イノセントDays   作:てんぞー

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なんだってこんな

 リムジンから降りて確認するゼーゲブレヒトの屋敷は変わらず廃墟に近いものだった。改めてそれは信じられない光景だった。何故なら自分の知っているゼーゲブレヒト、実家といえば完璧主義者の集まりの様なものだったからだ。門の向こう側に広がる庭園は常に整備され、美しく花が咲き誇っていた。屋敷も常に新築の様な輝きを放っていて―――そう、それこそが自分の記憶の中にあるゼーゲブレヒト家の姿だった。故にリムジンから降りてみる光景がそんなものだと思っていた。なのに広がっているのは荒れ果てた屋敷の様子だった。いや、まだ普通に屋敷として機能しているのだろう。

 

 だけど庭園は荒れ果てて草木は枯れていて、屋敷に昔の輝きはなかった。まるでそこから光を奪われてしまったかのような、そんな印象がその屋敷にはあったのだ。当主達が健在であれば間違いなくこんな風に屋敷をぼろぼろにさせる訳がない筈なのだ。一体、何が起きたのだと困惑しているうちに、他の皆もリムジンから降り、門の前に立つ。

 

「これが実家か? 家の中から気配は感じれるが……ふむ、何処からどう見ても廃墟でしかないな。本当に貴様はここに住んでいたのか? 俺の実家でももう少しはマシな様子をしていたぞ―――いや、もう放火してしまったせいで跡形もなくなってしまったからな。卒業記念放火するか?」

 

 クラウスが狂ったことを言っているが、アインハルトに腹パンを五連打食らっているのでとりあえずそれで許す事にする。とはいえ、クラウスの言う通り廃墟の様にしか今、この屋敷は見えない。オリヴィエへと視線を向けてもオリヴィエは自分同様、困惑している様だった。そこで恭也、ティーダ、イングヴァルト兄妹、ジークリンデと視線を移してからカリムへと視線を向ける。するとカリムは軽く溜息を吐く。

 

「―――えぇ、実はゼーゲブレヒト家の現状、良く知っていますよ」

 

「という事はこの状況を今までずっと黙っていたんですか?」

 

 今まで、というのは旅の間の話ではない。その前の期間の話も含めての話だ。たったの半年でここまでゼーゲブレヒトが荒廃する訳がないのだ。という事はその前から少しずつ、小さな変化があったに違いない。そしてそれを、カリムはずっと黙っていたことになる。だからこの件の犯人、いや、黒幕は間違いなくカリムなのだが、その張本人は欠片も悪い事をした、という様子は見せない。何時も通りのポーズで立ち、

 

「―――ぶっちゃけた話、私、ゼーゲブレヒト嫌いでしたし」

 

「んにゃ!?」

 

 オリヴィエが友人の衝撃的過ぎる告白に驚き、なんかあわあわし始めるが、カリムがそういう気持ちなら何故こんな風になってきているのか、大体理解して来る。冷静になって考えれば既にこの状況へと至るピースは存在するのだ。だから頭の中で大体の答えが完成すると、ティーダがぽん、と手を叩く。

 

「あぁ、成程、そういう事か。まぁ僕には関係のない事だしドライバーに徹してるよ。あと誰か門を開けさせて」

 

「あ、門番がもういないのでこれ、手動で開けなきゃいけないので」

 

「了解した」

 

「我らの出番だな」

 

 リムジンの中へとみんなが戻っていく中、クラウスと恭也が門を一瞬ですり抜ける様に飛び越え、そのままストッパー等を無視して筋力で無理やり門を開け始める。クラウスの方に至っては完全に力を込めすぎているのか、握っている個所がねじ切れそうなほどに変形している。クラウスのオーバースペックぶりにドン引きしながらもリムジンの中へと戻ると、ティーダが運転を再開し、抜けたところで再び耳障りな音を響かせながら門が閉まって行く。

 

