イノセントDays   作:てんぞー

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空の上でも馬鹿は馬鹿

「ヒャッホォ!! ファーストクラスだァ!! まさか乗れる日が来るとは思いもしなかったわ……」

 

「アテンダントさっそく呼び出そう」

 

「すぐ隣で困った顔をしているのに何故ボタンで呼び出そうとするんですかこの兄は」

 

「なあなあ、ファーストクラスってエコノミーとはどういう所が違うん!? マニュアル! マニュアルを持ってくるんや!」

 

 ファーストクラス初体験組は飛行機に乗った直後からてんやわんや、と大騒ぎだった。ファーストクラス、それもヨーロッパへの直行便となればかなり値段が高くなるし、時間も長い。となるとこういう風にはしゃぐのも当たり前か、と納得しておく。自分やカリム、オリヴィエは移動は常にファーストクラスを利用しているが、それ以外の面子はどうやらビジネスクラスさえ使ったことがないらしい。故に見下した視線を向け、笑う。

 

「庶民め」

 

「普段ならカウンターの一発でも入れたくなる顔なんですけどね。ファーストクラスに乗せてもらっている間は寛大な心を持って見逃してあげましょう。いいんですよヴィヴィオ、年齢では貴女の方が年下なのですから。この年上で十八歳には貴女よりも近いアインハルト・イングヴァルトが慈悲をもってヴィヴィオ・ヒンニュウ・ヨウジョを許してあげましょう」

 

「表に出ろ」

 

「おこ? おこなん? ヴィヴィオちんおこなん? ハルにゃんにおこしちゃった?」

 

「おう、げきおこだよ」

 

 アインハルトの首を絞めて揺する。ぐわー、とアインハルトがリアクションを取ってくれるが、なんだかんだでノリは何時も通りだ。アインハルトを解放した所で手荷物も既に頭上のスペースにしまい込んだ。マニュアルは椅子の前のポケットに入っている為、それをジークリンデに指摘するとそれをジークリンデがとり、見始める。なんだかんだでファーストクラスとエコノミーは仕様が異なっている部分があるが、それでも基本部分は一緒なので、そんな問題はないだろう。ともあれ、席についてから十分ほどが経過すると、ビジネスやエコノミーの乗客がドンドン横を通り過ぎて指定された座席へと向かって行く。

 

 その姿を眺めて更に二十分後、滑走路を走った巨大なジャンボジェット飛行機が空へと飛びあがる。感覚器官が強いだけに、飛行機が空へと飛びあがる時の感じるものがそこまで好きにはなれない。耳が機械のきしむ音を拾い上げる。嫌でも飛行機に走る振動を感じ取る。そして飛行機の歪みそうな場所を認識してしまう。それが妙に不安感を煽る。大丈夫、だとは解っている。それでも見抜いてしまうのが自分、ゼーゲブレヒトの特性。溜息を吐きながら同じような生物であるクラウスへ、後ろの席に視線を向ける。

 

 そこにはワイングラスを片手に足を組んで寛ぐ覇王の姿があった。

 

 その隣には同じくウイングラス片手のティーダ、そして恭也もいた。三人で乾杯、とか言いつついきなり酒盛りが開始されていた。流石の離陸直後から開幕酒盛りとはこのヴィヴィオの目をもってしてでも予想は出来なかった。いや、まあ、これこそ平常運転というやつなのだろう。実際の所、やっているのは里帰り、帰省、一般的なイベントだ。

 

 それ以上の何物でもないのだ。

 

「ん? なんだ、飲みたいのか? だが駄目だぞ。流石に未成年に飲ませたらこの俺が捕まってしまうからな―――うん? なんだもうボトルが空っぽではないか。そこケツのエロイキャビンアテンダントよ、次のボトルを持ってくるが良い―――あぁ、四本な」

 

「人の金で飲んでいるからって随分豪勢な使い方してますね……!」

 

 前の席からカリムの声が来るが、カリムの声には別に怒っている様な感覚はない。つまりこれぐらいは必要経費、というか安いものだと判断しているのだろう。実際、クラウスと恭也に関しては武力が既に世界クラスを突破して人類の頂点クラスに入っているのは普段の生活を見れば誰でも良く理解できる。恭也もクラウスも、軽い素振りをすればもはや振った得物の開始と終わりしか見えない―――間がまるで存在しないかの様な速さで素振りをするのだ。軌跡さえ黙視する事が出来ないぐらいに早い。

 

 アホか。スイングが見えないじゃなくて動作が解らないってどういうことだ。人間じゃない。けど人間だ。

 

