「いやいやいやいや、アレで初心者とかありえないから。ちょっとないから」
「残念だが俺は正真正銘初心者だ。それもただの初心者ではない。今までゲーム機自体に触れた事がないレベルでの初心者だ。……む、待て、ゲームセンターになら行ったことがあるぞ。だがパンチングマシンを破壊することはゲームを遊んだ経験に入るのだろうか」
ブレイブデュエルを終了させるのと同時に自分の戦闘結果よりも、姉のアミティエの戦闘結果に納得のいかなかったキリエがクラウスへと詰め寄る。それも仕方のない話だ。クラウスの動きはどう見たってブレイブデュエルの環境に慣れきっている人間の動きだった。ダークマテリアルズの四人組も天才のカテゴリーに入るが、それでもクラウスの様にフルスペックで動けるようになるためには普通に時間が必要だった。それだけ現実と仮想の世界には違いがある。
それをクラウスはたったの十分、もしくは数分で克服したのだ。明らかに前から練習してた、なんて言われてもしょうがないありさまだ。だがそんな事実はない。クラウスは間違いなく初めて遊んだ初心者だ。だからこそ化け物だ、という表現が一番似合っている。クラウスに理論を解く必要はない。”なんとなく”だとか”たぶん”とかで理解する必要のあることは全て理解してしまう。直感的に最善手を選んでしまうのがクラウスだ。
「まあ、俺だけじゃ信用できないならグランツ博士やスカっちを確かめればいいよ。マジで初めてだから」
「えー、嘘よ。だっていくら肉体との誤差を極限までパパ達が軽減して消しているって言ったって、開発を見ている私が言うのよ? 不可能よいきなりあんな動きは。特に武道の覚えのある人とかは違いのせいで困る、って言ってたのに」
「はははは―――兄さんに常識を当てはめることが出来ると思っているんですか? 甘いですよその考えは」
アインハルトの真面目な顔にキリエはそれ以上の追及もできずに、引き攣った笑みを浮かべながらクラウスを見る。それを何かと勘違いしたのかクラウスがその場でボディビルダーのマッスルポーズを決め、歯を輝かせる笑みを見せる。だがどこからどう見ても獣の捕食宣言にしか見えなかった。やはり化け物だが阿呆だこいつは、そう確信した所でアミティエが前に出てくる。
「あ、いや、確かに一方的に倒されちゃったのは驚きましたけど、それって油断とか慢心してたこともありますし。それにお姉ちゃん的にもそういう所反省したい感じなので寧ろいい勉強になったというか」
「うー、お姉ちゃんはちょっと謙虚すぎじゃない?」
「慢心や油断をするほうが悪い」
「おう、生きたバグは黙れ」
ティーダがツッコミと共に鋭いをローキックをクラウスへと叩き込むが、クラウスは体を揺らすどころか逆にティーダにダメージを与えていた。蹴った片足を抑えながら床で丸くなるティーダの姿に同情の視線を向けていると、クラウスがそうだ、と言いながら視線を此方へと向けてくる。
「そう言えば結局貴様と戦えなかったではないか。おい、イスト。今からでも遅くはない。俺とやらないか」
「アミキリ姉妹が今の発言で顔を赤くしてるからとりあえずデコピンを叩き込んでおくな。あとこっち見んな馬鹿。期待の視線をこっち向けんじゃねぇよ馬鹿。いいか馬鹿、よく聞けよ馬鹿―――お前は馬鹿だから戦ってやれねぇんだよ」
「そうか……で、さすがに俺でもこれでは納得されないぞ」
「だよな」
逃げようとしたフローリアン姉妹に高速でデコピンを叩き込んでから、溜息を吐く。正面からクラウスと殴り合いの出来る人物なんて、知り合いの中には一人も存在しない―――自分を除いては。幾つか条件が付くが、自分とクラウスは対等に殴りあう事が出来る。そして昔、高校生の頃だ。実際にそういう出来事が一度だけ会ったのだ。
「今思い出しても震えるぞ、高校の頃の喧嘩は。あの頃は良く思えば俺も荒んでいた。中学生から続いていた貴様らとの関係も気に入っていた……だが、だが足りん。飢えていたのだ。そして欲していたのだ、好敵手を。それを貴様は見事埋めてくれたのだ。そう、そうやって俺は満たされ―――馬鹿になる事を決めたのだ」
「なんてことはない、喧嘩しただけなんだけどね」
愛想笑いを浮かべながら話を流そうとするとアインハルトが口を挟んでくる。
「いや、アレが喧嘩でしたら世の中の喧嘩の大半が可愛くなりますよ。兄さんとイストさんあの喧嘩が原因で数か月病院から動けなかったじゃないですか」
段々と旗色が悪くなってきたのでオリヴィエの背後へと回り込み、彼女をローダーへと向かってゆっくりと進む様に押し始める。
「は、ははは。この話はまた今度で」
「教えてくれないんですか?」
「世の中知らなくて良い事もあるんです」
