ちりんちりん、と扉についたベルが音を鳴らす。音を鳴らしながら入店するのは自分も良く知っている店―――というか海鳴に存在する翠屋だった。高町家が経営するこの喫茶店はクオリティが非常に高く、人気のある店だ。しかし、やはり人気があってクオリティがあるという事は、お財布にはそこまで優しくはないのだ。一般人には辛いものがあるが、幸い自分にもオリヴィエにもお金は腐るほど存在する。実は密かな常連だったりするのだが、やはりどこかで飲んだり食べたりするとなるとここか、と思う。
なんだかんだで安全地帯なのだろう。
入店するとカウンターの向こう側にいるなのはの母、桃子が此方に気付いて手を振ってくる。それに手を振り返しているうちにイストが席を確保し、そしてそこに相対する様に座る。メニューは既にテーブルの上に置いてある為、それを持ち上げるが、なんだかんだでここのメニューに関してはなのはからオススメだったり安かったりとか、そういう話を聞いているからあんまり見る意味はない。だから最初から頼む気満々だったココアを、そしてついでにアップルパイを注文する事にする。視線をイストへと向けると、サンタ姿のイストが此方へと視線を返してくる。
「お、決まったか?」
「うん、とりあえずココアとアップルパイ」
「うん、解った―――おい、忍者。ココアとアップルパイにコーヒーとチーズケーキ、3分な」
「貴様ァ! 俺は忍者ではないと何度言ったら解るんだ!」
イストがそう言った直後、何もない空間から高町家の長男、高町恭也の姿が出現する。その姿はエプロンにシャツとスラックス、と基本的なウェイターの姿をしている。しかしその動作は妙に洗練されている上に全く隙が無いのが一目見て理解できる。この海鳴もそうだが、この街の近辺は実力者というか修羅道の人間が若干多くはないだろうか。立っている間から気配を一切感じない。もし、視線を逸らしたらその途端に立っていることを忘れてしまいそうなのだ。
「いや、いーじゃんジャパニーズ忍者。俺大好きだよ忍者。だってほら、悪を斬って善を成す! って感じで超かっこいいじゃねぇか。お前もセンスが欠片もない黒一色の恰好で変態的な機動力で屋根の上を跳ねながら適当にフラグ建築して悪い奴をムラハチフェスティバルするんだろ?」
「お前が喧嘩を売っている事だけはよーく理解した。表にでろこのキチガイアメリカ人」
ガンガン、という音がカウンターの向こう側から聞こえてくる。全員が視線をそちらの方へと向けると、何時の間にかフライパンとお玉を持った桃子がそれを叩きつけて何やら笑みを浮かべていた。それにひえ、と声を漏らすと恭也もイストも黙り込んだ。やはり人の親には勝てないかあ、と妙な納得をしたところで、何処からともなく伝票を取り出した恭也がそれにどこからともなくとりだしたペンで注文を書き込み、そして姿を消す。無駄に洗練された無駄な動きで見事に仕事を成していたが、何故こうスキルの高い人間は無駄な動作をいれるのだろうか―――と思ったら自分もそうだった。
今日もブーメランは飛びまくっている。超楽しい。
「うし、これで三分以内に全部来るだろう。物理的に不可能じゃね? とか思うかもしれないけどなんだかんだで成しちまうんだよな」
「きっとジカンススメ=ジツ! という感じのヤマトパワーを持っているんだよ―――忍者だから。というかそれはいいからお兄さん、サタンクロスな格好しながら一体何をしてたの。お兄さんの場合どう見てもその赤いの返り血の類にしか思えないんだけど」
とりあえずは軽いジャブ、というか直ぐに本題に入らずにちょっと回り道をする感じに話題を作る。流石に直ぐに本題に入るだけの勇気がないのは事実だ。だからとりあえずはジャブを叩き込む感じだ。とりあえずは。
「ん? あぁ、クリスマスが段々と近づいてるからな。というか日本はキャンペーンとか早い時期から始めるからな。ハロウィンが終わったころにはもうクリスマス戦略! とか言い始めてるし。まあ、アレだよ。俺も一応就職成功してるからな、冬の間はほぼずっと”サンタじゃなくてお前サタンだろそれ”って言われつつもこの格好で宣伝とかデュエルしてるんだよ。でもこれ、慣れたら慣れたで結構いい感じだぞ。赤いし」
「お兄さん、基本的に服の色赤ばっかでセンス欠片もないよね」
「ハハ、ざまぁ。あ、ご注文の品です」
