イノセントDays   作:てんぞー

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そして決まった事

 エレベーターを使って屋上へと向かう。どうやら割と長く気絶していた様で、屋上に出てみると既に空は暗くなっており、星空が頭上を覆っていた。意外と空が澄んで見えるな、なんてことを思いつつ視線を屋上の端へと向けると、フェンスに寄り掛かりながら紙に包まれたワッフルを食べている赤毛の姿があった。スーツではなく髪の色と同じ赤いハーフジャケットに黒いシャツ、そしてジーンズとかなりラフな格好の彼―――イストを見るのと同時に胸が痛む。が、それを意識して抑え込む。自分の体の一部なのだから、その反逆を認めない。無理やり集中力を高めて、意思で本能に抗い、それを抑え込む。

 

 表情に一切の苦しみを見せる事無く、屋上を半分ほど歩くと、イストが溜息を吐きながら視線を向けてくる。

 

「俺と会っても平気なのかよ」

 

「ぶっちゃけ平気ではないんですけどね、そこらへんは気合と根性と……まあ、腐ってもゼーゲブレヒトの人間ですので、短い時間だったらぽんこつ化していてもなんとかなりますよ……ほんと疲れますし限界があるのが辛いんですが」

 

「んじゃ、話は早めに切り上げておくか。何せ―――俺、イスト・バサラは逃げないぜ」

 

 そう言って両手を上げて軽くかっこつける様に首を傾げる。その拍子に空を飛んでいた近くのカラスがワッフルだけを咥え、そのままワッフルを持ち去って行く。その光景を二人で固まったまま、無言で眺め、そして数秒後にイストが悲しげな表情を浮かべ、小さく文句を言いながら包み紙を丸めてフェンスの向こう側へと投げ捨てる。包み紙はすぐに風に乗ってどこかへと消え去って行った。その姿が視界から消えて漸く、口を開く事が出来た。

 

「そ、その、後で奢りますよ? ―――カリムが」

 

「完全にカリムが財布扱いじゃねぇかお前。いや、あのロリっ子共やカリムの様な暗黒系や腹黒系、ヨゴレ系じゃないから別にいいけどさ、お前割といい性格をし始めてるよな。そういうのは嫌いじゃないぜ。まぁ、それは良いとして。オラ、とっとと来いよ。言いたい事あるんだろ? 今回は隠れてないし、逃げもしないからとっとと言えよ。俺、これが終わったらティーダを全裸で車にはりつけて市内ドライブって予定があるんだから」

 

「相変わらず身内に厳しいですねー……」

 

 一歩一歩、確かに足を確かめながら前へと進む。やはり胸は苦しい。我慢すると言っても苦しい事に変わりはない。そのせいで足が重く感じられる。だけどその感覚を押し殺して、今は答えを得る為に前へと進み、そして屋上を横切り、フェンスに寄り掛かるイストの前に立つ。本人に一切気負う様子はない。寧ろリラックスしているのだろう、と思う。だけど、それでも、彼を見て感じるのは―――恐怖だった。

 

 徹底的に胸に刻み込まれた恐怖は、そう簡単に乗り越えられない。ゼーゲブレヒトの呪縛を気付けなかったように、これは気付けるけどどうしようもない。アレよりも深く刻みこまれているのだ。だから恐怖は消えない。それだけはどうしようもない。自分の手を抑える様に握っているから震えていることが見えないだけだ。だからこれから逃れる為、答えを得て前へ進める様になるために、

 

 質問する。

 

「私は……私は―――何をすればいいんでしょうか、何を目的とすれば良いんでしょうか? 一体、どんな事が出来るんでしょうか」

 

「知るか。興味もねぇ。俺に甘えないで自分で考えろよばぁーか! ん? もしかして質問されたら答えると思ってた? 思ってたの? 俺逃げない隠れないっては言ってるけど答えるっては一回も言ってないからなぁ! なぁ、どんな気持ちよ! 答えがあるって思ってユウキ振り絞って頑張ったのに全くの無意味だった時の気分は! 一体! どういう! 気持ち! なんだよぉ! ばぁーか!」

 

「―――」

 

 完全にフリーズした。そしてそれから復帰するのに必要な時間は約一秒。復帰が完了するのと同時に怒りを乗せた拳をイストの顔面へと叩き込む。それを宣言通り、というべきなのか。逃げる事も、避ける事も、ガードする事もなく顔面でイストは受け止めた。逆に此方の手に痛みを感じつつ手を引くと、ドヤ顔のイストの姿がそこにはあった。その顔は見ていてイラっとくるもので―――なんでいつも身内で殴り合っているのかを完全に理解させられる顔だった。

