イノセントDays   作:てんぞー

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エピローグ&あとがき
幸せな日常


「―――そこぉ!」

 

 声が響くのと極大の熱線がビルを貫通しながら現れる。それをサイドステップや飛び越える事での回避を取る事無く、前へと踏み込みながら拳を叩きつける事で攻撃自体への迎撃を果たす。普通に考えれば腕が焼けるだけで迎撃なんてできる筈はない。だがそのありえないを可能にするのが魔法であり、技術であり―――つまりはブレイブデュエルというゲームになる。だから魔法を発動させ、スキルを発動させ、そして技術を乗せる。そうすると拳が熱線を捉え、そしてそれを中央から砕く様に吹き飛ばす。

 

 その結果残るのはビルに開いた穴と、その向こう側に浮かび上がる少女の姿だった。白いバリアジャケット姿の少女は砲撃モードに変形した杖の先端を此方へと向け、精確に此方へと矛先を向けている。その意図は決してダメージを与える事ではないのは、接近してこない事、そして本気で攻撃してこない事を見れば解る。だから踏み込もうとして足を前へと出そうとすれば、右側から稲妻の刃が飛んでくる。それを既に予見しておいたのでスウェーで回避しつつ前へと踏み出せば、黒いバリアジャケットの少女が横から出現する。白いバリアジャケットの少女が主力である事は良く理解している。そしてこの黒いバリアジャケットの少女もまた主力だ。その二人が出っ張っているのに支えるメンバーがいないのは、

 

 十中八九主力を囮にした作戦を行っているからだろう。

 

 前へと踏み出しながら、横から斬撃をはなってきた黒い少女の大剣モードのデバイスの一撃を回避する。そのままやや上のほうから抑え込む様に放たれる熱線を片手で殴る事でそらしつつ弾き、開いている右手を勢いよく大地へと向けて叩きつける。その一撃によって大地が揺れ、砕け、そして地割れが広がって行く。

 

 討伐すべき大敵としての体は挑戦者たちと比べて遥かに強靭で、そして凶悪となっている。故に挑戦者であれば準備が必要な事を準備なしに成し遂げる程度の能力を設定されている。そしてその結果として、一瞬で戦場だった市街地ハビルが倒壊し、高速道路が落ち始め、そして隠れ場所と逃げ場所が崩壊を始める。それだけではなく、大地を覆っていた知覚すら出来ない程に薄く広がっていた冷気と雪が埃にまみれて散らされる。

 

「バレないようにし、仕込みに時間かけたんだけど……」

 

 引き攣った笑みを浮かべる紫髪の少女が倒壊するビルの中から姿を現す。その姿目がけて三撃目を叩き込もうとする黒い少女の頭を無造作につかみ、投擲する。投擲した先で少女が激突した姿が氷の様に砕け散るのを確認した後。四つん這いになる様に姿勢を低くし、頭上を片手剣で薙ぎ払う赤いバリアジャケットの少女を目視する。口を開く前に姿勢を低くしたまま足払いをかけ、その時足を軽く引っ掛ける。

 

 故に足を後ろに、ではなく前の方に投げだすように少女が倒れ込んでくる。それは背中を大地へ叩きつける様な恰好だ。だがそれが成立する前に足を掴み、そして上から今まで以上の収束を成されている砲撃の少女へと向けて壁にする様に投げる。普通ならここで怯んだりするのだろうが、

 

「悲しいけどこれ、戦争なんだよね」

 

「なのは?」

 

「お疲れ」

 

「なのは!」

 

「お疲れさま!」

 

「なのはァ―――!!」

 

 一瞬も迷う事無く仲間を消し去るほどの威力の砲撃を少女は放った。普通ならドン引きの類の行動だろう。迷う事無く仲間を消し飛ばすのはまずありえないし、後で間違いなく追及されるからだ。しかし、それを実行に移したセンスは間違いなく兄譲りのものであり、間違いではない。故に仲間を消し去った砲撃はそのまま回避動作に入らない此方にまともにぶつかり、設定された体力の数値を大幅に削りながら周囲に破壊を生み出す。それはクレーターという形の他に、先程の崩壊によって生まれた地割れに沿う様に入り込み、間欠泉の如く魔力の波動を足元から吹き上がらせていた。そのせいで周りの空間がピンクの粒子で満たされ、見通しの悪い環境が出来上がる。それに加え大地が粉砕されている事で足場も悪い。

 

