこないならまだワンチャン、まだワンチャンあるのだ。あとはこの男に自分が十八になるまでに他の女が近寄らないようにすればいいだけ、それだけなのだ……!

 

 まあ、それはさておき、

 

「俺の奢りで、ちょっとコーヒーでも飲むか」

 

「私ココアの方が良いなぁ」

 

「注文が多いなぁ、おい」

 

「女の子ってそう言う生き物だから」

 

「そうかい、ならしゃーねーや」

 

 ―――何か、漸く前へ進む、そんな予感があった。




 悪い子は全裸にして撮影、良い子にはココアを奢ってあげるサンタさん。相変わらず何やってんだこいつというレベルで馬鹿やっているというか、

 ともあれ、第三部はちょっと危険な香りがしつつも、青春ヨー
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