 ―――まあ、お兄さん達みたいな人間がいるからこそ私やお姉ちゃんも自分の事を胸張って”普通の人間”って言えるんだけどね。

 

 アレだけ人間というジャンルから逸脱した人間が自分の事を人間だと言い張り、そしてそれを精神性で証明している。故にそれに続く様に自分達も自信を持てる。まあ、何というか―――口に絶対に出さないが恐ろしいと思う。というより精神力の次元が自分達とは根本的に違う。価値観を完全に砕かれてもそれを笑って認め、そして受け入れる。そんな精神力は普通、誰もが持てるものではないものなのだ。

 

 まあ、それはともあれ、

 

「姉ェ……」

 

「ヴぃ、ヴィヴィオー……うぇっぷ……」

 

「あー、よしよし」

 

 姉、オリヴィエは椅子を一つ多く占領し、そこに横たわりながらぐったりとしていた。どうやら飛行機に酔っているらしい。日本に来る時は決して飛行機酔いなんて起こさなかったが、やはりこういう部分も聖人っぽい所が抜けて普通の女になった事によって発生した”弱さ”なのだろうか。ともあれ、椅子二つ分占領しながら横たわるオリヴィエの姿はどこまでも哀れだった。

 

「姉ちゃん……一体どこまでポンコツ力を上げれば気が済むんだこれ……」

 

「なんだか見ていると不安になって放置できませんわよね、これ」

 

「これとは何ですかこれとは。私はそこまでポンコツじゃ―――あ、ふくろふくろ……」

 

 どこからどう見てもポンコツっぷりが酷い姉だった。溜息を吐きながら椅子に深く座り込み、ついでに椅子も軽く後ろへと倒す。ファーストクラスは割と前後の椅子の間にスペースがあり、自分の椅子を倒した所でそこまでの圧迫感が後ろにはない。後ろに座っているのはティーダだからそこらへんの被害はどうでもいいとして、とりあえず飛行機は空に上がったばっかなのだ。最初から飛ばすと到着してからが大変だ、なにせ日本からドイツまでは十二時間近い時間があるのだ。

 

「お兄さん、どこにいるんだろうなぁ」

 

 そんな事を呟きながら持ち込みのイヤホンを耳に装着し、それを椅子と繋げたらディスプレイを操作し、新着の映画の確認を始める。これで大凡四時間ぐらいは暇つぶしをする事が出来るだろう。だから周りの喧噪をひとまず無視しつつ、ゆっくりと飛行機での旅を楽しむために映画を見る事にする。なんだかんだで前々から見たかった、日本ではまだ公開していない映画である”管理局vsゆりかご”がリストにのっているのでそれを見始める。

 

 

                           ◆

 

 

 トントン、と肩を叩かれていることに気付く。イヤホンを片方だけ外しながら視線を横へと向けると、アインハルトが指を通路の方へと向ける。通路の方へと視線を向けると、キャビンアテンダントがメニューを片手に立っていた。言わんとしている事は理解できので、来る時も頼んだ同じメニューを頼む。それを見ていたアインハルトとジークリンデが便乗し、キャビンアテンダントが後ろへと進んで行く姿を見終わってから、ジークリンデが此方へと視線を向ける。

 

「ウチ、こうやって見るまでは割と疑ってたけどヴィヴィオちんって本当にお嬢様やね。そうやって追加料金発生するやつを遠慮なく選んで行く姿が堂に入っているというか―――ぶっちゃけお金のある蛮族だと思ってたわ」

 

「おう、貴様もこの天下に覇を唱えるヴィヴィオの前に立ちはだかる愚か者か。善かろう、貴様にはふさわしい死が待っているぞ」

 

「でもヴィヴィオさんのそういう姿、超似合ってますよね」

 

「ん。自分でも割と似合ってると思う。こう……コツは自分の発言を疑わない事と、自分が偉いって事を疑わない事と、とりあえず自分以外の全てを見下しておくことかなぁ。たとえば……ハッ、この緑髪の小娘、兄にあんな馬鹿を持ってるぞ、とかね……!」

 

「それ言ったら戦争ですよ戦争。いや、マジで戦争ですよ」

 

 視線が後ろの席へと向けられる。席の上から覗き込む様に後ろを見ると、未だに男が三人ワインボトルを開け続けていた。飲むペースは大分落ちているが、それでもまだワインを飲み続けているのは事実だった。この男ども本当に大丈夫か、と見ていて思ったが、その姿以上に悲惨だったのは恭也の事だった。クラウスとティーダの間に挟まれる様に座る恭也はワイングラス片手に、俯きながら片手で顔を覆い、肩と背中に手を置かれていた。

 