 こんな状況で正面から戦おうとすれば圧倒的に不利となる。それは対応力と取れる選択肢の数から来る。人数は戦闘において当然の暴力となって来る。人が増えれば増える程壁や囮、仕込みを行う事が出来る。同じ行動を一人と、そして複数人でやるのでは効率が圧倒的に違う。故にこの状況、人数差がある為に不利になって来る。索敵、牽制、攻撃、と効率的に人数差を利用すれば圧殺する事は難しくないからだ。

 

 しかしあくまでも理想であり、そして普通の場合の話。これをひっくり返すのが技術であり、力量であり、鍛えあげられた基礎能力、そして戦術。相手が利用できるものは大抵自分のミスから生み出されるものであり、それを意識し、認識していれば逆にそれを利用する事が出来る。故に意識、そして応用力の問題だ。今、自分が認識している中で何が邪魔なのか、意識できていないもので何が邪魔なのかを考え、理解し、そして一秒も足を、動きを止める事なく決定する。

 

 故に一番最初にやることは自分から粒子の中へと飛び込み、気配を遮断し、そして姿勢を低くする事。大柄な体といえども、それを意識させないようにする方法は存在する。故に気配を遮断して半分しゃがみ込む様に、一番吹き上げの濃い空間へと潜り込めば、その瞬間に隠れる事は成功する。一瞬で相手の視界から自分の姿を消す事に成功したと仮定する。あくまでも仮定として留めておく。相手が自分を上回っているという可能性を頭の隅に隠しておく。

 

 そして同時に、紛れながら素早く、見えない様に地を這いながら滑るように移動する。移動する先は黒い少女を投擲した方向とは全くの逆側、

 

 即ち鏡面によって姿を反射した場合、いるであろう位置へ、

 

 ―――そこから更に逃げる様に移動した場合、向かうであろう方向へ。

 

 経験と、心理と、そして直感。

 

 経験から今まで逃げるとすれば相手がどちらへ動くかを把握する。相手の心理を察してその情報が今の状況に当てはまるかどうかを確認する。最終的にそれらを直感を持って判断する。その考えが直感的に引っかかるかどうか。それすらクリアすれば完全ではないが、八割の確率で完璧だと判断する。故に考えに従いつつも常にプランを変える余裕を持つ。そのまま素早く移動をすれば、

 

 ちょうど紫髪の少女の背後に気配もなく到達する事が出来る。

 

 呼吸を合わせ、気配を遮断し、視界の外側を歩き、そして音を殺す。全ての技術を息をする様に行いながら背後に到達するのと同時に、右手を手刀の形で整え、それを素早く背中へと叩きつける様に振るう。手刀が斬撃の軌跡を描きながら背中からばっさりと少女を切り裂く。血の代わりにポリゴンがダメージを表現し、その瞬間初めて少女は攻撃された事を意識する。しかしその顔にあるのは驚きではなく、笑顔。

 

「そう来ると思っていた……!」

 

 そう言った瞬間、熱線と雷砲が同時に地平を薙ぎ払う様に襲い掛かってくる。やっている事は同じ―――味方を囮に、犠牲に攻撃を確実に当てる事。手段としては悪くない。寧ろ良い。現実とは違って犠牲攻撃を行っても死ぬわけではない。今回の様なチームで勝負を挑む場合であれば使って良い手段だ。それで確実に得るものがあるのであれば、という言葉がつくが。

 

 しかし、この場合は減点対象となる。

 

 ―――二度目はない。

 

 経験済みの攻撃はただのリプレイにしかならない。

 

 少女を倒すのと同時に地面を砕き、そこへ体を落としながら頭上を過ぎ去る熱線と雷砲を避ける。その間に呼吸を練り、整え、そして次の攻撃へ繋げるタメを完了させる。熱線と雷砲が消えた瞬間、大地を粉砕しながら再び地上へ姿を現し、そして綺麗に土砂や瓦礫、残骸が吹き飛んだ戦場を見る。今の一撃で消えたのは相手のチームメイトと、戦場に散らばっていた障害物の数々。

 

 障害物がない今、隠れる事も逃げる事もできない。

 

 一瞬で距離を詰められるのであれば、近接格闘士が無双する環境となる。

 

 だからそれを実行する。魔法と合わせて体術を混ぜる。加速に加速、そして動作が混じる。それによって音もなく、距離感がつかみにくい一直線の移動が始まる。大地から出現した此方を見る二人の少女の間へと一歩で移動を完了する。その動きに少女たちが反応しようと、汗を垂らしながら顔を此方へと向けようとする。