 そのまま、数分程、無言でリムジンに乗る。前庭を抜けて屋敷の前に到着し、リムジンから降りる。そうやって数分間の無言の時間を心の整理に費やし終わる。よし、と心の中で呟き、そしてより鮮明に確認できる屋敷を確認する。窓ガラスは掃除されておらず埃がたまって曇っており、掃き掃除もされていないのか落ち葉の様なゴミが玄関前にたまっている。それを確認すると、カリムが口を開く。

 

「私の家……というかグラシア家は代々ゼーゲブレヒト家に仕える家だったんですよ。ですが父が元ジャーナリストの婿でして……そんなわけでゼーゲブレヒトもグラシアも閉鎖的だったコミュニティの中に外の考えが流入してきたんです。でも、それでどうにかなる訳じゃない。だったらせめて生まれてくる子供には正しい知識と教育を―――というわけで私は割と早い時期から”この家もあの家も割と狂いまくってる”ってちゃんと認識できまして」

 

 カリムはそこで苦笑すると、

 

「そんな訳で若い頃からゼーゲブレヒト崩壊計画を組んでたんですよね」

 

「この女生まれた時からラスボス属性か。救えないな」

 

「お前は生まれる前からラスボスとして生み出される予定だったけどな」

 

 クラウスが自慢する様に胸を張るので、ティーダとアインハルトから脛への集中的なローキックが始まる。その光景を見つつ、再びカリムへと視線を戻すと、扉の前で足を止めたカリムは溜息を吐く。

 

「まあ、一応色々計画してたんですよ? でも予想外の事が多すぎて計画も全部おじゃんになってしまったんですけどね。ヴィヴィオは日本へ来たと思ったら何時の間にか改心しているし。オリヴィエも気づけばただのポンコツ娘へと変化しちゃったし。真面目に考えていた自分が馬鹿馬鹿しくなりますよ」

 

「すいません、姫から娘へとランクダウンしているんですけど」

 

「そっちかよ」

 

 オリヴィエの視界外で高速で出現したイストがティーダとクラウスとハイタッチを決めてそのまま闇の中へと消えた。その為にステルスを一瞬でも捨てるのか、と思うが価値のあるハイタッチだったのだろうと思う―――というか自分、そしてオリヴィエの件に関しては確実にあの三人が好き勝手やった結果起きてしまった事なので、どちらかと言うと男子連中の天敵がカリムなのではなく、その逆でカリムの天敵があの男子連中なのかもしれない。そうじゃなければカリムの計画とかが崩壊しなかっただろう。

 

「いやぁ、しかし人生本当に何が起きるか解りませんね―――ヴィヴィオが改心した事を報告した時から少しずつ狂い出して、決定的に全てが壊れたのがオリヴィエがただのぽんこつになってしまったことですからね。元々近代になるにつれて非人道的って言われたり夢を見るな、って事で資金源をドンドン減らされる一方でしたからね、ゼーゲブレヒト。その中で最大の成果がお金を使うだけ使って帰ってこないし、そのうえ奪還の為に高い金払って傭兵を雇ったのに何度も全滅って」

 

「あぁ、うん。そりゃあ普通に破産するわ」

 

 恭也が軽く金額を計算をしていたらしく、頷きながら納得の表情を浮かべる。なんでも傭兵―――PMC関係の支払いはピンキリらしいのだが、プロフェッショナル、それも日本の様な場所で働ける連中を雇うのはそれなりに高いらしい。しかも海鳴の様な警備が厳重な場所となれば更に雇える者は少なくなり、金にものを言わせて雇うぐらいしか方法はなくなって来るそうだ。それを毎月、しかもスポンサーが枯れている状態でやれば間違いなく破産する、と。

 

 ―――つまりなんだ、ゼーゲブレヒトは簡単に言ってしまえば自爆したのだ。

 