恭也が到着した。恭也とイストがガン飛ばしあってにらみ合っている間に時計を確認すると、本当に三分以内に品を全部持ってきていた。一体厨房でどんなマジックが行われているのか非常に気になる所だが、秘密だろうし無駄に藪は突っつかない事にする。ともあれ、貰ったばかりのココアを一口のみ、そして体を温める。なんだかんだでふざけているのは自分を安心させるためだって解るし、こうやって一息ついたところで落ち着いてきているのも自覚している。だからとりあえず一旦一息つかせてから、
「―――で、お兄さん。お話聞かせて?」
「と、言うけどさ。話す事はぶっちゃけそう多くはないんだぜ? お兄さんがちょっと責任を感じてるからバレないようにシークレットサービスしてた、ってだけの話だよ」
いや、それは割と大きなことではないかと思うが、そんなことはないとイストは否定する。
「ぶっちゃけお前とオリヴィエに黒服連中が行かない様に始末つけるだけの話だぜ? スカっちに頼んでチヴィット達にちょこーっと監視してもらったり、たまーに市内の防犯カメラを悪用して見張ったりで、大体そんな感じだぜ? まあ、毎月飽きる事無く侵入して来るから連中を毎回追い出すのは割と骨だけどさ、それを抜けばあんまし苦労はねえよ。オリヴィエは基本的にニートになっているし、お前はお前で大体はアインハルトかジークリンデと一緒だろ? あの二人は”銃を向けられても回避して迎撃できる”から割と安心して放置する事が出来るしな。あとは生活の邪魔にならない様に気を付けて一人になるタイミングを護衛してりゃあいいもんよ。難しい事じゃねえや」
「なんだかんだであの二人も戦闘特化の人種だったなあ、流石キチガイ家系」
その言葉にイストは苦笑するが、疑問は尽きない。
「お兄さん、なんでそんな事をするの?」
「責任取る為だよ。あんときは割と余裕なかったけど、結果的に今の状況作ったのは”俺に原因がある”からな。カリムにも起きた不都合に対する責任を取るってしっかり言ったからな。だったら出来る範囲やるべき事を黙ってやるべきだろ。自分がやらかした事から目を背けて生きて行くのは男らしくねえし、俺のやり方じゃあねえぜ。やらかしたらやらかしたでしっかり向き合って、それと付き合っていくんだよ。……まあ、俺の場合”頭が良い”から程遠いからな。何かやろうとしたらどっかで間違えてまた問題作るもんよ。めんどくせえけど人生そんなもんだろ」
つまる所、イストは好き嫌いだとか、そういう理論で動いている訳ではない。やった事に対するケジメを自分でつけているのだ、たったそれだけの話だ。
歩いているとき、道でぶつかった人が買い物袋を落としてしまったらどうする?
常識的に考えて拾うのを手伝うだろう。
イストにとって今やっている事はそれと全く変わらないレベルの話なのだ。そしてきっと、同じような考えでクラウスと正面から向き合って殴り合ったのだろう。それがケジメを付けるという事、それが責任を取るという事の意味なんだろう、本人にとっては。言葉を変えれば馬鹿正直としか評価する事が出来ない。だけど、それはつまり絶対に逃げないという意思の現れでもあるのだ。イスト・バサラという男は自分の間違いから絶対に逃げない。遊びならともかく、本気でやって、そして犯してしまった間違いは自分の力でケジメを付ける。迷惑をかけない範囲であれば力も借りるし、かっこ悪い所だって見せる。
だからきっと、この男はこんなにもかっこよくて、惹かれるのだと思う。ある種の信念、でもない。イストという男にとってはこれは常識の一部でしかないのだ。言葉に変えてみると”ハッピーエンド主義”とも言えるのかもしれない。だって、ほら、
「ケジメつけた結果誰かが笑っていられるならその方が気持ちが良いだろ? 俺はちょっと損するかもしれないけど、貰ってばっかりじゃ悪いから幸せはおすそ分けしなきゃな。クリスチャンって訳でもないが、愛せるなら隣人を愛する、優しくしておくべきだと思うし。……まあ、そんなもんよ。今の所スカっちの頭の隅とチヴィットの思考領域の5%と俺の時間しか消費してねぇんだ。十分すぎるだろ」
「お兄さんそんなだからいつも貧乏クジをひいてるんだよ」
「ストレートに人が気にしてる事を言うのやめませんかねぇ……あと何笑ってんだよてめぇ」
恭也とイストがガンを飛ばしあうが、どうやら割と仲は良好らしい。まあ、ティーダやクラウスとも一緒につるんで遊べているのだから、仲が悪いわけはないだろう。しかしなのはから聞く昔の恭也はもっとこう、真面目系のキャラだったらしいが、やはり同年代の遊べる相手が見つかるとこうなるものなのだろうか?