「最近な……なのはが少し俺に冷たいんだ。去年までは”お兄ちゃんお兄ちゃん”って言って後ろをついて来たなのはが道場へと来ると真剣に運動を始めたりしてな? 手伝おうと思うと”一人でできるよ!”って追い払うんだ……。いや、それはいいんだ。兄として妹の成長は嬉しいんだ。ユーノを度々トイレに流す事も俺も偶にやってるからそれも別にいいんだ。だけどな、この前ブレイブデュエルで遊んでいるなのはの姿を見たんだ……アレどう考えても小学生のする顔じゃないだろ……あの頃のなのはは一体どこへ消えたんだ……なのは……なのはァ!」

 

 肩と背中に手を置き、顔を近づけているクラウスとティーダの姿は普通に見ればそんな恭也を慰めている様に見えるだろう。しかし、その口から出ている言葉を良く聞いていればそんなことはなかった、と一瞬で気付ける。

 

「んー、いぁ、知らないうちに妹がグレて悪堕ちしているなんて悔しいでしょうねぇ、悔しいでしょうねぇ!」

 

「愚兄を持つからそんな事になるのだ。ん? で、なんだ? も、しかして……豚を見る様な視線を妹に向けられたのか? んン? んっんー、実に可哀想だなぁ、高町恭也君はなぁ!」

 

「そんな時はやっぱり彼女に癒されないと……あ、そうだった、君の彼女って物凄い肉食系だっけなぁ! 相談に行ったら解決されずに食われるだけだもんねぇ! 助けにならなくて大変だなぁ、大変だなぁ!」

 

「ド外道しかいませんね」

 

「清々しいぐらいに追撃叩き込んどるなあ……」

 

 軽い外道行為だったら割とやっているが精神的なブローを年上連中は楽しむ様に連続で叩き込んでいた。そこまでやるか、とドン引きしそうになったが、よく考えたらこれは相手を蹴落とす為に参考にすべきスキルなのではないか、と考え始める。つまり、今後ろで繰り広げられているジャパニーズ=ニンジャの拷問風景はなにも間違ってはいないのだ。寧ろその逆だ。

 

 教材なのだ。

 

 これを焼き付けて、どうやって隣にいる親友達を蹴落とすかを考えなくてはならないのだ。そう思うとこの会話にも意味が見出せそうな気がしてくる。イヤホンを片方だけ外したまま、元の席へと戻り、そして食事用の簡易テーブルを出す。とりあえず三十分もしないうちに晩御飯が運ばれて来るだろう。とりあえずはそれに備えよう。

 

「……それにしてもまた実家に帰る日が来るとは思わなかったなあ」

 

「そうなん?」

 

 うん、と答えながら頷く。

 

「物凄く腹の立つ事実でしょうがない事だったけど、ハルにゃんに負けて”私は正気に戻った”って感じだったからね。もう二度と実家には帰らないし、そもそも実家の連中には会いたくねーって感じだったからね。姉ちゃんだけは一番マシだったけどもそれでもちょっとアレだし。まあ、我慢できるレベルだったからいいけどさ、姉ちゃんは。今では”コレ”だし」

 

 視線を前の席へと向けると、サムズアップを向けるグロッキーなポンコツがいた。それを無視し、話を戻す。

 

「だから実家に帰る事だけは絶対にないって思ってたんだよねー。カリムに寄生しつつ姿隠せばどうにかなるかなぁ、って感じで。まあ、それがこんな感じになってきたわけで……ホント人生ってどうなるか解ったもんじゃないよね。とりあえず今の気持ちは”ダーク・マテリアルズの出番ねぇから、ざまぁ”って感じかな」

 

「そこでさりげないディスりが入る辺り実にヴィヴィオらしいよな」

 

「ノルマがあるからね。ノルマ達成はとりあえずしておかないと後で辛い思いをするから、出来る時にとりあえずディスっておかないと」

 

「そのノルマは一体誰が……?」

 

 その答えは一生出てこないのでスルーしておく。

 

 ともあれ、そんな風に時間を潰していると少々豪華な機内食が運ばれてくる。その姿にちょっとだけ涎をたらしつつも、まだまだ空路は半分以上残っている。到着まではゆっくりやるか、と後ろから聞こえてくる恭也への煽りをバックグラウンドミュージックに、空でのディナータイムを始める。




 ほんとファーストクラスだけは凄い優遇多いんだよなぁ、お金高いけど。まあ、十時間超えるフライトだったらファーストクラスする意味も見えてくるけど、国内線とかだとちょっと……。

 なんだかんだで野郎共三人の隠形は全部違う技術だったり。
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