 自分で生み出して育てたものが手を離れ、それを取り戻そうとしたら金を使いすぎて潰れた。間抜けすぎる結末だ。間抜けすぎるが―――果たしてゼーゲブレヒトの当主はそんな間抜けな人物だったのだろうか? いや、それはない。ありえない。仮にも”あの”ゼーゲブレヒトなのだ。自分やオリヴィエを生み出したゼーゲブレヒトだ。それが金の使いすぎで潰れそうになるなんて、そんな間抜けな終わり方がある訳がない。

 

 だが現実として今、目の前には潰れそうな屋敷しかなかった。

 

「……カリム」

 

「はい、なんでしょうかオリヴィエ」

 

「……父は何時頃から狂い始めたんですか?」

 

 オリヴィエのその言葉にカリムが視線をオリヴィエへと向ける。

 

「最初はヴィヴィオが日本で改心した時ですよ。ヴィヴィオが改心した事を報告するかどうかを非常に迷っていたんですけど、結果としてそれを報告する事にしたんですよ……ちょっとだけ伝える先を増やしながら」

 

「つまりゼーゲブレヒトの無能っぷりをスポンサーにアピールしたのね」

 

 やることが酷い。自分の改心、それはゼーゲブレヒトが何人もの教師等を送り込んでも不可能だった事だ。結果として残されたのは精神病院へと住むことになってしまった犠牲者達だけだ。だからこそ当主の判断で自分は日本へと送り出された。だけどその日本で、到着してしばらくする頃にはもう、改心していた。それはゼーゲブレヒトの無能っぷりをアピールするには十分すぎる事だった。何故、何が足りなかったのだ、と当主ならば考えるだろう―――その答えを一生得られる事なく。

 

 なぜなら自分が考えを改める結果を得たのは、真っ直ぐ、そして美しかったアインハルトの心に負けを認めるしかなかったからだ。

 

 あとついでに暴力。マウント取って覇王断空拳を気絶しても続けるとか鬼畜にも程がある。

 

「まあ、それで色々見限られ始めたゼーゲブレヒトがもう少し必死になるわけですけど、具体的な成果は上がらず、オリヴィエも日本へ来るんですよね。そしてそこで発生するポンコツ化事件。まさかヴィヴィオに次ぐ傑作が一瞬で台無しにされるとは思わなかったし、そんな簡単に崩壊する人材なんていらない、という話でもう商売関係しかお金の供給先無いんですが、不景気でそれも枯れちゃって不幸ブースト倍ドン! という感じで、様子を軽く報告して、毎月やってくる黒服達を鬼ガードで回避すれば勝手に自滅しました」

 

「ぐわぁ……」

 

 オリヴィエが倒れそうになるのでそれをクラウスが倒れる方向から空間を殴り、その衝撃でオリヴィエを押し返す。小さな事にそういうネタを求めてはいないのだが、この男、人生の色んな重圧から解放されるのと同時にどうやら生物としてのリミッターが心身ともに完全にぶっ飛んでしまったらしく、やることなす事、自分の能力を惜しまず全力で使ってるフシがある。

 

 馬鹿じゃねーの。

 

 実家の目の前にいるのに、なんだかまだ暁町にいる様な気分だ。本当に今、外国にいるのだろうか? そんな事を考えてしまう程ノリと空気は何時も通りだった。その事に苦笑し、かっこつけたり気合を入れようとするのが馬鹿馬鹿しくなり、

 

 カリムの横を抜けて前に出る。

 

 扉の前に立ち、

 

 そして扉を蹴り開ける。その衝撃で扉が壊れる様に吹き飛ぶが、此方は日本で薬を使って誘拐されそうになったのだから、これぐらいの報復は許される。

 

 そうやって、昔は自分の家だった場所へと踏み込み、

 

「ただいま―――そしてさようならを告げに来たよ、マイホーム」

 

「あの、ヴィヴィオ? あんまり品が良くないですよそれ」

 

 うるせぇ。




 ラスボスと戦おうとしたらラスボスが自滅していた。真ラスボスもいないので後は時間解決というRPGがあったらクソゲーに違いない。

Q.つまりどういうこと?
A.経過報告してるだけで自滅した

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