―――あ、でも私もハルにゃんやジークとつるんでる時は大体同じノリだよね。
恭也の様子を自分とアインハルト達、という状況に置き換えると割と納得できる変貌だった。そもそも精神的な変貌でトップクラスの変化をしているのは自分やオリヴィエではないか。真面目系が馬鹿の様に振る舞う様になるのも超今更な話ではないか。
アップルパイ美味しい。
「お、おいしそうに食べてるな。俺のもちょい食うか? お兄さん甘すぎるのはちょい苦手でな」
「わぁーい!」
イストがフォークに切ったチーズケーキを乗せて、此方へと運んでくる。せっかくなので”あーん”をさせてもらう。そうやって食べたチーズケーキはシチュエーションの事もあっていつも以上に美味しく感じられた。特にこれをネタにアインハルトやジークリンデ相手に盛大に煽ることが出来ると思うと心が悪と愉悦で染まりそうになって自制するのにちょっと苦労する。果たして理性は十八歳まで持つのだろうか。
そんな様子を、まるで見切ったかのように見ていたイストが微笑み、そして頭を撫でてくる。大きく、そしてごつごつとした武骨な手だった。
「ま、お前もオリヴィエも妙な事は気にするな。今日のはちょっと数が多かったのと場所が悪かっただけさ。次は絶対にありえない―――というか街自体に入れない様に追い払うから安心して何時も通り暮らせよな。まあ、直接乗り込むような事はどう足掻いても犯罪だから出来ないし、そもそも俺程度が一人行ったところでどうにでもなる話じゃねえし、気にせずに過ごせばいいさ」
「そう言われると思いっきり無視できなくなっちゃうかなあ!」
ま、だよなあ、と言ってイストが笑う。話した時点でイストは此方が大人しくする、なんてことは一切思っていないだろう。別にイストの言葉を疑っている訳ではないのだ。もう二度とない、と言ったら絶対ありえないのだろう。イストが博愛主義者でも理想論者でもない事は自分が良く知っている。だからこの男はやる、と言ったらやる為に手段を選ばない。だから絶対に次はないのだ。
だけどそれとは別に、思う事はある。
よくも、とだ。
―――よくも私のイストを苦労させてくれたわね。
それだ。自分は強欲だ。とてつもなく強欲であり、傲慢だ。そして許せないものがいくつかある。その中にはとっておいたプリンを食べられるとか本当にしょうもないくだらない事だってあったりする。しかし、それとは別に真面目な部分で―――この地で一番最初にこの男に目を付けたのは私だ。だから私のものだ。友人に構うのはいい。恋愛ごっこも、まあ、どうせヘタレだからくっつかないと思ってるしそれもいい。だけど私のだ。
私のものだ、私のものにするという自負と自信がある。故に、
あんなクソの様に存在する価値もないゴミに関わらせ、尚且つ煩わせてしまっている現状が許せない。となると、やることは決まっている。
「お兄さんさ」
「おう」
「ヴィヴィオとお姉ちゃん、どこでも、どんな状況でも守ってくれる?」
「紛争地帯へ飛び込もうとするなら椅子にしばりつけて止めるけど、大体ならどこででもな」
「―――じゃあ決めた」
もう、十分苦しんだ。
もう十分悩んだ。
もう、十分関わってきた。
―――私もケリ、つけよっか。
「私―――クリスマスを実家で過ごそうと思うの」
ヴィヴィオちゃん、まともに見えてやっぱりまともじゃなかった。
というか常識的に考えてバックがない状態で殴り込みとかどう考えてもムショ行きたいだけじゃないですか(
まずは証拠を集めて、現場を押さえて、そして合法的に潰しにかからなきゃ