イノセントDays   作:てんぞー

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はじめたかったこと

 ホテルで一夜を過ごしてからホテル前にレンタルしたリムジンがやってくる。それを運転してやってくるのはここ数日ですっかり黒服姿が板についたティーダだった。何時のまに免許を取得したのだろうか、とかリムジンを運転できたんだ、とかいろいろ驚きつつも何時も通りの服装でリムジンの中へと全員で乗り込むと、リムジンが動き始める。そのままほとんど揺れや音を出さずにリムジンはゆっくりとホテルの敷地から出て、そして目的地へと向かって走り始めた。

 

 まだ朝靄が立ち込めており、リムジンの窓の向こう側は曇って全く見えない。久しぶりの故郷の風景でも見ようかなあ、と思ったりもしたのだが特別故郷に対して思い入れがある訳でもない。だからこんな風景だったっけ、と思い出す程度に楽しもうかと思っていたのだが、それも無理っぽいし、なんともつまらない旅になりそうだと思った。まあ、元々この旅が激しくつまらないもの―――友達たちとの時間を除いて―――になる事は理解していたからしょうがないと言えばしょうがない。まあ、アインハルト達がいるんだし時間を潰す程度だったらどうにでもなる。そう思ってどうしようか、と考えた所で、

 

「なあなあ、ヴィヴィオちん。ヴィヴィオちんってゼーゲブレヒトの所にいる間は暴君って呼ばれるぐらい酷かったんやろ? 今はただのクソガキでしかないんやけどさ、ぶっちゃけ日本に来る前のヴィヴィオちんってどんな感じだったん?」

 

「遠慮なくズカズカと踏み込んでくるなぁ……まあ、激しくどうでもいい過去だから別に遠慮しなくてもいいんだけどね。ぶっちゃけ私個人からすると過去は過去でもうどうでもいい事というーか……まあ、どっから始めようかなぁ―――」

 

 語るとしたらはじまりの部分、からするべきなのだろう。ならば、

 

「そうだね。私が一番最初にこの世で認識したのはクソ親父だったんだよね。揺り籠の中で揺られながら見たんだよ、遺伝子を提供した人間を。言葉も解らない赤ちゃんだったし、なにも理解できない状態だったけど、ゼーゲブレヒトの最高傑作として生まれてから今までの瞬間を欠片とも忘れたことはない。だから聞こえた言葉を全て吸収して覚えて、そしてあの男の思い出して、改めて理解したの」

 

 

                           ◆

 

 

 ―――ツマラナイ。

 

 それが一番最初に、出会った全ての人間に対して抱いた思いであり、考えであり、そして思いだった。つまらない。なんともつまらないことだ。言語は覚えるのが簡単すぎる。パターンを覚えてしまえばそれだけで覚えきれる。一度聞いてしまえば後はそれを組み合わせるだけの話なのだから。数学も見てしまえばその応用までが自然と頭の中に浮かび上がってしまう。なんでこんな簡単な事さえ出来ない。何をやってもそうだった。何を見てもそうだった。何を試してもそうだった。何もかも覚えてしまい、理解してしまい、そして出来てしまう。

 

 飽きる。

 

 つまらない。

 

 なんて、退屈な世の中なんだ。

 

 三歳になる頃には生きる事に価値を見いだせなかった。だが死ぬ事にも価値を見いだせなかった。もう既に知能だけであれば大人ほどのものはあったと断言できる。見れば覚えてしまう。聞いてしまえば理解してしまう。だから複数の人間を周りに配置し、同時に別の事を語り聞かせれば良い。そうすれば同時に複数の事を学習できる。だからそうやって一斉に言葉を様々な言語で聞かされ、一気に知識を得た。そしてそれを知恵として転用する事もできる。それを否定する理由はないし、外の世界に対する興味もなかった。

 

 自分を生み出した両親という他人はおそらく自分を利用する事しか考えていないだろう。女では不十分などといって男での完成体を目指すだろう。その場合母体として自分を利用するに違いない。その年齢までは高められるまで能力を高めようとするに違いない。ただそれを否定する理由も存在しない。