せやな、と後ろで言いながら絶対笑みを浮かべているであろうティーダは確実に蹴り飛ばすとして、そのままオリヴィエをローダーまで連れて行く。未だに背中に視線が突き刺さっている気がするが、それを無視してオリヴィエの横に立って、ローダーの説明を始める。
ブレイブデュェルのカードローダーは開始時の登録等だけではなくアバターの軽いカスタマイズや、デバイスの確認、そしてLDの入手等が出来る。ブレイブデュエルで遊んだあとであればブレイブデュエル専用の通貨であるLDを入手でき、それを消費する事によってカードローダーからカードを引くことが出来る。そのほかにも無料でカードが引けたり、自分やほかのプレイヤーの公開データ閲覧ができたりと、非常にハイスペックなマシンになっている。カードローダーの出来る事等をオリヴィエへと説明する。
「まあ、今回は軽く体を動かした程度だからローダーを回せるほどLDは入手できなかったけど、一日一回は無料でカードを引くことが出来るから、オリヴィエも無料のを引いてみるといいよ」
「それは別にいいんですけど……教えてくれないんですか?」
「教えません」
「むう。ちょっと寂しいですね」
そんな事を言われてしまうとグラっと来るのでやめてほしい。しかもそのわざとらしい”むう”がわざと、ではなく正真正銘の天然モノなので悩ましい。これはもう無意識に誘惑してきているに違いない、と暴走する脳を何とか理性で無理やり抑え込み、何時も通りの自分を笑顔で演出する。後ろで何かをアインハルトに言っているティーダはやはり蹴るしかないのだろう。
「えーと……ここをこうして……こう、ですね」
そう言ってローダーを操作したオリヴィエは無料カードを手に入れようとし―――ローダーから出てきたRの表示のカードに首を傾げ、抜いてから此方へと見せてくる。
「えっと、確かN+の上がRでしたよね」
「うん、おめでとう。Rの出現率は確か十五パーセントぐらいだったはずだから、今のオリヴィエは結構ラッキーな感じだよ」
「そうなんですか? じゃあ、ちょっと幸せな気分ですね」
そうだね、といってから視線を外し、背後へと向ける。無言で視線を受け止めたクラウスが頷き、そしてフローリアン姉妹が戦慄している。何気にグランツ研究所の女子はどう足掻いてもヨゴレ系の巣窟なので、ここまで純粋な非ヨゴレ系を見るのは初めてなのかもしれない。今、キリエとアミティエの価値観を超非ヨゴレ系天使、オリヴィエが浄化していた。
「お姉ちゃん、私今信じられないものを見てるかも……!」
「いや、待って、お姉ちゃんも割と非ヨゴレ系だから」
「非ヨゴレ系はそもそもヨゴレとか言いませんよ」
アインハルトの鋭すぎる正論にアミティエは黙るしなかった。というよりある程度自覚しているからこそ黙っているのだろう。視線をフローリアン姉妹へと向ければ、心なしか汗をかいている様にさえ見える。微ヨゴレ系の事は放置しておく、それよりも大事なのは汚染ゼロなオリヴィエの存在だ。このヨゴレ共から守らなくてはならない。とりあえずオリヴィエへと向き直る。
「で、大体の流れはこんな感じだ。ローダーで無料引きをしながら調整して、ブレイブデュエルで遊んで、終わったらLDを消費してカードを引いたりする。あっちの方に交流スペースがあるからほかのプレイヤーとも交流したりできるし、そうやって知り合いの輪を広げてくれたら……ってのは博士の言葉だ。とりあえずまあ、こんな感じだけど……オリヴィエにはちょっと刺激的過ぎたかな、バトルモノだし」
笑い交じりにそう言うといいえ、とオリヴィエが頭を横に振る。
「寧ろ新しく挑戦出来る事に興奮を覚えています。自分がある程度の箱入り娘である事は自覚しています。そしてそのせいか、こうやって留学という形で家を出るまでは限られた出会いしかありませんでした。あの頃は友達がカリムだけで……ですが今、こうやって新しい事がいっぱい、自分の前に溢れていて、それが決して退屈だなんてことはありません。また一つ、出来そうなことが増えました。誘ってくれてありがとうございます」
「ぐわあ―――」
「おい、なんかピンクが苦しみ始めたぞ」
「兄さん、たぶん純ヨゴレジャンルとしては耐えきれない正の波動に耐えきれないんですよ。だから今浄化されそうで苦しんでいるんです」
「じゃあ何故お前が苦しまないのだ愚妹よ。貴様もヨゴレジャンルではなかったか」
何やら背後で良く響く蹴りの音が聞こえてくる。振り返れば微笑むアインハルトとクラウスの姿がある。何をやっているかは大体想像がつくが、あの男はいい加減学習という言葉を覚えないのだろうか。いや、覚えてはいるが、使ってはいない。そんな所だろう。
「っと。春だから解りにくいけどもう六時か。明日は講義とかないから俺は自由だけどほかの連中は……?」