 

 その前に両側へと手を伸ばし、頭を掴む。捕まった瞬間、二人の少女の動きが完全に停止する。

 

「あっ」

 

「タイム! タイム! タイムだから攻撃やめ!」

 

「それ、来月からなんすよ」

 

「欠片も容赦がない……!」

 

「いやいや。俺だって一回目はワザと受けてあげてるんだから超有情だよ。二回目は通常通り絶対食らわないけどな。はい、という事でボス討伐失敗だよ!」

 

 そのまま少女たちを叩きのめした。

 

 

                           ◆

 

 

「―――お疲れ様ー!」

 

「はい、お疲れ様ー!」

 

 フロアでの業務が完了する。挨拶を返しながらそのまま隅の扉をくぐり、奥へと進む。

 

 空がまだ明るい内はシミュレーターを使って客の対戦相手や先生役をやる。暗くなってくるとプレイヤーの数が減る為、スタッフとして働く。そうやってまた一日が早く過ぎ去る。溜息を吐きながらスタッフ用のロッカールームに置いてある椅子に座り、設置されている自販機で購入したおしるこ缶を開けて飲む。地味にこうやっておしるこ缶を買って飲むのが何時ものコースという感じがしてきた。今日も働いたなぁ、なんてことを思っていると、ロッカールームに入ってくる姿がある。

 

「あっ」

 

「おっ、クロノ君お疲れ」

 

「あ、お疲れ様ですイストさん」

 

 同じくスタッフ用の制服姿―――というには少々カジュアルな格好、黒い半そでのシャツとジーンズの上からエプロンをつけているクロノ・ハラオウンがやってくる。ここ、T&Hでは一ヶ月前からではあるが、働き始めている。中学生であるクロノも色々と欲しいものは増えてきているという事なのだろう。オーナーの息子だから此方が礼儀を見せなくてはならないところだが、生憎とそういう常識は投げ捨てている上に、クロノ自身後輩として扱ってほしい、という事で向こうが敬語で話す様な面白い状況になっている。

 

 これに関してリンディもプレシアも何も言わない辺り、それで問題ないという事なんだろう。片手でエプロンを外しつつもう片手でおしるこを飲んでいると、クロノもエプロンを外しはじめ、それをロッカーの中へとしまい始める。その背中姿を眺め、ちょっと声をかける事にする。

 

「なぁ、クロノ君」

 

「なんでしょ?」

 

「最近家族仲どうよ」

 

「……なんかめちゃくちゃ当たり障りのない感じの会話の導入ですね」

 

「じゃあ遠慮のない話題の導入を使うぜ。なぁ、おい、クロノ。お前今何股してる?」

 

「なんで彼女がいること前提なんです!? いませんよ! 欲しいですけど! 彼女いませんよ!」

 

 後でこれに関してはプレシア達に報告する―――必要はないだろう。どうせ知っているだろうし。とりあえず笑ってごまかし、まあクロノが元気そうにやっている様なのでそれはそれでいいや、と結論付けておく。ともあれ、

 

「ま、クロノ君が元気そうなら俺はそれでいいよ。お兄さんとしちゃもうちょっと脅迫材料になりそうな情報を漏らしてくれた方が非常に楽しいんだけどね?」

 

「何でそこで脅迫材料を漏らさなきゃいけないんですか。というかなんである事前提なんですか。言っておきますけど割と普通なイケメンですよ、自分は。一体どこに脅迫する為の材料があるって言うんですか」

 

「自分の事をイケメンって言える辺りお前、結構いい性格してるよ。将来多分ティーダに近いタイプになるよ」

 

 そう言うとクロノが顔をしかめる。確かにティーダはイケメンだ。勿論精神ではない、顔の話だ。精神はシスコンで染まっている手遅れの重病人だ。もうどうしようもない状況で医者が匙を月へと向かって投げて突き刺すレベルの手遅れっぷりだ。だがそれ以上にティーダは嫌がらせの天才だ。一番嫌がる事、そして被害の大きくなる事に関しては無駄に知恵が回る。

 

 基本的には自分と、ティーダと、クラウスと恭也のグループが基本な訳だが、男子に対しては一切の容赦はしないという暗黙のルールがあるので、迷惑をかける相手リストにはグループの面子以外にも時と気分とダイス次第でクロノだったりジェイルだったり、グランツが追加されたりする。昨日はザフィーラがダイスの導きにより決定されたのでアルフに代わりに偽造ラブレターを送るという行動を実行した。