 

 つまるところ、どうでも良かった。理解してしまった。生きる事に意味なんてない。答えなんて存在しない。命の価値は自分で見出すしかない事を。そして、だからこそ、自分の命はどうしようもなく無意味である事に。だから興味を失くした。最初は自分自身に。次に家族と呼ばれる他人に。そして世界全てに。全く興味がわかない。簡単すぎる。退屈すぎる。

 

 ツマラナイ。

 

 それが三歳で理解してしまった事。それから数年間、言われた通りの事しかしない。完全な傀儡であったことは認める。しかしそれ以外にする事が存在しなかった。ありていに言えば惰性のまま人生を過ごしていた。そしてそれで良いとさえ思っていた。だからそのまま、使い潰されるまでそのまま従って生きようとさえ思っていたのが少しずつ変わる一つの事件があった。

 

 ―――オリヴィエ、そしてカリムとの出会いだ。

 

 この頃のオリヴィエはまだ昔の”ゼーゲブレヒト”だった頃のオリヴィエだ。しかし今とは違い、それは絶対に表には見せない努力の怪物だった。ありえない程の集中力、そして絶対に表には努力を見せない精神力、それでオリヴィエは自分とほとんど同じラインに立っていた。それは少なからず驚愕の対象だった。まるで涼しい顔をしながらその下では血反吐を吐き続ける女が、姉が存在していたのだ。

 

 初めて生きた人間を見た気がした。

 

 いや、実際にオリヴィエが”生きている”唯一の人間だったのかもしれない。その精神はイストやティーダ、自分からしても気持ちの悪い聖人としか言いようのないものだった。だけどオリヴィエは自分の居場所を作る為に実力以上を常に発揮し続ける結果を出していたのだ。一回や二回ならまだ偶然で済む。しかしオリヴィエはそれを毎回結果として出していた。改めて驚愕すべき事だって認めるしかなかった。そしてそれで理解した。

 

 まだまだ見るべきもものはある。世界はつまらない。だけど、それでもその中には面白いものがあるかもしれない。

 

 そんな密かな希望を抱かせるには十分すぎる奇跡だった。そんなオリヴィエの奇跡も長く続くことはない。ゼーゲブレヒトに居続ければそれはいつか消えてしまう。それはそれでいいと思う反面、それは勿体ないとも思った。

 

 その時出会ったのがカリムであり、そして彼女がオリヴィエの”個人的な”支援者だと知った。オリヴィエがゼーゲブレヒトで見せていた奇跡を密かに支えていたのがカリムであり、カリムがオリヴィエに対して精神的な休息の場を与えていたのだ。だからこそオリヴィエは必要な所でその能力を遺憾なく発揮する事が出来た。それは珍しい―――いや、ゼーゲブレヒト家の思想の至上を謳っている中ではまずありえない光景だった。故に興味は姉という他人と、そしてその友人であるカリムへと向けられた。

 

 ―――それからの時はまるで加速する様に過ぎて行った。

 

 オリヴィエと話、カリムと話し、そして屋敷の外の世界の話を聞かされ、そしてそこに思いをはせるようになる。思えばカリムの存在が”毒”だったのだろうと思う。そこから少しずつ、少しずつ自由という言葉の意味を考え、もっと考え、そして思い至った。

 

 知識は持っているだけでは腐らせているだけだと―――それを使うからこそ意味がある、と。

 

 故に最初にやったことは許可を貰う事だった。人生、生きてきた十数年間の間で初めてやった事だった。おそらくは許可を貰う、という事よりは命令を出す事に近かったのかもしれない。勿論、それは受理される事がなかった。誰も自分を屋敷の外へ出す気なんてなかった。だが自分は出たかった。外へ、だから、

 

 知識を実践してみせた。

 

 手始めに家庭教師の精神を崩壊させた。次にやってきた教師たちも精神崩壊させてやった。その次にやって来た連中もまた、精神崩壊に追い込んでやった。医者を呼ばれたので逆に精神崩壊に追い込んでやった。今度は上の兄と別の姉が調整の為にやってくる。流石ゼーゲブレヒトの血を引くだけあって優秀ではあったが、自分の足元にも及ばない。その場から一歩も動かずに屈服させ、そして精神を崩壊させる事に成功した。