 

 だから拳を引いて、溜息を吐いて、ちょっとだけ痛みを感じる手を振りながら視線をイストへと返す。

 

「答えて、くれないんですか」

 

「答えがないのにどう答えろってなんだよばぁーかばぁーか。あと貧乳! じゃないんだったな、えーと普乳! ……いや、馬鹿馬鹿言うの止めるからその手を下ろそうぜ。俺にはまじめな話が欠片も似合わないから話の途中で適当にテンション補給しながら答えるけどさぁ、お前さ、オリヴィエ。自分でもわからない事を他人に求めてどーすんだよ。俺がエスパーだとでも思ってるの? 俺精神科医か何かかよ。そりゃあ振る舞いからある程度の事は察せるさ。友達の事とか、家族の事とか」

 

 だけど、

 

「それ以上はどうしようもねーよ。持ってる情報からさ、察せる事は出来ても何もねーやつからは何も解らないんだよ。お前が、自分の意思で、スタートを決めようとするまではヒントもクソもねーよ。俺を便利屋か何かと勘違いするんじゃねぇし」

 

 いいか、とイストは顔を近づけてから言う。

 

「―――俺は責任を取るって言った。だけどそりゃあ別にお前に楽な道を与える為でも甘えさせる為でもない。”責任を取る”ってのはやっちまった事に対するケジメをつけるって事なんだよ。俺はかっこいい大人になりたかった。だから自分がやってしまったことからは目を逸らさない、騙さない、本気で向き合う事にしている。だからってそれを理由に甘えさせるのは違うだろ」

 

 つまりはだ、と言葉を区切る。

 

「目的が見つけられないのは俺のせいじゃなくて自分自身の問題だろ? 俺に押し付けんなよ」

 

「そんな事ないですよ! だって貴方が私の人生を否定したんじゃないですか! 私の人生の目標の全てを奪ったじゃないですか! 私をただの女にしたんじゃないですか……!」

 

「何言ってんだ。俺はお前をゼーゲブレヒトの呪縛からぶっこ抜いて俺を恐れるようにしただけだぜ? お前はやる気をなくしてるだけだよ。ほら、今を見ろ。俺を見ろ。お前を見ろ。今、何が起きている? 両足で俺の前に立っているじゃねぇか。所詮その程度なんだよ、本気だしゃあ。お前を正常化したんならそれから来る被害をどーこーするのは俺の仕事だぜ? その責任はあるさ」

 

 でも、

 

「出来なくなった、見えないってのは俺の責任じゃねぇよ。お前が勝手に諦めてるだけだろ」

 

「ふざけないでください! 私は貴方達の様に心は強くないんですよ! 何かに縋らなきゃ生きていけないんですよ!今だって頑張って、やっと、前に立っているんですよ……!」

 

 勝手な事を言わないでほしい。今だって胸が苦しい。喋っているだけでも辛い。それでも言わなきゃいけない事がある。目の前の男の言葉を否定しなくてはならない。そうじゃない、理解していない。そんな簡単に次を見つけられるはずがないのだ。だって、オリヴィエという少女はそういう少女だったのだ。そんな風に育てられたのだから。

 

 そう言ったのに、

 

 イストは笑った。

 

 笑って、視線を此方へと向ける。その視線には此方を見下す様なものも、見定める様なものも、そして同情する様なものもない。寧ろ理解者の様な、信頼する人へと向ける様な視線を向けてきている。

 

「目的がなくても、生きる意味がなくても、特になんかする事なくてもポリシーさえありゃあ人生、どうにかなるもんだよオリヴィエ。お前は俺のことを大層な人間だと思っているかもしれないけどな……別にそうでもないさ、俺だってただの一般人さ」

 

 どの口で一般人なんて言葉をこの男は使うのだろう。だって、

 

「イストさん、化け物みたいに心が強いじゃないですか」

 

「そりゃそうさ。それ以外取り柄がないからさ。サバイバル技術も、殴りあいの技術も結局は何になるんだ? 非合法なお仕事でもやれってのか? そんなの親やダチを安心させられない様なもんは長くは続けたくないさ。俺もお前みたいなもんよ、特に目的もなきゃやりたい事も別にないんだよ。ただその場のノリで何とか乗り切ってるだけの男だよ」

 

 そこでイストは溜息を吐く。視線を此方へと向け、そして顔を寄せてくる。それにちょっとだけビクっとするが、接近を許す。するとイストが小声で話しかけてくる。

 

「言っておくけど俺ほど駄目な男も世の中には中々いないぞ? 俺ってば超臆病者なんだよ。何をするのも怖い。選ぶのも怖い。だから一つだけモットーを掲げてるんだよ。”自分がやったことからは逃げない”ってのな」