ティーダは記憶が正しければ講義が入っているはずだ。アミティエとキリエのフローリアン姉妹は日曜日だから学校がないのは知っている。オリヴィエとクラウス、アインハルトに関してはどうかは知らない。
「あ、私はそろそろ家に帰って夕飯の準備を始めないといけませんから」
「となると俺も一緒に帰らなくてはならないな。流石に愚妹を一人で返すわけにはいかんからな」
「すみません、私は門限がありますので、そろそろ帰らないと」
「となると今日はこれで解散かねぇ。俺は明日、一日中ここで働いているから、用があったら遠慮なく研究所へと来てデータ取りに貢献してね」
「ついでにグッズも買ってね!」
「グランツ研究所では最新鋭の研究を利用した新製品を売っています! ブレイブデュエル用のグッズだけではなく日常生活を助ける研究所印の製品! 今ならブレイブデュエル開始記念で凄く安くなってますよ!」
「逞しいなぁ……」
チャンスがあれば積極的に売り込みに行こうとするフローリアン姉妹の商魂精神、実は嫌いじゃない。ともあれ。小型シミュレーターの”エンタークン”の事はまだ大型シミュレーターが自由に使える現在、説明をする必要はないだろう。本日はここで解散、意外と時間がかかったなぁ、と思う。集まりは午後からのものだったが、それにしても説明の時間やレクチャーに少々時間をかけすぎた感じはある。本格稼働が始まれば常に何十人とこの広いスペースを客が利用するのだ。だとしたら今のペースでは少し遅いだろう。もうちょっと上手くプランニングやスケジューリングする必要があるかもしれない。
とりあえずはジーンズのポケットに入れておいたメモ帳とボールペンを取り出し、走り書きで反省点を軽く追加しておく。こういうものは思いついた時にやっておかなくてはならない。
と、そこでふとしたことを思い、視線を上げる。
「オリヴィエは帰り、大丈夫?」
「あ、私はそんな遠くには住んでいないので大丈夫です。それにこう見えても護身術を習っていましたし心配はありません」
えっへん、と言って胸を張るオリヴィエだが、確かにその動きには武術的感覚はあった。ただクラウスが反応していないところを見ると覚えはあっても別に強くはないのだろう。実力者の類だったら間違いなくクラウスの強者センサーが発動しているだろうから。
「アインハルトは見送りが必要なさそうだし、もう今日はこのまま解散かなぁ」
「宣伝全くしてないからお客さん来ないしねー。まあ、明日は道路に出て呼び込みやる予定だから少し忙しくなる予定だけど」
「じゃあ、本日解散!」
「お疲れ様ー」
お互いにお疲れ様、と言い合いながら解散の流れとなった。八神堂の方は初日から客の呼び込みなんかをやる予定らしいので、初日のデータはおそらくそっちを期待する感じになるのだろう。と、そこまで考えたところで思い出す。
「アレ、博士いねぇ」
「パパならT&Hの方へタクシー捕まえて行っちゃったわよ。私がシミュレーターから出た辺りで」
「それにしても解散した後になって漸くいない事に気付かれるとは哀れな男だな博士とは」
「おう、一応偉い人なんだからディスるのやめーや」
何時の間にかいなくなっていたグランツの事をネタにして軽く笑うと、時間が少しずつすぎてい行く事もあり、オリヴィエが帰り始める。それに合わせてアミティエとキリエもロビー、受付の方へと向かう。あの姉妹はシュテル達同様、研究所で寝泊まりしている為にどこへ行く必要もない。となると残されるのは自分とティーダだけだ。クラウスとアインハルトは家があるとして、
「今から寮に戻れば寮でメシを食うことが出来るけど」
「うーん、せっかくだし外で食べる? ちょっとだけめでたい日だし。何時も通り寮で食べるのもなんか味気ないし」
だよなぁ、とティーダに同意し、そして近場のレストランを思い出そうとしたところで軽い感触を得る。視線を横へと向ければアインハルトが服の裾を握っていた。視線を持ち上げて此方へと向けながら、
「あの、だったら一緒にご飯食べませんか? 二人前も四人前もそう変わりませんので」
アインハルトの提案を断る理由はない。乗っかろうと思ったところで、
「―――なるほど、今夜はスッポンか。愚妹よ、忘れていないだろうが道場なら防音加工されているぞ。あとゴムの方は俺の部屋の箪笥に―――」
クラウスの発言に迷う事無く顔面を殴り抜く。
読者まで浄化されている事態に納得の作者。俺も書いていて軽く戦慄している。
それにしてもクラウスは一体どこまで突き抜けてくれるんだ。こいつ程回しやすいキャラは未だかつてないぞ。
※地の文のアミタをアミティエで統一しました
※アインハルトの年齢を14歳で統一しました