 

 そのまま自分を産んだ両親という他人の心を完全に砕くのも悪くはなかったが、それを実行する前に海外への追放―――日本への移動が決まった。

 

 

                           ◆

 

 

「―――っというわけで、割と天狗な状態で日本の暁町へやってきたんだけど、なんともまあこれが自由の味か! 体が軽い! 空気が旨い! これがゼーゲブレヒトに縛られぬ体の軽さか! って気分で全世界を見下していたら精神防壁がクソ硬い上にタイマンでフルボッコにしてくる緑髪の悪魔と出会っちゃったせいで天狗の鼻を折られて、今の人類にジョブチェンジしたんだよね」

 

「小さい頃から兄さん達と一緒にいる私が弱いわけないじゃないですか」

 

 超のつくド正論だった。クラウスの事を先に知っていれば間違いなく喧嘩を売る事はやめていたのだろうが、アインハルトと殴り合った時は酷かった。言葉は通じないし、攻撃を全部無視して確実に殴ってくるし、一切の油断も慢心も手心も加えない。完全に戦意喪失して気絶してもまでひたすら殴り続けてくるのだから容赦が欠片もない。先にイングヴァルト家の事はほんと、知りたかった。

 

 まあ、知らなかったからこそ今がある訳なのだが。

 

「しかし人に歴史あり、とは良く言うもんやね。ヴィヴィオちん普段からキチガイだけど昔は別の意味でキチガイやったんね」

 

「おう、喧嘩なら買うぞゴキヘッド」

 

「これ、確実に昔よりも好戦的になってますわねー」

 

 前方の方からカリムが苦笑する様な声を響かせ、その声に小さくだが笑う。確かにカリムの言う通りだが―――やっぱり、変わったのだろう自分は。その引き金を引いたのはオリヴィエ、そしてカリムだ。というかカリムの黒幕感が凄まじすぎるのだ。何故なら暁町でこちらがボコボコにされたことも、その後起きた変化も、それに一切動じる事がなかったのだから、この女は。

 

 一体どこまで予想し、計画し、そしてなんで助けてくれているのか―――地味にカリムのそういう部分が気になる。

 

「浮上するカリムラスボス説」

 

「車にいる連中が大体ラスボスやで」

 

「ポンコツ姫を抜いてな」

 

「ちょっと待ってください。ポンコツ姫ってもしかしなくても私の事を言ってませんか!? 流石にポンコツ姫ってのは酷くありませんか!? 姫って部分! まるでポンコツの上位になる様な存在じゃないですかぁー! ポンコツって部分は一切否定しませんけどさあ、そりゃ。でも姫はやめましょ? 姫は」

 

「やーいやーいポンコツ姫! ポンコツ星のポンコツ王国のポンコツ姫ー!」

 

「ガキか」

 

 恭也がクラウスの額に何時の間にか針の様なものを突き刺していた。それでクラウスの動きが完全にフリーズするが、次の瞬間に気合を入れたクラウスの額から針が射出され、それがリムジンの天井を突き抜けて外へと飛んで行った。相変わらず物理法則や常識がラスベガスに遊びに行っている状態だが、これがデフォルトと言ってしまえばデフォルトの集団なのだ。もう、仕方がない。

 

 あの日、あの時、あの屋敷から出てよかった。

 

 おかげで世界はこんなにも楽しく、そして美しいと理解できた。実家に感謝する事は一切ない。欠片もない。それは心底思っている。だからこそ今日、ここで決別する。

 

 そう覚悟を決め、

 

 そしてリムジンが動きを止める。

 

 朝靄も徐々にはれつつあるリムジンの窓からは外の光景を見る事が出来た。

 

 ―――そこには記憶にある様な整備されていた美しい屋敷は存在せず、

 

 荒れ果てた屋敷の姿だけが見えた。




 カリムさん黒幕説浮上。実際アヤシイ。

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