 

 結果、全員のケツが噛まれる惨事に発展した訳だが。

 

「まあ、愉快にやるといいさ! ユーノをトイレに流したりしてさ!」

 

「それなんかの儀式ですか? 偶になのはちゃんが自慢して来るんですけど」

 

 躊躇を捨てる儀式かもしれない。

 

 そんなこんなで十分程クロノと話し込むと持っている空っぽの缶を捨て、そしてエプロンをロッカーにしまう。営業終了の時間、となるともう既に外は暗くなっている。暁町、藤岡町、海鳴と定期的に働く場所は変わってくるが、暁町から一番遠いのは海鳴になっている。故に帰る時はちょっとだけ時間を気にしなくてはならない。ロッカーから着替えを取り出し、そしてそれに三分も時間をかけずに着替え終わる。

 

 五月にもなれば外は十分あったかくなって来る。だから服装もそれに合わせて大分軽いものになっている。自分も勿論半そでのシャツを着ている訳だが―――それでも夜になると少しだけ寒い。上着だけでも持ってくるべきだったか、と少しだけ後悔しつつロッカールームから出る。

 

 通路を歩き、裏口から出ようとすると、そこでT&Hのオーナーの片割れ、紫髪の女性―――プレシアの姿を見つける。この時間に彼女がいる事にちょっと驚きつつ、軽く頭を下げる。

 

「どうも、プレシアさんこの時間までいるの珍しいっすな」

 

「あら、こんばんわイスト君。もうそろそろ次のイベントだからね、その為の準備やらをしていたら何時の間にかこんな時間になってて……。イスト君も今日はレイドボス役で戦いっぱなしでしょ? お疲れ様。明日も期待しているわよ―――あ、でもちょっとフェイトとアリシアに対する容赦のない攻撃について話が」

 

「はい! お疲れ様でした! お休み! お休みなさい! グッドナイト!」

 

「はい、お休みなさい」

 

 プレシアのクスクス、と笑う声を背後に聞きながらそのまま夜の海鳴へと出る。左腕につけている腕時計を確認すると、夕食の時間が少しずつだが迫っていた。あまり待たせるのは嫌だし、冷たくなったメシを食べるのも当然ごめんだ。だから判断を一瞬で終わらせると、軽く助走をつけて加速し、

 

 裏口の正面にあるブロック壁に足を引っ掛ける様に蹴りあがる。そのまま体を後ろへと飛ばし、開いている扉の上に体重を乗せない様に着地しつつ再び上へと跳躍し、出っ張りに足を引っ掛ける事二回、T&Hの上へと到着する。そのまま真っ直ぐ、屋根の上から屋根の上へと、時には塀の上を足場にしつつ、縦横無尽に海鳴から暁町への道を障害物を無視し、真っ直ぐ進む。

 

 いわゆるパルクールと言われる技術、スポーツ。それだ。

 

 普段なら絶対にやらない事だが、生憎とバス停は暁町とは逆方面、その後数分はバスを待つはめになる。その後停車でまた時間のロスが多い。そう言う事を考えると急いでいる場合はパルクールで屋根の上を移動した方が遥かに便利だったりする。

 

 勿論、それは疲れる。

 

 しかし、楽しくもある。

 

 落下の時に感じる風や重力の感覚。飛び越える時に跳躍の感じ。端に掴まって体を一気に引っ張り上げる時に感じる疲労。そうやって体を動かす事は今、自分が間違いなく生きていると感じさせるものだった。一歩踏み外せば怪我をしそうなものだが、生憎とこれが一回目ではない。

 

 既に何度かやっている事だ、家の屋根から屋根へと、問題なく開拓されたルートを進んで行く。もしかしたら目を瞑ってでも通れるかもしれないな、なんてことを思いながらも足を止める事なく夜の海鳴から暁町へと移動する。

 

「……なんだかんだでこの生活にも慣れたもんだわ」

 

 そんな事を呟きながら目的地が見えてくる為、屋根の飢えから受け身を取りつつ道路の上へと着地する。こうやってどう見ても無茶にしか見えない事を少しずつ前よりも上手く出来ているのを感じる度に、まだ自分が成長しているのだと感じる。

 

 まあ、そんな事はさておき、目的地には到着した。着地した所から歩いて三十秒、服が乱れていないかどうかを確認してから門を抜け、前庭を抜け、そしてポケットから鍵を取り出してそれを鍵を外す。