 

 そう言うと顔を離し、フェンスへと寄り掛かる。

 

「その一点だけを強固に守り続けてればほら―――なんとなくかっこよく見えるだろ? それに目的だって何かにぶつかる度に出来上がるし。それだけを必死に守ってるだけのちっさい男よ、俺は。だから先人として言うわ。甘えんな。自分で考えろ。やりたい事もやらなくちゃいけない事も結局は全部自分で設定するしかねぇんだよ。依存しなくちゃいけないチョロイン的な逃げ方はやめろ。そういうのは”負け犬の生き方”っつーんだよ」

 

「……なんですか、それ。まるで今の私が酷い様じゃないですか」

 

「朝から晩までぽんこつしてる姿は社会人からすりゃあ無様だぜぇ!」

 

 ヒャッハー、と奇声を上げるイストの顔面を再び殴る。やっぱり手が痛い。この男、一体何で体が出来上がっているのだろうか。

 

 ―――なんか、はぐらかされている様な気分ですね。

 

 結局イストが言っている事は簡単だ。答えは”自分で考えろ”という事なのだ。ネタに走って、否定して、そして馬鹿にしているようで、ちゃんと答えをくれたのだ。溜息を吐きたくなるような問答だった。しかし、イストと正面から対面して解った事が幾つかあった。一つ目、それは、

 

 結局、なにも解らなかった、という事だった。

 

 だけど、それが答えなんだろう。目の前、自分が恐怖を感じて、それでいて凄いと思う人物がいる。だけど彼でさえ何がしたい、なんてことは解らないらしい。

 

 そう思うと、何故だか胸に安心感が広がる。決して自分が一人じゃない。そう思うと泣きそうなほどに安心できる。

 

「お、おい」

 

「なんですか」

 

「若干むすーってしてるのはいいけどさ……あぁ、ちょっと動くな」

 

 そう言うとイストはポケットからハンカチを取り出し、それで此方の目元を拭う。何時の間にか涙を流していたらしい。そんな自分の涙を拭うイストの姿はなんだか焦っているようで、ちょっと可愛らしく―――そして馬鹿馬鹿しかった。あぁ、成程、と理解する。

 

 全ては自分の匙加減だったのだ。

 

 恐れる事も、面白く思う事も、悩む事も、強くなることも弱くなることも―――心の機微は全て、本人次第。自分がどう思いたいのか、それで決まるのだ。

 

 だから、口を開く。

 

「ねぇ、イストさん。普通ってなんでしょう」

 

 その言葉に、イストがハンカチをしまいながら答える。その表情はなんだかめんどくさそうになっている。

 

「あぁ? そりゃあ決まってるじゃねぇか。今の自分だよ。何が普通だとか、そういうのを悩むのはインテリに任せてろ。俺達馬鹿は基本的に言われたことで納得してりゃあいいんだよ」

 

 いいか、

 

「悩むのは贅沢なんだ。息が切れるほど笑って、んで幸せでいればそれでいいじゃねぇか。難しい事を悩んで態々不幸になる必要はねぇのさ。感じた事をそのまま思えばいい。解らなかったら自分の心に今、何をしたいのか聞いて感じとればいいのさ。その答えを教える事は誰にも出来ない。自分にしか出来ない。ただ、その手伝い程度なら隣にいるやつに聞きゃあいいのよ」

 

 そう言って、イストが手を伸ばしてくる。

 

「どうよ、イストさんの脳筋幸福理論。前提として安定した生活できるって条件がつくけどな、これ」

 

 差し出された手を握り返しながら、そうですね、と言葉を置く。何だかんだで目の前の男の事は良く解ったし、それに対する気持ちも今、大きく変わった事を認める。たぶん、今、初めて目の前の人物―――イストの事を意識しているのだろうと思う。だから掴んだ腕を引っ張って、一気にイストの体を近づける。いきなりの出来事であればこれぐらいはできる。

 

 そして、寄せたイストの顔に自分の顔を寄せ、

 

「じゃあ―――最後に一つ私、を本気にさせる為の責任を取ってもらいましょうか」

 

 そう言って、唇を重ねた。




 実はオリヴィエは完全な非ヨゴレ型ヒロインという実はものすごく珍し……おや、どっかに銀髪がいた様な気もするが気のせいか。前作で大勝利している人は引っ込んで。

 書いてて若干チョロイかなぁ、話おかしくないかなぁ、とも思ったけど、なんだかんだで1年近い付き合いをしている連中なんだよなぁ、コツコツ好感度稼いでればあとはメーター振り切るだけだった。

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