 

 そして、扉を開ける。

 

「ただいまー」

 

「おかえりー」

 

 そう言って扉の向こう側、玄関に姿を現したのは自分の良く知る少女―――ヴィヴィオだった。

 

 それもそうだ、ここは自分が数か月前まで泊まっていた大学の学生寮でもなければ、大学を辞めた後に使っていたアパートでもない。ヴィヴィオとオリヴィエが二人で住んで使っている屋敷だ。ドイツから日本に帰って来てから此方へと荷物を全部持って引っ越したのだ。そういうわけで、今やこの無駄に広い屋敷が自分の家となっていた―――オリヴィエ名義の物件なのではあるが。

 

 そんな訳で扉を開ければそこにヴィヴィオがいるのは割と当たり前の話だ。靴を脱ぎながら家に上がると、ヴィヴィオが片手を握り、それを引っ張る。

 

「お腹空いたから早くご飯にしよー」

 

「待て待て待て。お兄さん今帰ってきたばかりだから最低限手を洗うか着替える時間を頂戴」

 

「いや、お義兄さん着替える必要ないでしょ、家着とほとんど恰好が変わらないし。というか前々から思ってたけど割とT&Hって制服とかに拘りがないよね。正社員でも基本的にカジュアルすぎなきゃ服装は何でもいいって風になってるし。それよりもお義兄さん着替えるなら着替えるの手伝うよ。つきっきりで」

 

「ご遠慮願います」

 

「ちぇっ」

 

 片手でヴィヴィオを持ち上げ、それをリビングルームの方へと投げ捨てながら一番近い洗面所へと向かう。そこで軽く手を洗い、着替えるのは後回しにしようと決め、そのままリビングからダイニングへと向かう。ダイニングのテーブルには既に椅子に座って待っているヴィヴィオの姿があり、キッチンの方から運んできた料理をテーブルに並べるエプロン姿のオリヴィエの姿もあった。

 

 そのお腹は一般的な人と比べると不自然に膨らんでおり、肥満ではなく、別の意味で少し大きくなっているのが解る。

 

「ただいま、オリヴィエ」

 

「お帰りなさいイスト。今日は上手く出来たと思うので評価お願いしますね」

 

 そう言ってにこり、と笑うオリヴィエに笑みを返す。

 

 簡単に言ってしまえば、

 

 ―――オリヴィエは妊娠している。

 

 妊娠大体五カ月、と言えばタイミングはどんなものか解ってくるだろう。まさに一撃必中というやつだった。それを身内に祝福されたりネタにされたり、シグナムが荒れ狂ったりしたが、まあ、最終的にはなんとなくどうにかなった。元から責任を取るつもり―――というわけではなく、一生を一緒に過ごすつもりなのだから妊娠させてしまっても特に問題はない。

 

 ただ責任が増えた、というだけだ。

 

 椅子に座りながら、思う。

 

「日本に来る前はこうなるとは予想すらしてなかったなぁ」

 

「あぁ、私もそれは同じですねー」

 

「というかこの状況を予想できる奴がいればマジで教えて欲しいよ。神って呼んであげるから。というか誰もが途中まではアインスとくっつくと思ってただろうに。そういやぁお義兄さん、アインスさんに食事に誘われたらしいけどその話詳しく」

 

「その場で丁重にお断りしたのでオリヴィエさんこっちを睨まないで」

 

「失礼な、私は心の底から裏切らないって信じていますからね! ただちょっとお皿の上のサラダ少なくないかなぁ、って思ってただけで」

 

「はいはい……」

 

 既にサラダが山盛りになっている皿の上に、更にサラダが追加される。これぐらいなら全く問題ないのだが、嫉妬深いというか、独占欲が強いというか―――まあ、付き合ってみれば大分ぽんこつ可愛い奴だってのは良く解る。カリムがアレコレ後ろから支えようとしていたのも解ってくるという話だ。

 

 食べながら小さく笑うと、視線が此方へと向けられる。それに対していやな、と言葉を置く。

 

「青春してたなぁ、って思ってたんだけどさ。自分が現役だって信じられる間がずっと青春してるもんだってな。今までも随分とはちゃめちゃやって来たけど、多分そういう日々がこれからも続くと思うと呆れ半分楽しみ半分で俺もどうしようもねぇってな」

 

 まぁ、つまりはなんというか、

 

 ―――物語は終わっても人生は続く、というやつだ。




 あとがきへ続くんじゃよ

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